地上へと戻り、潜り込んだ敵を掃討して戻ってきたカタニへと通路の守備を引き継いだ俺たちは宛てがわれた部屋へと戻ってきていた。そこには既にエレミアとメイが戻ってきており、椅子に腰掛けた俺達に対してメイが紅茶を振舞ってくれた。
彼女は中に入れた品の重量が無視出来る魔道具"便利な背負い袋"の中に常にお気に入りの茶葉をいくつかとティーセットを入れているのだ。ティーカップへと液体が流れこむと、部屋の中がふんわりと柔らかな香りに包まれたようだ。窓の外は熱気に包まれた空気で満たされた中、空調の効いた部屋の中で温かい紅茶を口に含むとそれだけで全身の凝りが解れていくような感覚に囚われてしまう。
ステータスには反映されていないとはいえ、やはり相当疲れていたようだ。十分な休息を取らずに小競り合いを含めて6回も戦闘を行ったのだ。肉体的な疲労は呪文で、磨耗した精神力はエリクサーでそれぞれ回復できるとはいえそれはあくまで一時的な誤魔化しに過ぎない。例えるなら眠気を薬で飛ばしながら働き続けるようなものだ。何かの拍子にその反動を受けるようなことがないうちにしっかりと心身を休めておく必要がある。だがその前に情報交換だ。俺たちはテーブルを囲んでお互いの状況を報告していた。
「この辺りに侵入していたのは斥候のミノタウロス達だけだった。それも遺跡の中で罠にかかり手負いとなったものばかりだったし、手間取ることもなく掃討は完了した。
いくつか天幕が崩されてりして被害が出ていたようだが、幸い負傷兵は皆ワンドで癒されて快癒してたため被害は少なかったようだな。
だが秘術使いが倉庫に火を放ったのが効いているようだ。あのデルヴァスコンという男がその場を取りまとめていたが、特に矢が不足しているようだ。
この砦の戦士たちの狩りは矢で敵を弱らせて接近戦を避けるようだし、このまま補給が届かなければ明晩までは持たないように見受けられる」
「それは困りましたね。私が《テレポート》で運んできた物資は治癒の秘薬やワンドが主で、矢弾の類いは少なそうでした。
飛空艇がこちらに向かっている件ですけれど、双発の"精霊捕縛輪"付きだとしても到着には半日かかります。
先ほどの陽動でも相当量の矢を使用していたようですし、物資集積地の大部分を敵に抑えられているのは厳しいですね」
フィアの報告に続いてメイが分析を加えた。想定外の奇襲からの焼き討ちで今頃デルヴァスコンの頭髪は真っ白になっているかもしれない。この砦にもカタニの率いる部隊を代表にいくつか巨人達と拮抗できる戦力も存在はしている。とはいえそれは潤沢な物資と後方支援に支えられてのことだ。体格が違うのだ、正面からの削り合いになれば勝負にならない。
「殿に食いついていた敵集団は半壊させたので、先程トーリの言っていた地下から現れた敵を含めれば敵の戦力は相当削ったはずだ。
だがこちらにも正体不明の敵指揮官が一体いた。メイの呪文攻撃と私の弓をいくら浴びせても即座に傷が癒えていた、不気味なヒル・ジャイアントだ。
撤退の支援が目的だったため深追いせず力場の障壁で行動を制限して事無きを得たが、トロルなど比べ物にならない復元力だった。
いずれまた相対する時が来るだろうが、注意が必要だろう」
エレミアの報告には心当たりがあった。ファイアー・ジャイアントの将軍ザンチラーには四人の副官が存在している。オルターダー、ヘロス、そしてインスガドリーアとパイアス・グルールだ。どうやら彼らはザンチラーが持つ特殊能力を分け与えられているようだ。
火砲を餌に俺達を釣りだし、撃破することを狙っていたオルターダーは風の秘石"ジャーモタ・シャード"により冷気への耐性を与え触れるものを焼き尽くす炎の盾を。
地下墳墓の守護をその任としていたミノタウロス、ヘロスは土の秘石"エルスプタ・シャード"から物理効果への完全耐性を。
そしてエレミアの話に出たヒル・ジャイアントはインスガドリーア、彼は火の秘石"ウルタ・シャード"から高速治癒を。
おそらく転移門の丘を守護している死霊術師パイアス・グルールは水の秘石"ヴィルブータ・シャード"から対呪文防御を得ているはずだ。
この砦を防衛するクエストよりも遥かに高次の冒険で、同じく巨人族に由来するレイドボスがザンチラーに似た特殊な秘儀の恩恵を受けていたことを思い出す。おそらくあれは古代巨人族に伝わる儀式の一つなのだろう。知らずに激突すれば万が一にも勝ちが拾えない、そんな初見殺しの能力達。俺が初めて挑んだ時も為すすべなく敗退したことを今でも覚えている。
だが幸い、俺はその攻略法を知識として知っているのだ。ゲームの知識がそのまま通用するわけではないことは承知している。だがそれは十分な手がかりとして活用することが出来るのだ。
意識を瞑想の海へと浸しながら俺は自分の知識と得られた情報の整理を行い、これから取るべき方策について思考を巡らせるのだった。
ゼンドリック漂流記
5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5
"魔法の毛布"に包まれ、二交替で休息を取り、宛てがわれた部屋から外に出た俺たちが目にしたのは雲で覆われた空から振る雨だった。それは普通の雨ではない。上空に吹き上げられたまった灰の雨だ。それはいかなる神秘の為せる業か、焼けつく雫とともに高温を維持したまま降り注いだ。
布張りの天幕はその雨が触れた途端に炎上し、太陽の光が遮られた暗い世界を照らす松明となる。中で休息をとっていた衛士たちは慌てて外に転がり出るが、そんな彼らの上にも容赦なく灰の雨が降り注ぐ。運が悪い者は目に雫が飛び込み地面を転がりまわり、呼吸器から吸い込んだ者は激痛で蹲ることしか出来ない。咄嗟に盾を傘がわりに雨を凌いだ者達がそういった者達を担ぎ上げ、次々と堅牢な建物の中へと避難していく。黒曜石造りの建物は微動だにせず持ちこたえているが、その屋根に飾られていた正義を示す旗印は無残に崩れ落ちている。
「"灰の雨"……」
窓越しにその光景を見ていたルーが、そう呟いた。その視線の先では建築物の軒先に避難した衛士たちに向かってワンドを握りしめた衛生兵が駆け寄っていく姿が見えた。その様子から見れば俺たちが出張らずとも対応できそうだ。
「"炎の海"フェルニアで起こるとされている自然災害の一種ですね。ひょっとしたら上空に巻いている雲は"蒸気雲"かもしれません。
高温のガスと蒸気からなる危険な雲です。もしそうだとしたら、飛空艇であの中に侵入すれば乗組員どころか船体自体がもちません!」
ルーの言葉を聞いてメイが目を見開いて驚いている。ウィザードとして研鑽を積んだ彼女は当然様々な知識に通じている。そういった次元界から召喚により来訪者を呼ぶことも彼女の専門である術の一つなのだから当然とも言える。
「船乗りが秘術屋で次元界への造詣が深い事を祈ろうじゃないか──望み薄だろうけどね。
しかしフェルニアが最接近する『炎の季節』は去年過ぎたばかりだろう? 5年周期のはずなのに、どうして今頃こんな事が起こってるのさ。
この辺りが顕現地帯だっていうなら随分と前に噂になっていてもおかしくないだろうに」
そしてラピスが醒めた目で外を見ながらそう返した。確かに精霊捕縛船の建造には高位の術者の関与が必須である。だがその船の運用までもが術者が必須というわけではない。捕縛された精霊に命じるだけであれば特に必須な技能はないのだ。
"嵐のマーク"を有するリランダー氏族は捕縛された精霊に忠実に命令を実行させる魔法具の実用化に成功していると言われているが、一般人であってもある程度の割合で簡単な指示を行うことは出来る。
だが複雑なものや急を要する司令を理解させるには相応の技術が必要であり、秘術に長けていれば呪文でその指示を行うことが出来るという優位点がある。有能な船長ということであれば自身が使えないまでも部下に秘術使いくらいは抱えているとは思うが、果たしてメイほど深い知識を有しているかと言われると疑わしい。
「……ひょっとしたら、巨人族の失われた秘術でフェルニアへの門を開いているのかも知れません。次元界の境界が揺らいで瞬間移動系統の呪文が阻害されていることからも確度は高いはずです。
悪夢の軍勢との戦いの後、巨人族を率いたのは"炎の王"と呼ばれる巨人だったと言い伝えられています。その頃の資料はエルフの独立戦争やその後大陸の半分を砕いた"大破壊"の影響でほとんど残されていません。
ですが我々が今戦っている巨人族の党派は炎の王の後継を自認していると聞きますし、かの王の遺した秘術を受け継いでいても不思議ではありません」
現在この大陸に残っている巨人族は、大きく3つの派閥に分かれている。
"ドミニオン・オヴ・ピュアリティ"──かつての栄光を取り戻さんとする巨人達の同盟。大部分の巨人族から支持されており、もっとも活発に活動している連中だ。現在は主に逃げ出した奴隷であるドラウ達を再び支配すべく各地で抗争を繰り返しつつ、賛同者を募りながら勢力を拡大している。
"スクリヴナーズ・オヴ・ザ・スカイ"──クラウド・ジャイアントとストーム・ジャイアントの同盟からなる組織。巨人帝国の失われた伝承知識を収集しているが、前者とは異なり彼らは知識の保存を使命としている。比較的友好的に接することも出来るが、遺跡で遭遇した盗掘家などに容赦することはない。
"バタリオン・オヴ・ザ・バソールト・タワーズ"──ファイアー・ジャイアントを中心に構成された過激な集団。王国歴946年、今からおよそ50年ほど前にストームリーチに攻め寄せた組織だ。市街は隕石を降り注がせる"メイジファイアー・キャノン"の原型となったアーティファクトによって焼かれ、大勢の犠牲者を出したという。"炎の嵐"と呼ばれるその戦役はストーム・ロード達とドラゴンマーク諸氏族が力を合わせて巨人達を押し戻し、終結させた。今俺たちの前に立ちふさがっているのはその際の生き残りというわけだ。
「"炎の王"──アダクサスは我が祖が打ち破った、最後の巨人族の王だと伝えられている。
その時代の巨人の王族たちは今の巨人族が子供に思えるほど深い知恵と強靭な肉体を持ち、まさに神の如き力を振るったという。
ならばこの現象も不思議ではない、か」
エレミアの口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。宿命を感じ、高揚を隠し切れない様子だ。やはり彼女の赴くところ、祖霊の歩んだ道が拓けていくのかもしれない。
伝説の時代、崩れ行くこの大陸から脱出するエルフを巨人族の軍勢が追い、それを率いていたのが"炎の王"。今のストームリーチの近くから船に乗って出航する同胞を見送り、彼女の先祖は少数の同胞と無限に湧き出す敵軍へと向かって切り込み、"シャン・ト・コー"の広間でアダクサスと切り結んだのだ。
言い伝えではその剣舞は"炎の王"の眼より光を奪い、それにより彼が退いたことで巨人の軍勢は統率を失いエルフ達は無事落ち延びたという。その後そのエルフの英雄は現地で巨人の残党と戦うドラウの一団──フィアとルーの故郷──へと身を寄せ、そこに骨を埋めた。それが双子の部族に伝わる伝承だ。
エレミアが振るう"アルクィス・テローラ"とはその英雄の名を冠した武器であり、彼女にとっての運命の刃だ。黄金で優美な曲線を象嵌された緑色の不思議な金属からなるダブル・シミターは、英霊の魂を宿し持ち手に強力無比な力を与える。今も来るべき戦いを迎え、その刃は持ち手に何かを語りかけているのかも知れない。
「それで結局、その王様の後を継ごうとしている穀潰しは一体何が狙いなんだろうね。門を開けて観光に出かけようってわけじゃないんだろう?」
休息の時間の終わりを察してか、ラピスは腰元に吊るした細剣の柄の位置を調整しながら呟いた。俺たちの中で鎧を身につけているのはエレミアとフィアの二人だけだが、いずれも軽装に分類される鎧であり体の動きを妨げないように考慮された品であることから着用したまま横になっても充分に体を休めることが出来るため、俺たちの戦闘準備自体は外套を羽織って武器を握ればそれで済む。
秘術の準備に時間が必要なラピスとメイは先に休息を取り、交代で俺たちが休んでいる間に呪文の選択を済ませているため後衛組についても問題はない。呪文を使用した場合その秘術回路に割り当てていた精神力を回復するには8時間以上の経過が必要とされているため、先ほど大規模に呪文を行使していたメイについてはその制限を無視出来る"パール・オヴ・パワー"などのアイテムを使用している。
これは使用した呪文を再び再使用可能な状態に精神力を回復させるもので、事前に呪文を準備しておく"ウィザード"にとっては呪文を選びなおすことが出来ないという欠点はあるものの、先ほどの戦闘に使用したものは汎用性の高いものばかりであることを考えれば特に問題はないだろう。
「……かつて"炎の王"は契約した"デーモン/悪鬼"を自身の身に宿して力を得たという伝説が残っています。
今エベロンでは力ある悪鬼達はカイバーに封じられています。ですが"炎の海"には神話の時代の争いによる封印を免れた多くのデーモン達が今も覇を競い合っていると聞きますし、そういった超越者との接触を求めているのかも知れません」
そう言って眼鏡を押し上げるメイの指には秘術の行使を補助する魔法の指輪が光っていた。他にも護身用に所持している小剣の柄元にも橙色の三角柱の形状をした魔法石が嵌めこまれており、衣服に隠れて見えないがその肌には魔術回路の構築を補助する紋様が"ドラゴンマーク"とは別に描かれているはずだ。それぞれが彼女の術者としての力量を押し上げている。今の彼女であれば、デーモンの将軍である"バロール"相手でさえも一時的にであれば互角に呪文を撃ちあうことが出来るだろう。
「おそらくは各地にある秘術の刻印を刻まれた柱が儀式の要になっているんだと思います。正確なところは調査してみないとわからないですが、わざわざ警備に部隊を割いているようですし調べる価値はあるでしょう。
もしこの地にフェルニアが顕現してしまえば、次元界に満ちる高熱に晒されて私たち以外は助かりません。急ぎ調査に向かいましょう!」
† † † † † † † † † † † † † †
メイが提案した強行調査はアグリマーによって即座に承認され、俺たちは嵐で封鎖された"セントラル・ブリッジ"を超えようとしていた。
「ドル・ドーンがお前たちを行き先へとお導きくださいますように!」
俺達を見送るファルコーが戦の神への祈りを捧げた。名誉と犠牲の神である"ドル・アラー"の姉弟神であるこの神は武器の力を司る。戦闘訓練と強靭な体による肉体的能力の象徴であり、姉神がパラディンや外交官といった職種に信奉されているのに対して兵士やモンクといった人々に崇められている。ロングソードを構えた筋骨隆々の人間の姿で描かれることが多い混沌にして善の神。これから戦いに赴くにあたって祈りを捧げるには最適な選択といえるだろう。
嵐が抑止され、視線を遮っていた空気の壁が溶けて消える。その強風の余韻に淀んだ空気を鼻先に感じながら俺たちは駆け出していた。橋の向こうにはミノタウロスの生き残り、地下からの攻撃に参加していなかった遊撃部隊が屯していた。彼らも嵐が消失したことに気付き、その鼻息を荒くして俺達を迎え撃とうとしている。両手に斧を構えたバーサーカーが1体に、術士が1体。そして武器も鎧も身につけていない素の獣が1体だ。
先頭のバーサーカーが迎撃の斧を振り上げるが、しかし俺はその敵を無視して強行突破すべくさらに足を加速させた。駿馬にも優るスピードで走る俺の勢いに対応できず、斧は俺の遥か後方へ振り下ろされる。その時既に俺の目の前には《火球》の呪文を唱えようと杖を振り上げているミノタウロスのシャーマンの姿。
突撃した体の勢いを殺さず、掌を術士の体の中枢に突き立てる。トラックの分厚いタイヤを叩いたような抵抗があるもそれを一瞬で突き破り、内臓へと打撃の衝撃が伝わっていく。続いて掌の位置はそのまま手首を返しながら膝を落とすと、自然と肘が前へと突出される。深く前へ出した右足は相手の左足に並べるように踏み込まれ、地面を踏みぬく瞬間に親指の付け根を支点に足首を前へ。ミノタウロスの蹄が俺の足刀によって払われ、不安定になった上体に肘が突き刺さる。下方から上方へ、抉り込むように放たれた一撃は肋骨の隙間から肺を潰した。
半ば浮き上がったその体目掛けて止めとばかりに最後に繰り出されたのは体当たりだ。肩口から背中にかけた部分が激突すると牛頭の術士はあっけなく吹き飛んでいく。黒曜石の壁に激突したその体は力なく崩れ落ち、見開かれた瞳は既に彼が絶命していることを示している。後ろを振り返れば、既に他の敵たちは後続の皆の手によって打ち倒されていた。
「先を急ごう。すぐ近くに一つ柱があったはずだ」
天井を失い崩れた壁のみが立ち並んでいるため視線は通らず、迷路のような様相を呈しているが予め地図を確認したため道に迷う心配はない。どうやら要と目される刻印柱は元々そこにあったものではなく、転移門から巨人が攻め寄せてきた後に地中から現れたらしい。地下に残された遺跡が関わっていると推測は出来るが、まずは現物の調査が先だ。
幸い柱の位置はゲームと変わっていないことがデニス氏族が行った偵察の結果として判明している。右へ左へと進路を切り返しながら躊躇いなく歩みを進めていく。先刻のように空を飛んで行かないのは、呪文による遠隔攻撃を恐れてのことだ。
ファルコーの依頼でヒル・ジャイアントの丘に攻めた時のように、知覚範囲外から一方的に攻撃されるリスクを避けたのだ。巨人文明の遺跡だけあって壁の高さは相当なもので、これを飛び越える高さを維持することはそれだけ敵に発見されやすくなる。"火砲"を奇襲した際と異なり今回の目的地は飛行することで敵の目を欺けるような順路もないこともあり、逆に壁に隠れるように進んでいるのだ。
(敵4体、速攻で片付けるぞ!)
ブロック組の崩れた壁を横切った先に、トロルの姿を発見する。その奥に目的の柱も見えた。ハンドサインを出した後、その手に炎を帯びたシミターを召喚し一気に敵との距離を詰める。夜明けを今だ迎えぬ闇の中、赤い炎は敵の目を引きつける。だがその目立つ姿も誘導に過ぎない。俺を追い越すようにエレミア達三人が駆け抜けていき、炎に気を取られていたトロルを切り刻む。
切断された首からは血飛沫が一瞬飛び散るが、驚異的な再生力はあっという間に傷を塞ぎ失われた頭部を求めて細胞が沸き立つように蠢く。だがそれも俺が落とされた頭部を焼くまでの間のことだ。超常的な働きによるものかトロル達の体は例え切断したとしてもなんらかの繋がりを維持しており、傷口を火か酸で焼くまでお互いを求め再生を続ける。だがその再生も頭部を無力化すれば停止するのだ。
頭部の無力化には火か酸、あるいは窒息させることで脳を破壊するしかない。だがその工程はここ数日で多くのトロルを始末してきた俺たちにとって最早手馴れたものにすぎない。一呼吸の間に柱を守備していたトロル達は灰と化し、その残骸すらも硫黄混じりの風に吹き散らされていった。
「へえ、こいつ生意気にもアダマンティンのレイピアを持ってる。体格に見合わない獲物ってことはどこかで手に入れた戦利品なんだろうね」
ラピスが目ざとく収穫を拾い上げている。闇夜の中でなお黒い輝きを見せるアダマンティン特有の外見は見間違えようがない。どうやら今の連中の中にランダムPOPのネームドが混ざっていたようだ。だがそれすら俺たちの足止めには成り得ない。周囲の敵を排除し終えた事を確認してメイが問題の柱へと近づいていく。刻印された2つのルーンが青白い光と共に秘術のエネルギーを周囲に放っている。それは渦巻きながら上方へと登り、空で他の柱が発したエネルギーと交わって蒸気雲を形成しているように見える。
「やはりこの柱は古代巨人文明期の遺産ですね、構文が特徴的です。機能を停止させることは出来ますが、その場合余剰エネルギーが隣のルーンへと流入して起動させる仕組みのようです。
おそらくは中に呪縛されている存在を解き放つことで番兵の役割を果たさせるつもりなんでしょうね。その番兵を倒してしまえば再起動することもないでしょう」
あっという間にメイが柱の仕掛けを看破した。こちらを見る彼女に頷きを返すと、メイは刻まれているルーンが織り成す秘術回路に手を加えた。数分掛けて光が明滅し色合いが青から白へと変わっていき、それと同時に空中に黒い煙が沸き起こる。その煙は広がると羽の生えた赤い肌の子鬼のような姿を取った。身の丈を遥かに超える両翼を羽ばたかせているが、中空に留まっているのはその動きによるのではなく超常の力によるものだ。"ファイアー・メフィット"と呼ばれる火の次元界からの来訪者である。
「この俺を呪縛から解き放ったのか? よくもやってくれたな、酷い汚辱だ! 我が同胞がお前たちを許しておかないぞ!」
火がパチパチと爆ぜるような音と共に、異形のクリーチャーの口から共通語が飛び出してきた。火界語と呼ばれる火の精霊の使用する言葉と同時に発している。その翼や手の一部に纏っている炎が喉の代わりに音を出しているのだ。敵対的なその態度には交渉の余地は見受けられない。元より柱の機能を停止させるためにはこの来訪者を倒す必要があるのだ。自らの同胞を招来しようとする空中のメフィットに対し、俺たちは無言で武器を構えた。
この世のものならぬ存在である来訪者は通常の武器に対する抵抗を持っており、特定の素材などを鍛えた武器によるものでなければ即座に受けた傷を癒してしまう。身近な例でいえば、ライカンスロープに対する銀の武器のようなものだ。そしてこのメフィットの場合、武器に求められる条件は"魔法によって強化されていること"だ。
「私の死が封印を解き放ち、ザンチラーの居場所への道を照らすだろう──」
俺たちの武器は全てが最高品質の品であり、限界まで魔法で強化されている。標準よりもやや大柄なメフィットだったようだが、それでも巨人達に比べれば貧弱な体力でしかない。剣閃が瞬くや否や、両断された哀れな来訪者は最後に言葉を遺して消えていった。彼らの本体は異なる次元界にあり、ここ物質界には仮初の体を投影しているに過ぎない。今頃破壊された肉体から抜けだして元の居場所へと戻っているだろう。
「なんだ、一体どんな化物が出てくるかと思えば期待はずれだな。これであれば先ほどのトロル達のほうが余程歯ごたえがあったぞ」
くるり、と双刃を翻しエレミアが呟く。これほど大掛かりな儀式の要となる箇所に配置された敵、それが標準よりも強力であったとはいえメフィットだったのだ。ひょっとしたら強力なデーモンでも出てくるのではないかとの想像は良い方向に外れてくれた。
「ひょっとしたら束縛するのはフェルニアからの来訪者からであればなんでも良いのかも知れません。そうであれば束縛が容易な下位の来訪者を使うでしょうから。
ですが他のピラーも同じとは限りません。気を抜かずに次へ向かいましょう」
中に封じられていた来訪者を失った柱は表面のルーン文字から光を消し、震えながら地中へと沈んでいった。これで1本。まだ5本が残っており、今から俺たちは敵地を進んでその全てを無力化しなければならない。こちらが儀式の妨害を開始したことはすぐに敵にも知られるはずだ。
今回は巨人達の勢力圏の端に近いところだったため敵の増援が現れることはなかったが、この先も同じように行くとは限らない。メイの言うとおり、俺たちは注意深く次の一歩を踏み出した。
† † † † † † † † † † † † † †
だが、敵の抵抗は呆気ないものだった。それぞれのルーンピラーにはトロルとウォーグが数体ずつ、時折ミノタウロスやオーガが混ざっているくらいで今の俺達の敵としては鎧袖一触といえる程度でしか無かったのだ。それはピラーのことだけではなく、敵の勢力範囲を移動している間にも言えることだった。
時折少数の遊軍に遭遇する以外は、殆どといっていいほど敵の姿を見かけない。デニス氏族が砦内に保管していた兵站物資の集積地にも、群れからはぐれたらしい数匹のウルフがいただけで敵兵の姿が見えなかったのだ。
デルヴァスコンに予め聞いておいた識別コードで中身を確認し、秘術で拡張された内部空間を持つ輸送コンテナの中から特に今必要とされているであろうものだけを拾い上げて進み、最後のピラーの周囲に残っていた敵を倒してしまうまでそんな張り合いのなさは変わらなかった。
「しかし敵の連中はどこにいったんだろうね。地下から来た連中はトーリが射殺したとしても、デニスの囮部隊とやりあっていた連中は結構な数がいたんだろ?」
ルーンを無効化する作業を行なっているメイを守るよう周囲を警戒しているさなか、ラピスが疑問を口にした。
「そうだな……上空から見たところでは少なくともヒル・ジャイアントが10と、大勢のミノタウロスが残っていた。構成からしてピラーの守りについていた者たちとは別だ。
ここまでその姿を見ないということは、地下に隠れたか我らが避けた転移門周辺に集結しているかのいずれかだろうな。後者であれば、今の彼らにとってはこのピラーよりも転移門のほうが重要度が高いということになる。
おそらくはまだ何か策を用意しているのだろうな」
休息前にメイと二人で撤退支援を行なっていたエレミアによれば、まだ相当数の敵が残っているようだ。そもそも彼女の報告にあったインスガドリーアに、転移門を守るパイアス・グルールといった副官級の存在がある。手品の種は割れているとはいえ、他の副官二人はそれらの能力を無視したとしても相当な脅威だ。
その生き残りと遭遇した時の対処については既に相談済みだが、未だに能力が読み切れない部分は多く残されており万全ではない。遭遇状況によっては色々と戦い方を考慮する必要があるだろう。
「ここに来るまでの間に地下へ向かうトンネルがいくつかあったし、案外そこに逃げ込んでるのかも知れないよ。
どうやら残ってるファイアー・ジャイアントの数はそう多くないみたいだし、それ以外の連中にとって見ればさっきの"雨"は痛手だろうしね」
ラピスの言うとおり、ここまで倒したファイアー・ジャイアントの数はオルターダーとその部下の4体だ。将軍ザンチラーと死霊術師パイアス・グルールもファイアー・ジャイアントであることは初期に戦闘を行ったデニス氏族の生き残りから報告されているが、彼らの戦力の大部分はミノタウロスやトロルによって構成されておりその連中は種族的に火に対する耐性を有しているわけではない。
"炎の海"フェルニアが顕現すればそういった種族は数分で全身やけどにより死亡するはずだ。全員に《レジスト・エナジー》を提供し続けるほどの術者を擁しているとも考えられず、まだ相手の意図を測りきれていないことは明らかだ。
ゲームの中では順番に敵を倒しピラーを処理していけば最後にザンチラーの居場所への転移門が現れ、その中で敵を倒せば終了だった。だがピラーの果たす役割自体が異なっており、また敵の配置なども大きく異なっているためその知識に頼ることは出来そうもない。
「──敵が転移してきます! 15秒後に6体、左右の崖上方です!」
そんな俺たちの雑談を断ち切ったのは、警告を発するメイの叫びだった。瞬間移動からの奇襲だ。だが彼女が展開している《グレーター・アンティシペイト・テレポーテーション/上級瞬間移動出し抜き》の効果範囲では瞬間移動からの実体化が遅延される。その時間差を利用して迎撃の準備か撤退を選ぶことができるのだ。
メイのほうを見ると作業の手を止めて立ち上がり、呪文修正効果を持つロッドを抜き放って戦闘態勢を取っている。どうやらルーンを無効化する作業は途中のようだ。つまり俺たちが目的を達成するには現れる敵を排除して、彼女に作業の続きを行なって貰う必要がある。
判断は一瞬。それは他の皆についても同じで、同様の結論に至っているようだ。上空で警戒に当たっていた双子たちも高度を落とし、崖の上に現れるであろう敵への攻撃準備を整えているようだ。
転移してくる以上、敵は高位の術者を含んだ構成。移動を担当した術者以外は出現に対応して即座にこちらに呪文を放ってくることが予想される。俺たちが取るべき行動は「設置型呪文で出現位置に罠を仕掛ける」「カウンタースペルを用意して敵の呪文を妨害する」「壁系呪文で呪文の効果線を阻害する」「支援系呪文を使用しておく」などだろうか。
幸い敵の呪文に対する対応能力はラピスとメイに任せておける。であれば俺はそれ以外の手段を取るべきだろう。奇襲してくるつもりの連中の足元に盛大な歓迎の用意を整えておいてやる──そう判断した俺が切り立った崖を睨みつけるのと、視界が閉ざされたのは同時だった。突然足元から湧き上がった白い霧。隣に立つエレミアとラピスの姿すら霞んで見え、2メートルほどしか離れていないはずのメイの姿は完全に見えない。上空の双子たちについては言うまでもない。
「"防御術"のオーラを伴った濃霧──《ガーズ・アンド・ワーズ/守りと見張り》の呪文です!」
再びメイから警告の声。高位に属する秘術呪文、拠点防衛に使用される儀式呪文だ。霧で満たし、階段は蜘蛛の巣で覆われ、扉は隠蔽され施錠される。その効果範囲は術者の技量に応じるとはいえ広大だ。砦のどこか、あるいは地下からこの位置に効果を及ぼすことも不可能ではない。呪文の発動に30分必要なこともあり、術者は遠く離れた安全な位置にいると考えたほうがいいだろう。今はそれよりも現れる敵への対処が優先だ。
崖の上、敵の出現するであろう位置に特別製の《ウォール・オヴ・ファイアー》を設置する。視線が通っていなくとも、目標をとらない設置系の呪文であれば行使することは可能だ。これで敵は出現と同時に炎と酸で焼かれることになる。生き残ったとしてもそんな環境で呪文の発動に必要な精神集中を維持できるはずもない。ひとまずこれで術者への対処は完了したと見ていいだろう。
(見える範囲の砦、その全体が霧に覆われているぞ。高さは崖上までは届いていない)
念話でフィアからも状況が報告される。おそらくはこの霧の出現と同時に転移で出現し、攻撃を加える計画だったのだろう。だがメイに予め教えておいた呪文がその前提条件を覆してくれた。この世界では一般的ではない呪文ではあるが、瞬間移動からの奇襲攻撃という最も警戒すべき攻撃手段に対してこの呪文があるのとないのとでは生存率が大きく変わる。こういった身を守るために必須な呪文については出し惜しみする必要はない。そうやって得られた猶予を使い、崖の上への対処を終えた俺は敵の思考を読み解こうと考える。
(霧でこちらの視界を閉ざして高所からの一方的な呪文攻撃。果たしてそれで俺達を倒しきれると考えるだろうか?)
オルターダーが誘発したあの大爆発は、最高位呪文である《メテオ・スウォーム》を遥かに上回る破壊力を有していた。それを生き残った俺達に対する奇襲作戦としては随分と手ぬるい。あと1つ2つ、手が打たれていると考えたほうがいいだろう。
(近距離への転移は封じ、上空はフィアとルーが警戒してくれている。そうなると残るは地上か地中からの打撃部隊か──?)
視界を巡らせ、この広間への入口の方向を睨みつけた俺の視界には一面を覆う白い霧。《オブスキュアリング・ミスト》などによるものと異なり、呪文で焼き払ったり風で吹き飛ばすこともできない厄介な障害。それが不自然な動きを見せたことに感づいたのは増幅された知覚の為せる業か。
突如、霧を引き裂いて現れたのは黒い毛皮に覆われた一本の足。鋭い爪を備えたそれが地面のスレスレを滑るように飛翔しながら現れる。接地していないことから振動感知にも引っかからない。それが四肢持つ獣のものだとは見れば判る。だがその大きさは異常だ。頭部は霧に包まれて見れないほど高くにあり、その全体像を想像することが難しい。
無造作に駆け抜けようとするその足へと斬りかかるが、毛の一本一本が硬度と柔軟性を有しており刃が通らない。エレミアが繰り出したシミターによる一閃も俺と同じように弾かれている。そしてその巨体故俺達を苦もなく乗り越えて獣が狙ったのは──メイだった。鉄柱のようなサイズの爪が閃き、彼女の居る場所を薙ぐ。この獣はその鋭敏な嗅覚により、視界によらずに獲物の位置を把握しているのだろう。
無論メイも立ち竦んでいたわけではない。眼前まで迫った敵の巨躯を見て短距離の転移では逃れられないと判断し、《ウォール・オヴ・フォース》を展開する。力場で構成されたその壁は物理的な干渉をシャットしたが、その一撃では獣の攻撃は終わらなかった。対の爪がラピスへと振るわれ、俺には降りてきた顔からの噛み付きが襲いかかってきた。間近に迫ったその顔は虎と熊を掛けあわせたかのようだ。
咄嗟に後方に飛び回避しようとするが、一旦霧に隠れて消えたその牙はあっという間に視界を埋め尽くすほどの距離まで迫ってくる。そこで俺は自らの悪手を悟った。敵の胴体から距離をおいてしまったことで得られる情報が減り、敵の挙動が読めなくなったのだ。一か八か、ギリギリまで敵を引きつけてから急制動、足の動きをフェイントとし、実際はその反対側へ飛行能力によって移動する。相手の胴体後方に回りこむことで首の可動範囲から逃れることに成功するが、再び視界に入ってきた獣の胴体に違和感。
鋲打ちの革が胴体に巻きつけられ、鎧のようにその身を包んでいる。動物だというのに重装鎧を装備しているのだ。そして違和感の正体は背中から胴体にかけて、その黒い体毛と同じ毛皮を纏った長いものがぶら下がっている──これは足だ。騎乗兵がいる!
そう知覚したのと、俺目掛けて巨大な槍が突き込まれたのはどちらが先立っただろうか。咄嗟に腕を交差させ受け止めることで頭部を直撃されることは避けたものの、高所から巨人の膂力で繰り出された刺突は俺の両腕を軋ませるだけでは済まなかった。切っ先の軌道を変えた代償として鋼より硬いはずのローブは切り裂かれ、肉が割れ血が吹き出す。さらに空気ではなく体を通じて骨が砕ける音が耳に届く。
衝撃で後ろへ飛ばされそうになる勢いを下半身で吸収し、槍を潜るように体を前へ。ここで突き放された場合に待っているのは一方的な展開だ。何としてでも間合いの内側へ踏み込まなければ、数瞬後にはあの穂先の先端を彩る模様を増やすだけになってしまう。幸いその試みは成功したのか、追撃が行われる様子はなかった。
今の一瞬の攻防でこの主従の能力が非常に高いことは理解した。次に同じような攻撃を叩きこまれれば、それが誰であっても瀕死に追い込まれる恐れがある。ならばその前に倒すまでだ。その異相から判断が難しいが、敵は巨人。ならば少なくとも弱点の可能性である冷気が最適か。
痺れる掌の先に《コールド・オーブ》を構成。オルターダーにはその特殊性から通じなかったが、あの秘石を用いた防護は他の将官には付与されていないはず。そんな俺の計算の元、送り込まれた殺意の氷球は騎兵の首元へと着弾した。その衝撃で表面を覆っていた外殻が砕け、内部の極低温が付近の熱量を喰らい尽くす。胸元から頭頂までが一瞬で氷塊へと置換され、直後それは周囲との気温差に当てられて砕け散った。闇夜の中微かな光を反射して輝くその破片達は、足元の霧に吸い込まれる前に溶けて消え行く。頭部を失った死体はぐらりと揺らめき、力なく乗騎の上に倒れ伏した。
(流石に過剰火力だったか? だが次はこの虎熊モドキだ──)
首尾よく敵を撃破した俺は思考を切り替え、傷の治療を後回しに再び呪文を編み上げる。あの"ツイン・ファング"が仔猫に見えるほどの体躯。おそらく体重は50トンに近いであろう、今まで俺が見た中でも最大に近い生物。その体躯は脅威だが、指示を出す主を失えば所詮獣の知性、戦い方はいくらでもある──だが俺のその考えは瞬く間に粉砕された。
倒れ伏す騎兵の胸元から流れ出る血が、何もない空中に走る。それは血管を形取り、さらに周囲に失われた肉体組織を再構成した。瞬く間に頭部までが再生され、槍を握り続けていた腕は明確な意志のもとに力を取り戻し雷光の鋭さで振るわれる。
「撤退だ! 上空の霧のない区画へ!」
繰り出された槍の鋭さは他の副官達に劣らぬ鋭さだった。直撃こそ避けたものの、攻撃を逸らすために触れた四肢をこそぎ落とすような苛烈な刺突。想像を超えていた敵の再生能力を目の当たりにしたことで、俺は腕に治癒を施しながら他の皆へと声を飛ばし、敵に攻撃する隙を与えぬよう回避運動を取りながら空へ。ラピスとエレミアも最後の槍による攻撃を受けたのか、無傷とはいかないが無事に逃れてこれたようだ。全員に回復呪文を使用し、万全の状態を取り戻してから下方を睨みつける。
「高速再生どころか、明らかに即死の状態からも復活してきた。あれはなんだ?」
データ的にいうのであれば、HPがマイナス10になった時点でそのキャラクターは死亡する。そして死亡した時点で高速再生は停止するはずだ。先ほどの俺の攻撃は命中した時点で敵を絶命させていたはずだ。
だがその疑問に対して悩んでいる時間はなかった。揺蕩う霧をかき分けて、巨体が宙を駆け迫ってきたのだ。体長20メートルほどはあるだろうか。体は虎を5倍ほどに拡大したようだが、全身は黒い体毛に覆われ顔は熊の凶相を宿している。そしてそれはその上に跨る巨人とも共通していた。その巨人が大気を震わせる咆哮を放つと崖の上に展開していた炎の壁が消失していく。《ディスペル・マジック》だ。
「──敵は自然の諸力を破壊に用いている」
ルーの言葉が敵の正体を指し示した。悪のドルイドとその動物の相棒ということだ。そしてその再生能力からして騎乗しているのはヒル・ジャイアントであるインスガドリーア、彼が使用する《バイオ・オヴ・ワーベア/人熊の一噛み》の呪文により熊相を得ているのだろう。その効果が相棒のタイガーにも及んでいるのだ。
多くのドルイドが連れ歩く動物は、その主との間に特別な絆が結ばれている。本来であれば術者自身のみを強化する呪文の効果が相棒にも及ぶのだ。そして主人と共に成長するその動物たちは種族の中でも滅多に居ない巨躯となり、更にその肉体を呪文により巨大化させているのだ。
インスガドリーアの咆哮に続けて、その従者たる虎も雄叫びを上げこちらへと突進してくる。四肢が空中を蹴り、不可視の階段を駆け上がるようにしてこちらへと向かってくるその姿はもはや生物を相手にしているという実感が湧かない規模だ。だがその巨躯と鎧を纏っていることが影響しているのか上昇速度は早くない。振り切ることも充分可能な範囲だ。
そう判断し皆を上空へ移動させ、俺が足止めしつつ敵の能力の内容を暴きだそうと考えた頃。虎に跨り鎧を着込んだ巨人が下品な身振りでこちらを招き、首を掻き切る仕草を見せると同時、俺たちの直上から打ち下ろしの突風が吹き付けた。《ダウンドラフト/吹き下ろす風》、飛行するクリーチャーを地上に叩き落す呪文だ。フィアとルーは持ち前の呪文抵抗により風の干渉を受け付けなかったが、俺たちはそういうわけにもいかない。
円柱状の大気がまるで固形物のようになり俺達を地表に縫いとめようと落下してくる。その圧力に抗うものの、完璧には自分の位置を保持しきれない。霧に飲み込まれるのを辛うじて避けたもののいつしか彼我の高度関係は逆転していた。眼前にはインスガドリーアの振るう槍が迫っている。その軌道上にまんまと誘き寄せられたのだ。
「逃げられると思ったのか、馬鹿共め。大地も風も、遍く全てが我らが将軍に捧げられた供物にすぎんわ!」
切り倒されてなお生命を保ち続ける堅木──ライヴウッドを柄とし、アダマンティンを取り付けられた鋭利な穂先が強かに俺を打ち付け、降下気流に巻き込まれた他の皆をも打ち据えていく。吹き飛ばされる俺の視界に映ったのは、崖上に出現したミノタウロスの術者の集団。《ダウンドラフト》は彼らの仕業だったのだろう。先ほどのディスペル・マジックにより俺が設置していた呪文が解呪されたため、彼らにフリー・ハンドを与えてしまっていたのだ。
打ち消された炎の壁を再び展開しようとするも、呪文は敵が放つ解呪呪文により打ち消され霧散していく。やはりこのレベルの戦いにおいては俺の術者としての技量がネックになり、敵のカウンタースペルの良い的だ。感触からすると彼らの呪文強度は俺より上、ラピス、メイよりは下といったところか。だがその数が多い。6体というその数は技量差をひっくり返すに充分な脅威だ。この調子で援護を続けられればインスガドリーアとまともに戦うことなど出来はしない。
(皆であの術者集団の相手を頼む。俺があの巨人を足止めしている間に排除してくれ、あの数の術者を自由にしておくのはまずい)
念話で皆に方針を説明し、俺はインスガドリーアに向き直る。
「どういう絡繰かは知らんが、死んでも蘇るなら何度でも殺すまでだ!」
少なくとも再生を行なっている間は動きが止まるはず。術者が介入している間は呪文が干渉されるため、火力が足りず追い込めないかも知れないが削ることはできる。どの程度の再生能力か、敵の能力を測る必要がある。
「二将を退けた人間か。先ほどの秘術は確かに恐るべき威力だ。だが、私はあの傲慢なオルターダーや力押ししか知らぬヘロスとはひと味違うぞ!」
俺の挑発にそう声を返したヒル・ジャイアントのドルイドは、その両足で相棒に背負わせた鞍を挟み込んで指示を出し、それに応じて相棒の巨虎が動き始めた。高所より超重量の物体が迫り来る。その体当たりだけでも充分に脅威ではあるが、さらに恐るべきはその爪による攻撃だ。
この世界の虎は突撃後に両の前肢で切り裂いた後で捕えた獲物を引き裂く恐ろしい攻撃を特徴としており、今回の場合はさらに騎乗しているインスガドリーアも移動を相棒に任せることで攻撃に全力を注いでくるだろう。数々の秘術の防護により一瞬で削りきられることはないだろうが、相当な負傷は覚悟しなければならない。
だがそれでも俺が相手しなければ他の誰かが犠牲になる。最も回避能力に優れ、打たれ強い俺が壁となって時間を稼ぐしか無いのだ。意識を集中して身構える。幸い先ほどの霧の中と異なり、視界は明瞭で敵の動きを把握するのに支障はない。30メートルほどあった彼我の距離はあっという間に縮められ、その長さに反比例するように意識が研ぎ澄まされ時間が引き伸ばされていく。
6メートル。敵の攻撃の間合いだ。だが今だ敵に攻撃の始動は見られない。メイがもつ"にわかの移動"のような短距離転移による緊急回避を念頭に、さらに間合いを詰めるつもりか。だが距離を詰めれば詰めるほど、インスガドリーアの槍の間合いの内側へと俺が滑りこむ可能性が高まる。踏み込みを含めない俺の間合いは長剣を振るったとしても1メートル程度であり、その射程の差は圧倒的だ。
4メートル。もはや視界には虎の巨大な肉体しか映らない。通過する特急車両の眼前に身を晒したような感覚。速度こそそれほどでもないものの、重量の差がそれを埋めている。何より初速からほぼトップスピードという恐るべき加速性能。ただ走りまわるだけで一軍を崩壊させるであろう暴虐性。まだ敵の攻撃は来ない。
3メートル。最早インスガドリーアの槍が最大の殺傷力を発揮するギリギリの距離まで来ている。此処から先は間合いの内側と言ってもいい。だがそれでもヒル・ジャイアントは動きを見せない。眼前には猛然と大気を蹴って荒れ狂う虎の四肢。ここに至ってようやく俺は敵の狙いに気づいた。
お互いの距離がゼロとなり、虎は隙だらけの腹を晒しながら俺を無視して駆け抜けようとする。敵を食い止めるべく足止めの一撃を放つが、抜き放ったコペシュの刃が毛皮を断ち肉を切り裂くも巨獣の歩みを止めるには至らない。そしてその向かう先にいるのは──メイだ。
「メイ!」
咄嗟に放った《コールド・オーブ》は背後を見せたインスガドリーアの後頭部に直撃し、再びその頭蓋を砕け散らせる。だが、それでも騎兵の動きは止まらない。デュラハンのように首を失ったまま、槍を握りしめた騎兵が獣に跨って空中を疾駆する。
無論メイも無警戒ではない。俺の叫びよりも早く構成された呪文が展開され迫る巨体の直前に再び力場の壁が立ち塞がるが、それはミノタウロスの術者が放った《ディスインテグレイト》の呪文により瞬時に解体された。術者としての技量の差から呪文の発動自体を阻害することはできなくとも、完成されたその呪文効果自体を無効化する術を使用することで目的を果たす。そうやって頼るべき障壁を失った彼女の元へ獣の双爪と牙が迫る。
他の皆にはミノタウロスの術者が霧を生み、視界を遮ることで援護を不可能にしている。俺も先ほどの《コールド・オーブ》を撃ったことで呪文の再構築には時間を要する。次の呪文は間に合わない。
獣は彼女を包む複数の力場をたやすく貫き、ドラゴンの鱗をその硬度を維持したまま重ねあわせて作られたローブをも容易く切り裂いて彼女の肌に爪を立てた。長剣並の大きさの爪は、だがその殺傷力は剣の比ではない。咄嗟に身を捩ることで体幹への直撃は避けたものの、脇腹が抉り取られ風圧に煽られて大量の血が舞う。
彼女を覆っていた障壁が破られたことで指向性の衝撃波が発生し虎を襲う。《ソニック・シールド》と呼ばれる防御呪文だが、今回は相手が悪かった。1,2メートル吹き飛ばされた所でこの獣の射程距離からは逃れたことにはならない。立て続けに爪が振るわれ、今度は彼女の左肩にその爪が突き刺さった。握力を失い、握りしめていたロッドが落下し結わえられていた紐を支えに腰元にぶら下がる。虎の爪は残酷にもその傷跡を引き裂くように捻りを加えながら抜き取られ、引き際に彼女の体を袈裟懸けに引き裂いていく。
そして敵の攻撃はこれで終わりではない。騎獣を従えたインスガドリーア、その槍の射程はまさに今彼女がいる距離を最適の間合いとして収めていたのだ。今だ再構成が鼻先までしか終わらぬまま、巨人は口から雄叫びをあげて槍を突き出す。
「まずは一人、厄介な術士からだ!」
頭部と心臓。絶対的急所であるその二箇所目掛け、雷光の如き速度で槍が疾る。武人ではないメイにはその攻撃を捌くことは到底不可能だ。辛うじて首を捻ることで頭部への直撃こそ避けるが、首筋を抉れ今までの出血が虚仮威しに見えるほどの勢いで血が吹き出した。明らかに重症、続く攻撃を受ければ即死もあり得る状況。
だがメイはまだその怜悧な頭脳の働きを止めていなかった。深手を負ったことで彼女が自らに付与していた呪文の一つが発動する。彼女が懐に忍ばせていた自らを模した小像が砕け散り、《コンテンジェンシィ/もしもの備え》が起動。その呪文は予め封じられていた《セレリティ/素早さ》という秘術呪文の効果をメイへと与え、それにより彼女は通常有り得ざる速度で呪文を編み上げた。
《リミテッド・ウィッシュ/限られた望み》。膨大な魔力が現実を歪め、術者の望んだ虚構を真実へと昇華させる。あれほど負っていた彼女の負傷は初めから無かったかのように消えさり、破損した衣服すらも元通りの姿を取り戻した。その予想だにしなかった光景に動揺したのか、インスガドリーアの振るった槍はメイの展開する障壁を貫いたものの蘇った竜鱗の表面を滑り彼女の体を殴打するに留まる。再び衝撃波が炸裂し、彼と騎獣はさらに後方へと押しやられた。もはや獣の牙も巨人の槍も届かぬ間合いだ。
「なるほど、想定以上に優れた術士であったようだな。だが、そのような大魔術は数撃てるものではあるまい!」
攻撃の反作用で受けた衝撃波によるダメージを再生しながらインスガドリーアはそう呟き、再び乗騎を駆る。確かに先ほど彼女の命を繋いだ《コンテンジェンシィ》は準備のための詠唱に30分必要な儀式呪文であるし、《リミテッド・ウィッシュ》に至っては使用に際して生命力──経験点を消耗する高位の呪文だ。いずれも多用できるものではない。
だがそれらの呪文で彼女が稼いだ時間は値千金と言って良いものだ。眼下のミノタウロスの術者達は霧から離脱したラピスが放った《ブラック・テンタクルズ》によって拘束され、その黒い触手の森の中を悠然と歩くフィアが《サイレンス》の付与された魔法剣で敵の呪文発動を妨害しながら確実に止めを刺している。時折締め付けに耐えながら音声を省略して放たれる呪文はルーの呪文抵抗と解呪によって散らされていく。もはや敵の術者群は無力化したといっていいだろう。そして肝心のインスガドリーアへは俺が迫っていた。
「もう彼女には指一本触れさせない!」
再び掌に《コールド・オーブ》を構成、対象目掛けて解き放つ。ただし、今度の狙いはインスガドリーアではない。彼の動物の相棒、巨大な虎だ。先ほどのメイを攻撃した際の衝撃波はあの虎にも勿論ダメージを与えていた。だが騎兵たるヒル・ジャイアントの傷は癒えていても、虎の前肢に刻まれた負傷は癒えていなかった。つまり、あの獣には常識外の回復力は備わっていないのだ。正面まで回りこんで放たれた氷球は狙い過たず巨虎へと到達し、その顔面へと突き立った。
直撃した氷球は今までにない規模で対象から熱量を奪い去る。尻尾の先に至るまで、全身を凍らせた巨獣は飛翔する力を失って落下していく。インスガドリーアは咄嗟に騎獣から飛び降りることで巻き添えは免れたものの、その隙を突いて接近するエレミアには気付くことは出来なかった。
「肉体はいくらでも再生する──ならば徐々に戦闘力を削がせてもらおうか!」
閃いたエレミアのダブル・シミターはヒル・ジャイアントの構えた槍をその中央で断ち切り、さらに持ち主の肉体までも切り開いた。ドルイドであるインスガドリーアは金属の鎧を身につけることは出来ない。だが《アイアンウッド》という呪文はその名の通り木製の装備を鋼鉄製と同等の性能に押し上げる。しかしエレミアの刃はお構いなしにその鎧の上から敵を切り刻んだ。四肢の腱を切断し、眼球を斬り喉を貫く。武器と視界を奪い、さらに喉を潰すことで呪文の詠唱も封じる狙いだ。
だがそれでも巨人は抗うことは止めない。《バイト・オヴ・ワーベア》の呪文により鋭利な爪と牙を宿した彼は、喉元と口から血をまき散らしながらもその鋭敏な嗅覚で俺達を補足、攻撃を加えた後に地上へと一気に降下していった。移動の隙に攻撃を加えるが、肉体的欠損が再生する以上効果は薄い。だが、ここで逃す訳にはいかない。
一度失われたドルイドの相棒は、24時間の儀式を行うことで再び得ることができるとされている。つまりここで逃せば一日後には再び強襲を受けることになるのだ。ミノタウロスの術者達がまだどれだけ残っているかは不明だが、インスガドリーアだけでも十分な脅威である。
「ここで仕留める、追うぞ!」
ヒル・ジャイアントを追って霧の海に飛び込む。視界は確かに効かないが、巨人の移動能力を考慮すれば居場所の予測はつく。飛翔に使用していた呪文は通常の《フライ》、重い鎧を纏っていることで落ちているその移動力と霧に没入する直前までの経路からすればその範囲を絞り込むことは容易だ。
何よりもその巨体、戦いには向いていても隠れるには不利極まりない。高速詠唱した《火球》を2つ、候補となる位置にそれぞれ叩き込み手応えを確認しながら残った位置へと突き進んでいく。今の呪文に反応がないということは、残された範囲は限られている。それは俺の両腕で十分にカバーできる広さに過ぎない。
間もなく眼前の霧の中に浮かび上がる黒い影。既に先ほどエレミアから受けた負傷も癒えきった、インスガドリーアの姿だ。即座に斬りつけた傷は瞬時に回復する。攻撃を受けたことでようやく俺の接近に気づいた巨人は、半歩下がることで霧に身を隠すとその距離から猛然と俺に爪による攻撃を繰り出してきた。
「いくら攻撃しても無駄だとまだわからんのか? 霧の中では我が動きは捉えきれまい。
我が身と異なり、貴様らの癒しには限りがあろう。有限がいくら積み重なろうとも、無限には届かぬ!」
どうやらインスガドリーアは逃げたのではなく、戦いの場を霧の中に移したつもりだったようだ。確かに実質不可視の敵を相手にするに等しい状況では、全ての攻撃を回避することは不可能。そして敵の無限再生──こちらが不利であることは否めない。だが、それは勝ち目がないということには繋がらない。
「減らず口はそこまでだ!」
踏み込んで距離を詰め、巨人の膝に一撃。もはや防御に気を払っていなかった巨体はその攻撃でぐらりと姿勢を揺らし、バランスを崩す。そのまま駆け上がるように自分の体を空中に持ち上げると、ヒル・ジャイアントの側頭部に強烈な殴打を見舞った。《足払い》に加えて《朦朧化打撃》。先ほどからダメージ自体は再生しているものの、攻撃自体が通用しないわけではない。つまり傷が回復しようとも乱された平衡感覚が回復するわけではないし、朦朧とした意識が元に戻るわけではない──!
さらに挟みこむように降り立ったエレミアの剣閃が翻り、体中を切り裂いていく。再生は続く。だが意識は茫洋とし、起き上がることも出来ぬ状態で切り刻まれ続ける。生と死の天秤が激しく動きまわる中、最後の一押しをすべくメイが舞い降りた。カツンと硬質の音を立てて、彼女の履く硬質のブーツが床の黒曜石を叩く。一見無防備に見えるその姿から、彼女は一つの呪文を解き放った。
「《アンティマジック・フィールド》」
彼女を中心に不可視の障壁が広がっていく。それは呪文や魔法の道具の機能を停止する破魔の空間。インスガドリーアに付与された呪文はその機能を停止し、熊相は失われ、ヒル・ジャイアントの姿が現れた。周囲の霧も彼女を中心に溶けるように消えていき、半径3メートルほどの空間が周囲から切り取られたように浮かび上がった。
この呪文も絶対というわけではない。彼女がよく使用する《ウォール・オヴ・フォース》のように解呪作用を受け付けない呪文は例外的に存在するし、神格など定命の範囲を超えた存在の能力は無効化できない。それはこの巨人が与えられている再生能力にも当てはまる。だが、それはこちらの想定の範囲だ。
「確かに、その秘石の加護は私達定命の存在の魔法を超えています──しかし明らかに即死となったり、死亡した状態でもなお戦い続けることができる呪文はそうではないでしょう?」
最初に目撃したときに驚いたように、いくら再生が強力でも死亡状態に至ればその機能は停止する。いかな強靭な巨人といえど、頭部を吹き飛ばされて生きているはずがない。なら、それは一体どういう絡繰か?
俺たちが導きだした答えは一つ。それは呪文により、「瀕死状態になっても支障なく活動を続ける」ことと、「いくら傷を負っても死亡することがない」状況を重ねあわせるというものだ。それらの呪文は確かに信仰系呪文に存在する。それらと強力な再生が合わさることで、不死身の戦士を演出していたのだ。
無論他のパターンも想定してはいたが、幾度も刃をふるってその再生や不死性を目のあたりにすることで働いている魔法の作用を見極めた結果、最も確率の高い手段を取ることにしたのだ。その結果がいま俺たちの前に示されている。
「《ビーストランド・フェロシティ》に《ディレイ・デス》──後者はお前では使用できないクレリックの呪文。霧の中に逃げ込んだのは、戦闘を優位にするためではなくこの呪文の効果時間が切れることを恐れてのことか?
俺達に攻撃を仕掛ける前に仲間に呪文を使用してもらっていたんだろうし、霧に紛れて再度かけ直しを図ったんだろうが──残念だったな。お前はここでお終いだ」
俺の言葉を聞き、呪文による強化と不死性を失い今まさに切り殺されようとしているインスガドリーアは、信じられないといったような表情を浮かべる。
「終わりだと? まさか、私の誓いと約束が破られ、石が失われるとは!」
必至で術者たるメイへ向けて手を伸ばそうとするもその指先にもはや鋭利な爪はなく、平衡感覚を失ってよろける体に勢いはない。その腕すら切り払い、再び脳髄を揺らす打撃を見舞うと意識を混濁させた巨人の体は地面に大の字を描くように崩れ落ちた。
エレミアの刃がその体を薙ぎ、首と胴が切断される。不死の呪文の効果を失った巨人はそれにより死を確定され、オルターダーと同様にその体を光に包まれたかと思うと跡形もなく消え去った。そうして、将軍の副官の一人、インスガドリーアは死んだ。後には火の秘石"ウルタ・シャード"が残されている。
残る副官は後一人。そして、"炎の王"の後継を自認するファイアー・ジャイアントの将軍ザンチラーその人だ。ストームクリーヴ・アウトポストの夜はようやく明けようとし、分厚い雲を貫いて山の稜線が太陽の光でその輪郭を明らかにし始めている。それは長い戦いがようやくその折り返し地点を超えたことを俺達に教えてくれているかのようだった。