ゼンドリック漂流記   作:逃げ男

80 / 81
7-9. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス MidNight

「──フレイムの加護を!」

 

 周囲を囲む騎士の同胞たちの声が地下に響く。しかし普段であればその声と同時に全身を満たしたであろう祝福は訪れない──いや、正しくは意識して信仰の奇跡を頼まず、ただ気迫のみにて自身を奮わせようとしているのだ。

 

 本来であれば自らと同胞に祝福を授け、あらゆる邪悪を討ち滅ぼす銀炎の騎士。だが今やその半身たる奇跡を制限され、錬磨した肉体と技量のみで悪との戦いを行なっていた。どうしてそのような制限を課されているのか──それは、我らの討つべき敵に我らの信仰が盗まれていたことが原因だった。

 

 いや、正しくはそうなるように誘導されていたというべきだろう。神秘の探索として大陸の奥地から持ち帰った巨大な竜晶、そこに捧げた信仰は我らが銀の炎ではなく、その中に眠る影へと奪い取られていたのだ。ドルラーの接近により蔓延り始めたアンデッド達との戦いに、その捧げた信仰の対価として受け取った奇跡が強化されたことを当時の我らは自らの祈念にフレイムが応えてくれたのだと考えていたのだが、それは違った。

 

 信仰を掠めとった邪悪な影が与えた力を自らのものと勘違いして振るった者達は、その力の代償を払わされる事になったのだ──突如肉体が獣と化して理性を失い暴れ回るライカンスロピーの呪い、それが騎士や司祭を内部から食い散らかしたのだ。並の村人すら獣化すれば熟練の騎士に伍する脅威となる。だというのに騎士の技量と装備、そして今や呪いとなった信仰心により強化されたライカンスロープは恐るべき敵であった。さらにこちらは半身たる信仰呪文を封じられた状態であり傷を癒す事すらポーションに頼らざるを得ない有様。青い光が街中を照らした後に起こった混乱を収め、立て直すことができた事はそれ自体が奇跡的であっただろう。

 

 だがそれでこの状況が解決するわけではない。我々は体勢を整えて事態を収拾すべくカタコンベへと突入し、そこで自らの一族が侵した過去の過ちと向き合う事になったのだ。一族が葬られた地下の墳墓は今や起き上がった死者によって満たされていた。安らかな眠りをもたらす聖別の結界は反転し今や闊歩する死者を強化する呪いとなっている。動き出した遺骨を一つ一つ砕いて沈め、先祖たちの墓を巡った我々はただ一人この場に葬られなかった先祖の墓標にて真実を知った。

 

 この街に信仰を拓いた我らが開祖、彼こそが今日のこの街の惨状を企図した災厄の元凶であり炎ではなくその内側に秘された影を信奉する裏切り者だったのである。真の《デュアリティ》とはディヴァウラーによる死者から力を得る秘蹟などではなく、炎とその中にある影の二重性を示すものだったのだ。叔父上はその真実を覆い隠すダミーに騙された哀れな男だったということになる。

 

 その真実を知り告発すべくフレイム・キープへと向かった四代目のイソールトは内通者に処されてコーヴェアの地を踏む事なくサンダー海に消えた。だが彼女は自らが失敗した時のことを考え秘事を記した日記を残しており、それが協力者の手によって中身のない墓標の中に隠されていたのである。

 

 それを知った我々はこの呪いを断ち切るべく、大司教しか知らぬ地下の秘密通路からこのカタコンベの塔中枢へと侵入した。しかしそこで待ち受けていたのは過ちを犯した我らが先祖その人本人達であった。

 

 衛兵の長にして聖なる炎の友、ケラス・ドライデン

 

街の住人を慰撫し治安の向上に努めたとされる彼の墓標には、彼だけでなく無辜の罪で断じられた被害者の遺骨が大量に埋葬されていた。自身だけでなくその副葬者達の遺骸すらもスケルトンとして従えて率い、彼は生前の虐殺を繰り返そうとしている。

 

 灰丘の女子修道院長にして宝物庫の番人、エミリアン・ドライデン

 

宝物庫と秘密の番人である彼女は、その秘密を暴いた実の娘すら手勢を放ってサンダー海へと葬った。肉体を捨ててシャドウとなった今も生者の生命力を啜り影の軍勢を率いる。

 

 崇高なる炎のプレレイト、ユガーレ・ドライデン

 

異端を焼く炎の化身。しかしその炎は死者の青だ。触れたものから熱を奪う“炎の精霊のアンデッド”とでも言うべき恐るべきモンスター。

 

 そしてストームリーチにおける開祖、マーン・ドライデン

 

銀炎ではなくその中の影に信仰を見出し、その思想がゆえに大陸を追われこの街に辿り着いた異端の巡礼者。自らの神の依代とすべく巨大な竜晶を大陸奥地から持ち帰る探索行を立ち上げた男は、その功績を認められ人からラクシャーサへと転じていた。

 

「今日はまさに大願の成就せし祝祭の日。お前達もあの光に照らされたのであれば、その素晴らしさを知ったはず。どうしていまだにその身を影に委ねない?」

 

 古めかしい大司教衣を纏った獣相の男は高所からこちらを見下ろしながらそう訊ねた。影よりの誘惑、それに意志を委ねた者がライカンスロープと化したことをこの男は祝福であると言っているのだ。盗まれた信仰心によって与えられた奇跡を行使すればするほど、その誘惑は強くなる。それが偽りの奇跡を行使した代償だ。

 

 かつてコーヴェア大陸を荒らした“清浄化/パージ“というライカンスロープ弾圧は、シルヴァーフレイムの声を伝える炎の護り手により決断された。その宣言は本来であれば対象にならないはずの善のライカンスロープすらもコーヴェアから狩り出すものとなったが、本来はこの炎の誘惑に敗北した背教者を対象としたものであったのかもしれない。なぜなら多くの聖職者はライカンスロープの中間形態と一般的なラークシャサの姿との類似性に気づき、ライカンスロープはデーモンであるか、或いはやがてフィーンドになると断言し当時の清浄化の正当性を訴えたのだが、その確かな実例が今我々の眼前に立っているのだから。本来はこの脅威に対する警告であったものを、当時の炎の護り手であったジョアン・ソルが政治的に利用すべく捻じ曲げた──あるいはその歪曲にすら、影が影響を及ぼしていたのかもしれない。

 

「さあ、こちらへ来るのだ我が子孫よ。定命のくびきから解き放たれ、永劫の生を謳歌せん。やがて主人の影はこの大陸を覆い、コーヴェア全域を包むだろう。そしてやがてはこの惑星全てを覆い、すべての生あるものの羊飼いとして君臨されるのだ。我らはその牧羊犬となり、共に羊を導く存在となる。その栄誉に服する権利がお前達にも与えられよう」

 

 差し出されたその両腕はその存在がラークシャサであることを示すかのように歪であった。人間なら手の甲にあたる場所に手の平があり、指も外側に丸まる。彼らがそれで手先に問題が生ずることはない。その歪さを認識し、私はそれが歪であると感じられた事に安堵を感じた。私の心はまだ折れていない。ならば返すべき言葉は決まっている。

 

「──心弱きものよ。汝らの罪を責める事を私たちはしない。人の心は弱く、悪はそれを攻めるものであることを我々は知っているからだ」

 

 剣を眼前に垂直に立て、両腕で握りしめる。

 

「そして我が先祖の過ちを糺す機会を与えてくれた事をこそ感謝しよう。灰は灰に、塵は塵に、死者は死者に還るべし。我が断罪の剣は汝ら弱き者の過ちを正し、汝らを過たせた悪を討つためにこそ振るわれる──それが我らフレイムの教え」

 

 傍を固める騎士達も同じくして剣を構える。立ち昇る火のように、剣は捧げられた。死者達を数多く弔ってきたがその表面に未だ翳りはなく、映り込む自身の顔はしっかりと私自身を見つめ返している。重なり合う火は炎となり、死者を弔う送り火となるだろう。

 

「──未だ理解が足らぬか。良かろう、それでは不肖の子孫らに教えてやるとしよう、影の奥深さとそれに身を浸す快楽を!」

 

 ラクシャーサがこちらに差し出していた腕を引きそれぞれに剣と杖を構えると同時に、死者と影の織りなす死者の軍勢もまた動き始める。その動きに呼応するように、我らの騎士達も剣を構え直して隊列を整えた。

 

「我らが信仰は我らが胸の内にあり、そこで燃え盛る炎こそを信じよ! 銀の炎は我らと共にある! 炎に剣を捧げよ!」

 

「「炎に剣を捧げる!」」

 

 聖句の唱和と共に私たちは駆け出した。いつもであれば聖句と共に付与される奇跡は今はない。だがかつてない闘志が漲っているのを感じる。初めて祈念が通じて信仰呪文を行使できた日、銀炎に心が通じた時に優るとも劣らぬ心の脈動だ。信仰を捧げた日々は今日この日のためにあったと思える。

 

──征け、我らが誉の子よ

 

 肩を押す誰かの手を感じた。そして聞こえたのは我が父の声か。そうだ、全ての死者が悪なのではない。信仰に殉じ、正義を求めて戦った者達の魂はきっと我々と共にある。

 

 死者の塔の中枢で、影と炎が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

ゼンドリック漂流記

7-9. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス MidNight

 

 

 

 

 

 

 

 この最深部に辿り着いてからどれだけの時間が経過しただろうか。あらゆる属性の、あらゆる攻撃を試みたがベル・シャラーの肉体は砕けない。受けたダメージに応じて体の表面から零れ落ちる破片は一度砕けば再生することは無いが、それをどれだけ続けても本体はまるで堪えた様子を見せないのだ。

 

 まるで底なし沼を相手にもがき続けているような感覚。ただでさえ重いドルラーの空気が体に纏わりつき、じわじわと首を絞めているように感じてしまう。どれだけの生命を貪り、記憶を弄んでこれだけの生命力を積み上げたのか。このエベロンという世界が確かな形を持っていなかった遥かな古代よりあり続け、今もなお君臨を続ける上帝という超位存在。この惑星の記憶そのものといっていいほどの積み上がった時間そのものが、今俺の前に敵として形を成しているのだ。

 

「……くくっ」

 

 ゲームの時ですら体験することの無かったとんでもないシチュエーションに、思わず笑いが零れてしまう。俺がプレイしていた時のレベル上限が16で、戦う相手も神への昇華を目論むリッチや地獄を統べる悪魔の大将軍の一翼まで。それが今や世界の根幹を成す大魔の一柱とタイマンをはっているのだ。これが笑わずにいられるはずもない。

 

──気が触れたか? いや、貴様がそのような尋常の存在であるはずもなし。何故笑う?

 

 無論ベル・シャラーが俺のそのような振る舞いに気付かないはずもない。だが、その意図までは考えが及ばないようだ。まさか、自分の弱さを笑われているとはこの上帝には想像もつかないだろう。

 

「なに、そろそろこの遣り取りにも飽きてきたところでね。アンタの変りばえのしない出し物にも愛想が尽きてきたところだ──これを言うのはこれで二回目か?」

 

 紡ぎ続けていた攻撃呪文の手を止めて、影に言葉を投げ掛けた。あからさまな侮蔑だが、相手にもならない定命の存在の発する言葉などが影を揺らすことはない。だがそれでも考えるところはあったのかそれとも俺の攻撃で肉体が削れなかったことで吐き出す記憶の再現体を出しそびれたのか。ベル・シャラーもその動きを止めた。

 

──貴様の攻撃は我が蓄積の前には大海の水を柄杓で掬うが如き小ささに過ぎぬ。その精魂が尽きるまでぶつけたとしてもそれはやがて我に還る飛沫を僅かに散らすに留まるのみよ。それを理解できぬわけもあるまい

 

 影は泰然とその場に佇んでいる。自分の優位はどうあっても揺るがないという考えなのだろう。その傲慢さに満ちた黒い闇に向け、俺は新たに一つの呪文を放った。

 

──!?

 

 それはたった四本の光閃に過ぎなかった。先ほどから何度か放たれた《スコーチング・レイ/灼熱の光線》に似たそれは、だが比べ物にならない殺意を持って影へと殺到した。本来の氷に加えて異なる四種のエネルギーを混合・上乗せされた《ポーラー・レイ/冷凍光線》。それは二重化・分枝化されたことで単一の呪文行使としては過去の類を見ないほどの破壊力をもって影の肉体を消し飛ばしたのだ。単純に階梯に換算すれば第三十階梯にも達するその光線は、さらに高速化された一対の破壊光線となって影を蹂躙する。この上帝の頑強さは抵抗や耐性ではなくひたすらに多いヒット・ポイントによるものであるということは分析が済んでいる。であれば、ひたすら大火力で攻め立てれば良い、そんなシンプルな戦術だ。

 

「どうだ? 少しは目が覚めたか?」

 

 期待値で1本あたり3万超、クリティカル時は6万を超えるダメージが秒間2~3発のペースで叩き込まれる。先ほどまでの一発当たり数百点の攻撃とは文字通り桁の違う殺傷力。極太のビームが暗闇を貫き、影を穴だらけにしていく。ゲーム時代にもここまでの火力を振るう事は無かった。だが装備とエンハンスというゲーム由来の特殊能力にTRPG由来の強力な特技が組み合わさる事で、本来であれば百点ほどのダメージしか与えないであろう呪文の殺傷力が600倍以上に跳ね上がる。

 

「お前が七百年前にティラ・ミロンに封じられて以降、蓄えた生命の数はどれだけだ? コーヴェア大陸の人口が亜人まで含めて1千5百万、七百年で30世代が交代して4億5千万、アルゴネッセンとゼンドリック、サーロナも同じだけだとして18億、海底と地下で10倍として180億か? 一人死ぬごとにお前が得る活力はどれほどだ? その中で銀の炎に焼かれ続けて残っている生命力は後どれだけ残っている?」

 

 ベル・シャラーは確かにエベロンに時間という概念が発生する前からの存在であり、暦に換算すれば一千万年を越えて存在し続けている正真正銘のモンスターだ。だがその上帝はかつてドラゴンとコアトルの連合軍に倒され、さらに七百年前にはティラ・ミロンに敗れている。彼女が聖剣クロイナーでベル・シャラーを突き刺して炎の柱の中に封印しているのは、この不滅の存在を焼き続けるためだろう。そしてその銀炎による束縛は、永きに渡ってベル・シャラーを封じ続けられるだけの強さがあったはずである。

 

 その均衡を崩したのが最終戦争だ。百年続く戦争で数多の命が失われ、その魂はドルラーに渡りこの上帝の糧となった。それにより力を増した影は伸ばした手で新たな自らの依り代をゼンドリックに求め、巨大なシベイ・ドラゴンシャードを現身として顕現したのだろう。つまり、どれだけベル・シャラーが超越的な存在であっても今のこの影はその搾りかす、一万年どころか精々七百年の間に銀炎の炎による焼き残しをかき集めたハリボテに過ぎないという事である。俺が戦うのは数十万年や七百年という歳月ではなく、最終戦争という災いが世界から奪った生命の数。であれば、それは十分に俺達の手の届く範囲だ。

 

──小賢しい!

 

 そこでベル・シャラーが取った手段は呪文相殺だった。いくら強化を重ねていても、骨子は《ポーラー・レイ/冷凍光線》という第八階梯の秘術呪文に過ぎない。同種の呪文同士はその発動を持って相殺し合うという基本原理に則り、俺が構築した致死の光閃はその起こりを潰されて霧散してしまう。

 

 一説によればベル・シャラーは太古の時代にドラゴンに秘術呪文を伝えたとも言われるほどの存在だ。これまでそのような素振りを見せてこなかったものの、秘術呪文使いとしても神話級の実力を有しているのだろう。それは信仰を奪われた銀炎教会の戦士たちにライカンスロープの呪いをばら撒いた事からも分かっている。あの呪文は『不浄なる暗黒の書』という禁書に記された第九階梯の呪文なのだ。だから当然この上帝がここで呪文相殺を行ってくるという事は想定の範囲内である。

 

「──守ったな?」

 

 だがその呪文相殺はこのオーヴァーロードが初めて見せた守りの姿勢。こちらの攻撃が効いている事を示す明確な証拠だ。

 

──なるほど、認めよう。貴様はあの女以来の脅威だ。わが大海の水を全て蒸発せしめんとする忌々しい星の輝きよ

 

 闇が蠢動した。それに合わせるようにこの空間上に揺蕩っていた数多の煌めきが突然時間を思い出したかのように動き始める。銀河を成す星々のように緩やかな回転をしていたその光は勢いを増し、中枢にある黒球へと吸い込まれていった。すると穴だらけだったベル・シャラーの体は見る間に塞がり、五体満足を取り戻す。いや、その大きさは一回りは大きくなっただろう。

 

──誇るが良い、我と『敵対』し得た自らの偉業を! そして貴様のその思いと後悔はゆっくりと咀嚼しよう。死してその記憶を我に捧げよ、人間!

 

 空間の中央に坐していた暗黒球体から大量の触手が生えたかと思うとこちらへと殺到する。それは冷気と負のエネルギーで織られており、触れるだけで相手の熱と生命力を吸い取って絶命させる死の鞭だ。さらにその触手は直接触れずとも闇ごと空間を削り取っていく。削られた空間は周囲を引き寄せ圧縮を起こし、それによって俺の体自体も意図せず横滑りするようにスライドさせられてしまうのだ。間合い、という概念を無意味にする簒奪の指先が、数十のうねりとなって押し寄せてくる。

 

 それらを回避しても、それで終わりではない。この空間自体がベル・シャラーの腹の中も同然で、あらゆる場所から突如負のエネルギーの奔流が炸裂するのだ。さらには上帝の思念波が満たされており、気を抜けばあっという間に意識を吸い上げられてしまうだろう。それらの全てを回避し、意志の力で撥ねつけ、潜り抜けた先に待つのがブラックホールの如き暗黒球体そのものだ。先ほどまでの人影よりも遥かに高い密度と巨大さを兼ね備えたオーヴァーロードの核心。それは世界を歪める法則そのものの具現化、エルダー・イヴィルと呼ばれるこの世の悪の結晶。その存在密度の前には、定命の存在が紡いだ秘術などは意味を為さないだろうと解る。その強度を上回る秘術強度が無ければ呪文は抵抗力を貫けずに霧散してしまうだろう。それは俺の最大の武器が通じないという事になる。

 

──さあ、踊り続けよ。その意志と肉体が枯れ果てるまで!

 

 勿論、こういった呪文抵抗に関わりなくダメージを与える呪文というものの準備はある。だがそういった呪文は先ほどの《ポーラー・レイ/冷凍光線》に比べればかなりダメージとしては下がってしまうのだ。それでも一応四桁ダメージを与える事が出来るとはいえ、このヒットポイントの怪物を前にそれでは少し心許ない。やはり、ここは本命においでいただくしかないだろう。

 

「悪いが俺はお前とダンスを踊るつもりはなくてね……ただどうしてもお前の相手をしたいっていうゲストを用意してるんだ」

 

「──ようやく出番かい? 待ちくたびれたよ」

 

 そんな言葉と共に、銀閃が虚空を切り裂いた。俺が視認すらできないほどのスピードで飛来したそれはベル・シャラーに突き刺さるとその着弾した周囲の空間をこそぎ取るようにしてその暗黒球体を貫通した。

 

──!?

 

 今まで感じた事も無いであろうダメージに混乱する上帝だが、その戸惑いすらも切り裂いて次々とその銀閃はオーヴァーロードの肉体を削って行く。その肉体の持つ呪文抵抗やダメージ減少など歯牙にもかけぬ殺意。それは、信じられない事に単なるナイフ投擲によってもたらされたものだ。その一発一発が、俺が先ほど放った《ポーラー・レイ/冷凍光線》を遥かに超えるダメージであろう。

 

「上帝とやらも痛みってのは感じるのかい? そうなら嬉しいねぇ、振舞い甲斐があるってものさ!」

 

 それを成したラピスは、鋭い目つきで球体を見据えている。ライカンスロープへの弾圧を引き起こした諸悪の根源とも言える存在を前に、心の中で燃え盛る怒りの感情がその眼差しからも窺うことができた。だが、その怒りが具現化したナイフの投擲こそがベル・シャラーの啜ってきた記憶を恐るべき勢いで削って行く。

 

 銀炎教会の行った清浄化、そのライカンスロープへの弾圧を引き起こしたのは、まさにこのベル・シャラーが原因といって間違いないだろう。ストームリーチで起きたライカンスロピー化は、この上帝が吸い上げた信仰心を歪な形で崇拝者に返したもの。これは今回始めて起きたことではなく、過去に繰り返されてきたことだと考えられる。その過去の振る舞いの精算を、ラピスはオーヴァーロードへと叩きつけに来たのだ。

 

──家畜風情が! 一度死せる定命よ、自らの運命を思い起こせ!

 

 上帝のその思念が空間を満たすや、ラピスの額から影のような突起が発生した。それはかつて彼女を死に追いやった恐るべきマインドフレイヤーの秘儀の、影による再現だ。記憶から負傷を再現することで、かつて受けた傷を再び与えるというこのオーヴァーロードの持つ権能である。腕利きであればあるほど過去には大きな傷を受けていることがほとんどだ。中には一度死を克服した者すらいるだろう。そんな者たちに過去の傷と死を再現する、定命の存在に対する必殺の業。だが、それすら彼女が首をひと振りすることで雲散霧消する。ラピスの歩む神秘的な影の運命が、かつて通った死の記憶を拒絶したのだ。神話の道を歩む者は、すでに定命の頸木から逃れている。それを今彼女は身をもって示したのだ。

 

「他人の記憶を土足で踏み荒らすのは感心しないね──それに残念、その過去は特に悪い記憶ってわけじゃないんだ、どこかのお人よしのおかげでね!」

 

 口元を浮かべながらラピスは再び短剣群舞を放つ。その一閃一閃が確実に暗黒球体の体積を削る。理不尽を超克するさらなる理不尽。理解不能な現実を前に、上帝が彼女の排除を狙うのは当然だろう。だが奔る触手はその彼女の影を捉える事すら出来ず、それは呪文についても同様だ。狙いを定めるものでは命中させられず、範囲を巻き込む呪文はその俊敏さにより意味をなさない。空間そのものに作用する特殊な呪文は、ラピスと共に現れたメイと俺によりすべてが無力化されていく。

 

──!

 

 もはや言葉もないのか、ベル・シャラーはその削られた肉体を様々な生物へと変じてこちらへと差し向けてきた。今や地上には存在しない劣化する前の巨人族の王種。天を覆う龍。百人の戦士の腕を生やした異形。それらは神話の時代にのみ存在した、今となっては御伽噺の中にすら出てこない強大なモンスターたちだ。だが、ラピスの攻撃はその一切を貫く。彼女の同胞であったであろう獣人らしき影も群れをなして出現するが、その全ては瞬く間に消滅していく。

 

 その絡繰りはいたってシンプルなもの。《グレーター・コンサンプティヴ・フィールド/上級消尽の場》というその呪文は、周囲の弱いクリーチャーを殺してその数に応じて一時的なヒット・ポイントと筋力への強化を与えるというものである。この呪文は効果時間が極めて短く、どれほどの術者であろうとも維持できてせいぜい5分弱というところだろう。このためよほどの入念な準備を行わない限り効果的に活用することは難しい。シャン・ト・コーの間にいた巨人族の亡霊はその準備をやってのけた稀有な例だろう──だが、それらの条件を満たす場をこの『死の接触』は満たしていた。

 

 地を覆うほど押し寄せる低級の悪鬼の群れ、そして時間的に静止するドルラーの次元特性。その二つが合わさり、ストームリーチに戻らず一夜を死の領域で超えたラピスが積み上げた強化効果はオーヴァーロードの積み上げた命を容易に吹き飛ばすほどへと至っているのだ。もちろん、その驚異的なバフを得ていることを察知されぬようラピスは一時的に自身をアンティ・マジック・フィールドで覆うことで占術などの探知から逃れていた。その一時的に弱体化したラピスをここまで護り抜いてこれたのは、俺が敵の目を引き付けただけではなく彼女を守って連れてきた仲間たちのおかげでもある。

 

 

「自分の食い残しに蝕まれる気分はどうだ?」

 

 あの大量の低位デーモンはこの上帝が食べ漁った魂の成れの果てだ。それを呪文で飲み込んだラピスがベル・シャラーを刻んでいく。ドルラーで肥え太った存在が、その自らの所業の応報としてドルラーの法則によりその力を失うのは至極当然の事だろう。

 

 

 もちろん、この上帝の目は節穴ではない。仕掛けにはすでに気付いており、ラピスへと解呪の手を伸ばしてはいる。だが、ベル・シャラーといえども行使できる秘術の数には限りがあるのだ。一定以上の術者による呪文はディスペル系で解呪することはできず、アンティ・マジック系で無効化するほかない。だがその限られた呪文は相殺することが容易で、俺とメイの壁を突破するには手数が足りない。これがあの狂気の領域のエグザルフたるイスサランやその同胞たるイリシッドであれば時間を操作し自我を分割することでこちらを上回る手数で反撃してきたかもしれない。だがイスサランは死したのではなく月の女神の剣により滅んだのであり、他の高位イリシッド達も死後はその魂はドルラーに向かうのではなくゾリアットへと還ったのだ。

 

「本当に強大な存在は、死んでもドルラーには行かない。死を免れるか、外の次元界へ向かうんだ。お前が食い散らかしたのはそうならなかったもの──残り物に過ぎないのさ。さあ、今どんな気分なのか教えてくれよ、残飯喰らいの上帝様よぉ!」

 

 輝きを吸い取られた暗黒の空間に、綺羅星のごとく輝くのはラピスが操る短剣の群れだ。星なき夜空を流星が掛け、暗黒球体に次々と突き刺さっていく。貫通した短剣は彼女の操る念動力により再び天の輝きへと加わり、無限の循環を成している。穿たれた穴を塞ぐたび球体は徐々にその大きさを減じていく。かつてはこのドルラーの最奥の空間を押しつぶすほどの存在感を帯びていたブラック・ホールは、今や人間大ほどまでにその体積を縮めていた。

 

──この我が、二度も定命の存在に屈するのか

 

 脳に響く思念も弱弱しい。死者の記憶を食らい膨れ上がっていたその贅肉をすべてそぎ落とせば、後に残るのは一体のデーモンに過ぎない。数万分の一まで弱体化してもなお非常に強大な悪鬼ではあるだろう。だが、そんなものは今の俺やラピスの前では吹けば飛ぶ脆弱な存在に過ぎない。

 

──なるほど、確かにこの夜はお前たちの勝利だ。だが、このドルラーにあって我を滅ぼすことはできぬぞ。お前たち定命がその寿命が尽きるまで我を焼こうとも、やがては尽きる命。そしてお前たちヒトが栄えれば栄えるほど、我が力は増すのだ

 

 上帝の中でも、特にエルダー・イヴィルと呼ばれる存在は滅ぶことがない。倒されてもやがてこの世界のどこかで復活し、牙を研ぐ。世界に刻まれた強固な存在ゆえに、世界そのものの復元力が働くのだ。ドラゴンとコアトルの連合軍が滅ぼせなかった三十二柱の上帝とはそんな存在達。神の存在しないこのエベロンにおいて、間違いなく最強足りうるクリーチャーである──だが、それだけだ。

 

「お前はまだ勘違いをしているな。自分が本質的に敗北するわけがない、そういう甘い考えだ」

 

 ラピスの手加減された一撃を受け、もはや掌に乗る程度に矮小化された悪鬼を拾い上げる。すべての一時的ヒット・ポイントを失い、非致傷のダメージを受けてノックアウトされたことで身じろぎ一つ取ることができない無防備状態だ。だが、この状態でも油断できるわけではない。シルヴァー・フレイムの炎に焼かれ続けたこの状態でなお、この影は思念を伸ばして人を堕落させる。

 

「だが、それもこれまでだ。今日ここで、お前は滅ぶ。いや、生まれ変わるんだ」

 

 そう言って俺は一つの指輪を取り出した。そこに嵌まった三つのダイヤモンドのうち、ふたつが同時に強い輝きを放って砕け散る。その光が収まったとき、俺の手には一冊の巻物が収まっていた。

 

「この世界に神はいない。だから勿論神殺しも存在しない──お前が生まれた大昔は、きっとそうだったんだろうな」

 

 それゆえにドラゴンやコアトルといった超常的な存在ですら、この上帝たちを滅ぼすことができずにいた。だが、今は違う。月の女神が鍛えた神殺しの剣がこのエベロンへと持ち込まれ、女神が死んだのちもその信徒たちはその極みへと至らんと歴史を積み上げてきた。その成果の一つがエベロンのエルフ、ターナダルと呼ばれる神を殺す剣技を求めた集団。そしてその極みに至ったブレード・オヴ・ラグナロク、それがエレミア・アナスタキアだ。

 

「──やってくれ、エレミア」

 

「──承った」

 

 その刃が絶つのは物理ではなく、(コトワリ)。神々が持つ耐性そのものを切り裂き、無へと還す絶技。一太刀目で、ベル・シャラーはその存在深くに宿していた負のエネルギーに対する耐性を失った。自らが活力そのものとしていたエネルギーが今や体を蝕む毒となる。そしてラピスやメイの放つ《エナヴェイション/気力吸収》の呪文によりギリギリまでの負のレベルを詰め込まれたところで、再びエレミアが刃を振るった。それによりこの上帝は次に《精神作用》に対する耐性を失った。

 

「さて、これで準備は整った。この巻物が何か、わかるだろう?」

 

 それは『不浄なる暗黒の書』に記されし禁術。対象の自我を、記憶を、属性を自由自在に書き換えるという恐るべき呪文だ。当然ながら悪属性の呪文であるそれを《呪文聖別》することで善属性へと書き換え、解呪不能な呪文強度まで構築を引き上げた特別製だ。

 

 俺のその問いかけに、小さな黒い球体は震えることも出来ない。

 

「さあ、永い夜の終わりだ。お前はこの夜明けと共に生まれ変わる。さよなら、オーヴァー・ロード」

 

 巻物がその内部に込めた力を光と共に放出し、俺の掌の上の球体へと光の粉が降りかかる。それを受けて球体は小さく震えたかと思うと、やがて白い光を放ちだす。その光がドルラーの最奥部を照らし、飲み込んでいく──

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。