白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

12 / 59
【登場人物】
――銀狼隊戦闘部・一年
椛野  穂咲《かばの・ほざき》――赤毛の少女〈種子〉
仙慈  寿人《せんじ・ひさと》――目隠れの少年〈万華の右眼〉

――銀狼隊戦闘部・二年
鳴島  迅《なりしま・じん》――黄髪の少年

――銀狼隊幹部
彼岸崎 錦《ひがんざき・にしき》――空色目の少年、戦闘部管轄〈心剣〉
朽羽  那由多《くちば・なゆた》――三つ編みの少年、支援部管轄〈雪哭〉



第三話 心に剣を (付記・能力考察)

 無人の廊下を早足で駆け抜ける。スクールバックはその度ガタゴトと揺れるが、置いてくればよかったとは思わない。

 場所は銀狼隊本部の地下一階、真っ白な廊下に光度が控えめな蛍光灯が映る。

 放課後直後、私は一目散にここへ来ていた。右手にはトレーニング室、左手に訓練室があるけれど、そのどちらも私の目的にはない。私の目的はただ一つ、今朝帰還を果たした銀狼隊幹部にして戦闘部管轄、彼岸崎錦先輩へ会う事だ。

 とはいえ、約束をしたわけではない。なら足早に来たとしても肝心の彼岸崎先輩が教室なのではないか、と思うだろうが、どうやら今日までは休学らしい。銀狼隊としての仕事を優先する彼がいるなら幹部の個室なのかもしれないが、通常のエレベーターで向かう事は出来ない、確かめようにも内線の使い方が分からなかった。

 一か八か、私は最も居そうだと直感した訓練室に向かった次第である。

 

 訓練室はかなりの数と種類がある。ガラス窓が付いているもの、ガラス張りのもの、完全に遮蔽された部屋もあればやたらと大きな部屋もある。それら途方もない部屋数をしらみつぶしに探す訳にはいかないし、その気もない。道中にある休憩スペースには天井からモニターが伸びており、そこから使用中の訓練室を一覧にして見れるのだ。さっき知った。

 残念ながら誰が使用しているかまで判断は出来ないが、授業の終わった直後にここを利用する人は少ない。一部屋だけ埋まっていたあの箇所なら──

 

 部屋を切り取るようにしてガラス窓が横断している部屋だった。中の様子が分かるようにしているのは観戦目的か、事故防止か。

 ともあれ助かった、窓の先にいる黒髪の人物こそ探していた彼岸崎先輩だ。

 微動だにして動かない様子に初めは不審がったものの、すぐにその理由が分かった。眼鏡の先では固く瞼が閉ざされており、組んだ禅に程よく脱力した腕を置いている。どっからどうみても瞑想、邪魔するのは躊躇いを覚える光景である。

 急いでいた理由も早く彼岸崎先輩に会いたかったからで、目の前(壁越し)にいる以上私に急ぐ必要はない。しばらくの間、気長に待つ事にしよう。

 そうして壁に寄りかかり、鞄から教科書を取り出す。

 今日は彼岸崎先輩の帰還日であると共に、能力学の授業が始まった日でもある。曰く、能力に焦点を当てた近代史や能力そのものの道理を説く授業。中学には無かったものだ。ノートも広げてないのに予習も何もないが、待っている間に軽く目を通すだけでも腰の据わらない現状が落ち着く気がする。

 十分間一定のペースで捲られたページが止まったのは、読み切ったのではなく、彼岸崎先輩に動きがあったのでもなく。近付いた足音が止まったから。私は両手に持った教科書を閉じながら顔を上げる。

 

「やぁ、勤勉な様子でなによりだよ椛野君。邪魔したかな?」

「仙慈君と……朽羽先輩。どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だけどね。まぁ予想は付く」

 私とは違って手ぶらの仙慈君と、同じく朽羽先輩が自然な足取りで近付く。なんとなく姿勢を正して二人の視線を追えば、尋ねた事も自ずと分かった。二人も彼岸崎先輩を探していたのだ。

「やっぱりか。電話に出ない時は大抵こうしてるんだよ、あいつは」

 珍しく軽い口調の朽羽先輩。仲が良いと見える。

 当たり前のように朽羽先輩と一緒にいる仙慈君を訝しみつつ、部屋へ入る朽羽先輩の後ろを付いていく。隅っこへ鞄を置いている間に、座禅を組んだ彼岸崎先輩の前に彼は躊躇なく仁王立ちしていた。流石に私と仙慈君の間で戸惑いが共有された。視線を交わし、固唾を飲んで二人を見守る。

 にしても、人が前に立っても彼岸崎先輩は動きを見せない。寝ているんじゃないかと思ってしまう、船を漕いでいない分まだ疑うだけで済むけれど。

 朽羽先輩が右手を挙げる。次の瞬間、氷で造られた剣がその手に握られていた。

「えっ、先ぱ──」

 表情を変えずに振り下ろす朽羽先輩を見て、流石に止めに入ろうかと動く私達。

 私が駆け寄るよりも、仙慈君が手を伸ばすよりも──彼岸崎先輩が氷刃を寸断するのがなにより早かった。

 床へ落ち、静かに響く氷の刃先。残響に身を囚われた身体は、刀を横へ振り抜いた体勢で固まった、彼岸崎先輩の言葉で動き出す。

「人に剣向けちゃダメって教わりませんでしたかァ?」

「教わる訳ないだろ」

 座った体勢を前傾させた彼岸崎先輩は、口を大きく歪ませて朽羽先輩を見上げる。二人が右手に持った各々の刀剣は消えて、眼鏡を直しながら彼岸崎先輩が立ち上がった。真剣味のあった先程までの表情は露と消え、野暮ったく伸びた前髪が鼻をくすぐる先輩の、無邪気な眼光が私達を向く。

 

「今朝振りだな、椛野」

「……会ってたのかい?」

 不満げな態度が漏れ出ている仙慈君は一瞥で済ます。何処を気にしているのか。そもそも仙慈君こそ、先輩に誘われてこの場に抜け駆けしているのだろうに。

 彼への言葉は飲み込んで身体を楽にする。

「どうも、彼岸崎先輩」

 彼は変哲もない黒シャツに身を包んでいる。()に妙なところはない。ないのだが、なかったらおかしい。氷で生み出した朽羽先輩とは違う、彼岸崎先輩の刀。出処や行先など、謎に包まれながらも話は進む。

 仲の良い遠縁の兄、と言ったところだろうか。気の良い声がハッキリと部屋に響く。

「お前も一年?」

「は、はい。僕は仙慈寿人、数日前から戦闘部にいて、先輩の事は──」

「あー。いい、いい。堅い喋りは聞き飽きてんだよ、京都(むこう)で散々」

 気遣われるのが好きじゃないのだろう。彼が疲れた様子で言葉を遮ると、朽羽先輩が場を仕切り始める。

「ま、こっちは一応しっかり紹介しておくよ。現銀狼隊最強、幹部の彼岸崎錦」

 改めて言葉にされた重い意味を持つ単語、思わず当人へ注目が集まる。

 まんざらでもなさそうとか、謙遜するとか、そんな単純な話は、剣戟のコンタクトを済ませた二人に存在しないらしい。

 背は朽羽先輩の方が小さくて、見下す形で不機嫌を隠さない幹部様。

「あのな、新入りにどう思わせたいのか知らねえけど──その持ち上げ方はやめろ」

「でも事実だろ? 今の銀狼隊で、彼岸崎錦はいったい誰に負けると思うのさ」

「自分を棚に上げやがって。隊長の話はもうしてんのか?」

「いいや? まだその時じゃないだろ」

「おいお前らこいつの事信用すんなよ! 善良なカスだコイツはァ!」

 食い気味に叫ぶ空色の瞳。第三者的にはとても反応に困るやり取りだ。

 仲が悪いのだろうか……いや、気の置けない関係なのは事実だろうし、男の友情も一側面ではないと聞く。二人の親密度がどうであれ仲を取り持つ事も出来ない私は、思考を取りやめ、眉を下げて吠えるような表情を作る彼岸崎先輩へ苦笑を見せたのだった。

「まぁ──俺はおりこうさんな幹部なので口車に乗りますがよォ。そういう訳で、他称最強、彼岸崎錦な。よろしく」

 なにがなんだかわかっていない仙慈君の手を、無理矢理に取る先輩。

 鳴島先輩が言葉に詰まった理由がよく理解出来る一幕だ。間違いなく悪ではないが、清廉潔白とは程遠い人物。ヤンチャな表情に不釣り合いな眼鏡の少年へ、客観性に寄り添った第一印象と思う。

 

 全員の顔合わせが済んだところで、咳払いをする朽羽先輩。幹部の一人が戻ってきたとしても、仕切り役は変わらないらしい。

「君らが銀狼隊に強い関心があるのは伝わってくるからね、折角なら機会を設けておこうと思った次第だよ」

「そんでお前は、俺の口から隊長の話をさせようとしてるわけだ」

「別に断ったっていい……悪者扱いは癪だな」

 さして気にした様子もなく笑い飛ばす彼岸崎先輩と、言葉に反して楽し気な朽羽先輩。ところで話が思わぬ早さで進んでいるような気がするが。

 腰に手を当て、私らを見透かすように空色の視線を向ける先輩。

「で、実際のところどうなんだ」

「それは……」

「勿論、聞かせてくださるのなら喜んで」

 ここで仙慈君が物怖じしなかったのは意外だった。口では躊躇った私も、その言葉には頷く。

 だが、そうして順調に進むような話でもなかった。

「断る」

「なんで聞いたんですか……?」

 思わず出てきた言葉を調子良く受け流し、先輩は言葉を続ける。

「条件があんだよ。一つだけ、簡単とは言わねえが単純な条件がな」

 そこで言葉を止めると、この広い訓練室の中心に立つ。目で追う朽羽先輩の溜め息には、呆れと混ざった好感触の意味合いが含まれていたような気がする。

 先輩は独特の姿勢で振り向く。左胸、心臓のある位置へ右手の拳を──親指側を当てている。

 勿体ぶった緩慢な動きで、先輩は自分の胸から拳を放した。放し、始めた。

 ──突如、先輩の右手に何かが握られる。仄かな橙色の光を帯びた棒状のものが姿を顕わしていく。

 それは胸から引き抜いたと表現するのが妥当だった。

 橙色の刀身を煌かせる刀がこの場に姿を見せる。

 

「俺に認められる──それが条件だ。お前らのプライド、存分に使えよ」

 

 朽羽先輩は部屋の隅へ歩く。目を伏せた表情から、発言する意志がないことは明確だった。

 迷う余地はない。条件を軽くしてくださいなんて言うわけもないし、そうしてほしいなんて毛ほども思わない。

 ただ素直に、時間は要する。

 先輩はプライドと言った。私にとってのプライドがなんなのか向き合い、答えを出し、それをもってして銀狼隊幹部彼岸崎錦へ相対せねばなるまい。

 プライド──私の手にそんなものはあるのだろうか。

 あの夕方、仙慈君には絶対に負けたくなかった。どんなに見苦しくとも勝つ事を諦めるなんて出来やしなかった。

 あの朝方、鳴島先輩にも負けたくなかった。負けた後輩を侮るような人ではないだろうに、何も懸かっていなかったその勝負の土俵に意地があったのは、それこそプライドが存在していたのではないか。

 入寮式直前、蛍光色の目をした黒衣の少女と戦った。結果辻君に、そして朽羽先輩と鳴島先輩に助けられたけれど、その直前私は──これでいいと諦めなかっただろうか。

 木塚街防衛戦、《月面の麗人》に落とされた瞬間なにを追想した? みんなの表情を思い浮かべた私は、諦めるに足る理由を探そうとしていたのではないか。

 

「分かりました──不肖仙慈寿人、貴方からの信頼を勝ち得ましょうか」

 

 顔を上げた私の目に映る彼は、苦し紛れでもでまかせでもなかった。

 考えてみれば。自分を変える為の決断に躊躇がないのだと、そう思う。あのエレベーターで私に模擬戦を申し込んだように、今も仙慈君は進化の一途を辿ろうとしているのだ。

 ここで便乗するわけにもいかない。

 二種類の状況の違いはなんだ? 私が戦意を抱き続けた時と、そうではない時。何が違ったのか。

「おーけー、言っとくぜ。俺と戦うときは、勝つ事なんか考えんなよ。自分を貫く強さだけ見せればいい」

「……自分を」

 私の胸が強く揺れ動いたような気がした。自分……そうだ、自分よりも大事な人がいた。助ける為に戦っていたあの時、自分を蔑ろに出来たのだ。

 自分よりも尊重すべき相手がいる時、私は無自覚に自分の事を諦めていた。諦めてもいい存在だと思っていたし、根強いそれは今なお切って離せないと感じる。

 人を助ける為に自分の命を投げうつ。()()()()()理想的なそれを、私は赦していた。

 でもそうすべきではないんだ。自分を突き通す過程で全てを護る事が最善だ。

 今までの私は諦める理由に他人を使っていた。これからは違う。

 全てを護る理想ごと、私の意思を守り通す。

 理想、空論。なんとでも言える。

 なんでも言葉に出来る世界で、偽らずに宣言する事の意味がいったいどれほどか。

 私は信じてる。言葉の強さを──知っている。

 

「もう二度と妥協しない──自分の理想を諦めない。だから先輩、話してもらいますから、今のうちに言葉を纏めといてくださいよ」

 

「いいじゃねえの、朽羽が紹介した理由がわかったぜ。かかってこいよ、いっぺんに胸貸してやる」

 仙慈君と並び立ち、今一度先輩の持っている武器を見る。発光というか、光で出来た刀のように見えた。金時君の持つ真剣は金属らしい光沢があったが、先輩の刀にはそれもない。

 長物へ突っ込むのは愚策と言えよう。仙慈君の能力〈万華の右眼〉は対象と目を合わしている時間が長い程能力を存分に使える、膠着はこっちに有利だ。

「彼岸崎、分かってると思うけど」

「なら言うなよ。野暮だぜ」

 刀を肩に乗せ、空いている左手で手招きをされる。挑発だ、分かっている。

 まずは正体不明の刀にどう対処するか。刀を取り出す能力(?)で幹部にのし上がっているとなれば、刀にどんな力を内包していても不思議ではない。鳴島先輩の言った彼岸崎先輩だけが扱えるという表現は未だピンとこないが……仙慈君の能力があれば問題はないだろう。

「仙慈君」

「あぁ。合わせるとも」

 頷き、駆ける。

 最短で先輩に切り込んでいく。

「安心しろ。俺はお前らの能力を知らねえからな」

 正直考えている暇がなかった。確かに知られていたら困りものだったな。

 間合に入る直前で左にステップ、迎撃されることを考慮して刀身の長さには注目しておく。

 ここで白い線が彼岸崎先輩を通過した。仙慈君の能力の予告軌道線だ。細長い正円をレールにして、彼岸崎先輩を直接狙い放たれた極彩色の物質を見てテンポをズラす。刀剣ではなく先輩を狙ったという事は、能力で作ったであろう刀を極彩へ攻撃する為に使って貰うつもりだろう。迎撃の隙を狙う。

「悪くねェ」

 肩上を狙う仙慈君の極彩は屈んで躱される。屈むというか、後転に近い動き。姿勢を落としながらも身体は私へ向けっぱなしで、滑り込むように極彩の下を潜っていく。私へ距離を取りながら極彩をやり過ごした。

 狙い目だ。

 距離が開いた。ここで私も能力を使用する。

 地面に着いた先輩の手へ枝木を伸ばす。私の能力は任意の空間へ種子を出し、そこから鞭や触手のように枝木を伸ばすものだ。

 私と仙慈君どちらも前触れなく現れる物質系能力、不意をついて腕を縛るくらいは出来ると思ったのだが。

 近場に現れた種子を見てすぐさま跳躍、その後を追う枝木は刀に斬り伏せられた。

 ……じれったい。

 段々と開けられる距離を詰めながら機を伺う。

 周回する極彩も斬られた枝木も消滅させて仕切り直しだ。

 

「今度はこっちから行くぜ」

 そういって、彼岸崎先輩は持っている刀を居合の形に構え直す。鞘のない剥き出しの刀剣で居合──そういう能力か。

 抜刀するように振る事で斜線上に何か、攻撃を及ぼすことが出来るのかもしれない。私は対峙する先輩から全力で軸をズラし始める。

 と、先輩は構えを解いて全力疾走。

「なっ!」

 ブラフ──私は放たれもしない攻撃を躱そうと大きく移動し、仙慈君から離れてしまった。孤立した彼へ猛追する彼岸崎先輩。

 スピードでは勝てそうもないと判断した仙慈君は迎え撃つ事を選ぶ。自分を護るように三つの衛星軌道を展開して彼岸崎先輩を拒んだ。

 そこだ。私は距離を詰めながらも出来る事を考え、すぐさま実行。

 彼岸崎先輩の背後に種子を出現させ、間もなく先輩の右腕を縛り付ける。

「お」

 寸前で避けられたのは──勘だろうか、音もなかったはずなのに。いや僅かな風切音だけで、枝木の軌道を把握したのかもしれない。ともあれ、腕ではなく手首に巻き付く枝木。それでも封じた事に変わりない。

「仙慈君!」

「分かっているさ……!」

 これで極彩を当てれば刀を奪える。

 展開された極彩は小さな円を描いて、彼岸崎先輩の刀剣に襲い掛かった。

 だが、先輩は掌で刀剣を回し枝木を斬り裂いてみせる。そのまま背後へ身体を傾け、悠々と極彩を避けてみせた。

 刀剣の大きさは平均的……剣の平均が一体何なのか私は分からないけど、木刀や竹刀と比べて遜色のない長さをしている。その長さの剣を手先で遊ばせるように使う、そして全力疾走に全く邪魔になっていなかったところを見るに、重さは相当軽いのかもしれない。極めつけに、力を入れていないのに枝木を斬り分ける切れ味! 私は腕で引きちぎるのも一苦労するというのに、葉っぱでも斬るような勢いだ。

 それでも臆していられない。どうあれ怪我は治る、それは分かっている。なら、覚悟を済ませた今躊躇の必要はない。

 先輩の背面へ回り込もうと走り、それに対応する先輩は私達を側面に位置するよう身体を傾けた。

 右手側──刀を持つ方が私に向けられる。

 どういうわけか、仙慈君の能力で出てくる極彩色の軌道では右回りしか見せていない。それを早くも見切ったのか、仙慈君を左側に置き、迫り来る極彩が正面から来るように位置付けたようだ。

 傲岸な口振りに反して、二体一の劣勢を正しく警戒している。付け入る隙は自分で見つけろ、ということか。

 隙を生み出すにしてもリーチがある相手に速度では戦えない。勝負を掴むなら工夫を凝らせ。

「……!」

 仙慈君と視線を交わし、先輩へ加速する。

 攻め入った勢いを強く打ち止め、間合に入る前に急停止する。彼の横顔に警戒が宿った。

 そして、極彩の予告線が彼岸崎先輩の身体を貫く。先輩にとってこのフェイントは来たる極彩を躱す動きに見えるだろう。だが〈万華の右眼〉で生み出す極彩は、たった一人の対象者と能力を除いてすり抜ける。壁も床も、私の身体もすり抜ける。

 先輩が正面から来る極彩を左へ避ける瞬間、私は強く地面を蹴った。

 極彩が私の身体を通り抜ける。

 思う程驚いてくれなかったが……打撃の間合だ。彼は身体をこちらへ向け、迎撃の姿勢を取る。

 懐へ滑り込んだ私はそのまま膝を落とす。そのまま滞りなく足払いを放つが──振るった足先に、先輩の姿はない。影を落として先輩は跳躍、読まれていた──!

「っ……はぁ!」

 着地寸前、体勢が崩れる先輩へ追撃する。刀剣を持った右手を強く蹴り上げ、武器を奪いに行く。既に振り被っているようだったが、私の方が早い。

 今度は手応え。彼の手は弾かれ、掌から刀剣が零れ落ち──ない。

「なっ」

 強く握り締めていたから離れないとかではない。彼が右手を解放した瞬間、粒子となって刀が消滅した。

 そして素早く私の足首を掴む。元から蹴られる前提の動きだ。これはまずい、目を奪われて後手に入ってしまう。

 身体を捻り起こして抵抗を試みるよりも、巡る極彩が先輩に命中するよりも素早く、先輩は左手で()()()を引き抜いた。

 空を描く切先で素早く反撃に転じる。

 羽虫を払うように極彩へ立て斬りを行なう。念願だったその行動は、容易く私達の思惑を砕いた。

 細かなガラスが音を立て、破壊的な美しさを奏でる──彼岸崎先輩の刀によって両断された極彩が、呆気なく散った。

 その間にも身体を起こして彼の肩に掴みかかり、乱闘に持ち込もうとする。やはりと言うべきか、それも呆気なかった。

「寝てな」

 先輩は呆気なく、私の身体を貫いた。

「椛野君ッ!」

「────ッ!?」

 その()()は突然の事で、身体が脱力する。掴まれていた足首も離され、背中を強かに打ち付けた。そんなことも、なんだかどうでもよかった。

 半ば無意識に貫かれた箇所をさするも、流血の生温さも傷口の鮮烈な痛覚も感じない。刺されたのは肩口のようで、服だけが貫かれていた。

 衝撃が反響して、未だ身体が立ち上がらない。刺された痛みの代わりに先輩は何かを残していった。

 確かに私を貫いて、その時迸ったのは──冷たさ。心臓が凍らされたかのような、冷たい感情が身体に流れ込んだのだ。親愛を捧げる人物から裏切られたような、優しさが全て嘘だった時のような、強烈な拒絶が直接伝わった。

 私の知らない感情だった。失望や抵抗感なんてありふれている感情よりも遥かに根深いこの感情を、私は抱いた事がない。

 凍て付く拒絶が私の感情を上塗りし──恐怖でひれ伏すようにして、仙慈君へ駆ける先輩を見上げる。

 

 一度斬れると知った先輩は止まることなく極彩を斬り散らかし、極彩色の破片に包まれながら仙慈君に肉薄する。

 強張る彼の身体に、その刀剣──ではなく疾走感に解き放たれたドロップキックが突き刺さった。咄嗟に腕で受け止めつつも、身体は鈍い音を上げて二転三転した。

 最終的には地を這う私達と、ただ一人、笑って息を吐く先輩が残った。

「っぱ、男は蹴りやすくて助かるぜ」

 

 あれから深呼吸して立ち上がった私だけど、当初の目的である『彼岸崎錦を認めさせる』……その難易度と意味の重さを思い知った今、即席の根性で成し遂げられるような気もせずに降参した。

「俺の能力は〈心剣(シンケン)〉。斬られた奴は俺の意思を刻まれる。能力や物体には、俺の意志に比例した物理強度で接触出来る。生き物には精神で、その他には物理で斬り刻む能力だ」

 場所を朽羽先輩の横へ、壁を背もたれにして仲良く四人並び。平静を取り戻した私は兎も角として、仙慈君は未だに痛むらしく胸の辺りを苦々しい顔でさすっている。

 意思を刻む。……突き放すじゃ済まない、徹底した否定の感情が彼の意思なのだろうか。

 言葉は偽れても〈心剣〉は嘘をつけない。虚実では、人を感情一つで這いつくばらせる事は出来ないはずだ。

「どうして……」

 仙慈君は零す。初めは感情を指しているのかと思ったが、彼は一度も斬られてはいない。心剣に内包された感情を知らないはずだ。

 同じく疑問を浮かべた先輩が「なにが」と適当に聞く。

 感情だけで人は作られていないんだなと、実感する振る舞いだ。

「僕の能力は、対能力効果が──能力を相殺する効果があるんです。なのに何故」

「あー、そういう事ね」

 仙慈君の能力を頼みの綱にしていた理由がようやく分かったらしい。

 看破していない状態で極彩を斬った度胸に私は苦笑いを浮かべた。……朽羽先輩も、同じく。

 少し悩んでから、彼岸崎先輩は三本指を立てて仙慈君に見せつける。

「一つ、俺のメンタルがお前の能力より強かった。

 二つ、〈心剣〉の能力を斬る特性が優先された。

 三つ、お前の能力は能力を相殺する能力じゃない。このどれか、或いは何個かだろ」

 なるほど、という顔を浮かべて頷く朽羽先輩。どうやら彼にとってはすんなり納得出来る推論に聞こえたらしいが、私達は違う。

 能力と相殺する特性であの《月面の麗人》を退けたのだ。誰より私達が、仙慈君がその特性に救われている。前提を覆してしまっては……辻褄が合わない。

 その事は朽羽先輩も知っているはずなのに、「妥当だね」と肯定した。

「相殺する能力じゃない……? でも、現に能力と接触した時、僕の放った極彩と能力は対消滅するんです。椛野君」

「えっ? あぁ、分かった」

 突然振られたが、これは実際に見せたいということだろう。私は四人の前に種子を出し、そこから枝木を伸ばす。

 今日は放課後にしか出会ってないが、彼が私と目を合わせて話していたならあのやり取りだけで充分だ。実際問題なく極彩が現れ、私の枝木と共に砕け去った。

 それを見ても表情一つ変えず、彼岸崎先輩は仙慈君を流し見る。気だるげな声だった。

「相殺の原理が違うって事だ。まぁ、この辺は俺より朽羽に聞いた方がいいと思うぜ。ヒントを出すのは上手くねえし、俺は能力じゃなく、自分に向き合って強くなったから」

 そう言って先輩は立ち上がる。自信たっぷりな今までとは違う、素朴な語尾にあどけなさを感じた。

 手も足も出なかった先輩にも強さに藻掻いた時期があるというのは、努力を信じるのに充分な希望だと思う。

「んじゃ俺は、他の奴らにも顔見せてくるわ。さっきの講評は任せるぜ、朽羽」

「ああ、分かってるよ」

 歩き出した彼岸崎先輩は早々に足を止めた。見送る為立ち上がった私と仙慈君は、言葉を躊躇い様子を伺う。

「あ、でも一つだけ……今ある力に甘えすぎだな。なまじっか筋が良いせいで、戦い方が生意気だ。椛野なんか、蹴り技見せたくてウズウズしてたろ。仙慈も能力にかまけた棒立ち見せやがって」

 ……一言余計な気がする。いや、その通り。全くその通りかもしれないけども。確かに思い返せば、空いた両手で他の手段を取れたかもしれないけども!

「お前らの大層な技は残念ながら見てやれなかったから──今回丸付けてやれんのは、お互いを信用すんのに怖がってなかった部分だけだな。だから他を気張れよ。なかよしこよしで強くなるタマじゃなさそうだし、お前らは」

「……ありがとうございました!」

 声が重なる。

 彼を信じる事に恐怖が必要なんて、言われるまで思いもしなかった。そこに丸を付けられても……なんて思った。けど、それは今だから言えるのだろう。初めて共に死線を潜ったからこそ。

 そして後半は言われるまでもない。仮に信用してようとも、私は仙慈君に負けたくない。同率だって受け付けない。仲間であっても、競争相手に他ならない。

「悪いね。あいつ、分かったような事言うのが染み付いているんだ。テンションが上がってないとそうはならないから、大目に見てやってほしい」

「いえ。まぁ、本当の事ですから。本当の事ですから……」

 思ったより心に来てるのは疑いようもない。戦い方が生意気……なんというか、新参者へそれを言わせたというのがとてつもなく恥ずかしい。

 沈黙に耐えかねて仙慈君を見るが、彼は彼で深刻なダメージを負っているようだ。まぁ、あれだけ爽快に蹴り飛ばされては無理もないか。

 微妙な空気にされてしまったのを朽羽先輩が咳払いで改める。それで完全に払拭できる程、簡単な大敗ではなかったが、続く話題には真剣に耳を傾けざるを得ない。

「さて、任された以上真面目に講評しようか。メンタル大丈夫?」

「まぁ……大丈夫です」

「ふぅ──問題ありません。お聞かせ願います」

 立ち上がった先輩が顎に指を当てて考え込む。それほど長い時間を要さず、纏まった言葉を共有し始めた。

「前回の任務と今回の模擬戦で、実戦で物怖じしないタイプなのは早々に分かった。だから今は、高い志を貫くための自力を上げてもらうよ。気持ちの強さとかは自分自身がどうにかすべきだけど、戦闘においては僕が課題を用意出来る。……仙慈君」

「はい」

「君は近付かれた時が弱すぎる。けど遠距離で戦うべきでもないね」

 不要な情が一切混在していない、鋭さすらある目付きだった。さっきも指摘されていた近距離の不甲斐なさは身に染みているようで、悔しさがひとしお、驚きは見られない。

 自衛手段として、今回は通用しなかったが──身の回りを囲む極彩がある。弱すぎるなんて言わなくても、とは思った。

 ……彼岸崎先輩のように能力を無効化する相手や《月面の麗人》のように能力を身に纏う相手、或いは私達のように複数人を相手する時──困難な戦いを前提にしているとすれば、それは朽羽先輩からの並々ならぬ期待だ。仙慈君には克服できると判断していなければ、出てこない言葉のように感じる。

「中距離から近距離の間で積極的に戦えるすべを身に着けるんだ。君の能力操作は既に一定水準に達しているからね。つまり、近付かれても凌ぐ力を身に付け、場に応じて自分が有利になる立ち回りをするのが今の理想系。これなら、君へ教えるのにうってつけの相手がいる」

 仙慈君は目を見張る。

「それは、一体誰ですか」

「中遠距離用の能力を使いこなした上で、寄られても対処するすべを用意した隊員──その完成形が、君の目の前にいるだろ」

 続いて私も目を見開く。

 仙慈君とは全く違う感情だ、彼にある喜びや希望なんて欠片もなく、驚きと悔しさ。

 拳に力が入る。

「特例さ、君を育てあげよう」

「僕を……いいんですかっ」

「ぬか喜びはさせないよ。生憎と忙しいから、合間を縫ってだけどね」

 逆に言えば、忙しくとも目を付けるくらいのものが、彼にあるという事。

 遠のく背中を見るような焦燥が胸に立ち込めた。

「わ、私は」

「はは、ちゃんと考えているよ。君の場合、体術は一定水準──というか、既に二年生以上だ。そこを教えても大きな成長は見込めない」

 予想通りと笑う先輩だが、果たして私が求めなかった場合、このように微笑みを見せただろうか。

 この人の目の前では試されているような気持ちになる。思えばあの夜も、先輩が私達を試す時間を兼ねていたか。

「君の弱点は能力を使わない事だ。その点、能力に頼らないといけない格闘戦型の隊員に心当たりがある」

「もしかして、「彼岸崎──ではない」

 早とちりした私に言葉を重ねて、先輩は歩き出した。私達とすれ違い、この部屋の出口へと向かう。

「残念ながら私の独断で幹部を使う訳にはいかない。まぁ……その心当たりにしたって、話を通してないから受けてくれるか分からないけどね。早速呼んでくるから、少し待ってて」

 呼び止める言葉もなく、仙慈君と二人、白い部屋へ残される。

 

 小さな溜め息を吐いた直後、『しまった』と思う。

「悪いね、椛野君」

「……悪いって何? 別に試験とかじゃないでしょ。勝ち誇ったような顔して」

「負けず嫌いだな君は」

 手持ち無沙汰な腕を組み、仙慈君から身体を背ける。

 見ずとも分かる彼の笑みが頭から離れない。

 負けても無いのに頓珍漢な物言いをする彼に、強く溜め息を吐いて見せる。先輩に言われる程、そして自分でも思う程ごく自然に戦いの命運を分かち合えるのに、どうしてこうも気に入らないのか。

 彼の人格の問題と決めつけるのは簡単だけども。

「薄々気付いてるんじゃないのかい。朽羽先輩に期待されているのは僕だ、ってね」

「そんなの関係ない。それでも、凄いのは朽羽先輩でしょ? 私が強くなって、次は完勝するから」

「望むところさ──衣を借るつもりはないとも。正々堂々、僕の実力で君を負かせる」

 鼻を鳴らして会話を切る。

 世間話なんて空気でもない。時間が経つにつれて気まずくなってくるこの空間で、そろそろ気まずさの臨界点を越えようとしたところで、ようやく扉が開く。

 話の途中らしかった。

「というわけで、着いたよ」

「え、いやまだなんも詳しい話されてないんすけど……っ」

 困惑を浮かべる表情豊かな顔に、セットされた凛々しい黄髪。一目で分かる彼は、丁度今朝振りだった。

「鳴島先輩!」

「椛野さん。ってことは鍛えたい人って」

 なにやら自慢げな朽羽先輩が頷く。

 なんか、思いの外ちゃんと困惑しているぞ。鳴島先輩。大丈夫かな。

 

「椛野さん、君の理想系を伝えるよ。能力を併用した格闘を用いて接近戦を制する──その為には、能力を使った格闘戦において現銀狼隊トップクラスの彼、鳴島君に師事するといい」

「ちょっ……」

「先輩そんな凄かったんですかっ!?」

「絶対そんなに思ってないっすよね!?」

 大丈夫じゃなさそう──!




――彼岸崎錦の能力考察――

【第一回】〈心剣〉

栄えある一回目はこの俺、彼岸崎錦の能力だな。
このコーナーでは能力の内容に加えて、分かりやすくメリットとデメリットに分別した内容を解説していくぜ。

〈心剣〉
左胸から刀を引き抜く能力。
感情の強さに比例して効力を増す。

【メリット】
・精神干渉が出来る
・能力物質に攻撃出来る
・何個でも造れる
・伸縮自在

【デメリット】
・肉体に干渉出来ない
・手から離れると消滅する

仕組みとしてはこんなもんか。
能力物質ってのは、椛野や仙慈、朽羽が能力で出すような物質だな。
こうして書くと一見単純なんだが、単純だからこその制約が存在感デカいのよ。
例えば、刀を造る能力だから両刃の洋剣は造れないとかな。

因みに、感情の強さってのはリアルタイムで反映されるから造った瞬間だけ意識しても意味はねえんだ。

どんくらいの感情の強さなら何が斬れるか。まぁこれは今話すのも野暮ってもんだな。いつか目に物を見せてやる。
野暮と言えば、朽羽から止められたアレだ。多分『殺意』を止められてたんじゃねえのかな。
殺意の感情で造る心剣なら結構簡単に再起不能にさせられるんだが、後輩に使うもんじゃねぇよ。
それに、最悪本当に死ぬからな、殺意に斬られた身体が勘違いしちまって。

こんなもんか。
いつか仙慈とかの能力も話すんだとしたら、気が進まねえぜ。
椛野は魔剣みたいなのを想像してたらしいが、実際は感情を刀にするだけの能力だ。そのうち奥義でも見せてやるけど、その時が来るまでは刀一振りで格好付けさせてもらうぜ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。