白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
ーー月桜学園一年生
椛野(かばの)穂咲(ほざき)・赤毛の少女。銀狼隊戦闘部。
(つじ)誠也(せいや)・竜人の少年。月桜学園図書委員。
房嶋(ふさじま)豊鷹(ゆたか)・深緑目の少年。月桜学園保健委員。
真代坂(ましろざか)仁子(にこ)・猫又の少女。銀狼隊支援部
仙慈(せんじ)寿人(ひさと)・目隠れの少年。銀狼隊戦闘部。
金時(きんとき)射弦(いづる)・白髪の少年。銀狼隊戦闘部。

ーー月桜学園二年生
鳴島(なりしま)(じん)・黄髪の少年。銀狼隊戦闘部。
虎郷(こざと)景善(かげよし)・黒髪の少年。銀狼隊戦闘部。
彩上(あやがみ)八子(やこ)・深紅髪の少女。銀狼隊支援部。

ーー反抗する火種(カウンターズチルドレン)
・《月面の麗人》
・《強欲の吸血鬼》
・《穢れた神話》


第八話 突き抜ける赤 (付記・能力考察)

 呆気に取られたオレ達、日暮れの静寂をポップなイントロで騒がしたのは真代、正確にはその着信相手だった。

「にゃぁぁもうタイミング最悪!」

 追いかけようと進みかけた足が引き留められ、少女は不満を隠さぬまま携帯を手に取った。

「ごめんなさい。私も……」

 房嶋が助けた女性は恭しく一礼すると、曲がり角に消えた二人の少女を追い始める。因果の初めはこの女性だ、引き留めて事情を聞くくらいの義理もあるが、真代が電話に拘束されているのもあって咄嗟に止める手は出てこない。

 モガモガ言ってる真代を横目に、房嶋が小声でオレ達男子に話し掛ける。

「俺達で追うか?」

 正直ごめんこうむりたい。そんな本音を言わせまいと、間髪入れずに発言した奴がいた。

「僕が行く。この為の銀狼隊だ」

「いえ」

 消極的なオレの声をアテにせず、言葉は次々状況を進めていく。

 三人が去ってった闇夜を毅然と見つめる糸目が、鋭く言い放つ。

「貴方に何が出来ますか」

 諭すより、それは少し強い語気。

 目に見えて仙慈の表情が変わっていく。困惑から始まった眉の形は徐々に険しくなり、空気読みに長けた房嶋でなくとも、険悪な空気が流れ始めたのが分かる。

「先輩が一旦合流しようって……」

「どういう意味だい、金時君」

「そのままの意味です。貴方の走力で椛野さんに追いつき、貴方の能力で自衛と離脱が出来るか。そう問い掛けています」

 無慈悲な程正確に課題と要求される能力を突きつけていく。挟む口を無くした真代を一瞥しながらも、仙慈は反論に出る。

「椛野君とならそう簡単に負けることはないよ。今なら探して追いつけるかもしれない、今だからこそ、間に合うかもしれないんだ」

「……」

 それはどうだろうか。

「敵は大勢かもしれません。聞き及べばこの先、魍魎の巣窟。人間へ敵対心を向ける者や黒豹隊に連なる者が住まう事確実でしょう。貴方の能力は多対一に向いていない。秘策を持ち合わせていれば話は変わりますが、私の見解では貴方に状況解決する術はない」

「そんなに言う事……」

 オレがすり替えられた論点を指摘する前に、金時は畳みかけた。どこまでも熱の無い言葉だ、気遣う余地のある言葉の数々が、深々と仙慈の四肢に杭を打っているとさえ思う。

 一時の静寂は仙慈が反論を無くしたことを意味する。

「彼の言った通り迅速さを求められます。時が経てばどんな良策も愚策になってしまうからして、引き続き私の見解を述べますが」

 にしたってこいつがここまで饒舌なのは見たことがない。冷汗一つ浮かべない鉄面皮も、その姿に反し焦っているのだろうか。それとも懇切丁寧に――自分の出る幕だと、主張したいのか。

「異論は後に。真代坂さんは割愛します。房嶋さんは人間であり反感を買う中、治癒のみで赴くのは危険でしょう」

 房嶋も大きな反応は返さない。仙慈と違って一人称が複数形だった辺り、元から自覚しているリスクだろう。

 誰も遮ることもなく講釈は続く。金時は身じろぎ一つない、一本の芯が入った立ち姿を僅か崩し、人差し指の指輪を撫でる。含みのある動作に見えたそれは、告げられる言葉によって記憶の隅に追いやられるが。

「そして私は得物がなければ何もできません、全くの無力と言えましょう。ですからこの場で椛野さんを追うのは……」

 着地予想点が呆気なく消える。皆の視線が一つ、オレに集約していく。

「……」

「この中で最も膂力に秀でた竜人の、貴方です」

 目の前の命が喪われること、人を嫌った今までの生活。秤に掛けた葛藤は今でも思い出せる。陽の光に当たる度に、陰で蹲っているオレの姿を見られなくなった。

 オレは再び選択を迫られる。

 

 

 私と少女の距離は詰められないでいる。

 幾つかの方向転換を経て、室外機やゴミ袋、時折異種族が寝転ぶ裏路地を舞台にチェイスが始まった。

 小動物のようなすばしっこさで障害物の多い路地をスルスル進む少女。闇夜を纏っているような黒の装束は今も私を撒こうと疾走する。薄紅色の髪だけが、唯一彼女のそれらしい符号だった。一度も振り返らないせいで瞳は見えず、表情――感情は探れない。穏やかじゃないことだけは確かだ。

 一度種子による疾走の妨害も考えた。結果は難なく反応され、続く私の進路を妨害するだけに収まったが。

 そのせいもあって距離は微妙に開いている。今は複雑なだけの一本道だが、これが分岐されては手に負えなくなる。既に戻る道は朧げで、諦めればいよいよ成果はない。

 どうにか足を止めたい。それか、せめて次に繋がるような手掛かりを。

 私は結局、あの月に立つ麗人も、それが率いる子供達もよく知らない。

 よく知らないまま、これから私達はいがみ合うの? 恨む理由すらなぁなぁにして。

「貴女……なにが目的なの!」

 人質を取った立てこもりに告げるような言葉だった。

 君の要求はなんだ。お金か、栄誉か、それとも悪夢のような再現者みたく――愉悦がたまたま悪行に分類されてしまったか。いいや、それだけは、きっとありえないような気がする。

「――アンタに関係ないっ」

 パイプを掴んで身体を持ち上げ、ゴミ箱を踏みつけ更なる障害物を飛び越える。一連の動きに差し込むように、少女の刺々しい声が飛び込んだ。

 言葉を交わす気はあるらしい。その時点で、見境なく暴力を振るおうとしたあの日とは違う様子を感じ取る。

「ある、貴女は私の友達を傷付けようとした」

 居酒屋の通りに出る。路の中央を突っ切る少女に応じ、私も一直線に駆ける。ざわめきを傍に置きながらも、私達の疾駆を止める者はやってこない。日常茶飯事と言いたげに、店先の席で肴にされている。

「貴女を許したくないんじゃない。本当に、対話の余地はないの!?」

 この少女にはまだ、まだ何もされていない。結果として私が傷ついただけで――まだ何も、私が恨む筋はない。

 人影と幾つかぶつかり、少女はただでさえ狭い細道を右に曲がると、更に狭まった店の隙間へ身を滑らせる。

 鼻はとうに使うのをやめた。ただ不浄のものや、妖しい香りが入り混じり、尾籠な空気ばかりが鼻腔を通る。

 一度息を整え、私も隙間へ身を投じる。肩幅ギリギリだが、少し身体を横にすれば移動につかえることはない。

 少し走れば開けた通りを横断し、またも路地裏を駆ける。呼びかけへ一向に応える気のない少女を見逃さぬようしっかり見つめ、言葉を続ける。

「星久里巡子とは違う、《月面の麗人》とは違う。貴女は暴力を望まないように思う。私達は戦わずとも――」

「――私の何を知ってるのッ!」

 一層響く声で吠えると、少女は黒い上着を脱ぎ棄てる。あらわになったのは滑らかな背中。少女は突如として背面の開いた軽装に衣を変える。

 走っていく姿が鮮明になる。嫌に明るい通りから逃げるようにして路地に入り、突き進んだ先は月光の差す行き止まりだった。傍らにゴミ袋や、赤黒い染みが貼り付いているのが見える。

 塀を前にして横顔をこちらに向ける少女。危険を示すような蛍光色の桃色が瞳に灯り、より敵意を正確に伝えてくる。

「私は人を許さない。……復讐が出来るなら、何を差し出したっていい」

 少女の肩甲骨付近から、二つで一対の黒い杭のようなものが生え出てくる。それは暖簾のように黒く肉付けされていき、翼を形作った。

「待って!」

 跳躍した勢いのまま、少女は塀を越えていく。

 静まると隙間風の冷たさに気が付く。思い出したかのように焦燥感が湧いてくる。

 はたと気付く。塀を越えることなら私にも。

 塀の傍まで寄り、足元に種子を出す。それに足を掛け、伸びる枝木に自分を運ばせる。人を押し上げるのには頼りない面積だが、何に邪魔されることもなく塀に降り立った。

 姿はない。

 建物の側面に這う管や室外機を介して降りるが、見渡しても見つかる気配はない。大通りに出ても同じだ、何も知らない異種族の喧騒が嗤うかのように聞こえてくる。

 何を差し出してもいい。言葉が棘のように刺さり、刺さった場所すら分からぬまま痛む。

 憎しみで動くなら、どうして私に爪を突き立てる時、あんなに辛そうだったのか。どうして復讐の時、笑顔一つ浮かべなかったのか。

「本当にやりたいことは、人を傷付けることじゃないんでしょ……?」

 訝しむ言葉に返答はない。

 後ろ髪を引かれる思いはあるけれど、今はとにかく皆の元へ帰るのが優先か。

 連絡をしようと道の端へ歩き始めた時。

「やぁ、歓迎しようか? お転婆なお嬢様」

 見慣れぬ麗人。見飽きた麗人。雑居ビルにもたれ掛かるには些か目に付きすぎる、金髪の女性。

「《月面の麗人》……!」

 

 

 人の流れに逆らうようにしてオレ達は真代の言う先輩らと合流した。男三人女一人の計四名、悠長に自己紹介している時間はなさそうだった。

 稲袋の駅前では警察が避難誘導をして、一般人を遠ざけている。何からと言えばそれは、丁度その先輩達が鎮圧したての暴徒からだ。

 オレ達が駅前にやってきた頃には剣士と電気を纏う能力者、二人の男が能力者を倒し、残る無能力者を警察に任せることでオレ達、特に真代や金時との合流を果たすに至る。

 気の強そうな深紅の長髪を携え、女性の先輩が真代に問う。今なお怒気孕む暴徒や警察の声が響いており、女性の声も自然と強く張り上げられていた。

「椛野ちゃんとはぐれたって?」

「うん、新宿の方に走ってっちゃった」

「あたかも迷子みたいな言い方すんな~~!? 話変わって来たなぁ……どうする?」

 ハキハキ喋る人だ、口調も言葉も。なんとなく、この人が真代に課題を出したのだろうかと思う。

 女性の先輩が話を振ったのは、先程戦っていた黒髪の剣士と黄髪の電気能力者。もう一人居る先輩は気弱そうに、何か独り言をつぶやき続けている。それを特に気にした様子もなく、黄髪の能力者はオレ達がやって来た方を見据えた。

「それならそれで。オレが行くよ。朽羽先輩に連絡お願い」

「ああ、分かった」

 剣士の先輩が頷くと、気弱そうな先輩の背負っている竹刀袋を預かった。彼は元々帯刀しているので、まさか二刀流でもやり出すのかと思ったが、違った。そのまま金時へ竹刀袋を横流しにする。

 金時がチャックを開けて検分すると、やや不満そうな声色で剣士の先輩を見た。言葉に感情が滲んでいるのは随分珍しい。

「虎郷」

「お前のは持ってきてないぞ、真剣を扱わせるのは早い」

「朽羽さんの前では問題ありませんでしたが」

「あの人幹部なのを良いことにすぐルール破るから……」

 訴えに助け船らしきものを出したのは、移動を開始したそうな黄髪の男。

「まだ仮隊員だろ?」

「…………」

 諭された金時は渋々頷き、黄髪の男に並び立つ。

「私も同行します。貴方には大きな借りがありますので、しばし右腕を全うしましょう」

「はは……借りなんて。でも助かるよ、ありがとう。椛野さんの様子は大丈夫なんだよね?」

「わかんな……」「はい恐らく」

 真代の言葉を遮ったのは気弱そうな先輩、早口で食い気味、話を振られたと思った真代も思わず眉をしかめながら驚きの表情。感情が追い付いていない。

「椛野さんは未だ怪我を負っていません。新宿区の範囲にいます」

「了解、ついたらまた連絡するね」

「何か『確定』したら僕も連絡します」

 呟きがちだった先輩はスラスラと言葉を羅列していく。言葉の意味を理解出来ても、やり取りを真に理解出来る一年生の面々ではなく、ただ漠然と知らされた椛野の無事に少し肩の荷を降ろすことしか出来ない。

 剣士の先輩が、特に疑問や不満の浮かぶ真代に対して補足する。

「あいつの能力だ。かなり掻い摘むと、知りたいものが知れる能力だ」

 唖然とする金時以外の一年。金時も眉を少し上げる程度の反応を見せている。

「これ以上は後で、だ。さぁ……」

 先輩の発破を打ち消したのは――実際の爆発だった。

「今度はなんだよ!?」

 房嶋初め面々は、赤色の炸裂した駅の方を見やる。

 轟音は近く、警官らの悲鳴が湧く。……いや、オレらのような若い男女の声も混じっている。敵対していた暴徒と警察の間に割り込んだ爆破から、巨大な影が浮かぶ。

「……あいつはっ!?」

 見覚えがあるのか、房嶋は叫ぶ。房嶋でなくても、アレ(・・)は叫ぶだろうが。

 それは巨大な蛇だった。

 それは巨大な焔だった。

 それは巨大な人だった。

 或いはそのどれでもなく、全てが半ばの、たった一個体。異種族でありながら、種族のていを成していない――孤独の、伝承の、たったひとり。

 緑の太々とした巨体は竜の尾や龍そのものを連想させる、爬虫類めいたもので、煌々と輝く焔が絡みついている。既に数メートルの長さが確認される蛇の部分は途中で途絶え、腰から先、人らしく黒いインナーを着た女の身体が続いた。髪は白長く、嫌に目立つ。

 本来人間の腕が生える部分からは絶え間なく揺らめく炎が代わりに腕の形を作っている。質量があるのか、地面を抉るように振り抜くと焔と瓦礫が宙へ舞った。

「あの日……入寮日のとき、俺達を襲った奴だ!」

「報告を受けてる。大通りでは月の能力者と赤の吸血鬼……そして、バス停では」

 そうだ。椛野を回収してからも騒ぎは続いた。

 先輩は銀色の刀身を露わにした。口元には微笑、苦笑いとは誰もが分かっただろう。

「仮称エキドナ。《穢れた神話》……怪物狩りと来たか、全く」

「任せても、いいんだよね」

 黄髪の先輩が恐る恐る唱える。いいわけがない、魔剣や聖剣の類でようやく渡り合えるような存在だ。決して人が真剣を持った程度で相手にしていい怪物じゃない。

 でもそれはつまり、椛野を天秤の受け皿へ置くということ。

 オレが取るべき選択はやはり――拳に力を入れた頃。

「それには及ばねえぜ。鳴島」

 また一人、黒髪の男がやって来る。

 

 

 戦況はかなり悪い。悲観的にならずまっとうに、ただただ悪い。

 むしろこの状況を見て未だ戦況の良し悪しを語る時点で楽観的ですらあった。

 男の拳を大仰なバックステップで避け、その先に待ち構えていた男のナイフを振り向きざまに叩き捌く。それからもう一撃入れようとしたところで、更に別の刺客が足払いを仕掛けてきたために横っ跳びで攻撃を中断した。

 私は五人ほどの男女と《月面の麗人》を相手にしている。歓楽街じみた風景もひと気がなければ不気味だった。

 一人一人はまともに相手すれば問題ないが、面倒なのは数。

 立ち止まれる隙は一瞬たりともなく、今も適度に保たれた包囲から次々拳や脚に刃物を繰り出されている。これで火器まであれば流石に不味かったが、私の間合で戦いが起こっている以上は抵抗の余地はある。

 不気味なのは、戦う意志が希薄な《月面の麗人》か。

「……!」

 ナイフが腕を掠める。流石に、これまでの経緯が体力へ響いてきた予感があった。このまま消耗戦はよくない、無理矢理にでも決めに行く必要がありそうだ。

 敵の状態は素手が三人とナイフ持ちが二人。男女入り混じるが、全員体格はそれほどでもない。鳴島先輩や彼岸崎先輩というより、仙慈君や朽羽先輩とかのインドア系な雰囲気だ。連携はしっかりしていて、私の正面に立つ敵は仕掛けられないよう少し大きく距離を取っている。攻撃が都合よく混線することもなく、放っておいて自滅することはなさそうに見えた。

 なんでこの人達が彼女――離れてほくそ笑む《月面の麗人》に従うのか、見当はつかない。

 一人の回し蹴りをサイドステップで避けようとした時、予見していた男のナイフが振り降ろされる。そうだ、これまで私はその場にとどまるのを嫌ってガードを選択せず、通りの横幅をめいっぱいに使って戦闘している。だからこその疲労だが、接敵直後からこれを狙っていた。

 誘っていた。

 移動の慣性を乗せて身体を捻り、肩上から繰り出されるナイフ――その手首へ狙いを付ける。

「グッ!?」

 高々と伸びる健脚がナイフを蹴り飛ばす。視界が回り、一時的に周囲の情報を失う捻り蹴りを、今こそ惜しみなく打ち込んだ。効果は覿面(てきめん)で、着地をなんなく成功させる。反撃に出る者はいないようだった。

 手を蹴り飛ばした男へ追撃。ナイフを弾かれた彼の体勢は崩れ、胴体が大きく空いている。足先に力を込め、素早く蹴り上げれば、顎を打たれた男が短い悲鳴と共に後ろへ倒れた。

 油断せず、残る四人へ振り返る。私が身体を向けるのと二人突っ込んでくるのはほぼ同時だった。男を追い詰めるのに壁へ寄っていたせいで、背後に活路はない。かといって両脇とも回り込める余地はないように見えた。

 一瞬過ぎる選択、足元に転がる食べ歩きのゴミ。

 ……汚い手段だが、しかし。

「――マジかよ、おい?」

 二人の足は止まる。黙々と連携していた片割れの男は薄ら笑いを、私と――私が串を首に突きつけた男へ、向ける。

 所謂人質。殺す気は勿論ないが、一度拮抗がほしかった。

 食べかすの貼り付いた串は存外しっかりしていて、先も鋭利だ。躊躇なく首に刺せば致命は避けられない。多人数での格闘は一朝一夕で身に付く能力じゃない、浅からぬ仲なら、まず動けないはず。

「マジ。本当よ。それ以上進めばこの人を殺す、殺されたくなければ下がって」

 毅然に言い返す。即座に下がらないのを見て切っ先を男の首に当てれば、距離を詰めていた二人は傍らの《月面の麗人》を見やった。彼女は戦闘に参加出来る距離ではなく、〈月〉の瞬間移動さえなければ無害でさえある。

 つられてそんな麗人に目線を向ければ、なんでもなく微笑み、そして小首を傾げた。

「ハッ」

 男は笑い、アイコンタクトのようなそれに応える。そう、《月面の麗人》が命じたのは撤退ではなく。

「……人でなし」

「人質取った方が言うかァ?」

 二人は攻撃を継続する。残る二人も陣形を整え、いよいよ隙が無くなってしまう。首へ突き立てる為に低くした姿勢のまま、私は串を逆手へ持ち替える。ナイフの方が恰好ついたけど、蹴り飛ばしたナイフは遠くにスライドしていった。

 弧をえがくように振り上げ牽制しながら姿勢を起こす。

「仲間でしょう?」

「忠誠こそが本望」

 軽薄そうな口ぶりをしていた男だが、それだけは重々しく聞こえた。

 一転攻勢、自分から距離を詰めて包囲を抜けに行く。

 武器の使い方なんて教わってない、適当にそれらしく構えて男に突撃する。互いに雌雄を決するような絵面だ。そんな男と私の戦いに巻き込まれないように、カバー出来るように、残る三人は離れ始める。

 そうして開いた空白を、床で寝ているナイフ使いが埋めるべきだった空白を駆け抜ける。正面戦闘は不毛、それは一人の脱落では未だ揺るがない。

 フェイントに顰蹙(ひんしゅく)を覚えた男の舌打ちが聞こえる。他の面々の不意も突けたようで、あわよくば狭い路地にでも逃げ込めば――

「ッ」

「そう簡単に逃げられるとでも?」

 肩が血で滲む。ナイフの投擲で的確に阻んだのは傍観者気取りの麗人だ。

 咄嗟の回避、それでも避けられなかったことで体勢が崩れ、包囲が間に合ってしまう。落ちたナイフを麗人と真反対の遠くへ蹴り飛ばし、傷を抑えて確認する。放っておいてもしばらくは問題ないような掠り傷、こうも戦闘していれば、いつ出血が止まるか定かではないが。

 ……何故今、彼女は〈月〉を使わなかった?

 何か重要なことのように頭へ舞い込んだ疑問は、再び始まる格闘戦によって中断される。二度の油断から徹底的になった私の排除は、とことんまで淡々としていた。

 時折息が切れる。ジワジワと崖に追い詰められていくような感覚。

 甘く見ていた節はある。見積もり不足はこの新宿区に入った時からそうだが、五人の体力も想定外。闘志が尽きないというべきか、戦闘の疲弊が常に何かで浄化されているような。

「何が目的なの、どうしてここまで……」

 言葉を掻き消す拳の風切り音。大仰な動きは出来なくなって、手さばきで凌ぐ他ない。

「彼が言いましたよ。私達は彼女に従う。彼女が痛めつけろと言えば痛めつける、彼女が殺せと言えば殺す。だから貴女は半殺しにする」

 四人のうちの女性が訥々と言う。彼女というのは《月面の麗人》のことだろう。確かに男は忠誠と言ったが、そんな自分の道のない盲信でこうも追い詰められると、腹に立ち込めるものがある。

 だとして反撃の一手を隠し持ってるわけではなく。

 視界の端で気絶させた男が身じろぎするのを確認する。いよいよ無理矢理にでも撤退しなければ――

「こりゃ――頑張ったな、椛野」

 青い剣筋が瞬く間に四閃。《月面の麗人》から私達を挟んで現れたのは、黒艶のある髪と空色目の少年。四人を一撃で戦闘不能にした我らが銀狼隊戦闘部管轄――彼岸崎(ひがんざき)(にしき)

 彼は私を囲う面々を斬り伏せて庇うように立つ。右手には青く発光する刀、そして周囲は傷一つないまま倒れている四人。紛れもなく〈心剣〉の持つ不殺の太刀だ。

「先輩、なんで……」

「後輩の独走を拾いに来たんだよ。幸い場所は分かりやすかったぜ、おかげでな」

 気絶していた男が起き上がると、気力だけを武器に先輩へ襲い掛かろうとする。それを鋭く諫めたのは、間合を広々と取る麗人だった。

 体裁だけで言えば二対二。緊張感が走る。

「彼岸崎錦……キミ、その羽織は」

 そういえば。先輩は一目で和製と分かる漆黒の羽織を通している。

 疑問を呈す前に、話を振られた先輩が応える。

「なんだよ、銀狼隊の幹部が銀狼隊幹部の羽織を纏ってたらまずいか?」

「――ふぅん? 遂にルールを破ったか、と思ってね。月桜学園の卒業生はあくまでも卒業生、銀狼隊の活動に於ける決め事……月桜生徒である事に反している」

「普通にダブったんだよコンチクショー! 俺ァ未だ月桜生徒だ、銀狼隊の資格は残ってるぜ」

 呆れたように……事実呆れたのか、声も出さずに口角を片方上げる《月面の麗人》。

「全く、民間の英雄組織が聞いて呆れるね」

「てめぇらのせいで出席足んねぇんだよクソが!」

 どういう話?

 取り残されてきたところで、先輩は一つ咳払いを見せる。コミカルな怒りを喉から閉めだすようだった。

 空気が変わった気がした。無色透明な緊張感を、彼岸崎錦が先んじて染め上げる。

「で、テメェの話だ。《月面の麗人》……気取った名前を剥ぐんなら、木枯(こがらし)銀河(ぎんが)とでも言うか?」

 木枯と呼ばれた彼女は即座に否定せず、代わりに笑顔を消した。

 手を開いて心剣を消した先輩は、胸から新たに赤く光る刀を抜いた。歓楽街の安い赤色よりも、それは遥かに目を惹く鮮やかな赤。

 残光を見せながら、先輩は切っ先を向ける。

「やり方がしょぼいんだよ。テメェ結局、何がしたい?」

「それを問われて言うとでも?」

「尤もだな。だが、そんなに俺と戦いたいか? 去年の俺を知ってんなら……相性の悪さも分かってるはずだぜ」

「全く忌々しいね。詭弁のそれで居残られるものだから、確かに困ったよ」

 痺れを切らした先輩が躊躇いなく歩み寄る。挑発、皮肉に応じないのは流石の貫録を感じさせるものだ。

「〈麗人(うるわしびと)〉……テメェの能力は身体を保つための物理攻撃無効と、耐性の無い奴への魅了。どの効果も俺の〈心剣〉とは相性最悪だろ。ま、うちの支援部が暴いたもんだけどよ」

 心の中をずけずけ踏み込むように、饒舌な先輩は木枯へ距離を詰める。道中阻んでくるかと思った彼女のシンパは、先輩にたった一瞥されただけでその脚を竦ませた。

「縄張り荒らしたのはこっちだ。手打ちにしてやるからさっさと目的置いてけ、なぁおい?」

 羽織が相まってヤクザのそれだった。

「……私のことを調べたなら、思いつくものだと思ったけどね」

「あん?」

 数メートルの猶予を残して、彼岸崎先輩は止まる。

「私の目的の一つは復讐だよ。チンケな復讐さ」

「誰に」

「銀狼隊へ」

「誰の」

「殺された、弟の」

――悲哀が浮かばせる笑顔は、どう言ったって美しいに尽きてしまった。




――彼岸崎錦の能力考察――

【第二回】〈麗人〉

二回目は黒豹隊、《月面の麗人》こと木枯銀河の能力だな。
このコーナーでは能力の内容に加えて、分かりやすくメリットとデメリットに分別した内容を解説していくぜ。

麗人(うるわしびと)
身体を美しく保つ能力。
拡大解釈された美の効力は心身へ影響される。

【メリット】
・外傷を受け付けない
・魅了することが出来る
・美しいと思わせる
・美しくいられる

【デメリット】
・体内の破壊に弱い
・魅了には効きにムラがある


作中では対策の為に、椛野が内部へ攻撃を通す打撃を放ってたが、うちの隊員で出来る奴は少ないだろうな。
外傷だと判断したものは、それ以降の影響も受け付けなくなるんだ。朽羽の氷が外傷と判断された時点で、内部に渡る温度侵蝕も効かなくなるように。
メリットの後半、ふざけているように見えて一応重要だからな。
特に美醜に敏感な世界にとっては、良くも悪くも重要だ。

魅了については、今話が一番分かりやすかったな。チンピラに手っ取り早く忠誠を誓わせる、悪党らしい使い方だ。
それ以前で目立たなかったのは効きにムラがあるせいだろうな。
俺程にもなれば精神力で対抗することも出来るが、多分例外。ムラっていうのは能力の相性に基づくのが大半だ。あと、淫魔みたいな種族も効きにくい。
椛野で言えば、実際に気を取られて後手になることが多かったぜ。
逆に言えばその程度だ。椛野の能力がどう相性悪いのかは検討が付かないが、仙慈が効かないのは分かりやすいな。能力を打ち消す瞳を持ってるから、奴には魅了の気配がなかった。

麗人は戦場に関わる奴が多ければ多い程効力を発揮する。
だというのに、こそこそ少人数で何してるんだろうな。

木枯銀河の能力には〈月〉も確認されてる。どう拡大解釈しても、〈麗人〉が月には届かないって見解が落ち着いちまった。
もう一つの能力には追々辿り着くといいな。支援部や、実戦担当に期待だ。
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