白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
ーー月桜学園一年生
椛野(かばの)穂咲(ほざき)・赤毛の少女。銀狼隊戦闘部。
(つじ)誠也(せいや)・竜人の少年。月桜学園図書委員。
房嶋(ふさじま)豊鷹(ゆたか)・深緑目の少年。月桜学園保健委員。
真代坂(ましろざか)仁子(にこ)・猫又の少女。銀狼隊支援部
仙慈(せんじ)寿人(ひさと)・目隠れの少年。銀狼隊戦闘部。
金時(きんとき)射弦(いづる)・白髪の少年。銀狼隊戦闘部。

ーー月桜学園二年生
鳴島(なりしま)(じん)・黄髪の少年。銀狼隊戦闘部。
虎郷(こざと)景善(かげよし)・黒髪の少年。銀狼隊戦闘部。
彩上(あやがみ)八子(やこ)・深紅髪の少女。銀狼隊支援部。
住河木(すみがき)寿樹(ひさき)・黄色目の少年。銀狼隊支援部。


第十話 成果の餞別 (付記・人物紹介)

「速度落とすぞ」

 バイクを走らせる彼岸崎先輩が声を張り上げる。ヘルメットでくぐもっていながらもどうにか聞こえた。

 高速バイクの唐突な速度変更に、私は慌てて備えた。即座に来たる衝撃、万が一聞こえてなければと想像するだけで怖い。

 体感数分ながら、生きた心地はしなかった。

「こ、これいいんですか!? 道路封鎖とかしてないでしょう!?」

「パトカーとか救急車が信号無視すんのと大体一緒な! 心配せずとも技術部の特注だ、事故防止はある」

 通常以下の速度(数秒前の爆速で麻痺して参考にはならないだろうが)になった先輩は人を見掛けるようになった街を掻い潜って進む。

 気付けば見知った、房嶋君達と例の女性を見送った街並みに重なるような風景だ。東京なんてどこも同じかもしれないけど。

 ただ、少なくとも新宿区を抜けたのは分かる。

「駅前の奴らに電話出来るか? アイツらがどれだけ持つか分かんねぇ」

 《穢れた神話》のことだろう。

 もうすぐで接敵するのだとしたら。真代や金時君、仙慈君が――先輩達が、やられていたら。

 気が気じゃないのだが、しかし現場へ繋がる連絡先が乏しい。

「やってみます」

 

 まずは鳴島先輩。フルフェイスのヘルメットなのでコール音は聞き取りにくい。

 ……繋がらない。出られるならきっとすぐに出るだろう、戦闘中か、或いは。

 真代はどうだろう。現場より遠いところに居そうな気もする。例の如く金時君に運ばれているのかも。

 仮にそうなら。

 一コール……ニコール……三コール。

『椛野君! 無事かい、今は何処に!』

 安堵感が僅かに滲んでいる、緊張した声だ。後ろの声が少し騒がしい。

「ごめん私のことは後。一旦大丈夫。そっちはどう、《穢れた神話》が出たって聞いたけど」

 不自然な沈黙が流れる。

「もしもし。仙慈君?」

『あぁ、いや。……さっき、月の能力で消えてしまったよ』

 無事そうだが、やけに静かな声色。

「椛野ー、ちょっと俺に話させてくんね」

「あ、はい! ごめん、先輩に代わるね」

『彼岸崎先輩だね。分かったよ』

 手を伸ばして先輩の耳元に当てる。身を寄せることになるので若干抵抗感。

 携帯からの声は上手く聞き取れない。

「仙慈、二年の奴は近くにいるか? 話分かるなら警察でもいいぞ」

「おー。……住河木、被害はどうなってる?」

「消えた? あのデカブツが? はー、俺の前から消えたその足で回収、か。まぁ取り敢えず一般人はお前に任せるから、仙慈に《穢れた神話(アレ)》と戦った奴と合流するよう言ってくれ。切んなよ」

「あー最後に、今晩追撃はあるか? 一旦月と蛇だけでいい」

「よし。んじゃ一旦椛野に返すから、仙慈に返してくれ」

 大体二分くらいのやり取り。

 途中で彼岸崎先輩が言った通り、仙慈君と繋げたまま再び私の耳元へ持っていく。

「分かってるかもしれねえけど、脅威は去ったってことらしい。めんどいのが始まったくせぇなこれ」

「めんどくさい……?」

『ん?』

「ごめんこっちの話」

 事の全容は後でゆっくり聞こう。ひとまず、今は皆が心配だ。

「それで、そっちは何があったの?」

『僕が聞きたいけどね……先に聞かれてしまったし、答えよう』

 電話越しに聞こえていた喧騒は遠のき、代わりに言葉の節々で息遣いが聞こえる。移動中なのだろう。

 言うに、一度駅まで戻って先輩と合流した皆は、突然現れた暴徒と《穢れた神話》のせいで分断を余儀なくされたらしい。

 金時君、鳴島先輩、虎郷先輩。真代を抜いた、昨日訓練室で色々付き合ってくれた面々は、その《穢れた神話》と戦った。

 房嶋君、辻君は真代と彩上先輩がその場から避難させた。女子二人はそのまま住民の避難誘導――電話している間にも、固まって待機したり、一つの目的地へ歩く一般人が目に見えて増えてきた。滞りのない避難はひとえに警察や真代、彩上先輩のおかげだろう。

 説明の最中でバイクが止まる。仙慈君に一報して、耳元から携帯を離した。

「この先は無理だな。上から行くぞ」

「上?」

 飛ばされないよう引っ掴んでいた私の右腕をどかすと、先輩は反応を意に介さず降りる。

 一度ポケットに携帯を締まって私も続く。フルフェイスヘルメットをかぶった後の解放感はひとしおで、冷たく清々しい空気が頭をクリアにしてくれる。

 彼を視線で追うと、近くの雑居ビルを見上げている。バイクの傍からは動いてないが、やろうとすることは分かる。

 一応、足場に出来そうなものを探してみるが、高所に行けば行くほど足掛かりは少ない。隣の建物と比べると高さが不均等で、二つの壁を蹴って昇るのも現実的ではない。

「バイクはここに置いてくんですか?」

「いや。ちょっと離れてろ」

 私を横目で見降ろした後、バイクの正面に立って屈む。

 バイクから離れながら何をしているのか覗き見ようとした時、既にそれは始まっていた。

 ひとりでにガチャガチャ音を立て、バイクが()()()()()()()()

「え、えっ?」

「数世代前の技術部管轄が作ったもんだ。能力物質と組み合わせて――」

 見る間にバイクは、キャリーケースと遜色ない形状となる。よくみればバイクのフロントの名残が表面に出ていたり、持ち手がバイクのハンドルの流用だったり、確かに変形と分かるが。

 分かるものの。

「――こんな感じで、圧縮される」

「こんな感じと言われても」

「ま、もう仕組み分かんのは不知火(しらぬい)くらいなもんだ。今の技術部管轄な」

 釈然としないまま、能力はそういうものだと無理矢理納得する。背負うようにキャリーを持つ先輩を見て、そういうものだと納得する。無理矢理。諦めでは?

 とはいえ、バイクが片付いたところで上から行く方法はピンとこない。浮くのだろうか、サイエンス・フィクション的にキャリーケースがホバーボートらしく。

「椛野」

「はい」

「……」

「……?」

 不思議そうに見上げる私を、不思議そうに見つめる彼岸崎先輩。

「……能力で上まで行けるよな?」

「あ」

 失念。

 すぐさま種子を二人分、余裕持って直立出来るくらいの直径で出す。足元に出てきたそれへ、小恥ずかしさに突き動かされたみたく飛び乗った。

 先輩もすぐに乗ったのを見て、枝木を上へ伸ばす。複数の種子を伸ばすイメージは若干漠然としていて、人を乗せるからには同時になってしまう。さもなくば、両手で違う図形を描くはずが結局同じ図形を描いてしまう、みたいな事になり得るのだ。

「うお、乗りにく」

「そこまではどうにもならないです」

 太い枝木ではあるものの、先端が細まってるのには違いない。重たそうなトランクを持って尚落ちずにいられる先輩は流石だ。

 ビルの屋上に足を付けて、私達はすぐに駅の方面を見た。

「怪物が消えたってのはマジっぽいな。あのデカさと明るさなら、こっからでもちょい見えたろうし」

 そう言って、駅の方へ歩みを進める。

「椛野、一直線に向かうぞ。行けんな?」

 当たり前だが建物は途切れ途切れ、谷底のように空間がある。高低差もあれば、進んだ先はそもそも目的地まで大きく開けている。

「あー……実際お前は強いぜ。あの人数倒すのは、当時の俺じゃまず無理だ。けどその程度じゃねえだろ」

 未だ屋上の縁から動かない私へ、首だけを振り向かせ、彼は続ける。

「今んとこ、能力の使い方が一番勿体ないぜ。俺が知ってる一年の中で」

「……!」

 痛みもなく抉り取られたように、胸の中で強く主張する空虚。

 自覚はしていて、でも。だからこそ。

 期待の言葉と翻すには、あまりに楽観的すぎる。

「強引にでも、選択肢に能力を置け。……分かったら道、頼んだぜ」

「――はい」

 一拍深呼吸、それからすぐに並び立つ。

 私が能力から避けてきた。そこに如何なる理由があっても――()()をおろそかにする理由は何処にもない。

 私に、弱さは許されない。

 

 それから大きなアクシデントもなく、私達は駅前へ着く。

 綱渡りの綱そのものを誂えてた私は街の様子を知る余裕もなく、感覚的にはあっという間だった。

 不測の事態を想定した先輩の指示に従って、少し離れたところで地面に降り立った。

 緩やかな坂状に作った枝木の足場が、横にある建物を足掛かりに飛び降りた先輩によって無に帰したのは無常さを覚える。私もそれに続いた。

 安定した足場の安堵感……というより、いつ人を落とすか分からない状態からの解放で胸がすく。

「お疲れ、助かったぜ」

「は、はい……」

 自分だけならどうにでもなったろう。事実、木塚街での戦いでは空中に枝木を出す事で窮地を脱したこともある。

 手の届かない範囲へ背伸びする感覚へ他人を巻き込むと、ここまで気を張るものなのか。

 能力で出したものが消えて、頭の中に思考スペースが生まれる感覚。宿題を片付けた時の感情を少し誇張したような、そんな感覚で、はたとポケットの存在に気付く。

「……お待たせ、仙慈君」

 熱を持った携帯に話し掛ける。

『ちょっと離すね。から予想出来る空白期間を悠に越したね、全く』

「ごめん……今駅前に着くから、切るね。東口ね」

『分かった。《穢れた神話》が現れたのも東口だ、今は皆集まっている』

 滅多に聞かない仙慈君からの呆れ声に申し訳なさを覚えつつ、先輩を追い掛ける。

 人波が一切ない都会の駅前、路面には砕けたコンクリートやタイルが散らばっていて、それらは駅に近付くほど大きくなっていく。

 駅を見上げれば、少しの欠けが見えるだけで、大きく破壊されたような箇所は見えない。

 ……それはそれで、妙だ。

 訝しみながら歩いていくと、視界の下で何かが動く。焦点を真正面に戻せば、そこには見知った姿が。

「穂咲ちゃーんっ!」

 ぱっと見走り寄ってるように見えて、聞いた感じ叫んだように鼓膜へ響いて。

 実状、とことこ多少声を張った真代がやってくる。

 走ったらあわや轢くか撥ね飛ばすかしそうで、小走りに近付いた。歩行者を縛る道路の真ん中で、真代は私の胸にへたり込む。

「疲れたぁ……」

「お疲れ、真代」

 声がざらついてる。肩を抱きとめてみれば、布に湿り気があった。

 二股の尻尾もすっかりへたり込んでいる。

「先輩! と、椛野さん。大丈夫だったんすね!」

「彼岸崎先輩で大丈夫じゃないなら、打つ手無いからな」

 服は切れて、擦り傷や小さな火傷が散見された、ボロボロの鳴島先輩と虎郷先輩がやってくる。

 激闘と一目で分かるが、それにしては何処か清々しさのある態度だ。

「おー、俺で良かったわ。コイツ木枯(こがらし)と居たもんだからな」

「木枯……報告にあった《月面の麗人》ですか。よく持ちこたえたな……」

「オレ接敵すんなって止められてるやつじゃないっすか」

「ほんと、いいんだか悪いんだかわかんねえよ」

 中学生の頃、こういう運動部のグループがあったのを思い出した。

「……?」

 胸に違和感。

 引っ付いた真代が離れないとかじゃなくて、近いものを丁度さっき、知った気がする。

「彩上はどうしてんだ?」

「色んなとこに連絡中っす。そろそろ迎えも来ると思うっすよ」

 近いもの。そう、胸に芽生えた空虚は、しかし綱渡りの最中に落として見当たらない。

 この違和感は取りこぼしたそれを見つけるに値しない、或いはそもそも別のナニカか。

「真代、行こ。皆いるんでしょ?」

「んぇぇ」

 抜き打ちテストを出されたみたいな気怠い声。

 一応は踵を返して、先輩達に追随するよう歩き始めてくれる。ちまちまと。

「……え」

「んん?」

 違和感が、もしそうなら。

 もしも合ってるならそれは末恐ろしい。空虚とは隣接していて、まるで反対なこの感情。

 まさか持つなんて、贅肉のようなこの感情は本当にその違和感の正体なのだろうか。

 思わず声を漏らした。それから立ち止まる私を、真代は見つめる。

 疲れ切った瞳は折角の丸々とした可愛らしい形を切り取ってしまっている。細まった紅色は不吉な霧みたく、曖昧に心を覗いてくるような気がして。

「……ごめん、皆心配だし、先行くね」

「あ、うん。いってらっしゃぁい」

 避けるように真代を振り切った。

 今更紅い目に怯えたりしない。二つに割れた尾を疎ましくなんて思わない。根本から不可思議な紫色のグラデーション髪を、忌みなどしない。

 そんなところとは無縁で、だから厄介な感情。

 先輩達を追い越す最中、私は空を見た。

 雲の立ち込める中、図太く浮かぶ金色の満月を見て、安心したことに罪悪感を覚えながら。

「椛野君、こっちだ。もうじき迎えが来るそうだよ」

 かろうじて無事な道路沿いには仙慈君と金時君、そして顔は見た事あるような……支援部の先輩が一人。奥にはなにやら電話中の彩上先輩も。

 小脇で手を振る仙慈君、積み上げた瓦礫に座る金時君、いずれもボロボロだ。目立つ怪我は無いにしろ、折角のお出かけに着ていくような服はボロボロだ。特に張り切っていた風の仙慈君の衣装は、やや勿体なさが勝つ。いや本人も心配ではあるけど。

「ボロボロだね。仙慈君も戦ってたの?」

「ん……いや、《穢れた神話》とは、残念ながら。ただね」

 そういって、彼は片隅にいる支援部の先輩へ視線をやる。仙慈君と大体同じくらいの背丈の少年だ。

「仙慈さんには助けられました。簡易の避難所が襲われたんですが、彼が戦ってくれたので」

「へぇ……」

 思えば粘り強いところもある。

 普段の自己主張と比べて随分抑え目なテンションなのは、その分お疲れということか。

「金時さんも、あの二人と並んで戦えてたのは流石です」

「恐縮ですが、邪魔が入る前に勝負を決められませんでしたから」

 こっちが静かなのはいつも通り。

 手には竹刀袋。どこぞから拝借したか、ちゃっかり先輩を荷物持ちに使ったか。どちらにせよ、怪物と戦うには頼りない武器な気もする。それで被害を駅周辺に抑えたのはかなりの物だと思うけど。

「そうだ。邪魔って……《月面の麗人》が?」

「はい。突如現れた満月に怪物(ケモノ)が触れ、姿を眩ませました」

 私が足止め出来てたら――いや、流石にたらればでしかない。この場合、逃げてもらえたと考える方が良さそうだ。

 ……逃げてもらえた。そうだ。残って戦ったのは鳴島先輩、虎郷先輩、金時君。駅を超える大きさの怪物が、果たしてなすすべなくやられるだろうか。

 三人には申し訳ないけれど、じっくり勝負を急がなければ、勝つのは《穢れた神話》な気がする。彼岸崎錦というタイムリミットを恐れた? だとして、木枯銀河が撤退しなければ、継戦時間は長くなるはずだ。なんなら彼岸崎先輩の到着まで粘ってもいい。

 早々に退散する理由、というより、早々に退散するなら姿を現す理由自体がない。

「殺される程度なら……」

「ん? やけに物騒な物言いだね」

「あ、ごめん。さっき《月面の麗人》が言ってたの。『私に殺されるくらいなら辞めろ』みたいな事」

「……」

「……」

「……」

「え?」

 一同に黙る男子陣。

 彼らの後ろからは彩上先輩。私の背後からは先輩戦闘部と真代が合流してくる。

「椛野君、君あの後会ったのかい……? 〈月〉の能力者と」

「あ、うん。ごめんね。止められなかった」

 溜め息を吐く仙慈君。そんな盛大なものを吐かれる覚えはないのだけど。

「おー、コイツヤバいわ。俺が来た時、十人ちょいぶっ倒してたぞ」

「えっ嘘。マジっすか」

「大物だな」

「いや、訓練した相手ならそうもいかなかったですよ……」

 事実、頭数だけのゴロツキ未満だった。アレで褒められるのは些かやりにくい。

 とはいえ盛り下がることはなかった。頬の熱さを掌で冷ましつつ、彼岸崎先輩が二年生を纏めてなにやら話すのを見る。

 気になる。聞き耳を立てるよか、素直に聞きに行ってしまおうか、なんて思っていると、仙慈君から声が上がる。

 彼も気になっていたのか、と思ったが、どうやら別件のようだ。私達三人をなぞるように見つめ、私に視線が着地した。

「彼ら……房嶋君達が心配している。椛野君は特に、ね。ここは安心させる連絡をしよう」

「あ、たしかに」

 真代が頷くと、すぐにポケットから携帯を出す。

 腕を上に伸ばして構える真代、促されるまま詰める私。

 視線の端に立ち位置で困る仙慈君がいて、ほっとく。

「金時君もっと屈んでー」

「私が撮りましょうか」

「やったぁ」

 ひょいと長い腕が頭上を通る。

「……」パシャ。

「えっ」「なんか言って」「僕写ってるかい?」

「すみません。では、撮ります」

 マイペース極まる金時君に、慌てて画角に収まる私達。ギリギリでポーズを決める真代。

 もう一度パシャ。

「どうぞ」

「よかった、写ってる」

 私も携帯を出して、二人に安否を伝えよう。場所はグループでいいか。

『心配させてごめん! 無事皆と合流出来たよ』

 よし、とすぐに収めた。

 自分を心配してくれる人がいる。

 それは考えるのをいつしかやめていた、自分に持て余すもの。

 なのにさっき、私は真代が来た時――心配してたんだよ、と、声が掛けられるのを期待していた。気付いた時にはとても、人の目は見れなかった。

 心配させては駄目だ。それは勿論。だって自分の能力の低さを人に慮らせている。

 でも、心配を求めるのも駄目だ。それは、強くならないといけない私に、余計な考えなんだ。

「椛野君。彼岸崎先輩が呼んでいる」

 気付けば真代、金時君はいなくて、仙慈君も横合いに私を伺っている。

 振り向けば三台の車と、そこに集まる皆の姿。

「……ありがとう」

 バツの悪さに、つい語気がツンとした。

「椛野君」

「……何?」

 進み出して彼の姿が消えた。ついてくるものだと思っていたから数歩歩いて、続かない言葉に再度振り向く。

「僕は、君に負けているとは思わない」

 汚れたシャツ、切れそうなサスペンダー、穴の開いた黒いズボン。胸をギュッと掴んだ腕には、痣がうっすら見える。

 ボロボロと一口に言っても、ちゃんと見るとそれまでの経緯が痛ましく理解出来る。そんな彼が、いきなり言い出した。

「どういう意味」

 まただ。

 私はどうしてか、彼に強く出てしまう。木枯銀河への敵愾心と同じものなのだろうか。同級生に抱いたことのない感情に、答えが見つけられない。

 さっさと来い。彼岸崎先輩がそう叫ぶ声が聞こえた。

 お互いに瞳は揺れ動かない。一本の糸が目と目を繋げてピンと張ってる、視線を介した緊張感があった。

「好きに、受け取ったらいい」

 胸に沈む声だった。

 歩き出した仙慈君の小さな背を見て、私も動き出す。

 一つ目の車両には黄色い瞳の支援部の先輩が先に乗っていて、彼に手招きされるまま、彼岸崎先輩と仙慈君が吸い込まれてった。

 二台目は残る男子達。金時君に鳴島先輩に虎郷先輩。結局二人とはあんまり話せなかったのが、少し心惜しく思う。

 とても順当に、助手席には彩上先輩の座る車で、真代の隣に鎮座した。

「なるだけ静かにしといて頂戴」

 彩上先輩はそういうと、携帯をスピーカーにして、車内に彼岸崎先輩らの声が響く。構わずに車は発進して、とても平和的な速度で帰路をなぞり始めた。

 幹部と支援部と何故か仙慈君の、車内結果報告が始まった。

 今回の事件は、私がいなくなった後で現れた《穢れた神話》を中心に話が進む。

 建物を超える大きさの化け物が現れた割に随分と形の保たれていた駅だった。精力的に破壊活動をしていれば、交通機関は更に甚大な麻痺を見せ、先輩達は瓦礫などの副次的なもので容易くやられてしまう恐れもあったという。

 そこの違和感は、彩上先輩が提言した同時期の事件と照合して推測が立てられるそうだ。

「都内で同時に、散発的なテロが起こってる。銀狼隊(うち)の応援が来れなかったのもそのせいだわ。稲袋ほど大きいのは少ないみたいだけど」

 彼岸崎先輩と黄色い瞳の先輩――住河木先輩は、同時多発テロを隠れ蓑だと判断した。

 言うに、黒豹隊のこれからの活動の為に、奴らは都内全域を緊張状態にさせる必要があるのだと。

 電話越しに、仙慈君の質問が聞こえる。

「それでは黒豹隊が活動しにくくなるだけだと存じますが」

「実際、小さい騒ぎなりは少なくなるだろうな。でもアイツらには木枯銀河――瞬間移動の能力がある、ハードルはこっちが思ってるより低いだろうぜ」

「なら、そもそも今回のような騒ぎを起こす必要はないようにも思えますが」

「あー……どう見る? 住河木」

「推測でよろしければ」

 彼岸崎先輩が相槌を打ち、少し間が開く。

 先輩はやや早口に言った。

「警戒態勢になればどうなるか、いえ。そもそも何が警戒態勢になるか、です。

 僕ら銀狼隊は勿論ですが、しかし立場上、迎撃として動く組織ですので、この標的とは思えません。警戒していてもいなくても、やることが変わりませんからね。

 では何処か。それ以外の警備組織全て、です。都内の警備組織全てが警戒態勢になる。

 安易に動けなくなります。例えば、異能課なんて今回の同時テロが最も嫌なんじゃありませんか」

 不自然に言葉が空き、異能課に注釈が入る。

「異能課は警視庁で試験的に実装された実行部隊。正式には異種族能力者対策課と言います。名の通り、異種族や能力者に対抗するための武力ですね」

「なるほど」

 仙慈君が相槌を打つ間、真代が呟く。彼女もちゃんと聞いているのは、彩上先輩の前だからだろうか。

「私がこないだ呼んだやつだ」

木塚(こづか)街の?」

「うん」

 後ろで話していると、推測の続きが再開された。

「異能課に限らず、組織には上というものがあります。上の上には、国だって挙げられます。要するに、警戒態勢になったらすぐに動けないんです。指揮系統もさることながら、首都を護る為の組織を上が容易く動かせはしませんから」

 穴熊みたいなものでしょうか。なんて疑問符まじりに先輩は付け加えた。

 真代は首を傾げている。私も疑問に思っている。

 何も突然出てきた将棋にツッコミたいわけではない。

 容易く動けなくとも、警備が臨戦態勢に入ってたら結局黒豹隊が困るだけなのではないか。

 持久戦で、東京に戦力を集めさせた後――別の場所を狙う、ということだろうか。

 いやおかしい。なら尚更、警戒で留めさせる必要がないのだ。大規模な破壊行為でも起こらないと、戦力を集める口実は作れない。黒豹隊だって、早く戦力を一か所に集めてほしいのにグダつかれるのは本望ではないだろう。

 長い溜め息が携帯から聞こえる。

 機械を通したせいで最初は誰だか分らなかったが、そのまま引きずるように声を出した事で彼岸崎先輩だと分かった。

「つまり、黒豹隊はそもそも……黒豹隊の都合を見ちゃいなかったんだ」

「え?」

 つい口から零れる。

 真代は無反応。彩上先輩は閉口した喉から疑問符が漏れながらも、数泊後になるほどと言う。

「さっき仁子が言ったでしょ? 異能課に増援を頼んだって」

 仁子……真代か。慌てて頷く。

 段々頭がほどけていく。何の情報を使えば先輩達と同じ考えになるのか。

 もう少し。

 何故ここまで不自然で非効率的に、場を膠着させたのか。異能課――別の警備組織と私達銀狼隊の違いは。違い? いや、そもそもだ。

「…………僕達を孤立させるため、ってことですか」

 携帯から、仙慈君の声が聞こえる。

 胸が何処かへ落ちるような、そんな感覚があった。

 彼岸崎先輩と住河木先輩が認める中、私は答えと思考を繋げていく。

 銀狼隊を攻めるにあたって、間違いなく悪の立場になる。そして悪の敵は秩序、つまり別の警備組織となるわけだ。

 だから銀狼隊は状況に応じて別の組織へ救援を呼ぶことが出来る。木塚街での一件では、朽羽先輩が異能課に助けてもらったという話を聞いた。

 でも、いつ都内各地が襲われるか分からない状態で、他所の組織に配置を委ねるわけにはいかない。

 警備組織が自分達だけで秩序を維持できる、ギリギリの状態が今なんだ。

 それを壊せば、これ以上損害を与えてしまえば、さっき思った通り、他所から戦力を貰えばいいという考えになってしまう。

 もしもこれが《月面の麗人》の立案ならば……銀狼隊への敵意が今、はっきりと顕在化したように思えた。

 《穢れた神話》の行動には大方結論づいた。

「椛野、聴いてるよな?」

「はい」

 彼岸崎先輩が突然私に振る。驚きはしなかった。

「木枯銀河と……《強欲の吸血鬼》だっけ。に会ってたんだろ? なんか言ってたか、俺が来る前」

 《月面の麗人》とは、本当に何も会話していない。見つかって、それから乱闘。

 でも、あの少女とは確かに言葉を交わした。

 変な風に心臓が鳴る。車内の暗闇に紛れて、ひそかに服を握った。

「特に、なにも。ただあの子は……人を許さないって、それだけ」

 《強欲の吸血鬼》が見せた激情も、私が見出した――もしかしたら全く見当違いの哀色も、言う気にはならなかった。

 不要だと切り捨てたわけじゃないけれど、あの子の姿を思って、言いたくなくなった。

「そうか。んじゃ俺の聞いた限りだと――」

 彼岸崎先輩が、新宿区での流れを皆に伝える。さっぱりとしたものだった。

 住河木先輩達を交えて色んな検討もしたが、額面通りに受け取るのがベターと、そう結論付いた。

 その頃には寝息を立てている真代と一緒に、私も意識を手放していた。

 

 俺こと房嶋豊鷹と辻誠也は、冷え込む夜空の下でベンチに座っていた。寮の傍らにあるそれは、横合いに自動販売機もあって、朝はよく異性間の待ち合わせに使われているのを見る。

 ただ、夜もそこそこ更けてきた。着の身着のまま待機していて、春の陽気に合わせた服だと少し肌寒い。

 辻もそうだろうに、スマホも見ずぽつりと待っていた。一人分開けて座る彼は、わざわざ付き合う必要もないのに。

「……悪いな、ほんと」

「いや、オレが勝手に待ってるだけだろ。気にしないでくれ」

「まぁ、そこもそうだけどさ」

 椛野達を待つと言って寮の中で分かれようとしたが、辻はこうやって待ってくれて、罪悪感はあるけどそこは素直に嬉しい。

 一度は遠慮したけど、重ねて謝るようなことじゃない。

「行くところ考えればよかったなって。俺、初めてじゃないんだ、こういうの」

「……?」

 疑問を表情で呈する辻。視線をこっちに寄越す程度だから最初は気付かなかったけど、目を見てみると結構辻とのコミュニケーションは分かりやすい。

「友達の立場……種族とかを気にしないで遊びに誘って、後悔したこと」

「都会なんてそんなもんだろ」

「そうかもしれねえけど。なー……」

 中学生の頃、異種族の友達が差別されていることを知らなかった。

 無知も、しょうがないも、当人の心にはなんの慰めにもならないことを知ってる。

「別に学外じゃなくてもいいから、また遊ぼうな」

「……あぁ」

 辻の瞳の色は煌々とした赤色を辞め、澄んだ水色に戻っている。すっかり、普段通りと言った風だ。

 内心もそうかと言えば、多分、違う。

 きっと考えすぎているんだろうけど、今回に限って俺が言えた事じゃない。

 浅い考えで巻き込んだ全員に謝ろうってんだから、気負うなとか、そういうの言えるわけがない。

「あの事は謝らないんだな」

「あの事?」

 辻に言われて、特に思い当たることもなくオウム返しをする。責めるような口振りでもないので軽く言ってしまったが、気付かぬ間に傷付けていたらどうしようか、若干焦る。

「あの悪魔を助けた事。正確には助ける為に、走ってった事か。異種族を助けるなって意味じゃない」

「あぁ……」

 それは、謝るべきことじゃないと思ったから、話に出さなかった。でも実際巻き込まれた人にとってそういう矜持は関係ないものだ。こうして触れられたからには弁明と、それから――

「いや、謝れって言うんじゃない。ただお前は……謝るべきだと思ってないんだって、そう思っただけだ。変な意味じゃなくてな」

 どう受け取ればいいのか、迷って硬直する。

 皮肉……か? 辻の周辺には随分口の悪い奴が二人くらいいるし、そういう考えかもしれない。当てつけ的な。

 でも、そういう婉曲な責め方をするかと言われたらイメージに合わなくて、言葉を返せないでいる。

 辻も段々悩ましい顔というか、悩ましく思っている顔になってって、それから確かめるように言葉を並べていった。

「なんだ、だって、正しい事だと思ってたんじゃないかってな。悪い事だと思ってないから、それが……それに感心していたんだ。誰かを助ける為に走る事は、悪い事じゃないと思っている、そこに素直に感心したんだ。悪い、そんな考えさせる気は無かった」

「あぁ、いや。そっか。……そっか、そう思ってくれたんだな」

 正義感の事をポイント稼ぎだと言う人は、僅かながらいた。そうでなくても、わざわざ口に出して認める人はいなかった。

 だから、わざわざ口に出してくれるのがどれだけ貴重か、俺は知ってる。

「へへ、ありがとな。んまぁ……懲りたよ」

「……そうか」

「あんな巻き込んでちゃ、な。次は相談する」

「そうか」

 足音が聞こえる。静かな夜によく通った、複数の音。

 一斉に音源を見れば、二人の影。

「椛野、真代。良かった」

 うつむいてトボトボ歩く真代と、欠伸を噛み殺したように口元をふにゃふにゃさせる椛野。

 元気のない二人の姿に胸騒ぎを抱えたのも束の間、眠たげに目を擦る真代を見て安心した。

 疲れたなら、早くに休ませるべきかな。とか思ってる端から椛野が口を開く。欠伸ではなく。

「ん、おは……ぁいや、えーっと」

 聞かなかったフリをして助け船を出す。

「おかえり」

「……うん、ただいま」

 椛野がこんなに素直に微笑むのを、初めて見たかもしれない。

 たかだか半月でこんな感想を抱くのはおこがましいか。でも、なんか、張り詰めた空気がどこにもなくなった感じがした。

 普段の椛野は、表情が綻んでいようと、なにか気を張っているような気がするから。

「真代は……どうした?」

「疲れちゃったみたいで」

「そっか。引き留めてごめんな」

 ベンチから立って真代に笑い掛ける。こくりと、うたた寝か相槌かもわからない動きをした。

「心配かけちゃってごめんね」

「いや、それは別に。無事でよかったよ」

 本心。ただまぁ、見たまま眠気満タンなら、さっさと切り上げてしまおう。

「長いこと引き留めんのアレだから、早速言うけど」

「うん。ずっと待ってたんでしょ、どうかした?」

 赤らんだ指先をさりげなく隠して、俺は照れくささに笑う。

 それから少し間を作って、真面目な表情を浮かべれば、椛野も疲れ目ながら身構える素振り。

「悪かった。俺が誘ったせいで大変な目に合わせた、本当にごめん」

「え……いや、いやそんなことないって! 今日は楽しかったよ、房嶋君のおかげ」

「真代も、悪かったな。そもそも異種族なことも失念してて、誘っちまった」

「んー…………いいよぉ」

 まぁそりゃ、責められるとは思ってなかったりはする。ズルい話かもしれないが。

 それよりも真代の眠りを妨げる方が責められそうだ。

「まぁそれだけ。ごめんな引き留めて」

「……うん。それじゃあおやすみ」

「おう、おやすみ」

「辻君も。おやすみ」

「……あぁ。おやすみ」

 二人は女子寮へ去っていく。仙慈と金時がどうなのか気になったが、言及しない辺り大事(おおごと)に見舞われてはいまい。そいつらは男子寮の中でも待てるし、俺達は自然と男子寮の中に戻ることとなった。

 心のつかえは少し軽くなったような。肩代わりしてもらった意識はある、あるのだが、伴う罪悪感は随分と軽かった。

 俺が悩んでいたことよりも遥かなものから帰ってきたように見えて、なんだか正気になった。そんな気がした。

 空調はついていないが、室内なだけあって数段マシだった。山の中腹に建てられて随分と経つのだろうから、断熱性もばっちりなんだろう。

 午後十時でも案外活気がある。種族の時点で夜行性だったり、夜更かしだったり、これから外に出るという生徒もいた。ガチ猫っぽい警備員さんもいる。

 俺が手頃なソファに腰を掛けると、辻は呟く。

「だから、アイツらは気にしないって言ったろ」

「まぁな。でも俺が気になんだ」

 そうか、と淡泊に頷けば、辻は寮室の方へ歩き始めた。

「オレは部屋に戻る。今日は色々悪かった……ありがとう」

 謝られて一度は開いた口を、続く言葉に閉ざされた。

 代わりにニッと笑って見せて、俺は言う。

「おう、おやすみ」

 ――及第点ってところだろうか。

 今日の事が嫌だったら、辻はもう関わってこないだろうけど、そうでもないなら……多分、独りじゃなくなったはずだ。

 俺の目的が果たせないなら、この高校に入学した意味はない。

「そのためにも、だな……」

 先ずはクラス全員と親睦を深める。

 話はそこからだ。

 

 次の日、白月街の本屋にノートを買いに行った。

 あれから仙慈や金時とも話が出来て、空模様のようにすっかり晴れ晴れとしていた。

 どうやら世間は少し騒ぎになっているようだけど、俺の生活に影響は出ていない。

 初めて来る本屋を見渡して、そして人影を見つける。

「あ」

「え」

 思わず声を出してしまったことを、強く後悔した。

 日記コーナーにいる、辻を見つけた。

 ……うん。本当、良かった。

 嫌じゃないなら、良かった。

 ごめん辻。誰にも言わないと、誓おう。




【人物紹介】

――椛野穂咲――

【種族】人間
【性別】女性
【年齢】15歳
【誕生】5月9日

【能力】
〈■■〉空間に二つまで大きさ可変の種子を生み出し、枝木を生やして操作する事が出来る。

【容姿】
髪:紅葉色
瞳:明るい茶色
背:167cm

最近あった良いこと
「真代のLINEの頻度が多くて楽しい」


――房嶋豊鷹――

【種族】人間
【性別】男性
【年齢】16歳
【誕生】4月2日

【能力】
〈治癒〉身体から触れた者を癒す光を放つ。

【容姿】
髪:柴色
瞳:深緑色
背:174cm

最近あった良いこと
「発案したクラス会が割と上手くいった」


――辻誠也――

【種族】竜人
【性別】男性
【年齢】15歳
【誕生】8月26日

【能力】
血輪(げつりん)〉身体を強化することが出来る。

【容姿】
髪:黒色
瞳:水色
背:156cm

さいきんあった良いこと
「最寄りの本屋の品揃えが好み」
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