ーー銀狼隊戦闘部・一年
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ーー銀狼隊戦闘部・二年
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「迎え撃つとは由々しき判断ですね」
首を傾け、黄緑色の髪がしな垂れる様子が見えた。
私達の傍らには、木に寄りかかるように座る、気絶した小森さん。直立して、口を開く気配のない防衛対象の少女……を模した機械。
この状態で防衛戦を? まさか。無茶だ。
銃器持ちに動けない二人を背にして戦うのは不毛だ。射線が切れるくらいの距離の猶予をもって、釘付けにしなければならない。
逃走を図るにしろ、足跡を頼りに近付いて来る夜桜先輩へ、機動力のない少女と怪我人を背負ってどれだけ距離を離せるだろうか。
「二人を護るにはこれしかない。これ以上先輩を近付ける訳にもいかないし。小森さんの事、よろしくね」
議論する時間も惜しい。私は、引き返す形で森を駆けた。
迎え撃つにしろ、森林で戦う経験なんてしたこともない。かといって、戦場のアテがないわけでもなかった。
平野に通っている小川とは別に、道すがら水の気配がした。匂いの濃さと音からして、私達が通った道を少し外れるだけで水辺があるはずだ。
そこなら多少開けているだろうし、夜桜先輩だって森の中で戦う以上に経験のない戦場だろう。
私は夜桜先輩について知っている事を振り返る。
彼女と出会ったのはただの一回、木塚街で救援に来てくれた時以来の対面だ。本部で見かけることもあったが、彼女に限らず先輩は皆忙しない様子だったので、交流する時間はなかった。
助けてくれた時の姿は未だ記憶に焼き付いている。
四肢を獣、鋭利な爪を持った銀色の毛のそれに変えて高い敏捷性を有していた。その後、四肢の獣化を解いても依然狼の耳を生やしていたことから、彼女は人狼化の能力か、血の薄い人狼種だろう。
なんにせよ、接近戦ならこっちにだって分はある。
問題は拳銃の対処だが、銃口から狙いは付けられる。ダメージ覚悟で距離を詰めて、師匠直伝の格闘に持ち込めばいい。
理想形は私が引き付けている間に制限時間が来て、防衛成功条件を満たす事。
だからと言って引き気味で戦って勝てる相手ではないのは確か――相性的にも。
私を避けて防衛対象を探されるのが最も困る手段。
だが、幸いにも――
「一人ですか」
――拳銃に手を伸ばす夜桜先輩は、姿を現した私へ迎撃の態勢を取る。
言葉に反応はしない。問題は、木々生い茂る現地点からどう水辺へ誘導するかだが、誘い込む方法ならある。
私は枝木を横に展開していき、水辺の方角を残して封鎖の形を取る。その気になれば飛び越せるだろうが、夜桜先輩にそのような理由があるだろうか。私に背を向けるリスクを、無視する理由が。
開戦に合図は要らない。
私は先輩に駆け出す。
ホルスターから拳銃を抜くのを阻むことは出来ない。種子は同時に二つまでが限度、道の誘導に使ってるうちは無理だ。
だから木々を使って射線を切り続け、ここで戦うのを避けさせる。
一発、枝も構わず撃ち抜いて、私の眼前を弾が通り過ぎた。いくら実弾でなくとも、至近距離じゃ反応は厳しい速度だ。
二発、三発。木に身体を寄せる私を弾が威嚇する。
このままリロードが必要になるまで待機する? いや、土内さんの話を聞くに、熟達した銃手だ。隙は期待できない。
相手の片手が塞がったまま格闘に持ち込めれば最善だが。
四発目が来ない。足音もなく、木を背にして覗き込む。
「ッ」
四発目。間髪入れず。
銃口が見えた時には既に身体が動いて、なんとか弾は躱すが、如何に軽率だったか思い知るのに充分だった。
そうだ。先輩は攻めなくてはいけない立場にいる、焦らず、私は迎え撃つ。
背中で樹木の厚さを確かめ、息を吐く。そして顔を上げ、先輩の鳴らす音をわずかでも聞き逃さないよう注力した。
風を感じず、鳥類の羽ばたきもない、かりそめの自然。
そんな世界で音を放つのは、私と先輩だけ。
種子を二枠併用し続け、集中は続くだろうか。
いや、迷うな。
続ける。腕の筋力を使う以上常に拳銃を構える事は出来ないのだから、相手に有利な条件では決してないはずなのだ。
一分か、三分か、五分か。どれほど経ったか分からない。
或いはどうでもよかった。研ぎ澄まされた集中に、どれだけなんて不要だ。
針が幾度刻んだ頃、耳に届く。
草花を除けて土を踏む、静かな足音を――私と、先輩が聞く。
「……!」
土内游游のエントリー。彼(便宜上)は、傍に誰か連れている様子はない。
木を背にしている私だから分かるけれど、まだ先輩は正確に彼を捉えていないはず――
「後ろです!」
土内さんが叫ぶ。
反射的に前へ駆け出し、土内さんと合流する形となる。
背後からは木肌が抉れる音。三人目の参戦を逆手に、不意を突かれた。……声が掛からなかったら、こう猶予をもって躱せたかは怪しい。
「……なんで?」
守るべき二人の傍にどうしていないのか。両手を空けた夜桜先輩に身体を向けながら、端的に問う。
「ヨザクラさんは目も鼻も効きます。今必要な事は今口に出せません」
「……」
顔をしかめる。彼の言うことは尤もだ。だからこれ以上何も言わない。
そうだ。初めて出会った同級生を信用するなんてどだい無理な話。彼にとっても、私にとっても。
「
雪原を思わせる、静かで冷たい呟きの後、先輩の両手指から鋭い爪が光る。銀毛の尾が生えているのも分かって、然るに人狼化が進んだということだろう。
敏捷性が更に高まったとすれば、彼女から余裕を奪わない限り、逃げられる可能性がある。
弾丸を受けた左肩を一度、大きく回し、意気を確かめる。
「私が前に出る」
機動力で負けている以上退く選択はない。私は呟き、返事を待たずに先輩へ駆けた。
獣に足を突っ込んだ彼女に初速で勝てる道理はない。逃走した時の為に種子へ意識を割こうとしたところで、先輩は正面からの迎撃に出た。
ともすれば比較対象は人身ではない。
夜桜先輩の身体は弾丸となり、私を切り裂くつむじ風と化す。
「――ッ!」
大振りな動きは間に合わない。腕を使った対処じゃ力が足りない。
「っ、反応しますか」
左足を横に振り抜いて、右腕の爪撃を弾く。
利き足を軸にしたせいで速度が死んだが、それを咎める先輩に二撃目を、左脚の回し蹴りで振り払うことで事なきを得る。
接地。
こうなれば戦場は選んでいられない。種子を解除し、脳のメモリを確保。
近距離にいるうちに攻め尽くす。
右脚で中段蹴り。
受けずに後方へ跳ばれる。
着地の瞬間に先輩が何処へどう移動するかが問題だ。追撃の形を取りながら、左右正面何処に突っ込んでも対応出来るよう意識する。
と、細長い樹木が先輩に絡みつこうとする。私の右横を通り抜けてったそれは、私の能力ではない。植人の身体機能、種族特性というわけか。
振り解くことで意識が散った先輩へ追撃。
跳躍の時間が惜しい。
推進を遠心力に転化。右脚を軸に素早く左脚を蹴り出す。
襲ってきた枝を爪で切り裂いた後、伸びた腕をそのまま防御に使われる。
構わない。
勢いのまま身体を宙に浮かし、右脚を捻って蹴り穿つ。
これも防がれた感触がする。
流転の導入に放った右脚を凌駕する、540度の終着点。
捕縛を掻い潜って連撃を受け続けた先輩へ――本命の最終段を放つ!
「く……!」
回し蹴りの要領で振り抜いた左脚越しに、手ごたえを感じ取る。
着地して確認すれば、顔の前で腕を十字に組む姿があった。
顔を狙ったのだが、意趣返しにはまだ遠いみたいだ。
先輩は耳をピクりと揺らす。
動きを止めた一・五秒は、躊躇いか否か。
「――第三」
呟いた彼女の腕が、四肢が、湧き立つように剛毛を纏う。
あの姿だ。私達を助けた四肢の獣化、白銀に染まった自然の鎧。
それが今は、敵として。
間髪入れず先輩は地面を蹴る。私を討つ為の正面突破ではなく、距離を取る為の転身を。
「逃がさない!」
追って地面を蹴った私に――銀色が迫る。
咄嗟に両腕を上げ、左腕が出遅れる。
「……っ!」
放たれた蹴りに対し、右腕が受ける。
かろうじて直撃は避けたが、右腕からは血が淀みなく溢れていた。
靴から突き出た爪で、引っ掻くように回し蹴り。
意趣返し、とでも言うつもりか。
「上等ですよ……」
「……」
指を伝う血が煩わしくて、大きく振るって跳ね飛ばす。
痛みは強く主張してくるが、左肩に貰った衝撃よりも動きに影響は及ばさない。ただ痛いだけの攻撃だった。
また腕を伝う感覚。……この分だと止血はしなくてはならないみたいだ。
「痛ましき傷。ここは退きましょう」
「いける。……気にしないで」
小さな種子を右手に収まるように出し、それから腕を覆うように枝木を伸ばす。
プラント・ガントレット。腕を軽く締めあげ、止血を兼ねる。
爪撃の装甲にもなる、初めからこうするべきだったかもしれないが、今考えても仕方ない。
「――それはどうにも。浅ましき判断」
「ここで退いてどうするの? 先輩がここにいる今が好機なんだから」
何も、敵前で方針を決める理由なんて一つもない。
背後にいる土内さんの顔色なんか知らずに、私は先輩へ肉薄した。
「仲間割れですか?」
構うもんか。
一朝一夕ではない、師匠との三年間の稽古が私の動きに味方する。
私の力はこんなものではないと、技が押し上げてくれる。
「――ッ!」
急激に姿勢を落として足払い。
後方へ跳躍した夜桜先輩は、木の幹を、軋む程に踏み込んだ。
どんな瞬発力でも、正面からなら対応してやる。
やはりというべきか、しなる木も味方に付けて、先輩は引き絞られた矢のように私へ強襲する。
受け止めるのは展開がよくない、よりコンパクトに、そして既に怪我を追っている身体で対応を図る。
枝木を纏った正拳を銀色の一線と化した夜桜先輩へ突き出した。
弾けるような衝撃が、右腕を飲み込む。それは伝播して、肩に一筋の痛みが走った。
「痛っ……たく、なんか!」
先輩は獣の掌で拳を受け止める。あの速度で受け止めれば彼女だってダメージが……そう思ったのは早計で、枝木越しに何か柔らかいものを押し込む感覚を覚えた。
肉球だ。夜桜先輩は、獣の膂力と衝撃を殺す肉球で、自分のダメージを殺し切っている。
拳銃を持つ手は右手だった。――彼女は、左の掌で、私の拳を掴んで離さない。
間髪入れず、私は体重を乗せた飛び膝蹴りを打ち込む。先輩の胴へ膝を飛び込ませる、そんなイメージ。
自ら身体を放った時には想定しなかった浮遊感が、膝蹴りの感覚とすげ替わる。
掴んだ拳を引き寄せられ、私は後ろに放り出される。
宙を舞う身体で見てみれば、異常ともいえる柔軟性で、私を自身の背後に投げ飛ばした夜桜先輩の姿を盗み見れた。
それを確認できたのは一瞬で、乱転する身体が木に打ち付けられないよう、受け身の体勢を取るべく専念する。
……まだだ。
無事太い枝を左手で掴み、身体躁術で遠心力を殺すことに成功する。ぶら下がれば恰好の的なので、一回転して枝に乗るような形で。
見下ろした状況では、対応直後の先輩に再び、腕の形を崩した枝が襲い掛かっている。
私もそれに続く。
斜め下に自分を打ち出す意識で、ギリギリまで枝を掴んだまま身体を前へ傾ける。
枝を蹴り出す瞬間、土内さんの伸ばした腕が爪撃によって千切れる。
人間離れした腕だろうと、掻き切られる姿につい不覚を取った。
枝を蹴る強さが足りていない――速度が出ていない。
大きく軋んだ音に先輩は気付いたか、狼耳が数回震える。そして、迫る枝を排除した彼女は、背後へかぎ爪を放つ。
右脚での回し蹴り、振り向くと同時に放たれたそれは、丁度損じた速度に合わせられてる。
飛び掛かった体勢のまま顔を謙譲する? 論外。
腕で凌ぐ――否。
空中で身体を捻り動かすのは、私の得意分野なのだから。
想定速度より落ちたからこそ、大きく動く猶予が生まれた。
先輩の回し蹴りが命中する地点を感覚的に把握、その空白地点へ――叩き割るように蹴りを間に合わせる!
「ハァッ!」
「……っ」
右脚に込めた全力で、狼の爪撃と相対。
少しでもタイミングがズレれば振り抜いた足の腱を抉り取られる。
少しでも身体操作が間に合わなければ無防備に胴を差し出す。
そんな賭けに――私は勝った。
片脚で立っていた彼女を押し除ける形で、相手の重心を捉えた蹴りが命中する。先輩の爪が靴越しに分かるくらいのジャストで。
手を付いて着地し、態勢を崩した先輩へ顔を上げる。
彼女は勢いに従う事で転倒を避けるが、そう逃げた先には土内さんがいる。
いる、が。彼は先のやり取りで両腕を失っている。すぐ傍では千切れ落ちた長細い枝が虚しさを醸し出していた。
片脚での跳躍は彼を飛び越すことは叶わず、そして彼もまた、捕縛は叶わない。
――違う。飛び越す、ではない。
すぐに後を追うが、とても間に合わない。
「避けてっ!」
夜桜先輩は慣性を攻撃に転用。彼女の四肢は、土内さんの身体のいずれにも届いてしまう。
手を伸ばす。それに先駆け――指先の向こうに現れた種子が、二人へ枝木を伸ばした。
無意識の能力行使だった。いったい、いつぶりかの。
「使いたくはありませんが、仕方なき」
緊迫した声で並べ立てたかと思えば、直後木の幹の折れる音がする。
完膚無き破壊音を発した土内さんの身体は、微動だにしない。夜桜先輩もまた、その足を止めている。
私よりも早く私の種子が彼女へ届いた。音もなく迫ったそれは、土内さんへ振り抜いた左腕を掴んで縛った。
「……しまった」
夜桜先輩が振り向く事で、彼の状態を把握する。
長い長い黄緑色の髪が持ち上がり、背後の木と同化している。接着面と言える場所は、木の茶色に染まっていた。
言うなればそれだけの立ち姿は、知らない理屈で作り出した服ごと、身体を裂かれて硬直している。
腕を縛られ身動きの取れない先輩へ、追いつく。ここで彼女を仕留めれば、試験は否応なく終わる――!
「第五段階ッ!」
頭部を正確に狙った上段蹴りが、空を切る。
何事かと彼女の姿を追っても、いるべき場所にいない。枝木は腕一本分のスペースを残して固定化されているだけだ。
「な……」
彼女は何処に消えた。
正面にはいない。左右を見渡してもいない。
反射的に背後を見た。縛られた先輩が背後にいるはずもない、よしんば拘束を抜けられても、人一人が脇を通れば分かるのだから。
……だからつまり、通ったのは人ではなかった。
振り向いた私の目に映ったのは、木々を縫う四足獣。一直線に突き進む、白銀の狼の姿。
「惜しき」
惜しき?
声がしたのは上空。最早驚くまいと見上げれば、木の枝から土内さんの顔だけが浮かび上がっている。
「……えっと?」
「咄嗟に同化してダメージを抑えました。祖が知れば嘆かわしき荒業ですが、やむを得ないでしょう」
「ダメージって、でも身体は」
身体を裂かれた土内さんを見れば、そこに人らしいパーツはなかった。面影としては依然変わらない髪の色、それから彼の形を縁取った木の人型。
言ってみれば木の人形の胴が裂かれている。深刻な感情を抱かせない、あっさりとした有様だった。
「ただで食らえば身体の大部分を損傷し、さしもの私も活動に支障が出ましたでしょう。ですが同化さえ出来てしまえば、そこの私は全体の数パーセントにすぎないのです」
「つまり、身体を大きくしたから擦り傷で済んだってこと?」
「素晴らしき理解力。因みに人間で言う脳にあたる端末が存在するので、そこが砕ければ普通にアウトです」
なんて無茶苦茶だ。これが種族特性――いわば身体能力というならば、能力だって人間の身体能力になってしまいそうな現実。
彼は涼しい顔を枝に引っ込ませ、自分の身体に還っていく。
引き裂かれた服、身体もパキパキと音を言わせ修復されていった。
「これでも私、森では神童と囃されたものです」
「そう……」
何事もなかったような土内さんから視線を外し、周囲を見渡す。
足音もなければ風もない。気配という気配が消失した、二人きりの森に立っているような気がした。
夜桜先輩は完全に離れてしまったらしい。
「さて、戻りましょうか。コモリさんも目覚めた頃合いでしょう」
「っそうだ、なんで来たの!?」
守るべき仲間からも、防衛対象からも離れて。不遜な判断にも程がある。もしも先輩が応戦しなければ、危うく見つけ出されていたのかもしれない。
悠々と、先輩の去った方と逆へ歩き出す土内さん。
私に目もくれないので、眉を落としながら離れて付いて行く。
「貴方がやられてしまうと私はさらなる減点を受けるので」
「遅刻は貴方のせいでしょ」
「……それはそうです」
ややあって、半ば冗談だと、彼は仕切り直した。
「ご心配なく。彼女達は草花達に託しました。香り高いダミーを用意したので、鼻が利いたとしてもそう真っ先に見つかることはないでしょう」
「…………そう」
そこまで言われれば言うこともないが。
「貴方が私を信じていないように、私も貴方を信じていないのですよ」
「なっ」
「おっと。この先はコモリさんを交えましょう」
「…………」
言うだけ言った彼は、耳に付けた通信機を使う。一声掛けると、ややあって小森さんの声が帰ってきた。目は覚めたらしい。
ここで衝突しても意味はない、彼の言う事だって分からなくもないのだし。だから土内さんに気付かれないよう平静を整えながら、私はハンカチで右腕を止血し直す。
私の力ってこんなものだったのだろうか。弱音にも等しい呟きが、心中に芽生えた。