ーー銀狼隊戦闘部・一年
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ーー銀狼隊支援部
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力を貸してください――住河木先輩に言われて乗り込んだのは、銀狼隊の誇る改造車両『銀雪』だった。
常軌を逸した速度で街を走る銀色の車体は、専用の整備された道を往く。
運転席にはネコ科系の獣人が座る。寡黙な人で、彼から何か言う事は無かった。
助手席には住河木先輩。後部座席には左から小森さん、私、土内さんの順で座っている。
先輩が言うに隣町で起きているようで、この分だと時間は掛からないだろう。
耳元で毛が触れた。
「――っ!?」
「あ、ごめん……」
左を見れば、顔を近付けた小森さんの姿が。左耳がぞくりとしたけれど、なるべく外に出さないよう首を横に振る。
「驚きすぎでは」
うるさいなぁ。……とっても驚いたけれどさ。
「それで、どうしたの」
「うん、えっとね……」
声の小さな小森さんに合わせて私も声を潜める。彼女は慎重に耳元へ口を運ぶけど、内心では再び毛がくすぐってこないか気が気じゃなかった。
「これって多分……次の試験、だよね」
それだけ言うと、彼女は身体を元の位置へ遠ざける。
「多分だけど、ね」
事実、試験と関係のない戦闘部が本部に居なかったとしても、試験者自体をこうして任務に駆り出すのはまた別の意図があって然るべきだ。
隣町で起きている異種族の暴走が嘘だとは断言は出来ない。だが試験を評価する人がこれを機にと、判断基準に使っててもおかしくはない。
なんであれ試験のように真剣に。ともすれば実践のように、気を引き締めるべし。
車の速度が落ちる。公道に出たのだろう。
「――カバノさん」
「っ何!? な、なんでそんな近いの……」
今度は右から、ウィスパーボイスで土内さんが語り掛けてくる。美声の無駄使いだ。わざとにしか思えない。
「耳がお好きなようでしたから。素晴らしき気遣い」
「馬鹿じゃないの!?」
本当にわざとだったし。
……。
…………静まる車内。
「……ごめんなさい。で、何」
「忌々しき眼差し……えぇ、聞きたい事があります」
「今じゃないと駄目?」
「なるべく。試験に関わります」
そう言われれば流石に拒否も出来まい。そういえばさっきも、確認したいことがあると言っていたっけ。
「貴方の能力について試したい事があります。今ここで、見せて頂きたき」
「……」
周りの様子を伺った後、私の掌の上に種子を浮かばせた。
植人である彼には、何処かおかしく見えるのだろうか。まぁ当然だろうな、あくまで能力で作ったものだ。
「ふむ……枝は」
「伸ばせるけど。伸ばそうか」
こくりと頷くので、私は数十センチ程度の枝木を伸ばした。土内さんの正面に伸びたそれをまじまじと見られる。
変な緊張を覚えた。
彼はもう一度頷けば「失礼」と枝木に手を伸ばす。
指先がカーキ色に変色しながら、押し当てるように触れた。
「…………っ!」
突如、まるで熱い鉄板にでも触れたかのように、彼は手を離した。
背筋が冷え込む。思わず息を呑んで、咄嗟に声が出ない。
「なるほど。これはますます不可思議につき」
「だい、じょうぶ……?」
声が揺れた。
これは、よくない。頭がごちゃごちゃと散らかっていく。
平然。平然を装うけれど、いったい何処をどう振る舞ったら平然であるのか、分からなくなる。
「えぇ特に何とも。ぶしつけな真似を失礼致しました」
「なんで貴方が謝るの……」
種子を消し、思わず彼の手を取った。
冷たい。無機物を持っているような気持ちになる。人の手を取ったとは思えない程、体温とは別の尺度が彼の手にはあった。
傷もない。その事に胸を撫で下ろす。
「言ったでしょう。ぶしつけでした。……貴方の能力を私の身体機能に応用出来れば、更に自由度が増したと思った次第。不可能でしたが」
「自由度……」
「着きました」
ハッキリとした声が前方から聞こえる。運転手の獣人さんは、聞きやすくも落ち着いた声で車内の空気をたしなめた。
紳士的な声に何も言えず、私達は住河木先輩の案内で現場に向かう。
車から出ると周囲には警察が何人も、横に大きな一つの建物を囲んでいる。皆が皆、その建物を張り詰めた様子で見つめていた。
先輩は私達を連れて、警察の一人に話し掛ける。無精ひげの浮かんだ壮健な人だ。
「状況はどうなってますか」
「子供が四名、人質として中に。悪魔が二人」
毅然とした声で、警察は話す。
警察が取り囲んだ建物は植物がびっしりと纏わりついた、市民体育館のようだ。山なりになった屋根には崩落している箇所があり、今はもう取り壊されていないだけの活気を無くした体育館と分かる。
そうと知れば途端にくたびれているように見えて、悪魔の凶行に使われているのが不憫でならない。
「これから無力化してください。……ここから先の解決は、皆さんの仕事です。人質が無傷のまま無力化してください」
淡黄の瞳が私達に期待を寄せる。
「人質、ね……」
「勿論ですっ」
「えぇ。悪しき魔の者を退けてしまいましょう」
私は立て付けの悪い扉を、慎重に開いた。
そこは両側に、水族館みたく硝子が貼られている部屋だった。ガラスの中に水はなくて、代わりに沢山の種類の、恐らくは実験の産物であろうナニカがおびただしく保管されている。中央で寝転がっている、不道徳的な獣と刃物の混成生物とかは、実用性がありそう。生きていればだけど。
黒豹隊の基地の一つにこんな場所があるとは知らなかった。驚きはしない、全国各地にある基地がいったい合計幾つあるのかも、私は知らないのだから。
決して広くない部屋を、木枯銀河――姉さんは進む。
「うってつけの能力が手に入ったらしい。既にキミから採取した体内組織でチューニングも済ませた……適合は問題ないだろう」
「……ふーん」
室温は嫌に冷たくて、黒の外套を掴む。空調は見当たらないし、ただ単に地下だからだろうか。
姉さんは構わず進み、部屋の突き当たりで止まる。ガラス張りの通路を一直線だから、そもそも正面以外に行くところはない。
正面にはコンクリートが寒々しく待ち受けるのみ。正方形で等分されたつまらない壁は、何処の基地に行ったって同じだ。
これから私に関する真剣な事を行なうというのに、妙にリラックスしていた。
「緊張するかい? まぁ、これより名実兼ね備えた強欲なる業を身に宿すんだ。無理もない――」
「寒いだけ。別に今更緊張なんかしてない」
姉さんは目を細める。見下ろすような顔つきで微笑むのはいつもの事だけど、今やられるのは気に入らない。
「強がりとかじゃないから」
「何も言ってはいないよ」
そういうと姉さんは自分のポケットを探る。白いシャツにジーンズ、飾り気のないネックレスでさっぱりとしているのにも関わらず魅力的だと思えるのは、《月面の麗人》なんて恥ずかしい異名を名乗ってるだけある。
姉さんの見た目が良いと思うのが、姉さん自身の能力のせいなのか、最近じゃわからない。
だってもうめっきり、木枯銀河としての素を見ていないような気がする。それともずっと素なのだろうか。もしそれなら、私は今までずっと姉さんの建前を見て育ってきたことになる。
アンティーク調の鍵を取り出すと、姉さんは正方形を縁取る溝へ、おもむろに突き挿した。一見適当に挿したようにしか見えないけど、やけに手慣れた様子だから、もう鍵穴の位置が染み付いているんだろうと思う。
小さく開錠音がすると、群れなす正方形の一つが窪んだ直後に、横へスライドした。
目先の
隠し金庫みたいに現れた立方体の空間には一つのカプセル錠剤みたいなものが、ポツンと置かれてあった。
市販薬と違う点は二つ。
まず大きさ。丸々親指くらいの長さと太さで、大きいとは表現しにくいけど、口に入れようとは流石に思えない。
そして、半透明なカプセルの中身には一つの赤い球体があるということ。カプセル錠剤の中身なんて知らないけど、カプセルは色がついているものだし、その中身がたった一つの丸い何かっていうのも、私の知らないカプセルだ。
だからカプセルはただの入れ物で、中身の赤い球体が本命なんだと思う。
赤いと言っても彩度はそれほどでもない。むしろピンクの方が近いだろうか。肉々しい、赤とピンクの境くらいの色だ。
姉さんがカプセルを摘まみ上げると、中で球体が転がる。
「これは〈ダミーヴァンプ〉」
「ダミーヴァンプ」
口に出された
ダミー……偽物の、吸血鬼。
「能力って」
「ん?」
「能力って、人間にしか出てこないんだよね」
「そうだね。まぁ人の血が混じっていれば、半人でも」
ならいいか。
「気には召さないかな?」
「別に。力が手に入るならそれでいいよ、頂戴」
気に入らない間を取ってから、姉さんは私の掌へ丁寧に置く。
「奴らは成長が早い。常に能力へ向き合い、研鑽しているからね」
言いながら私の横を通り過ぎると、コンクリートの壁は既に塞がっていた。
カプセルを開けながら、私は切られた言葉を引き継ぐ。
「でも、アイツらに取れない手段が、私達にある」
弾力のある淡い赤色の球体が手に転がる。
そして――私は一思いに、球体を喉元に押し当てる。
曝け出された薄い皮膚へ押し込むと、それは潰れるわけでもなく、ただ行為に基づく。
「…………」
「ガ……ァ」
針で刺されたかのように熱く、痛みが芽生える。その頃には手に球体は残っていなくて。
能力そのものが――私に根を張った。
「――ァァァァァアアアアアアアッッ!!」
血管という血管が、張り巡らされた神経が全感覚が全てが地獄めいた針の山にぶち抜かれていく。
異物が入っていくんじゃない、私自身が何かの異物になっていくような。
喉を爪牙で掻き毟られる。
喉を爪牙で掻き毟られる。
喉を爪牙で掻き毟られる。
喉を――。
「ハァッ……ハァッ……ァ」
「落ち着いたかい」
熱源をほじくり返さないよう抱きかかえた腕からは、爪が深々と食い込んでいる。
膝を折って俯いた視界には、透明な液体と血が混ざりあって溜まっていた。
口元を拭い、私は立ち上がった。
喉が痛い。さっきみたいな外的な痛みは引いたけど、どれだけ吼えていたのやら。
喉の渇きに、思わず指先の血を舐める。
「無事に済んで何よりだよ。《強欲の吸血鬼》」
「無事? これの、いったいどこが無事なの」
掠れ気味な声を誤魔化すように私は立ち上がって、表情のない姉さんを睨みつける。
彼女は身じろぎ一つせず、まっすぐと見下ろしてきた。
私の拳に力が入るのが分かる。
些か長すぎる間を取って、私達は牽制し合う。ずっとずっとこんなのばかりだ。殺伐としていく姉妹喧嘩、誰も止めてくれやしない。
「無事だよ。『縫合』を済ませて生きているだけで幸運、気が狂わないだけ上々だ」
「……ッ。そういう姉さんは、どうせ余裕だったんでしょ。言っとくけど、この能力を今試したって良いんだから」
「…………」
眉を落とす姉さんの表情は、一瞬あからさまに曇った。
「何」
「いいや」
踵を返すと、私達が歩いてきた階段を上がり始める。
ここまで一本道。居心地は悪いけど、仕方なく後を追い掛けた。
普段ならもっと適当に言い返してくるくせに。身内が情けないからって……そこまで途端に、愛想を尽かすものかな。
本当の身内なら。って話か。
「これは負け惜しみだけど――」
階段を音もなく進む姉さんは、歩みを止めずに告ぐ。
いつものなんでもないような言い方じゃない、含みを持たせる、棘ついた声だった。
「――月は狂気を内包するものだよ」
言葉を返せずにいるまま、日差しが見える。私は深々と外套のフードを被った。
出口は空き地に繋がっている。周りにはひと気はない、生活の痕跡全てが消し去られた街だ。
死んだ街でも平等に、太陽は視線を向ける。
陽だまりに立ち止まった姉さんの髪が、鮮やかに輝いた。
祝福を受けた彼女の金髪は目を細める程綺麗に照りつく。手足をスラリと見せる丁寧な装いは、明白な色合いを纏って木枯銀河個人の印象を強く見せる。着ている服だってそう特別なものでもないのに。
日差しに照らされてるだけで、こんなにも。
「さ、行こう。検査と手当てを済ませなくちゃ」
身体をゆっくり振り向かせ、姉さんは手を伸ばす。
「……子供扱い」
「弱ったな。私の――この能力は、まだ未熟なんだよ。触れてなくちゃ、どうにも」
色味のない蛍光灯と容赦のない太陽光とで、こんなに表情は変わるものか。
私は差し出された手へゆっくりと伸ばす。
影からはみ出て、手先がじんわりと熱を持った。
「ほら」
姉さんの白く細い腕が私の手首を掴むと、思い切り引き寄せられる。
一瞬地面から足が離れて、それから永い間、浮遊感に苛まれるような錯覚があった。
白い光が視界にあって、世界は明転する。
そこは山奥にある病院……姉さん曰くサナトリウムというらしいそれを、模した基地だった。
私達は月の上に座して、サナトリウムの入口正面に現れた。
「さ、行こうか」
「……うん」
嫌味みたいにずっと白い建物の中、ちらほらと視線を受けながらも姉さんは迷わず進む。
周りは異種族や能力者に限られている。どんな見た目でも目立ったりなんてしないけど、だからこそ姉さんは、少し悪目立ちしているように見えた。
入ってすぐの広間を横切ると、廊下の突き当たりで止まった。ボタンの見当たらないエレベーターがそこにはあって、ボタンの代わりにパネルがある。
広間を抜ければ途端にひと気はなくなって、一気に静まる感じがした。
姉さんがパネルに掌を合わせると、エレベーターは音もなく開く。
そう長くない間運ばれて、扉が開くと一気に輝度が下がった。
窓がないのだ。きっと地下なんだろう。私は姉さんに続く。
廊下の脇には扉が幾つかあるけれど、それは病院というより研究施設の装いが強い。
目もくれずにいれば、正面から一人の大男がやってきた。
二メートル程の巨漢はその肉体を紅で塗ったようで、人相の悪い切れ目といい、ずっと怒っているように見える。黒い礼服に、黒い首輪、それらがとことん不釣り合いな男は、出迎えという様子でもなかった。
「奇遇だね、丁度良かった」
「なんだ」
姉さんは男を引き留める。私は全然話したことがないけど、銀狼隊幹部――
すれ違うにも苦労する赤い巨躯は、強い目付きで姉さんを見下ろす。
「あの二匹の事だよ」
「二匹だと?」
「珍獣と猛獣」
「ああ」
悪戯っぽく笑う姉さんを見て、疑問符を取り消した男。
思い当たるものを見つければ、すぐに応答した。
「巡子は変わらずだ。もうしばらくは起きんだろう」
「まぁ、だろうね。寝相は?」
「数個暴発した。大事には至らんものだ。希少さはよく分からん」
「そう」
随分間抜けた会話だけど、実際のところはうちの幹部の話、結構重要度の高い話題なんだろう。
今、姉さんへ全面的に力を貸している星久里は〈
……コールドスリープともルビを振れるようでいて、実際は自主的にずっと寝ているだけだ。比喩でもなんでもなく、数週間ずっと寝ているだけ。
いったいどんな事情だか。私はつまらない気持ちで耳を傾ける。
「で、猛獣……《
「よく覚えているな」
「あのバカとの付き合いは残念ながら伊達じゃなくてね。それで、問題はない?」
「ああ。そのバカの隣でずっと寝ている。いや、寝ているように見えるが、実際のところは分からん」
「《
「その発言に信憑性はあるのか?」
「……」
「……」
「……」
星久里巡子に信憑性とか、組み合わせるまでもないアンマッチさだ。
「何かあれば止めてやってくれ。動きだろうと息の根だろうと、好きな方で構わない」
「フン……」
鼻を鳴らして横切る男。話は終わりと態度で示す彼だが、姉さんは去り行く背中に呼び掛けた。
「何処へ?」
「阿呆の回収だ。……そうだな、一応伝えておこう」
彼は足を止めると首だけ振り向かせる。
刃物のような目つきに、心がザワついた。
「伝言だ。『ジッとしているだけなら第三世代の意味もない――こんな作戦に使われるなんて、ツキがなかった』……ここで俺を引き留めれば、その分だけ計画にズレが生じるぞ」
「その口振りは《七つ身》だね。了解した、手に余れば私が行こう」
「それと……狂犬の躾はしておけ。口枷があろうと視線が雄弁では話にならん」
「ハハハ」
男は去っていく。エレベーターのパネルは彼の手だと大層窮屈そうだ。
笑みを貼り付けた姉さんは再び歩き出した。
「……ま、顔に出過ぎだよ」
「何が?」
「そんなに彼の事が嫌い? 規則に従順で、文武に富んだ良い仲間じゃないか」
知っているくせに。
規則なんて、居れるだけの最低限しか興味ないし、学もない。私にあるのは人を憎む爪牙だけ。
姉さんと、姉さんの元に募った皆だけが仲間。それ以外は、どうでもいい。