白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
ーー銀狼隊戦闘部・一年
椛野(かばの)穂咲(ほざき)・赤毛の少女。〈種子〉
小森(こもり)蜜歌(みつか)・桃毛の人狼。〈桜援〉
土内(どない)游游(ゆうゆう)・黄緑髪の両性。《植人》

ーー銀狼隊支援部
住河木(すみがき)寿樹(ひさき)・淡黄目の少年。


第十七話 不可思議な立てこもり

 寂れた市民体育館の扉を開けると、葉の青い匂いとカビの乾いた臭いが混ざり合って鼻に舞い込む。

 正面突き当たりには、自分の前に女児四人を並ばせた仮面の悪魔と、それら五人よりも少し前に出た女性の悪魔がいる。

 女児は皆怯えた様子。今にも泣き出してしまいそうな表情に、私が開けた扉から光が被さった。

 対して悪魔二人。

 仮面の方はカラスめいた黒羽を携え、右手には銀色のクローナイフを嵌めている。仮面は、目の穴だけが開いた白い仮面……異様に不気味だった。

 女性の方は澄んだ灰色の瞳を持つ、大鎌持ちの悪魔。側頭部に二本一対の赤紫の角を宿している。禍々しくうねる角は他の有角種族で見た事のない形状で、種族を如実に明かしていた。

 角付きの種族となれば一瞬竜人が思い浮かぶが、発達した角を持つのなら表皮にも影響があるに違いない。彼女は見るからに滑らかな表皮を持つ。

「あら。よっぽど待たせて子供が三人……」

 女性の悪魔が口を開いた。余韻の残る、何処かうっとりとした喋り方だ。

 私達と悪魔達の距離は……五十メートル走よりも少し短いかな。女性は後ろ手に持った漆黒の大鎌の内側に、女児四人を留めていて、仮面の方もクローナイフを嵌めた手を人質に向け牽制してくる。

「勢いで来ましたが、仕掛けるには程遠き距離」

 私の種子でも届かない。

 ヘタなことをすれば四人の未来はない。だから警察も手をこまねいていたのだ。

「……私に任せてほしい。もしも駄目そうだったら、実力行使」

 この時、向いてる向いてないの勘定があったかと言われれば、後付けだったと思う。

「構いませんよ。説得は、げに素晴らしき向いてなさを誇るので」

 でしょうね。

「私も……。椛野さんに、任せるよ」

 表情は分からないけれど、小森さんのか細い声は力なく震えていた。

 一歩近付く。

 クローナイフの切先が向けられた。ほんの少し、安心する。

「どんな用で来たのかしらぁ……」

「月桜直下警備部隊、銀狼隊。貴方達は?」

 数十メートル先へ声を届かせるのは意外と力が要るものだ。

 人の声を忘れて久しい体育館に、私の声が反響した。

「私達……?」

「貴方達の目的は何。貴方達はどうして、その子達を脅かしているの」

 近くに保育園があるのだろうか。水色のスモックに身を包んだ四人は、最早声も出ないようだった。

 顔ごと視線を彷徨わせる子もいれば、私へ穴を空けようと見つめる子もいる。

 その子らに意識を配れば、柔和を通り越して妖艶な笑みを形作る鎌持ちの女性が視界に入った。優しそうに見えるのは見た目だけ、見た目で判別は出来ないか。

 でもそれならば。

「逆に、どう思っているの?」

「……」

「子供を捕まえちゃった悪魔二人を、えーい成敗って心積もりだった?」

「貴方がその子を傷付けるなら、そうかもね。でも貴方に目的があるなら聞くつもり。目的は何」

 聞きそびれてしまわないように。例え敵対する羽目になっても、相手を知らないまま戦いたくはない。

 吸血鬼の女の子が一瞬、通り過ぎたような気がした。

「……早く答えて」

「そうねえ。そんなに興味持ってる子、初めてだもの。良いわ、話してあげる……」

 ゆったりと鎌を子供から離していき、かと思えば悪魔は、思い切り刃を地面へ突き立てた。

 そのまま手を離し、角度の付いた持ち手に腰を掛ける。何処か淫靡な雰囲気を漂わせて、彼女は突き立った鎌へ背中を預けた。

「凄まじき切れ味」

 元は体育館だから、刃を突き立てるのは難しくもないだろう。ただ一歩間違えれば床が崩れそうなものだ。

 即ち重心の制御に長けているか、そもそも相当軽いか。どちらにせよ人並みを外れた大鎌使い、人質を抜きにしても敵に回したくはない。

「貴方、方々で悪魔がどのように扱われてるかは知ってる?」

「国内なら……あまり快くは思われてないとだけ。海外は知らない」

「充分よ。充分だけど不完全。七十九点ってところだわ」

 丸い灰色の瞳が細まる。一見優しい微笑みだというのに、彼女の振舞いは一挙手一投足が毒気を欠かないものだった。

「『あまり快くは思われてない』……貴方流のオブラートかしらぁ……。事実貴方がそう思っていたのだとしたら、それはただ単に表面化されていないだけよ?」

「……」

 悪魔は右腕を空中へ伸ばし、もう片方の手で艶やかに袖をめくった。

 右腕の白く華奢な形は、ヴェールを剥ぐと、見るも無残な傷痕が露わとなる。

 ズタズタに切り裂かれたであろう切り傷が所狭しと、右腕に残っていた。

「悪魔を傷付ける事と人権に反することはイコールではないの。別にここは、悪魔をどの異種族に変えてもそう例外はないわ」

「報復のつもり?」

「いいえ。訴えたいだけよ。これからの同胞がより良く生きられる為の殉教。少女四人の命と、悪魔の保護法……どちらに天秤が傾くのでしょうね?」

 右腕を力なくぶら下げると、袖で傷痕も隠される。

「種族差別が無くならない限り、生存競争は終わらないわ」

 立ち上がると、破片一つ出さない慎ましやかな手際で、彼女は鎌を抜いた。

「目的は言ったわよ」

「……その子達は関係ないでしょう」

「……それを確かめる為だけに話を聞いたの。律儀なのねぇ」

 ふと私は、自分の掌を見つめた。

 既視感のせいで集中出来ていないのだろう、ただ自分の掌の大きさを確かめて、しばし無言の時間が続いた。

 なんて因果なのだろう。

「その子達を傷付ける理由にはならない。そもそも……それならどうして、早くに手を出さなかったの?」

「もっと人が集まらなきゃ意味がないもの。その集まった人だって、貴方達のような子供だけどね」

 私はもう一歩近付く。

 奥の方で、仮面の悪魔が私を睨んだような気がした。

 両手を挙げる。間違っても攻撃に見えないよう、ゆっくりと。

「椛野さん……?」

「ふむ」

 鎌を持ったまま、女性は小首を傾げる。

 

「人質がほしいなら私が人質になるわ」

 

「……へえ?」

「貴方の戦う理由は分かった。ただの暴力で解決出来ないという事も。でも、それは小さい子の記憶にトラウマを植え付ける理由にはならないでしょう?」

 悪魔は表情を吊り上げる。覗かせる牙は確かにらしい(・・・)もので、何処か恍惚としたものさえ感じさせる。

「や、やめようよ椛野さん。私も戦うからっ」

「大丈夫。慣れてる」

「慣れっ……」

 呟くような声で、背後の狼人と話す。表情豊かな彼女の事だ、きっと大層な顔になっていそうなものだが、それはそれで好都合。

 悪魔を罠に嵌めようってわけではないのだし。

「住河木先輩『人質が無傷のまま無力化してください』って言ってたよね。あの子達を解放して、代わりに私を捕まえるんだったら、無力化になる。……だって、被害は何も出てないでしょ」

「でも……」

「でも、貴女能力者でしょう……? さもなくば、こんなところへ放り込まれないもの」

 遮ったのはゆっくりと歩み寄る女性の悪魔。

 言い分はもっともだ。

「なら目でも足でも縛ればいい」

 瞼を閉じて視界を暗転させる。

 足場の周りが崩落したような、寄る辺の無い浮遊感を微かに感じた。

 緊張も程々に、近付く足音が聞こえる。

「貴方……正気?」

 間延びした声に首を傾げるイメージが思い浮かんだ。

「ここで私を殺すなら、貴方は人を騙す悪魔でしかないもの」

「へえ……でも、お仲間は快く思っていないみたいよ? 本当に騙しているのはどっちなのかしら」

「……」

 今すぐ子供達を解放してあげたい。

 ……なら。

「それなら、人質の子供達と彼女ら二人をこの場から出せばいい」

「……滅茶苦茶言うわねぇ貴方」

 クツクツと笑い声。後ろから何か声が聞こえてくるけど、思うように拾い上げられない。

「そもそも私は、貴方を人質にする理由なんてないのよ?」

「しなければ全力で貴方達の敵に回る。お勧めはしないけど」

 交渉に切札はあるけど、あまり使いたくもない。不愉快なものに縋ることとなる。

 目を開ければ、最早眼前に悪魔が近付いていた。

 鎌の間合だが、一瞬でもやり過ごせれば……子供達の方へ駆け、種子を使って仮面の悪魔を突き飛ばす事が出来るだろう。

「――!」

 ……? 何か聞こえた。男の人の声だ。

「先輩!?」

 今度は小森さんの声。思わず振り返る。あまりに切羽詰まっていた声色だった。

 彼女は一目散に体育館を出ていく。

 さしもの立てこもり犯も扉の先を見つめているようで、何を考えているかは分からないが、眉の下がり方から芳しくない事が起きているようだ。

 ……小森さんのブラフか。否か。

 どちらにせよ。この機に乗じてあの子達を助ける。

 彼女が鎌を持っていない左手へ潜り込み、通りすがろうと走る。

 地面が、崩れた。

「え……」

 一度の大きな衝撃で、老朽化した足場が崩された。

 女性が踏み込んだことで、そして私が踏み込んだから、左足が持っていかれる。

「しまっ……!」

「ちょっと待ってねぇ、椛野(・・)ちゃん」

「…………!」

 

 

 三人の学生が閉鎖された市民体育館に入った直後。

 無精ひげを蓄えた一人の警官と、小柄な淡黄色の少年は並び合って扉を見守る。

「本日は都合を付けてくれてありがとうございます」

「気にしなさんな、少年。引退した身だが、若い頃はよく銀狼隊に助けられたものだ」

 よく見てみればこの警官の他も、中年以降の編成で集められている。

 現場に出てくるのは不思議なことではないにしろ、集められた班全員が、というのは恣意的なものを感じざるを得ない。

「この場に集まって貰った皆さんは、もう既に引退しているんですよね……」

 三人を送り出した二年生にして銀狼隊支援部、住河木(すみがき)寿樹(ひさき)は、ふと辺りを見渡す。

 一見やる気のなさそうな者もいれば、活力に満ちた者もいる。

 それも、只者ではないと思わせる落ち着きだけは共通していた。

「この国で警官をやるのも一苦労じゃすまない……特に共存派の肩身は、いつだって狭えもんでな。私に限っちゃ、娘が産まれたからってのもあるが」

 懐っこい笑みを浮かべると、男は左手を見せつける。

 銀色の艶やかな指輪を確認すると、住河木の表情も綻ぶ。

「しっかしまぁー、今回は随分と大がかりだな。ええ?」

「ですね……うちの方針で判断したいんです。うちの方針で、前線に立てる人かどうかを早く判断したいんです」

「なんかあったのか」

 そういえば、今回集まって貰ったのも二つ返事だったか。苦笑すると、少年は頷く。

「まぁ色々と。隊長の欠番に伴って、早く戦力を安定させたいんです」

「代理でおったてるわけにもいかないか。いつの時代も難儀らしい」

 度量のある笑いを零す男だったが。

 瞬時に笑みが消滅する。

「…………」

「ど、どうしました」

「もう迎えを寄越しているのか?」

 問いの意図を測りかね、困惑した表情で首を横に振る。

 不穏な空気がほんの僅かに。しかし毒霧の如く致命的なそれは、周囲の引退した者達へ伝播していった。

 つかみどころのない違和感を探って、男は視線を四方へ散らす。

 その瞬間、男の眼には――住河木の背後の景色がズレ(・・)たように思えた。

「アブねぇッ!」

 男は少年のシャツをひっ掴むと、後ろへ軽々放り投げる。

 そして、男の胸から、鮮血が噴き出した――。

 

 

 桃毛の人狼、小森蜜歌が一目散に入口へ戻ると、そこは身の毛がよだつ一方的な暴力に満ちていた。

 形だけのエアガンを捨て、武器一つ携帯していない引退警官が総じて辺りを見回し、一人一人が血を吹き出して崩れ往く様。

 幾人かは警備組織とは言え非戦闘員の少年を守る為に陣形を組んでいるが、それも見えない何かに崩されてゆく。

 奇怪な断末魔の連なりに、少女は後退る。

「逃げな嬢ちゃん!」

 胸から夥しい程の赤を垂らしても尚、叫ぶ男がいた。

 彼は強く自分の傷口を押さえているが、口からも零れる血液に、悪しき想像が連なっていく。

 見るからに、彼が最も傷を負っていた。

「……っ」

 鬼気迫る瞳から背き、少女の眼には地面が見えた。

 怒号に混じった苦しみ喘ぐ声は、段々と存在感が増していく。

 たまらず瞼を閉じてもより鮮明になるばかり。

 これも試験なのか。

 自問し――少女は顔を上げる。

 駆け出していた。

 大の大人が惑う空間を、四足疾走で抜き去っていく。

 目的地は重傷の男。桃色の弾丸は交錯した群衆を意に介さず着弾して見せた。

「傷、見せてくださいっ」

 

 

 土内さん、そして人質を取っていたはずの悪魔二人と共に、小森さんの後を追う。

「これは……!?」

「凄まじき光景。なにかしらに翻弄されているようですが、姿を現しき者の仕業ではないようです」

 多くの警官が血を流し、見えない誰かと戦っている。

 警官数人に囲まれた住河木先輩と、警官の胸に手を押し当て、〈桜援〉で治癒している小森さん。

「試験どころじゃないわねえ」

 鎌を携え、前に出ていく女性の悪魔。状況に乗り気な彼女だが、姿の見えない相手には大鎌も躊躇いが見える。

 どういう状況なのか、誰かに聞けたらいいけれど、とてもそんな状態じゃない。

 ふと、地面に落ちていた銃が一丁消える。

「……?」

 小さな発砲音。そして女性の操る鎌から金属音が鳴り響く。

 音はほぼ同時に起こり、安否を確認するが、どうやら涼しげな顔。

 鎌の刃を自分の顔に重ね、何かしら……音からして銃弾から身を守ったのだろう。

 しかし音が軽い。

 情報量が多い。情報の無い敵だからこそ、情報は集めても集めても足りない。

「――皆さん!」

 堰を切ったように、住河木先輩の声が響く。

 怒号に打たれようと、断末魔に遮られようと、私達の耳にそれは届く。

「敵は一人、身に付けている物ごと姿を消す手段があります!」

 淡黄色の瞳が人々を縫って、私を射抜く。

「明確な攻撃行為。野放しにしてはおけません――無力化を依頼します!」

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