白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
ーー銀狼隊戦闘部・一年
椛野(かばの)穂咲(ほざき)・赤毛の少女。〈種子〉
小森(こもり)蜜歌(みつか)・桃毛の人狼。〈桜援〉
土内(どない)游游(ゆうゆう)・黄緑髪の両性。《植人》

ーー銀狼隊支援部
住河木(すみがき)寿樹(ひさき)・淡黄目の少年。
朽羽(くちば)那由多(なゆた)・三つ編みの少年。


第十八話 不可視な辻斬り (付記・能力考察)

 住河木先輩の言葉を受けて、悪魔二人は瞬時に動いた。

春秦(はるはた)ちゃん? 怪我人お願いねぇ」

「わっかりましたよーっ!」

 仮面の奥からハツラツとした女の子の声が聞こえて、思わず肩が跳ねる。

 春秦、と呼ばれた少女は指に嵌めたクローナイフを放り出し、仮面を投げ捨て、黒い翼を千切り捨てる。

 ちぎっては、投げ。

「凶器は拾われるわよぉ」

「ぉあーっそうでした!」

 露わとなったのは青髪青目のショートカット。一見クールな風貌だが、いそいそと武器を拾い上げる様子に平然さはない。

「貴方達は……ふふ、足を引っ張らないで頂戴ねぇ?」

 悠然とした灰色目の悪魔。こちらに微笑みかけたかと思えば、一瞬で目付きが変わり、再び鎌から金属音が鳴る。

 今度は見えた。跳ねて地面に落ちるBB弾が。

「エアガン……」

「実銃はここにはないわぁ」

 鎌を構え直す……鎌を整えると、彼女は地面に視線を送る。

 そこには投げ出された拳銃。無論春秦さんが放り出した物の一つではない。

「ぐぁぁっ!」

「……っ」

 住河木先輩を守る警官が次々と血を流す。

 警官へ攻撃するほんの一瞬、透明となっている敵の姿が露わになっている。それも曖昧な身体の輪郭だけで、水面に映った人型程度の情報量でしかない。

 そのおかげか、すんでのところで致命傷を回避しているようだが、長くは続かないだろう。

「先ずは戦えない人を一纏めにしよう。土内さん」

「私が保護役ですね。適任でしょう」

「よろしく。……えっと」

 青髪の少女を見るが。さて、どう扱ったものか。

「ぼくは戦えないですけど、怪我人なら任してくださいっ」

 土内さんへ目配せし、私達は行動に移る。

 住河木先輩は土内さん達に任せるとして、小森さんとの合流だ。

 彼女は警官の治療に励んでいるが、不可視の妨害により今も傷を増やしている。

 ……砂利を踏む音。

「っ!」

 思い切って背後を蹴り突く。

 が、手ごたえはない。

 今までとは一変、わざとらしい程の足音が周囲に駆けまわる。

「そう来るなら容赦しないわよぉ」

 横薙ぎに振られる大鎌。割と私の身体スレスレで背筋が冷える。

 が、あまりに易々と振り抜かれてしまったということは。

「あらぁ。小さいのねぇ、思ったよりも……」

 何かを引き摺るような音を奏で、私達の周囲を駆けまわる敵。

 音が多い。小石や小枝が弾かれる音は、たった一人の人間が出せる量じゃない。

人間(能力)じゃない……種族特性?」

 思考整理に呟いて、音が消えた事に気付く。

 傷付いた警官を保護していく土内さん、春秦さん。両腕を植物化させて警戒をしている彼らに刃は迫っていないようだ。

 人が掃けていった空間、狙いどころはそう多くない。住河木先輩も土内さんと合流し、そう易々と害せるような状態じゃなかった。

 音の行方は限られる。

「小森さん!」

 声を上げた時には遅かった。

 桜の花弁で懸命に治療している小森さんへ、凶刃が忍び寄る。片腕で怪我人を抱えるようにしていた彼女に、咄嗟に躱せる術はない。

 身を屈め、あくまでも怪我人を守り……彼女の背中から血飛沫が舞う。

「っ……ぅぅう!」

 噛み締めた先から漏れ出る唸り声。桃毛が赤色に汚れていく。

 心が軋んだような気がした。

 瞬間、大鎌が小森さんを縁取るように空間を裂いた。

「ご苦労様。ちょっと運ぶわよぉ」

 彼女はそう言うと――前触れなく鎌を放り投げた。

 大鎌は回転しながらグングンと空へ向かっていく。その間、女性は小森さんと怪我人の男性を一気に抱え、私の背後にある防衛ラインに突っ込んできた。

 わざわざ私とすれ違うように進むということは、即ち。

 地面に注視する。足音があるなら相手は飛行していない。

 そして攻撃の瞬間、不可視に引っ張られ――空間がズレる。

「っ――やっと手応えあり、ね」

 進路がほんの僅かにズレを見せたところへ、コンパクトな蹴りを放つ。

 ようやく明確な感触を覚え、無事に小森さん達も土内さんが形成した植物性バリゲードの内側に届けられた。

 風音が聞こえる。

 見上げてみれば黒き刃――投擲された大鎌が、皆のいる空間へ、螺旋しながら落下しているところだった。

 身構えるのも束の間。女性の悪魔は悠々と跳躍し、世界がスローに見えているのかと錯覚する程、なんでもないように持ち手をキャッチした。

 ……敵に鎌を触らせない為に、そこまで。

「さぁて、住河木ちゃんが増援を呼んだわぁ。投降しなさい」

 風が吹く。涼風に運ばれた曇り空からは、雨の匂いがした。

 通りすがる木の葉が一枚消える。

 ここだ。

 最後に木の葉が見えた地点へ枝木を放つ。

 物を沿うように放った枝木は何かを絡め取り、沈黙する。丸い何か、位置的には人間の腕らしきものを、私の枝木は捕らえた。

「能力物質は消えないわけ……」

 有無を言わさぬ反応速度で大鎌片手に女性が駆け出す。薄ら寒さを感じたのは、涼風のせいか躊躇のなさか、分からなくなる。

 景色がズレると同時に枝木が切り裂かれ、私からの命令を受け付けなくなった枝が地面へ打ち捨てられる。

 それだけの猶予があれば充分だったらしい。数えることすら不毛な、流れる鎌撃が不可視の敵を襲う。一人で舞うように、鎌は切れ目なく斬撃を繰り出していった。

 あれでは連携も何もない。

「アハッ……今少し当たったかしらぁ!」

 彼女の目には見えているのか? そう疑わざるを得ない、信じ切った立ち振る舞いだ。彼女の言った通り、鎌の先から液体が跳ねたのが見えた。

 ……そうだ、ここで追い詰める。立ち尽くして終わるな私!

 女性の進行方向先の両脇を二つの枝木で埋めていく。左右へ逃がさない為の牽制。

 それは時折鎌で断ち切られている。巻き添えにしても、彼女は直進で速度をあげていった。

「あれ…………」

 違和感。

 

 女性の眼前、再三景色がズレて――バツン。と、初めて聞くような音に、鳥肌が立った。

 背後の皆から声が湧く。

 鎌を進行方向に突き立てて急ブレーキをした女性、彼女の片足が……横たわっていた。

「……失敗したわね」

「ッ――!」

 心が、軋んだような。

 咄嗟に女性の眼前を枝木で塞ぐ。追撃があれば、絶対に阻止しなくてはならない。

 幸いにも、不穏にも、場面は静まった。

 右足を失った彼女は今も血を溢れさせ、息を薄く研いでいる。

 背後から春秦さんの声が聞こえる。

百合(ゆり)ちゃんっ!」

「平気よ。貴方、そう、椛野ちゃん。私の足を取って」

 鎌を支えに姿勢を直す、百合と呼ばれた女性。

 私は無残に転がった足へ走る。膝から先が嘘みたいに鎮座している様子に、嫌悪感が心臓を掻き毟った。

 怒りと嫌悪感が綯い交ぜになって、行動一つに理性的な思考が入らない。

 直感で駆けた勢いのまま足を振り抜き、硬い何かを蹴ったような気がして、すぐさま疾走再開。

 足を掴み上げると、断面から零れる血で手が赤く染まる。

「こっちに投げて頂戴」

 百合さんには、ナニカが背中から生えていた。

 形式上、翼としか言いようがないそれは、黒いすりガラスのように半透明で、シルエットだけなら蝙蝠というか……あの吸血鬼の少女が持つ翼と近しい。

 悪魔の翼。

 投げる瞬間、足に接した違和感を反射的に躱し、改めて投げ渡す。

 その間、視界の端に桃毛の人狼が近付いているのが分かった。

「なんで……もう大丈夫なの」

「平気ですっちょっと貸して!」

 慌てた様子で、小森さんは私の右手を取る。

 彼女の毛を更に血で汚してしまう。それに、今はあまり呑気にしてもいられないのだが。

 引き寄せついでに、彼女は私の耳をくすぐって来る。

「大丈夫。どうしてかは分からないけど、攻撃するのは間隔があるみたい」

「……? 数えてたの」

 答えることなく、小森さんは私の右手に口付ける。

 いやそんな勢いだったけど、何度も息が掛かり、嗅いでいるのだと分かる。

 そうと気付けば反射的に手を引っ込めそうになるが、彼女の真剣な表情に踏みとどまった。

 チラりと百合さんの方を見てみれば、彼女は切断面を合わせた上から布で縛り上げ、見てくれだけなら元の状態に戻っている。かと思えば一度羽ばたき、数十センチ浮かび始めた。

「……」

 私の手を握る小森さんの手から力が失われていく。

 彼女は左右を見渡した後、パッと手を離し……何もない空間へその爪を放った。

「グッ……」

 空間が喋った。

 いや。

 風景がズレる前の、完全なる不可視な敵を、小森蜜歌は捉えたのだ。

「あの人の血の匂い……逃がしません!」

 闘気に満ちた小森さんの姿を、私は初めて見る。

 痛々しく切り裂かれた背中の服。今は癒えていても、傷の記憶は鮮明だろう。

「……私達で、やろう」

「うんっ」

「あらぁ、私も混ぜて頂戴な」

 背負うように鎌を持った百合さんも横に並ぶ。

 小森さんの睨む空間は次第にブレていき、人型を成していく。

 ようやく、不鮮明な人影は姿を現した。

 緑色の肌は爬虫類めいた凹凸がある。首には黒い輪が貼り付いていて、髪は虹色、横ではなく縦にグラデーションが掛かった短髪だ。相当目立つ彼の機能が透明化とは、随分と。

「ん……」

 疑問がつい漏れる。

 彼の両手は空いていた。周囲には何も落ちていない。

 刃物がないのだ。百合さんの足を両断できるはずの武器が、何処にも。

 冷たい目を向け、彼は呟くように話す。

「ツキがなかったな……俺もお前らも……」

「……貴方の目的は何」

「殺害」

 淀みなく、男は答えた。

 さも当然かのように。

「――ッ、どうして」

「『第三世代』として示しがつかねえんだよな……俺ら……」

 第三世代……何かの用語、だろうか。

 百合さんに視線を送るが、やや退屈げな顔があるだけだった。

 ダウナーな喋りに、ここで戦いが終わるかとも思えた。

「お前ら『第二世代』には会ったか?」

「言葉の意味が分からない。能力を二つ持つ人間なら出会ったけど」

「ソイツの話はすんな……ツキがなかったな……俺」

 なんというか、支離滅裂だ。

 でも事実、切り捨てることの出来ない魔力を言葉に孕んでいた。系統にしては――認めたくはない、認めたくはないけれど、星久里巡子のような、唯我故の不気味さが宿っているように思う。

 腹の底から価値観が、チグハグ。

「大成功作とかさ……確か《穢れた神話》とか言われてるだろ」

「っ知ってるの!?」

「俺アイツ大嫌いだからなぁ……知ってるよそりゃあ……」

 ガシガシと虹色の髪を無造作に掻く。

 男はひたすらに掻き続ける。

「『第二世代』の最高傑作がさぁ……なんもしねぇでやんの……ツキがなかった……本当にツキがなかったよ……」

 男の髪に赤が染み渡っていく。

 段々と声が震え、それすら吹き抜ける涼風に押し流されながらも、男は続ける。

 私達は動けないでいる。

「だから俺はここに来たんだよ……」

 初めは目眩だと思った。しかし違った。

 男の輪郭が陽炎の如くブレた後、瞬時に皮膚は赤色へ変色していた。

「もう、全てぶち壊す……第三贋造種に懸けて」

 男は瞬時に膨張する。

 右肩が膨れては弾け、左肩がそれを追い、両脚が図体を押し上げて。

 

 形取るのは失われたはずの種族。

 腕と一体化した翼。鱗の延長線にある無数の棘。

 何処かの世界と入れ替わってしまったようなその存在は――ワイバーン。

 ズシンと、常識の根底が揺れる音がした。

 

 人狼は呟く。

「……嘘」

 視界の端の桃色が、後ろへ消えていく。幻想へ釘付けになって、少女の姿を追うことが出来ない。

 人の身体で奴の眼前に立ってはいけない。

 倫理的ではない獰猛。

 論理的ではない倔強。

 掌理に背き、節理を踏みにじった、背理的生命。

 制圧のカタチ。

 星久里巡子が能力嘲る道化ならば、この男――この存在は、ありとあらゆる種の冠なのではないか。

 ワイバーンの吐息がカウントダウンに聞こえる。処刑台がギロチンを上げる音、拳銃の撃鉄が起きる音のような。

「竜狩りねぇ……今の状態で出来るかしらぁ」

「いや……なに、を」

「だってそうでしょう? やらなくちゃいけないわぁ」

 穏やかな声色は変わらない。

 やらなければいけない。そんな義務感は私の動力。

 でも、これは不可能だ。私の今の力じゃ、太刀打ちなんて出来ない。

 たかだか人を倒す為の技には、ワイバーンに出会った時の対策なんてない。

 ……技ではなく、能力ならば。

「くるわよぉっ!」

 ワイバーンは両腕で羽ばたき、そして――左目が炸裂した。

「GRAAAAAAA――ッ」

 何かが飛んできて、ワイバーンの瞳は潰れた。血と化して爆ぜた。

 偶然? いや。

 『住河木ちゃんが増援を呼んだわぁ』――あれがブラフじゃないのなら。

 咆哮轟く最中に別種の激音が瞬いた。

 思わず両手で耳を塞ぎ、何かが砕け散ったような音のした方を盗み見る。

 そこには涼風が。

 その原因が。

「全く……随分なトラブルメーカーだよね。君は」

 灰色の三つ編み、赤と青の混ざった瞳。

 ばらまかれた氷片の中央に、着地体制の朽羽那由多が居た。

「先輩っ!」

「夜桜さんが援護に入っている。今のうちに退避だ!」

 そんな彼も息は絶え絶え。服も土で汚れていて、切羽詰まっているのはこの場以外に要因があるのだと分かる。

 頷いた時、その要因が暴力的に、現れた。

 朽羽先輩の身体が真横へ吹っ飛ぶ。

 視線すらも振り切った苛烈な速さだった。

 吹っ飛んだ先には、氷の斜面が上に昇っており、それに視線を誘導されれば、市民体育館の天井に先輩は立っていた。朽羽先輩の真後ろには、勢いを殺したらしい氷の壁がある。

「目を離すなッ」

 朽羽先輩は叫ぶ。

 そうだ。

 先輩がいた方へ身体を向き直した瞬間――百合さんと、それが激突する。

 それは赤色の男。二メートルにも迫り、はち切れそうな礼服に身を包んだ巨躯。

 首には黒い輪を身に付けたその男は、鎌の刃を右手で挟み拮抗している。

「銀狼隊幹部。ついでに蹴散らすには骨だったな……」

 低く落ち着きのある声の主は、今にも暴れ散らしそうなワイバーンを見ても眉一つ動かさない。

「戻るぞ《七つ身》……癇癪は終わりだ」

 

 

「良かったんですか。帰しても」

 緑肌の爬虫人と赤肌の大男の背を見送って数分。

 市民体育館の入口になっている石の階段に、朽羽先輩が座っている。

 この場にいるのはBチームと百合さん、春秦さん、そして支援部二人の計七人。

 小森さんは少し遠くで、ぼんやりとしている。そっとしておいた方がいいのだろうか、掛ける言葉が見つからないのでどうにも出来ないけれど。

「戦いたかった?」

「いえ、まぁ……」

「私は構わなかったわよぉ? あれら両方は手が余っちゃうけれど」

 百合さんも同じく腰掛け、右膝に巻いた布を外す。すっかり血に染まったそれを取ると……滑らかな足が露わになった。

 切られた痕なんてどこにもない。いつの間にか小森さんか春秦さんが治療した? いや、そんなタイミングは何処にもなかったはずだ。

「なあに?」

「……大丈夫なんですか」

「大丈夫じゃないよーっ! 百合ちゃん傷見せてくださいっ、大変大変!」

「大丈夫よぉ……」

 春秦さんがわたわたと。黙っていれば氷か流水かというくらいの冷たさ、我の強さを思わせる顔なのに、忙しなく表情が揺れ動く。

「悪魔だもの。私はねぇ。でも春秦ちゃんは違うわ、貴方と同じ人間よぉ」

「あ……そうだ! 皆さんにやっと自己紹介できますねーっ!」

 ほ、本当に忙しい人だ。

 大人っぽい雰囲気を纏ったり、変人が多い銀狼隊にとっては、かけがえのない逸材かもしれない。

「ぼくは春秦(みこと)、医療部三年ですーっ!」

「私は百合華(ゆりばな)朱利(あかり)。戦闘部と技術部、同じく三年よ」

 ……つまり。

「やはり試験、ということですね。信じ難き妨害が入りましたが」

「あぁ。リークではないと信じたいね」

 苦笑する朽羽先輩。笑いごとではない。

 七つ身と呼ばれていた、異常なる種族……そして桁外れの膂力を有する赤肌の男。作戦らしいものは欠片もなかった。赤肌も癇癪と称していたくらいだ。

 でも、突発的にこんな命の危機が起こるというのか。銀狼隊は、日々。

 まさか。

「リークではないです。僕らの銀狼隊に裏切り者はいません」

 断言したのは住河木先輩。周辺被害を確かめながらも、会話には聞き耳を立てていたらしい。

 仲間を信じる、とか、言ってしまえば若干非合理的な判断基準に朽羽先輩が頷く想像が一切出来ない。

 だから、彼があっさりと受け入れたのは予想外だった。

「それは良かった。第二世代と第三世代……それに《七つ身》。ここで黒豹隊のカードが見つけられたのは幸いだったね。断定頼むよ、住河木君」

「任せてください」

「あ、呆気ないですね」

 思わず口に出してしまうと、そりゃあね、なんて返されてしまう。

 朽羽先輩は立ち上がる。負っていた手傷は春秦さんの能力で癒えたようで、気怠そうにはしているものの、大事はなさそうだ。

「住河木君の能力は何より信用出来る」

「……そんなに凄いんですか?」

 タブレットに情報を打ち込んでいながら、住河木先輩は照れ笑い。

 そして、首を傾げる。

「僕自身が凄いわけじゃないですけどね……僕の能力は〈イコール〉です」

「イコール」

 彼はオウム返しにも快く頷く。

 そして、堂々と彼は言う。

「”椛野さんは人間だが異能を有している、だから能力者である”」

「え? まぁ……」

「はい、これで僕は、貴方が能力者であると確証を得ました」

 ……いまいち意味が分からない。

 表情に出てしまったのか、住河木先輩の笑顔がスンと消える。

 そして、タブレットを盾にして顔を覆う。

「えーっと……?」

「ごめんなさい、僕この能力のせいで説明が苦手なんです……」

「説明が苦手なのは元々だと思うけどね。まぁつまり」

 朽羽先輩が物凄く無慈悲に引き継ぐ。

「彼は仮定を口に出すと、正否の確信(・・・・・)を得るんだ」

「は……」

「まぁ、条件は沢山あります……複数人が真実(こたえ)に関わっているものなら基本確証は得られません。事前に唱えた根拠に応じて確証の度合いは比例していくので、その点もあまり融通は利きませんですが――」

 饒舌になった住河木先輩は、淡い瞳に強い意志を乗せる。

「どんな背中でも、僕は押してあげられます」

「目下、奴らの言う『第二世代』と『第三世代』についてだね」

「はい!」

 ここでまさか。否と答えるのが一人。

「我々は試験の最中につき、目下は第三試験と言えましょう」

「それは、そうね」

 車の準備が出来たらしい。運転手の獣人が呼ぶ声が聞こえる。

 みんなは一様に動き出す。小森さんも、はっきりとしない面持ちだけれど、なんでもなさそうに合流してきた。

「結局この第二試験はどういう扱いになるんですか?」

「言っちゃっていいのぉ? 朽羽ちゃん」

「いや普通によくないけど……ま、乱入するまでのやり取りは、ちゃんと試験として測らせてもらったよ。以降の扱いは難しいところだけど」

 しかし結局、百合華さん……百合華先輩や春秦先輩との直接対決は発生しなかった。他のチームと比べて、あまり印象付けることはできなかったのではないか。

 流れで同じ車に乗ることになった朽羽先輩。住河木先輩は真逆なタイプの女子二人に挟まれてちょっと可哀想だった。

「あの……先輩」

「ん? あぁ、君達が身体以外の異常があるなら試験はやり直すよ。フェアじゃないからね」

「身体に異常があるのも凄まじきアンフェアでは」

「どうせ治せるし」

 すごいやこの幹部。

 いや、私が聞きたいのはそこじゃない。試験の有無は重要だけど、そこは有ると言われるまで引き下がるつもりだった。

「仙慈……いや別のチームって、どうなってるんですか?」

「それこそ言えないかなぁ。同じ試験はやってるよ、金時君喋らなすぎて面白かったね」

 言うなぁ。

「まぁ、黒豹隊の介入がフェアじゃないってのは確かだ。補填ってわけじゃないけど口を滑らそうかな」

「えぇ……」

 走り出した車はやはり速い。いよいよ慣れ始めてしまったことに若干の思うところはある。

 先輩は助手席にいながらも、私達に笑顔を隠しきれていないようだった。

「いやぁ――仙慈君。試験ぶっ壊しちゃったよ。はは!」

「……え?」




【第三回】〈桜援〉

三回目は新進気鋭の第一期本入隊試験者の一人、小森蜜歌の能力だな。
このコーナーでは能力の内容に加えて、分かりやすくメリットとデメリットに分別した内容を解説していくぜ。

桜援(おうえん)
桜の花弁を無数に放つ能力。
花弁に触れたものは補助を得る。

【メリット】
・触れた箇所を治癒出来る
・触れた箇所を身軽にさせる
・大量に出せる
・軌道を自由に操作できる

【デメリット】
・物理的実体がない
・肉球からしか出せない
・自分には効果が及ばない
・治癒の速度は遅い


作中では言及されなかったデメリットが多いな。相対的な要素もあって、小森自身これから自覚していくのかもしれない。
まさに応援。自分には使えない代わりに、味方に戦場で花を持たせるような能力だ。
能力操作の時に頭がラクだから、ここは一概にデメリットとは言えないんだが......特定個人を指定して使用出来ないのは、やっぱり窮屈だろうな。
実際、零距離での使用に絞ってるのは賢明だと思うぜ。

因みに、物理的実体がないと言っても物体をすり抜けたりすることは出来ないんだ。掻き消えちまう。

味方がいなければ光らないような能力に見えるが、あくまでこれは花弁を出す能力だ。
小森がどう向き合って、能力を開花させるかは期待だな。


ここは〈桜援〉に限らない余談なんだが、能力を操作する時に使う頭のキャパシティは案外使うもんなんだ。
例えば、普段何も考えず腕を上げ下げ出来るのは、大脳基底核がオートで色々やってくれてるからなんだが......能力者の中には、ここがオートじゃなくマニュアルの作りになってる奴らがまぁまぁいるんだ。因みに大脳基底核はあくまで喩えで、能力者の脳科学は退廃してるから一例があるかもしれんが、凡例ではないぜ。
〈心剣〉が胸から出すのは疑似オート(感情で剣を打ち、胸から引き抜くまではマニュアル。剣の顕在化はオート)、〈麗人〉は完全オート(ずっと使っても脳の負担は超軽微)、〈桜援〉は操作がマニュアルだ。
いつの日かに椛野が、虎郷に自分の能力を視てもらった時があったが......その時も、リアルタイムで操作する時間が長い程、脳が窮屈そうだったな。
小森の場合も、幾ら大量に出せるからと言って、自分が管理出来ない数を操作するハメになるのは本末転倒だ。訓練を重ねるだけ自然に身に付く動作だから、アイツらが如何に普段能力を使ってなかったかが分かるな。
上記に当てはまらない能力の軌道設定も全然いるんだが......全部の能力に触れていくのはキリが無くなっちまう。仙慈の〈万華の右眼〉は出す直前に全て軌道を設定し終わってる、とだけ触れて、この場を締めておくか。
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