白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
ーー銀狼隊戦闘部・一年
椛野(かばの)穂咲(ほざき)・赤毛の少女。〈種子〉
仙慈(せんじ)寿人(ひさと)・目隠れの少年。〈万華の右眼〉
小森(こもり)蜜歌(みつか)・桃毛の人狼。〈桜援〉
土内(どない)游游(ゆうゆう)・黄緑髪の両性。《植人》
鴻上(こうがみ)(しの)・白インナーの少年。〈影絵〉
霞ヶ浦(かすみがうら)兎子(ばにい)・兎尾の少女。


ーー銀狼隊支援部
真代坂(ましろざか)仁子(にこ)・猫又の少女。

ーー銀狼隊幹部
朽羽(くちば)那由多(なゆた)・三つ編みの少年。


第十九話 アレってさ

 時は遡る。

 同じ手口によって呼び出されたAチーム――仙慈一行は、椛野達が向かったのと同じような距離感で、別の街に存在する取り壊し予定の建物へ運ばれた。

 そこは移転を済ませた銀行がある。勿論のこと各種システムや書類は全て跡形もなく消えており、初めて足を運んだ者にも懐旧を思わせる至上の抜け殻だった。

 窓口受付を背に、素肌を青い紋様が這う一人の男が立っている。

 身体へ巻き付かせるように青を帯びる彼の周囲は、時が固まったかのように静かだった。聴覚の次元にない静寂が、少年らに見て取れた。

 やってきた少年達を一際険しい目付きで睨み付ける男だが、ひるんだのはたった一人。仙慈と霞ヶ浦は眠たげ……さもなくば不機嫌そうな瞳で見つめ返した。

 清潔感と非日常を帯びる薄暗い銀行内、目隠れの少年が知らぬ存ぜぬと歩み始める。

 小声で諫めるのは及び腰の鴻上。だが、耳に届かない。

「ちょ、仙慈……」

 青紋様の男は、足元に四人の女児をひとつに縛りあげて転がしている。

 そして、少年の躊躇いない歩みに痺れを切らし、素足に草履という時代錯誤な厚い足で女児らを踏んづけた。

「――!」

「状況、分からないか」

 言葉を切りながら、男は放つ。女児の表情には苦悶がより濃く浮かび、つぶらな視線が仙慈の両目に届いた。

 否。

 届かなかったからこそ――。

「分かっているさ。貴方が把握している以上に僕はこの場を理解している」

「……? おい」

「分かった上で、僕は憤りに耐え兼ねている」

 青い瞳に、紅き烈怒が渦巻いている。

 遥かな嫌悪だった。顔に筋すら作り、普段同じ顔で不敵な笑みを形作っているとは、まるで思えない感情の表面化。

 仙慈寿人は前髪を上げ、右眼を露わとする。

 どう笑おうと、どう怒ろうと、極彩色に煌めく瞳は変わらず人間離れした畏れと美しさを内包していた。

「僕の能力は、僕の目を見た相手へ効果を及ぼす。つまりだ。先輩は兎角、爪が甘かったらしい。それかタカを括っていたんだろう。この仙慈寿人が甘んじて人質に献身的となると」

 男は眉を顰める。既定の目的とは明らかに逸脱した後輩の暴走、しかし無理矢理レールへ戻すというのは、既に不可能な話だった。

「彼女らは大方精巧な機械だろう。第一試験を踏まえればなんら不思議ではない。……僕の瞳に立てば、心の有無なんて容易く判別出来るのさ!」

「せ、仙慈……煽り過ぎだって、試験って、わ、分かってるんだろ……」

「すまない。人質には非常に苦き思い出がある。……なにより許し難いのさ。僕の前で、二度と下卑た手段を使われたくはないッ!」

 

 

「ま、ハチャメチャやっちゃってくれたけど、同じチームの霞ヶ浦さんがどうにか軌道修正っぽいのをして……まぁ事なきを得たかな。形式的というか、名目上というか、試験的には」

 愉しげに、実際には二、三言で済ませた朽羽先輩。

 踏まれたくなかった地雷……というわけか。

 それにしても、試験と分かっておいて暴走するというのは些か。なんというか、数時間前の君に聞かせてやりたいものだ。

「何やってるんだか……」

「……椛野さんも」

「着きましたよ」

 運転手に言われて瞼を開ければ、既に見慣れつつある月桜学園の駐車場だった。

「どうかした?」

「うぅん……」

 やんわりと微笑み、小森さんは首を横に振る。何か言い掛けていた気がするのだが。

 シームレスに車を後にする朽羽先輩に続いて、私達も本部に戻った。一緒に戦ってくれた三年生に後ろ髪を引かれるが、有無を言わさず歩く朽羽先輩に追随しなくてはならない。

 時間は昼過ぎ。

 ……お腹空いたな。

 本部の受付を通り過ぎると、人もまちまち増えてきていた。

 朽羽先輩は振り返る。

 彼は右手を出しながら。

「じゃ、貸し出したもの一旦返してね」

 そういえばずっとつけっぱだった通信機。着け心地が良すぎるというのも考えものだろうか。

 両手の指抜き手袋と通信機を渡す、他二人も軽いものしか借りていないようで、朽羽先輩の荷物がてんやわんやになることはない。

「よし。それじゃあ十五時まで休憩ね。時間になったら第一特別訓練室で。怪我が響いているようだったら医療部を訪ねて、どうか万全の状態で来るように」

「はいっ」

「わかりました」

「合点」

 人が増えているというのも、食堂が開いているからというのがあった。

 談話室と地続きの食堂は、丁度十五時で一度締まってしまう。

「私はご飯食べるけど、二人は?」

「先程助けてもらったようですし、ヨザクラさんへご挨拶を」

「そっか」

 私も後で挨拶しておこう。見失ってしまったけど、三年生達にも、

「小森さんは?」

「…………一緒に食べてもいい、かな」

「うん、行こっか。じゃあまた……今度は遅刻しないでね」

「痛々しきところを突きますね」

 小森さんとご飯を食べるのは初めてでもなかった。

 房嶋君は色んな人と食べるし、辻君も購買や学食が半々くらいなので、その日の流れで女子だけというのも少なくない。時折辻君と金時君が黙々と学食で同席しているのを見ると、謎の興味と罪悪感が仄かに湧いてきたりもする。

 そういうわけで、今更奥ゆかしい誘われ方をするとは思いも――いいや。そもそも、一緒に食べてくれるとは思っていなかった。

 昼の一件から明らかに様子のおかしい彼女だが、それは今も変わりはない。ぎこちないながらも笑っているし、最後の試験も真面目にやってくれはするのだろうけど。

 杞憂ではないだろう。第二試験で、彼女の中に何かがあった。

 思い当たらない以上言葉はないし、探りを入れるというのもあんまり得意ではないのだが。

 それぞれ注文したものを運んでいると、ついつい目線で追ってしまう鮮やかな紫色のグラデーションが目に入る。

 頭頂部に銀髪の混じった、毛先に掛けて濃くなる紫髪。スカートの上から伸びる二又の尻尾。パチりと、紅く丸々とした瞳が私を見る。

「まし――」

「穂咲ちゃん! 無事だったんだ、よかったぁ」

 軽やかな足取りで近付いて来るのは、焼き魚の定食を持った真代坂仁子。

 黒いセーラー服を着た彼女は、横の小森さんが入っているのかいないのか、やけにがっついた様子で話しかけてくる。

「頑張ったねえ」

「まだ気は抜けないけどね……ん?」

 違和感。

「聞いてたよぉ。頑張った頑張った……」

 彼女はやけにしみじみとした口調でそう言うと、突然私の頭を撫で始める。目の前には頑張って背伸びした彼女の身体と、支えを一本失って不安定に波打つお味噌汁。

「わっ……持って、両手で持って真代!」

 際どくも大惨事を免れた私達は、三人で食べることになる。

 一組、私のいるクラスでは他に特別仲のいい女子もいないので、いつも通りのメンツだ。

 だが状況はそうでもない。

 すっかり普段の調子に思える小森さんと、なにやら居る真代。

「真代は勉強?」

 焼きうどんを飲み込んで、私は尋ねる。美味しい。

 向かいの席に座る彼女はパチクリと瞬かせた後、首を傾げた。

 思わず私も疑問符を浮かべる。

「……あ、そっか」

「ん?」

「えっとねぇ。さっきまで試験だったの。支援部の」

 サラりと言ってのけるものだが、初耳だった。というより、事前に聞いていた情報と違う。

 言われてみれば、この時間の割に人が多いとは思っていたが、まさか支援部も同時に試験があったとは。

「でも真代さん、明日だって言ってなかった?」

「そうそう。一日間違ってたの? 真代」

「んーん」

 真代は丹寧に味噌汁を冷ます。あと少しのところで、あわやひっくり返されていたのかもしれないと思えば、やたら息を吹きかけられる味噌汁だって報われていることだろう。

「あつい」

 そっかぁ。

 味噌汁を後回しにしながら、真代は言う。

「今日と明日にあるの。今日のは支援部以外で内緒」

「……言ってもよかったの?」

「…………終わったもん」

 目を逸らして笑みを作る猫又。これは確認を取ってないな?

「仕事柄秘密にしないといけないことも多いからって言ってたし。多分大丈夫だよ」

 何故大丈夫に着地したのやら。

 まぁ、これが原因で落ちたのならば、灸を据えられたということで南無。

「ま、まぁ私達も内緒にしてるから……ね」

「言いふらす理由もないしね」

「うむ」

 当然のことよ。みたいに頷かれると逆に言いたくなっちゃうな。彩上(あやがみ)先輩とかに。

 それでねぇ、と真代は続ける。止めなくていいや。

「見てたよ。穂咲ちゃん達がんばってたの」

「…………え?」

「狼の先輩と戦ったやつ。私、穂咲ちゃん担当だったから」

「担当ってどういうこと? 真代さん」

 咄嗟に言葉が出てこない代わりに、小森さんが横で聞いてくれている。

「戦う人を評価しろーみたいな試験だったの。で、私は穂咲ちゃんの担当。その後も会話は聞いてたよー」

「か、会話」

「聞いてなかったの? 通信機のこと」

「…………あれかーっ!」

 静寂がよく聞こえた。

 真代の大きな虹彩がキュッと締まったように見えた。

 咳払いでも誤魔化しきれないが、それでも先を促す。

「じゃあ、終始……?」

「休憩あったから、ずっとじゃなかったよぉ」

 なんでもないようにご飯を口に運ぶ真代。

 どう反応したものか。水を飲んで時間を稼ぐが、どうやらそんなのは必要ないと言いたげで、真代は続く言葉があったようだ。

「穂咲ちゃん。慣れてるって、どういう意味?」

 

 

 張り上げた少女の声を聞いて、あまりの反応と例外なく、彼ら三人も見つめた。

 その中でもより煩わしそうな目付きをしたのは、青髪目隠れの少年、仙慈寿人。

 残る二人はチームメイトとして、先に昼食を済ませていたところだ。今はエレベーターを待っている。

 各々が赤毛の少女から視線を外し、自分の世界に戻っていく中で、仙慈はランプが点いたことにも気づかない。

「どしたの?」

「いや……」

 兎の尾を持つ茶髪の少女、霞ヶ浦が仙慈の視線を追う。

 いったい何を見つめているのか、数瞬で判断出来る程目立ったものはない。

 彼は以前から、心ここに在らずという様子だった。

 三人はエレベーターに乗り込む。たった一階分の割には長く感じられるものだが、第一試験を踏まえると逆に短いとも思えた。

 そのまま待ち合わせの第一特別訓練室へ向かうが、鍵が掛かっている。

 大きな窓のない個室であり、扉の上には使用中の表記があった。

 第一特別訓練室とは先程仙慈達が第一試験を行なった場所である。仮想空間に程近い地形変動と空間圧縮の技術を備えた部屋は全部で四室、そのどれもが特殊そうな素材の自動ドアと使用状況の表示灯が存在する。

 文字通り特殊な作りの訓練室であるそれは、独断での使用を禁じられている。ましてや試験があるというのだから、一般隊員が使っていることはないだろう。

「や、やっぱ早過ぎたっぽいね。調整中かな」

 早口気味に、白いインナーカラーを携えた黒髪の少年が言う。鴻上は、随分とリーダーが様になっている仙慈へ仰いだ。

「そうだね……」

 覇気の無い眼で、彼は扉を見つめる。

 ウェーブの掛かった茶髪を撫でつけながら、霞ヶ浦は言う。

「さっきからさー、どうかした? 大丈夫?」

「……」

「豹変しちゃってさ。株を守って兎待つような事が……君にもあったってわけ」

「……っ。昔からの習慣に縛り付けられているような言葉だね?」

「やるじゃん」

 普段の霞ヶ浦は大きく目尻の下がった覇気のない瞳だが、今回は愉しげに見開いた。

 突然振られた教養に苦笑した仙慈だが、すぐに言われた意味を反芻する。

 昔からの習慣に縛り付けられる。……細かく言えば融通が効かないという主観的な問題を孕む言葉だ。

 何を指しているかは察しが付く。第二試験での醜態の事だろう。

 仙慈は扉の向かいにある壁へ背中を付けた。二人も、彼を挟むようにもたれる。

「昔からというものではないよ。あまり吹聴してもらいたくはないから……他言無用でよろしく頼みたい。特に、聞かれたくない相手もいるしね」

「……話したくないなら、む、無理に言わなくてもいいけど」

「ケジメを付けたくてね。さっきは僕の都合で随分と迷惑を掛けてしまったから。全く、大見得切ったばかりに恥ずかしい話だよ。僕こそ、面白い話ではないから、無理に聞く必要もないのだが」

 目隠れの少年は順繰りに顔色を伺っていく。尤も髪型のせいで霞ヶ浦はいまいち確認できていないが。

「俺は別に、どっちでも」

「言ったの私だし。あ、一応兎は口が堅いから心配しなくてもいいんだけどさ、聞かれたくない相手って?」

「それは……話し終わったら言うとするよ」

 

 

 何に慣れていると聞いているのか、今までの流れで聞き返す程、察しは悪くない。

「ああは言ったけど、そんな大袈裟じゃないんだ」

「いや、人質の時点で超大袈裟だと思うの……私」

 小森さんが小声で突く。まぁ、否定はしないけど。

「諸々の事情もあって。特に、ああいうのは、結構最近あった事でもあったし」

「最近……」

 真代は黙って、箸を進めながら見つめてくる。

 あぁそうだ。話せるとしたら、直近のものくらいだろうか。

 

 

――丁度今から二年前くらいにね

 

――僕は

――私は

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