椛野 穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女
真代坂 仁子(ましろざか・にこ)
……階調髪の少女
仙慈 寿人(せんじ・ひさと)
……目隠れの少年
朽羽 那由多(くちば・なゆた)
……三つ編みの少年
放課後早々校舎を抜け出した私達は、同じ敷地にある建物へ迷いなく進んでいた。
「銀狼隊には四つの役職があるの。知名度があるのは戦闘部、役割は字のまんまだね」
「うんうん」
目を合わせ、健気に聞いてくれる
銀狼隊本部へ進む道中、足早になりそうな高揚感を抑えて説明を続けた。
「二つ目は医療部、戦闘部の人達を治したりが仕事だけど、人によっては遠いとこに行く軍医みたいな事をするみたい。それで三つ目が技術部、銀狼隊の施設や武器とか、色んなものの開発に携わってるらしいよ」
「なんだかふわっとしてる」
「あぁ……前に人から聞いただけなんだ、これ。どの道私が行くのは戦闘部だし」
照れくささに笑いつつ、本部へ足を踏み入れた。
自動ドアの先、病院や市役所等の公共施設みたいなカウンターが待ち受けているが、
「これ入って良かったの?」
「銀狼隊は学園の生徒だけで構成されてるから、もう少し待てば人が来るんだと思うけど……」
不安になりながらも、私達は壁際のスツールソファへ腰を掛けた。
カウンターの脇にはガラス張りの扉がある。ドアノブの近くには黒い板があり、それが電子ロックになっているのだろう。閑寂とした空気に声を乗せていく。
「まぁ、説明を続けるね。戦闘部と、医療部、技術部だから──次は」
「支援部、だね」
入口の扉が開き、穏やかな少年の声が飛び込んだ。
少年は前を開けた学ランに両手を突っ込み、深夜のコンビニを堂々と進むような足取りで、ロビーの中央に立つ。
「えっと……」
「ごめんごめん、なんとなく察せたから。驚かせちゃったね。入隊希望者だよね? 今から受け付けるよ」
一方的に言うと、彼は学生証と同じサイズのプレートを出してドアノブ付近に翳し、扉の向こうへ消えていった。
彼の纏う雰囲気に見覚えがあり、呆然としたまま独りごつ。
「何処かで見たことあるような」
「あれじゃない?
「……あ!」
そうだ、確かに見た事がある。
「ん、どうかした?」
ロビー全体に響かせてしまった声を聞いて、カウンターの先に現れた少年が問う。頬の紅潮を感じながら私は立ち上がった。
「い、いえ! なんでもないです」
「そう。じゃあ書類渡すから」
貰った紙には契約書の他、所属する上での誓約等が書かれている。
受け取る際初めて彼の顔を正面から見るが、そこに映るのは身震いを誘わせる顔貌だった。
見た目は異形一つない人間だ。灰色の長髪を一本の三つ編みにして垂らし、青い二つのメッシュが冷たく髪を彩っている。
眼鏡を通したその双眸は赤と青で構成されている。所謂オッドアイではなく、虹彩の上部分が赤、下が青のグラデーションとなっていた。
苛烈と冷徹が入り交じる瞳には異種族とは全く違う妖しさが宿っている。
「はーいっ、支援部って何するんですか」
ひょっこりと、私の横から生えてくるように現れる真代。
「あぁ、そういえば。銀狼隊を銀狼隊たらしめるのは間違いなく戦闘部だけど──居なくて破綻するのはきっと支援部だよ。彼らが戦えるよう避難誘導をしたり、敵になる奴らの情報を集めたり、資料を整理したり。まぁ……雑用から戦場サポートまで、様々だよ」
「ふぅん?」
説明の最後には笑いが含まれていた。一言では言い表せない仕事の数という意味では、確かに破綻するというのもあながち間違ってはいなさそうだ。それで言えば、きっと誰もが欠けてはいけないのだろうけど。
「良かったら見学でもしていく?」
「いいの?」
「いいけど、私以外に見学したいとかは言わないようにね。まだ入隊が決まってない人を好きに中へ入れるのは、あんまり良くない」
なら駄目なんじゃないか、と口を開こうとし、この場の三人とは違う声によって遮られた。
「その案内、僕も混ぜてもらえませんか?」
振り返ると、右目を持ち前の青髪で隠した少年が不敵に笑っていた。顔の三分の一が隠れ、得意げに澄ましている新入生。どことなくトラブルを連想してしまうが、偏見かどうかは決めかねる。
「うさんくさい人ばっかりだぁ」
「こら」
のんびりした声の真代を諌めつつ、カウンターに立つ少年の反応を伺う。
「はは。うん、構わないよ。志望する場所に検討はついてる?」
「えぇ──戦闘部に」
愉快そうに笑う三つ編みの先輩に対して、肝が据わった態度の少年。彼は戦闘部と答える際、私を流し見て書類を貰う。それは確かに意図を持って向けられた視線だった。尤も好意や嫌悪を始めとした感情は感じず、確認作業のようなものだったが。
「分かった、君は?」
「支援部かなぁ。穂咲ちゃん、目離したくないし」
謂れのない印象に首を傾げながら、書類を出す。
目隠れの少年が呟いた。呟くと言っても、隠す気のない声で。
「成程。やっぱりね」
「え?」
言葉の意味を図るより先に、段々と入口から喧騒が近付いてくる。どうやら他の生徒も来たようだ。先輩の準備が整うまで、私達三人は隅のソファで待つ事となった。
「君が
自己紹介でも挟んでおこうか悩むうちに、少年は藪から棒にそう言う。
「ちゃんだよ」
「そこじゃないと思う。うん、そうだけど、なんで?」
ふふふ、と笑って彼は前置きをする。気取った雰囲気はどうも調子が崩れる。彼は私よりも低い座高で、私を見下げるように振る舞う。芝居がかった姿は様になってて、或いは素なのかもしれないとも思った。
「噂は聞いているよ、椛野君。入寮早々に身体を張り、敵を打倒したってね!」
……またそれか。
どういう噂か兎も角、こうも偏見めいたイメージを作られるのは穏やかじゃない。
「なら噂をした人に伝えてくれる? 私はそれを誇る気はないからやめて、って」
「そういうと思っていたよ。だからこそ僕は君が羨ましい」
彼は目を薄めて笑う、見透かしたように。
「どういう意味?」
「
「厨二病だ」
「真代。……色々言いたい事はあるけど、結局そっちは私に何を言いたいわけ?」
名前の知らない同級生にここまで冷たい言い方が出来るのかと、自分でも少し驚く。表情は一切動かず、静かに彼の返答を待った。気圧された様子は欠片もない。
「なんか変な雰囲気だけど、一旦後に回せるかな」
三つ編みの先輩が私達に笑いかける。この場の誰もいいえとは言えず、先輩のカードキーで扉の向こうに足を踏み入れるのだった。
広がっていたのは寮の共用スペースと似た談話室だった。ソファや椅子と、それらに対応したテーブルが点在している。端にはエレベーターがあったり、その反対側には幾つかの廊下があったり、一瞥しただけで施設の広さが垣間見えた。
私達をソファに座らせると、先輩は対面に座って何かを取り出す。扉を開ける時に使っていたものに近いそれを一枚ずつ、私と目隠れの少年へ渡してきた。
「はい、これでめでたく君らは銀狼隊だ。絶対人に渡さないように。そういうの分かるからね」
誓約書の内容と同じ事で念を押される。
喜ぶタイミングを逃してしまったような気がする。しかしこれで、ようやく私は胸を張って人を守れるのだ。
「それと、あくまで仮だから」
胸を張って喜ぶタイミングではなかったのかもしれない。
「というと、やはり試験のようなものが僕らに課せられるのでしょうか」
「今のところ、そこまで厳密じゃないよ。ただ、戦闘任務は通常の隊員証を持った人が同行しないといけなかったり、使えない場所があったりするね」
「いつ一人で行けるようになるんですか?」
「まぁ、じきに分かるから一旦進めるよ。お互いよく知らないし、名前と能力や種族とかを教えてほしいな」
逸る私達を宥めて、先輩は軌道を修正する。さっきまでピリついていた彼と同じ反応をしていたのが少し恥ずかしい。そんな内心を察したのか、真代はニマニマと笑いながら口を開く。
「はーいっ、
「銀狼隊の資料室には色んな種族についての学説もある。丁度いいね」
先輩が相槌を打つと、次は私の目を見て促す。直視されると腰が退けそうな目だ。
「椛野穂咲です。人間で、能力は──」
差し出すように手を翳し、種子をその上空に出した。唐突に現れたそれに眉一つ動かさないで、先輩は見つめている。
「種を出して、そこから枝を伸ばせます。大きさも長さも融通が効いて、種は固体の中じゃなければ好きな場所に出せます」
実際に種子から枝木を伸ばして、私の腕に巻き付けて見せる。……言うべき事は言っただろう、能力で出したものを消して締める。
「いい能力だね。じゃあ次」
「
どうしてか先輩は愉しそうに笑った後、快く頷いた。それにしても表現しにくい能力というのは想像もしにくい。私のように何かを出す訳でもなければ、素直な強化系でもないのだろう。
次は先輩かと改めて姿勢を直す間に、テーブルの脇で二人の少女が現れた。先輩だろうか、面白がった笑みを浮かべている。
「お、後輩! 面接みたいな事しちゃってー」
「幹部らしい事しちゃってー」
「面接みたいって思うなら辞めてくれないかな……」
友人からの野次に眉を落とす先輩。が、微笑ましく流すには驚く単語が聞こえ口を出る。
「え、幹部!?」
「いつまで内緒に出来るかと思ってたのに。ほら、エレベーター来たよ、行った行った」
「はーい」「またね、後輩ちゃん達」
そうして静まった場、大きく息を吐いたのは三つ編みの先輩だ。どう声を掛けようか決めあぐねる中で、ひとまずは同情だけ覚えておく。
物腰が柔らかな男子が強気な女子に弄られている光景は中学でもあった、組織といってもやはり学生、普遍的なノリは相変わらずのようで。
「そう。銀狼隊幹部の一柱、
「そんな方がこうも僕らに構ってくれて、自ら申し出た身ではあるものの疑念を抱いてしまいますね。良かったのですか?」
「言い方が回りくどいにゃあ」
「なんか僕にだけ茶々入れが激しくないかい」
仙慈君の言うことも頷ける。業務が多い支援部の管轄に収まらず、戦闘部まで担当していると言う。一年生三人が占めていい人材では無いような。
というか、そもそも何故兼任しているのだろう。
「まぁ、不味かったらその時だよ。けど案じてくれるなら、そうだね、手早く済ます為に協力してほしいな」
暗に私と仙慈君を制しているような気がして、何も言えず首肯する他ない。隊員証を仕舞いながら席を立つと、真代が声を零す。彼女の視線を追えば、覚えのある姿が居た。
「金時君!」
「お待たせ致しました。そちらの方々もご友人ですか?」
「うん。僕は仙慈寿人だよ」
「騙されないでね、穂咲ちゃんに因縁付けてきた怖い人だよ」
「おや、怖い人ですか」
「事実だが弁明はさせてくれないかい? 主観が過ぎると思うんだ」
このままだと雑談に耽りそうで、三人を宥める。仙慈君の扱いについてはこの際どうでもいいが、今しがた釘を刺された状態なことを忘れないでいただきたい。
「丁度いいや、これから君の友達を連れて施設を案内するんだ。君も来る?」
「えぇ、喜んで」
金時君を交えて計五人、当初の想定と比べ大所帯になったがこれはこれで。
高い天井を仰ぎながらついて行く。廊下近くには施設の案内板があり、手を掛けながら先輩は説明した。図には四階分の情報が描かれている。
曰く、地下一階は訓練場。模擬戦に対応して多様な地形を再現出来る空間があるそうだ。金時君のテンションが目に見えて上がったのが印象に残った。
私達がいる一階は様々で、まずは医務室、ここだけ例外的に地下にもあるらしい。模擬戦で深刻な怪我を負った場合は急を要するから、と少しおっかない理由だ。そして三階まで大きくぶち抜いた開発室がある、ロボでも作る気なのだろうか。あとは仮眠室やシャワー室、食堂を始めとした細々としたものがあると説明を受けた。私含め今は行かなくていいという判断の下、エレベーターを経由して二階に行く事となる。
扉が開いてまず手前にある扉に向かうと資料室があった。他の部屋も様々な資料があり、銀狼隊の活動記録や過去の重要事件、敵対組織や友好組織を纏めた物など、挙げていくのはキリがない。意外にも真代の好奇心の矛先が向いた為、じきに入隊することになるのかもしれない。一部は私達仮隊員が入れない部屋もあり、組織らしさに心躍る仙慈君なのであった。
続く三階、校舎の屋上を見下ろしながら説明を受ける。この階初めの部屋は作戦室と呼ばれる、モニターや機材が多く積まれた近代チックの部屋だった。大規模作戦で使われる部屋だそうで、もう使いたくないと語る朽羽先輩の冗談はとても笑えない。最後は第一会議室と、取り立てて言う事のないさっぱりした終わりだった。
沈み始めた太陽を見ながら真代は言う。
「第二はどこにあるの?」
「四階。所謂重要な会議に使う会議室だからね」
「あ、やっぱり見た目と階層があってませんよね」
ボタンは地下一階から三階までしかなかったが、外から見た本部はもう少し高かった記憶がある。丁度いい機会だろうと思い、エレベーターを待つ間に聞いてみる。
「うん。四階と五階は幹部以上の人が使う部屋だね、客間とか特別資料とか。幹部以上になれば個室も付くよ。一階には内線もあるから、用があったらそっちまで」
「幹部の部屋、見てみたいなぁ」
「流石に駄目かな。現状呼ぶ理由とすれば君らが問題を起こした時だから、くれぐれもそうならないように」
真代の返事とエレベーターの到着音が重なる。壁際に沿った仙慈君がボタンを押さずに口を開いた。
「この際です。幹部が付き合っていただいてる間に訓練室も見ておきたいのですが」
「ん、構わないよ」
駆動音だけが静かに鳴る。流石に皆のテンションが落ちてきたかと思ったが、どうやら一人は違う理由のようだった。まっすぐに私の目を射抜くのは群青。仙慈君が、初めて笑みを介さず私へ告げる。
「椛野君。僕と模擬戦をしてくれないかい」
返答を待たずにエレベーターが止まる。
ここで進むことは即ち肯定の意になりそうで、少し狡いと思った。真代と朽羽先輩の好奇心が視線となって私を撫ぜる。
見学している最中はそんな素振りがなかった。きっと先輩を困らせないように意識していたのだろう。しかし今になってその気遣いが蒸発する、自制するよりも重要だと彼は判断したのだ。
銀狼隊戦闘部として羨ましがられるスタートを切った私と、機会に恵まれなかった自分とを、天秤に乗せて測る事が。
無下にはしない。
もしあの場にいたのが私ではなく仙慈君ならば、その時に抱く感情はもう分かる。
「いいよ。受けて立つ」
仙慈君は笑う。けれど不敵な薄ら笑いでも、興奮混じりの半開きでもない、あれは自分を奮い立たせる為の顔だ。
今から行われるのは真っ向勝負。以前のように守るべきハンデもない、よーいドンで始まる競争だ。
私の実力がここで、遂に証明される。