白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
ーー銀狼隊戦闘部・一年
椛野(かばの)穂咲(ほざき)・赤毛の少女。〈種子〉
仙慈(せんじ)寿人(ひさと)・目隠れの少年。〈万華の右眼〉
金時(きんとき)射弦(いづる)・白髪の少年。《剣士》
小森(こもり)蜜歌(みつか)・桃毛の人狼。〈桜援〉
土内(どない)游游(ゆうゆう)・黄緑髪の両性。《植人》
鴻上(こうがみ)(しの)・白インナーの少年。〈影絵〉
霞ヶ浦(かすみがうら)兎子(ばにい)・兎尾の少女。
添木(そえぎ)(ばん)・三白眼の少年。〈岩纏〉
甘扇(あまおうぎ)(まつり)・三つ角の少女。《鬼》

ーー銀狼隊戦闘部・二年
鳴島(なりしま)(じん)・黄髪の少年。〈放電〉
夜桜(よざくら)(ゆき)・銀髪の少女。〈獣人化:狼〉
虎郷(こざと)景善(かげよし)・黒髪の少年。〈浄眼〉
雉子雨(きじさめ)佐久雲(さくも)・ゴーグルの少年。〈演算〉

ーー銀狼隊支援部
真代坂(ましろざか)仁子(にこ)・階調髪の少女。《猫又》

ーー銀狼隊幹部
彼岸崎(ひがんざき)(にしき)・空色目の少年。戦闘部管轄。
朽羽(くちば)那由多(なゆた)・三つ編みの少年。支援部管轄。
不知火(しらぬい)朱輝(あき)・深青目の少女。支援部管轄。
依折(いおり)(けい)・瑠璃髪の少女。医療部管轄。


第二十一話 深く短き因縁よ

 何事もなく、私達は銀狼隊本部の地下一階へ足を運ぶ。

 エレベーターの中には私と真代だけ。そろそろ試験時間だからか、道中すれ違う人も少なかった。

 ところで、地下一階はエレベーターを降りてすぐに休憩スペースがある。壁沿いに自動販売機があるような。さっきの集合場所はそこだったけれど、今回は奥に進む必要があるので、本来なら誰もいるはずはなかった。

 その人物は片手に缶を持ったまま、私を見て固まっている。

 青髪で右目を隠した少年が。

「……こんなところで何してるの」

「一息ついていただけだが……」

 そうよね。それはそうだ。

 思わず足を止めてしまったので、過ぎ去るタイミングを逃す。

 彼は一気に缶コーヒーを飲み干すと、自販機の横に設置されたゴミ箱へ入れる。ゴミ箱の中は少ないようで、袋に受け止められた音がした。

「丁度良かった」

 言うと、壁から離れていく。その間にも視線はずっと私へ向いていて、私も負けじと見つめ返す。

「何か用」

「そうとも。宣戦布告と受け取ってくれたまえ」

 いつにも増して険しい目付きだった。それを踏まえて、またか、とは思いようがない。

 静かに息を吸って、私は備える。

 ひとたび目を瞑った後、開いた青い瞳はいつも通りの見透かした形を取った。

「さっき金時君達とすれ違ってね、次の試験は合わせて九名が同時に説明を聞く事となるようだ」

 何も言わないでいれば、彼は続けた。

「僕は思ったよ。直接対決なんだ、ってね」

「そう? 手間を省く為とも思うけど」

「かもしれないね」

 多分、お互い心にもないやりとりだった。

 穏やかな響きで相槌を打たれても、顎を引いて見定めるようにされれば、穏やかな気持ちにはならない。

「仮にそうなら、何だっていうの?」

「そう急かさないでくれ。時間にはまだ余裕がある。まぁ……精神統一の時間は要する、確かに冗長にしても仕方がないけれどね」

 咳払いをして、再び彼は目を細めた。

「君に言った言葉、覚えてるかい。……『君に負けているとは思わない』だ」

「また言うつもり」

「まさか。僕らは入隊初日に戦い、引き分けて、共闘をした。

 それから僕は朽羽先輩に、君は鳴島先輩に師事を受けた。校舎では兎も角、銀狼隊として会う頻度は僅かだったと思う」

 師事という言い方には引っかかるけど、何も言わない。

「時には別々に戦い、戦果を挙げた。

 たったの一ヶ月だ。

 だが、再び懸けて戦うには充分な期間だと思わないかい」

「――そうね。貴方が負けたと思おうが、私が勝ったと思おうが……結局のところ、今日で白黒付く」

 彼の細腕がまっすぐと、私を指さす。

 

「僕なりの本能なんだ。君には特別――負けたくない」

 ……。

 肩に掛かった髪を払って、応える。

「私は誰にも負けたくないの。貴方よりも強く在ることなんて、私にとって当然の事」

 

 じっくりとした一瞬が流れて、彼は薄ら笑みを取り戻す。

 それから何も言う事はなく、廊下へ歩いていった。

 ……。

 私もこれから向かうんだけど。

「はぁ……」

 間隔を開けて進むのも馬鹿らしいので、少し心を落ち着かせて向かおうと思った矢先に声が掛かる。

「凄まじき応酬」

 真代の声じゃない。この口調、そしてしっとりとした美声。

 振り返れば黄緑色の髪をこれでもかと伸ばした長身。性別不明の植人がなんでもなさげに立っている。

「どっ……き、聞いてたの」

「割と初めから居ました」

「――――!」

 真代ならまだいいんだけど。仙慈君との関係も概ね把握してるし。

 でも、なんでもない人に聞かれたくはない。なんなら教えてくれたってよかったのに、土内さんに限らず、真代とか。

「あぁー……聞かれたくなかったなぁ……」

 力んでから、大きな溜め息と一緒にそう言う。肩を落としてまで、今の私の本心を表現してみせたのに、土内さんはぜんっぜん変わらない。直立。

「好き合ってるのですか?」

 ……。

 …………?

 は?

「そ、んなわけないでしょう…………何聞いてたの?」

 声が切れ切れになるのも、断じて言えるが羞恥じゃない。呆れてたまらないのだ、生涯のうち、ここまで的外れなことが言える人なんてもうお目に掛かれないだろうし、そう思えば滑稽通り越して哀れにすら思う。どん底のデリカシーに飽き足らず目耳も働かないとは土内游游に同情をこれでもかを送らざるを得ない。

 ……はぁ。

「あのような挑発に受け応えるのは、好意がなければ成り立たないと思ったのですがね」

「まさか。嫌いよ。生まれ持った力のせいかしら、傲慢だし喋りはいちいち鼻につくし、距離感おかしいし」

「ふむ」

 黙りこくってた真代がようやく声を聞かせる。

「穂咲ちゃん口調変わったね」

 あー。なんてボロが出る日なんだろう。

 右頬を軽く叩き、切り替える。

「……気にしないで」

「因みに私も嫌い」

「嫌われ者ですね」

 これだけ不満を覚えてるのも私達くらいなものだと思うけどね。

「ところで、彼女は小森さんのように見えませんが」

「うん。違うもん」

「……そうだね!? あれ、なんで真代、着いて来てるの」

 全然気にならなかったけど、別に真代は戦闘部のダークホースでもないだろう。

 支援部一年の試験はもう終わった(さもないと事情を話した真代がいよいよなので)のだろうし、そういえばどうしてここまで。

「見に行こっかなって」

「……あのね真代。もしそれが大丈夫なら、今頃ここはこんな静かじゃないと思う」

「そこは直接言ってみるよぉ。だって私は言われてないもん、観に行くなーって」

「第一、試験が終わったなら、見てどうするの」

 何故? というふうに彼女は首を傾げる。

「友達だから」

 これまた、身も蓋もない。

 考えてみれば、私が困るものでもないしなぁ。ここで意味がないので帰りなさいって言うのも、折角の友達の行動に無粋極まるというもの。

「口添えはしないからね」

「くちぞえ」

「私から、見学させてあげてくださいとは言わないってこと」

「ん。それには及ばず」

 何故か金時射弦風で応える真代。

 そろそろ仙慈君も到着した頃だろう。私が歩き出せば、二人も横並びに着いてくる。

 何も話さず、誰とも会うことはないまま、第一特別訓練室に辿り着く。遠目から見て、扉は開いていた。待っている人が見当たらないので、きっと中で待っているのだろう。

 折角なら小森さんを交えて言いたかったけれど、他チームの前で言うのは小恥ずかしい。

「頑張ろうね、土内さん。貴方を頼らせてもらうから」

「頼もしき心意気。であればこの神童、芳しき働きをご覧に見せましょう」

 

 扉の向こうは、私達が第一試験で使った特別訓練室と変わらなかった。

 横に長い長方形の待機室。正面にはそのまま、模造空間へ進む機械質な扉が閉められていた。他の訓練室とは違い機械を置くスペースが必要だからか、縦の広さも中々だ、前転してからYの字ポーズを決められるくらいの余裕がある。

 そして、扉の右手側と左手側で部屋の役割を二分化出来る。

 右を見る。突き当たって三面にテーブルが取り付けられており、その上にモニターや操作盤などがある。機能操作の空間は、潜水艦の運転席のようだった。椅子は三つの面に一脚ずつあり、うち長い()に向かった二脚が空席。唯一座っている人物は白髪のポニーテールで、こちらを流し見た後、すぐに作業へ戻ってしまった。なにやらモニターも都度動いていて、あまり邪魔していい雰囲気ではなさそうだ。

 左手は待機室の名に相応しい、待機する場である。

 手前側の壁、私達がやってきた方の側面には革張りソファがあって、七人が座っている。つまり、AチームとCチーム、そして小森さんだ。チームごとになんとなく固まって座っており、奥からABCとなっているみたいだ。一人挟まれた小森さんは少し肩身が狭そうに思う。悪いことをした――とはどうにも抱けなかった。彼女があまりにもハッキリした顔付きをしていたから。

 機械を調整している人、それからソファに座る七人以外にも人はいる。

 皆の正面で、無数に並ぶロッカーへ寄り掛かった一人の少年。その光景には既視感があった。虎郷先輩が、入ってきた私達に座るよう促す。

 しかし、真代の姿を見て眉を上げた。他の一年も同様で、注目を集めてしまう。

「見学しにきましたーっ」

 校外学習みたいに言う。取り敢えず、私は小森さんの傍に座ろう。

 予定外の来訪者にも先輩は冷静だった。

「許可は取ってきたのか?」

「これからです」

 流石に悩む虎郷先輩。親指で眉間を押さえ、地面を見つめること数秒。

 悪いが、と言い掛けた口を、少女の声が塞いだ。聞き覚えの無い声は右の方からだった。

 視線を向ければ、白髪の少女が椅子を回してこっちを見ている。

「いいんじゃない? 依折に任せれば」

「……先輩がそういうなら、分かりました。真代坂、先輩には自分で伝えてくれ。俺は追い出しはしないが受け入れもしない。あと、くれぐれも邪魔しないように」

「はーい」

 手と尻尾をピンと上に伸ばし、真代はソファの真横に位置取った。

 すると、助け船を出してくれた先輩(と虎郷先輩に言われていたし)が、キャスターの付いた椅子をひとつ動かして言う。

「これ、人が来るまで使って良いわよ」

「やった。ありがとーございます」

 その三年生の眼差しは深い深い青色で、クールな口振りに見合った清廉な見た目をしていると思った。同じく三年で、クールな見た目の春秦(はるはた)先輩と大反対の、看板に偽りなしというところだ。

 いや別に、春秦先輩を悪く言いたい訳じゃないけれど。多分私は少し感動している。

 真代が椅子に座って間もなく、外で人の気配がする。何人かの女性の話し声だ。

 虎郷先輩は腕時計を見た後、扉に視線を固定する。つられて扉を見たのは私だけではない、全員を見ることは出来ないけれど、多分大抵の人が身体を扉の方へよじったと思う。

「待ってたのか? 全員揃ったら始めて良いって言ってたろ」

 男勝りな口調で話すのは、瑠璃色の髪を短くも束ねた少女だった。数人の少女の戦闘に立って、彼女は扉から現れた。聞き覚えがあるような声だが、いまいち判然としない。

 気の強そうな眼差しは、こちらに一瞥もくれることなく虎郷先輩に向けられる。

「貴方が俺の説明を聞いてないのも少し問題でしょう」

 こともなげに先輩が言うと、少女は鼻を鳴らして黙った。入ってきたのは見えるだけで四人、扉の向こうにも立っていそうな雰囲気はある。ほぼ見覚えのない人達だけれど、大体が学生服を着こなしていることから、隊員だとは検討が付く。

「……あ」

 瑠璃髪の少女の背後には、よりハッキリとした明暗の髪と瞳である少女、春秦先輩も立っていた。私の視線に気付くと、ニパッと笑顔を咲かせる。なんとなく罪悪感らしいものを抱きつつも、それ以上に癒しが強い。春を冠するだけある温かみだ。

「少し早いが、進めていく」

「その前に。おい」

 瑠璃髪の少女は強い語気で虎郷先輩を遮った。そして、チラりと真代を見る。真代は少女をジッと見る。

 部屋に緊張が走った気がする。

「観戦したいそうよ」

 真代の近くで、白髪の少女が言った。ここで初めて瑠璃髪の少女が首を動かす。白髪の先輩を見て、真代を見て、また先輩を見た。

朱輝(あき)が許可したのか?」

「いいえ? 反対する気はないけど、貴方も判断すべきだと思って」

 瑠璃髪の少女は沈黙する。表情は見えないので代わりに虎郷先輩を見るけど、見るからに口を結んだ様子で二人のやり取りを眺めていた。

 いおり。あき。

 何処かで聞き覚えがある響きだ。類似した響き、なんなら片方は四季の音だから、イマイチ違和感の始まりにしては弱いけれど。声に既視感を覚えたなら考える理由にはなるような。

「まぁいい勝手にしろ。邪魔はするな、絶対に」

 口振りほど棘のある響きではなかった。真代が少しつまらなそうに返事をして、一旦状況は事なきを得たようだ。

 ……ん? 聞き覚えも何も、二人の名前は……。

 思いついた。いや思い出したものを確かめる時間は無かった。耐え兼ねたように咳払いをして、虎郷先輩が話を再開したからだ。

 皆々の注目を受けて、それでも真率な態度で先輩は言う。

「これが最後の試験だ。彼岸崎先輩曰く『対抗殲滅戦』」

 物騒な試験名に息を呑みつつ、既に内容に合点が付いた気持ちになる。

 三チーム全員が一同に集められたのだ。尤もな試験名だろう。恐らくは。

「これから君達には白月街(はくげつがい)で戦ってもらう。勿論ここ、特別訓練室(特練)の模造空間でだ。試験に臨むうえで、前提とする状況がある」

 いっそ彼岸崎先輩より幹部らしい進行だ。適切な間を持って続けていく。

「白月街には今、敵対組織に所属した戦闘員が潜んでいる。そして君は銀狼隊から送り出された戦闘員だ、八人が戦闘不能になることで、君の任務は完了する」

 衣擦れ、疑問符、或いは絶句。

 私達は共通した動揺を、僅かに漏らした。

「察しの通り、チームはここで解散だ」

 ルール通りなら、解散どころか敵となる。

 虎郷先輩へ視線を向けたままだが、実状は虚勢にも近い。こうした席でもなければ、きっと私はチームメイトを気にしていただろう。

 折角噛み合ってきたのに。……仙慈君に、どうだ! と胸を張るような想像は、呆気なく消えてしまった。

「九人はランダムに配置する。人体の転送までは出来ないから、手段は多少アナログだが」

 ぎごちない沈黙を意に介さず、平然と説明を続けていく。

 先輩は背にしたロッカーをおもむろに開け、何段かに分かれた仕切りに乗っかるカゴを漁った。カゴは多分百均とかの、取っ手が付いたプラ製の白いカゴ。

 出てきたのはこれまた変哲の無い黒いアイマスクと、同じく黒いワイヤレスイヤホン。

 アイマスクは兎も角、イヤホンまで変哲のない音響変換器とは思えなかった。

「目隠しと耳を塞いで、指定の場所に運んでいく」

 実にアナログだ。

「こっちからの連絡はこのイヤホンを使う。支援部からの戦況サポートのように解釈してくれ。また、街中にはマイクロドローンが飛んでいる。動きは全て見られているものとして行動してくれ」

 つまり、移動中にこっそりアイマスクを取ったりは駄目ということだ。

「質問がなければ、支給時間の後に開始する」

「戦闘不能の定義と、戦闘不能時の扱いは」

 真っ先に手を挙げたのは金時君だった。無言で促し、出てきた言葉へ、虎郷先輩は口を開けた。

 しかし、虎郷先輩の視線は椅子に座る質問者とは違う方向へ移った。

「ボクから話そう」

 割って入ったのは、瑠璃髪の少女だった。

 これまで進行を務めていた先輩は、特に異論もなく譲る。

「戦闘不能の定義は気絶するか、降参するか、ボクら医療部が無理だと判断した時だ。気絶は一分弱もすればそこで脱落。降参は、そう見せかけて騙し討ちするのも禁止、不毛だからやるな。無理の判断基準は、四肢折れたりしたらやる気があっても止めるくらいだ。一本くらいなら、自己判断でどうにかしろ」

 スラスラと連ねる語気には所々トゲがある。

 どうやら春秦先輩に限らず、やってきた少女達はみな医療部の様子だ。

「で、戦闘不能時はボクらが回収しにいく。場所に検討付けられたくないなら、さっさとその場を離れる方が賢いだろうな。あと乱戦になっていたら無理に回収するつもりもないが、流れ弾は撃ってくれるなよ、そうなったら無理矢理回収するしか無くなる。実戦でも殺しは絶対的な理由がない限り、避けるのが原則だ」

 言葉を切ると、少女は急に背後を気にし始める。

 後ろに腕を伸ばして何かを受け取ると、そのまま私達に見せびらかした。緑色のバイザーだ。

「ボクら回収班はこの帽子を被っておく。見つけても殴るな、ボク以外はなすすべもない」

 帽子というか。細かいけどバイザー。

 少女は虎郷先輩に無言でバトンを返す。虎郷先輩もまた、無言で金時君の様子を伺った。

 彼にとって充分な説明だったらしく、虎郷先輩は頷いて次の質問を待った。

 次は仙慈君と同じチームの、気弱そうな少年が手を挙げる。

「白月街全体じゃ、八人探すのってム、ムリじゃないですか。諜報的なアレもなら、まぁ……」

 歯切れ悪く、しまいには尻すぼみになっていった。言わんとすることは分かる。

 私が察せて先輩が察せない理由もない。沈黙した少年から視線を移しながら、彼は答えた。

「全域じゃない、範囲は絞ってある。……先輩、地図出せますか」

 視線の先は、さっき真代に椅子を貸してくれた白髪の少女へ向かっていた。

 私が見た時には既に操作盤を弄っており、早い手際で部屋に変化を及ぼす。「はい」とケシゴムを貸す口調と共に、天井から一枚のモニターが出てくる。校外学習に使うバスで、こんなものがあったなぁと思うが、流石にこっちの方が大きく薄い。総合的にハイテク感がある。

「範囲は白月駅東口周辺に絞っていく」

 初めに街全体の地図が映されていたのが、途端に縮小して駅の近くをピックアップした。

 画面に映ってるのは花壇を囲う駅前道路や、個人経営の飲食店が並ぶ駅前広場に、月見通り――所謂商店街のようなもの、他には敷地に大きな公園のあるマンションを初めとした、家々が立ち並ぶ住宅街などだ。

 多分歩いて三十分もせずに巡れると思う。

「隠れてやり過ごすのはお勧めしない。建物も入れないようになっているからそのつもりでな」

 三十分で巡れるのと、隠れている人をあぶりだすのはまた話が変わって来る。こうして事前に言ってくれるのは助かることだ。

 再び質問を受け付ける時間に入る。私は先人に倣って手を挙げた。

「八人が戦闘不能になるまで試験は続くんですか?」

 聞くまでもないような気がしたが、長丁場を覚悟した端から試験終了というのもいただけない。一応前もって聞いておく。

「いや……時間には限りがある。最初の試験で勘付いていた人もいるようだが、設定された状況が状況だ、長引かせるのは悪手だろうな……っと」

 先輩は扉の方から視線をズラし、言葉を切る。

 親切に甘んじて、気を遣っておこう。

 納得いった様子を見せれば、質問の受付に戻る。それも長くは続かず、試験が先へ進む途中で部屋に右手に二人の少年少女が入った。今はもう真代が退かされて技術部か支援部かの人が椅子に座っている。

 ロッカーから、全部で九つのプラカゴを試験者全員に配られる。私に配られた物はアイマスクと両耳に付ける通信機、それから第一試験で使った指抜き手袋。実際、森の中を動き回ったのに掌がなんともないのは手袋のおかげだと思う。無くて困らないけど、あったら嬉しい。

「試験を踏まえて支給した物もある。有効に使ってくれ」

 そうは言われても、私には特に追加されたものはない。なんとなく周囲を見てみれば、思い思いに取り出して確認していたり、私のように見渡す――仙慈君と目が合う。

 目を逸らした先に土内さんのカゴがある。さっきまで見たことのないシルエットが入ってるのは分かるが、それがなんなのか、目を凝らすより早く虎郷先輩が声を掛けた。

「それじゃあ、確認もほどほどにして、先へ進もう。先輩、準備大丈夫ですか」

「ええ。開けるわね」

 ポニーテールの先輩がそう言うと、機械質な扉が音を立てて開く。両開きの扉がスライドし、先の景色はどことなく見覚えのある駅前を映している。

 先輩が扉の方へ歩き、私達も促されるまま先へ進んだ。

 扉の向こうは何処か見覚えのある空間だった。景色を見渡して、ここが東口の駅前だと分かる。

 背後には閉まったエレベーターの扉がある。私達はここを出入りするのだろう。

 虎郷先輩は少し歩いて、駅前道路に何台か停めてある乗り物の傍で立ち止まった。

 九台の乗り物。ハンドルのないゴーカート……或いはオープンカーと例えてもいい気もする、それらが整然と並んでいた。色は一律で銀色だ。

「好きに乗ってくれ」

 皆様子を伺いながら、各々乗り込んでいく。私も、右端から三台目に乗り込む。座り心地は中々良い。

 それからアイマスクと通信機を装備する。光は通さず、視界の端で盗み見るのも難しそうだ。

 すると、突然耳元で虎郷先輩の声が聞こえる。

『これで外部の音は聞こえないはずだが、どうだ?』

 どうだと言われてもこうだと言えるものはない。ただ静かなのか、それとも通信機が音を塞いでいるのか。

 なんとも言えない間があってから、通信越しに頷くような声が聞こえた。どうやら外からの音は聞こえない状態らしい。

『これから各々を指定場所に運送する。さっきも言ったが、動きは確認しているからな。くれぐれも降りたり、装備を外さないように』

 軽く頷いて見せると、乗ってる物が動き始める感じがした。別に私が頷いたからじゃないだろうけど。

 縦揺れせず、滑るように進んでいるのが分かる。中々リラックス出来るが、ここで何も考えず場所に辿り着くというのも少し間抜けだ。

 どう戦おうか。

 土地勘の有無はこの際考えても仕方がない。皆が同じくらいとも考えられるけど、生来ここで過ごしてきた人もいるかもしれない。

 だからここでは、私がどう戦うか。私が知ってる限りでも、機動力が高い人ばかりだ。高いところに陣取っても、突き落とされかねない。落とされるのはもう懲り懲りだ。

 誰かを待ち受けるのもよくない。こそこそ隠れて時間が経つのだって論外だけれど、かといって目立つ理由もあるまい。

 いや。

 むしろ、悪くないのかもしれない。

 緩やかに減速して、乗り物は停まる。

 少し待ってみると、今度は虎郷先輩ではない声が通信機に入る。穏やかで、少し意気のある男の声。朽羽先輩だ。

『全員配置完了。総員降りて、アイマスクは乗ってきた車に置くように』

 従って、また間が出来る。マイクロドローンが飛んでいると言っていたけど、空中にそれらしきものは見えない。試しに火を放ったらどうなるだろう。物騒すぎて、すぐに想像を取りやめる。

 車は程々のスピードで場を去った。

 私はコンビニの駐車場に置かれたらしい。バスで駅まで行く時には、ここを通った覚えがある。確かなんの変哲のない住宅地になっていて、車が去った方向が駅の方面、その反対が月桜学園のある山の方面だったか。

 試しに自動ドアへ近付くが、反応する気配は無い。

 ……通信が入る時の僅かな音が分かるようになってきた。

 

 『皆、準備はいいね――これより、殲滅対抗戦を開始する!』

 

 

 マイクの電源を切り、三つ編みの少年は椅子に体重を掛ける。

 第二特別訓練室。第一と全く同じ間取りの、待機区画と操作区画に分かれた空間に彼らはいた。

 三つ編みの少年――朽羽那由多は、特別訓練室の右側、操作区画。彼の両サイド後方では、技術部が生真面目な顔でキーボードやスティックを操作している。

 空間の反対側にあるソファには鳴島迅、夜桜雪、雉子雨佐久雲が座っている。のびやかに待っていたり、淑やかに座っていたり、肩身の狭さを笑って誤魔化していたりと様々だ。

「どう接敵するかな……」

 呟くにしては大きな独り言を朽羽は言う。彼岸崎錦は、彼が座る背もたれに肘を置き、口角を上げながら独り言を拾った。

「ご高説はねえのか?」

 朽羽は正面のモニターを見ながら答える。

「誰が何処に座るか、指定もしてないでしょ。まぁ進路を弄れなくはないけど……リアタイで九台は骨だしね、配置場所は完全にランダムだよ。予想は限られる」

「なら、無理ってわけでもないと」

 憎たらしい持ち上げ方に苦笑しながらも、朽羽は頷く。

「まぁ、仙慈君はチームメイトと戦いたいだろうし、逆にそのチームメイト二人は戦いを避けるだろうね」

「ふーん?」

「彼の能力、〈万華の右眼〉は目を合わせれば合わせる程、極彩を出す時の規模や時間が増す。今まで関わってきた鴻上君と霞ヶ浦さんには、その分右眼のエネルギーが溜まっている」

「仙慈ばっかだな、他はどうだよ」

「そういう君こそ」

 尤もな返しだ。わざとらしく唸り、戦闘部管轄らしい考えを絞り出さんとする彼岸崎だが、思いつくより先に、画面に映った異常さが目に入る。

 一枚のモニターに分割された画面が九つあり、それらは試験者全員が映し出されている。

 各員位置がバラバラな画面に、共通するものが視界に入った。それも二つ。

 仙慈の上空に展開された正円の白線。その内側で極彩色の物質が傲岸不遜に回り続けること十秒。

 極彩が展開されてから数秒追って、上空に伸びていく分厚い枝木。

「……そう来たか」

「っはは、マジかぁアイツら!」

 

 

 仙慈君がいる方角は把握した。きっと彼も同じだろう。

 決着をつけるのに最後の一人となる理由はないってことだ。構わない――勝負に乗ってやる。

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