ーー銀狼隊戦闘部・一年
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ーー銀狼隊幹部
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意気と共に繰り出された黒爪が軽やかなムーンサルトで弾かれる。
お互い一歩引いて、小森蜜歌と霞ヶ浦兎子は住宅街の大通りに相対する。
インファイトを繰り広げていた彼女達が間を置いたのは、一人目の脱落者を通達する通信が入ったからである。チームメイトであった鴻上の呆気ない脱落よりも、顔を思い出せていない人狼の方がより、その通信に深刻さを見出した。
「私も早く、追いつかないと」
そう言って、小森はもう一歩大きく地面を蹴る。言葉に反して大きな後退だった。
右手をグッと握りしめ、打撃の痛みを飼い馴らすと、小森はおもむろに自分の足へ手を伸ばした。
獣人用シューズブランド『
「……なんか、懸けるもんがなくて申し訳なくなってくるよねぇ。きみたちって」
霞ヶ浦は平常そのものだった。彼女は顎を上げて、覚悟を促す。
四肢を地面に付け、小森は獲物を見据え――駆ける。
一秒足らずで接近されても遅れを取らず、迎撃の蹴り上げを霞ヶ浦が放つ。素早くも重たい蹴りを横に回って躱し、右手の黒爪がすれ違いざまに足を切り割く。
急転換を可能とする狼の血は、この場で削り倒さんとしていた。
「そーくるんなら……」
目を細めて、霞ヶ浦は足に力を籠める。出血した右足がズクンと痛むのを無視して、直上に跳ね飛んだ。
特別高い脚力によって跳躍した霞ヶ浦を、瞬発力で追随する小森。両足で地面を蹴り、兎尾の少女に追いすがろうとしたところで、見上げる眼前に緑色の何かが不意に現れる。
能力――〈
空中にいる間、足元にデフォルメを施したような小さいワニを生み出す他、足腰を強化する側面も施された――純血の人間、霞ヶ浦兎子の誇る能力。
「きゃっ……!」
踏みつけられたワニに塞がれる形で、小森は落下を余儀なくされた。
両手両足で着地した彼女は、更にもう二体使って、空中を跳ぶ霞ヶ浦を追った。
ワニは地面に触れた瞬間粒子となって消え、小森の疾走を妨げることはない。
霞ヶ浦は屋根に乗り、塀を介して着地する。
仕切り直されても果敢に少女は距離を詰める。またしても間合に入っていく小森を、またしても蹴りで迎撃の構えを取る霞ヶ浦。
桃色は一直線に。
柔軟な関節をこれでもかと使い、踵落としで少女は対応を図る。
小森が地面に手を着いた瞬間。
両者の視界に――薄桃色が広がる。
「っ!」
即座に足を降ろし、霞ヶ浦が突如溢れ出てきた花弁に距離を取った。それは二人を別つ意識的な壁となり、小森は戦況を一歩先に進ませる。
掌と地面に挟まれた花弁は爆発的な動きで溢れるように働いた。花弁の動きを上に絞ってしまえば、他者支援の桜片も触れられることはない。
それを正しく把握している小森は状況を以てして先手を打つ。
「やぁぁぁッ!」
素早く花弁を迂回した小森が、霞ヶ浦の足首へ噛み付いた。
「痛――ッ」
反射で別の足で蹴るも、踏み込みが出来ずに威力が出ない。それでも〈因幡跳び〉で常人越えの脚力だが、小森は顎の力を緩めない。
離れるものか、このままギブアップまで耐え忍んでやる。
その考えは、第三者による轟音に掻き消される――
「――うちも混ぜて」
声と共に飛来した人型は着地した瞬間、その地面を砕き二人の少女を見やる。
薄桃色の壁は、先人二人のように、ビーコンの役割を果たしてしまったのだ。
側頭
屋根伝いに走って、周囲を見渡す。元々がフィールドの外寄りなのか、鴻上君を倒してから誰かを見つけることはなかった。
戦闘音も聞こえない、仙慈君は誰かと戦ってはいないだろう。第一あの極彩は戦闘時にとにかく目立つ。
なるべく見落とさないよう、そして見つけてもらえるように屋根を駆けているが、死角はどうしてもある。
もう一度枝木を伸ばすか検討したところで、視界の端に何かが横切った。今度は土内さんのように人影でも無ければ、遠くでもない。
極彩だ。
視線は落ちて、その能力者を見つめる。
「――ようやく来てくれたね。椛野君」
「あのね、貴方もサボってないで探しなさいよ」
彼の頭上で回転する極彩はなんの痕跡もなく消える。
一足飛びに着地して、仙慈君と視線を合わせた。
彼が立つのは商業施設の駐車場、戦うには充分な広さだが、駐車場の空間を整理しているコンクリ作りの花壇には雑木の低木が生えている。二次元的に見れば、有効スペースは難しいところだ。
商業施設は十字路に面する形にあって、駐車場を経由した右折を防止する為か、側面がフェンスで囲われている。仙慈君はまるで、誘い込むように立っていた。
私は敷地の手前で足を止める。
「わざわざ誂えてくれたってわけ?」
「お互い丁度いいだろう? 広々としているのは僕へ有効に働く」
「障害物だって、貴方にとってはアドバンテージでしょう」
「果たしてそうかな。さて、このまま論じるのもいいが」
「そうね。折角ケリを付けられるんだから」
私達は前に出る。
私は丸腰のまま、彼は腰に付いたナイフホルダーの留め具を外し、右手で持つ。刃が本物なら枝木は斬られるが、仮入隊の身にわざわざ渡すとは考えにくい。
本物だとして、接近戦において彼が私に勝てるわけもないけれど。
段々と加速する。
駐車場の中心へ吸い込まれるように私達は引き合い、止まって距離を保った仙慈君に反し――私は更に加速する。
瞬間目の前に極彩が現れる。
この間合で警戒すべき唯一のもの。ブレーキをかけ、左から右へ水平に回転する極彩を見送った。
極彩は瞬時に消える。
〈万華の右眼〉は目を合わせる程、使用出来る時間と量が増えていく。今日直接出会った時間はさっきの宣戦布告のみ、彼に易々と使える余裕はないはずだ。
一度大きく距離を離した。
再びの睨み合い。
「そっちがその気なら、こうしたっていいけど」
私は手元に種子を出し、仙慈君へ枝木を放つ。
一直線に伸びる枝木を横に走って躱すので、追従するように操作する。が、私の練度では仙慈君に枝木が追い付かない。
構わない。消失させ、今度は仙慈君の向かいから枝木を伸ばす。
「――スタミナ勝負で私に勝てる?」
「……能力戦なら僕でも勝てるかな」
彼は笑って、枝木を極彩で打ち消した。
三つ目を伸ばそうとしたところで、仙慈君の後ろに白線が見えた。
――〈万華の右眼〉は仙慈君を中心とした白線の内側に極彩を出す。
極彩の出現を予期し、この間に前へ駆ける。
すると前方に極彩が巡る。鬱陶しいけど、ここで焦るわけにはいかない。
後退しようと地面を弾いた途端、側頭部に衝撃が走った。
「……ッ!」
左から殴られたような気がした。言うに及ばず、二つ目の極彩だ。
受け身を取って流れるように移動する。出現した白線は二つ並んでいて、そのどちらからも脱出するように走った。
距離が思うように詰められない。やはり、どうにかして極彩をガス欠にさせるしかあるまい。
道路を背に、店へ近付くように走った。袋小路にならないよう、二階へ上がる為の階段の場所を記憶しながらも近付かないように気を付けておく。
間合を取って三度枝木。
彼は移動をしながらも白線を宙に出す。そして視界の端に、加速して迫る極彩を見る。
舌打ちして姿勢を落とし、見送る。彼が移動すると白線も、その内側にある極彩も移動する。仙慈君の動きを注視しながら極彩に意識を割いて尚且つ枝木も、というのは厳しい、案の定枝木が逸れていく。
構わない、体力を使うのが深刻なのは仙慈君だ。
丹寧に追い詰めてやる。
小さな異音がした。耳元で、合図がなる。
『月見通りで最重要目標――敵幹部、彼岸崎錦が姿を現しました。対処されたし』
「はっ、マジかよこんちくしょう……」
身体中から汗を滲ませ、薄く呼吸しながら少年は――添木番は笑う。
右腕には岩を纏わせたガントレット。互いに動きを止め、現在は両者の得物が地面を見ている。
薄く肩を上下させる金時は、ふと明後日の方を見上げて呟いた。
「月見通り……」
「駅から見て右手の商店街だ」
口角を上げて言う添木をしばし眺め、身体の向きを言われた通りの方向へ整える。
鞘に仕舞いながら、彼は言う。
「感謝しま――」
「嘘だけどな……」
閉ざされ、平たい線を引く金時の瞳には、不敵に笑う少年が映る。
柄を握り締める様子を、岩を身に付けた右手で指差した。重たい岩を持ち上げる動きは遅々としていながらも、ピタりと止まった指先は意志の強さが滲み出ている。
――もし実戦だとして、小細工のないタイマン張っていて。俺はどうする、どうすべきだ。
そんなの分からん、普通に考えたってどうか分からないし、今のクタクタな頭で答えが出るものか。
だから今、自分の直感に従う。
「逃がすかよ。俺の全力、越えていきやがれ」
実践で、こいつを逃がすのはありえねえ――!
『蛇尾』が空を切り、立ち込めた疲労をも凛と制した。
金時は右手の指輪を親指で確かめるように撫で、その後左手を自分の喉元に伸ばす。
シャツのボタンをひとつ開け、白房の少年は息を深々と吐いた。
「失礼しました。――続けましょう」
「良い顔できんじゃねえか。かかってこい!」
空色の目をした少年は愉しげに、橙色に光る刀剣を振り回していた。
それはシャッターに閉ざされた店を切りつけ、古本屋の店頭に並んだ雑誌――模造空間なので白紙――を両断し、目に映るもの全てを切らなければ気が済まないという様子だった。
彼の腰には黒い鞘がぶら下がる。日本刀のように反りのあるものだ。
〈心剣〉に送り出す炉はあれど、回帰する鞘はない。
「おぉぉーい! まだでーすかーっ!」
屋根に彼岸崎の声が反響するも、月見通りは即刻静寂に包まれた。
突然駆け出す。橙色の心剣を片手に、彼は思い切り自転車を蹴飛ばした。
「ビビッてんなよなぁー!?」
またも声を打ち上げ、ゆっくりと歩き始めた。それほど大きくもない月見通りは十分も直進すれば出口が見えてしまう。そろそろ迂回して、今度は途中の曲がり道も含めて余さず行こう。そう考え始めた頃、今まで締まりのなかった顔が途端に剣呑となる。
右手を開き心剣が消滅。淀みなく腰の柄に手を伸ばし――振り向きざまに抜刀した。
彼岸崎の視線の先には、誰もいない。手応えもない。眉を落としながら、左右に視線を振るが、やはり倒れた自転車くらいしか目を見張るものはなかった。
「椛野か、それとも……」
呟きに重なるようにして、彼岸崎の首元に枝木が忍び寄る――。
極彩と枝木の攻防は苛烈とも言いにくい地道な削り合いだった。
足元で極彩が炸裂する。種子に触れたことで能力物質同士が相克し消滅する、〈万華の右眼〉特有の利点でもあり欠点。この場では欠点に傾くだろう。
「そろそろ品切れなんじゃない?」
「ふむ……まだ余裕があるとは、ね。侮って貰っちゃ困るよ、僕は朽羽先輩に見込まれた――天才だ」
私達を広々と囲う白線が現れる。
頭か、胴か、足か。飛来する極彩に向けてやや左向きに態勢を変える。
……来ない。
「っ」
「遅い!」
ナイフを持った少年がすぐそこに。
迷いなく喉元に迫る銀色。しかし、その程度の奇襲が捌けないと見られたら心外だ。
寸前まで惹き付けて手首を掴み取る――と伸ばした手が空を切る。
折角近付いたのに彼は攻撃を辞める。否、今のは助走!
小さな衛星軌道が素早く私の膝を打つ。
「ッこの……!」
後退が遅れる。
衛星軌道の加速は小ささに比例して高まる――半径数十センチを忙しなく回る極彩は、仙慈君に連動して再び迫った。
距離を詰められたって極彩には弱点がある、膝の高さに種子を固定させれば当たることはない。追い詰めに来た仙慈君へハイキックを振る舞ってやる。
足は高々と宙を蹴る。仙慈君が躱したというわけではない。そもそも私へ迫ってはいなかった。
すれ違うようか形で、彼は私の左を横切る。
そんな簡単な動くで止められると思われても困る。蹴りの遠心力を加えて右足を軸に――と身体がガクりと落ちる。
左膝が勢いよく押されたような。
極彩だ。極彩が種子を回り込んで私の体幹を持っていった!
「貰った――!」
脱力する身体、膝が落ちていく。どっちに受け身を取る。むしろ取らないで山勘を張る?
いいや違う守っていられない。
上半身を全力で後ろに倒す。そして両腕を地面につけ、思い切り力を入れ込む。
倒れてやるものか。辛うじて四肢を地面に着けた状態、これからは刹那の取り合い。
「ぁがっ――無茶苦茶、だな! 君は!」
手ごたえあり。身体を突き飛ばす感覚が清々しい。
地面を弾いて素早く着地、背後の仙慈君へ更に横薙ぎの蹴り――とまではいかず、私が蹴ったのは周回し続ける極彩。幸い足の甲で、押し流されるも難なく態勢を取る。
「そうか、枝木で足を押し出したのか。素早いと思ったよ……それにしたって、随分な体幹だ」
彼は胸の中心を押さえて笑う。白い正円は綺麗さっぱり消えていた。
「そっちこそ、小癪な攻め方してくれるじゃない」
「搦手は不慣れかい。結構なことだ」
音は唐突に。
『小森蜜歌戦闘不能、残り七名。五分後に医療部が到着します』
………………。
激痛。
視界が大きく揺れる。側頭部に痛み、極彩だ、今日一番の危機感が胸を凍て付かせる。
「ァ……!」
身体が言う事を聞かない、脳がバグを引き起こしている。ゆっくりと後ろに倒れていく最中、浮遊感すらあった。
「残念だよ……!」
無意識が足を引いて身体を支えるも、おぼつかない。その間にも彼の右手が銀色を奔らせる。
両腕を使ってどうにか食い止める。このまま仙慈君へ体重を掛け、持ち直すだけの時間を――。
嘔吐感が腹にめり込む。
「ッッ――」
彼の、彼なんかの蹴りで呆気なく地面を擦り、硬い地面に後頭部を打つ。
「――ガハッ……ハッ、は」
まだトばない。戦える。
でも彼の極彩は未だ尽かない。
「……終わりだ、椛野君」
終止符を告げる衛星軌道は、揺れる視界にも鮮烈だった。