白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
ーー銀狼隊戦闘部・一年
椛野(かばの)穂咲(ほざき)・赤毛の少女。〈種子〉
仙慈(せんじ)寿人(ひさと)・目隠れの少年。〈万華の右眼〉
金時(きんとき)射弦(いづる)・白髪の少年。《剣士》
小森(こもり)蜜歌(みつか)・桃毛の人狼。〈桜援〉
土内(どない)游游(ゆうゆう)・黄緑髪の両性。《植人》
鴻上(こうがみ)(しの)・白インナーの少年。〈影絵〉
霞ヶ浦(かすみがうら)兎子(ばにい)・兎尾の少女。〈因幡跳び〉
添木(そえぎ)(ばん)・三白眼の少年。〈岩纏〉
甘扇(あまおうぎ)(まつり)・三つ角の少女。《鬼》


ーー銀狼隊幹部
彼岸崎(ひがんざき)(にしき)・空色目の少年。戦闘部管轄。


第二十四話 停まる獣性

――自分を変えたいと思っていた。

 小森蜜歌の人生は異種族の辿る中でも、恵まれている方だった。月桜学園の存在という幸運を抜きにしても、一足飛びで悲劇に陥る出来事は、異種族として産まれた事以外に存在しない。

 周りの環境が大人へ近付くにつれて、排他は無関心へと変わる。その中にも雑談が出来る友人がいた。学園に入学してから連絡を取り合わない程度の、とりとめのない友人は、しかしそれまで彼女の精神が蝕まれない為の楔と働いた。それは彼女自身、自覚している。

 故にこそ、渇望と言えるものを知らなかった。

 その一端を目の当たりにするまでは。

 不可視の敵へ対抗する為喚起した獣性が迷いを与え、友人の傷痕と裏に潜む赤色がそれを決意へ変えた。

 

 

 桃毛の人狼は路上を駆ける。

 空中の機動力と蹴撃の破壊力を兼ね備えた少女に、単純且つ万力なる鬼の血で満ちた少女を迎えて、それでも彼女に劣等感はない。

 何かがひしゃける音がして背後を盗み見ると、今まさに『止まれ』が根元から破壊されたところだった。標識がある方を槍投げのように構える甘扇。

「アレには……近寄りたくないしねぇっ」

 兎起(とき)鶻落(こつらく)。小森を追うように〈因幡跳び〉で空中を走っていた霞ヶ浦が、踏んづけようと来襲した。

 放たれる『止まれ』は豪速を以て二人に直進する。風を切って――惜しくも空を切る。

 足蹴にされるよりも早く横に身体を動かしていたのが功を奏し、小森はどうにか回避。顔には苦痛が見えた。そして常人ならば被弾もやむを得ないところ、霞ヶ浦は持ち前の脚力で小森から距離を離す形で躱す。

「……むー」

 眉を落として追い始める甘扇。遅れて標識が地面と掠れる音が響く。

――このまま引き付けて月見通りに連れていく……!

 小森は再び走る。森を駆ける狼の血は、街並みだろうと衰退を見せない。狩る為であるならば、小森蜜歌の身体へ存分に力を貸し与えると躍動が告げる。

「……っ、はぁっ」

 〈因幡跳び〉もまた、能力者に機動力を祝福するものだが、霞ヶ浦にもたらされたのはあくまでも高い跳躍を可能とさせる下半身のみ。

 鋭い攻撃に対して幾度も跳躍し、都度俊敏な獣へ攻撃してきた霞ヶ浦は、既に表情から悠揚さが失われていた。それも足首が深く噛まれた直後。筋肉の稼動に支障がなくとも、地面を弾く度自分のことかのように痛みがはじける。

 距離を保った並走で機を伺う二人に、追随するのは大きく差を付けられた甘扇。

 徒競走で転んでしまったかのような、長すぎない、然して追いつくには憂いを覚えるような距離だった。

 獣を帯びる二人は、自分達が立つ模造空間に異常が起きたのかと錯覚した。

 三つ角の鬼、甘扇は地面を踏み割りながらその距離を埋めていく。

「追いつかれるっ……!」

 声を出す余裕のない霞ヶ浦は、小森のボヤきに含まれた焦燥ごと共感した。

 このまま肉薄すれば、酸素の足りない自分が不利。今はそれだけ直感する。

 重たい身体を引っ張り上げ、跳躍。ベースが人間ながらも、人狼と鬼へ負けず劣らずの意地を示して見せる霞ヶ浦は、更に〈因幡跳び〉で空中に小さく単純化されたワニを踏んづけ続けて縦に距離を稼ぐ。

 行き先を図る前に、甘扇が早い。〈桜援〉で甘扇を謀ることは出来なかった。目算を間違え、先程甘扇が触れてしまったからだ。その結果霞ヶ浦にも無害と理解され、今はただ丸腰の人狼でしかない。

 蹴りを受け止めた二の腕には未だ鈍痛が滞留する。霞ヶ浦のように機動戦は出来ない――椛野のように格闘戦も出来ない。

 目の前に転がる『止まれ』が、思考を圧迫する。

 次の瞬間、衝動的な程無意識にそれを咥えた。標識側に程近い方へ歯形が薄く刻まれる。

 そして咥える為に屈んだ状態をバネへ転化。瞬発的に間合を取り――逆手にナイフを振るうように、獣は背後へ振り抜いた。

 歯から伝わった衝撃で、思わず顎が脱力する。

「ぁ……」

 標識の根本を、筋肉質な腕が握る。音を立てて凹んでいく。

 握り潰すより先に座り込む小森へ振り被られた。

 聞くに堪えない轟音。何かがひしゃけたような破壊音。

「……どんまい」

 熱のこもらない声で、甘扇が言った。

 その右手に、地面と衝突して折れ曲がった標識を持って。

 小森は悟る。ここで雁首を喰らいに行くのは理性のない、それこそ獣のやることだ。

「…………」

――自分を変えたいと思っていた。

 恵まれていると知っていたから、反骨するなにものも無かった。受け身で済むような道を都合よく進んでいた。

 普通校に進学してもそれは続くと妄想出来た。母親も、相談を持ち掛けた時こそ気の進まないような表情をしたが、贈った言葉は至極真っ当で的を得た意見であり、聡い選択肢を提示出来ていたと言える。

 娘も母親を見習い、身の丈に合った選択を選んでいこうと思った。

 とある新聞を読んだ日までは。

 活字を読むのが好きで、小森蜜歌は目に付く文字をつい追ってしまう。父親の放置した新聞を処分する前、気まぐれに目を通したのは、同年代の女子が社会的な悪へ奮戦したという記事だった。今ではそれを読んだ事実以外、思い出せるものはない。もしかしたら図書館を利用すれば分かるのかもしれないが、公共の施設に足を運んでまで済ませたい確認でもなかった。

 読んだ時の感情さえ思い出せればそれでよかった。

「……まいりました」

――きっと私はこのままでいいんだと、今ではそう思う。

 

 

 目の前は真っ黒にも真っ白にもならなかった。引き換えに頭は一瞬真っ白になったし、視界は散らばる極彩色の粒子が不愉快だった。

「種で防がれたか……確かに実戦ではその一秒が命取りかもしれないね」

 今、小森さんのことで気負うものは何もない。

 薄く息を吐く。彼はゆっくりとナイフを構えて近付いて来る。

 ただ悠長なら立ち上がれる。でも、そうとは思わせない何かを感じた。

 極彩が出てくるのを警戒しながら上半身を起こす。やはり動きがあった。彼の踏み込みに合わせて種子を出す――出せない。

 予想以上に初速が早い。出そうと念じた空間と仙慈君が被さり、種子が出てこない。

 二の矢を放つけれど表情に出ていたか。予見され、身体を逸らされる。

 ここだ。彼が動いた方向と真逆へ動き出す。立ち上がった瞬間、頭に痛みが走るが、ここだけはなんとしてでも動かねばならない。

「くそっ」

 背中から声がする。視界内に白線が映る。白線の高さに種子を出せば、視界外にある種子が消えた感覚を覚える。

 間合を取れたはずだ。慣性を止めずに振り向いた。

「……ッ」

「余裕のない表情だ」

「仕留めきれなかった貴方が言ってもね……」

「全くだよ」

 仙慈君は笑わない。

「思い直してくれたみたいね」

「ああ。確かに今は、実戦だ」

 彼は得物を構え、奔る。

 抜き身のナイフのように鋭い目付きをも、ゆっくりと窺い知れた。

 やるしかない。身体が勝手に動いた。

 懐に突き出された銀色を右手で弾く。掴もうと手を伸ばしスルりと抜けられたところへ足払いを仕掛け、軽々と引っ掛けることが出来るも、片手を付いて流れるように立ち直られる。

 先手後手が入れ替わった。

 頭が痛い。大きく動かず中段蹴り。そこへ左半身を自ら当てに来た彼は、苦悶を浮かべつつも強引に近付く。ねじ込むように胸元へナイフが伸ばされる、右足はまだ浮いたままだ。手首を効かせて手刀を放つ。

「ぐぁっ」

 しめた。ナイフが落ちる。

 戻って来る右足で地面を踏み、手刀に使った左手で仙慈君の肩を押さえる。――逃がさない。渾身の力を入れて膝をかち上げる!

「がッ……」

「う……っ!」

 私の身体が横に吹っ飛ぶ。雑木の低木がクッションになって、脇腹への打撃以外に痛みはない。

 左膝に手応えはあるけど、思う程痛恨でもなかった。顔を上げれば極彩が今しがた消える。

 地面に打ち付けられることはないけど、素早く態勢を整えるにはふんばりの効かない雑木だと邪魔にもなる。今じゃむしろ地面に手をついて……ナイフを拾う彼を咎めたかった。

 もう何度目だろう。私達は見合う。

 彼はゆっくりと動く。距離を保ったまま、私も動く。円を描くように、再び仙慈君は道路を、私は店を背にする形で。

 仙慈君の身体が前のめりになる。地面を叩き、私達を分断するかのように極彩が発生した。

「くそッ」

 半歩進んで一歩後退。これだ、仙慈君を相手にするなら足元だけを見て対処したいところだけど、顔を上げなければ自分から極彩に突っ込んでしまう。

 決定的な一撃がほしい。どうにか掻い潜るにも、策が必要だ。種子を極彩にぶつけるにも、後出しされて終わりだ。攻め入るんじゃ反射で出すのもリスクが高い。

「もうそろそろ尽きる頃合いじゃない……?」

 何も返ってこない。代わりに左から極彩が迫るので、もう一歩飛び退く。

 これじゃあどっちが時間を稼いでいるのか分からない。

 朽羽先輩と何があった。彼の能力は本当に、無尽蔵になったのか――?

 

 

 縮む枝木――植人の腕を睨み付け、彼岸崎は言った。

「どういうつもりだよ」

 月見通りの屋根、所謂アーケードを構成する横に伸びた柱に膝を使って垂れ下がり、土内游游は幹部を見下ろしている。遊んでいるとは思えない無表情だが、おちょくっていると思えば彼岸崎の腹もザワつくものがあった。

「テメェ、舐めてんのか」

「いいえ。至極真面目ですが」

 肩に非殺傷刀剣『蛇尾』の(むね)を置き、聞こえるように舌打ちを鳴らす。

「今までの試験は兎も角だ……。遅刻しやがるし、さっきから適当に伸ばすだけで戦意も感じねえ、真面目にやれねえのかよ、なァ」

「当然ながら信用がなき。しかし真面目ですよ。戦意はありませんが」

「ッ――!」

 彼岸崎は力任せに鞘を手に取り、利き手に持ち替えて投擲した。無論土内へ、重力が逆転したようにも見える淀みない直線を描いた。

 それは寸分の狂いなく土内の額に命中する。さしもの土内も表情を歪めるが――彼岸崎は思う、気のせいでなければ、避けるどころが防ぎもしなかった。表情だって、当たるのが絶対のことだと堪えたようだった。

「…………なんのつもりだ」

 もしも〈心剣〉が振るえればと、まさか介入してこの程度の時間で思わされるとは。皮肉にすらならない言葉を、余計な罵倒と共に飲み込んだ。

「こうでもしなければ、対話にならないでしょうし」

 その対話とやらの、先を促す。

「……敵幹部殿。どうぞお好きに」

「あ?」

「縦横無尽に迫る枝を前にして、出来ることがあればどうぞお好きに、と」

 空気が変わる。否、空気を変えさせられたと彼岸崎は感じる。

 今の胸に怒りの存在感はない。困惑、そして『もしかしたら』という予感がある。

「テメェまさか」

「そのまさか。貴方はまっさかさまの私に手は出せなき。そして――街に手を出そうにも、私がいる。敵を無視して破壊行為を行なう貴方()無視しませんよ」

 わざわざ強調して、土内は片膝のみでぶら下がった。関節もなく垂れ下がる片足。彼岸崎を遮ろうとする枝は三本に増えた。

「実践だぞ」

「えぇ。実戦なら、勝てない相手は援護に勤めましょう。もしも一人ならば、時間を稼ぐのだって無きにしも非ず。違いましょうかね」

「――やってみろ」

 彼岸崎は鞘を拾う為に屈み、収める間もなく駆け出した。

 アーケードの柱へ左腕に値する枝を伸ばし、土内は振り子と化す。落ちる影の動きを見て、引き離すのは苦労すると迎撃に切り替えるが、二、三本の枝をひとつ弾いたところで、鈍刀の効果は言うに及ばない。そもそも距離をとって、ただ彼岸崎を動かさない為の動きを徹底しているのが彼岸崎にとって面倒この上ない。

 投擲というのも、数メートル離れた直上へ、全くの準備無しに出来るものではない。

――それを知らしめるためわざと投擲させた?

 流石にだろう。小さく首を振って、この疑問は持ち帰ることにする。

 疑問よりも問題だ。

「通りから出るならどうぞ。それで堅苦しき勝利条件を達成出来るならば」

「っとに、痛いところを突きやがんな……!」

 空色の目に力が入り、口角が上がる。

 外敵に『立場上、街の一区画から出れない』なんてことはない。しかし、敵の目標を鑑みて行動することを試験官として責めることは断じて出来ない。実戦で一切通用しない思考とも言い難いが、しかし正道とは断じて言い切れない詭弁。

 その詭弁が彼岸崎の足を縛り付けているのは、彼岸崎自身自覚している。

「やってやろうじゃねえか」

 天井を睨むも、土内は明後日の方向を見ていた。視線を落とせば、月見通りの入口だ。日向(ひなた)と日陰が『月見通り』という看板で少し歪んでいる。

 汗を滲ませた茶髪の少女が、踏み越えた。

 兎尾を携え、霞ヶ浦が到着する。

 彼岸崎は彼女の背後から、もう一人近付いて来ているのが分かった。

「んだよ。甘い汁啜りやがって」

「そこは蜜と言っていただきたき」

 笑い飛ばしては『蛇尾』を片手に持つ彼岸崎。彼は出し抜けにこう言った。

「俺が全員ぶっ倒して締めたっていいんだぜ。本気で掛かってこいよ」

 なんて、心にもなく剣を振りかざす。

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