ーー銀狼隊戦闘部・一年
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ーー銀狼隊幹部
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『霞ヶ浦戦闘不能、残り六名』
今度は気を取られない。互いに攻めが消極的になっていて、仙慈君の方も大した隙を晒さない。
もしも大きな作戦に組み込まれれば、重要な情報は逐一伝えられて然るべきだ。戦っている最中、情報に一喜一憂してもいられないだろう。
先のことより、今のこと。
当初の枝木を伸ばしていく戦法は、随分と通りが悪くなった。伸ばした先から極彩をぶつけられて消えるからだ。枝木の操作がお粗末というのも自覚はある。
その分肉弾戦に持ち込もうとすれば、今も周回する極彩が私を阻む。
仙慈君は隙あらば食らい付いてきそうな、飢えた目付きだった。
膠着状態になれば、有利になるのは向こうの方だ。
私は飛んでくる極彩をスライディングで躱し、仙慈君に肉薄する。
密着状態は維持できない。間合に入った瞬間にバク転、爪先で蹴り上げようと目論む――当たっていない。手を着き、十全に地面を確かめる。手袋が摩擦を押さえて、普段より抵抗なく身体を操作出来た。
掌を捻り身体の向きを変える。後ろに倒れる慣性を外へ逃がして、折り返すように再び仙慈君へ蹴りを放った。
叩きつけるような我武者羅。最早姿すら確認していないが、つかず離れず流れを維持するにはこれしかない。
これもまた当たらない。大きく後ろに回避したか。ならば更に距離を詰めて極彩とのやり取りを制してやる――!
振り返り、眼前には想像通りの中距離にいる仙慈君がいた。
前のめりになった瞬間、極彩が視界の左端からやってくる。
「……!」
まずい。無茶なセットアップで加速がついた。思った以上に前へのめり込んだ身体は、左右も背後もいけやしない……!
「しまっ――」
――極彩がすり抜けていく。
仙慈君の声の意味すら把握できず、私は何も考えずに速さを維持して突っ込んだ。
過度な前傾姿勢で蹴りは出せない。目の高さには仙慈君の胴がある。
ここは乾坤一擲――単純な右ストレート。
少年の苦悶が耳に届く。握りこぶしの触れた感触は硬かった。ガードは間に合ってしまったらしい。
速度と姿勢の代償。追撃をする猶予はなく、私は一度その場を離れる。申し訳程度に極彩が残影を触れた。
「ハァッ……ハァッ、ハァッ――」
顔を上げると、目隠れの少年は猫背気味に息を切らしていた。身体を抱くようにした前腕を片手で握り、細かく呼吸を刻む。
好機と思えなかった。
「ハァッ――ッ、ハァ」
思いがけない感情が私の中にある。
仙慈君の肩は大きく揺れる。初めはガードに使った腕を気遣っているように見えたのも、よく見るとシャツにシワが出来るほど、右手で胸を握っていた。
能力の使い過ぎではないはずだ。〈万華の右眼〉のフィードバックは右目に来ると、私は木塚街での出来事で見ている。体力の限界にしては、あまりに唐突すぎる。
口を開きかけた瞬間、彼は吼えた。
「どうしたッ――来たまえよ!」
「…………」
両足を揃え、その場で二度飛ぶ。
接地後、猶予を持たせず私は駆けた。
左端から極彩。
足を止めず突っ切り――そのまま被弾する。出していたスピードも相まって、仙慈君の傍らへ転がるように吹き飛んでしまう。
万が一と思って受け身の準備は出来ていた。
左腕の二の腕、さっき打たれた場所だから痛みもひとしおだ。
仙慈君から挑発の声は聞こえない。そうだろう、と思う。
私は今、対等な駆け引きで後れを取っただけ。仙慈君は不遜だけど、これで侮る程非紳士的ではない。
もう一度駆け、極彩が現れる。さっきと同じだ。さっきと同じく、私はそのまま駆け――さっきと違い、駆け抜けた。
極彩は身体をすり抜け、私の身体は再び仙慈君の苦手とする格闘戦を運ぶ。
腕を痛めたなら、上で攻めていく。
小さく放っていく拳は際どくも致命打へ届かない。やり取りの内に蹴りで不意を突こうとしていれば、私達を中に入れた白い正円が現れる。
時間切れ。ほぼ流れ作業、反射に近い形で退避する。
――死角から殴り飛ばされた。違う。私の撤退先を読んでいたのだ。
逆に不意を突かれてしまう。これ幸いと下から抉るように放たれたナイフだったが、動きにキレがない。思わぬダメ押しを食らってしまったものの、最悪の展開は免れて、私達はまた膠着する。
「……そういうことね」
仙慈君は何も言わない。言葉を重ねるのは無駄だと観念したのだろうか、それともただ余裕がないだけか。ここで畳みかけられない辺り、私も少し息を整える必要があるようだ。
すり抜ける極彩と、当たる極彩。
〈万華の右眼〉は対象を決めて放つ――つまり彼は今まで、私ではない誰かへの極彩を放っていたのだ。
思い返せば私が避けていた極彩は、必ずと言っていい程視界の内側に入り込んできた。それはつまり、私に見せる為。私なら躱せるだろうと、仙慈君は買っていたのだ。
でも私が体勢を制御出来なくなって、前提が崩れた。誰かと目を合わせて作った極彩は当然私には当たらない。私をすり抜け、無尽蔵ではないことを晒してしまった。牽制はハリボテと墜ちる。
だというのに、直後、わざと私に見せつける極彩で私用の極彩を使ってくるのは、中々イヤらしい。
「本当に無尽蔵なら……私へ畳みかけられるタイミングも、あったもの」
私が大きく窮地に立った時、わざわざ近付いたのも、私用の極彩を放てなくなっては困る為からだ。種子と相殺させられ続けると、打つ手が無くなってしまう。
兎に角種は割れた。
果たして優位に立っただろうか。
そうは思えない。結局私は当たるまで無効か有効か分からないのだ。やることに大きな変化は訪れていない。
「結局私達、泥臭くなるのね」
実のところ、稀に焦点が上手く合わない。さんざっぱら頭を叩いてくれたおかげで。
動きもワンテンポ遅れてる。反射頼りになってきた。左腕も力が入らないし、吐き気も渦巻く。
「形無しだよ、全く」
仙慈君は右腕の震えを止めた後、ナイフを取り落とした。最早拾う素振りすら見せない。
距離を詰めた時の対処は目に見えて鈍くなっている。
待ち望んでいたはずの時間は、間もなく終わろうとしていた。
兎尾の少女は倒れ、植人も引きずり降ろされた今、月見通りの激戦も終わりを間近にしている。
「力は強えが……」
甘扇の右フックを危なげなく躱す彼岸崎は、足首と右腕に巻き付こうとしている枝にも目を光らせる。素地面を素早く叩いて枝を踏んづけ、己が『蛇尾』を持っている方に伸びた枝は代わりに鞘を握らす。左に鞘、右に鈍刀というスタイルなので、対処もスムーズだった。
以前至近距離にいる三つ角の鬼、甘扇祀は、掌底で彼岸崎の胴体を面に捉える。
「技はまだまだ冴えねェな」
鞘から手を離し、枝を踏んでいた右足を浮かせて、少女の前腕を膝と肘で鋭く挟む。強靭な身体を持つ甘扇も、的確に合わせられては後手にならざるを得なかった。
手元で逆手に切り替え、抉り抜くように『蛇尾』を振るう。狙うは甘扇の額、開戦前の感情的な素振りは一切感じ取れない、氷のような表情だった。
ガン、と音が僅かに響き、二人は離れた。枝も一度、元々の人型へ縮小していく。
「いってーな」
呟いた彼岸崎は右手をくるりと回し、それは見せつけるようにも映った。
黙って睨み付ける甘扇は、反射的に自分の額――に生えている角へ触れた。反って伸びる三つ角の一角が、急所への打撃を防いだのだ。もしも斬撃ならば鈍いながらも神経の繋がった角が両断されていたかもしれない。そう思うと、一層戦意が削がれたような気もした。
身代わりにされた鞘を店と店の間へ投げ込み、土内は甘扇の回復を待つ。
彼岸崎と甘扇の一対一が起こる度にその身で支援をする都合、先に動いてはその態勢が破綻すると考えていた。そのような甘えを、彼岸崎が咎めないわけもなく。
踵を返して土内に直進する彼岸崎。身軽になったと言わんばかりの早さで、立て直していた甘扇が遅れを取った。
「由々しき」
呟いた土内は、しかし逃げる素振りを見せない。
この期に及んで白兵戦を制するつもりなのか。とてもそうは思えないが、好機を活かす為にも彼岸座は足を止めずに鈍刀を構えた。
小細工を警戒しなかったわけではない。だからこそ動きの読めない、懐へ柄を引いた突きの構えだ。
持ちうる最速で練り上げられた刹那を打倒する。
意気は一直線に土内へ迫る。
硬く口を結んだ。これは避けれない、と覚悟を決めた。
否。
「ぐっ……」
真正面から、突きを受ける。
予定通りに。
身体の浮いた土内はその四肢を伸ばし、彼岸崎へ絡みつく。ここ一番の一撃に手加減はなく、植人の顔には苦悶が浮かんでいた。だからこそ彼岸崎は、見てから対処する猶予はない。
「チッ」
彼岸崎と土内の距離は丸々『蛇尾』一振り分。四本の枝で、隙間が生まれないよう強く相互を引き合い続けた。『蛇尾』を手放すことでしかこの場を離脱できない、さもなくば枝の束縛から脱することは不可能。
しかし得物を失うというのは人間が拳で鬼とやり合うことを意味する。
そしてその逡巡は、鬼が辿り着く猶予を稼いでしまった。
僅かに早い鬨の声。勝ち方を選ぶ流麗な声が、月見通りへ響き渡った。
「刃を壊しなさいっ!」
「ん……」
彼岸崎を過ぎ去り、強く踏み込んだ足はブレーキとなる。ひび割れた地面を厭わず繰り出された正拳は細枝を縫って『蛇尾』へ放たれた。
鬼の力を横から余すことなく叩き込まれ、鈍刀は砕け折れる。
自分と土内をつっかえていたものが無くなった瞬間を狙う彼岸崎だが、土内の力は緩まない。
「クソッ」
枝に引き付けられ、そして土内自身も迫り、美形の両性が彼岸崎に抱きつく形となる。
彼らは知る由もないが、準備室は少しどよめいた。
当事者は真剣そのものである。
へばりつくとも取れる光景だが、突きを放った以上彼岸崎の腕は内側にある。破壊された瞬きの間に腕を引こうにも、警戒していた土内はその手を封じる。
「コノヤロ……ッ」
首を反って頭突きをするも、束縛は離れない。乗じて身体に力を入れても、丹寧に巻き付いた枝を引き剥がせそうにもない。
長く続いた葛藤の末に、幹部――彼岸崎は呟く。
「クソッ、負けだな。こりゃあ」
二体一で捕縛された以上、食い下がれる余地もない。土内が離れ、折れた『蛇尾』が地面に落ちる。
金属質な音が響いたその時、土内の両腕は再び躍動する。
有無を言わさぬ速攻が甘扇を襲った。街灯へ甘扇の両肩を突き飛ばし、そのまま追撃を図るが、想定外だったのは、完全に不意を突いたというのにも関わらず、足を一歩退く程度で済まされたことか。
「逞しき体幹」
彼岸崎は即刻この場を離れた。彼の表情は清々しく、感心すら滲ませていた。
一直線に来るかと思いきや、店の看板やアーケード等、縦横無尽に自らの身体を動かして翻弄していく。時折伸びる枝で逃げを牽制するが、易々と払われる。鬼はその場で好機を待ち望むばかりだった。
右腕で枝を薙ぎ払い、ついに土内の身体が持ってかれる。空中に居た彼は勢いを持っていかれ、八百屋のダンボール箱に墜落した。
空箱が転がるのもお構いなしに、三つ角の少女は一歩二歩と地面を蹴る。最早走るまでもない跳躍じみた肉薄だった。
どんなに自由度が高くとも、何事もねじ伏せる万力の前には及ばない。
それを観念したかのように土内は動かなかった。
いや――。
甘扇には既視感があった。それは直前のことだ。彼岸崎の鋭刃に対して、彼は動かなかった。
察知しても身体は止まらない、甘扇が腕を振り下ろす。自らへ到達する数瞬の間隙に、土内はそれを放った。
「……!? げふっ、がふっ……」
黄色い粉末が爆発的に撒き散らされる。出処は八百屋ではなく土内自身。
――事前に内包しておいた、花粉だ。
「
そして隠し持っていた道具を持ち、枝は獲物を覆い喰らった。
カチャり、カチャりと甘扇の身体に沿って子気味の良い音が鳴っていく。
先ずは四肢に四つ。そして彼岸崎にやったように土内は自分の身体を相手へ引き寄せ――両者の首元にも、手錠が掛かった。
五つの手錠。それが直接的な戦闘力に欠ける土内へ渡された支給品、椛野が視界に入れたものだった。
鬼の力に、銀狼隊特製の手錠はどれほど力を及ぼすのか。甘扇がその実を確かめようとする。
それを見逃す程ゆとりのない植人ではないぞと、彼は次の手を打つ。
否。
それは終止符であった。
「ギブアップです。万策尽きました。あぁ、戦いを降りた人を攻撃するなら、止めませんよ。いいえ、私にはもう止められませんね。されるがままです」
「……けほっ。はぁ……?」
「因みに枝切られるとくっそ痛々しきことになるので。あぁでも、お好きに」
立て続けのリタイアが告げられる。
極彩が迫る。
「もう……っ」
一転して、状況は守りの私と攻めの仙慈君に変わった。
タネが割れた以上、いずれ時間切れが来ると踏んだのかもしれない。彼は自分から動き、極彩を当ててくる。
足元を掬う極彩を縦に開脚してスルー、もう一つ仕込ませていた極彩をも見送って、踏み込んで蹴りを放つ。
私の身体は相殺しない。蹴りは仙慈君の極彩に押し流され、体勢が崩れる。ここで本物をぶつけてくるか……。
本人の疲れに比例せず、極彩は無機質的に衛星軌道を従事する。
もつれた足が重たい。追撃に打たれ、身体が飛んだ。
「くっ!」
受け身の手触りが変わる。駐車場の境を越えて、すぐそこに建物がある。傍には階段、一度距離を離す為に駆け上がった。
一か八かだけど、階段は落下防止の手すりが遮蔽にもなって、迂闊に私宛ての極彩を行使できないはずだ。
踊り場が見える。ここで折り返せば二階へ上がれる、逆に戻る選択肢も無くはない。
極彩が遮蔽を貫通してくる。まさか、とは思いつつもギリギリで躱した。
「風の……感じがない。外れか」
自分でも笑えるくらい弱々しい声だった。
思えば鴻上君との連戦で、ここに来るまで走りっぱなしだ。
小さく息を繰り返してから、ようやく唾を飲む。
あと一発、あと一撃が入れば、彼ももう吹けば飛ぶくらいだろうに。
「ッ!」
今度は極彩が二つ。速度と縦軸が違う――当てに来ている!
逃げを断たれていると直感するけど、それに抗えない。彼の誘い通り二階に上がる形で極彩から逃れた。
二階は百均らしい。店頭には商品を置くスペースや買い物カゴを並べるスペースがあるけれど、スペースだけだった。店内は曇りガラスで中が見えない、逃げ込むことは不可能だろう。
ここまで上がったはいいものの、これからどうやって自由な極彩の守りを打ち破るべきか。
「……っ」
何かが、今何かが引っかかった。
「――さあ、早く来たまえよ」
くそ、もう少しで何かが掴めるのに。
落ち着け。遮蔽に背を預けた私を正確に狙う事は出来ないはずだ。
仙慈君を、〈万華の右眼〉を自由と思った時、何に引っかかった? 私はその憧れを、もっと前に抱いたような気がする。
「そうだ、そうだ……私は、そう。私だって彼のように!」
『……貴方の能力を私の身体機能に応用出来れば、更に自由度が増したと思った次第』
『随分と、随分と彼は自由に動く。』
私は既に見出している。感情の阻まれた先、彼への憧憬――いや、私だって出来ると、いわば反骨心を抱えている!
白線が目の前に出てくる。
決して広くない空間で極彩と踊り続けるわけにはいかない。
勝負は一瞬、成功しても失敗しても終わりだ。
下に降りる時間はない。私は極彩を躱しながら呼吸を整え、空を睨んだ。
その動きのモデルケースは既に見た。夜桜先輩を躱す為に、土内游游は何をどう使った?
「っ……ただで済むつもりかい!?」
私は手すりの終着点に足を掛ける。見下ろせば仙慈君が、こじんまりと駐車場に立っていた。好都合なことに、狙いを定めるかコストを下げるためか、近付いている。
ひとっ跳びに行けるか怪しいラインだ。でもやるしかない。
「これで終わりよッ!」
一思いに地面を蹴った。
身体が宙に浮く、思った数段力が出ていない。仙慈君の直上に行くのは難しいだろう。
「――警告はしたからなッ!」
白線が見える。極彩は私を撃ち落とそうと舌を舐める。
今だ――種子を空中に打ち据える。それは伸ばした手の先に。
枝木は私の腕に絡まり、種子は動きの支点となる。身体を反って、枝木を強く強く動かしていく。
「即興空走――ブランチ・スクリプトっ!」
振り子運動で私の身体は空を舞う。慣性がついて即刻種子を消し、今度こそ仙慈君の直上へ。
極彩色に光る瞳へ一直線、極彩に種子を合わせ、虹色の破片が私を包む。
「こんのぉぉぉッ!」
無我夢中で腕を突き出した。
何かを掴み取るような気持ちで、何かを突っぱねるような思いで。
肩越しに衝撃。
「カハッ――」
私は知らぬ間に目を閉じていた。
私は仙慈君を地面へ押し付ける形になって、その仙慈君は両目を閉じている。
心臓がうるさい。
慎重に立ったけど、それでも身体がふらつく。妙な浮遊感があった。
浮遊感は物理的ではない気がする。もっと、もっと漠然としたものが宙に浮かんでいた。
改めて見下ろす。
起き上がる様子のない仙慈寿人の薄い胸が、ゆっくり上下している。
僅か一ヶ月に根を張った因縁は、私が地面に立っていることで収束した。
私が制した。
私が勝った。
仙慈君に――私は、勝った。
「――っしゃああああぁぁぁぁぁッッ!!!!」