ーー銀狼隊戦闘部・一年
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ーー銀狼隊医療部
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ーー銀狼隊支援部
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ーー月桜学園保健委員
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何も纏っていない素手で、果敢に金時へ攻めていく添木。
右ストレート、右フック、振り回された身体をそのまま使って右エルボー。
それらをどうにか足さばきで躱し、エルボーは柄で受け止める金時。
エルボーの衝撃で距離が離れたところを腕のみの突きで迎撃する。しかし、ガッ――と添木の左腕が纏う岩に阻まれた。
「……、…………っ」
金時の攻めが止まる。
歯を、痛みすら覚える程強く噛み、添木は左腕を大きく振り上げた。
大地の鉄槌は躱される。易々と動いたようにも見えたが、隙だらけの相手に反撃が出てこない。
「来ねえのなら、止めてやんねーぞ……っ!」
左腕に力を入れるも、上がる気配がない。なので右腕で岩を預かる。元の半分の重さを引き取った右アッパーが金時に繰り出された。
これもまた、避ける。
大きく突き上げた拳は重さに耐え兼ね、すぐさま地面に伸びそうになる。
そこで〈岩纏〉を解除し、身軽になった拳を放っていく。
――今ならいける。
獰猛なラッシュに白房の少年は手も足も出ない。攻勢に出てこないなら鎧なんて無用だと、躍動する両の拳が熱弁しているようだった。
「はっ……はぁっ……」
ただ逃げ回っているわけではない。
今更隠す爪もあるまい。しかし、隙という獲物を鷹は待ちわびていた。
金時は後退する最中、徐々に公園の敷地外へ向かっていると分かっていた。逃げる算段ではなく、攻める為の手段として、出入り口に進む。
自分の背で隠したそれは、自転車を阻む鉄の柵。
「こんのッ!」
ここで金時は横に避ける。そして後退した金時にも当たるよう深く踏み込んだ結果――添木は柵につんのめる。
自分の今の力では『蛇尾』ですら荷が勝つ。
受け入れるまでの時間はあった。それでも眉を落とし、彼は逆手になるよう持ち直す。
金時は短い動きで、柄頭を添木の胸にめり込ませた。
「ウッ……」
堪えるもむなしく、添木は背中から倒れる。
意識はある。
ならば彼はまだ動く――金時は、迷わずに判断した。
無常にも振るわれる鈍刀の一撃は、これも迷いなく添木の頭部へ。
再び、岩が受け止めた。
岩を纏った頭は、眉根に力を入れながらも笑みを見せた。
更には岩が『蛇尾』に纏わる。段々と重くなる刀剣の先に、金時は耐え兼ねて落とす。
「ステゴロ付き合えや……!」
苦しさを隠さない声だった。
地面に手を着き、添木は立ち上がろうとする。
自分の領分なら――三白眼に希望を見た。
しかし、如何に誘えども、金時射弦は剣士であった。拳を握るならば柄を握る為、地面を蹴るなら斬り込む為、一挙手一投足は武器に纏わる動きでなくてはならなかった。
金時は素手の暴行への逡巡をひとしおに、鞘を手繰り寄せる。
そして一思いに、添木へ打撃した。
「ッ……まじ、かよ……」
添木番の力が抜け、岩も崩れていく。
金時は鞘を元の位置に収めた。それから『蛇尾』を手に取り、周囲を見渡す。
二十――三十はくだらない、クレーターの残った周囲を。
「ありがとうございました」
踵を返し公園を出る。確か、残り二人いたはずだ。どちらも垂涎物の実力者だとも分かっている。だというのに――彼の歩みが止まった。
膝が震え出し、たちまちその場に崩れ落ちる。
「……!」
添木番の尋常ならざる体力へ、この時間、向き合い続けてきた。
何度も。
何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。
岩を砕き、拳を掻い潜り、冴えた剣戟でなくばダメージすら見込めない相手に、何度も何度も剣と拳を交えた。
「……、……!」
息を荒く、金時はその長身を這いずらせていく。
道路に出る段差で顎を打った。
構わずに進む。最早、何処に向かえば闘争の相手と出会えるのか分かってもいない。
構わずに。
金時の耳元で、依折蛍の声が聞こえる。個別の通信だった。
『金時。十秒で歩き始めなければ戦闘不能とする』
慈悲深い死の宣告が、金時の鼓膜を揺らした。
言葉を飲み込む為に三秒。刀剣を鞘ごと引く抜くのに二秒。
刀剣で自分を支え――弾かれたように、手が離れた。
『蛇尾』が車道に転がって、金時は両手を伸ばし地面に転んだ。
「くッ…………!」
『――仙慈寿人、添木番、金時射弦、戦闘不能』
駐車場を出て、朽羽先輩の声が聞こえる。通信機からだ。
『対抗殲滅戦はこれで終了だ。医療部の搬送がそっちに向かうから、残っている皆はその場で待機するように』
駐車場のフェンスに寄りかかって待っていれば、数分そこらで二台のカッコいいゴーカートがやって来る。前後に並んでやってきたカートの、前の方には知らない人が緑色のバイザーを被って座っている。近付いてくれば、後ろには依折と呼ばれていた人が座っているのが分かった。
立ち上がるのにも精一杯で、頭痛とあちこちの鈍痛がけたたましく主張してくる。
カートは駐車場の入口付近で止まる。二人の医療部は軽く視線を交わしてから、前を走っていた方だけ降りた。
「一人で歩けるだろ。お前は」
依折先輩は座ったまま言った。一度だけ手招きしている。
呆然として、思わずもう一人の方を見るけどその人は仙慈君を抱きかかえて自分の乗ってきたカートに戻ってしまった。どことなく、気まずそうに口を結んでいた気もする。
別に動けなくもないので、涼しい顔で従った。
医療部の依折。鳴島先輩から聞いた、二年唯一の銀狼隊幹部だ。鳴島先輩曰く若干の人格の問題があるらしいが、その理由が既に分かった気がした。
カートに運ばれる間、一応、本当にそうなのかを聞いてみる。
「医療部管轄の依折先輩、ですよね」
「それがどうした」
「……初めて会うと思ったので」
付け足した言葉ですら、それがどうしたと目で語ってくる。
目の前ではカートに運ばれた仙慈君が能力で治療されている。私も治して、とは言いにくいので、幹部に尋ねるべきようなことを聞いてみた。
「これからどうするんですか?」
「ボクが言う訳ないだろ。今までも朽羽や虎郷が進めてたんだ、どうせ二度手間になるようなことをボクに言わせるな……あ?」
最後の声はガンを付けてきたわけではないと思う。依折先輩は忌々しげに通信機を撫でた。
「……どうせ後から聞くんだ。質問するなよ」
大方、先輩か誰かの援護射撃があったのだろう。私は粛々と頷いた。
「医務室でどいつもこいつも治療する。全員癒えたらひとまずの総評。以上」
「治療はどれくらいで済むんですか?」
つい口走って、しまったと思う。案の定睨み付けられるけど、依折先輩は視線を外しながら溜め息を零した。
「大方三十分程度、それまでほっつき歩くなよ。色々面倒だ」
「ありがとうございます」
少し浮かれてしまっているのかもしれない。頬に手を当てて、瞼を伏せる。
やっぱりほんのりと熱い。
――次に目を開いたのは三十分後だった。
「……ん、んん」
身体が柔らかなものに沈み込んでいく。疲れ切ったこの身体を、もう数時間は抱きかかえてほしい。
「ほらさっさと起きなさい貴方達!」
何人かのうめき声にも似た声が、周囲で疎らに聞こえる。
急かされる気持ちと、柔らかさに甘えたい気持ちが綯い交ぜになって、ひとまず目を擦ってみる。
白い天井に飽き足らず、周囲を白いカーテンと白い掛け布団。保健室か、でもなければ……。
カーテンが勢いよく引かれる。
「ひっ」
「椛野! 貴方も早く……なによ、起きてるじゃない」
彩上先輩だった。呆れた様子で、彼女は別のカーテンを解き放っていった。
身体を起こして、それから次に髪を撫でつける。
……まだギリギリ崩れてはいない。これなら人前に出られるか。
「皆待ってるわよ! 怪我は治ってるんだから根性見せろ!」
「見せろーっ」
やけにノリの良い声が乗っかって言った。
とにかく、動かないと彩上先輩にどうされるか分からない。私は他の一年を尻目に、ベッドから移動した。ここは銀狼隊本部の医務室の一つらしい。全部で十台のベッドがあるけど、半数くらいが埋まっている。
ノリの良い声の主は、入口にいる真代だった。
「おはよぉ」
「おはよう……今何時?」
「六時くらい。夜の」
「そう……」
真代が先に歩き出すので、なんとなく付いて行った。今はいずれ分かる目的地よりも知りたいことがあった。
「あれからどうなったの?」
「みんなクタクタだったから寝かされてたよ。穂咲ちゃん度々起きてたのに。覚えてないの」
「まったく覚えてない……」
「でね。
「そっか……じゃあ、仙慈君も小森さんも、先いるんだ?」
ベッドに二人の姿はなかったから、そうだと思った。
しかし真代はどっちでもないと言いたげに、首を傾げる。
医務室から出て少し歩けば階段があった。近くにエレベーターもあるのだが、真代は何も言わずに階段を昇る。憚るものは何もないので、私も従った。本当は踏み込む度足に疲れが滲んでくるけど、時間が欲しいのは確かだったから。
「小森ちゃんは居るけどね。仙慈君は部屋から出たら、青い髪の人と行っちゃった」
「部屋ってどこの?」
「穂咲ちゃんに倒されてからすぐだよ」
倒されてからすぐ。つまり特別訓練室から、そのまま何処かへ行ったということだろう。
「穂咲ちゃんは寝てたけど、仙慈君は治ったらすぐに起きたの。でもどっか行っちゃった。医務室にも談話室にもいないよ」
いきなり出てきた談話室に私達が向かってるのだとしたら、私は地下一階の医務室にいたらしい。
階段を上がって廊下に出れば、確かに窓が夕闇を映していた。
「青い髪の人って、女の人?」
「うん」
「春秦先輩かな……」
「分かんないけど」
これ以上は邪推ってものか。
会話に付き合ってくれたおかげで、頭が動いてきた。元から身体の痛みは癒えてるみたいだから、後はこの筋肉疲労をゆっくり宥めていけばいいのだろう。
談話室は食堂と地続きの、
普段なら十人、二十人はご飯を食べたり盛り上がってたりする時間帯だけど、近付くにつれ、そんな活気がないと分かった。
角を曲がって見てみれば、誰もが誰も落ち込んでいるわけではなさそうだ。ただ人が少ないだけのようで、土内さんを含め受験者と、試験に関わった二年生や幹部の皆がいる。
人がまばらだと。整然と並んだように見える長机と長椅子。二年生は端っこの方に座っていて、小森さん達受験者は中の方に座っている。適当に距離を置いてるみたいなので、小森さんの方へ近付いてく。
「真代坂さん。他の人は」
言ったのは朽羽先輩だ。幹部四人は、座っている皆を見渡せるようガラス張りの壁を背にして立っていた。中央には彼岸崎先輩と朽羽先輩がいて、両サイドに少女二人と言った形。
「眠そうだったから」
「だからあたし達が起こすんでしょうが仁子ぉ!」
背後から稲妻が飛んできた。真代と同時に振り返れば、気怠そうな少女や三白眼の少年、そして金時君が彩上先輩と連れ立って歩いていた。
元々座っていた人と合わせて、一人足りない。仙慈君だ。
「いいのかなって」
「何がよ! 勝手ばっかしてくれちゃって……」
「まぁまぁ。取り敢えず座って。そろそろ講評するよ、お腹空いたでしょ皆」
この世の核心を突いた一言に、私を含めて皆がすごすごと座る。小森さんや金時君に、一声掛けたい気持ちがあったけれど、咄嗟には思いつかない。咄嗟に出てしまう言葉をそのまま話していいともあまり思えなかった。
そして、一人を除いた全員が座っても場が進まない。
朽羽先輩が小声で他の幹部に何か確認を取ったあと、携帯片手に場を離れていった。
なんとなく、緊張が漂う。
私には一つ心当たりがあった。全力を賭したことに後悔はないけれど、それでもずっと、あれで良かったのかと思うものがある。
たった一度だけ、戦っている最中にたった一度だけ、彼は様子がおかしかった。
「――不肖房嶋豊鷹、一生の不覚」
……なんてな、と付け足してみる。あんまり快い気持ちでもないので、言った先から俺は後悔した。
散らかし尽くした寮室で、俺は一人立ち竦む。
傾きまくった机、ベッドに内容物を吐き出したカバン(学校用と外出用の二つとも)やありとあらゆる文房具の散乱した床。
腰に手を当ててみるが、特に何も変わらない。
課題に手を付けようとしたところで気付いてしまった午後五時半。口を深く結んで、俺は選択肢を迫られている。
「……ま、いいか。遠くもないしな」
月桜学園は全然私服でも問題はないが、なんとなくシャツに着替え直して、俺は寮を出た。
寮から校舎に向かう最中、傍らにはすっかり緑一色の桜が並んでいる。その奥にはグラウンドが見えて、部活に励んでいる色んな種族の人がいた。日が落ちてきたので気温は少し冷たい、運動部ならこの程度問題ないだろうが、半袖のシャツだと少し心細さを感じる。ただ、それがかえって清々しさにも一役買っていた。
こうして歩いてみると、まぁ忘れ物を探しにいくのも悪くないと思う。五月の五日という連休只中にも関わらず、学校に向かう理由くらいにはなったかな。
昇降口に入る前に、ふと自分のやってきた方と反対を眺める。暖色系の光が少し漏れている、一見して厳かなビルだ。
仙慈達は今も頑張ってるのだろうか。
上履きを履き、階段を通り過ぎて一階の廊下を練り歩く。特に誰ともすれ違わずに、目的の保健室までたどり着いた。
ノックを挟んで扉を開ける。
「房嶋豊鷹君。こんにちは」
白衣を羽織った灰色髪の長身。月桜学園の養護教諭が待っていた。いや待たせていたわけではないが、先生は頬杖を付いて、俺を眺めている。その様子はどうにも待っていたかのように思えて、挨拶が遅れた。
「ちわっす」
「委員会ではないだろう。何事だい」
話が早い人だ。ただ今回は誰かの手を借りるつもりで足を運んだわけじゃなかった。
音が立たないように閉めるものの、先生以外に人はいないらしい。普段よりも整然とした、妙な心地になる空間だ。
「ボールペンが無くって、もしかしたらここに置いてきちゃったかもしんないんすよね」
言うと、先生は身体を起こす。本当に話が早い。俺は先ず先生の机にあるペン立てを遠くから覗いた。おかげさま、一目で無い事が分かる。
「折角の連休なのだから、登校日にくればいいものを」
からかうように言われる。
笑って話す気にはならなかったので、俺は背を向けて別の置き場に足を進めた。
「ついこないだ買ったばかりなんすよ。映画の物販で。買い直すんなら、それこそ休みの日でもないと」
この学園の保健室は縦にも横にも広い。縦はそもそも学園自体がそうで、たまに三メートルくらいの背丈の先輩とすれ違うと、疑問にも思わなくなった。
「余程好きな映画と見た」
「やー、言う程でも」
広い保健室にはペンがありそうな場所が三つある。一つは養護教諭の机で、もう一つは窓際にある、学校机だ。もしかしたらもっとスマートな言い方があるのかもしれない。
ともかく学校にある机は窓際に二つくっついて並んでいて、普段は俺達保健委員が保健だよりを書く為のスペースにしている。
机の上にはない。机の引き出しを確かめながら、俺は付け足した。
「映画好きの友達がすぐに出来たもんで、なるべく手元に残したいんすよね。記念に」
だが、ない。いつも使わない引き出しをわざわざ確認したのは、我ながら時間稼ぎみたいなものを感じて参った。
先生は相槌を打つと、何も言う気配が無くなる。
あと一つ、ペン立てがあるのは壁沿いの診察台みたいなところだ。俺含めて、保健委員が自力で怪我を治せたりする一方、そこでトラブルになると色々不味いので、治療の為に能力や種族固有の機能を使った場合は、誰を癒して誰が対応したかを書くようにしている。だからここにもペンが必要なのだ。
透明なボディにロゴが並んだボールペンが、鉛筆や規格品のボールペンに混じって立てかけられていた。どうやら俺は、つい癖でペン立てに与えてしまったらしい。
思ったよりも焦りがあったのか、撫で下ろした胸の重さに自分でも少し驚く。
「よかったじゃないか……おや」
俺が答えるより先に、扉がノックされる。気のせいじゃなければノックされる前から先生は気付いてたような。
からからからと、ゆっくり開いた扉の先には二人の青髪が立っていた。比べてみれば薄い方の青髪は、片目を長い前髪で隠している少年。一方濃い目の青髪はショートカットの少女だ。少女が少年を支える形で、中に入ってきた。
どっちもよく知る人だ。
「仙慈、春秦先輩! ……顔真っ青じゃねえか。今日試験だったろ、大丈夫か」
保健委員の春秦命先輩と、銀狼隊で映画好きの友人、仙慈寿人。
仙慈の顔は、よく見ると元々濃い方でもない肌色が更に真っ白になっている。つい近寄ってしまうが、養護教諭がそれを制した。
「まぁ待った。薬だね?」
「……はい」
掠れた声で仙慈は言う。項垂れた姿勢で、頷いたとも取れない身体の揺らぎが返事をした。
俺は何も言えないで、顔を背ける。尋常ではない人をまじまじと見るのは違うだろうと、なんとなく目のやり場に困ったからだ。
窓の外には誰も見えない。開けられたカーテンから橙色が灯されていて、温かいはずの色から寂寞が滲み、部屋を満たしたような錯覚がある。
「春秦先輩。もう大丈夫です」
仙慈の声がして、俺は視線を三人の方へ戻す。
相変わらず大丈夫とは思えない顔色だった。案の定、春秦先輩は首を横に振る。
「そういうわけにはいかないですよっ。僕には保健委員と医療部としての責任があるんです」
意志の固そうな瞳に、仙慈は押し黙る。説得する元気もないのだろう、その状態で弁舌を回すのはくたびれそうだ。
仙慈は不意に顔を上げて、俺と目が合う。
「君にも、みずぼらしいところを見せてしまったね」
「いやむしろ、間が悪い時に会っちまったよな。あんま知られたくなかったんだろ?」
飯を食べる時も外で遊ぶ時も所作がキチンとしていて、連絡も行き届く奴だ。そういう奴が身体が弱いと事前に言わないのは、言いたくない理由があるってことだろう。それが、自分の弱みを言いふらしたくないっていうごく自然な抵抗感でも、計り知れない特別な理由だとしても、俺から踏み込む理由はない。
「まぁ、そうだね」
片時も離れないといった具合で横に立つ春秦先輩に観念したのか、仙慈は壁沿いのソファに座る。背もたれは無くて、張った質感のそれは休むのに上等とは言いにくい。それでもベッドに行かないのは仙慈なりの意地か。
数十センチ開けて春秦先輩も座った。俺もそろそろこの場を後にしようと思ったところで、仙慈は薄く息をついた。俺は足を動かさず、何気なく仙慈に視線をやった。
「……生まれつき、長い間運動をしていると、途端に体調を崩してしまうんだ」
「喘息って、わけでもなさそうだな」
「あぁ、心臓と、肺も少しね。――そうでなくとも、あまり強くはなくてね。最近は頻度も減ってきたのに、本当に、不甲斐ない」
そんなことはないだろ。そう言ってやりたい気持ちを飲み込む。
仙慈の落ち度じゃなくたって、仙慈の問題なのは揺るぎようがない。それじゃあ慰めたって、その場しのぎにもならない。
「このこと、椛野君と……真代坂君には言わないでくれないか」
……それを快諾するか、俺は迷う余地があると思った。あの二人と仙慈には俺の知らない因縁か、でなくとも相性の悪さが滲んでる。これからの学園生活で、俺はその因縁に踏み込むだろうか?
無いな。もしもあっても、ここで友達の頼みを担保に置き換える必要はない。
「分かった。まぁ任せろって」
仙慈はふっと微笑む。
俺が出口へ足を進ませた辺りで、仙慈が言う。何処か明るくなった声色だった。
「そのペン、どうかしたのかい?」
そういやずっと握ったままだった。抜き身のペンは、まぁ気になるだろう。
「失くしちまったかと思ったら、委員会の時に紛れてたみたいでさ。辻には内緒な。見栄ってやつだ」
俺も仙慈も、噛み殺すように静かに笑った。
仙慈のズボンから音楽が鳴る。電話だろう。養護教諭が「いいよ」と促し、くぐもった音楽はハッキリと聞こえた。
ほんの少し大股になって、俺は保健室の扉を開ける。
「じゃあな。お大事に」
「ありがとう。房嶋君」