白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――銀狼隊戦闘部・一年
椛野  穂咲(かばの・ほざき)――赤毛の少女〈種子〉
仙慈  寿人(せんじ・ひさと)――目隠れの少年〈万華の右眼〉
金時  射弦(きんとき・いづる)――白髪の少年《剣士》
小森  蜜歌(こもり・みつか)――桃毛の人狼〈桜援〉
土内  游游(どない・ゆうゆう)――黄緑髪の両性《植人》
鴻上  篠(こうがみ・しの)――白インナーの少年〈影絵〉
霞ヶ浦 兎子(かすみがうら・ばにい)――兎尾の少女〈因幡跳び〉
添木  番(そえぎ・ばん)――三白眼の少年〈岩纏〉
甘扇  祀(あまおうぎ・まつり)――三つ角の少女《鬼》

――銀狼隊戦闘部・二年
鳴島  迅(なりしま・じん)――黄髪の少年〈放電〉
夜桜  雪(よざくら・ゆき)――銀髪の少女〈獣人化:狼〉
虎郷  景善(こざと・かげよし)――黒髪の少年〈浄眼〉
雉子雨 佐久雲(きじさめ・さくも)――ゴーグルの少年〈演算〉

――銀狼隊支援部
真代坂 仁子(ましろざか・にこ)――階調髪の少女《猫又》
彩上  八子(あやがみ・やこ)――深紅髪の少女

――銀狼隊幹部
彼岸崎 錦(ひがんざき・にしき)――空色目の少年、戦闘部管轄〈心剣〉
朽羽  那由多(くちば・なゆた)――三つ編みの少年、支援部管轄〈雪哭〉
不知火 朱輝(しらぬい・あき)――深青目の少女、支援部管轄
依折  蛍(いおり・けい)――瑠璃髪の少女、医療部管轄


第二十七話 群狼のうたげ (付記・人物紹介)

 電話してきたらしい朽羽先輩は、少しの時間で戻ってきた。幹部が再び四人並ぶ。

 それから迷いのない様子で、皆に行き渡るよう声を張った。

「えー、手早くいきます」

 特に皆、緊張してはいないみたいだった。

「講評は三日後の昼、追って連絡します。今はとにかくお疲れ様。色々言いたい事はあるけど、まぁ大体皆頑張ったんじゃないかな」

 三日後の昼。今が五月五日だから、八日の昼だ。

 前半も後半も、朽羽先輩の声色は変わらない。業務連絡と労いが同列に置かれている。

 まぁ、丹精込めて労われても、浮かれることは出来ないと思う。それは他の人もきっと同じだ。

「私からはあと一つ。前もって言われていた、非殺傷の立ち回りを皆意識していたように思えたよ。心構えが出来てそうな人も多いね。だから後は実力を付けるように。……一対一で闘って勝てるだけの人材は要らない。自分の志に追いつくよう、どうか励んでほしいね。じゃ、次は依折。どうせ皆に顔合わせてないでしょ? 不知火さんも。この際自己紹介も兼ねて」

 徹頭徹尾、温和で平坦な声だった。より、今の私と先輩の距離を感じる。

 自分の志に追いつくように。それはつまり、今の私じゃてんで足りないと言うことだ。理想希望へ手も足も出ていない、口先で強がるだけで、まだ物に出来ていない。……この一ヶ月を強く咎めるように、私は聞こえた。

 お鉢が回った依折先輩は、心底イヤそうな顔をして、次第に諦める。

 高くもない身長で顎を上げ、言葉を選ばなければ――彼女は偉そうに、話し始める。

「医療部管轄二年、依折蛍だ。正直肩透かしを食らった」

 場に緊張が走るのが分かった。そうでないのは、それこそ幹部くらいなもので、彼岸崎先輩が恨めし気な目を朽羽先輩に向けている。

 でもその程度で依折先輩が妨げられることはなかった。

「朽羽は()()()()()()幹部になった。ボクも天才だ、医療部の仕事全てを十全にこなせるようになったのは一年の夏、以降は全てバカの尻拭いに費やした。元隊長は一年の内から最強で、つまり、世代ごとに突出した個人は毎度の如く居た。お前らからは感じない。感じたのはせいぜい、ここにはいない奴くらいなものだ」

 打ちのめすような言葉が続く。アクの強い、で済むような話じゃない。

 医療部なんて嘘だろう。一言一言が心を欠けさせるに十分な鋭さをもって、更には躊躇いなく振りかざしてきている。

「自分にやれることを怠るな。お前らは出来ないことがある。既になんでも出来る奴とは、スタートラインが違うんだ。銀狼隊を背負って戦うなら手を抜くな。手を抜いていいのは余剰がある奴だけで、それはお前らじゃないんだから」

 以上、と区切って、依折先輩はさっさと口を閉じてしまう。

 有無を言わせない怒濤だった。

 反論があるなら行動で示せと、強い目付きが言っている。

 ……おかげで場が完全に冷えた。眠気も完全に吹き飛んだけど。

 白髪をポニーテールにした青い瞳の少女。試験前に機器を調整していたあの先輩が、溜め息を吐きながら半歩前に出る。

「技術部三年、不知火朱輝よ。先ず、彼女の言っていることは随分な極論だから、あまり真に受けないでいいわ」

「おい」

 棘のない声で、依折先輩が抵抗を目論むも、不知火先輩はどこ吹く風に続けた。

「私は素直に感心したわ。知っての通り、貴方達は一年生の中でも選ばれた九人よ。選んだのは私達だけど……その判断が間違ってなかったみたいで安心したわ」

 顔色を変えず、冷然と話すのは依折先輩と同じだ。でも、こっちは随分と温かみがある。

「今の銀狼隊には……隊長がいない。たった一人を頂点に据えることが、私達には出来なかった。この試験はいち早く私達を支えてもらう為の試験でもあったから、その点、勇気をもらった人が私を含め、いるはずよ」

 話している最中、不知火先輩の顔が一瞬翳りを見せた。

 尤も、話を締めに掛かっている今は平然としている。

「頑張ってもらうのは貴方達だけじゃない。もしも行き詰まった時は力になるわ、いつでも技術部のラボに来て頂戴」

 「こんなところ?」と彼岸崎先輩に確認を取るのが聞こえた。

 彼岸崎先輩は快く頷き、そして前に出る。

 ハツラツとした顔だった。

「言うこと大体もうねえわ!」

 ハツラツというか。おおっぴろげというか。

「……ま、一応俺からも言っておくか。依折のご高説によれば天才とそうでない奴がいるみたいだが、俺は完全にそうじゃない方だ」

 そこで先輩は一度区切る。

 落ち着いた声色は、少し胸に染み込んだ。

「――それでも今は俺が最強みたいなもんだから、要は諦めずに自分を磨けばどうにでもなんだよ! 以上、お疲れお前ら!」

「えぇ……」

 うっかり呟いてしまう。

 まぁ結局その通りだけど、こっちも大概極論じみたもの。同じ極論なら、彼岸崎先輩の言葉で締め括る方が数段気持ちが楽だ。

 彼岸崎先輩が悪戯っぽく笑い、朽羽先輩に場を預けた。肩を竦める朽羽先輩も、何処か楽しそうに見える。

「彼の言葉に尽きるね……本当にお疲れ様。これにて、本入隊試験を終了とする!」

 方々から息をつく音が聞こえる。かくいう私も、ようやく気が抜けるというものだ。

 振り返りたいことは沢山あるけど、先ずはご飯を食べて、風呂を済ませてゆっくりと休みたい。

 頃合いを見て席を立とうかと周りを見たところ、最初座った時よりも人が少ないような気がした。私達の両脇、つまりは座っていた二年生がいつの間にか消えている。

 真代もそれに気付いたのか、すぐ側で首を回しているのが見えた。

 出し抜けに、少し遠くの方から、彩上先輩のよく通る声が飛んでくる。

「まだお開きじゃないわよーっ!」

 皆が一様に声のした方を向いた。私も同じく見遣れば、食堂の方からだった。

 そこには皿を両手にもった先輩達。

 彩上先輩は片手で一枚ずつ、鳴島先輩は両手で大きなお肉の皿を一枚、夜桜先輩やゴーグルを付けた先輩、虎郷先輩も、香ばしい匂いを纏いながら、食堂から皿を運んで来ている。

 呆気に取られるのを構わず、朽羽先輩が言った。

「競った後は懇親会! これから肩を並べることになるんだから、ここで因縁諸々解きほぐして置くこと!」

「くっそ食えよ、費用は俺ら持ちだからな!」

 彼岸崎先輩も続く。

 こんがりと焼かれたチキンが、食べられるのを今か今かと待っているような気がする。私の腕が、足が、酷使された身体が全力でかぶりつきたがっている……!

「てっ……手伝います!」

 椅子をガタりと言わせ、小森さんが言った。よく言った! 私も立ち上がり、食堂に進み始める。

「私も手伝います!」

 

 机をある程度離して、色んな種類の料理を敷き詰められた空間を私達は囲む。

 片手にはジンジャーエール。それもなんとワイングラスだ。

 皆に飲み物が渡ったのを確認すると、彼岸崎先輩は口を開く。試験ならまだしも、宴会の進行なら確かに彼岸崎先輩だろう。

「おい椛野! お前が一位になったんだ、いい感じに音頭取ってみろ!」

 嘘でしょ。

「わぁ」

「……まぁ、断る方が無粋よね」

 横にいる真代や小森さんだけではなく、一年二年、分け隔てなく私に注目してくる。

 少しグラスを握る手を強めて、咳払いした。

 胸を張り、心持ちを切り替える。

「先ず、この場を用意してくれた調理員さん、そして幹部の先輩方初め、試験に協力してくれた人に感謝を!」

 正直あまり考えず、ただ短く済ませるくらいを心掛けて言葉を手探った。

「そして私と一緒に健闘してくれた皆さんへ、今度は一緒に肩を並べ、人や街を守れる時を楽しみにしています。……、……」

 どう乾杯までいこう。

 胸を張って話すのは出来ても、段取りなんてそう組まないし。

「取り敢えず乾杯しろ乾杯っ!」「良い感じっスよー!」「はよ食わせろ」

「――っ今日はとにかくお疲れ様でした! 乾杯!」

 横で小さく笑う二人がいる。

「……何」

「いや、ふふ、楽しいなぁって思って」

「おもしろいなぁって」

「真代、面白いはちょっとどうなの」

「お腹空いた」

「貴方が言うか……」

「仕方ないよ。私もお腹空いちゃった」

「……まあね」

 皆、好きに皿を持ってご飯にありついている。

 よし、私もご飯食べよう――!

 

 グラスを置いて、骨付きチキンにかぶりついている最中だった。

「素晴らしい戦いでした」

 それは随分と力の入った、ともすればみなぎっていたとさえ形容できる、金時君の声だった。

 すぐ近くのテーブルで串カツを頬張っている三白眼の少年に向かって、何処か普段よりも満ちた表情にも思える笑みを見せている。

 金時君は間髪入れず右手を差し出す。

「お、おお……!」

 三白眼の少年も、皿に串カツを置いて握手に応じた。

 男の友情だなぁ。

「芳しいタフネスを更に活かすべきだ。貴方は。さすれば更に高みへ臨めると私は考えます」

「活かすってなぁ……俺はあんまり頭回んねえし、最後もしてやられたしな」

 遠慮がちに笑う少年だが、金時君は譲らない。

「しかし、貴方のタフネスは驚異的でした。貴方の岩を纏う能力、造形に工夫が出来れば更に継戦能力が上がるでしょう。その点を活かし――」

「椛野さん」

 少し驚いて、振り向く。

 そこには桃毛の人狼、小森さんが微笑んで立っていた。

 他所へ聞き耳を立てるのは行儀がよくなかった。反省。

「小森さん、改めてお疲れ様」

「椛野さんも。聞いたよ、一番だって。すごいねっ」

 ……あまり落ち込んでいるようには見えない。むしろクラスで話す時よりも、イキイキしているような気もする。

 そのことに胸を撫で下ろして、私は頷く。

「まあね。でも、もっとやれた」

「そっか」

 小森さんはそのまま、何も口に含まないでいる。

 お肉を紙皿に置いて、ジンジャーエールで時間を潰す。

「……何か、話したいことがあるんでしょう?」

「え? ん、っと……」

 聞き方が剣呑になってしまって、私は口角を上げる。

「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだけど」

「ううん、大丈夫。その、もしも私も試験に合格出来たら……また一緒に戦おうねって、それだけ言いたかったの」

 そんなこと……でもないのだろう、きっと、小森さんにとっては。

 言い淀むようなものを伝える為に、こうしてわざわざ足を運んでくれた。なら軽んじることなく、ちゃんと受け止める。

「勿論。私も、また一緒に戦いたいから。それにね」

 小森さんは首を傾げる。

 私は視線を揺蕩わせて、黄緑色の髪をした長身の人影を見つけて止まる。

 彼(やはり便宜上)にも言わなくちゃな。

「小森さんが私より先を行くから、私は勇気が出てたの。惜しみなく戦えたから……ありがとう」

 桃毛の人狼ははたと目を見張り、そして、満面に花を咲かせた。

「うんっ!」

 

 土内さんとも少し話してから、パーティ会場(ただの食堂)を見渡してみれば、何人かの視線が一つに集まっている。

 それは朽羽先輩、ひいてはその先にいる少年へ向けられていた。

 目隠れの少年の傍らには青髪の少女。真代の言っていた通り、仙慈君は春秦先輩と共に何処かへ行っていたらしい。

 朽羽先輩が何かを話している。いなかった間のことだろうけど、遠慮とは別に、なんとなく近寄り難い。精神的な壁というには少し大袈裟で、少し考えてみるとやっぱり遠慮なのかもしれないと思った。私が仙慈君へ掛ける言葉は思い当たらなかったのだ。

 仲違いしていたわけでもないから、笑顔で握手も違う気がする。私の立場で彼を心配するのも、お門違いのような気もする。

 節目を越えたからと言って、私と仙慈君の間に明確な関係が名付けられることはなかったみたいだ。

 ……気に掛けると言えば。

 私は仙慈君達から目を離して、黒髪の少年を探す。彼は小柄だけれど、あまり人の傍にいなかったのですぐに見つけられた。

 紙ナプキンで口元を拭い、鴻上君の方へ向かう。

 鴻上君は細々とご飯を食べていた。今はガーリックラスクを零さないよう気を遣っている。

「鴻上君」

 細い指につままれたガーリックラスクがボトリと紙皿に落ちる。

「なっ……な、何?」

「ごめん、脅かせるつもりはなくって……大した用でもないんだけどね」

 そんなに避けられるとは思わなかったけれど、まぁ、妥当ではある。第三試験で最も初めに脱落した原因は、なんであろう私だ。

「怪我は大丈夫?」

「す、すぐに、治った……大丈夫、……す」

「ん?」

「大丈夫」

 頑なに目を合わせようとはしない。……長引かせるのは悪い、というかこのまますぐに立ち去った方がいいのかもしれない。

 でもそれはそれで、わだかまりがそのまま風化するのだろうと思えば、憚られる。

「これから一緒に戦っていくなら、あのまま終わるのは……無いかと思って」

 言って、私は右手を差し出す。

 悪い事をしたとは思っていない。お互いベストを尽くした結果でしかないはずだ。勝った側が言うのはあまりにどうかと思うから口には出さないけど。

 自己満足だから、受け入れられるかどうかはまた別だ。しかし、彼は物珍しそうに私と自分の手を交互に見て、そっと、くすぐったいくらい弱々しく私の手を取ってくれた。

 強く、強く握り返す。

 たった数秒の後手を離して、私は言った。

「……それで、仙慈君からどれくらい私の事を聞いたの?」

 これもまた、わたくしごと。

「え、あー……いや、別に」

 カマをかけたっていいけど……いや、話したくないならそれでいい。

「ふふ。そっか。じゃあまた今度ね、いつかまた戦おう」

「ん……」

 離れていく最中、負けん気のある言葉が呟かれたような気もした。

 『キレイゴト』……心の中で、誰かが呟く。

 これでいい。こうすべきだったと、私は人知れず胸を張ろう。

 あの吸血鬼の少女を今でも知りたいと思うから、それまで、仲を深めたいと望みながら歩み寄ることは絶対に間違ってないと言い張れるように。

「なら……」

 仙慈君にも、きっとそうすべきなのだ。

 憎む宿敵ではない。誰かの仇でもなければ、邪な悪者でもない。私が彼を拒む道理なんて本当はないはずなのに。

 ゆったりとした仙慈君の左目の動きが、私を見て止まった。

 反射的に目を逸らす。

「あ、いた。穂咲ちゃん」

 少し離れたところで、真代が小走りに来る。

 近付きながら彼女は言った。

「先輩が話したがってたよ。鳴島先輩」

「……わかった。ありがと、真代」

 少し伸びた爪が指した方へ、私は歩き出す。

 今はまだ保留でいい。……想像のつかないいつか(・・・)がやってきて、まるで快癒するのだろうと、漠然と思いながら。

 

 鳴島先輩は二年生の色んな人と話していて、その中を切り込んでいくには中々勇気が必要とされた。

 据わりの悪い感情を引き摺ってるせいで、最初の一歩の重さはひとしおだ。

 グラスを傾けるけれど、とっくに飲み干していた。数滴舌に落ちて、無駄に焦燥を重ねてしまう。

「椛野さん」

 声が掛けられて振り向けば、鳴島先輩はわざわざ一人になって話し掛けてくれたみたいだ。

 申し訳なく思う反面、素直に気持ちが楽になる。

「真代坂さんに言われて?」

「はい、話したい事があるって……」

「今日じゃなくてもよかったんだけどね」

 そういうと、黄色い髪を撫で付けて笑う。

「まぁ、真代は結構言葉省きますからね。今聞いても良いなら、今でも大丈夫ですけど」

 言ってから、少しわざとらしくも鳴島先輩の背後を見る。別に急ぎでもないなら、先輩にだって積もる話はあるだろう。

 だが先輩はやんわり手を挙げて、私が気遣ったことを静かに流した。

「用って程でもないんだけど。最後の、練習してたの?」

「最後のって言うと」

「ブランチ・スクリプト。……あぁカッコいいと思うし、茶化すとかじゃないんだけど!」

 ひ、人から言われるとちょっと恥ずかしいな。

 ただとことん気遣ってくれているので、照れて何も言わないのはそれこそ恥ずかしい後輩だ。

「ぶっつけ本番です。……いや、参考のイメージはあったんですけどね。土内さん――チームメイトがやってたことを、私なりに出来るんじゃないかって」

 間を持って「そっか」と先輩は相槌を打つ。驚いているように、私は見えた。

「あぁ、いやー。……凄いなって感心したんだ」

「……です、かね」

「うん。オレの話になっちゃうけどさ。オレも近付かないとどうにもならなかったから、なんとかして機動力を身に付けようとしたんだ。それが去年の夏頃だったかな、不知火先輩にワイヤー銃を作ってもらって、夏休み使ってなんとか様にはしたよ。……それまでは、ずっと自分の身一つでどうにかしようとしてたから、たった一ヶ月であの発想に辿り着いたのは凄いと思う。勿論、それを実際にやってみせるセンスも」

 話の途中から、私は自分の顔を覗き込んでいた。グラスの底、歪んだ瞳が迷いを孕んでいる。

 どう、どう答えたらいいものか。

「ありがとうございます……」

 結局顔を俯かせたまま、呟くように言うしか出来なかった。

 素直に褒められたのに、なんでこうも言葉が詰まるのだろう。

「依折は、あいつ勝手にがっかりしたような事言ってたけど――にしたって、オレよりちゃんとすごい。皆が自信持っていいんだよね」

 語尾に残った哀愁を追って、私は顔を上げる。

 先輩は遠くを見ていた。

 目線を追ってもなんてことない空間が広がるばかりで、私と鳴島先輩の視線は交わらない。またこの人は、何処か遠くを見ている。

 何も考えず、私は口走った。

「先代のことですか」

「――ううん、オレの話だよ」

 先輩は笑って、私の顔を見下ろした。そこに迷いはなくって、だから感じた寂寞も、私の想像に過ぎないのだと思うしかなかった。

 私は黙って、微笑み返す。

「……それでさ、よかったらなんだけど」

 そこまで言うと鳴島先輩は一度言葉を区切った。様子を伺うような態度に、思わず身体の向きを先輩へ整える。

「オレと椛野さんがやってるのは能力の格闘戦だけど、次からは、椛野さんのブランチ・スクリプトをもっと上手く……そう、洗練させないかって思うんだ」

「遠慮しすぎだろ鳴島ぁ」

 現れながら鳴島先輩の頭をガシガシとするのは、彼岸崎先輩だった。

「い、いつから聞いてたんすか!」

「ついさっきだよ。なんか告白しそうだった時」

「冗談になんねえっす」

 鳴島先輩があんまりに重い声で言うものだから、矛を収めざるを得ない。

 さして響いた様子もなく、彼岸崎先輩は左手を軽く上げた。

「もっと。強くなりてぇなら俺が稽古つけてやるってくらいの態度で良いだろ。なぁ椛野」

「さっきも思いましたけど、彼岸崎先輩って中々他人に無茶なこと言いますよね……」

「出来ることしか言わねーよ」

「それで言うならオレはムリっすよ。オレだって、まだまだ練習中なんすから」

 彼岸崎先輩は肩を竦める。軽く挨拶して離れていったかと思えば、また別のグループに突っ込んでいった。

「……今の銀狼隊のモチベーションは、彼岸崎先輩が支えてるって言っても過言じゃないっす」

 口調の戻らない鳴島先輩は、彼岸崎先輩の様子を眺めたままだった。

「本当なら入寮式の時も、大きく人員を配置して警戒すべきだったんすよね。この学園は少し、色々目立つっすから。きっと彼岸崎先輩がいたら、出来てたんすけど」

「どうしてそこに、彼岸崎先輩が」

「自分なら出来る。っていう……自信っすね。先輩がいないと自信に気付けなくなる。でも彼岸崎先輩が帰ってきて、椛野さん達が必死に頑張ったのを目の当たりにして、自信なんてそもそも必要ないって気付けたっすよ。椛野さん」

 名前を呼ばれてかしこまる。

「オレはいち早く強くならなくちゃいけない。椛野さんも、そうっすよね」

「――はい。私の弱さを理由にして、誰かを助けられないのはもうやめにしたい」

「なら、次からは組手じゃない。互いに、互いが強くなるための――。……?」

「研鑽。だろ」

 通りすがりの虎郷先輩。

「…………研鑽を、しよう!」

「……ふふっ、はい!」

 

 

――ぼんやりとした頭で思い出していた。

 過密な一日のこと。

 友達と、少し奇特な植人と組んで、いつかに助けてくれた先輩に立ち向かった。

 それから人質事件に立ち会ったかと思えば、異形を内包した黒豹隊に襲われて。

 銀狼隊を志した原点と、短くも深い仙慈君との因縁を見つめ直した。

 そして、私は仙慈君に勝った。正面切って堂々と。

 結局パーティで話さずに、私達は解散した。

 酷使された身体がじんわりと解きほぐされていく。極楽な温度に浸かったまま、今日の後悔を私は探している。

 今日一日は本当に後悔しないだろうか。

 全力を尽くしたはずなのに、ずっとそればかりを気にしている。

 そもそもなんで後悔って嫌なのだろう。

 後悔って後で悔むこと。

 先に悔むことってそもそも出来ないよなぁ……。

「おお、寝ちゃいそ」

 あったかいなぁ。

 ……。

 …………。

「きみ椛野ちゃんだよねえ。死ぬよー」

 ……?

「――ッは、はぁ……!」

 今私、寝ていたな。

 まさか寮の大浴場で寝れると思わなかった。この私が、こんな堂々と。

「ご、ごめんなさい。ありがとう」

 ゆったりとした声の主は、目の前で覗き込むようにしゃがんできている。私は少しお風呂の縁から離れて、その人の全容を見た。

 濡れてストンと落ちた茶髪。覇気の無い瞳。

 彼女はすくりと立ち上がる。背丈は私と変わらないくらいだ。そしてチラリと腰の後ろに見える、丸い毛玉。尻尾かな。

 特筆すべきは――。

「照れるわ」

「あっ」

――太く、そこまで鍛え抜くまでどれほどの汗が流れたのかと感心せざるを得ない逞しい足。

「隣いい?」

「うん。貴方、えーっと……」

「霞ヶ浦兎子(ばにい)

「え?」

「名前でしょ? ばにい」

 バニー。いや、ちゃんとばに()まで発音していたな。そういう……外国的な命名法則ではないと。

 私の動揺を尻目に、霞ヶ浦さんは湯船に浸かっていく。

 月桜寮の大浴場は学生なら誰でも使えて、種族に応じて気をつけることはあるけれど、ひとまずはオープンな空間だ。普段なら真代や小森さんとかを見つけるけれど、今回はいない。声を掛けて一緒にというのも、気分ではなかった。

「すぐ風呂入るんなら、これくらいの時間よねぇ」

「そうだね。確かに。……あ、私は」

「椛野ちゃんでしょ? さっきも確認したし」

 頭が熱い。

 そう、過密な一日だったのだ。頭はもうクタクタで、少しくらいこんなボロがあったって仕方ないだろう。

「少し話してみたくてさあ」

 霞ヶ浦さんは湯船内の段差に腰掛ける。頬は少し紅潮していて、何処か愉しそうだった。

 気の利いた返事が思いつかないが、無視はしたくない。

「さっきのパーティ、やっぱり色んな人と話すべきだったかな……」

 呟くようになってしまった。

 あれからも鳴島先輩に限らず、面識のある先輩と話したりしてたら、いつの間にかご飯もすっかり減っていて解散の次第だ。その気があったわけじゃないけど、それでも面識のない人へ関わりにいくべきだったかもしれない。後悔が見つかるの早かったな。

「まムズいでしょ。話してどうすんって感じだし。まぁ添木君はすごいけど」

「あぁ……」

 添木番。金時君と握手を交わした後、色んな人と話しかけに行ったのを見た。勿論私のところにも来て、少し歯の浮くようなことを言ってもらえた。

「でも、じゃあなんで今?」

「たまたま見かけたし、丁度いいかなってさ。……小森ちゃんと戦ったのね、あたしなんだよねぇ」

 今度は向こうが、呟くように静かな声だった。表情は依然頬が緩んだままで、私も、彼女が誰を負かしていようと恨みとかは感じない。

「ま、勝った訳じゃなくて、トドメは甘扇ちゃんなんだけど、そこはいいの。んでさぁ、やっぱこうしてみると似てるわ。きみたち」

「私と、小森さんが……?」

「あと仙慈くん」

「私が!? 彼と!?」

 沈みかけて意識が、ここにきて完全に覚醒した。

 我ながらこんなにも地雷なのかと驚くほどに、彼の名をもってして鮮明に呼び起こされた。

「驚きすぎでしょ」

「いやだって……だ、だって」

「驚きすぎでしょ」

 二度も言われてしまった。

 縁に腕を置いて、顔を伏せる。

 私と仙慈君が似てる? そもそも小森さんとも、似ていると言われたら首を傾げるが。

 人の見方は沢山あるけれど、幾多ある見方の一つに椛野穂咲と仙慈寿人が似ているという見方が存在する事に、嗚呼、驚愕この上ない。

「脱衣所まで聞こえてたよ穂咲ちゃん」

 不意な甘い声に顔を上げる。

 既視感。覇気の無い目はしかし紅く丸い魅惑の瞳、尻尾は尻尾でも二股に垂れ下がる薄紫色。

 真代が膝に手を当て、覗くように身を屈ませてる。

「ご、ごめん……」

「またあとでね」

 ちゃかちゃかと真代は身体を洗いに行った。

 何が『少しくらいボロが』だ。

 私は大きく息を吸って、ここ最近で一番大きなため息を繰り出した。

「ところで、どういう意味?」

「うん。言おうと思ってたのに滅茶苦茶驚くから兎びっくり。……前置きすると、性格は知らんけどさ、小森ちゃんはもう真面目ってくらいしかわからんし。きみも、なんか勇敢だってことしか」

 ……勇敢なところ、見せたっけ。

「でも三人共、なんか『頑張ってます』って目してんだよねぇ」

「なにそれ……」

「あ、皮肉じゃないよ。まー、何? 覚悟って言うのかなぁ、こういうのって」

 声が脱力していって、お湯が波打つ。

 水面スレスレを浮かぶように、霞ヶ浦さんは姿勢を変えた。柔らかな曲線が島を作っているのに目を逸らし、彼女の表情を見る。

 そこもやっぱり、何処か嬉し気な顔。

「……?」

 いや。確かに、口の端はほんのりと上がっている。でも彼女の僅かに降りた瞼からは、寂しさがあった。

「小森ちゃんが張り切ってるのはチームメイトだったきみの影響。仙慈くんが張り切ってるのも因縁のあるきみの影響。なんじゃない? 実は、さ」

「そんなこと、言われても分からないけど……」

 霞ヶ浦さんが似ていると言った二人の表情を、私は見ていない。当たり前なことだけど、私の前で見せた表情しか私は知らない。

 彼女の言う影響とやらは、果たして良い事なのだろうか。悪い影響を与えていないと、今はそう漠然と信じることしか出来なかった。

「点と点を合わせてみたらきみがいただけ。あんま気にしないでよ」

「仮にそうだとして……」

「それがなんなの、って?」

「う、うん」

「ちょっと羨ましくなっちゃった。あたしはきみたちみたいな目、出来ないからねえ」

 私は再び、視線を洗い場の方に戻していた。多様な生徒が行き交う。真代はまだ身体を洗っている最中みたいだ。

「別にしなくても良いと思うけど……」

「んー?」

「というか、よく知らない人へ必死になれなんて、そう言えたものじゃないし。貴方が銀狼隊で必死になる理由があるって思ったら話は別。でも今は、そう思わないし」

「じゃあ、もしあたしが必死になるべきってきみが思ったら?」

「必死なら何も言わない。必死じゃないなら言う」

 いきなりくつくつ笑いだして、私は首を傾げる。

「どうりで。あたしはむりだわぁ、言えない言えない、普通人って他人に必死になれとか言えないって。先生とか上司なら話は変わるけどさあ」

 褒められてはないよなぁ。

 複雑な気持ちで浸かっていたら、真代が迷いなく近付いて来る。私は縁に背を付けて待つ体勢を取った。

「明日空いてる?」

 藪から棒な誘い文句だ。

 これもまた既視感がある。同じようなやり取りを鳴島先輩としたからだ。

「昼間は空いてないけど……朝、十一時前くらいまでなら。あと夜でも」

「じゃあ朝、ちょっと付き合って」

 何に、と私が聞こうとする前に、彼女は水音を鳴らし立ち上がった。

 逞しく鍛え抜かれたであろう健脚に雫が伝う。

「ちゃんと身体は労っておいてよ? 申し訳なくなっちゃうから、さ。――んじゃ十時に模擬戦室でね」

 後ろ手を振って、彼女は去っていく。

 立ち代わりに真代がやってくる。霞ヶ浦さんと比べて細い体つきだ。

 縁に座って、先ずは膝までをお湯に浸からせる真代。私が見上げた彼女の顔は何処か疑問を浮かべていた。

「穂咲ちゃんって長風呂だよねえ」

「……そうかな」

「よくのぼせないなって思う」

「……」

 さっき疲れて眠りそうになったのは言わないでおこう。

 そんなことより。鳴島先輩との訓練に霞ヶ浦さんとの模擬戦が控えた私の明日だけど、真代も正念場なのだ。

「明日も支援部で試験でしょ。真代、大丈夫?」

「んん。頑張るよぉ」

「因みに何勉強した?」

「えーっと……皆が戦ってる時、人を何処に逃がしたらいいのかとか、何を使っていいのかとか」

 途切れ途切れに真代は言う。

 事件事故にでくわした時の対処法や、差別意識のある一般人へのコミュニケーション、私達が心置きなく戦う為の前準備など。

 きっと明日の私は朧げにしてしまうであろう沢山のことを、しかし真代は十全に憶えているのだろうと、熱のこもった頭で思っていた。




――小森蜜歌――

【種族】獣人
【性別】女性
【年齢】15歳
【誕生】5月27日

【能力】
〈桜援〉肉球から桜の花びらの光を出して、癒したり身体能力を強化する。
【容姿】
毛:桃色
瞳:薄紫色
背:162cm(耳込)

好きなタイプ
「静かで無害な人。あと全力になれる人」

――土内游遊――

【種族】植人
【性別】定義上両性(無性体)
【年齢】10歳
【誕生】2月28日

【能力】
無し。

【容姿】
髪:黄緑色
瞳:明るい黄色
背:180cm

好きなタイプ
「魅惑的な肉体」
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