白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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――銀狼隊戦闘部・一年
椛野  穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉

――銀狼隊戦闘部・一年
鳴島 迅(なりしま・じん)
……黄髪の少年〈放電〉
虎郷 景善(こざと・かげよし)
……黒髪の少年〈浄眼〉


第二十九話 これは誰の脚本

 地下一階、二階を吹き抜けにした訓練室――通称『並び立つ飴(キャンディ・クランプ)』での修行は二日目となった。

 四方の壁から棒付きキャンディみたいな足場が不揃いに伸びるこの部屋で、私は自由に飛び回れるくらいの空中機動力を身に付けねばならない。

 だと、言うのに。

 付き合ってくれている鳴島先輩は、私がいる足場から対岸に位置する足場で待機している。部屋の中央は大きくぽっかりと空間が空いており、先輩までの道は足場に邪魔されることのない一直線だ。尤も、教室数個隔てたくらいの距離感なので、跳び渡るのは本来容易ではない。

 気を遣った様子の声で、鳴島先輩が声を張る。

「昨日の最後と同じように、遠慮なく色んなことを試してみて!」

 彼の右腕には銀色のガントレットが装着されており、普段はそのガントレットに巻かれている黒い紐(特殊な混紡繊維らしい)を、今は最大限垂らしている。

 昨日は先ず、すぐ隣への足場に着地した。種子を介してちょっと距離を稼ぐ程度だったので、そう難しくもなかった。言ってしまえば手癖のような動きで完結出来てしまうのだ。それを予想外といった風に頭を悩ませた私達は、自在な種子空走技術――ブランチ・スクリプト修得の為の最短距離を試すことにしたのだった。

 先ずは何もない空間で、空中を跳び切る。今の第一目標で、これさえ出来れば事実上の修得ですらある。

「……行きます!」

 白い足場から飛び出して、なによりも腕を前に伸ばす。そして、予め見当を付けておいた空間に種子が現れ、それから伸ばされた枝木が私の右腕を絡め取った。

 鳴島先輩の手本を想起させて、枝木に振り上げられる最中、自分でも今より高く跳ぶよう姿勢を作る。

 枝木から解放され、身体中に浮遊感が纏わりつく。心臓が冷え込むのと同時に、失敗の自覚とその修正を僅かな間で組み立てる。

 想定よりも前に行けていない。

 種子を生み出す位置をもっと手前に置き、前進できていない分をどこかで帳尻合わせしなければ、鳴島先輩のいる足場へ辿り着く前にミスが出てきてしまう。

 空を思い切り引っ掻き、再び腕を種子が掴んだ。さっきの勢いのまま私の身体を投げる――だが、今度は離すのが早い。

 前進は出来たが、高度がみるみる下がる。

 三つ目の種子を出さなければならない。

 そうしなければならないのに、理性がかち合う。この落下速度で腕に巻き付ければ肩が外れる、何処に種子を用意すれば私の身体と重ならないで済む?

「あ……」

 取り返しがつかない。考えを散らかした頭は、迫り来る足場に動けないでいた。

 瞬間、力強く抱きとめられる感覚と共に、勢いよく私の身体が背後で飛んでいく。

 数秒にも満たない時間の後、白い足場に身体が降ろされる。足に力が入らず、ついへたり込んだ。

 頭上で鳴島先輩が言う。

「大丈夫?」

「大丈夫、です」

 もし届かなくても、床は沈み込んでいくクッションになっているから怪我の心配はない。でも今のは違った。床に落ちる前に足場へ激突していては、怪我の騒ぎではない。

 だから都度。……一度として成功していない私をその都度、こうして守ってくれている。

「勢いが足りてないってわけでもないんだろうけどね……」

 先輩の言葉は既に励ましと化している。

 そうだ、私の能力で可能と思ってるから鳴島先輩は付き合ってくれている。それなのに、私は引き出せていない。

 本当ならすぐに立ち上がらないといけないのに。

 昨日の記憶が、肩にのしかかっている。

「よし、一旦気分転換しよう」

 ささやかな抵抗も虚しく、私を連れて先輩は『並び立つ飴(キャンディ・クランプ)』を後にした。

 そして辿り着いたのは、同階訓練室。模擬戦に使う、白くフラットな部屋。

 気分転換ってそういう事か……。

「基礎連は欠かしちゃいけないしね。身体動かしていこう」

 そうして私達は小一時間、拳と蹴りとを交わした。

 いつも通り、組手なら五分だった。

 能力込ではボロ負けだった。

 それでもお互い満足しながら、部屋の待機室に戻ると、そこでは思わぬ人物がいた。

「虎郷先輩。こんにちは」

「うわ、いつから見てた?」

「お前がモロに頭蹴られた辺りから」

「それオレが負け越してるとこじゃん……」

 右手を軽く上げて、虎郷先輩は壁沿いのベンチに座っている。

「少し気になったことがあってな。今時間いいか?」

「うん。任務絡み?」

「いや違う、もっと言えば鳴島じゃない」

 言うと、二人は私を見た。

 全くもって心当たりがない。あるとしたら一昨日の本入隊試験繋がりだろうけど、試験の連絡は携帯端末に送られるはずだ。

「なんですか?」

「まあ座れ」

「オレ、水買って来るよ」

「気を遣わなくていい。鳴島も、聞いたら何か役に立つかもしれないことだ」

 虎郷先輩は一貫して、穏やかな語調ではあった。それに引っ張られるように、私達はさほど緊張せず座る。

 待機室のベンチは、模擬戦部屋に正面を向いた一つしかないので、虎郷先輩を挟むようにして横に腰掛けた。

 すると、虎郷先輩が足元に置いてあった鞄から、水の入ったペットボトルを私達に渡す。お礼を聞かず話し始めた。

「物が物だから、もしかしたらパーソナルな話にはなるかもしれない。だから答える必要もないが――椛野、お前の師匠の話だ」

 言おうと思っていた言葉が詰まって、想いが先行する。

「師匠を知ってるんですか」

「いや、知らない。……別に因縁もない。俺は大して、そういう因果に縁のある人生じゃないからな。ただ興味があったのは、椛野の師匠はいったい何を教えたんだということだ」

 困惑を最中に、私は答えた。

「えっと……私の蹴りのスタイルや、この学園のこと、今の日本の事情とかも少し」

「蹴りのスタイル。型ということか? 流派を持っていたか、道場なんかに通っていたのか。あとは、どれだけの時間師弟関係は続いている?」

「虎郷」

「理由は後で答えるつもりだ。勿論憚るものがあれば言わなくていい、要件と言っても、致命的ではない違和感をすり合わせたいだけだ」

「……憚るとかはないです。関係は、大体四年ほど。道場は通ってないです、師匠は師事してくれてる間も各地を転々としてたみたいなので、多分持ってもないんじゃないでしょうか。流派も聞いたことはありません。構え方とかは教わりましたけど、型と言われると……。技だって、動きと効果的な使い方を教えられただけなので」

 言っていくうちに、歪さが露見してくるような気がしてきた。

「各地に転々としてたっていうのは、椛野みたいに弟子を取ってたのか?」

「聞いたことはないです。何してるのかは、はぐらかされたりもしたので」

 一つ相槌を打つと、虎郷先輩は顎に手を当て考えた。

 確かに師匠の師匠としての在り方は歪で、違和感があるものだと、今なら思える。

 でも虎郷先輩が覚えた違和感はそういう意味なのだろうか。それは違うだろう、学園で師匠について詳しい話はしたことがない、第三者がこの歪さに気付ける理由はないはずだ。

「その師匠は、何故椛野を弟子に取ったんだ……?」

 質問だったのかもしれない。でも、呟くように零したそれは、確かめるより遥かに猜疑心が勝っていた。

 手痛い疑問だった。

 無い腹を探られているはずなのに。

 この感情ではまるで、責められているような。

「……分からないんです」

 衣擦れの音。誰かが顔を上げたのが分かる。

「当時喧嘩していて、間に入った師匠に弟子入りしたのが始まりです。快諾されましたけど、その理由は聞いてもふざけてるような言葉しか返ってきませんでした。……私があの環境で強くなるには師匠の力がないと駄目だったから、師匠の思惑より目先のことを」

「いやいい。深く聞きすぎたな、すまなかった。分からないならそれはそれでいいんだ」

 割って入った虎郷先輩の、申し訳なさそうな表情で、私まで申し訳なく思う。

「そろそろ聞かせてよ、虎郷」

「そうだな。ただ一応お前にも聞いておく。鳴島、入学する前から、師匠はいなかったな?」

「うん。戦いとかは、正真正銘入隊してから」

「そうか。……これだけ答えてもらっておいて、俺自身まだこの違和感に答えを出せていないんだが」

 黒くまっすぐな瞳を向けられ、私は頷いた。

 聞こえるように息を吸って、彼は話す。

「先輩達から椛野の活躍を幾つか聞いた。木塚街では《月面の麗人》……木枯銀河を抜きにしても、黒豹隊員を何人か返り討ちにしていたみたいじゃないか。新宿区でも十人以上を転がしたらしいな」

 事実ではある。相槌を返すと、虎郷先輩は目の前、ガラス張りの先にある白い空間を見つめた。

 さっきまで模擬戦をしていた空間。なんの痕跡もなく、努力は私達が手の持つ水の量でしか目に見えない。

「それほどの達人が、何故鳴島と五分五分なんだ?」

「いや……えっと」

 思わぬ失礼な物言いに、二人を交互に見た。普段なら同級生としての冗談にしか聞こえないのに、今の状況で言われるとそうもいかない。

 しかし、はい確かに何故でしょう、とも思えない。

 だってそれは当たり前じゃないのか。私より一年先に銀狼隊にいた鳴島先輩――あれ?

 いや、でも。

「鳴島、お前を侮っている気は一切ない――」

「分かってる。そりゃそうだよ。だって、サッカーだって中一から四年続けてる一年生と、高校に入って始めた二年生じゃ、そりゃ差があるべきだ。……いや、でも、椛野さんは」

「ああ。俺にとっては、忖度なく、二人共センスがある。才能の差なんて話には思えないんだよ」

「ちょ、ちょっとすいません。つまりどういう」

「椛野――本来お前は、もっと強いんじゃないか」

 疑問の声が重なった。

 私のか細い声に、鳴島先輩の疑問符が塗り重なる。

「か、隠してるんじゃないでしょ。虎郷。だって椛野さんにその必要はないんだから。流石に、それじゃ言い方が悪いよ」

「……いや。思い当たることがないなら、俺の不行儀な勘ぐりなんだ」

 隠しているわけでは。

 でも、確かに、隠していたことになるのか?

 言葉の整理では留まらない沈黙は、私を黒と判決する。

「椛野さん……」

「責めているんじゃない、俺はただ気になったんだ。何か理由があるのなら知っておきたい。今後任務で肩を並べるのだって多くなることだろうしな」

 鳴島先輩の心配も、虎郷先輩の丸腰な配慮も、感じる。隠していた後輩を不安がるでもなく、訝しむのでも憤るのでもないのだと、感じる。

「師匠に教えてもらった事。嘘は言ってないんです。でも、戦い方は二種類教わりました」

 俯いて話す私を、先輩は黙って聞いてくれる。

 ペットボトルには私の表情が映った。

 無感動な顔を波立たせて、私は続ける。

「主に教わったのは、普段の戦い方です。それで手を抜いたことはありません。でも、私が学園に入学したいと伝えてから、もう一つ教わりました」

 

『これから教えるのは殺す技だ。

 イタズラに一線を越えてはいけないよ。自分に条件を課して初めて、容赦を無くすべきなんだ』

 

「殺すための技……」

「なるほどな。それは確かに、仲間に使ってもいられない」

「はい。だから聞くようにしているんです。悲劇を生むと思った相手――人を殺せる人にしか、使わないように」

 人を殺す準備が出来る、と先輩に言うのは、少しだけ心が震えた。

「悪かった。侘びにもならないだろうが、俺に出来ることがあればなんでも言いつけてくれ」

「いえ。私でも分かってなかった事を、自覚出来ましたし。……すいません、ちょっと」

 私はひとりでに部屋を出ていた。掛けられる言葉を聞き流して、突風に吹かれるように走った。

 

 

「鞄……」

 後輩の置いて行った鞄を見て、鳴島は立ち上がる。

 口実でしかなかった。今一人にするわけにはいかないと、彼は直感していた。

 持ち上げながら、鳴島は目を合わせずに言った。独り言のようでもあったのは、彼が努めて感情を抜いたからだったのだろう。

「虎郷、今じゃなくてもよかったんじゃないのかな。試験官だったんだから……椛野さんが焦ってることくらい分かってたでしょ。オレよりよっぽど頭良いんだし」

「悪いことをしたとは思っている。が、見落としが長引けばどれだけの影響が出るか分からない、試験の結果がどうであれ、いち早くハッキリさせておくのが気付いた者の役目だと思った。それと、話があるのは椛野だけじゃないんだ。少し待ってくれ」

 黒い瞳を立ち上がった鳴島、ひいてはその彼が持つ水へと向く。

「……何?」

「お前、今椛野にどの部屋を使わせてるんだ」

「知ってたんだ」

「昨日な。……正直な話をしよう」

 

「ふざけるな、と思った」

 

 表情一つ変えず、彼らは続ける。白い空間に、無彩色の暗雲が満ちているのを、二人は分かっていた。

「なんで」

「お前が一年の頃、どれだけ人に心配をかけた! 俺はまだ覚えてるぞ。頭から血を流して倒れていたお前を見つけた、依折の表情」

「……」

「それから何度止められたか覚えているか。幾度も、やれ骨を折った骨を砕いた、訓練の怪我を医務室では治さないと宣告されたお前は、あろうことか今度は保健室。確かに今は力を身に付けているかもしれないが!」

「でも間に合わなかったんだよ」

 押し留めきれない感情が鳴島の顔に滲む。

「オレがもっと速ければ、隊長はいなくならずに済んだんだ。今でも、力なんて足りっこない!」

 虎郷は立ち上がり、今に掴みかかるかという顔で詰め寄る。

「それが椛野とどう繋がる。あれは確かに、悔やみ尽くせん事件だった。だが椛野がお前と同じ道を辿るなら、俺は止めるしかない。依折だけじゃない、お前が傷付く姿にどれだけ気を揉んだ奴がいるのか、少しは考えて行動しろ!」

「だからオレがいるんだ! オレは間に合わなかった。でも椛野さんが次、何かに直面した時――後悔してほしくないんだって!」

「ッ、どうしてそうも、お前らは」

「いざという時に力が足りないのは、もう懲り懲りなんだよ」

 怒りと、疲れが綯い交ぜになったような声が絞り出された。

 まるで怒り疲れたとでも、まるで悔やみ疲れたとでも、言うかのように。

 横切る黄髪の少年を、引き留める言葉はもうなかった。

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