白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――銀狼隊戦闘部・一年
椛野  穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
仙慈  寿人(せんじ・ひさと)
……目隠れの少年〈万華の右眼〉
金時  射弦(きんとき・いづる)
……白髪の少年《剣士》
土内  游游(どない・ゆうゆう)
……黄緑髪の両性《植人》
甘扇  祀(あまおうぎ・まつり)
……三つ角の少女《鬼》

――銀狼隊戦闘部・二年
虎郷  景善(こざと・かげよし)
……黒髪の少年〈浄眼〉
雉子雨 佐久雲(きじさめ・さくも)
……ゴーグルの少年〈演算〉

――銀狼隊支援部・二年
彩上  八子(あやがみ・やこ)
……深紅髪の少女

――銀狼隊医療部・三年
春秦  命(はるはた・みこと)
……青髪の少女

――銀狼隊幹部
彼岸崎 錦(ひがんざき・にしき)
……空色目の少年、戦闘部管轄〈心剣〉
朽羽  那由多(くちば・なゆた)
……三つ編みの少年、支援部管轄〈雪哭〉
不知火 朱輝(しらぬい・あき)
……深青目の少女、支援部管轄
依折  蛍(いおり・けい)
……瑠璃髪の少女、医療部管轄


第三十一話 四つの空席

 銀狼隊本部三階、第一会議室。

 十一時丁度にその扉が開いた。

 新しく室内にやってきたのは二人、瑠璃色の髪を束ねて短く垂らした少女、医療部管轄依折蛍。その前を大股で進むのは、眼鏡に黒い前髪が乗り、やや無造作な風貌をした空色目の少年、戦闘部管轄彼岸崎錦。

 机を隔てた先、折り畳みのパイプ椅子に座る一年生達を見渡すと、彼岸崎は満足そうに頷いた。

「今度は遅刻してねえな」

「なんのこれしき」

 笑いを含み、会議室の中央、ホワイトボードの前に二人は陣取った。

 いつもの快活さはなく、歩みを止めた彼岸崎の面持ちは真剣そのものだった。ここに集まった者を見定めるかのように。

「全員揃ってるな。隊長代理として、今から講評を始める」

 言葉を受け礼儀正しく膝を揃えた少年、金時射弦は、僅かに首を回した。

 戦闘部管轄がこの部屋に来たという意味。

 そして、六席しか用意されていない、パイプ椅子の真意を探って。

 

 

 私の第一声は、横の少年に掻き消された。

「どうしてですか!」

 銀狼隊本部四階、特別会議室。

 広々とした部屋の中、机一つで済む程度のスペースを使って向かい合っていた。

 贅沢な使い方には贅沢な人員が付く。

 私を真ん中に一年三人、そして正面には、朽羽先輩と不知火先輩が座る。

 部屋の中央、面接というにはやや密な集まり。私達は講評を聞いていた。

「それを伝えるから講評なんだよ。仙慈君」

 笑わない朽羽先輩を平時に見るのは、これが初めてかもしれない。この部屋に現れてからというもの、一度も口角を上げていなかった。

 何故かと言えば、気遣っているとかメリハリをつけるとか、色々と思い浮かびはする。

 でも私は、この人が後輩達へ失望しているのかもしれないとも、思った。

「一応聞いておくよ。仙慈君、椛野さん、甘扇さん。不合格となったことに、思い当たる人はいる?」

 両脇の二人は黙っている。

 二人が落ちた理由は分からなかった。特に三つ角の少女、甘扇さんはどんな能力かも分からない。もしかしたら仙慈君は、ハチャメチャをやらかしたらしい第二試験が尾を引いているのかもしれないけれど、ここで問われているのは、他人の不合格より自分の不合格についてだろう。

 別に難しくはなかった。

 慎ましく右手を挙げて答える。

「第一試験の独走、ですか」

 朽羽先輩の赤と青がグラデーションした虹彩は、まっすぐ向けられると異様に圧が強い。冷めた目付きにも、責めた目付きにも思える苛烈な冷徹。

 取り下げないよう、毅然と見つめ返した。

「……それもある。けど、同じ試験のうちに挽回は出来ているし、それだけではないよ」

 私の第二試験はイレギュラーが介入した。ここに減点の由来があるとしても、きっと私は気付けないだろう。なら、第三試験にも問題があった。……たとえ最後まで残っていたとしても。

 朽羽先輩は、一度私達三人を見渡す。

 横の二人がどんな表情をしているのかは想像つかない。仙慈君が取り乱しているのはさっきの一言で分かったけれど、今はもう落ち着いているだろうか。私と同じく落ちた人の顔色を見るのは、なんだか卑怯な気がして出来ない。

「合格者の基準はあるけれど、ひとまず、何故落ちたか説明しようか。甘扇さん」

「ん……」

「手を抜きすぎなのが一目で分かった、幹部満場一致で。判断力も難点だけど、やる気を感じなかったのが一番の理由だ。察しはつくよ。君の種族が鬼だからだろう? ……詳しい理由は後々聞くけど、とにかく消極的なのが目に余る。それじゃあとても、一人で動くこともある本隊員には出来ない」

 厳しい言葉だった。三年生と一年生として見た関係じゃ考えられないくらい、責任に満ちた重圧が甘扇さんに圧し掛かっている。

「仙慈君、椛野さん、君達は同じ理由だから纏めるよ。椛野さんは自覚している通り第一試験の公私混同、仙慈君は第二試験で同文。そして第三試験」

 咳払いを挟んで、朽羽先輩は少し前のめりに構える。

 

「試験場は君達のバトルフィールドじゃない」

 

 ……。

「順を追って話そう。開始直後の合図はまだ見逃すよ、そういうあぶり出しも選択の一つだ。ただ仙慈君、君が試験で稼いだ右眼の時間(アドバンテージ)を投げうって、椛野さん以外との戦闘を全て回避していたのは、明らかに試験へ向き合う姿勢じゃない。加えて、第三試験は一つ大きな基準を用意していたんだけれど」

「彼岸崎先輩のこと、ですか」

 私が言うと、さして愉快そうでもなく先輩は頷いた。

「分かってるじゃないか。そうだよ。最重要目標とわざわざ伝えたのに、反応しなかったのは君達だけだ」

 だってすぐに思い当たった。あの時、少なくとも私は、水を差すなとすら思っていたのだから。

 なんてお笑い種だろう。実戦で例えるなら、星久里巡子が現れたことに対して、どうでもいいと一蹴していたのである。

「椛野さんに関しては第一、第二試験での細かい減点と第三試験。仙慈君は第二第三で大きく減点。甘扇さんは第一第三、その他消極的な部分が致命的と判断した」

 おざなりに言い切ると、静かに座っていた不知火先輩がクリアファイルを取り出した。

 一枚ずつ、私達にA4サイズの紙を配る。

 全体を見て、この場で読み切れないとすぐに察せられた。

 

 

・加点

 [彼岸崎 錦]

 培った戦闘能力の活かし方を自覚し、状況の要所で自分が出来る最大限のことを行動に移している。

 責任感も強く、第一試験途中から仲間を牽引する姿勢が垣間見れた。場慣れしてるのか、実戦やそれに近い状況でも動けているのも〇

 種子を操る能力を応用しようとする努力も感じられた。

 周りをよく観察しているのも分かるので、これからの活動に活かされることを期待する。

 

・減点

 [不知火 朱輝]

 ✓前半のコミュニケーション不足

 ✓結果への焦り

 ✓自己犠牲的な解決

 ✓優先順位の不正確さ

 上記四点が悪目立ちしているように見えたわ。

 緊張してないのは良い事だけど、勇み足になって結果を急ぐと取り返しのつかない事が起きかねない。少し辛口だけど、実戦を踏まえた試験なのを踏まえ評価させてもらうわね。

 コミュニケーション不足と結果への焦りは私心の強さかしら。プライドを捨てろとは言わないけど、上手く乗りこなせないと仲間や、民間人と軋轢を生みかねないわ。着実に目標へ進む忍耐が身に付けば、と惜しい気持ちになる場面が多々あったから、第一試験の後半で見せたように、仲間を頼るやり方がもっと自然に出来るよう期待しているわね。

 自己犠牲は美徳だけど、出来ることをやり尽くしてからでも間に合う場面はきっと多いわよ。第一試験で一人立ち向かったこと、第二試験の交渉の仕方、どちらも安心出来るものではなかったわ。

 優先順位の不正確さは、具体的に言うと彼岸崎先輩を対処しなかったところね。他にも第一試験の最初に兆候は見られたけど、その点はこれから期待出来ると考えて割愛するわ。

 どれも、貴方なら克服出来ると信じてるわよ。

 

・総評

 [依折 蛍]

 種子の能力を補助に使い、前線で格闘するインファイターと見受けられた。特別な突破力には成りえないが、多くの作戦で身軽に運用出来る隊員としての役割が期待出来る。

 勝負強さがあり、トラブルに苛まれた場合でも物怖じせず戦う姿勢は評価する。一方、自分の意思を優先し過ぎて窮地に陥っている場面も多く、思慮深さが求められる場面では頼れない気質と感じられた。人を率いる為に培うべき能力、作戦を実行する為の姿勢を改め、戦闘部として盤石な姿勢を取ることに専心すべきである。

 また独自性が少なく、スケールの小さな駆け引きで戦っている。創造性のある能力と高水準な身体能力を持て余していると自覚し、他者との交流を深めて志に見合った手堅い自力と柔軟な対応力に発展させることを課題にして励むように。

 モチベーションは非常に高く、優秀な隊員となれる人材である。これからの活動に期待する。

 

 

 ……彼岸崎先輩と不知火先輩が加点と減点を二つずつ、そして彼岸崎先輩と依折先輩二人の総評で締めくくられた本入隊試験のプリント。

 計六項目の評価。たった三日間で、この人達は誂えた。

「まだ、終わりじゃないわ」

 不知火先輩の言葉に顔を上げる。

「これから貴方達には、それぞれの課題を踏まえた追試を執り行なう予定よ。勿論、すぐに合格基準に満たなくても、銀狼隊で活動出来なくなるわけじゃないわ。でも、五月の下旬までが目処ね。それまでに、貴方達には本隊員として活躍してもらいたいと思ってる。勿論無理強いはしないけど――」

「やります」「勿論、受けます」

 言い切って、視線は甘扇さんに集まる。

 彼女は落ち込んだ瞳で、小さく口を開けた。

「……うちは、あと一ヶ月で出来る気がしない」

「それでもよ。戦闘部には二年、三年にも鬼族の隊員がいる、彼らが責任をもって力の加減を手ほどきするわ」

 甘扇さんは深く沈黙した。

 私は、どこか肩が軽くなった思いで目を伏せた。

「なら、やりたい」

 覚悟を済ませる為の顔をしていたから。

 

 

 私と仙慈君は朽羽先輩に連れられて別室に移動している。

 今でも仙慈君は余裕がなくて、目付きも何処か鋭い。率直に言ってしまえば、そのまま機嫌の悪い男子っぽくて、あんまり近寄りたくはない。

 それで言えば、私がこれだけ余裕があるのは自分でも少し不思議だった。取り乱していたら真代に顔向け出来ない、というのはきっと後付けだろう。

 少し考えれば検討はついた。多分、この後にやるべきことがあるからだ。

 本部の二階、ある一室の前に立ち止まって、朽羽先輩は扉を叩いた。

「お待たせ。入るよ」

 引き戸の先は教室くらい(月桜学園基準ではなく、一般的な中学と比べて)の比較的小さめな部屋だった。

 壁には書類棚やパソコンの置いてある机が並べられている。他にも壁の一面を埋めるくらい大きなホワイトボードがあり、マグネットが紙をぶらさげていたりする。

 部屋の中央では学生机を四つ、長方形に揃えており、囲むようにして座る三人の生徒が私達を待っていた。

「思ったより早かったッスね」

「ご無沙汰です、お二人ともっ」

「朽羽先輩もお疲れ様ね」

 少し気が緩むくらい、アットホームな三人が迎えてくれている。

 頭にゴーグルをはめた桃色目の少年は、確か雉子雨(きじさめ)先輩だ。試験でお世話になることはなかったけれど、その後のパーティで、私含め全員に話して回った記憶がある。

「椛野チャンと仙慈チャン……。んまーやらかしちゃうと思ってたッスよ」

「何目線で言ってんだか。言っとくけど貴方が一番見せ場無かったんだからね」

 あぁ。彩上先輩はいつもの辛口だ。頬杖を付いて、その紅髪を机に広げている。

 一方、正反対の青髪を携えた春秦先輩は、静かにニマニマと、私達を見ているだけだ。

 咳払いを挟み、相変わらず笑顔のない朽羽先輩が仕切り直す。

「取り敢えず、仙慈君と椛野さん……一人一人の問題は自分で振り返ってもらいたいところなんだけど。なんかある度に一触即発じゃいつまで経っても本隊員には出来ないんだよ。ただでさえ連携を強化してる最中なんだから、私らは」

 耳が痛い。

「……貴方が突っかかってこなければ済むんだけど」

「君だって乗り気だろう? それを僕個人の問題で片付けるのは――」

「話続けていい?」

「……はい」「お願いします……」

「個人個人の持つ問題もね。どうにかならないかなとは思ってるよ。特に、仙慈君は身に染みてるはずだけどさ。でもそこまで矯正させる権利は、如何に幹部だろうとないわけだ。だから最低限の譲歩として、君達には共闘というものと、ポリシーに左右されない状況の解決が出来るようになってほしいわけ。それさえ出来れば、私も気兼ねなく、君達を運用出来るから」

 バツが悪くて、仙慈君の顔を盗み見る。そしたらどうだろう、今度は随分と萎縮した様子だ。……そういえば仙慈君は、朽羽先輩と師弟関係にあるのだっけ。

 朽羽先輩は少し視線を彷徨わせた後、先輩達に言った。

「後は任せていい? 試験のこと以外なんの説明もしてないんだけど」

「嫌だとは言えないわよ……少なくともあたしは」

「じゃあよろしくね。あぁ、一応言っておくと――これから君達に行ってもらう任務は、本来私なんかが一人でやるようなものだから。じゃあ健闘を祈るよ」

 言い捨てるようにして、さっさと出ていってしまった。

 足音はすぐに聞こえなくなって、なんの痕跡も残さずに消えてしまう。

「取り敢えず座りなさんな。キツかったでしょ」

「あ……ありがとうございます。まぁ、朽羽先輩の言う通りだと思いますから」

「あたしアンタのそういうとこ好きだけど好きじゃないわー。あぁ、褒めてるわよ、これは」

 ケラケラと笑う彩上先輩につられて、苦くも笑う。

 私達は硬い椅子に腰かけた。所在無さげな顔を汲み取られてしまったか、彩上先輩が眉を動かす。

「あー。みこちゃん」

「はぁい? ……あぁ! そうですね」

 二人が目配せすると、春秦先輩の手が机の下、鞄に伸びる。

 資料か何かと軽く身構えているうちに、何も持たず手は引き抜かれた。

 忘れてきたのかな。なんて思っていると、春秦先輩の手が開かれる。

「良かったらどうぞーっ」

 飴だ……市販品の飴が二つ、掌に収まってる。

 お礼を言って手を伸ばした。躊躇っているのかは果たして、仙慈君が決めあぐねているので、特に気にせずメロン味を貰う。イチゴ味はことんと仙慈君の前に置かれた。

「肩の力抜きなさい。……いやぁ、正直な話よ、滅茶苦茶怒ってて可哀想だったのよねー」

「あやちゃんー」

「ごめんごめん。でもアンタらも愚痴ったっていいのよ? 彼、機嫌悪くなると面倒だし」

 なんだか、この部屋に入った途端学校感が割増しに……。

「……やっぱりあれは怒ってたんですか。ただ真剣なだけかとも思ってたんですけど」

「バチギレよバチギレ。んまぁ、期待してたし、その分ショックだったんじゃない? 八つ当たりもいいとこだけどね。そうよ、私アンタが落ちると思ってなかったもの。よく平然としてるわね」

「それ俺も思ったッス。入寮式の時の子だし、受かるって思ってたんスけどねー」

「アンタやらかすとか言ってなかった?」

「まぁ……少し受かった気にはなってましたけど、言われてみれば納得はしましたよ。というか入寮式のって、やっぱり噂になってるんですか」

「割となってたわよ。アンタのところにいかなかった? 新聞部の鳥の子とか。取材来たでしょ」

 新聞部の鳥の子。

 ……ああ、一ヶ月前の、食堂の件だ。六人でご飯を食べた後に、小雀(こすずめ)と名乗る先輩から取材を求められた。

 あれから後日、付き添いの房嶋君と共に取材へ応じた。写真は断ったけれど、入寮式の襲撃で立ち向かった新一年生として紙面に記されたのだっけ。昇降口正面の掲示板に一週間貼られていただけなので、見出しにもならなかった私の名前は伝わらないだろうという考えだったが、改める必要がありそうだ。

「……来ましたね」

「そのうち合格者にすっ飛んでくわよー、アイツ。あぁところで、穂咲でもいい?」

「いいですけど」

 ところで過ぎる。いやところでってこんな突然な用法するものだっけ。

「穂咲、そんで仙慈君。そろそろ本題に行くわよ」

 投げっぱなしの語調が、途端に落ち着いた。

 突如始まった先輩の独走にあわや忘れかけるところだったけど、私達はこれから談笑するのではない。

「埼玉の方でほんの少し問題になってる」

 彩上先輩はそう言うと、自分の携帯端末の画面を見せてくる。

 ニュース記事。見出しは食傷気味の、異種族にヘイトを向けた問題提起だった。

 机の上に携帯を置き、スクロールしながら彼女は続ける。

「イタズラにしては度が過ぎる破壊行為が複数人のグループで行なわれてる。全員が獣人で、既に警察が介入した後みたいだけど、好戦的で話し合いに出来てないみたい」

 マイルドに要約したものだ、と感心する。

「そこで私達に依頼が来たってわけ」

「依頼ですか?」

「ああ、銀狼隊の活動は自主的な警備以外にも、企業から個人に渡る、異種族能力者間の問題にまつわった依頼を受けるようなんだ」

 訳知り顔で仙慈君が補足する。

 鼻につく思いだったけど、彼の割に落ち着いた声のトーンだったもので、少し冷静になった。

 頬の飴玉を確かめて、彼の横顔から視線を外す。

「……そうなの」

「朽羽先輩から聞かされただけで、臨むのは僕も初めてだけどね。何処からの依頼なんですか? 彩上先輩」

「そのグループが通っている中学校で、うちの卒業生が教鞭を取ってるみたいなの。一応個人での依頼だけど、認識としては中学からの依頼と考えてもらって構わないわ」

「一応確認なんですけど、私達はまだ仮入隊で」

「その上でこの任務に同行させる。合ってるわよ」

 記事には三人の少年少女の写真が隠されもせず公開されていた。

 この責め立てるかのような表情を浮かべている少年少女に、私達は踏み入る。人生を揺るがしかねない介入を、私は。

「メンバーは五人。貴方達二人と、改めて支援部二年のあたし、彩上八子。戦闘部同じく二年の雉子雨君。そして医療部三年の春秦ちゃん」

「気負わず頼ってくださいねっ」

「あーっ俺にはあんま頼んないでね!?」

「アンタね」

「いや、仙慈君は分かると思うッスけど素で強いのは多分二人ッスから。戦闘面で頼られても困るッスよ、マジで!」

「アンタね……!」

「まぁまぁ、お二人が困ってますよーっ。任務の詳しい内容と段取りを説明しましょう」

 仲裁に入った春秦先輩は、意味ありげに微笑んだ。

 微笑んだまま、彼女は言った。

「――椛野さん、仙慈さん、バリバリ公欠の準備しますよ」

「公欠って、それじゃあ」

「はいっ! 明日から、埼玉に泊まり込みです」

 驚異的フットワークに、笑うしかなかった。

 

 

「君がやりたいのは試合? それとも戦い?」

 白く無機質な、馴染みのある模擬戦室に、二人の少年がいた。

 どちらも髪は長く、片方は白髪を一房に纏めて垂らしている。もう一人、灰色の髪を三つ編みで垂らしている少年は、白髪の少年に問い掛けている。

 鞘に収まった刀剣の柄頭に手を乗せ、問われた少年は言った。

「私に殺意がない以上、真の意味で戦いを求める道理はないでしょう。無論、どのように力を扱うかはお任せします」

「分かった。それなら制圧ではなく対決をもって雌雄を決しようか」

 言葉に応じて、金時射弦は柄を引く。露わとなったのは銀色の刀身。刃から反りまでの面積は異様に広く、雰囲気は日本刀然としていながらも、設計に明確な歪みが生じていた。それは木塚街で血を被って以来、人に向けられることはなかった。

 金時は、真剣の切先を向ける。

 対する朽羽は、その手に氷剣を現す。不意にパキりと音を立てたそれは蒼氷によって出来た、鍔もない、ある種無骨とも言える刀剣だ。精巧な鍛錬もされておらず、叩きつければ割れてしまいそうな氷細工を、彼は肩に背負う。

「ところで、私は()()()()()()構わないよ」

「…………全霊で向かいます。お覚悟を」

 白き剣士は駆け出した。両手で剣を前に出す、模範的な踏み込みだ。素早い初速には一朝一夕で培えない筋肉の最適化が施されており、無駄なく最善の力を込められている。

 それは間合に入り、瞬間――冷気がすれ違う。

「ッ!」

 途端地面は凍り付き、平地を駆けていたはずの少年は足を空回りさせる。勢いままに敵へ肉薄する事を避け、体勢を崩す頃には横向きへ身体を倒し始めていた。反射ながらも適切な選択で、振り被られた氷剣を躱すに至る。

 それで攻め手を返す程、幹部の椅子は低くない。

 左手を付く金時へ、容赦のない蒼き閃きが奔る。朽羽が放った切先を、地面を叩いたことで軽やかに回避するが、本命が込められているのはこの次。

 足先で再び地面を凍らせていき、金時を通過する形で蒼く塗り替える。片手側転の着地に応じた氷結は攻撃に転じる間も与えず、続けざまに余裕を奪う。これも朽羽那由多の前では制圧に値しない。その事実に背筋を冷やすまでもなく、凶刃が既に忍んでいる。

 地面の氷を道筋とし、金時射弦の後方に形成されるのは、細く鋭い錐状の氷。照明を受けて白く輝く蒼錐へ、金時の身体は吸い込まれる。

「さぁ」

 躱してみせねば、本隊員もその身に余ろう。

 

 

「弟子が受かって良かったな、虎郷」

「依折……。疑っちゃいないさ、順当だろうと思う。お前がどう評価してようとな」

「師匠ってものは皆が皆弟子を溺愛してるのか? 朽羽もあれ、相当な入れ込みようだろ」

「俺のは溺愛じゃない、事実だ。事実として――身のこなしは、既に俺を上回っている」

 

 

「甘い――ッ」

 少年は身体を捩じる。地面を蹴って躱すでもなく、その構えは間違いなく迎撃の体勢であった。

 銀の刃は寸分の狂いなく冷気を捉え、蒼氷を砕き壊す。力いっぱい振り絞られた一撃は、最早切断ですらない。余分な勢いは削がれ、精密な運動能力をもってして、金時は次の動きを装填する。

 そうして細く結ばれた瞳に――肉薄した朽羽が映る。

 氷で作った凸を蹴った靴にはブレード。身体の比重次第で加速減速を意のままにした、即席のスケート靴。蒼錐に迎撃すると判断した時、彼はもう動き出していたのだ。

 文字通り、一手の遅さ。次手のない踏み切りの良さはしかし、完全に詰め切った棋士の覚悟にもよく似ている。

「終わりだよ」

――ヒステリックな衝突音。金属と蒼氷が相克し合う。

 白き剣士が上手を勝ち取るその傍ら、金時の足元は凍り始めていた。

 凍った地面、砕かれた氷は、蝕む氷結へ転化されている。例え剣戟を凌ごうとも、金時射弦が挽回出来る余地は、ない。

「……参りました」

 身のこなしで塞げる溝を越えた先に、堅牢な氷壁は(そび)えている。

「満足してくれたかな。あの日から結局、うやむやになっていたからね」

 邂逅の日、椛野対仙慈の初戦闘と重ねて、本来彼らは戦う予定であった。

 部屋を片付け退室すると、朽羽は温かいお茶を自販機から取り出し、渡す。彼らは同階の休憩スペースで並び座っていた。

「えぇ。見事な段取りでした。あの連携は、初めから備えていたものですか」

「どう分岐するかによって、幾つかね。あれは文字通り最後の詰めだったから、もしも凌がれていたら、少し強引なアドリブをする必要があったかもしれない」

「仙慈さんは素晴らしい師を持った」

「さて。虎郷君と金時君程、有意義な関係になるかは分からないよ」

 朽羽はホットのブラック缶を傾ける。

「能力で繋がった師弟が出来るのは、所詮禅問答とトライアンドエラーの繰り返しにすぎない。勿論戦闘能力は手ほどきするけど……大成を確約するには、私の名でも及びかねる話だ。その辺り、虎郷君はあと一年あればうちの剣士筆頭になれる。虎郷君との師弟関係は君にとっても良いものなんだろう?」

「無論のことです。虎郷がいなければ、私は北方の小さな町で、何にも励めず老醜を晒すしか出来なかったでしょう」

 そこまで言うのかと微笑んだ。口に出す程敬意を忘れていたわけではない。そこまでなのかもしれない、と想像するのは、幸運なことに容易かった。

 適温を作る空調は、逆に言うと急激に冷えた身体を温めにくい。小さなペットボトルを飲み干し、金時は息をついた。

「本隊員になったことで、閲覧可能な記録が増えると聞きます」

「ん? うん。過去の隊員や作戦の記録とか、私らが同行しなくても構わなくなったけど……虎郷君、そんな気になる?」

「いえ、虎郷は気になりません。以前在籍していた隊員の戦闘姿を、一目見ておきたく思いまして」

「ははっ、そう。勉強熱心でいいね。新入りの支援部もその姿勢だといいんだけど」

 立ち上がり、白房の少年は傍らに立てかけた竹刀袋を持つ。

「もう一つ。依折さんは受験者の中に才能を感じなかったと語りました」

「……」

 朽羽は静かに続きを促した。言いたいことは分かる、もし依折の発言の意図を察しているのであれば、ここで正否を判決する必要がある。黙って、本当に気付いているのかを聞かねばならなかった。

「あの場にいない者からは、感じたとも言っていました。――その方々の記録もあるのでしょう。既に本隊員ならば」

「……はははっ! うん、そうだよ。……君達戦闘部の中に、試験をスキップした子が一人いる」

 続く名前を聞き届け、剣士の口は弧月を象った。

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