白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――中学生

菊池  拓郎(きくち・たくろう)
戸井  淳平(どい・じゅんぺい)
茉理  香織(まつり・かおり)
……イヌ科の獣人


――黒豹隊

篠露  枝璃是(しのつゆ・えりぜ)
……褐色の悪魔
古木  玲河(ふるき・れいか)
……金髪の麗人
澱花  冬(おりばな・ふゆ)
……桃毛の少女
麗(れい)
……鼠色髪の悪魔
外岡  兵太郎(とのおか・ひょうたろう)
……俊敏なナイフ使い


――銀狼隊

雉子雨 佐久雲(きじさめ・さくも)
……ゴーグルの少年〈演算〉


第三十七話 菊池拓郎② (付記・能力考察)

 一番早くに馴染んだのは茉莉だった。

「見てこれ、かわいくない? 露店やってて買っちゃった」

「可愛い指輪! でもエリゼちゃん、もう沢山あるじゃないですか。どれと入れ替えるんですか?」

「そー、だから貰ってよ」

「え……。あ、合うかな、サイズ」

 ソファで肩を並べ、エリゼ先輩と茉莉は和気あいあいとしている。二人とも服飾やアクセサリーには目が無いのだ。それにしたって、茉莉がここまで熱の入った話をしているのを俺は初めて見る。

 俺やジュンが熱意を受け入れられるほど造詣が深くないのもあるだろうが、そもそも異種族が着用出来るアクセサリーは限られてくる。イヤリングとかは分かりやすく、物理的に不可能な物が多いし、ピアスや指輪は材質から思わぬアレルギーを引き起こす例が掃いて捨てるほどある。

 その点、優しいお値段でオシャレが出来る店を教えてくれたエリゼ先輩に、茉莉が懐くのは当然とも言えた。

 一人だと入りにくい店に入れるようにもなった。エリゼ先輩は真っ向から、味方として手を引いてくれている。

 直前になって難色を示した記憶が強いジュンだが、奴も奴で、ラウンジで時間を過ごしているうちに波長の合う人を見つけたらしい。読書の休憩時間にその人と軽く会話を交わしているのを見る。

 だから一番ラウンジに溶け込めていないのは。

「拓郎」

「……古木さん」

 茉理達とは違うソファで、何をするでもなくただ居るだけの俺。

 まぁ気になるか。

「何か、気を遣わせてはいないかい?」

「そんなことないっすよ。……茉理もジュンも、居心地良さそうにしてて、安心してます」

 古木さんは忙しそうにしていて、二週間ほどラウンジに通った中でも、交わした言葉は二、三言くらいだ。

 今日も腰を据えることなく、ソファの背もたれに手を着く形で俺の顔を覗き込んでいる。上品な香水の匂いが、俺の鼻には少し強い。

「そう。キミは?」

「……まだ、どう馴染めばいいかが分かんないです」

 来ると思っていた質問へ、率直に答えた。後にして思えば、取り繕わずに物を言えるだけで、俺も相応に気を許していたのかもしれない。

「あまり同年代の子もいないからね、ここには。エリゼがキミ達を招いたように、段々と仲間は出来ているんだけど」

「仲間、ですか」

「ああ。これが一番収まりの良い言葉でね。隣、良いかい?」

 俺が頷くと、古木さんはクッション一つ分のスペースを開けて座った。

 ローテーブルの二辺を囲むように置かれたソファを、俺達四人が占めてしまっていることに気付き、なんとなくジュンの方に視線を送ってみるも、奴は気付かず、古木さんも早速語り始めた。

「私達は、諍いのない理想郷を作りたいんだ。……笑うかい?」

「いえ……」

 大人びた麗人から途方もない理想を聞かされた実感としては、ただただ遠い。それは異国の話を聞くくらい現実感のないものだった。

 でも、名も気温も知らないような異国の話と違って、この人の話題には惹き付けられるものがある。

 或いは、この人自体に惹かれているのかもしれない。

 認識に答えが出るのを待たずして、俺は先を促していた。

「ありがとう。種族間の差別や、能力者への過剰な忌避感がある世界じゃ、とても理想郷とは言えない。私はね、ただ横にいる人と笑って、幸せに未来を夢想出来る世界を望んでいるんだ」

 古木さんの横顔を見つめる。

 目鼻が整っている人間。恵まれていると思う隙すらない絶世の美しさがある。

 この人はただの人間ではなく能力者らしい。能力者への過剰な忌避感、とやらを知らないうちは、俺が嫉妬することは出来ないのだろう。

「仲間、と言ったね。私の友達の中にも、私のことをそう思ってくれている人がいるんだ。――黒豹隊の仲間が」

「えっ……」

 反射的に声が出た。視界の端で茉莉が顔を上げている。

 笑顔を作って、辺りになんでもないことをアピールするよう手を振った。

 言葉は、演技や見せかけでもなく掠れてしまう。

「黒豹隊、って……あの、テロのじゃ」

 本人に言うのは酷く不用心だった。

 もしその黒豹隊なら、俺の反応を見て、所謂本性とかを表す――そういう不用心ではない。

 俺は軽率な反応で、古木さんの笑みに悲傷なる爪痕を残してしまった。

 見掛ける度、なんてことなさそうに生きている人の、秘めていた哀しさを引きずり出してしまったのだ。

「あ、その」

「いや。……いつからそうなってしまったのだろうね。隊長も、私もその仲間も、真摯に活動していたはずだった。だが、所属していたはずの者が罪を犯し、黒豹隊を名乗り……あっという間に、私達は異能者へのデマゴギーに使われるようになってしまったんだ」

 組んだ両手を見下ろして、古木さんは後悔を滲ませた。

「……すみません。俺、新聞でしか、名前見た事なくて」

「いいんだ。こうなってしまったのは、黒豹隊全体の落ち度なんだからね」

 あっけらかんと笑って、古木さんは立ち上がる。

「もしよかったら、キミも力を貸してくれ。特別な力は、何も必要ない」

「それって……」

 頷く事は黒豹隊への入隊を意味する。

 俺の動揺を尻目に、古木さんは歩き始めた。

「答えはすぐに出さなくてもいい。私は次の週末にまた顔を出す予定なんだ、ちょっとした祭りごとをやるつもりでね。是非友達を誘って参加してくれ。無論、その日までに答えを出せという意味じゃあない」

 スラリとした背中で何を背負っているのか。

 見出そうとするばかりで、いつの間にか、古木さんは去っていた。

 

 

 日曜日、俺達は昼過ぎにラウンジへやってきた。

 この日も――というより、行く場合はエリゼ先輩に一報入れることのが決まり事になっているので、普段通り四人でホテルに足を踏み入れる。

 俺も受付の人に澄ました顔で会釈するくらいなら出来るようになってしまった。なぁなぁで通いながらも、慣れ始めているということだ。

 古木さんはああ言ってくれたけど、答えは早く出さなきゃいけない。それがここを紹介してくれたエリゼ先輩への、そして、大事な話をしてくれた古木さんへの誠意だろう。

「なぁに重い顔してるの」

 エレベーターを待つ時間、エリゼ先輩が頬を突いてくる。

いや(ひあ)、別に……」

「緊張してるんですよ。今日、色んな人が来るんですもんね?」

 茉理が都合よく補足してくれる。

 よく通る音が鳴り、俺達はエレベーターに乗り込んだ。

「んー、色んな人ってゆーか……まぁ、そうかな? 私にとっては小規模くらいだけど、初めてならビックリするかもね」

 そこら辺、臆しているなら俺よりもジュンだろう。さっきから一言も喋らないのがなによりの証左だ。……まぁ、今回ばかりは俺も自分のことでいっぱいだけど。

 次に扉が開いた時、初めての喧騒が広がっていた。

 普段ローテーブルがあるラウンジの中央には、代わりに幾つものテーブルと、それらに余す事なく置かれた料理の数々。名前の知らないスイーツから、俺でも分かる荘厳なケーキまで。

 それらを囲むのは大半が子供(といっても中高生だから、俺らより上に見える人ばかりだけど)で、大人は、普段からカウンターに立っているマスターや古木さんくらいなものだ。

「やっほーみんな、連れてきたよ!」

 エリゼ先輩が大声でエントリーするから、視線を一気に集めてしまう。慌てて頭を下げて、自己紹介から入るべきか? と思考を馳せる間に、口火を切ったのは古木さんだ。

「彼らが言ってた子だよ。皆良い子でね、仲良くしてやってくれ」

 そう声を掛けるだけで、俺も、見知らぬ少年少女らもきっと、何処か絆される。

「キミらも。皆、私の仲間なんだ。話してみれば気の合う人が見つかるかもしれない。そうでなくとも、好きに楽しんでいってくれ」

 金色の目が優しく訴える。

 俺は震えないよう足に力を込めて、先陣を切る。それもなるべく威圧的にならないよう意識して。気の弱そうな少年の悪魔もいた――俺が甘えるような相手じゃなく、皆はただ子供なんだ。

「菊池拓郎っ……よろしく、す」

 言い切って、ほんの、ほんの僅かな間が、胸を刺した心地がした。

 それから、俺の胸に刺さった棘を暖かく抜き取ってくれる少女も、いた。

「えへへ、よろしくね。他の二人も聞いてるよ、名前。私は澱花(おりばな)(ふゆ)

 赤みがかった桃毛を長く垂らしており、その中でも一際濃く赤らんだ一房が特徴的だった。メッシュというやつだろう。漫画でしか見た事がなかったが、こう見ると中々綺麗で、意識を奪われる。

 澱花はかけている眼鏡を両手で整えてから、俺達にグループの中へ入るよう促した。

 マスターは三段階に積み上がった皿を、幾つか持ってきて、テーブルに置く。『アフタヌーンティーだ』と茉理が呟いたので、アフタヌーンティーというのだろう、もう俺の知るところではなくなってきている。

 きっとアフタヌーンティーのアフタヌーンに位置するところであろう、皿に乗った細々として美味しい料理を摘まみながら、アフタヌーンティーのティーの部分を飲んで、なんとなく場に馴染もうとしてみる。

 すると、案外既に居た皆もぎこちないというか、深く親密ではないのが見て取れた。そうと分かれば、俺達は次第にコミュニケーションを探っていった。

 中でも澱花とは早くに打ち解けることが出来た。結構な食いっぷりはわんぱくな感じがあったし、ファーストコンタクトも含み一番話しやすかったまである。

「澱花って、なんでここに?」

 ティーを飲みながら、俺は気軽に聞いた。もし重たい話だったら、なんて一切考えていなかった。

 そして澱花も、一切重たい様子を出さずに答える。古木さんの方を見て、妙に考えてから口を開いた。

「古木ちゃんに言われて。じゃなかったら、私も異種族だし」

「……そうなの?」

 ぱっと見ではただの少女だった。普通の人間の女子高生で、特徴的なのは赤みがかった桃毛と紅蓮のメッシュくらい。

 ほんのりと首を傾げてから、澱花は頷く。

「私はちょっとややこしいんだよね。キメラって言って通じる?」

「動物が混ざったアレなら」

「そうそう。私はそれなの。ただ、キメラと違って……あれキメラって何とライオンと蛇だっけ」

「重要?」

「じゃないかも。普段はずっとライオンで、必要になったら翼とか蛇とか出せたり、逆に翼側の動物だけの姿にも成れるんだ」

 ……それって自然に産まれるもんなのか? どっちかといえば能力とかしっくりくるけど――。

「勿論獣人みたいに、何かのクォーターとかでもない。贋物、造り者――そういう贋造種が、私」

「…………え?」

「話し過ぎですよ。あんまり、普通の人に言うものじゃないと思います」

 鬱屈とした声で割って入ったのは、悪魔の少年。鼠色の髪を割いて一対の山羊じみた角が生えている。

 小柄なその少年は俺と同じくらいの背丈で、この集まりの中では幼い方と見た。

「そうだったかな、ごめん(れい)君。あとたっくんも」

「いや……え、たっくん?」

「そう呼ばれてるって聞いたよ。ねえ?」

 話を振られた麗とやらは、瞼をゆっくり開閉するだけで応答はない。……その動きが返答なのか?

 まぁいいけど。

「確かに剣呑だったかもねー、ただ、苦しいとかはないんだよ。今は古木ちゃんも麗君も一緒だし」

「……黒豹隊って、どうなの?」

「どうって?」

「いやー……。誘われてるんだ。でも、どうしたらいいか迷ってる」

 澱花は肌身離さず持っていたフォークをついに置き、距離を詰めてくる。

「いいじゃんっ。私達、歓迎するよ」

「……僕は別に、どちらでも。……ただ、歓迎と言っても、同じ組織には……」

「やっぱ難しいかなぁ」

「同じ組織? 黒豹隊は黒豹隊じゃないの」

 その黒豹隊自体を俺は詳しく知ってるわけじゃないけど。

 景気よく頷いた澱花がシームレスに麗の頭を撫で始める。わしゃわしゃというよりさらさらと。

「黒豹隊の中にも部隊、チーム、組織……色んな呼び方があるけど、とにかくあるの。私は麗君とか、古木ちゃんとかと一緒」

「古木さんとも?」

 俺はつい古木さんを探した。ジュンと同じ席で何か食べているようだったけど、俺の視線から即座に気付き、ふんわりと微笑んでいる。

「そうだよー。リーダーは古木ちゃんだけどねぇ、纏め役は私なんだ。そこら辺は、たっくんと一緒だよね」

 視線を戻せば澱花は麗の頭から手を放して、ティーの…………お茶を飲んでいる。

 またも疑問が先行したが、今回は納得が追い付いてくれた。

 確かに、明確なリーダーってやつはないけど、茉理とジュンと俺とだと、昔っから俺が何かを決めることが多かったような気がする。

「……一緒、かなぁ。俺は多分、澱花ほど頑張ってないけどさ」

「なんて悲観的なことを言うのさ。もう」

 拗ねたように言った直後、小さなケーキをフォークで突き刺す。

 そして容赦なく俺の口へねじ込む。

「っ!?」

「じゃ、これから頑張ろう?」

 やたらに情報の多い味の中で、甘酸っぱさは苛烈に脳を刻んだ。

 

 

 俺が決意する傍らで、ジュンも、茉理も、思うところがあったらしい。

 俺達はその晩、黒豹隊を志願した。

 そしてその日から、俺は古木さんと出会う事は無かった。

「キミらが、エリゼの言ってた子?」

 仕事を教えてくれる先輩は、邑来(みやこ)伝介(でんすけ)というおじさんだった。……甘い期待なんかしていない。ただ、その人の瞳からは、どうにも希望……いや夢想は欠片も感じ取れなかった。

 黒豹隊として任された初めての活動は、深夜二時に信号機を壊すことだった。通りがかるトラックに用があるらしい。

 勿論反発した。それは古木さんの望まないことだと思っていたから。

「ボクの能力は〈破壊工作〉……つまり、破壊そのものを作るんだよね。表面だけをバキバキにするって言ったら分かるかなぁ。アーモンドチョコあるでしょ? 表面であるチョコの部分だけヒビ入れて、アーモンドチョコが破壊されたという状態を作るの」

 人でやったら、ズタズタの皮膚と共に破壊された人間が作られるって意味だ。

 獣人なら、実は毛だけで済むんじゃない? なんて、小粋なジョークは誰も言わなかった。

 すぐに俺達の活動は露見したけど、邑来さんやエリゼ先輩のことは出しちゃいけなかった。そこで、邑来さんは俺達に秘密基地をあてがうと言ってくれた。

 そんなことより早く逃げるべきだ。よしんば逃げずとも、正しい人に打ち明けるべきだ。俺はずっとそう言いたかったけど、でも言えなかった。やっと不幸じゃない道を見つけたと思ったんだ。

 ここを乗り越えれば、本当の黒豹隊として、理想郷を作る為に励めるんだって。

 でも、打ち明けるべき正しい人ってなんなのか分からなくなった。エリゼ先輩は、俺達が街を脅かすことをなんでもなく思ってる、そんなの正しくない。警察は、昔ジュンを獣人だからって理由で蔑ろに――振るわれた暴力を見過ごした、そんな奴らも正しくない。

 古木さんは――。

 ……。

 山奥の小屋で、俺達は生きることを命じられた。

 ログハウスってやつの数倍醜い、廃墟ですらある木造の小屋。

 すえた臭い。湿気た空間に広がる鬱屈とした闇。

「熊とか、虫とかさ……」

「大丈夫だよ。大丈夫」

 ジュンの不安はもっともだった。野生動物の足音に縮こまる夜もあったし、積み重なる不衛生さが虫の羽音と合わさって、見る間に擦り切れるのを実感した。

 それでも、俺は励まし続けた。それが責任だと思った。

 

『じゃ、これから頑張ろう?』

 

 半日話しただけの女子の一言を頑張る理由に置いてる俺が、本当に惨めだった。

 なんなんだろう。澱花が俺にとって特別な人というわけではないと思う。

 二、三時間おきに断ち切れるようにして夢から覚めるけれど、悪夢から醒めたいという願いばかりあって、麗に助けてほしいとか、ここを切り抜けて澱花と会いたいとか、そういう感情は全くなかった。余分ですらあった。

「お腹空いた……」

 うずくまるようにして茉理が床に丸くなっている。俺は何も分け与えてやれないのに、肩に手を置いた。

 子供みたいな夢物語に手を伸ばした理由を、俺は大事にしたかった。澱花は背中を押した突風に過ぎなくて、一瞬交わっただけの他人でしかなくて、麗も古木さんもエリゼ先輩も、助けてくれることはない。

 俺が成し遂げたことと言えば、邑来の命令にはいはい頷いて、罪を犯して人を害した。お父さんやお母さんに不幸を働いて、担任の財布から金を盗んだ。

 なんなんだよこれ。クズの掌で踊ってるだけの愚図じゃねえか。

 ジュンも茉理も限界だ。とっくに限界で終わってる、朽ちてる。

 それじゃあ俺が何も残さず、愚かさに負けてくたばるわけにはいかない。それはこいつらを殺すことになる。名誉を吐き捨てることになる。ここに生きていたっていう、必死になったことさえグダグダに溶けて消える。

「なぁ」

「ん……」

 もう、どっちが声を漏らしたのか分からなかった。薄暗がりの中、二人が聞いていることを確認すれば、カラスの鳴き声を背景に俺は言う。

「タイムカプセルを、埋めに行こう。空き缶がここにある」

「はぁ…………?」

 溜め息と混ざった疑問がジュンの口から這い出る。諦めるように塞がってしまったジュンから疑問が引き出せたこと自体に、少しだけ言った甲斐があった。

「もう限界だ、俺達。だから俺達がここにいたって残そう。俺達は、自分の意志で生きたんだって、後から来た奴に、好き勝手言われないように」

「今更だよ、もう。だって僕ら」

「言うなって。分かり切ってる」

 壁に触ってささくれた木が刺さったら嫌だ。俺は自分の力で、重たい身体を立たせる。

「埋め終わったらさぁ、後はもう、自分を守る為になんだってしようぜ。邑来の奴も、その腰巾着も、カスみたいな警察もさ、知らねえよってツバかけるんだ。このまま腐ってくより、その方がいい。――きっとすぐにバラバラになる。でも、もし戻ってこれたらさ。またやり直せるように……この山にタイムカプセルを埋めよう」

 誰か一人でも戻って来れたら、掘り返して、新しいメッセージを入れよう。取り返しのつかないところまで転落したけれど、俺達三人だけの幸せなら、生きてる限り、やり直せると信じたいんだ。

 ……古木さんにとっての理想郷って、こんなにも、儚く頼りない祈りの先にあるのかな。

 

 

 小屋へ戻ってきた時、早速だと思った。早速、覚悟の使い時が来たって。

 でも違った。銀狼隊と名乗った人は決して俺達の敵じゃなかった。闇の中に手を伸ばして、俺達から担任への贖罪の機会をくれた。

 恩を返したい。今すぐにでも――もし遠く先になっても、確実に。

 何度目かの発砲が続いた。

 雉子雨さんが俺を庇って、外岡(とのおか)を部屋から出さないようにしている。

 庭へ続くベランダが、外岡にとって強硬の出口となるだろうか。他は広々とした居間として、色んな物が置いてある。花瓶やテレビなんかの、繊細なものまで。

「冷静になってる……読みにくくなった」

 そう呟くと、雉子雨さんは自分の腰へ左手を回した。そして、何かをからぶった様子で、再び拳銃を両手で持つ。

 正面に立つ外岡目掛けて弾が放たれる。ゴム弾か何か、非殺傷性だけど、まともに当たれば俊敏な動きは出来ないだろう。

 薄暗がりなのもあって軌道は見えない。分かったのは、ただ外岡が躱したということだけ。

「見てから余裕でした、ってなァ……!」

「……」

「気付かないとでも思ったか? 弾ねえんだろ?」

「おおー、バカでもそういうのは勘付くんスねぇ。尊敬するッス、マジで」

 一段と頭に来たか、ぼんやりと見える形相には烈怒が浮かんでいる。……しかし、それでも、自分から先手を打つことはなかった。

 奴は気付いている。雉子雨さんは動き出しを止めるくらい凄い腕があって、でも撃たれてから動けるくらい、外岡にも瞬発力があるって。だから弾が切れるまで猶予のないこっちが不利なんだ。

 でも、外岡には揺さぶりが効く。癇癪持ちの、踏み込んだらアウトな虎の尾がある。

「俺が隙を作ります」

「駄目ッス。もう危険な真似はさせないッスよ」

 軽い口振りに、重々しい声が乗っかった。

 ……俺なんかが襲い掛かったって何の役にも立たない。あの女の人相手に三人がかりでどうにもならなかったんだ。分かってる。

「いや。俺が揺さぶって、そしたら精一杯逃げます。……足なら自信あるし」

「俺を信用出来るッスか?」

 手に力を込めて返した。

「貴方が貴方を信じてるなら」

「…………」

 重い沈黙だった。纏わりつく緊張感の中、外岡だけが、薄ら笑いでいる。

 こちらの声は聞こえていないであろう距離。でも、もし聞こえていてもあまり反応は変わらなかっただろう。アイツは俺を、俺達を舐めていて、何かを成し遂げられるとは思っていない。

 次第に雉子雨さんは呟く。

「あと五発。五発撃つ間だけなら……オーライ、いつも信じてる」

 表情は見えなかった。

 その背中だけで充分だった。

「外岡さんさぁ、この期に及んでっ……ビビってんの」

「は? てかまだ居たのかよ、お前」

 声を揺らすな、俺の方がビビんな……。

「いたよ。結局自分がノロマだから動けないだけなんだろ。――だから妹に石投げられんだよ」

「――なんつったテメェ」

 邑来に聞かされた外岡の過去。そのことを多分、アイツは知らなかった。

「分かんねえバカだな! お前の妹に石投げたのは俺の兄貴だよバーカ!」

――ヤバいこれは本当にヤバい。

 一目散に扉へ走った。

 一瞬で殺意一色に変わった、一瞬で何より優先順位が高くなった。外岡は何があっても俺を殺すとか思っている……!

 

 

 一発目。

 拓郎を追って走り出す外岡の腕へ発砲。振った直後の体勢に当たり、外岡の身体が弾かれて崩れる。

 二発目。

 雉子雨を真っ先に殺さなければいけないと知らしめた。

 その場から大きく跳躍し、壁を足場とする外岡。身体の力や向きから跳ねる先を測定。壁を蹴る直前に発砲し、躱せる限度を攻めた弾で別地点へ誘導。

 三発目。

 外岡の跳躍予定外である地点へ誘導し思考を崩した。

 トップスピードに足を掛け始める外岡の真正面数十センチ先に発砲――花瓶が砕け水が拡散する。

 四発目。

 顔面に降りかかった水で視界が奪われた外岡のこめかみに的中。

 五発目。

 

「――寝てろ」

 

 雉子雨佐久雲、能力〈演算〉

 知覚している情報を使い、対象の動きを演算する能力。

 この少年の手に掛かれば――近未来予知を凌駕する。




――彼岸崎錦の能力考察――

【第五回】〈演算〉

久方ぶりの能力解説、すっかり出番の消えた彼岸崎錦が雉子雨の奮闘に乗じて出張るぞ。
このコーナーでは能力の内容に加えて、分かりやすくメリットとデメリットに分別した内容を解説していくぜ。

〈演算〉
発動時、自分の知りたい結果を把握する。
自分が獲得している情報で把握出来るものじゃないといけない。

【メリット】
・先読みが出来る
・状況把握を視覚に頼らないで済む

【デメリット】
・知覚していない妨害に弱い
・一回ずつ発動しなければいけない

一見シンプルだが、応用力が高い分少ない制約や条件が響いて来るんだな。

雉子雨が多用してる手段としては、発砲する際、弾道を演算することによく使ってるイメージが強いぜ。

撃つ対象の足の筋肉にどう力が入っているか、そして自分からどれだけ離れているかなどの『視覚情報』
自分の持っている拳銃の重さ、空気の具合などの『触覚情報』
人間の脳が拾いきれてない音まで含めて『聴覚情報』として使うことも出来る。

兎に角、知覚している情報を能力が全て自動で演算して、弾がどのような軌道になるかを一瞬で把握が出来るんだ。
ここで重要なのは、情報さえ揃っていれば相手の動きが全て予見出来るってことだな。
作中やってた通りの先読みなんか可愛いもんだよ。
本気になれば、読唇術の応用で先に相手の言葉を奪うことだって出来る。
他にも、音の反響だけで精確に地形を把握することも出来るし、熱伝導から持ってるアイスがどれくらいで溶けるかも分かる。


万能にも思えるが、使うとなると細かなところが目に付くんだよな。
先ず知覚出来てなきゃいけない。住河木の〈イコール〉と違って、絶対がない。所謂世界進行的保証が付与されてないんだ。演算なだけあって、物理法則的保証はあるんだが。
だから突発的なものに弱い。仙慈の〈万華の右眼〉は天敵だよな。突然空間に現れんだもん。鴻上の〈影絵〉もそうだし、第一試験は狙撃銃有でもアウェーだったと思うぜ。
それに能力に限らず、後出しで動いたらそれだけで雉子雨のアクションに対処出来ちまう。

それに、一回ずつ発動しなきゃってところだが。
要するに、リアルタイムで演算結果を計算してくれないんだ。〈演算〉を使った時々の結果しか知らないわけだから、頻繁に使うことでようやく動きに確証が持てる。だが、ここで膨大な情報を演算しているわけだから脳に負荷が掛かるときた。(まぁ能力そのものが外付けスパコンの役割を担ってはいるんだが......ここでは、スパコンの調子が悪くなって負荷を実機が肩代わりせざるを得ないと解釈してくれ)
仙慈みたいに分かりやすいデメリットじゃないが、実運用だと中々痒い所が出てくる能力だ。


能力器官は脳か脊髄だろうな。能力者だとより複雑なもんで、色んな手段を講じても確証得るには至らねえ。これも雉子雨がもっと高みに登れば判別もつくんだが。
高みって言うと、その点良いとこまで来てるんだけどな。
雉子雨の使い方には、今までの説明だと理屈が付かない場所があるんだ。

俺達人間は、手に持っただけで拳銃の仕組みは分からない。しかし、雉子雨の〈演算〉は弾の軌道を正確に割り出す事が出来る。
これには雉子雨が能力に向き合い続けたことで得た、副産物が影響してるんだ。
雉子雨は隣接した空間を高精度にスキャンすることが出来る。
半径数センチが、数十センチか、ここはその日の頭の具合にもよるらしいが、閉じられた機構をも演算対象に組み込むことが出来るんだ。あくまで組み込むだけで、理解は出来ない(自分と敵の距離が何メートルか、脳が直接教えてくることはないのと同じだ)。例えばプレゼントボックスに触れても、中にある贈り物の形状を理解することは出来ない。ただ、プレゼントボックスを投擲する時、内容物を踏まえて演算することは出来る。
演算の領域から離れた超能力に聞こえるし、実際文字通り人智を離れた技ではある。ただ、それを言うと俺は胸から剣を出してるしな。身体から磁場出してスキャンして演算材料にするとかも、能力者らしいと思うぜ。
〈演算〉の本質は演算じゃないのかもしれない、ってな。


ものがものだからシンプルながら凄い長さになっちまった。
次回は椛野と仙慈の共闘、月面の麗人と戦った時とどれくらい変わってるか見物......かと思えば、椛野の様子がおかしい時よりおかしいぞ。
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