白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】

――月桜学園・一年

椛野  穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
仙慈  寿人(せんじ・ひさと)
……目隠れの少年〈万華の右眼〉


――月桜学園・二年

雉子雨 佐久雲(きじさめ・さくも)
……ゴーグルの少年〈演算〉
彩上  八子(あやがみ・やこ)
……深紅髪の少女


――月桜学園・三年

春秦  命(はるはた・みこと)
……青髪の少女〈青廉癒合〉


――黒豹隊

邑来  伝介(みやこ・でんすけ)
……錆色髪の男性〈破壊工作〉
篠露  枝璃是(しのつゆ・えりぜ)
……褐色の悪魔
古木  玲河(ふるき・れいか)
……金髪の麗人


第三十八話 発芽 (付記・人物紹介)

 極彩と相克したものに続き、『罅割れた黒光』が私に伸びる。

 光とは言うけど光速じゃない。見てからでも身を翻せる――剛速球から逃れる程度の余裕だが。

「――ッくそ!」

 光が携帯に触れた。

 手の中で罅割れていき、そして飛散する。

 硬いケースが周囲へ拡散していく。手は離さざるを得ない。

 落ちる携帯。拾っている暇はない。

 すぐに目の前の人物へ向き直る。今の能力は話に聞いていた通りのもので間違いない。しかし邑来(みやこ)は大きい図体の男性であり、先の人物は長髪の女性だった。

 再び極彩が砕け散る。

 その先には、こちらへ掌を向けた男――邑来伝介(でんすけ)がいた。

「確かにさっきまで、あの姿じゃ……」

「人を変身させる能力者がいるのかもしれない。とにかく、やるしかないんだ、僕達が!」

 彩上先輩が、菊池君から聞いた邑来の能力。〈破壊工作〉――触れたらアウトの黒光。

 もし雉子雨先輩がいたら、戦いは遥かに楽だったはずだ。あの時、私は逃げずに先輩と戦うべきだったのか……?

 だとしても今じゃない。今考えることじゃない。

「椛野君」

「何?」

「僕が支える。今の右眼の具合じゃ僕にアイツは倒せない。だから……」

 その言葉を聞いて、私は初めての共闘を思い出した。

 

『仙慈君』

『分かっているとも』

『私が軸になってあの人を崩す』『僕が軸となり彼女を揺さぶろう』

『え』『うん?』

 

――何が、もし雉子雨先輩がいたら、だ。

「……任せて。だから、任せた」

 仙慈君は私達二人で勝つ気なんだ。その覚悟に泥を塗るなよ、私。

「……! ああ!」

 声に押されるようにして駆けた。視界の通りは気にしない、仙慈君は自分で立ち位置を調整出来るだろう。

 長期戦は何より不味い展開だ。だからこその電撃速攻……!

 

『死出ずる技』

 

 ……。

 足払いを軽く躱される。遠心力を推進に転化、右手の拳を握り込んで放つ。

 が、手で受け止められそうになった。急いで止め、蹴りの間合に移る。そうか、光を当てるっていうなら掴むだけで充分だ。

 蹴り上げるも躱され、邑来からの反撃は極彩によって相殺される。

 接近さえ出来れば押し込めるかと思ったのに。なかなかどうして、思ったよりも格闘が強い。

 白線のサークルは常時現れており、邑来が掌を向ける度、極彩が横切って盾になる構えを取ってくれていた。〈破壊工作〉の光は放たれる時、僅かにタメがある。それさえ見切れば後の先で制してくれる。

 必要以上に臆するな。私はただ、掌への接触を防げばいい。

「はぁっ!」

 彼岸崎先輩のような鋭い剣筋をイメージして、蹴りを差し込んでいく。速さを求めれば自然と威力は出るんだ。丁寧に、素早く攻撃を叩き込む。

「チッ……」

 回し蹴りが腕で防がれる。でも邑来の身体を起点にして跳ね返れば、掴まれることはない――。

 邑来の手はもう私を追ってはいなかった。

 素早くも重たく伸びる蹴り込みが、私の腹にめり込む。

 完全に頭から抜けていた、素での格闘。

「……、……!」

「大丈夫か!?」

 邑来の両手から黒光が伸びる。一つは私を逸れて、恐らくは仙慈君の方へ。身を屈めた私にも容赦のない光が向けられたものの、極彩がそれを打ち消す。

 僅かに聞こえた苦悶の声。

 《月面の麗人》との戦いで多く相殺し続けた彼は眼から血を流し、激痛に襲われていた。――今回に至っては『破壊する能力』だ。ダメージがフィードバックされるとすれば、この数回だけでも相当の負担になるんじゃないか。

「油断した……。大丈夫!」

 心配するより先にやるべきことがあるだろ。

 私が勝たないとこの戦いは終わらない。

 呼吸を整えて、上着のチャックを開ける。身体も熱くなってきたところだ。それに……。

 長く取っ組み合うのは下策。かといって様子見の時間も与えない。

 細々とした蹴りで間合を取り続け、着実に削っていく。リーチは向こうの方があるけど、動きの速さは私が上だ。

 横薙ぎの蹴りを右足で受け止め、そのまま邑来の足を巻き込み扇状に蹴り上げる。柔軟さを活かし、掬い上げるようにして体勢を崩してみせた。

 取った。確信を籠った動きで軸足を切り替え、押し倒すように最後の一押しを蹴り放つ。

 が、避けられる。自分から地面に倒れ、転がるようにして逃れられた。

「……なんで格闘が出来るのかって顔してる。こんなの、嫌でも身に付くよ」

 ゆらりと立ち上がって邑来はそういった。

 ……また距離を詰めるところからだ。

「ぶしつけに言うが」

 声量からして私に言っている。邑来の動きからは目を離さずに続きを聞いた。

「普段と比べてキレがない。何処か不調かい」

「いや……」

 

『死出ずる技』

 

 虐げる技。

 弑する技。

 殺す為の技、血で穢れた技に、名誉すらもない。事実を知り、それでも扱うことの意味を、私はちゃんと踏まえているか? 正しい事の為に使って良いものなのか。

「貴方――」

 声が固くなる。

 でも分かってしまう。この四年間の積み重ねを捨て去れば、私はこれからの敵に、目の前の敵に勝てない。

「――殺す覚悟が出来てる人?」

「えぇ? いや……面倒くさいよ。殺すのも、殺すって準備するのもさ」

 ……この男は、こうまで命を軽く見ている。なら止めなくちゃ。あの三人が、この街が笑っていられるように。

 私の良し悪しなんて、先ずは勝ってからだ。

 踏み込む時、ギアが上がっているのを実感した。

 再開を告げる極彩の破砕音。

 食いつき気味に手を振るい、目を潰しに行く。今までの攻撃と違うものだけど、流石にすんなりはいかない。

 よろけたところでもう一方の腕が動き出す。戦って分かった、〈破壊工作〉には両手でそれぞれクールタイムがある。

 放つ腕が分かれば、対応は出来る。

 腕をひっ捕らえ下向き――。

 ……この能力がアスファルトに当たったらどうなる?

「ッ!」

「っと……」

 咄嗟に腕を蹴り上げて、無理矢理にでも掌の先を空へ向けた。射程がどれほどかは分からない。運よく飛行機を撃墜していないことを祈る。

「くそっ」

 チャンスだった。でもいい、まだこっちのターンだ。

 流石に双方腕へ警戒が集まって来る。元々私の足捌きを見切っていたのだ、より自由の利く方を警戒するのはセオリー通りだろう。

 だからこそ腕を使っていく。弑する技の軸は腕にある、足はただ相手へ致命打を与える為の役割に過ぎない。

 鞭打つように伸びやかな格闘で場を運んでいく。

 隙あらば掴み取ろうとする腕を、逆の手で弾き、常に有利な距離を維持する。通用している。私の技は、この男にも通用する。

 邑来の左腕が発光する。

「絶対止めてッ」

 叫ぶと同時に、左腕を掴み取った。そして引き寄せる。大の大人を腕の力だけで崩せるとは思っていない。だから力はむしろ最低限、邑来の左腕を支えに零距離へ迫った。

 勢いがフルに込められた飛び込み肘鉄が、邑来の顔面にぶち当たる。

「ぶぐぁッ……」

 私の影が前方に伸びる。〈破壊工作〉が発射されたんだ。

「ぐ、あアぁぁッ!」

 今のは――仙慈君の声。

 好機を逃す? 安否を確かめて何が出来る。いや、それでも。

 迷って頭が散らかって、ただ何も考えず背後を見た。

 視界の先に仙慈君が――いない。

「う、くっ……いい、僕のことはッ!」

 違う、下だ。うずくまっている。膝をついていながらも、前髪をかき上げ、こちらを睨み付けている。視線で人を殺めそうな程、血気に満ちた表情で。

 やり損じたことは恥じない。恥じるなら、全てを誤った先でだ。

「この……!」

 追撃には至らない。ただし押せている。〈破壊工作〉をガムシャラに放つ素振りでもあれば、邑来の腕を自分に向けさせ自爆させることだって出来るのに、未だその様子はない。

 追い詰めろ。私は一線を超える。邑来の一挙手一投足を図り、選ばれた動き一つ一つを殺めていくんだ。

 掌底の構えで懐に飛び込む。

 邑来は身体を支える足を、迎撃には使わない。万が一に倒され、肌が触れあっていれば、〈破壊工作〉は同一とみなして邑来ごと割れて死ぬからだ。

 だから腕で止めに来る。

 ここだ。

 脱力し、身体を高さを数段階下げる。そして頭を振りかぶる――。

「…………っっ……!」

 最短で最大の弱点へ。……男相手なら金的を狙わない理由はない。どんな手段だろうと。

 力いっぱいの頭突きじゃ行動不能には届かない。だが、間違いなく身体は硬直している。

 思い切り足を伸ばし、跳ね上がる過程で垂れた顎を殴り飛ばす――!

「グカッ……」

「はあぁぁああ!」

 仰け反る邑来へ、最後の鉄槌を繰り出す……繰り出そうとした。

 仙慈君の姿が脳裏に浮かんだかと思えば、傍で不可解な光が奔る。――二つの光が。

 殴り飛ばしたら〈破壊工作〉は私に向く。今から避ければ住宅に飛ぶ。

「ッ」

 あの時携帯は壊れずケースが壊れた。

 前もって開けておいた上着を翻す。邑来の右手はこれで防ぐ。正面――左手の黒光が放たれた。

――砕ける。

「椛野君ッ――!」

――咄嗟に出した種子が、砕ける。

 一か八かで間に挟んだ種子は罅割れ、外殻が飛散し――――紅き熱が、辺りで暴発する。

 

 

 紅葉の葉が、傍で零れた。

 息を吸うと肺を焼いた。毒を吸い込んだと反射的に思うくらい、舌を通って喉に潜り込んだ空気が、異質だった。

 地面はアスファルトではない。石畳だ。

 上にはベタ塗りした紅い天井がある。

 胸がざわつく。緊張感と、それを上回る高揚感……そして僅かばかりの安心感があった。

 見た事のない景色でいて、私は理性ではない何処かしらで、ここを受け入れている。

 熱風がぶつかったかと思えば、眼前に紅い光が居る。

 意志をもって、それは居る。

 

「心得違いにも程があろうよ。鈍根めが」

 

 

 急激に悪寒が這いまわった。

 違う、これは……夜の寒気。

「――ハァッ、ハッ、ハ、ハッ……」

 なんだ今の。何が起きた。

「椛野君……?」

 中身が熱い。心臓が痛い。心臓が跳ねる度、身体中へ熱が回っている。

 種子が壊れて、そしてあれは――敵じゃなく、私の能力なのか……?

「分からない」

 でも、知っている気がする。

 あれも仙慈君との共闘だったっけ。心臓がぐわりと熱くなって、それから調子がすこぶるよかった。もし、今もその状態なら。

「きっと、大丈夫」

椛野(・・)……? そうか、椛野か」

 今しがた立ち上がったようにして、邑来はこちらを見つめている。透徹した目だ。

 そして左手を上げたかと思えば……掌の照準が、真横――家を向いた。

「任せろ!」

 仙慈君は言った。言ったからには信じるしかない。

 地面を踏みしめる一歩目からして、今の私は異常だった。

 僅か二歩で肉薄する。〈破壊工作〉は、まだ溜めの状態だ。

 極彩が舞うのと同時に、スピードを乗せて当身を繰り出す。普段よりもしっかりと、地面に重心が根差していた。

 身体を突き動かしたと同時に種子を空間に打っていた。背後に種子が現れた邑来は、その場から後退することも出来ずにただ仰け反っている。

 正面へ向き直る勢いで邑来の頬に裏拳を叩き込んだ。

 貪欲に掌を向けてくるから、今度は迷いなく掴み上げた。今なら片手でも掴み続けられる。

 腕を上へ引っ張り上げながら、足元を払う。身体を浮かせるのは最早当たる前から分かっていて、するりと手を離す。

 

 身体と思考が常に最善を選び取っている実感があった。

 

 それは邑来を転ばした瞬間、男が地面に着く数瞬でさえ、じっくりと猶予が与えられている錯覚すらよぎる程に。

 私は有り余る力を全て足先に込め――天高く突き上げた右足を振り降ろした。

 踵落としが雁首を捉えた。全くの抵抗を感じない。身体からも、精神からも。

 強く身体が打ち付けられる音が響く。

「はぁっ……はぁ……」

 邑来伝介は目を剥いて倒れている。ピクりとも、動きそうにない。

「一体何があったんだ、君……」

 だから分からないって――――。

 

 

「――――――」

「――――」

「――――――――――」

 

 

 目が覚めたら、和室の天井があった。

 疑問符が喉で掠れる。

 実家……じゃない。任務先の座敷だ。夢を見ていた? 私はさっきまで、何を。

「痛っ」

 心臓が強く痛みを抱いている。どうやら身体は酷く汗ばんでいて、喉も異様に乾いている。

 少し開かれた襖から、明るい光が差し込んでいる。

 まごう事無き朝だ。

 胸の痛みに耐えながら上半身を起こす。春秦先輩や彩上先輩の荷物が傍らにあるだけで、布団は私が寝ているものだけしか見当たらない。

「あっ、起きてる」

 声のした方を見ると、音もなく襖を開けた彩上先輩が立っていた。普段着を身に纏っている。

 挨拶をしようとして弱々しく喉がつかえる。見かねてか、先輩は丁度手に持っていた新品のペットボトルを差し出してくれる。

 500mlを全て飲み切って、息を切らしたままに言う。

「ありがとうございます……あれから、どうなったんですか」

「その前に。アンタ無事? どっか妙なところある?」

 心臓が、とも言おうとしたが、徐々に痛みが弱まっているのを実感する。邑来の能力ではなく、私の問題なのだろうし、首を横に振った。

 この辺りで夢ではないことも実感湧いてくる。瞬く間に敵を圧倒した記憶は、空想ではなく現実だ。

「そう……よかった」

「ご心配をおかけ――」

 頭に強烈な痛みが響いた。

 ゴッ、と、鈍い音が鳴って、私は倒れ込む。

「~っ! ……な、なにをするんっ、ですか……」

 思い切り私を頭突いた彩上先輩。彼女もまた額を押さえて、苦いものを噛み締めるような顔をしている。

「ふーっ……。あー痛い。かったいわねアンタの頭。……で?」

 で? というと。

 ……あ。

 私はすっかり、元凶を倒したのだという気持ちでいた。

 しかし、家にいた先輩達にとってはどうなんだ?

 

『それぞれの課題を踏まえた追試を執り行なう予定よ』

 

 私達の課題は(多分)好き勝手をしすぎること。お互いが絡むとそれが加速すること。

 仙慈君と二人で抜け出して……? 勝手に戦闘をして……?

「あ、あのっ……ごめんなさい!」

 挽回するって決めたのに。

 あれだけ皆に背中を押してもらったのに!

「……」

「私、折角チャンスを貰ったのに。焦っていたわけじゃないんです! 本当に、ただ油断していて、この家を守るのが大事なことも、連絡の重要さだって分かってて、それを蔑ろにしたかったわけじゃ――」

「あーあー、まぁ、ちょっと落ち着きなさいな」

 静かに言い放った彩上先輩は、布団の傍で足を畳む。

「取り敢えず、一部始終は仙慈君から聞いたわ。散歩も……落ち着かなかったんでしょう? それで、少しでも平静を保つために行動したものなんでしょう?」

 恐る恐る頷いた。

 先輩は腕を組むと、視線を逸らして言う。

「邑来伝介について、貴方達は最善の対処をした。会ってしまったものは仕方がないもの。撃退してからじゃないと連絡出来なかったのは分かってるし、仙慈君がちゃんと連絡してくれて、ちゃんと事情付きで警察に引き渡せたからそこは結果オーライ。ただ、結果論なのは自覚してるわよね」

 もし別の道を選んでいれば。仙慈君がたまたま通りすがりの人物と目を合わせていなければ。邑来はそのまま目的地に着いて、暗躍を進めたに違いない。

「ただ、うちの仕事なんてそんなものよ。常にマニュアル通りにはいかないし、結果が良ければそれでいい、だって最良の結果の為に奮闘しているんだもの。だから貴女の反省点は『依頼人から軽率に離れたこと』『無茶しすぎたこと』くらいなもんよ。……話を聞くに、戦闘に持ち込んだのは仙慈君らしいものね」

 最後の一言には怨念がありありと込められていた。

 もっと強く言いつけられると思っていた。更なる失敗点が来る前フリなんじゃないかと、身構えざるをえない。

「なんか言いたそうね。気にしないで言ってみなさい」

「…………もっと怒られるかと、というか、追試を兼ねてたので……私、もう駄目なのかと思って」

「だっ、駄目ってなによ……」

「だって、折角チャンスを貰ったのに、それを裏切ったんですよ」

「穂咲アンタ、思ったより繊細なのね。ちょっと意外だわ」

 揶揄うでもなく、先輩は本心から驚いている素振りだった。

 それで、少し冷静になる。

 本心が言いたがっていることを、私はそのまま通した。

「期待、されてたから」

「それプレッシャーって言わない?」

 率直な言葉がぶっすりと突き刺さる。む、胸が痛い……。

 緊張に強いタイプと思い込んでいたけど、彩上先輩の言う通り、皆からの期待をプレッシャーに変えていたのだとしたら、とても意味がない。

 折角心から応援してくれてたのに。

 ……。

 こういうところだろうが。

「はぁーっ……」

「まぁ心の整理は大事でしょうけど、少し今の話をしてもいいかしら?」

「あっ、はい!」

「先ず最初に。私達は任務完了よ」

 反射で疑問符が漏れる。

 邑来は倒した、私が意識を失ってから仙慈君が頑張ってくれたのだろう。……借りを作ってしまったな。

 一旦兎も角。そしたらあと二人、篠露枝璃是と外岡兵太郎は。

「貴方達が邑来と戦ってる最中、外岡が襲いに来たのよ。口を割らなかったから分からないけど、外岡の独断か……手分けして捜索してたのかも。深夜で人んちに待ち伏せてるのは、見つかると分が悪いわけだし、寝込みを襲わせる為に先行させるのは分かる話だわ。ひとまず置いといて、先兵として来た外岡は雉子君が倒してくれた。篠露は非戦闘員だって話でしょう? だから、戦闘員である邑来と外岡を倒せた私達はお役御免よ」

「雉子雨先輩に、一人で戦わせてしまったんですね」

「一応その場に菊池君も居ちゃったんだけどー……雉子君曰く、逆に助かったって。それにもし邑来と二人がかりでも、アンタらが戻って来る時間くらいは稼げるわよ。雉子君なら」

 平然と言ってのけた。猜疑心が過ぎったのは否定できないけど、思えばファーストコンタクトの時、雉子雨先輩はしんがりを務めて無事無傷で帰還した実績を持つ。

 鳴島先輩、夜桜先輩、そして雉子雨先輩。目の当たりにした二年生の壁は、どれも分厚い。

 それは戦闘部に留まらず、彩上先輩だってそうだ。

「黒豹隊にとって復讐相手になっちゃったわけだけど、流石にあたし達も、来るかどうか分からない相手へ警備に駐在出来る程余裕はない。幸い多喜根さんは顔が利くみたいだし、警察も実害が出た以上警備を蔑ろには出来ないみたい。狙われる根拠もあるわけだしね。そういうわけだから、任務完了。既に報告は済ませてるし、これは元々任務を受けたあたしが判断した。もう譲歩はしないわよ」

「分かってます。……三人は、今どうしてるんですか?」

 彩上先輩は、ふと襖の奥、日の当たる廊下へ目を細めた。

「多喜根さんの運転で、それぞれのおうち。……あの子達が壊したものは、すぐ元通りにはならない。あの子達が脅かした人様の日常も、簡単に癒えることはない。親御さんに挨拶していって、それから…………。ま、異種族を受け入れる院は限られてる上に、諸々のアレな都合で人間より収容期間は短い傾向にある。情状酌量は充分にあるわけだから、これからもう少しの辛抱よ」

 少しドライな言い方に、惜別が混じっているように感じた。

 

『今の警察に更生させる意思はないよ。ない』

 

 多喜根さんは庇わなかった。三人が罪を償うことを、留めはしなかった。

 初めに言っていた言葉は、どのように裏返ったのだろうか。

 彼ら三人の未来に、希望が差し込んだと、そう思ってもいいのだろうか。

 果たして三人の未来が守れたかどうか。きっとそれこそ、今は想像の及ばない遠くの未来で、ようやく判断出来る。

 今の私にはまだ想像出来ない。少し寂しくもあるけど、守れなかったで終わってしまうより何倍も良かった。

「多喜根さんが戻り次第だけど、今日中に学園へ戻るわよ。落ち着いたらご飯食べて、荷造りしなさい」

 

 

「あたしはこのままバスで帰るけど、アンタらは?」

 夕景に浸る白月街。駅前広場に馴染みを感じつつ、私は頷こうとした。

 雉子雨先輩や春秦先輩が同調する中、断りを入れたのは仙慈君だった。

「僕は少し。椛野君も、少し付き合ってくれないかい」

「え? まぁいいけど……」

 邑来と戦ってから、身体の疲労が尋常じゃないのだけれども。

 まぁしかし、その邑来を倒してからを全て仙慈君に任せてしまったのだ。ここで断るのも仁義に欠けた話だろう。

「その荷物で大丈夫? もしなんだったら、寮母さんに預かっててもらうわよ」

「でしたらお願いします」

 仙慈君が渡した荷物を、さして苦でもなさそうに雉子雨先輩が受け取った。呼び出した当人が構わないなら、私も彩上先輩に荷物を預ける。

 最低限の装備だけ持って、私達はバスへ乗り込む三人を見送った。

「それで?」

「来てほしいところがあってね。何、そう遠くはないさ」

 この様子じゃ目的を聞き出せはしないだろう。仕事帰りの皆々様を掻い潜って、仙慈君の後を追う。

 人混みに負けないよう、少し張った声で言った。

「昨晩のこと、ありがとう」

「ん?」

 聞こえなかったわけじゃあるまい。

「だから。私が気を失っちゃった後、上着も貸してくれたんでしょ? 私のは壊されちゃったし。それに、後のこと、色々やってくれたみたいだし。だから、ありがとう」

「肌着の女性を連れ帰るわけにはいかないだろう。当然のことさ。それに朽羽先輩から教わったことを実践出来たわけで、苦労はしていない。ただ……やはり、椛野君、君のことは心配だ。あの種を壊されてから様子がおかしく、気を失った後も異常な発汗を伴ってうなされていた。今は、本当になんともないのかい」

 うなされていたのは……。

 夢を見ていた。邑来との戦いと、目が覚めて彩上先輩と話すまでの間、誰かと話している夢を見た。しかし、夢を見た実感だけその証明となっていて、内容はとんと覚えていない。

「うん。身体は疲れてるけど、それ以外は特に」

「圧倒していた実感は?」

「まぁ、ある。でもどうしてかは分からない。……もしかしたら、あれがゾーンってやつなのかもね」

「いや…………」

 曖昧に否定したっきり、仙慈君は押し黙ってしまう。向こうから話し始めたことだ。黙るというなら私も何も言うことはない。

 道は『月見通り』を通っていく。所謂商店街で、天井となっているアーケードからは歴史の深さを感じさせる。

 それだけに人通りも増している。夕方ともなれば最も繁盛するタイミングだろう。通り抜けるには適さない道だ。

 はぐれないよう、足を速めて隣を歩く。

「君が無事でよかった」

「……」

 ありがとうも、まぁねも、君が守ってくれたからなんて流石に言えないし。

 悩むうちに、人波に耳を澄ませて、聞こえなかったフリをした。

 仙慈君がほんの少し早足になっていることに気が付く。彼の視線は前方の、何処か明確な点を目指していると分かった。しかし、見ても花屋や鮮魚店、古着屋など。やっぱり思い当たるものはない。

 仙慈君がおもむろに止まる。そして店の方へ向き直って言った。

「こんにちは。お待たせしてすみません」

「あ! いいえー。仙慈さんですね? ちょっとお待ちくださーい」

 彼が立ち寄ったのはまさしく花屋さんだ。のんびりとした店員さんが奥の方へ引っ込んでいくのを、私はただ訝しむことしか出来なかった。

 何も補足する気のない仙慈君には諦めていると、言った通りちょっとしたら店員さんが戻って来る。

 その手には、紫やピンクなどを誂えた花束があった。

「お支払いはもうお済になってますからねー。どうぞー」

「ありがとうございます」

 ……仙慈君の大事な人への付き添いとかか?

 花の香りが漂うのにイマイチ慣れなくて、先を急かすように足を動かした。

 それを制するのは、仙慈君のハッキリとした言葉。

「椛野君」

「なっ……なに? うん」

 

「君が産まれたことを、僕は本心から祝福する。

 ――誕生日おめでとう。どうか志の往く先、幸運があらんことを」

 

「一日遅くなってしまって済まない」

 ささやかなクローバーの白い花が、彩度の高い花弁を尊重するように散らばっている。柔い雰囲気から引き締まるものまで、グラデーションの出来た紫色の花束は、香りを伴って私に差し出されている。

「え……?」

 は、花束?

 花束?

 …………誕生日のプレゼントに?

 花束?

「ヒュー!」「おお……?」

「勇気出したなぁ兄ちゃん」「どうするんだー!」

 ヤジがうるさい。

 というか、店から貰ってノータイムで渡す? 普通。

 駄目だ。このまま無視は人としてありえない。けど、でも!

「ばっ……バカじゃないのっ!?」

 クレマチスの花束をひったくって、私はありったけの声で叫んだ。

 

 

 街を騒がせた少年少女の犯行は、新たな容疑者との『共謀』として伝わった。

 被害者として擁護する者は僅かであり、繋がりがあるとされた老年の教師にまで、批難が呟かれる始末であった。

 銀狼隊の活躍もささやかに報じられており、銀狼隊と六人の登場人物が、悲劇の演者として明るみに出た形となる。

 二人の脚本家が、ここにカーテンコールを告げる。

「それで、首尾のほどを聞こうか? エリゼ」

 戦いの跡が残る山奥の小屋を見つめて、古木玲河――もとい《月面の麗人》木枯銀河が佇んでいる。

 栄えある金髪も、高貴な金色の瞳も、明かりのない山奥では不気味に鳴りを潜めている。

 背を丸くして、褐色肌の少女は自分の足に尾を巻き付ける。右手は自分の胸を握り、左手は身体の後ろへ、隠す形で回している。

 怯え、不安を隠さないでいる少女に、麗人は微笑み掛けた。

「キミが独りで来たってことは、あの二人は負けたのだろう? この辺りだと……銀狼隊か亜級宝統群か、異能課かな」

 エリゼは頷く。重力に負けてしまったかにも思える程、力なく。

「まぁ、重要なのは〈第七の鍵(セッティーモ・デ・インフェルノ)〉の樹海権益だ。例の子達は?」

 少女は震えるように首を横へ振る。ぱたぱたとよく手入れのされた髪が揺れる様を見て、木枯銀河は根深い失望を抱えた。

 切り捨てるわけにはいかない。使命を果たせないようであれば、また別の使命を与えてやるべきだ。人材を無駄に損なっても良い瞬間などない。

「なら――」

 眉を落として笑い掛ける銀河の目に、短い刃渡りが映った。

「――それは、どういうつもりだい」

 エリゼの左手はナイフを力強く握っている。

 理性的な声に反して、エリゼは感情を先立たせる。既に、銀河は言葉で制することが出来ないと直感していた。

 それでも、無理矢理止めるべきかどうか、自分の線引きの為に言葉を紡ぐ。

「……私は命じていない(・・・・・・・・)よ」

はい(・・)。これは私の、自由意志です」

 晴れやかだった。

 表情も、声も、解放感の溢れる晴れやかなものだった。湿り気を帯びた土の匂いは、不釣り合い極まる。

 婚姻する乙女のように、篠露枝璃是は幸せの空想へ微睡んだ。

「私は、地獄に居ても貴女が大好きです……っ」

 迷いなき軌道が刺し貫くのは、エリゼ自身の喉だった。

 溢れ出る鮮血、聞くに堪えない血液の吐逆。

 次第に膝を折り、自らが作った血だまりに顔を埋める。

「…………」

 一連の悍ましき退屈な自害へ、銀河は少しも動揺を感じさせず、止めることもせず、癒えることも望まず、生き物が死に絶える様を見つめた。

 痙攣を終えた少女の亡骸は沈黙を謳う。

 不条理が蔓延るこの世で、唯一の絶対的安息に身をやつしている。……そのはずだった。

 エリゼの魂にそのような希望は残されていない。

 

 彼女は既に、一切の希望を破棄している。

 

 突如としてエリゼの静謐が破綻する。太枝を割るような音が、エリゼの亡骸から放たれる。それは段々と音を増していき、遂には肉体そのものが侵され始めた。

 褐色の肌が硬質化していき、うつ伏せた身体が縮こまるように変形していった。

 臍を中心とし、原形を失いながら収縮していくエリゼは、早い段階に貌を喪失している。手入れの行き届いた髪も、艶やかな肢体も、見る間に枯れていく。

 収縮を終えた『エリゼだったもの』は、突如上に向けて伸び始める。

 否、それは育つと表現するのが最も適切であった。

 最早一つの断片も見出せぬ程に変質したその身体は、一本の苗と称せる。大きさこそ常識的な苗の範疇ではないが、構成は完全に植物のものへ置き換えられており、成長する様は実らせるものがあるのだと声高に主張しているようであった。

 元のエリゼ程の高さへ背を伸ばした樹木は、枝を一本垂れ下がらせる。

 そうしてようやく、銀河は一歩それに近付いた。

 枝の先で何かが膨れ上がる。風船のように膨張していくそれは、掌で収まるかどうかの段階でようやく停止する。

 樹木は完全に成長を終えた。

 銀河は枝の先の球体へ手を伸ばす。表面は林檎のように滑らかだが、驚くほどに重みが無い。

 表情の消えた金髪の女性は、その21グラムの赤い果実をむしり取った。

 バチンと、肉めいた音を弾けさせると、樹木は見る間に萎れていく。役目を終えたと言わんばかりに、朽ち果てていく。

 

 〈第七の鍵(セッティーモ・デ・インフェルノ)〉の樹海権益。

 『種』を摂取した人物が自死を実行することで、死体は21グラムの果実を排泄する。

 『種』は摘出出来ない。また、自死の判断は寄生虫の如くして、自死に至る思考を精確に吟味している。

 木枯銀河は子供を一同に集めた会食で『種』を料理に忍ばせた。『種』そのものは甘美である為に気付かれず、件の獣人達にも取り込ませることに成功した。

 多感で脆弱な精神を持つ三人の中学生を念入りに追い込み、自殺へ奔らせることで、銀河は21グラムの果実が実ることを求めたのだった。

 計画は失敗に終わった。

 しかし、一人の敬虔なる殉教によって、麗人の手に果実は渡った。

 

「……私もさ。キミのことを決して忘れないよ」

 

 

 あの時、種子が割れて、異変が起きた。

 私は種子の中身を先んじて暴いてしまったのだ。

 

 

 まさしく、奇しくも。

 春の終わる気配に乗じて、理外の発芽が交わろうとしている。




【人物紹介】

――菊池拓郎――

【種族】獣人
【性別】男性
【年齢】12歳
【誕生】9月26日

【能力】
無し。

【容姿】
髪:墨色
瞳:黒色
背:153cm

人生で最も楽しかったこと
「小五の夏休み、先生が特別に三人でプールを使わせてくれたこと」
兄はおらず、一人っ子。

――邑来伝介――

【種族】人間
【性別】男性
【年齢】38歳
【誕生】5月25日

【能力】
〈破壊工作〉掌から黒く細い光を放ち、当たったものの外殻を破壊する。
〈変体〉相当量の要素を摂取した人物へ身体を変形させる。その身体の能力は使えず、変体中別の能力を併用出来ない。

【容姿】
髪:錆色
瞳:錆色
背:180cm

人生で最も楽しかったこと
「あまり覚えていないが、学生時代が楽しかった感覚だけはある」
夜襲の目的は、三人に差し伸べられた手を壊すことで精神を折ること。

――外岡兵太郎――

【種族】人間
【性別】男性
【年齢】23歳
【誕生】2月24日

【能力】
〈獣性〉理性と引き換えに身体能力を獣へ偏重させる。制御出来ておらず、常に三割の能力が漏れている。

【容姿】
髪:芥子色
瞳:橙色
背:178cm

人生で最も楽しかったこと
「妹の高校入学祝い」
〈獣性〉を更に色濃く継いだ妹は、高校で手酷い嫌がらせを受けた。患者が能力者な為、より高額の入院費を要求されている。

――篠露枝璃是――

【種族】淫魔
【性別】女性
【年齢】18歳
【誕生】4月25日

【能力】
無し。

【容姿】
髪:黒色
瞳:水色
背:159cm

人生で最も楽しかったこと
「《月面の麗人》との日々」
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