三つ編みの背中が早足で私達を牽引する。その手には小型の液晶端末があり、歩きスマホさながらに操作しているようだった。感じの悪さは忙しさか、それとも自信なさげに口を細々動かす少年に対しての圧か。
本部を出てからというものあからさまに気まずい雰囲気が漂っている。
『
治療を受けている間、私達は既に銀狼隊としてこなす任務の流れを軽く聞いている。道中喋る理由がないというのはまったくその通りだが、抱えてる緊張は一人で背負うには心細い。
異常のあった街に徒歩で向かう訳にはいかない。治安維持に不可欠なのは速さであり、銀狼隊専属の運転手が移動に一役買っているとの事だ。そうして目的地までいけば足の使い所、隊員毎にやり方を任せた調査で異変に手を付けるそう。流石に聞き込みなどのマニュアルはあるらしく、今後も使うだろうと真代が絶賛暗記中。
もし戦闘になった場合は実戦に対する動きを見るつもりだそう。願ってもないと私達は喜んだが、本来は怯えるべきと釘を刺されてしまった。
説明と治療が終われば早速移動となったが、
「朽羽先輩! なんとなく分かりました」
「ん、お疲れ様。聞かせてくれる?」
先程から口を篭らせていた少年、支援部の
「仮説は以前の襲撃と地続きの計画であり、今回も本命ではないというものです。つまりは牽制、嫌がらせのようなもの。ですが何かが足りないと思い更に考えてみました。本気度が以前までの彼らとは違うと仮定してみればかなり近付いた感覚があります、この事から戦闘員を引きずり出す理由があり、さもなくば街へ攻撃をするという婉曲な脅しを企てているというのが解釈です」
「ながぁい」
口をへの字に曲げて不満そうな真代。無理もない、マニュアル片手に耳へ流す内容ではなかったのだから。
「戦闘をお望みってことね。じゃあ行けば会えるか、誰かしらと」
ポケットに端末を押し込んで、軽率な見解を言う先輩。友達と待ち合わせする話じゃあるまいに。
学園の敷地にある駐車場には既に二人の長身が立っていた。一人は金時君、黒い刀袋を手にしている。もう一人はヒョウ柄の体毛を隅々から漏らしたスーツの獣人だ。
「ご無沙汰です。
「んだよ、似合わねえ羽織を笑いに来たのに。羽織ってねえじゃねえか」
「私には重くて、とても身に付ける気にはなりませんよ。──紹介するね、彼は月桜OBの柳賀さん」
肉球がぷっくりと浮かんだ右手を挙げて、柳賀さんはヤンチャに笑う。慌てて頭を下げながら、挨拶しようと開いた口がけだるげな声で制される。
「いいってそういうの。アンタらがどんな奴かは、乗せて帰る時に分かるってもんだ」
独特な哲学だ。ともあれ私達は柳賀さんの運転する銀色の車両へ、おずおずと乗り込んでいく。
朽羽先輩を助手席に、その後ろには私や真代、仙慈君と金時君が座る。空間的にはキリがいいものの、車窓の向こう側には健気な笑顔を見せる先輩が残っていた。そうか、これから行く先は戦場で、ならば誰も彼も向かう訳にはいかない。
加えて、朽羽先輩にとっては私達全員もれなく庇護対象のはず。連れていくデメリットに天秤が傾き切っている。
自然な空気でエンジンが掛かり、私達は
緊張感の漂う緩慢な時間が過ぎる。そう想定していた私の意識は上がり続ける車両の速さに置いてかれた。アトラクションを彷彿とさせる加速をもってして、流れる景色は次第に捉えきれなくなり、たまらず口を挟む。
「は、速くないですか?」
「改造車だからね。わざわざドライバーを雇う理由は免許の問題だけじゃないよ、銀狼隊技術部お手製搬送車『銀雪』。乗り物酔いはここで直すと良い」
ミラーに写る先輩の顔。眼鏡の奥が曇っているような気がするが私達にとっては些細な問題である。
白く細い指が私の裾を掴み、真代の恐怖が伝染していく。雄弁な口で静かに息を取り入れる音が後ろから聞こえ、最初の苦難を理解した。
「やっぱ私帰る!」
車内は真代の絶叫を宥める声で満ちていく。行く末を握るドライバーの顔が曇っていくのが心底怖かった事、きっと忘れはしない。
暗黒めいた車窓は徐々に減速して、星々を見つける程度の速度に落ち着いていく。停める様子は見受けられない為に不思議な顔が表情に出ていたのだろう。心を見透かしたように朽羽先輩が話し始めた。
「これから先は交通制限を出せない。何処に潜んでいるか分からないからね」
「それは既にこの場所が木塚街ということで、街のどこかしらに件の能力者がいると?」
先輩は首肯する。これまでの道は銀狼隊と協力する交通機関が関与したからこそ、猛烈な速さが許されていたのだろう。しかし敵がいるかもしれない場所でそういった制限を敷くのは銀狼隊が迫っている事を如実に教える他、制限を出している民間人自体を襲われてしまう恐れもある。
組織としての体裁に意を唱える人は居ない。冗談めいたスピードに振り落とされたシリアスな空気が追い付いてくるようだった。朽羽先輩は語る、これから相まみえる敵について。
「今追っているのは生徒の入寮に合わせて襲撃を起こした奴らの頭目、〈月〉の能力者。
「長くなるだろ、そりゃ」
ヒョウ柄の運転手が茶々を入れつつも、張った空気のまま進行していった。真代の「これ以上覚えるの?」と言いたげな愕然とした表情について触れる隙もなく。
「黒豹隊、私ら銀狼隊と常に対立しあってる反社会的組織だね。名前の通り奴らの上層部は昔の銀狼隊と関係があったそうだけど、詳しくは知らない。
一口に反社会的と言っても、活動は統一感のない犯罪ばかり。街で暴れたりがしょっちゅうで、そういう時は基本単独犯だったり、小規模だったりする。けど一応は組織だから、役割をこなすための集団を内部で形成しているみたいだ」
「はーい、もう少し分かりやすく出来ませんかー」
「えーーっと、黒豹隊には異形による人間排他主義や能力者による異能主義集団を始めとした、革命家が寄り集まってます。それらは支部みたいなものとして扱われて、各々が今の排他的な世界を変えたがっている。一応黒豹隊自体の理念は──理想郷の実現。そう聞いたよ」
革命家とは言い切ったものだ。銀狼隊で言えば、あらゆる種の共存が考えの根底にあるのだから、極端な言い方をすると互いに謳っている事は同列だろうに。
尤も銀狼隊に所属している人が皆共存を掲げているわけではない、事実私は共存のための過程にある守護が、そのまま目的だ。それと同じように、黒豹隊もまた個々の目的で動く集団なのだろう。
中学生の頃、黒豹隊と名乗るテロリストに襲われた事がある。ショッピングモールで、友達となんでもない日常を過ごしていた。些細な幸福を壊した彼らはただ私利私欲のままモール内の物を強奪、市民への攻撃を行なっていた。そんなものが理想郷の足掛かりとなる訳がない。
隊の一端と中核の意識は乖離していると考えていいだろうが、果たして今回追っているのはどちらだろう。
「まぁ、集まりに関しては
「曖昧な情報を確定させる為に向かう、という訳ですか」
「それもあるし、やけに攻撃的で挑発的な動きが気になってね。放っておいたらとんでもなく不利な事になる気がする」
私達を襲った事件から一週間余りでこの推察はかなり上等なのだろう。あの襲撃以外で彼女らが現れたという噂は聞かない。ともすれば事件の終幕、私が気絶して以降に出てきた情報がそこまで漕ぎ着けた由来なはずだ。
私の視線を感じ取ったのか、先輩は語り始める。月の能力者が率いるとされる部隊の初陣を。
「銀狼隊戦闘部、ただいま現着しました!」
側頭部に狙撃を受け倒れ伏す少女。彼女がすぐに起き上がらない事を見た朽羽は目下の重要度を整理する。
交戦していた赤毛の少女は重症であり、敵の規模は小さい。バス停付近の生徒は既に他の戦闘部がカバーに入っている事からも戦闘に割く意識は程々で良いと判断した。
雷光を纏う少年へ指示を出し、月の上に座る女性へ顔を向けた。三つ編みの少年が見せる毅然とした態度に反して、〈月〉の女性は悠々自適に笑っている。
「
「了解っす!」
「──さて、そこの子は生きてるよ、殺傷力のない弾丸だからね。けどこれは慈悲じゃない。君も彼女も、もれなく情報を吐いてもらう」
自身を取り巻く冷気を一斉に月へ向かわせる朽羽。形成された氷は一瞬で大波の形を成し、彼と月の間を飲み込んでいく。
それは間違いなく月より大きく、故に飲み込むという表現が適した規模であった。しかし、飲み込んだのは月であり飲み込まれたのは氷波である。想定外な挙動で月に突っ込み、呆気なく砕け散る様に刮目しつつも彼は表情を崩さない。奇天烈な能力に動揺するなんてもう飽きた事。
岩礁に打ち付ける波、と称するのはズレる位に絶え間なく壮絶な音を奏でていた砕氷。月の頂点に立った女性は月の絶対的な硬度を信じているようだが、優越感と同義の笑顔が朽羽に確信を与える。
押される事も破壊される事もないと信じているなら、その仕組みは強度ではない。
「引力か」
「大当たり、流石幹部様だ。月の性質を引き継いでいるどころか、既に発展さえさせているのだよ。つまり何が言いたいかって?」
細まった瞼の隙間から漏れるのは、確かに仲間を案じる悲色だった。朽羽は内心で意外に思いつつ、偏見を修正した。
決して捨て駒のように扱おうとしていた訳ではない。彼女達には関係性があり、即ち
かといって少年に同情する理由はない。
「待て!」
「待たない」
月から降りた女性は小柄な少女を抱き上げる。引力を考慮した氷の軌道を即座に組み上げて放つが、それよりも早く彼女らは月へ触れる。
氷が埋めた空間には、既に月も人も居なかった。
舌打ちを零し、少年は通信機に手を当てる。
「ちょっと、
『スコープの視野角舐めないで貰えないっすかね! てか弾がめちゃ弾かれるんで、バス停の子護るのが精一杯ッス!』
通信機越しの声が苦情を言う戦況へ目を向ける。部下に任せていたバス停周辺では火炎を身体に渦巻かせた大蛇が暴れていた。龍と錯覚する体躯の先には蛇頭ではなく、人の上半身がくっ付いている。
あれでは確かに、狙撃手の抗議も道理だ。だからといって消滅した彼女の動向を警戒しない訳にもいかず、情けなくも首を回さざるを得ない。
「私をお探しかい? 危険度を理解してもらえてけっこうだが、君に宣戦布告するまでは逃げないさ」
朽羽の正面に現れた月面。かと思えば遠のき、バス停付近の戦場へその球体を表した。銀狼隊の戦闘員を相手していた二人を回収しに行ったのだろう、ここまでくれば彼女の偏在を止められないと察するに至る。
先の少女が奮戦した為、周囲に避難誘導を施すべき民間人はいない。宣戦布告、少年は確かに口にした言葉を反復した。
「はぁ、全く。私の役回りはどうしてこうも面倒なんだか。……お互い時間は足りないだろ、さっさと聞こうか」
「スマートなのは嫌いじゃないよ。本当はこういう口舌も無駄だと思うんだけど、うちの上司がやれっていうからさ」
嘘つけノリノリじゃあないか。彼は軽口を叩きたい気持ちを制しながら傾聴する。銀狼隊現最高責任者の一角として、いつか上げる反撃の狼煙の為に。
「我らは反抗する火種、『カウンターズチルドレン』。《月面の麗人》《強欲の吸血鬼》《拒絶の悪魔》《壊れた極彩》《穢れた神話》その他大勢、救われる機会を失くした彼らの反撃を、心待ちにしていると良い!」
それから今日に至るまで、
「やけに仰々しいですね。そういう宣戦布告って、前例あるんですか?」
本当に銀狼隊を陥れるなら、黙々とその首に刃を向ければいい。正直に告白してしまえば私は侮っている、確かに末恐ろしい思想と実力なのだろうが、徹底された意志を感じないアプローチに感じてしまう。
「あるよ。数年前、数十年前にね。そして大抵──正面衝突、互いに大きな損害を支払っている」
「それなら、今回もそうなるって事ですか」
「そうしない為に私が動いてるんだ。結構稀だよ、幹部がこうやって動くの」
「アンタは一年の頃から走り回ってたろうが」
「それはこの話と関係ないです。状況も理由も違いすぎますよ」
話はキリのいい所へ着地し、車両もまた駐車場へ収まった。実感が湧かない程スムーズに場面は移っていく。
促されるまま車両を出た私達へ、座して待つ柳賀さんが言葉を贈る。窓枠に腕を乗っけて、キザな笑いを添えながら。
「ま、考えんのはソイツに任せな。いずれ必要な結論は共有するだろうよ。ヒヨっ子はヒヨっ子らしく、目の前の事だけ考えりゃ良いのさ」
「……ありがとうございます」
そうだ、今の私に陰謀を図る手段はない。出来るのはただ目の前の脅威を取り除こうと足掻くだけ。ドライバーとは若手の道まで正しく導いてくれるのかと、おどけた考えをする余裕も出てきた。
これなら、仮に実戦が待ち受けてようとも自分の実力を引き出せるだろう。護るべき大勢も、守りたいプライドも今はない。
「ねぇねぇ、これからどこ行くの?」
「ん。ひとまずは郊外の再開発地区を調査するつもり。パッと見で異常が無かったら周囲に聞き込みかな、日付回る前に済ませておきたいけど、上手くいくかな」
「私、22時には眠る習慣なのですが」
「悪いけれど、精力的に活動するなら諦めてもらう他ないね」
「そうですか……」
金時君が見せる本心の気落ちに苦笑しつつ、月明かりの指し示す目的地へ向かう。
辺りを警戒しながら進む道すがら、何処かはっきりしない仙慈君の顔が映る。張り切っていた割には物憂げで、ぼんやりとした焦点だ。
「どうかした?」
「……」
「仙慈くーん?」
「おっと、すまないね。考え事をしていた。何か用かい?」
真代が顔を覗き込み、ようやく笑顔が戻る。デフォルトの表情がすまし顔らしい。
「いや、用って訳じゃないけど。やけに静かだったから気になっちゃって」
「饒舌な振る舞いが苦ではなかったなら良かったよ。そうだな、この時間を借りて僕の能力の詳細について教えておこうか」
妙な解釈はされたが、色々の疑問が残る彼の能力については確かに確認しておきたい。誰も止めずに彼を喋らせる。
「僕の右眼を見た人に干渉出来る物体を出す。回転軸が僕の右眼と同期してるのは察しがついてるだろうし、干渉について掘り下げようか。
正確には、僕の右眼を見た人の肉体と能力に干渉する。物体にはすり抜けて、肉体には回転の速度に応じた衝撃を与える。能力に接触した場合は──互いが対消滅する、物体系の能力に限定しているから、強化系の能力を無効化する事とかは出来ない」
「やっぱり良いね。強くなる余地がある」
「恐悦です。して、確認と提案が一つずつ」
「聞こうか」
深呼吸を一つ、幹部に提言する事に緊張する性格ではないだろう。その発言は覚悟が基づくものだと気付くのは、抵抗感に口を歪ませた彼の表情を見た時だった。
「っ。銀狼隊の戦闘部は、現場の状況によって
「……まぁ、殺すために戦う訳じゃないのはその顔を見れば分かるよ。それを認めたとして?」
思いもよらぬ確認。蹴る縛るが主体の私には無縁の確認だ。けれど、来たる万が一に目を逸らさない為にも、他人事ではない問いだった。
彼も苦悩を知っているのかもしれない。自分の能力が持つ殺傷性、引き金を引ける事を。
「僕の能力は肉体に効果があり、物体には作用しない。そして円周軌道を力づくで止めることは出来ない」
「あぁ、なるほど」
一歩遅れ私も気付く。
模擬戦では縦向きと横向きの回転を見せたが、それ以上の多角的な回転軌道を見る事はなかった。それが出来ない道理はないというのに。
危惧していたのだ。
「壁と能力で挟む位置に人がいれば──」
「あぁ、肉も骨も潰れる。模擬戦の件、本気を出さなかったとは責めてくれないで欲しい」
「責める訳ないよ。当たり前じゃん」
全力で戦った場合
「前置きとは関係ないんですがね。朽羽先輩の所感が正しければ、僕の能力は強力なカウンターになりうる」
彼は探偵のように言葉を繰り出す。因果関係を仮定し結び付け、もしも正しければ、もしやこうなるのではと。
「……私としても手をこまねいていた。願ってもない対抗札だが、それは本当に出来るかな」
「えぇ、それ含めて能力でしょうから」
感情に正直な人だ。彼の表情は雄弁に語る、絶対的な自信、そして成功した時の喜びを。既に憂いの欠片もない、戦いに持ってくるには不相応なのだから良い事だ。
「戦闘になればその策に頼らせてもらおうか。さて、そろそろ警戒区域、引き締まっていこう。金時君も、もう帯刀して構わないよ」
「かしこまりました。
彼は持っていた刀袋から想像に容易い物を取り出す。
それは紛れもなく真剣だ。鞘の大きさは西洋のそれ程広くはないが、しかし刀にしては刀身と思われる面積が大きい。
所謂相棒と言える物だろうか、未知数だった彼の戦闘能力が途端に増して見える。
真代が刀袋を受け取る最中、既に金時君の目線は刀剣の柄に釘付けだった。相棒というより、こう、愛玩的な方向が近いのかもしれない。微笑みに対してあからさまな悦びが乗っている。
得物で言うなら、私はこの身こそが武器である。五感を研ぎ澄まし、ボロけた住宅街へ足を踏み入れた。