白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――銀狼隊戦闘部・一年
椛野 穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉

――銀狼隊戦闘部・二年
鳴島 迅(なりしま・じん)
……黄髪の少年〈放電〉
虎郷 景善(こざと・かげよし)
……黒髪の少年〈浄眼〉

――銀狼隊幹部・戦闘部管轄
彼岸崎 錦(ひがんざき・にしき)
……空色目の少年〈心剣〉


第四十話 駆け足

「ったく、お前は要らねえ遠慮をしねえよな」

 訓練室の中央に立った彼岸崎の言葉に、鳴島は動きを止めて眉を下げた。

「それ……は……良い事っすよね」

「おう。気持ちが良い、俺は好きだぜ」

 一年生が体育祭の準備をしている最中、放課後になって間もない時間帯だった。

 シャツのボタンをひとつ開けて、鳴島は呼吸を整える。

「多分アイツも、お前のそういうところを気に入ってたんだろうな。ただ、鳴島も人に胸貸す立場になったんじゃねえの?」

「かもっすけど、まだまだ力が足りないっす」

 投げかけられた鳴島は不敵に笑う。それに応じて、彼岸崎の胸が光を放った。

 〈心剣〉――薄紅色で出来た闘志の光を抜き放つ。

「それですぐさま戦闘部管轄()に直行。度胸の塊か、お前は」

「――目指すべき上ってもんを、見たいだけっすよ」

 雷鳴唸り、心剣が奔る。

 

 一見して、鳴島の優勢に思える戦いだった。

 心剣に臆さず、素早く懐に潜り込んで格闘を仕掛ける鳴島。一方で、一度纏う電撃に掴まれば忽ち敗色が濃厚になる彼岸崎は、やや引き気味に立ち回る。

 リーチを活かして、鳴島を近付けさせない。

 鳴島の優勢に思える戦いだったが、実状は異なる。

 赤い切先が目の前を掠める度に、自分の弱点を痛感した。

「ガントレットはどうした! アレがなけりゃ、俺には勝てねえんじゃねえの!?」

 黄色の残光が断ち切られる。能力を切り裂く心剣に、電撃は伝播しない。

 ならばこそ、実体として在る混紡を振るい、鞭のようにしてリーチの差を覆すのが得策と言えた。不知火朱輝のオーダーメイドガントレットの役割は、鳴島の近付かなければ何も出来ない能力を補う為にあるのだから。

「んなこと言って先輩、容赦なく切っちゃうじゃないっすか!」

 床を転がり刃を避けると、彼岸崎の足を払いに行く。

 が、読んでいた彼岸崎。後ろに跳びながら、逆に鳴島の足首を斬り返す。

「っ……」

 出血はない。〈心剣〉とは身体ではなく心を斬る能力だ。

 彼岸崎の闘志が鳴島を直接刺激する。闘志そのもので斬られた鳴島の精神は、その強さに萎縮し、身体の動きを鈍らせる。

 電光に劣らず輝いたのは、鳴島の培った危機察知能力。模擬戦であろうと負けたくない、そんな意気が身体を突き動かした。

 回避に専念し、赤い連撃を掻い潜る。

「そう何度も壊されちゃったら、不知火先輩に怒られるってもんすよ」

 攻勢に出るのは精神統一を終えてから。一度乱された闘志を再び練り直す。

「それが冗談としても……いつまでも道具に頼ってちゃ、見つかるもんも見つからないっすから」

 この模擬戦の原点。

「オレは――変わらなくちゃいけないんす」

 勇猛なる雷が再び迸る。

 その様子を目に焼き付けたのは、彼岸崎だけではなかった。

「すごい……」

 

 

 零した言葉を、虎郷先輩が拾い上げた。

「椛野、お前が任務に行ってから、鳴島はすぐ彼岸崎先輩に模擬戦を申し込んだらしい」

 思わず顔を上げて、虎郷先輩の表情を見た。

 固い顔付きをしている。揺るぎなく、二人の戦いを、残光を追い掛けている。

 私は埼玉への任務に行く前日、鳴島先輩と話したことを思い出した。

 

『オレも、変わってみせるから』

 

 ……気後れしちゃ駄目だ。

 私も、任務を経て変わった。そしてこれからも変わっていく、より多くの人に手が伸ばせるように。

「……あっ!」

 駆ける鳴島先輩の足を、彼岸崎先輩は自らの足で止めに掛かった。痺れる事を良しとして、強引に勝利を決めてきた。

 手をついて転倒を免れた鳴島先輩だけれど――進行方向には壁。左右どちらかに躱すか、一か八かで彼岸崎先輩に迫るしかない。

 いや。彼岸崎先輩の方が速かった。

 膝を折った姿勢の鳴島先輩に赤い心剣を突きつけ、場は静止した。

 ガラスを隔てた待機室からでも分かる、雌雄の是非。

「足を払った時、自分の身体を心剣で斬っていたんだ。能力由来の電撃を最小限にする為に」

「そんなことまで出来るんですか……」

「俺も信じがたいが、確かに視えた」

 虎郷先輩の断言に、私は再度顔を見上げた。

 本来ならば凛々しく無雑な黒い虹彩があるはずの瞳は、光の停滞した白い虹彩に成り代わっていた。

 虎郷先輩の能力を視る能力ならば、間違いはないのだろう。彼岸崎先輩は、自らを斬って電流を防いだのだ。

 徐に片手を上げる虎郷先輩。どうやら、鳴島先輩と彼岸崎先輩がこちらに気付いたらしい。

「珍しい組み合わせだなぁこりゃ」

「そうっすか? 虎郷も、結構手伝ってくれるんすよ。オレや椛野さんに」

 待機室までやってくると、二人は水分補給を挟む。

「そういえば、虎郷先輩はなんの用なんですか?」

「俺か? 俺は……なんの用ってものでもないが、強いて言えば椛野に用があった」

「私ですか? えっと……」

「強いて言えば、だ。加えるなら、この二人の模擬戦が見えたら観戦したくもなる。なんだっけ? 朽羽先輩に言わせてみれば……銀狼隊最強と? 能力格闘戦最強? だったか」

「虎郷テメー分かって言ってやがんな!?」

「絶対思ってないだろ! なんなら最強じゃなくてトップクラスだし。というかこれ彼岸崎先輩の丸々劣化ポジだし!」

「はっはっは」

 ヒヤヒヤする揶揄い方するなぁ……。

「ったく、弟子が試験合格したから、調子乗ってんだよ」

 鳴島先輩が目を瞬かせる。緊張が滲んでいるようだ。

 別に、先んじて合格した人へ嫉妬は抱いていない。すぐ追いつくつもりでいるのだ、気にしてもいられまい。

 ……仙慈君なら話は変わるけど。

「弟子って、金時君ですか? そういえば、どういう関係なんでしたっけ」

「ん? ああ、入学前の付き合いでな。だが椛野、お前は用があるんじゃないのか?」

 む、それもそうだ。

 相談したいことがあって鳴島先輩を訪ねたけど、虎郷先輩がいるなら一層都合がいい。

「ですね、えぇっと……」

 部屋中にアラートが響き渡った。アラートか、アラームか。

 強い電子音が繰り返し発せられる。

「なっ……!?」

 立ち上がって周囲を見渡す。彼岸崎先輩も立ち上がって……待機室の壁に触れた。照明スイッチのようなボタンを押す。

 しん、と鳴り止んだ。胸の鼓動ばかりがうるさい。にしても三人は随分と落ち着いていた、座ったままの二人は警戒どころか、携帯端末を眺める始末だ。

「あー、椛野にはまだ話してなかったのか」

「何がですか……?」

「隊員呼び出しだよ。……椛野、お前に急ぎの任務が入った!」

 演技と分かりつつも、私は肩を強張らせる。

「だが模擬戦をしていて連絡に気付かなかった。これじゃあいけねえ。だからって、端末を肌身離さず持ったまま模擬戦なんか出来ないよな。そこで開発されたのが呼び出しアラームだ。訓練室に入る時、隊員証をかざすだろ?」

 頷いた。銀狼隊本部に入る時も、資料室でログを閲覧する時も、この待機室に入る時も、私達は隊員証を使う。

「隊員証は行動ログになってんだ。隊員に連絡する時、ログを見て、訓練室にいるようなら今みたいに呼び出し音が鳴る」

「じゃあ、今のは私達四人の誰かが連絡を受けていたってことですか?」

「用事が余程急ぎでもなけりゃ、連絡に応答がない時に呼び出しを鳴らされる仕組みになってる。観戦してたお前らよりは……。…………」

 彼岸崎先輩は急いで自分の携帯端末を見た。

 しかし、次に口を開いたのは、今まで端末を眺めていた鳴島先輩だった。

「オレっす。ちょっと先のショッピングモールで警護の任務が入ったんすけど……」

 彼の視線は彼岸崎先輩や虎郷先輩ではなく、私に止まった。

「椛野さんも来るっすか?」

 

 

「あと一時間後に、モールのイベントスペースでコンサートがあるみたいなんですが、モール内に不審な人物が何人か確認出来たそうなんです。御三方には、念の為に警護をお願いします」

 山を下る車の中で、助手席に座る支援部の人が簡潔に説明してくれた。

 後部座席の中央に座る鳴島先輩が補足をする。

「警察は起こってないことには動けないって、朽羽先輩や依折がよく言ってる。心配だから来てほしい、っていうのは、少なくないんだ」

 気持ちのいい声で先輩は言った。

 言葉にはしていないけれど、鳴島先輩の意気込みに深く同調する。もし何もなくても、私達が来たことで気兼ねなくイベントを楽しめるなら、それでいい。

 今日の車は特急スピードの運送車『銀雪』ではなく、また別の車だった。指定された時間通りに着けばそれでいい、ある種緊急性のない、銀狼隊のベーシックな形なのかもしれない。

「にしても、虎郷も着いてくるなんて」

「非番だからな。深く手出しするつもりはない、部下を使う気持ちでいてくれたらいいさ」

「ムチャ言うなぁ……」

 目的地が近付けば緊張感も漂い始め、口数も減った。

 私は昨日、キチンと正式に任務を終えたんだ。〈破壊工作〉の男を倒して、脅かされていた子供を守った。

 今回も大丈夫。私はやれる。

 駐車場はかなり混んでいた。運転手は停められる場所を探すと、先に私達を降ろして行く。

 張り切ったはいいものの、この段階で私達がやることは限られている。彩上先輩が多喜根さんへ取り次いでくれていたように、今回担当してくれる支援部の少女が率先して進めてくれている。

 依頼人と支援部の話が纏まるまで、私達はモール内のマップを見ていた。

「時間が時間だ。モール外周も含めた総洗いは難しい」

「三人で手分けすれば出来ませんか?」

 先輩二人は難しい顔をする。

「虎郷」

「ああ。好きにやれ」

「……分かれるなら二手だ。椛野さんは、オレか虎郷と一緒に着いて」

「私は一人でも……」

「今回は、何か被害が出た時点で駄目なんだ。それは椛野さんにも同じことが言える。椛野さんだけじゃない、俺達みんなが、お互いをすぐカバー出来るように動こう」

 ……全てを一人でやりたいだなんて、物心ついた子供みたいな話だ。

「分かりました」

「俺は一人の方がいいだろう」

「だね。〈浄眼〉で周囲の警戒、頼むよ」

「ああ。地下駐車場も確認しておきたい、ついでに、外周も視るだけ視ておこう」

「よろしく。何か分かったら連絡して。オレらは一番上から順に見てくよ」

 アイコンタクトを交わして、私達は二手に分かれた。

 エスカレーターで最上階の四階に上がっていく。その最中、鳴島先輩に倣って辺りの構造を確認した。中央は円形の大きな吹き抜けとなっていて、イベントスペースを上階から見下ろすことも出来そうだ。

 支援部の人から伝達された不審な人物とやらは、やや挙動が怪しい異種族グループ、人間の同行者も居たらしいが、目を離した際に見失い、現在の動向は分からないらしい。

「……ただ買い物に来ただけって可能性はありますよね」

「うん。……仕方ないけどね」

 まるでそう思っていない。そんな顔付きだった。

 この人はもう分かっているんだ。見掛けで疎まれる社会に誠実を説いたところで、何も変わらないって。

「今頃、入ってる店の責任者さんに外見が伝わったと思う。もし見つかればオレ達の方に連絡が来ると思うから、それまでは実際に歩いて立地を確かめよう。何か危ないものが置かれていたりしたら大変だしね」

「はい」

 流石に大きめなショッピングモール、しらみつぶしだと演奏が始まるまでに洗うことは難しそうだった。やや駆け足気味に、四階、三階と確かめていく。

 ふと右耳から真っすぐな声が聞こえた。

『駐車場に何か仕掛けられている痕跡は見当たらなかった。外周も、一目で分かる能力質なものはない』

「ありがとう。じゃー……えっと」

『イベントスペースを見張っておく。それでいいか?』

「あぁ、うん、よろしく」

 通信が切れる。虎郷先輩の抜かりなさは任務でも抜群、安心してモール内を捜索出来る。

 建物内の突き当たり、映画館になっているスペースを流し見て、私達は踵を返す。館内までは、確証もなく捜査出来る範疇を越している。警察手帳でもあれば話は変わるのかもしれないが、警察がここまで軽いフットワークで動くこともあるまい。

「そういえば、初めてだよね」

 すれ違う人が多くなってきた。小さな声では伝わらず、聞き返す代わりに視線を送った。

「稲袋では……色々あったし。一緒の任務になる機会はなかったなって」

「あの時は、私が独断で皆に迷惑かけちゃいましたね……。もしもそれが無かったら、駅に現れたっていう《穢れた神話》も、倒せたんでしょうか」

「え? ……まぁ、彼岸崎先輩が合流してたし、皆で掛かれば、もしかしたらね。でも、椛野さんは追い掛けるべきだと思ったんでしょ?」

 追い掛けるべき……まぁそうか。私は、偶然会ったあの少女の、辛そうに戦う理由を知りたかった。

 

『私は人を許さない。……復讐が出来るなら、何を差し出したっていい』

 

 蛍光的な赤い目付きの、吸血鬼の少女。《強欲の吸血鬼》と呼ばれているけれど、あの時知れた事は、哀しい目的があるってことだけ。

 菊池(きくち)君達を助けた時みたいに、悪人を倒せば助けられるような話じゃない。そもそも、助けるとかの次元ではなくて、吸血鬼の少女に私が見当違いなものを見出しているだけなのかもしれない。

「木枯銀河……《反抗する火種(カウンターズチルドレン)》のリーダーの目的だって、直接確かめることが出来た。椛野さんが呼び寄せたことだよ。これは」

「です、かね」

 木枯銀河の目的もまた、復讐。かつての銀狼隊が奪ってしまった、彼女の弟の命に報いるべく、私達を目の敵にしている。

 なら《反抗する火種(カウンターズチルドレン)》の目的は? 復讐集団? 反抗する火種……合わないこともないけれど。

「……オレはね。沢山の人を助けたい。より多くの人を、オレの背中で安心させたい。椛野さんもそうなんでしょ? なら、応援するよ」

「――はい」

 今傍にいるのは、《月面の麗人》でも《強欲の吸血鬼》でもない。鳴島先輩だ。

「初めてですけど、頼りにしてます」

「……上手く先輩出来るよう、頑張るよ」

 照れ臭そうに、先輩は言った。

 それから一階を除く全フロアを確認したけれど、不信なものは見当たらない。首尾がないまま、時が来る。

「一階は虎郷に任せて、オレ達はここから見張っておこう」

「そうですね」

 その通信は、まるで見計らったかのようだった。

『五名でご予約のお客様。206のTUKIです』

 片手に持っていた紙のマップを急いで開く。

「206……この階です。あ、あのアクセショップ!」

 吹き抜けの縁から、少し離れた対岸の店を指差す。

「行こう。なるべく静かに」

「はいっ」

 アクセサリーブランド『TUKI』。例の如く、通りがかる程度に確認したけれど、扱っているアクセサリーは手頃なお値段で、数万する商品を並べた別店舗があるこのモール内でわざわざ強盗に押し入るような店じゃないと思う。

 二個前の店で減速し、なんでもなさそうに通りがかる。

 静かに息を整えた。

「ぁ、ここちょっと見ていいかな!?」

「ぇえ? はい、そうですねっ。見ましょうか」

 裏返った。

 声が、二人共。

 店員さんの『本当に大丈夫?』みたいな視線が痛い。鳴島先輩なんか、耳真っ赤だ。

 ……変な緊張のほぐし方だけれど、とにかく言ってた五人組は見つけた。というより、そこまで大きくもないお店のスペースに五人もいたら一目で分かる。

 五月上旬、春真っ只中だというのに、一人を除いて長いコートのようなものを羽織っている。唯一の一人は、情報にあった人間だ。

 ピアスがぶら下げられた棚を壁にしてそれとなく伺っていると、不意に二人が店から離れ出す。人間と異種族が店の外へ。残された三人の異種族は、妙に二人を視線で追っていた。

「……オレが後を尾ける。何かあったらすぐに言って」

 小さな声に頷くと、先輩は迅速に行動へ移した。私達にヘタな芝居なんか要らなかったんだ。

 さて、一人になってしまった分、より慎重にならないと不自然になってしまう。あまり姿を見せず、聞き耳を立てるに留めておこうか。

 しかし三人共、声が小さい。というか弱々しい。会話がどれも震えていて、これじゃ不審と言われても、不思議ではない。不審と思われて当然、とは思わないけれど。

「や、やっぱ僕、かえ、帰りたい……」

 脅されているのか? 二人は引き留める言葉を放つも、やんわりと同調する素振りがある。

『二人はじょ、女性用のトイレに並んでる……』

 了解です。監視するとは、大きな声じゃ言えないですね。

 今も三人からは「どうしよう」「やめておけばよかった」なんて声が聞こえてくる。

 平常ではないことは確かだ。いや、明確にどういう状態なのか、彼らが何をするつもりなのかを、言葉で表す気も湧かない。

 困っている、ならば助ける。それだけだ。

 ……。

 もしもこの人達が黒豹隊だとして、もしも私が手を貸して、そうすると未来で不幸になる人を増やしてしまうのだろうか。

「馬鹿。違うでしょ」

 目に見えないものを疑って人を助けないなんて、バカバカしい。

「先輩。三人……困ってるみたいで。ちょっと、話します」

『…………分かった』

 背中を押すように力強く、鳴島先輩は認めてくれた。

 不思議と足取りは軽やかになって、私はなんでもなく三人の前に姿を晒した。三人は面食らった様子で、すぐに行動を起こす気配はない。

「あの、何か困ってますか。力になれますか?」

 背面からでも尻尾が覗いていた通り、爬虫類に近い顔の作りをした異種族だった。成行きで真ん中にいる青年に話し掛けたが、唇を震わせるだけで、意志表明は曖昧だ。

 他の二人を見ても同様。

 相手の立場になってみれば、今は叱られているような気持ちなのかもしれない。

「え、えぇと、ごめ、なさっ……」

「私は貴方達の敵じゃないです。困っていなければ、それでいいんです。困っていたら、力にならせてください」

 短い時間で話を聞いてもらう、そして聞かせてもらうには、人の目を真っすぐ見て正直に話すしかないだろう。

 緊張させないよう、穏やかな空気を作っているつもりだけれど、どうだろうか。これ以上言葉を重ねたら、逆効果だろうか。……分からないけれど、とにかく対話だ。人を助けたいならその人を知らないと。全人類に通用する救済なんてありはしない。大袈裟だけれど、本質だと思う。

「あの……わから、なくて」

「分からない……?」

「ごめんなさい……」

「あぁいや、えっと……取り敢えず、一旦お店から出ますか?」

 蛇口を捻りすぎてしまったみたいに、青年の語気が突然強くなる。

「此処から離れたら、はぐれるっ、ので」

「お連れの人がいるなら、すぐそこにしましょう。…………因みにどんな関係なんですか?」

 我に返ったように、銀狼隊としての振舞いを努める。不自然かもしれない。朽羽先輩とか……辻君とかも、もっと上手く誘導するのかな。

 青年が言い淀んたところを、女性が代わって言葉を繋ぐ。

「恩人のようなものです。血縁とかでは、ない」

「そうですか」

 明るい語調で応えて、店の正面の手すりに集まった。もうじきコンサートが始まるからだろう。多くの人が吹き抜けの手すりに集まっていて、少したむろするくらいならなんてことなく紛れ込める。

 さて、アクセサリー売り場で困るとしたら。二度目になるけれど、特別高いわけでもないから、お金の問題は一旦考慮しなくても良いと思う。私がアクセサリーを売るところで困るとしたら、どんな理由だろう。

 

『――誕生日おめでとう。どうか志の往く先、幸運があらんことを』

 

 贈り物。

 ……あぁ、もう、インパクトがありすぎて、芋づる式で記憶がよみがえってしまう。モール内の人混みが、記憶の中の商店街と同期して、むやみに注目を集めているような錯覚さえ起こる。

 ひとまず仙慈君を抜きにしても、振るには無難な話題だろう。

「誰かへの贈り物、とかですか?」

 言葉少なでも視線は雄弁だった。四方に動き回る瞳がぴたりと止まった後、青年はこくりと頷く。

「僕、ずっと、人の多いところを避けていたから。でも、ずっと避けるわけにもいかなくて、一人じゃ駄目だから。けど、何が欲しいかも分からない……」

「……手伝っても良いですか? 贈りたい人の事、教えてください」

 先程言葉を挟んだ女性が、やや気難しそうな表情に変わる。出過ぎた真似だったか、ここで不興を買うのも不本意だが。

「何故そこまで。追い払うのに賢くないやり方でしょう」

「え? ……いや、追い払うとかじゃないです。困ってるなら、助けになりたいって思っただけですから」

「どうしたの?」

 年若い男の声が不意に飛び込んできた。見れば、鳴島先輩が後を尾けた二人組だ。ふむ、高い男性の声だと思ったけれど、童顔か女性か、土内さんみたくどっちでもないか、どうにでも見れる容貌をしている。性別を気にするべき場ではないのが助かるところだ。

「困ってる様子だったので、力になれればって思ったんです。贈り物を選んでいたんですよね?」

「…………ああ、そうだよ」

 少年――男女分け隔てない意味を持つし――は明らかに怪しく思っていた。爽やかな受け答えに、なんでもなさそうな表情だけど、先ずは身内の眼差しをちゃんと見て、私のことを判断しようとしている。

 ここでトラブルになったら不味い。こちらにトラブルを引き起こす理由は一切ないし、向こうもトラブルを起こしたくて起こすわけではないだろう。けれど、些細な不信感と守るべきものがある責任感があれば、激突する要素を充分満たしていると言える。このグループはお互いのことを思いやってるように感じたが、どうだ。

「うん、それなら。ワタシも実は困っていたんだ。普通の女子高生って何が好きなのか、イマイチ分からない。良かったら教えてよ」

「……! ええ。任せてください。一体どんな子なんですか?」

 

「やったね。椛野さん」

 クラシック音楽が、慎重に空間へ注ぎこまれる最中、五人の後ろ姿を見ながら先輩は笑った。

 父の再婚相手が連れた娘……平たく言えば継子である妹へ、入学祝いを渡したかった一人の青年。話を聞くうちに、私の中の世界に、ドンっと別の世界がくっついたような気分になった。私には、とても縁遠い話。けれど、贈る相手は私の同級生で、何処か親近感を帯びたりもしている。知れば知る程、後悔の影は消えていった。

「……ありがとうございます」

「オレはなんも。結局出ていくタイミング無くしてたもん」

 バイオリンが胸を掴んだ。心臓に繋がる脈が、弦と共鳴するように揺れているような気がした。

 無事公演されたコンサートに耳を傾け、安らかな想いで鳴島先輩の言葉を訂正する。

「鳴島先輩が許してくれなかったら、私はあの人達の笑顔を見られませんでした。……別に、笑顔が見たいからやってる事じゃないんですけどね。不幸な人がいてほしくないだけで。でも、笑ってるのと困ってるのじゃ、笑ってる方が気持ちが良いです」

「…………オレは、多分……最後まで様子を見てたかな。でも、それじゃ今回のようにはいかないよね。椛野さんに着いて来てもらってよかったよ」

「本当なら、先輩の方が正しいんだと思います」

「どうなんだろうね。オレは多くの人を守れるように、最後まで様子を見る。でも椛野さんは、多くの人を助けたくて、話し掛けに行った。守りたいと助けたいって、違うのかもね」

 迷いのある言葉だけれど、清々しい声色だった。

 クラシックのBGMが無くても、周りが交差点の雑踏でも、静かな放課後の廊下でも、私はどんな場面でも――先輩の言葉を今受け取ったように解釈をすると思う。答えの出せない宙ぶらりんな二つの始発点。どっちが正しいとかじゃなくて、二つの始発点から、より多くの人の手を取れると良い、そんな希望めいた解釈を。

「キャアァァァアアアアア!!!」

 悲鳴が音階を崩した。クラシックの、平穏の、終わりの!

 頭上から聞こえた。上階からだ、何があってもエスカレーターじゃ遅すぎる。私達は弾かれたように柵から身を乗り出す。

 上から――吹き抜けを子供が落下している!

「ッ!」

「椛野さん!?」

 考える時間はなかった。

 柵を飛び越えて、落ちる子供を抱きとめようと両腕を伸ばした。論理的思考はない。

「ふっ……!」

 両腕に収まった瞬間、重力が万倍にも膨れ上がった。落ちる、コンサートのど真ん中、酷ければ楽器を――人を下敷きにする。

 脳が弾ける。

 唯一の解法が過去から今へ翻る。

 

 夜更け。仙慈君と、人の屋敷で二人喋っていた。

『強いものを使った方が強いのは当たり前な話だろう? 腕より足の方が筋肉があるように、人間の身体より武器の方がより効果がある。そういう話だ』

 あの時も、私は閃きのままに――。

 

 ピンと伸ばした足に種子が触れる。刹那の感触に反射するんだ。

 自分の足に種子を巻き付けるだけじゃ骨が抜ける。だから巻き付けた後、即座に自分を放り投げる。

 心の中で唱えろ。より強いものを軸に、空中を奔る――《空駆け足(ブランチ・スクリプト)》!

「かはっ、……ぅ、う……」

 上階からの自由落下が、横へぶん投げられる……衝撃を殺し切る猶予はなかった。店の壁に私の背中が叩き付けられて、べしゃりと身体が地面に落ちる。

 心臓がうるさい、酸素が足りてない。

「椛野! 大丈夫か!」

 聞き覚えのある声。

 ……。

「ぁ、大丈夫……です。君は……?」

 強く強く抱きしめていた子供を、ゆっくり離す。

 そしてワンワンと、少年は泣き始めた。

 結局コンサートは一時中断、私達は最後まで聴くこと叶わず、送迎車で月桜学園に帰ることになった。

「本当に大丈夫? なんならオレ達トランクでも良いけど」

「良くはない。その時はタクシーで帰るぞ」

「あ、うん……」

 苦笑して、私はシートベルトを付けた。

「打ち付けた場所は痛いですけど、骨は問題ないと思います。すぐに立てましたし」

「そっか、良かった……」

「大手柄だったな。下で待機していたのに、不甲斐ない話だ」

 エンジンが掛かると背中が地味に痛む。まぁ、数十分もしないので、我慢我慢。

 どうやら少年の落下は完全に事故だったようで、押された拍子に、母親の腕から子供が抜けてしまったらしい。パニックになった少年だけど、怪我もない、脳震盪とかの心配もないとのこと。

「土壇場でしたけど、良かったです、本当」

 四階からの落下。間違いなくただでは済まなかった。

「出来るようになったんだね。ブランチ・スクリプト」

「まぁ、任務中……ちょっとしたアイデアを見つけたんです。私、今までずっと、腕に枝を巻き付けて自分の身体を操ろうとしてました。でも、思うように制御が出来なくて。けど……腕より脚の方が筋肉がある。腹筋も鍛えてますし、高度さえあれば、脚の方がずっとやりやすかったんです」

「サーカスの空中ブランコみたいだったな」

「あの、膝でブランコにぶら下がるやつ?」

「正確にはブランコじゃなくて鉄棒なんだが。兎も角、ブランコを枝木に見立てれば、重ならないか? ブランコの遠心力を腹から下で制御して空中を滑るのは」

 言われるまで気にも留めなかった。一度脳内で空中ブランコの絵を思い描いてみる。

 膝で鉄棒に宙づりになって、ブランコの振り子運動を利用して飛ぶ……。これは枝木を振り子運動させて空中を走る技だ、案外、想像以上にしっくりくる見立て(・・・)だ。

「いいですね……ちょっと、後で参考にします」

「……」

「自分の能力、すっかり掴んできてるみたいだな」

 元気よく返事をするはずが、喉のすぐそこで言葉が詰まった。

 車が信号に阻まれる、ウィンカーが焦燥感を駆り立ててきた。私は未だ私の能力を知らない、向き合っていない。ゆめ忘れるな。そう言いたげに。

「どうした?」

「その、昨日の任務で……妙な事があって」

 二人は静かに聞いてくれる。私は〈破壊工作〉の男、邑来と戦っていた時のことを思い出しながら言葉を選んだ。

「私の身体が、今までにないくらい絶好調に動いた時があったんです。普段の何倍も力が出ていて」

 絶好調に入って嬉しかった、という話ではないのは二人も承知している。

 けれど、と予定調和で話の舵を切った。

「それは……種子が壊されてからの事でした。種子が相手の能力によって壊されて、すると、何か…………夢のようなものを見てから、身体がおかしくなった。倒した後なんか、すぐに気絶しちゃったんです」

「能力暴走……?」

「いや、今までの能力運用を鑑みて、種子の能力が暴走した結果起きたとは思えないな。少し、じっくり考える必要があるかもしれない」

「あ、ありがとうございます」

「今日のところは休んで、また都合の付く日に、俺が能力を視て話を詰めていく。で……どうだ?」

「なんでオレに振るのさ」

「勿論椛野の意思が第一だが、その次に尊重するべきは鳴島だろう。師匠ではないにしろ、後輩に教えていた身だろ? そこで勝手に俺が方針を変えるのも、行儀の良い話じゃない」

「…………別に、オレは能力について力になれることは少ないしさ。椛野さんが良いなら、視てやってよ」

 なんか、鳴島先輩にしてはすっきりしない口振りだ。

 虎郷先輩はピンと来たのか、鳴島先輩に隠れて薄ら笑いを浮かべる。

「ま、そういうことなら。もうすぐ着く、話はまた今度詳しく聞かせてもらっていいか?」

「はいっ。よろしくお願いします」

 私達は月桜学園敷地の駐車場に降ろされた。車から出ると、ビキッと背中が固まった感覚がして焦ったけれど、単にずっと同じ体勢だったからみたい。

 すっかり暗くなって、見上げれば雲一つない宵空に大小様々な星が瞬いていた。

 今日の支援部の人は口数の少ない人で、目を離したらすぐ消えてしまった。彩上先輩が際立っているだけで、誰も彼もが仲を深めたいというわけではないのかもしれない。

 私達も寮に戻ろうと足を進めたところで、虎郷先輩が少し屈み気味に私へ近付いた。

「多分鳴島、拗ねてるんだ」

「へ?」

「……凹んでいるの方が、あいつの名誉に優しいか。あまりいいところがなかったし、車内でも口数少なかっただろ。聞けば鳴島の知らないところでブランチ・スクリプトを掴んだようだし、能力の話で俺がでしゃばってしまっていた」

「……疲れてるだけじゃないんですか?」

「さてな。ただ、このまま俺が椛野を盗ったような関係になるのは控えたい。お前からも、声を掛けてやってくれ」

「わかり、ました……」

 私より付き合いの長い虎郷先輩が言うのなら、てんで的外れでもないだろう。言われてみると、なんだか先に行く背中が寂しそうに見えてくるような。

 でも果たして、鳴島先輩がそこまで私に重点を置いているのだろうか。

 

『椛野さんは任務で見違えるのかもしれないけど、オレも、変わってみせるから』

 

 ……今日の私は、人の疑い方がヘタだ。

 簡単な気持ちで誓って、簡単な気持ちで彼岸崎先輩と戦っていたわけ、無いに決まっている。

「鳴島先輩!」

「ん?」

 しかし話し掛けてみると、朗らかな人好きのオーラを漂わせる、至って平常運転に思えてしまい、やや尻込みしてしまう。

 そもそも何かを話すべきだとして、何を話すか全く考えていなかった。

「どうかした? 任務の報酬の話なら、多分夜か明日にでも連絡が来ると思うよ」

「いやっそうじゃなく。えっと……」

 今度はさっきみたいに行かないぞ。さっきは『私は貴方達を気遣いますよ』と正直にアピールしてよかったけど、後輩の私が『先輩! 貴方に気を遣ってます!』はあんまりだ。あんまりにも悪い後輩だ。

 えい、ままよ。

「わっ、私は……少しですけど、変わりましたよ!」

「……。……!」

 茶色い、柔らかな瞳をパチクリとさせて、鳴島先輩は私の顔を見つめた。

 気まずい沈黙が、寮の前で漂った。

 だから、つまり、と続く言葉を探している間に、息の漏れる音がする。

「へへっ……。――うん。オレも、頑張るよっ」

「――! はい、頑張りましょう!」

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