――銀狼隊戦闘部・一年
椛野 穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
白竹 万珠(しらたけ・よろず)
……白目の少年
――銀狼隊幹部・支援部管轄
朽羽 那由多(くちば・なゆた)
……三つ編みの少年〈雪哭〉
多喜根さんの家から帰ってきて二日後……と言いつつ、一泊二日なので、そもそもあんまり過ごしてもいないのだが。
そんな五月の十二日。朽羽先輩に呼び出された放課後。校門までやってくれば、先輩は学ラン姿で待っていた。
「お待たせしました」
「いいよ。早速だけど、初めての任務はどうだった? 報告は受けてるけど、椛野さん自身の所感としてね」
木塚街での出来事は任務ではない。
「……どうでしょう」
朽羽先輩もたまらず苦笑する。
濁したかったわけではない。後ろめたいことはあんまり(というか夜の散歩以外には)ないし。
ただ、多喜根さん達に別れを告げた時から、私はあの任務に対する感情に名前を付けられてない。
「なら、良かった? 悪かった?」
「それは、良かったと思います」
悩む余地はない。彼らにとって、きっと良かった――そんな希望めいた感想になってしまうけれど、追い詰められていた彼らに希望という言葉を添えられるようになったのは、私達銀狼隊が介入したからだとも思うし。
「それは上々。椛野さんは、良かったと思える要素があったわけだ」
「……こ、これ怒られてますか」
「そんなつもりはないけど」
「(疑って)すいません」
「だから怒ってないって……」
圧があるんだよなぁ、この人。
良かったと思える要素だっけ。
「……帰る前に、二人と話せたんです。依頼人の
電車の中、湯船の中、ベッドの上、休み時間。生活の隙間に、今も、彼らの言葉がリフレインしてくる。
「ごめんなさい、椛野さん」
「え? ……どうかした?」
多喜根さんの屋敷を出る前。彩上先輩が本部と話している最中。私は晴れた庭に出て、身体の調子を確かめていた。
そんな中、菊池君はやってきた。
「俺達、折角助けにきた椛野さんに対して、酷いことしまくったから……。本当、すいません」
「……別にいいよ。傷は治ったし、仕方のないことだとも思ってるし」
「ありがとうございます」
ここで最後なのか。
菊池君らは、とっても心配したであろう親御さんと話をしてきた。そして多喜根さんの屋敷に戻ってきた時の話によれば、被害者のところにも行って、誠意を見せたらしい。
きっと沢山謝ったのだろう。
菊池君にとって、正しくこの地を離れる為の儀礼、その終着点が――ここなのだ。
「ちょっと待って」
小さな背中を私は引き留めた。
沢山の大人から、色んな感情を浴びてきたのだろうに、振り向いた彼の表情に怯えはなかった。
何を言われても受け止めるだろうと感じさせる、強さがあった。
「私、貴方達が無事に家に帰れたことが、本当に嬉しいの。ちゃんと、貴方達を助けられたんだって、安心した」
「……」
「貴方はもう覚悟してると思う、これから進む道の険しさを。でもね、憶えていてほしいことがあるの」
突然の話だ。菊池君は困惑をあらわに、耳を傾けてくれている。
「貴方達は祝福されるべきだって。辛い目にあった被害者っていう立場に甘えず、自分の罪に向き合おうとしてる。そんな貴方達がこれから先、日の下を俯いて歩くだなんて、絶対に正しくない。貴方達は幸せを掴むための努力をしていいんだって……憶えていて」
一度口を開いた菊池君は、その喉を振るわさず、長い間、自分の手を握っていた。
困らせてしまっただろうか。
それとも、迷わせてしまっただろうか。
言ってしまえば、所詮は一瞬の恩人だ。ただの高校生に説かれるのも困るだろう。
……それでも、撤回はしたくなかった。この考えは間違っていないと思うし、伝えるべきだとも思った。
「――だって。どんな立場だって……被害者であることを知っている、そして加害者となってしまった自分を顧みている、そんな人は幸せになるべきだと思ったの、それが正しい、そうでないと、正しくない」
「なんでそこまで言い切るんですか」
口振りには嫌気のような、躊躇いがかった息が乗っていた。
「私は不幸にするために助けたわけじゃない。貴方を助ける為に助けたの。俯いて歩く日々を贈るんじゃ、それじゃ助けたって言わない。なら背中を押すべきだって思ったの。誰かに認められないと幸せになれない人を、私は知ってる、もしも貴方がそうなら、私が認めるべきなの。それにね。……身に余る罪、ありもしない罪で指を指してくる人を、私は許したくないから」
剣呑な語尾は笑って誤魔化して、私は、本心を伝えた。
「俺、今度は間違えません。今度は間違えず、貴方に憧れる」
「……憧れる?」
彼は少し目を泳がせた後に頷く。
「はい。――憧れたんです、悪いことにっていうか……それが悪いと見抜けないまま、黒豹隊の或る人に。だから今度は、憧れるものを間違えない。あの時は一時の迷いだったと思ってるけど、今は、本心で、貴方みたいになりたいって思ってるんで。……人を助ける生き方でなら、後悔してもいいから」
「――それに、多喜根さんからも。私、多喜根さんと花札をしたんですよ。聞けば、やる人がいなくなってしまったみたいで。……私その時、軽率に言っちゃったんですよ、三人に教えてみたらどうかって。罪を犯してしまった教え子に教える機会なんて、そう巡って来るようなものじゃないはずなのに。でも私が発つ時言ってくれました。『教えたよ。生きているなら、またそのうち出来るから』って……」
「うん」
「私は、皆の
これは美化していると自覚しているけれど。多喜根さんが彼らに花札を教えたことが、また健全な場での再会を約束しているようで、私はとても安心した。
「なら手放しに良かったって言ってもいいのに」
貴方の圧を自覚していないようで。
圧だけが理由じゃないのは、確かだけども。
「……元をどうにか出来なかったので」
「元っていうと、今回君らが戦った、
「はい。……菊池君達に悪事を強要することになった、そのきっかけが正しくないことなら、私は許せない」
ぶつけても仕方ないことだとは分かっている。
人を弄ぶような悪意には虫唾が走る。元を断てないなら、強くなった意味がない。……ぶつけても仕方ないから、一人で飲み込もうと思っていたものだ。
朽羽先輩は、小さく声を漏らす。
「あ、来たね」
そういえば私達、校門で他に何を待っていたんだろう。
先輩の視線は学校の敷地側。私も顔を上げて見てみる。
……薄茶色の髪の少年。私がつい最近、というのも昨日、見た事があるシルエットだ。
「
……。
声を飲み込む。ボロを出してたまるか。きっと朽羽先輩じゃなかったら表に出していたところだけど。
何故よりによって白竹万珠なのか、なんなら、本人に言ったっていい。
「どうもどうも、あいや皆さんお揃いで」
「いいよ。車呼ぶから、早く行こう」
言うと、突然氷の柱が天へ伸びる。何事かと驚いたのがバレたのか、先輩は道路の先を見ながら「合図だよ」と呟く。
氷の柱を確認したであろう車がすぐにやってきた。白竹万珠と話す時間もなく、私達は後部座席へ乗り込む。
車は以前木塚街に向かった時と同じ、銀狼隊技術部手製の搬送車『銀雪』。しかし夕方、未だ裏の時間ではないからか、法外なスピードは鳴りを潜めている。
隣では何の気も知らず、白竹万珠が笑みを張り付けていた。
「今回は黒豹隊アジトの調査をしてもらう」
「……黒豹隊の!? 分かったんですか」
助手席にいる朽羽先輩は、なんでもないように肯定した。
「というかね、黒豹隊のアジトは日本各地に多く散らばってるんだ。その中でも重要なアジトは中々見つからないし、本部に至っては、五十年間一度も発見されていないという記録だ。見つかったものは大抵、一時の活動拠点である場合が多い」
身体が脱力していくのが分かる。思い浮かべたのは、星久里や《月面の麗人》が鎮座するような光景だったのだが、さしもの朽羽先輩も一年二人を引き連れて襲撃するつもりはないようで。
「今回もそうだ。廃棄区画に黒豹隊が使っていたとされる建物を見つけた。君達には充分に警戒し、痕跡を洗ってほしい」
「了解ですぜ」
「……内容は分かりましたけど、どうして彼が同行者なんですか」
ミラーに写る朽羽先輩の目は僅かに動く。
「私はただ、本隊員に要請しただけだよ。彼とは初めて会うんだっけ?」
――何処まで知ってる?
言葉を探している最中の私を差し置いて、彼が引き継いだ。
「いやぁ、こないだ、昼にたまたま会っただけですとも。ねえ?」
「……ええ。そうね」
「そ。座標まで二十分は掛かる、充分に親交を深めたらいい」
無茶言わないでほしい。
さっき通話で言っていた通り、これも追試の一つなのだろう。腹を括るしかあるまい。
「私は椛野穂咲」
「ああ知ってますぜ。其方さんの受けた試験とかは事前に調べておいたんで。種子を操る能力の格闘家さんでしょう? 手前の能力はざっくり言えば『幽体離脱』みたいなもんで、ま、格闘は其方に及ばんでしょうが、一応色々出来ますぜ」
「そう」
……。
「……」
「……」
「本当に昼だけ?」
この空気の悪さを朽羽先輩は見逃さない。
「ええ、ほんまに昼ですぜ。ただ、遠縁なもんで距離感が分からんくなってまして。ねえ?」
これで本当なんだから困る。
当事者なのに、なんだか嘘に聞こえてくる胡散臭さだ。
「ええ」
……だからって同じ相槌じゃなくてもよかったんじゃない?
「だからって同じ相槌しなくても」
「たまたまですっ」
なんとも居心地の悪い車内だ。
沈黙で満たし続けるとまた先輩から減点を食らいそうな気がするので、そっと口を開く。
「もし戦闘になった時だけど」
「あぁ、手前が合わせますぜ。其方は存分にお転婆してもらって構いません」
「はあ……」
会話をするフリぐらいして頂戴よ。
居ると分かった以上、私達についてちゃんと話をするべきだとは思っていたけど……それは断じて今じゃないし。
もうしょうがない。会話の矛先を朽羽先輩に切り替える。
「あの、痕跡って、こう具体的なものってあるんですか」
「それを今から調べに行くんだけど、まっ、色々だね。資料や実験物みたいにあからさまなものもあれば、飲食物や足跡なんかの、滞在していた証拠でも見つけられれば御の字だ。後は能力の痕跡とかかな」
「能力の」
「それこそ虎郷君がいれば良かったけど。彼の〈浄眼〉なら能力の痕を視ることが出来るし」
ならどうして呼ばなかったのかは、聞かずとも付け足してくれた。
「でも今日は金時君とペアを組んで、テロ対策の巡回。向こうも手を抜き始めている感じはするけど、
隊長がいない以上、支援部管轄としての責務以上のことを担っているのだろう。
「……早く合流します」
「うん。よろしく」
『銀雪』は木塚街とは別の廃棄区画に停まった。
一階部分がマーケット、二階以上がマンションになっている建物の傍に着いたわけだが、辺りを見渡して人の痕跡が何もないのは如何とも不気味である。
居抜き状態のマーケットに視線を奪われながらも車を出る。
「端末は持ってるね?」
「はい」
「よし。周辺マップに座標が記されているから、二人で行く事。報告じゃここしばらくは使われていないみたいだけど、要警戒でね」
車内で渡された手袋を装備しながら、私は聞いた。
「先輩はどうするんですか?」
「私はここで車の警護。勿論、なんかあれば飛んでいくから。こないだみたいにね」
言われて想起するのは《七つ身》と呼ばれた男の試験乱入。学園から車で十数分は要したのに、先輩の救援は早かった。
願わくば例外も自分で対処出来るように。でも……この人は、手に余る事を正直に言っても、
「分かりました。……行こう」
「はいはいー」
端末を見てみれば、私達三人には灰色の点が。十字路を曲がった先、幾つかの建物を尻目に道路を渡った場所へ赤点が映っている。
座標は比較的近く、込み入った話をするには時間が足りなそうだ。
地形と高精度に同期した周辺マップに視線を落として、だんまりを自然にやり過ごそうとした。
「ちょいと」
丁度道路を渡る前。信号も機能していないし、当然車も通っていない。地面のトマレが虚しいくらいだが、白竹万珠は足を止めるよう促した。
「……何?」
「要警戒と言ってましたでしょう。手前の能力で、先んじて偵察をしましょうかとね」
「具体的には」
片目を瞑って微笑む。親しみやすさは欠片も感じない。
「幽体離脱っぽいこと、ですよ。――〈
唱えて……特に、何も起こらない。
そう急くな、と言わんばかりの片目に、ひとまず黙る。
「幽体離脱とは言いましたがね、もーちょいっと細かいんですよ。例えば眼差し、例えば手探り、例えば舌触り。細かく、細かぁく、感覚を
「……それで戦闘部なの?」
「泳がすのは五感に非ず。不可視の実体に感覚が紐づいているだけでございましてね。如何に達人であれど、幽霊サンにステップを踏まれちゃあ間合も何もあったもんじゃないでしょうよ」
「ステップって……貴方の話じゃ、本体である貴方の足の感覚がないじゃない」
「物の喩えでございましょうよ。さ、無人は確認しました。このまま手前が見回すんでもいいですが、手柄云々以前に確認漏れが出ちまいます。行きましょうぜ」
「ええ。……お疲れ」
「は、ご本家の長女殿に労い頂けるとは、恐悦でございやす」
「やめて」
座標には控えめな大きさの、二階建て事務所があった。
「先んじて視たところ、すっからかんでしたぜ」
「みたいね。……お邪魔します」
人が生きていた痕跡と先輩は言ったけれど、何処にもそれらしいものはなかった。
風が吹き込んで土や枯れ葉の入り込んだエントランスホールに、足跡はない。給湯室や事務室なんかも見たけれど、最近使われた痕跡は見受けられない。
「二階ね」
「…………」
「何? 行くわよ」
「ええ」
階段を上がった先は、生活の残骸とも言えるような、そこはかとなく切なさが揺蕩う間取りだった。
恐らく一階を仕事場として、二階は平時の生活に使われていたのだろう。一般住宅とそう遜色ない設計をしていた。
「木塚街の廃棄区画で、使われていないマンションの部屋に入ったことがある。そのままになってる家具には埃が被っていて、丁度この事務所みたく、棚に何も入ってないの。……寂しいものね」
返答はない。元より独り言だ、感傷を慰めろと乞うつもりもない。
にしたって静かだ。
私達は最後の部屋、二階で最も大きな洋室に入った。
隣接したバルコニーから差し込んだ夕陽は、部屋中を行き場なく拡散している。
成果物の有無に感情が動いて然るべきはずなのに、心の中には、黒豹隊と関係ないモヤがあった。
息を止めてクローゼットを開ける。
思ったよりも埃が散らない。そして、思っていた通り、手掛かりとなるものはなさそうだ。
溜め息を吐いて、振り返ろうとした時。
「…………どういうつもり」
首に冷たいものが触れている。
背後から、白竹万珠の息が掛かる。
「お言葉を聞ける立場だと申しますかい」
「やるならやってる。違う?」
視線を落とせば、微かに銀色の刀身が見えた。ナイフとは似つかない、短刀らしき刃渡りだ。
「そーですねい。自分の血に聞いてみたらどうです?」
「狙われることがあっても、それが身内からじゃ話は変わってくるわよ。貴方、何?」
「――
「お父様から、ね。来たのは結構よ、それで最初の話だけど……お父様は長女の首を欲しがっているっていうの? 首だろうと、私自身だろうと、あの人は要らないでしょう」
「飽く迄、手前は課された任を全うしているだけでございますよ。本家の人間ともあろうお方が、たかだかケダモノに食まれちゃいけません。先日もつり橋を渡ったご様子でありましょう?
――花に泥を注ぐならば、手前が手ずから摘んで差し上げるのが一握の情と言える」
つまり、弱いから家の足を引っ張る前に処理するって話。
たかだか同級生に力量を図られて、むざむざ死ねと。
「私という花が泥程度で溺れるか、試してみる?」
「……へえ」
「なんて言いたいけれどね」
原点を徹せ。
私は、この血から逃れる前に――人を助ける為、ここへ来た。
「今は任務中よ、本隊員さん。今ならこの不履行も見逃してあげる」
「……」
この沈黙をどう取るか。
向こうがやる気になれば、言わずもがな手を少し動かすだけで殺せてしまう。両手両足は空いているけど、刃より速いと自惚れてはいない。ここは種子で短刀を掻い潜る、その為にも、彼の力の起こりをいち早く感じ取らなければ――それで終わる。
刃が揺れる。
刃が、離れる。
静かに息を吐いた。警戒して振り返っても、既に彼は充分の距離を開けている。
私が何か言う前に、彼はその場で片膝を付く。
短刀を地面に置いて、その頭を垂れた。
「手前勝手ながら試させていただきやした。尤も、試したのは手前ではなく、幹部殿でございますがね」
「……?」
バルコニーから衝突音に近い音が鈍く鳴り、視線がもってかれる。
夕陽を背後に影を落とすのは、銀狼隊幹部支援部管轄、朽羽那由多。
……鍵の閉まったバルコニーに阻まれている。
ひとりでに鍵が開いたかと思えば、やや呑気な音で窓がスライド。
先輩、第一声咳払い。
「合格だ」
……。
半ば無意識に白竹万珠へ瞥見するも、彼は既に立ち上がり、短刀もしまい込んでいた。素知らぬ顔で朽羽先輩の方を見るなり、軽口を叩いている。
「試験なら一年の手前なんかにやらせずともー」
「言ったろ? 虎郷君同様に、皆多忙なんだ」
「え、すいません。合格ですか」
「うん。ようこそ銀狼隊……は言った覚えがあるなぁ。ま、頑張ってよ、本隊員」
「なっ、なんでですか!? いや、任務もですけど、どういう流れだったんですか!?」
言葉を堰き止める喉が仕事していない。濾過されることなく、言葉が直接流れていく。
「どういう流れね……。任務はフェイクってこと。ここは以前銀狼隊が使っていた活動拠点、街が廃棄された折に不要になったわけだけど。で、区切りのいいところで喧嘩を売るよう、私が白竹君に依頼した」
「いやぁ、実の所、此方も任務中だったんでございますよ~」
調子のいい声に、顔が火照るような気がした。
「もし任務中なのに喧嘩を買うようだったら、やっぱり椛野さん、君を本隊員として今後の活動に組み込むことは出来なかった。でも、その懸念はもう必要ないらしいね」
誇らしさと、場違いにも真剣さで返してしまった気がする小恥ずかしさで、感情が。
これで私が憧れていた銀狼隊に成れた。誰かを倒すとか、越えるとかじゃなくて……知らないところで認められて。
「えー……」
「もしかして、こないだの任務でもう認められてると思った? そう口外に認めることはしないよ」
「あいや先輩殿、恐らくは実感がないってやつでしょうよ。手前が不適切な喧嘩の売り方をしたところもありましょうが」
「そうなの?」
あれよあれよと話が進み、朽羽先輩が近付く。
そして上着の内側に手を入れたかと思えば、小さなものを私に差し出す。
「――これが本隊員の隊員証だ。おめでとう椛野穂咲。君は迅速に弱点を修正し、ここに成果を結実させた」
触れると冷たい、カードサイズのプレート。
仮隊員証は、確か仙慈君といがみ合いながらも、朽羽先輩に渡されたんだっけ。
今までの戦いの記憶が通り過ぎていく。
《強欲の吸血鬼》と戦った。友達を助ける為に、街を守る為に。
《月面の麗人》と戦った。抗う為に、戦いの世界で生きる為に。
彼岸崎先輩と戦った。過去を知る為に、上を知る為に。
鳴島先輩と積み重ねた。自分を知る為に、守る為の力を得る為に。
夜桜先輩と戦った。証明する為に、仲間を知る為に。
《七つ身》と戦った。一人前である為に、脅威を暴く為に。
仙慈君と戦った。勝つ為に。
霞ヶ浦さんと戦った。これからを知る為に、応える為に。
邑来と戦った。希望を守る為に、夜を明かす為に。
夢中で目の前の壁を叩いていた。
助けたいと憧れた。正しさを貫きたかった。
暗闇に迷って、大切な人に酷いこともした。
それでも私の憧れは。
ここまでの道のりは。
私が正しいと思っていたことは。
「――ちゃんと、正しかったんだ」
朱い光が目の奥に劈いて、耐え兼ねた私は瞼を撫でた。