――銀狼隊戦闘部・一年
椛野 穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
白竹 万珠(しらたけ・よろず)
……白目の少年〈
――銀狼隊支援部・二年
彩上 八子(あやがみ・やこ)
……深紅髪の少女
――銀狼隊幹部
彼岸崎 錦(ひがんざき・にしき)
……空色目の少年、戦闘部管轄〈心剣〉
朽羽 那由多(くちば・なゆた)
……三つ編みの少年、支援部管轄〈雪哭〉
依折 蛍(いおり・けい)
……瑠璃髪の少女、医療部管轄
「じゃ、私はやることがあるからここで解散。二人共、ご苦労様」
学園の敷地に戻った私達三人は、寮の前で別れる運びとなった。
「ありがとうございました」
噛み締めた誇らしさを舌に乗せ、本部へ向かう朽羽先輩を見送る。
その背はひたと止まり、最後に一言、先輩は言葉を残した。
「……この先少ししたら、本隊員を集めてこれからの話をする。期待してるよ」
「――はい」
控えめに手を挙げて、朽羽先輩は今度こそ去っていった。
そうなれば私と
「それで貴方……何処までが本当なの」
「ん?」
『当代本家当主から我が家にお鉢が回りやして』
『手前が手ずから摘んで差し上げるのが一握の情と言える』
「ん? じゃないでしょう。まさかたまたま入学したわけでもないんだし。それとも、もし朽羽先輩が来なければ、あのまま私を殺してた?」
「滅多なもんを言いやがりますよねえ。それで言えば、ここで話すようなことでもないでしょうよ」
言うと、彼は歩き出す。
「はぐらかすつもり?」
「我々の関係を吹聴したくあるなら、手前も尊重せざるを得ないですがね」
日が落ちようとしている今こそ、確かに人通りは見受けられた。校舎の方からは、部活終わりであろうグループも見える。
さっきまでの充足感は何処へやら。
ひと気のない道を歩く白竹万珠へ、付いて行く。
「監視対象へ監視してますよって言う奴が何処にいるかって話ですぜ」
それもそうだけど。
……。
……!
「言ってるじゃないの」
「おっといけねえ」
「おちょくってるの!? 貴方ねえ、本隊員だって、分家のエリートだって、知ったこっちゃあないわよ。そっちがそのつもりなら……!」
「ちょいちょいちょい、手前も悪ふざけが過ぎましたって」
両手を前に出して、制するポーズを作る白竹万珠。
仏の顔とはよく言うものだが、またふざけるようなら弁明を待たずして無理矢理吐かせてやる。
「本家のお嬢って言ったらァ、慎ましやかで利口なんが定番ってもんでしょうよ……!」
「相手は選ぶわよ」
肩を竦めるついでに、彼は手首をだらりと脱力させた。
「そっくりですわ。無駄な話をしたがらんのは」
今更家族と似てると言われたところで。
「じゃあそれに倣って、手前に許された発言のみを最低限。恐れ多くも語らせていただきやしょう。――『目蓋の白竹』ともあろう人間が、本家筋の娘を見落とすことは許されない。そして、其方さんが如何な気持ちであろうとも、月桜学園に入学するどころか、あまつさえ銀狼隊に入隊するなどという暴挙に出て、定められた家の意向に歯向かった事実は消えない」
彼は目を細めた。微かに曲がった口角からは、諦観を連想する。
「手前の仰せつかった任は、本家の長女である其方様の監視。しかしゆめ忘れぬよう。手前の白刃はいつでも赤を被る様子でいる。もしお転婆が過ぎるようでしたら……」
「元々家から見放された身よ。いっそ、試されてる方が熱が入るわ」
「それは違う。――アンタはこの血から、逃げただけだ」
白く広い空間で、少年は一人ナイフを振っている。
型や技らしいものはなく、自然体でいながらも、緊迫感のある速さを保っている。
風を切る様子は見た者を身構えさせる真剣さがあるものの、見惚れるような、慄くような、そういったキレはない。
少年の目線の先へ刃を奔らせた後、後方へステップを踏んだ。足が地面に着いた瞬間、彼は再び地面を弾き、優れた瞬発力で下手からナイフを突き出す。
そこに倒すべき目標がいるかのように、具体的な空間へ迷いなく放たれる一閃。それを幾度も重ねた少年だが、突如動きを止める。
彼はシャツ越しに、自分の胸を撫でる。
「能力は、両親から運よく与えられたもの……。僕は、僕だけの力でも戦えるようにならなければいけない……」
万華鏡の瞳が見据えるのはただ一色。その速さで自らの身体を焦がしてしまう星のような、紅き姿。
汗の滲む手がナイフを握り直した時、訓練室の扉が開く。
「やってるね」
「朽羽先輩。お疲れ様です」
灰色の髪を三つ編みに纏め、肩に乗せた少年。朽羽は、椛野を試したその足で、本部地下の訓練室に来ていた。その目的も、先と同じくして。
「言っていた条件に、相違ありませんね」
「勿論。『私から一本取ったら、君を本隊員にする』」
仙慈の口から笑みが消える。
ナイフを前に突き出し、刃と一直線になるよう己の身体を横に構える。そして、仙慈の呼吸の『色』が変わった。
「教えは覚えているね?」
「自然体でいること。呼吸し続けること。動き続けること。視線を見逃さない。自分の刃は見ない」
「よし」
朽羽もまた、右手を前に出す。薄く笑みを象った口から白い息が微かに漏れた。
氷結音が響き、朽羽の右手に蒼氷のナイフが握られる。
「さぁ、手始めに十本行こうか」
銀狼隊本部四階。幹部室。
壁面には機密情報が保管されている他、それぞれのデスクにはこれまで継承してきた歴代幹部の名残がある。
新隊員へ送った評価などは各自この場で作られており、今代においては幹部同士が連携を取る集会所ともなっていた。
尤も、技術部管轄の不知火朱輝は滅多に集まらず、その他三人も、それぞれの分野において多忙を極めている。示し合わせずに二人いるという現在は、中々珍しい例であった。
『小さい幹部殿』こと医療部管轄、依折蛍は、新規医療部隊員のリストを睨み付けている。
やはり治癒能力やそれに類する者が多く入隊したものの、依折にとっては諸手を上げて喜ぶ程の出来事ではなかった。彼女に言わせれば、当然のことだった。
「お前、部下にパワハラとかしてねえよな。やめろよ医療部でそういうの。ガチっぽさ出ちゃうだろ」
「するか。せいぜい、人命に向き合う為の至極当然な心構えを説いたくらいだ」
「キツい言葉になっちゃった自覚がある奴の発言だろそれ」
軽い口調の一方で、何処か憂いのある表情をしているのは彼岸崎錦。
彼の方はさしたる目的もなく、過去の戦闘部管轄を眺めていた。ファイルに留められた紙の多くは皺ひとつない綺麗なものだ。
約五十年の歴史を持つ銀狼隊でも、留年した戦闘部管轄は過去に類を見ない。彼岸崎の数少ないオンリーワンなんて、笑えたものではないが。
そのところ、コイツなら進路も困りそうにないだろうな。なんて、少年は依折を見て思う。
進路と言えばこれからの一年。自分が命を賭して守るべき部隊の未来。
「……今年。つか今年度は、何が起こるかね」
「占いこそボクの嫌いな類だ。知りたければ
「そういうんじゃねぇじゃん」
「……無難に凌げるとは思うな。…………なんだその顔。言っておくが、経験則ならお前の口から出て然るべきだろ」
彼岸崎は天井を仰ぎ見る。一世代前の良い椅子、に属する椅子は、やや不安な傾き方をして彼岸崎を支えた。
「やっぱり台風の目は『椛野』かね。依折はどう見てる? アイツら」
「京都遠征の日程を伸ばして調査していたのは、他でもないお前だろ。ボクからは、既に共有した評価以外ない」
「興味ねえなぁ相変わらず。白竹は好きなんじゃねえの? ああいう万能の天才って奴、好きだろ」
依折はリストをデスクの上に置くと、皺を寄せて言った。
「天才はそもそも万能であるべきだ。……別にボクは天才が好きなわけじゃない。ただ、能力と志が不均等な奴が嫌いなだけだ」
「ああそう」
「その点、あの一年は良かった」
突然の転換に少年は言葉を失う。茶化すのもおかしくなるような、素直な言葉に、ただ目を瞬かせた。
傍目で豆鉄砲を食らわせてしまったらしいことを認め、溜め息を挟むと少女は続ける。
「丁度お前がいなかった時のことか。入寮式のテロでは椛野がよく話題に上がるが、ボクが評価しているのはバス停の方だ」
「《穢れた神話》か」
「ああ。死人こそ出なかったが、多くが襲われ、負傷した。戦闘部が到着するまで応戦した奴はいなかったが、なんでも、一年の房嶋
「そういや……。何度聞いてもガッツあるな」
「周りを励まし、自分の出来る最大限の仕事を果たす人材は、多くいるものじゃない」
「……スカウトしねえの?」
「別に。来なければ来ないでいい。お前も、あの竜人を誘ってはいないんだろ?」
全くその通りだった。分かり切った事を聞いた、と彼岸崎は口を噤む。
「居る者が出来ることをやればいい。やる以上手を抜く事は許さないが、やる気のない奴にまで求めることはしない」
そこまで丁寧に言えば、部下の好感も少しは取り戻せるだろうに。けれども彼岸崎は、返す刀が目に見えていると、それを口に出すことはしなかった。
幹部室の扉が開く。
「お。朽羽。珍しい……つか早かったな、二人の追試だったんだろ?」
「あんなものを追試とは、温情に満ち満ちた表現だ」
「うるせーなぁ」
相変わらずの二人を見て、朽羽は破顔する。
機嫌のいい様子に、期待通りの結果なのかと彼岸崎は受け取ったが、朽羽が軽く首を横に振った。
「椛野さんは合格だよ。もう不知火さんには伝えたけど、今日から本隊員として扱う。書類は準備してあるし。仙慈君も、あの様子なら二、三日もすれば及第点に届くさ」
「それが本当なら、仙慈も間に合うか。いや良かったぜ。あんなやる気ある奴らをつまんねえ理由で縛んのも、おかしな話だしな」
「ふん。あれだけ恵まれた環境にいながら、くだらない理由で失格をくらうあいつらが悪い。宝の持ち腐れだ」
「宝を持ってるとは思ってんだな。『肩透かしを食らった』とか、『才能を感じない』とか言ってたくせに」
「人の厚意を食らって大輪を咲かせたところで、それはその種だけの力じゃない。ボクが評価するのは、あくまで個人だ。さもなくば、他人を言い訳に失敗を認めず、他人を言い訳に命を投げうつ。そして、他人を言い訳に責務を捨てる」
「おい」
一瞬にして、ほどけた空気が張り詰める。
伊達眼鏡の奥の空色の瞳に、依折は燻る怒りを見た。
「誰の事、言ってんだ」
空気が沈滞する。
次第に音もなく椅子を引いて、依折が立ち上がる。
少女は何処か言い訳めいた口振りで呟いた。
「
小柄な体躯で朽羽の横をすり抜けると、二人の少年が部屋に残る。
立場が横並びでも、学生にとって二歳の差は軽くない。彼岸崎は、バツが悪そうに頭を掻くものの、後を追うことはしなかった。
「大人げないよ。依折は先代が好きだったからね……。八つ当たりぐらいはさせてあげなきゃ」
「アイツが嫌いな奴なんざ、いなかったろ。好きな奴を貶されて黙ってんのは性に合わねえよ。ましてや、そこまで気遣わなきゃいけねえほど、依折も弱くねえ」
「ま、そうかもね。ところで、そろそろ編隊を確定させないと、連携の時間が取れないよ。どの道仙慈君は、合格してもしなくても、正直問題はない」
「あー……甘扇は待てないか」
「残念だけどね」
彼岸崎の視線は卓上カレンダーへ移る。
「ま、予定通りで良いだろ」
食堂で晩御飯を、大浴場で入浴を済ませ、私は僅かな眠気を抱えながら机に向かっている。
公欠がノートを埋めてくれるわけじゃないのだ。任務中の範囲を復習していかないといけない。これからより忙しくなっていくのだから、授業が穴あきになっていくことにも慣れて、予習復習を経ていかねば健全な学生とは言えまい。
まぁしかし、学習の難易度はそれほどでもない。品格と共に教え込まれた勉学の経験値で食い繋ぐのも容易かった。皮肉にも、家の都合で楽が出来ていることは否めない。
ペンが止まる。机の片隅にある
赤と白が折り重なった紐は、分家が継承した技術で作られた、『椛野』である証。
家を離れる決断をしてから――人並みに誕生日を祝ってもらって、正しく努力を実らせて、ほんの一瞬気が緩んだことを私は否定出来ない。
でも、炎を連れ立った大きな背中のように。あの赫く輝く流星のように。私は人を助けたい。
今のままじゃ駄目なんだ。私のことで一喜一憂して足を止めている暇なんかない。
「はぁ……」
どれだけ鼓舞をしても気掛かりは残る。
何故私は、この組紐を持ってきたのだろう。
お守りを肌身離さず持ち歩くなんて義理立てはしない。でも、銀狼隊の少年に助けられて、憧れ勇んで手を握り込んだ時、この組紐は使命感と共に掌へ収まっていた。
未練は、まだあるってことかな。
入学した時は、確かに認めさせるって気持ちもちょっとくらいはあったかもしれないが、幸か不幸か、すぐ傍に白竹万珠がいた。過去に置いてきた血脈は現在も隣に在る。自尊心に構っている暇があったら、正しいと思っていることを見せつけてやればいい。
……すっかりペンが止まっている。
しばらくは集中出来そうもない。
そういえばあの銀狼隊。片角の少年。何度記憶を掘り返そうとも、名乗りをくれた覚えはない。
あれだけの実力者だ。当時の三年生か、広く見積もっても二年生だろう。もしも後者なら知っている人がまだ学校に残っているかもしれない。
『もしもし? 珍しいじゃない、アンタから電話』
「こんばんは、彩上先輩。ちょっと聞きたいことがあって」
思い立って電話してみれば、躍った声が返って来る。
『聞きたい事? てっきり本入隊のことだと思ったわ』
「な、なんか、一度は落とされたのに言って回るのも恥ずかしいかなって……。ただ、そうですね、先輩がいないと認められることはありませんでした」
『ああやめてやめて、そういうつもりで言ったんじゃないんだから。もう。おめでと、それで聞きたいことって何?』
「銀狼隊に居たはずの人なんですけど、名前を知らなくて、でもいつかは会いたいんです。……あ、ちょっと順に話しますね」
私がその隊員に助けられ、銀狼隊に入るきっかけとなったことを簡潔に伝える。真代や小森さんに語った程のものは不要だろう。
「黒髪の、確か赤目でした。炎を使う能力と、すごい怪力で、額に角が一本ありました。片方に寄ってたと思います。心当たりありますか?」
心配になる沈黙が続いて思わず画面を確認するものの、通話は繋がったままだった。
息遣いの後、喉に引っかかった声で、彩上先輩は声に乗せる。
『あるには、ある、けど。二年前って言ってたわよね? それ、本当?』
「はい……」
容姿に記憶違いがあったとしても、時期は流石に間違えない。中二の春の出来事だ。
心当たりどころじゃない反応に手応えを感じる反面、歯切れの悪さには嫌な連想もよぎってしまう。
『あー』
一周回ってからっとした語調になり、先輩は言い切った。
『じゃあそれ、先代隊長のことじゃない』
「……え?」