白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――月桜学園・一年
椛野  穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
辻   誠也(つじ・せいや)
……青鱗の少年《竜人》
房嶋  豊鷹(ふさじま・ゆたか)
……深緑目の少年〈治癒〉
真代坂 仁子(ましろざか・にこ)
……階調髪の少女《猫又》
金時  射弦(きんとき・いづる)
……白髪の少年《剣士》
白竹  万珠(しらたけ・よろず)
……白目の少年〈放蕩(ほうとう)燕酔(えんずい)
八河  昏(やつが・こん)
……浅黒い肌の少年《蛇人》
風吹  愁谷(ふぶき・しゅうや)
……黒眼球の少年《翼人》

――月桜学園・二年
鳴島  迅(なりしま・じん)
……黄髪の少年〈放電〉
彩上  八子(あやがみ・やこ)
……深紅髪の少女

――月桜学園・三年
百合華 朱利(ゆりばな・あかり)
……刃物嗜好の少女《悪魔》

――銀狼隊幹部・医療部管轄
依折  蛍(いおり・けい)
……瑠璃髪の少女


第四十三話 浮き足、馬の足

 授業が終わり、私達のクラスは特殊教室棟を後にする。昨日のこともあり、浮足立つような感覚があるのを自覚していた。

 隣を歩く真代もなんとなく承知しているようで、あんまり触れてこない。本隊員になったことを伝えても、そう大喜びする風でもなかった。

 ま、いいんだけど。

 強がりって気もあんまりしない。房嶋君とかにされたらちょっと肩を落としたかもしれないけど、真代が素っ気なく祝うのは、それはそれでなんだからしい(・・・)気がした。

 どっちかっていうと友達に喜びを共有出来ること自体が嬉しいし。

「八子ちゃんだ」

「え?」

 てっきり連絡でも来たのかと真代の手元を見るが、彼女が握っているのはペンケース。従って視線を追うのが妥当なところだけれど、一見して前方に彩上先輩の姿は見えない。

 私に構わず、真代はご機嫌に「やっほ~」と手を振った。

 私達のクラスの歩みを逆らうようにして、片手をあげた黒髪の少女が一人。

「なんか変な偶然ねぇ。お疲れ、仁子、穂咲」

「えっ、せ、先輩……?」

「なによ」「言ったじゃん」

 彩上先輩と言ったら勝気な紅色の髪なのに、跡形もなく、黒が毛髪をなぞっている。

 私の動揺は先輩にも伝わり、毛先を指で遊ばせた。

「あたし、これが地毛よ?」

 地毛。

 あの気丈な雰囲気にかっちりと噛み合っていた紅色の髪は染めたもので、ストンと馴染んだ黒髪が本来のもの。

「……そ、えぇ……?」

「なぁに、そう染め髪なんて珍しくもないでしょ」

「だって先輩、ついこないだまで真っ赤だったので……」

 二人は声を重ねて合点の行った声を出す。除け者感がすごい。

「八子ちゃんの能力知らなかったんだ」

「言ってなかったわね、そういえば。あたしの能力は〈着色〉なの」

「あっ私のペンケースなのに」

 彩上先輩がひょいと掴んだ真代のペンケースは、あっという間にショッキングピンクに変わる。

 瞬時に、というよりは、指先からピンクが染みていく様子だった。

「赤髪も気に入ってたんだけど、ちょっと飽きてきちゃったから。はい」

「戻してよぉ」

「仕方ないわね」

 先輩が真代の掌にあるペンケースを再び触ると、ピンク色が彩上先輩の指先に吸い込まれてった。これまたあっという間に、真代のペンケースは元通りの色になる。

「穂咲も髪染めたい日があったら検討してあげる。じゃ、あたしはそろそろ行くけど……」

「引き留めてすいません、考えておきますね」

「じゃーねぇ」

「その前に一つ。穂咲、本当に良かったの?」

 

『じゃあそれ、先代隊長のことじゃない』

 

 昨晩の電話で判明した、私の恩人。憧れの星。

 私は身体の向きを整えて、まっすぐ微笑んだ。

「いいんです。先代の事なら……彼岸崎先輩と約束しましたから。認めさせて、話してもらうって」

「そ。じゃ、あたしからはなんも言わないわ。じゃあね」

 あっさりと手を振って、彩上先輩は小走りに廊下を駆けてった。見送った私達も、ちょっと歩くペースを上げる。

 教室の席に戻ると、真代は後ろから身を乗り出すようにして聞いてきた。

「さっきのなぁに?」

「こないだ話したのは覚えてる? 私が銀狼隊を目指した理由」

 聞かれるとは思っていたから、淀みなく受け答え出来た。

 真代が頷いて、私は昨日彩上先輩と話したものを簡潔に話していく。

「……――ってさ。私を助けた人は、ここにいない先代隊長かもしれない。でも、さっき言った通り約束してるし。……同じ約束をした仙慈君に抜け駆けを働くつもりもないから」

「ふぅん……。穂咲ちゃん、知りたかったんだね」

「うん。一瞬だったけど、私の憧れだもん。今の私を見てほしい」

「私はずっと見てるよ~~~」

「わえぇぇあぁえぇあぁぇ」

 忍び寄る冷たくて細い指に、私のほっぺたがムチャクチャにされている。

 されるがままであること少し。

「それ以上乗り出してしまうと肌着が仄めきますよ」

「やん」

 金時君の声で、真代が席に戻る。

 今度は私が振り返って、真代の机に肘を置いた。

「そういえば、金時君はなんで銀狼隊に入ったの? 私は、進学先に迷ってたところで銀狼隊の人に助けてもらったからだけど」

「戦うためでしょー?」

「はい」

 一切が淀みなく彼は答えた。

 微笑む糸目の少年。

「真代、知ってたんだ?」

「多分そうかなぁってだけ」

「真代坂さんの推測は正しい。私は、闘争を求めてこの学園にやってきた」

 この学園に。

 私が人を助ける為ここにやって来たように、金時君は闘争そのものを求めてここにやって来た。ただ戦いを理由にして。

「……なら、一緒に戦えて良かった」

「? 身に余る言葉ですが。評価は拒みません」

 戦えれば良いのに、人を守る道を選んでくれたことが嬉しい。金時君にとって救命がただの結果だとしても。

 私だって、人を助けたい自分の為に、銀狼隊で活動している。自分の為に動いている人間が、他人の入隊理由に難癖つけるなんてもってのほかだ。

「やっぱ今日は明るいなー」

「ん? 確かに、今日はずっと晴れてるね」

 房嶋君が椅子を引いて私の隣に座った。

「いやぁ椛野だよ。やっぱ合格が理由?」

「……そ、そんなに分かりやすかった?」

 金時君、真代にも目線を合わせて、あわよくば否を引き出そうと目論むも、真代は全く躊躇せず頷いた。

 金時君は首を傾げた。

「なんか、やっとスッキリしたーって感じしてる」

「今まではちょっと、根詰めてたからな」

「そんなかな……」

「良い事だって。ただ、うちのクラスとしてはこれからだからな。体育祭も頼むぜ?」

「それは勿論。任せて」

 構内にチャイムが鳴り響く。私と房嶋君は身体の向きを戻し、授業に臨む。

 見て分かる程、表に出ていた。そして友達にちゃんと見られていた。

 

『手前の仰せつかった任は、本家の長女である其方様の監視。しかしゆめ忘れぬよう。手前の白刃はいつでも赤を被る様子でいる。』

 

 気を引き締めよう。

 良い事とは言ってくれた。間違いはない、暗いより明るい方が良い。だけど、明るいことと気が緩んでいることは違う。

 白竹(しらたけ)万珠(よろず)。必ず貴方の眼を通して、お父様達に認めさせてやる。

 

「――なんで貴方がいるのよ」

「知り合いなの? 椛野さん」

 放課後。学園側のバス停前。土日を控えた、本隊員初めての任務の待ち合わせ。

 いや、本当は分かっていた。端末に共有された概要から、居ることは分かっていた。しかしいざバス停前に待ち構えられていると、やはり言わざるを得ない。

「いやぁ手前とお嬢は遠縁でして。ねえ?」

「そうね。ええ。縁があるわね……」

「お嬢……?」

「……ちょっと、鳴島先輩の前で変な言い回ししないでくれる!?」

 一瞬流しそうになったけれども。

 釘を刺そうがどこ吹く風。昨日見せた『目蓋の白竹』とやらの貫録はなく、ただ飄々とした薄い茶髪と白い虹彩の少年でしかなかった。

 彼が鳴島先輩と自己紹介をしあっている間、私は遠く校舎の方を見る。ここからではグラウンドが見られないが、声は響いてくる。時折上がる歓声のような声に、昼間のやり取りを思い出して少し申し訳なくなる。房嶋君は分かってくれるとは思うけど、あまり放課後の練習に出ない私を、他の子が見たらどう思うだろう。

 ……だから、手は抜かないんだってば。練習に出ようが出まいが、体育祭と銀狼隊で私のベストを尽くす。考えても仕方がない。

「お、二人一緒だ」

 鳴島先輩の声が聞こえて、上の空だった視線を戻す。

 中々珍しい二人組がこっちに歩いて来ている。背の低い二人の少女。一人はなじみ深い階調髪(グラデーション)をしていて、遠巻きからでも毛先へ深まる紫色の濃淡が見て取れた。しかし、肩に掛けている鞄は初めて見る。当人、真代の私物ではないようだが。

 もう一人は、ただ一度話しただけの瑠璃色の髪の少女。

「おーい!」

 鳴島先輩が声を掛けても、瑠璃色髪の少女はまるで意に介さない。聞こえていないわけではないだろう。

「大丈夫ですかね……」

「んー……ま、任務は大丈夫だよ。依折(いおり)がついてるんだから」

 依折(けい)。医療部管轄の幹部。現在唯一の二年生幹部。

 彩上先輩と違う気の強さ。彩上先輩が気丈なら、依折先輩は厳しい。慈しみという言葉があるのか一度聞いてみたいくらい。

 その依折さんが居て大丈夫なのかを聞いたのだけれど、躱されてしまった。

 いや、鳴島先輩の顔を見て分かった。分かり切ったことを聞くなという意味だ。

「ボクらをぼうっと見て突っ立ってるくらいだ。内部構造の把握と相互理解は既に済んでるんだな? お前達の連携を間近で見るのが楽しみだよ」

「……依折、相互理解って言うなら、もうちょっと後輩に歩み寄ってみない?」

「ボクに何か知らせておきたい事があるのか? 椛野。白竹。真代坂。ボクが知らない事があるなら教えてくれ」

「無駄じゃなぁい? 鳴島ちゃん」

 圧迫どころじゃないコミュニケーションに助け船を出してくれたのは、ベンチに座って黙々と武器を手入れしていた悪魔の少女。この場で唯一の三年生であり、一度だけ共闘したことがある百合華(ゆりばな)朱利(あかり)先輩だった。まるで興味なしと、今まで会話に入ってこなかった彼女だが、流石に見兼ねてくれたらしい。

「んんー……まぁ、無理に変われって言うつもりはないんだけど……」

「必要な時に必要なことを話す。お前らも必要なことを怠るな。ボクから言う事は以上だ」

「へい、存じておりますとも」

「頼りにしてるよ。依折」

「ええ、私ただの荷物持ちになってるよー……」

「安心して? 私の子は貴方に持たせないからぁ」

 これは……今までで一番デコボコかもしれない。

 私達はバスに乗って山を下りていく。依折先輩の言うことも一理あった。ただ緊張しているくらいなら、今回の作戦地点の見取り図を少しでも正確に把握しておくべきだ。

 今回向かうのは有名食品ブランドのオフィス。現在は移転が済んでおり、本来なら別の事業に使われているはずの五階から地下一階、計六層の建物である。事前に纏められている資料によれば、再利用は不慮の事故(・・・・・)で大きく後ろ倒しにされており、土地は手付かず状態。警備員が幾度と失踪したことにより、警察が周辺捜査を行なっているとのこと。

 住河木(すみがき)先輩の事象特定能力〈イコール〉が導き出したのは本日午後十時頃。宵耽る頃、オフィスが違法売買等に使われる予定だ。

 先輩達曰く『大きな案件』に取り掛かっているはずなのに、住河木先輩は未解決の事件をこうして幾つも特定しているらしい。失敗すれば、彼が報われない。

 窓の向こうの日没は底抜けに明るく、胸焼けしそうな橙色が私達を照らしていた。

 眼窩が光を蓄えてツンと来る。ふいと視線を逸らしたついでに隣を見てみれば、真っ白な肌に橙が貼り付いていた。〈着色〉じゃないけれど、ピタりと染め上げられているように思える。長い睫毛も、色白な肌も、白い虹彩も、呆気なく染まっている。

 数秒だけだった。数秒だけ少年を染め上げていた。今は木々の影が白竹万珠の肌を走っている。

「仕返しですかい? 眼差しで殺すなんておっかないようには見えんですがね」

「似てるって、思っただけよ」

 そりゃ、数秒まじまじと見ていたら気付くか。気まずくなるのも癪なので、思っていたことをなんでもなさそうに声に出してみる。

 表情を変えず続きを促すので、重要でもなさげに、素っ気なく。

「私の兄に。目元も、白い肌も似てる」

「ふぅむ。確かに、似てると言われたところで」

「でしょう。くだらない事よ」

 今回のメンバーはどういう意図なのだろう。

 

『どうして彼が同行者なんですか』

『私はただ、本隊員に要請しただけだよ』

 

 朽羽先輩はああ言っていたけれど。

「貴方が打診でもしたの?」

「前置きをせずとも分かるだろうと思われているのは、幹部殿の言いつけ通り相互理解が進んでいるってことなんでしょうかねぃ。おっと、付け足さなくても結構。そして、否と答えておきやしょう。大方手前と任務を同じくすることについてでしょうが、手前にはそもそも必要ない小細工、杞憂ですぜ」

「貴方も大概、会話する気ないわよね」

「おや、其方に言われるとは」

 今度は私が続きを促した。ただ無言で、というつもりだったけど、少し咎めるような気にはなっていたかも。

「手前は一度もお名前を呼ばれていませんぜ? 貴方、貴方、とね」

 ……バレてたか。

「呼び方に困るんでしょうけれど、気安く万珠で、構わんですぜ?」

「そ。……貴方もくだらない呼び名使わないで、椛野でいいわよ。万珠」

「ありゃ、つれないお方ですねえ」

「言ったでしょ。私は『椛野』としてこの場にいるわけじゃないの。苗字なんて、意識することでもないわ」

「……へい。そりゃあ確かに」

 丁度良くバスが停まった。

 隊員の荷物は人それぞれ。私はリュックに現場で装備するナイフホルスターを初め、携帯を推奨された小道具が入っている。万珠も鞄の中身は知らないけれど、軽々しく持ち上げている様子。

 鳴島先輩は例のガントレットが入っている。席を立った時、鞄と座席がぶつかって鈍い音がしていたから間違いない。

 百合華先輩は大鎌。柄が折り畳みになっており、専用の鞘……というか刃先を保護するカバーもあるので鞄に入れても問題ないそうな。

 真代は鞄と、依折先輩の医療道具も持っている。同じ教室を出た私達だけど、真代がどのような話の末に依折先輩の隣に駐在し(ああなっ)たのかは推測も出来ない。

 私達は都営バスで白月駅まで、そして電車で目的地の最寄り駅まで向かう。車で現場に向かうことが多かったけれど、決められた時刻までに向かえばいい場合はこうして公共交通機関を使うこともよくあるそうだ。多喜根さん一件と同じ例と考えていいだろう。

 しかし、今までの任務同行と明確に違うことが一つ。

 戦うと初めから決まっている任務。倒す倒される――殺す殺されるの次元と分かって、私は臨むのだ。

 

 

――どうしてこうなった。

「……ハッ、気がある人間がいなくて気が立ってるのは共感するけど、八つ当たりはやめてくれよ。カッコいいところは女の前でやらなくちゃ。だろ?」

「そもそも誤解があるが、椛野はそんなんじゃない」

「そーんな常套句使わなくても」

 オレの言葉に食い気味で、八河(やつが)は笑う。普段は相方に零している皮肉を、今は竜人でありながら人間と仲良くしているオレに味わわせている。辻誠也が八河の目の上のたんこぶでいる時間も、今日で終わりなのかもしれない。

「おれが椛野じゃない奴のことを言ったら、さっきみたいな台詞言えましたぁ? 言わないだろ、まさか。霜平(しもひら)にも、グレアにも」

 この場にいないうちのクラスの銀狼隊員を挙げて、もっともな言い分を並べる。ああ、その通りだ、多分言わない。

 

『そう悪く言うな。人助けを批難するのは目に余る』

 

 小森になら言ったかもしれない。金時は、多分言わないだろうな。銀狼隊のシンパってわけでもない。だから陰口程度、いつも通り見逃してやればよかったのに。

「怖い顔すんなよ。おれより怖くないんだからさーぁ」

 浅黒い肌、蛇の下半身。黄色い虹彩は縦に黒く割られている。卑しい。同じ言葉遣いでも、ただの人間にはきっと抱かない感情だ。

 怖いなんて感情は遠くにある。その気になればきっとオレは色んな戦士より強い、今更蛇人なんて恐れる理由には足らない。ただ、下卑た様子に目が離せない。どんな感情で見ているかも自覚出来ない、俯瞰したところにいる。

 放課後の夕日に熱を感じない。

「おーいどうした!」

 遠くから房嶋の声がかっとんできた。練習をサボっているならまだしも、明確に対立していれば……。やめとけばいいものを、奴は首を突っ込まざるを得ないのだろう。

 八河は鼻で笑って背を向ける。

「ナイトが守られてるんじゃガールフレンドもがっかりだよ」

 房嶋自身もかっとんできた。オレの横で減速するが、逡巡の後に八河の方へ走っていく。

 しかし、遠巻きに見ていれば、八河はすぐに躱したようだ。相方の翼人、風吹(ふぶき)はオレと八河の口論に加担せず、この件では部外者であり続けた。

「はぁっ……何があった?」

「八河はなんて言ってた」

 戻ってきた房嶋が、疲れた様子を隠さずに息を吐く。

「んー、ま、半信半疑というか、俺は辻が悪いとは思ってないけど……」

「オレに絡まれたから相手していた。ってところだろ」

「おぉ……。うん、大体そんな感じだった」

 苦笑する房嶋に、間違っていないと背中を押して、オレはグラウンドから出ようとする。

 ここで房嶋が引き留めるのは分かっていた。分かっていたけど、少し驚いた。

「じゃ、なんで絡んだんだって。聞かせてくれよ。そこが知らない間にバラバラんなるの、ちょっと怖いしさ」

「怖い? 別に房嶋が責任を持つ話でもないだろ」

「責任は、そう。俺じゃなくて当事者二人の話だと思うぜ。けど、クラスメイトが喧嘩してるなら、ほっときたくねえよ」

 言わない方が不義理だな。

 仲介したのに、全くの成果もなく手打ちにされるのは、確かに面白くない。

 オレは足を止めて、八河の独り言と、オレの失言から生じた諍いを話した。なるべくフェアに、オレがオレ自身を弁護しないよう努めて話した。

「椛野の陰口って……。そんで辻は、喧嘩がヘタすぎ」

 どつん、と胸を拳で叩かれる。

「……け、……」

「俺なら怒ってる。友達の努力を貶されたら怒る。お前も良いんだよ、怒って。喧嘩になったらどっちも悪いけどさ、でも、やるならしっかりやった方がいい。どうせ嫌いになり合うなら」

 オレは少し、房嶋豊鷹を誤解していた。

 浅ましい価値観に居たと気付いた途端、夕景が撫でるこの土地に立っているのが恥ずかしくなってくる。早く帰って、電気もつけず寮室で一人になりたい。

 でも、この時間は大切にしたいっていう欲望の方が強い。

「お前がオレの立場なら、もっと摩擦を起こさず椛野を弁護したと思っていた」

「へっ、もしかしたらそうかもな。後からならどうとでも言えるし、俺はズルいことをしてる。だから本当にどうするかは分からないけど、俺は友達の為に怒れる方が良いって思ってるから、辻に言った。多分辻には辻の信条ってもんがあるよな? 強制はしない、カッコつけただけだよ」

「カッコいいだろ。充分」

「…………なーんか、ホントにズルいかもな、今の俺」

 さて、と流して。

「実際お前の信条に従って、喧嘩するかは分からない。というか、オレが怒ったら生徒じゃ止められない」

「……そうか。ごめん、軽く言いすぎた」

「気にしないでいい。怒り方が分からなくなる前に言ってもらって、良かったよ。……怒らなかった理由はもう一つある」

「うん?」

 少し甘く相槌を打つ房嶋。

 ……さっきまで人を誤解していたオレが、こんなことを言うのはあまりに面の皮が厚い。八河に見習って脱皮の一つでも考えた方がいいだろう。

 ただオレの目からみた八河と、ここ最近で続いたオレの失態を見比べると、重なっていると解釈出来る部分があった。

 屋上で交わした白竹との会話。アレはどの視点から見ても、最善と程遠い。

「オレも、八河も、人を否定する為の言葉を積極的に選ぼうとする。性根は多分、近いところにあるんだ。同族嫌悪という程意識もしないことだが、ふとした時に過ぎることはある。オレが、アイツを否定してはいけないって」

「否定する為の言葉……かぁ」

 腑に落ちないらしい。

「房嶋は色んな奴に好意的だからな。縁遠い言葉か?」

「いや、それだよ。それ」

 どれだ、と茶化したいところを飲み込む。真剣な表情に水を差すような気分じゃない。

 房嶋は薄く長く息を吸った。言葉を選んでいるのがこうも分かりやすい瞬間はあまりない、軽率な発言かどうかを吟味しているのなら、気にしなくてもいいのだが。

「俺が釈然としない理由を、俺が良い奴だからって言う辻のこと、そこまで悪く言わなくても良いと思うんだよな」

「……」

「出会ってまだちょっとしか経ってないし、自己分析の方が正確だとは思う。でも俺だって、辻が自分の事あんまり好きじゃないの、薄々気付いてはいんだ」

 え、オレはオレの事が嫌いだったのか。なんてとても言えない。全くその通りだ。薄々なんて謙遜せずとも、房嶋の認識は正しい。

 だからこそ、ここで転換出来るとは思っていなかった。

 オレはオレのことが嫌いだ。房嶋はそんなオレのことを、無理矢理ナルシシズムに目覚めさせるつもりはないだろう。房嶋が人物の本質を無理矢理曲げようとするイメージは、椛野が万引きをする光景くらい湧いてこない。

 自分嫌いのオレを変えようとは、しない。

「辻、自分のことが好きじゃないからって、自分のことが悪い奴だって思いすぎだと思うんだよ。なんつーか、丁度自分に都合が悪くなるように考えてる。この間もそうだろ?」

「この間……?」

「稲袋で、辻が守ってくれただろ。なのに、ずっと自分を追い詰めてるような顔してた」

 〈血輪〉(能力)を使った時の話だ。

 それは違う。と考える時点で、房嶋の言う『自分に都合が悪くなるように考える』なのだろう。

 オレは呆気なく言葉を失った。

「俺は八河とも仲良くしたいけど、出来ないかもしれないって思ってるし、それならそれで、お互いに良いことかもって思ってる。辻は? もっと派手に嫌うか、近付いてみるか、好きに選んでも良いと思う。俺は応援する」

「…………」

 八河と風吹の二人と、相互で無関心を働くのは、無関心で居る結果が最善だと判断したからか。

 違う。

 明確な理想はぼやけて見えないが、違うことだけは、分かる。

 もしかしたら房嶋の熱に浮かされているのかもしれない、明日の朝には無関心が至上と思っているかもしれない。

 だからどうした――房嶋が伝えたいのは、だからどうしたと、思考に従属しなくてもいいということなんだろう。

「恩に着る。少し、一人で考えてみようと思う」

「お節介かもしれないけど、俺は俺がやりたいって思ったんだ。後悔はしてないぜっ」

 晴れやかに言い切る房嶋は、理想と据え置くには充分すぎる熱を帯びていた。

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