白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――銀狼隊戦闘部・一年
椛野  穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
白竹  万珠(しらたけ・よろず)
……白目の少年〈放蕩(ほうとう)燕酔(えんずい)

――銀狼隊戦闘部・二年
鳴島  迅(なりしま・じん)
……黄髪の少年〈放電〉

――銀狼隊戦闘部・三年
百合華 朱利(ゆりばな・あかり)
……刃物嗜好の少女《悪魔》

――銀狼隊支援部・一年
真代坂 仁子(ましろざか・にこ)
……階調髪の少女《猫又》

――銀狼隊幹部・医療部管轄
依折  蛍(いおり・けい)
……瑠璃髪の少女


第四十四話 月横たわる前哨戦

 21:48

「大丈夫かな……三人で……」

「お前が居てもボクが居ても、なんの足しにもならない。不必要な懸念は捨てて集中しろ」

「私は?」

「頭数に入る訳がないだろ。論外だ」

 使われていない倉庫の端に身を寄せていた。使われていない敷地に電気は通っておらず、埃臭い倉庫は暗闇が広がっている。運送用トラックが通る道路を挟んで、対岸にも暗闇を孕んだ倉庫らしき建物があった。

 辛辣な依折先輩と可哀想だが当然の真代も同じくして、私達は同じ敷地にあるオフィスを眺める。戦闘只中な五階建てのオフィスからは、幾度も破壊音が聞こえてきた。時折窓から差す黄光は、眩しくも、何処か安心出来る要素だった。

 

『百合華班には鳴島と白竹、依折班には椛野と真代。百合華班を主力、依折班をバックアップとして運用する』

 

 辛辣だけど、だからこそ、役立たずなおまけをお情けで傍に置くなんてことはしない人だと思う。

 戦いがどうなってもいいように、臨戦態勢を維持するのが私の役目だ。

 

 

 遡り、約十分前。

 21:40

「はいー、こちら百合華班配置完了。五階に鳴島先輩、地下一階に百合華先輩、手前……白竹は三階で待機。ビル上空から手前の能力〈放蕩(ほうとう)燕酔(えんずい)〉で俯瞰視界も設置完了ですぜ」

『よし。ボクらは離れの倉庫で待機している、合流までは三十秒必要だ』

 続いて、協力している捜査一課の人間が通信を確認する。彼らは東に位置する立体駐車場、南西に位置するビジネスホテルでそれぞれ、黒豹隊がやってくることに備えていた。

 敷地内には最も横に広いスペースとして駐車場が、次に広く在る倉庫が、そして縦に長いオフィスがある形となる。倉庫とオフィスの直線距離はさほど無く、高い脚力の椛野穂咲、支援部本入隊テストの体力測定でトップクラスの成績を出した真代坂仁子の基準で言えば、即座に駆け付けることが可能だ。依折蛍も勿論、幹部として最低限の機動力を確保している。

 裏を返せば、最低限の運動能力と、新米戦闘部のバックアップとも言える。戦力増強としての運用は賢い選択でもない。

 配置された三人の戦闘部で事を収めるのが、最善。

 現場にいる銀狼隊五人へ、百合華の内線が届いた。

『会っちゃった。戦闘に移るわ~?』

「はっ、見逃したとなれば、名誉もあったもんじゃねえ」

 白竹は、口角を上げながら空に浮かぶ右目の感覚に集中する。左目を閉じ、視界情報は薄暗い夜に包まれたビルを見下ろしたものに限定された。しかし、やはり人影は見当たらない。

『何故先手を打てなかった?』

「手前の視界には、残念ながら何も」

『裏道があったのかも~』

『分かった。状況の変化は都度連絡しろ』

 裏道。裏口という言葉は、不確定ながら、見落としてはないと胸を撫で下ろすに充分な情報だった。

 尤も責められることは何も怖くない。ただ正体不明の移動手段があることが、現場の人間として恐ろしく思う

「手前がカバーにいきやしょうか。屋上口は変わらず鳴島先輩に見ていただく方針で」

『百合華の判断に任せる』

 

 

 肘から先が強靱な太い刃となっている、小柄な男。組織内では『運び屋』と呼ばれる役職の一人が、百合華に一切の容赦なく刃を押し付けていく。

 無駄のない双刃を、漆黒の大鎌が流れるようにはじき返していく。攻めているのは間違いなく運び屋だったが、あまりにたわいない対応に、どちらが優位なのかを曖昧にさせていく。

「折角の踊りよ? ジャマはナシで行きましょうっ」

「チッ……」

 月明かりすらも届かない闇の中でも、二人はお互いを明確に認識していた。

 種族特性の暗視に留まらず――百合華朱利は自身の悪魔性を遺憾なく解放していく。

 キレのある刺突を逐一薙ぎ払い、リーチを活かして立ち回る悪魔の少女。それも一際強く相手を突き飛ばし、同時にバックステップで距離を取った。

「いくわよッ」

「~~~ッ、来い!」

 運び屋の男が叫んだと同時に、地下に明かりが奔る。

 電流と似て非なる光景。実体のない光源が床や壁を這って部屋を灯した。

 百合華の目が閉じかかった瞬間を、運び屋の男は見逃さない。

 男は飛び込む形で腕の刃を突き出した。百合華の心臓へ、寸分の狂いなく。

「ガハッ……」

 吐き出されたのは肺の酸素。

 刃が百合華に差し迫った直後、男は殴り飛ばされるようにして壁に背中を打ち付けた。

 視界が塞がろうとも、百合華は直感のみで防御が可能な使い手だ。しかし彼女の構え方は防衛であって、迎撃ではない。

「あらぁ、来ちゃってたの」

『猫の()だけでも添えましょうかねぃ』

「んもう。……手だけじゃ不満だわ。依折ちゃーん? 二、三……五人になっちゃった。白竹ちゃんは貰うわよ~」

 運び屋の男、光源能力者に更に三名加わった。状況は一対五のようにも見える。

「どういうことだ……あの女、動いていなかったぞ」

「混血なんだろっ。たく、ただでさえ悪魔は殺し切るのに手間が掛かんのによ……」

 銃を構えた増援は、百合華の能力を警戒してか、銃口を向けたまま待機している。

 傍から見れば、運び屋の突きを身じろぎせずに突き飛ばしたようにしか思えない相手だ。反射能力などを疑って当然である。

「白竹ちゃん」

 百合華が呟いた瞬間、一人の銃士の手が撃ち抜かれた。

 鮮血と共に拳銃が零れる。

「ぐぁああぁぁッ! テメッ、何を……!」

「な、違う! オレじゃない!……っお前かぁぁ!」

 激昂する男は、横に居た仲間の手を()()()()()ことを直感していた。無意識に手が動き、味方へ引き金を引いた。あの女の悪魔の能力は反射ではなく、もっと直接的な身体の操作なのだ。

 否。

 男から放たれた銃弾を大鎌で弾き、百合華は駆け出す――運び屋の男へ。

 銃口は百合華を追う。だが、二度と男は発砲しなかった。

 

 〈放蕩(ほうとう)燕酔(えんずい)

 己の感覚を揺蕩わせる能力は、長年の研鑽により――不可視なる第二の身体として、白竹の命令を実行する。

 

『三階にいる手前は、頭頂、口、右耳、胴体、陰嚢以外の感覚は無いんで、奇襲にめっぽう弱いことは宜しく頼みますぜ』

「釘付けにしてあげたいけど……どうかしらぁ」

 百合華の往く手を白光の剣が阻んだ。手に持つ大鎌をものともせずに軽やかに躱す少女へ、その者は素早く斬り込んでいく。一振り一振りが白い軌跡を目に焼き付けてくる。

 光源能力者の男が持つのは両刃の剣。白く輝く刃は刀身を曖昧にして百合華に襲い掛かった。

 一度大きく刃を弾き、二人は距離を取る。

 決して広くない地下での乱闘。しかし白竹の操る第二の身体は、銃を失った二人を巧みに捌いていた。

 一対二が二つ――五人目は、どちらの戦況にも関わらず、この場の離脱を選んだ。

 追える余裕のあった百合華は、しかし見逃す選択肢を取った。

 嘆息。

「鳴島ちゃん? 一人抜けちゃったわ~」

『了解っす、いつでも下いけるっす』

「……どうして?」

 少女の疑問は通信に乗っていない。まっすぐ目を見て、光源能力者――もとい光剣の使い手に向けられている。

 困惑を隠しながら、剣士は答えた。

「僕らにはやらないといけないことが……」

()()()()()()()()()わ」

「……!?」

 二度目の嘆息。百合華の瞳には、嘆きに飽き足らず失望さえも浮かんでいた。

「どうして刃を光で隠しているの? それじゃあ見えないじゃないっ!」

「…………?? そのつもりだからだ」

「どうしてっ? そんなの――勿体ないわっ!」

 高らかな宣誓が地下に響く。

 体勢を立て直した運び屋も、白竹とその相手も、純然な想いが籠った声に動きを止めた。

「いいわ……見かけを取り繕っていても、刃は刃。そこの腕刃(まがい物)と違ってね。だからこの()でとびっきり――抱き締めてあげる」

 

 守る為に銀狼隊へ入った者もいれば、戦う為に銀狼隊へ入った者もいる。

 銀狼隊は一個人の趣向を制限することなく、ただ行動で判断する。

 故に――刃物嗜好者であれど、理念に沿う限りは銀狼の爪牙を持つに値する。

 

「貴方の剣で……私を抱いてみて?」

 

 

 21:50

「そろそろだ」

 依折先輩が一際毅然とした声で言った。

 拳を握り締め、足首を回す。

「違う」

「えっ」

「今百合華達が交戦している相手と、取引する人物がやってくる頃合いだ。目的を忘れたのか?」

「……いえ」

 住河木先輩曰く、取引は二十二時頃に行なわれる。先輩達が戦っている、地下からやってきた者とは別に、裏の世界の人間がやってくることは確定している。

 周囲から警察が見張っているが――現に監視を掻い潜って敵は現れたのだ。

 息を殺す。先輩達が任務を完遂する為にも、私だけ気楽でいるわけにはいかない。

 

「話が違うなぁ」

 

――この声は。

『つ、月が! 倉庫裏の駐車場に、さっき、月が……()()()()()()、報告が遅くなりました!』

 月明かりに照らされた倉庫の外。一枚壁を隔てた先に奴がいる。

 依折先輩が手で制した。

 今までの私なら飛び込んでいたかもしれない。でも、今は仲間がいる、仲間が、私を仲間だと思ってくれている。

 

『――花に泥を注ぐならば、手前が手ずから摘んで差し上げるのが一握の情と言える』

 

 万珠(よろず)も戦っている中、私が身勝手にやらかす訳にもいかないのよ。

「……」

 《月面の麗人》は駐車場から歩いてきた。〈月〉の瞬間移動では建物へ直接入ることは出来なかったのか? 月の大きさがネックでも、ここには屋上がある。

 視界の下から光が見えた。

 肝が冷える。……真代が、私達に見えるよう端末の画面を寄越してきたのだ。幸い、というか見計らったのか、倉庫の外へ光が漏れている様子はない。

 依折先輩の指示で、倉庫からこっそりと顔を出し、《月面の麗人》を監視する。入れ替わりで、今度は私が端末を見る。

 映し出されていたのは敷地内の地図だった。倉庫に隣接した駐車場に赤い点がある、これが通達のあった月の出没地点だろう。

 なるほど。ここなら駐車場を遮蔽が囲っており、道路も大通りに面していない。月を出しても目立たない場所ということか。

(真代坂は月の現れた場所を確かめて来い)

(はーい)

 依折先輩の指示で、真代が倉庫の奥へ消えていく。《月面の麗人》に鉢合わせないよう、大回りするルートだ。

 二人で監視に入る。金髪の月明かりが似合う美麗な女性。セミショートから覗く首の裏が、どうにも魅力的だった。

 敵を美しいと思ってしまうことも、今は割り切る。〈麗人(うるわしびと)〉の能力は頭に叩き込んでいる……仕方のないことなのだ。

 

『〈麗人〉……テメェの能力は身体を保つための物理攻撃無効と、耐性の無い奴への魅了。どの効果も俺の〈心剣〉とは相性最悪だろ』

 

 新宿区で彼岸崎先輩(と住河木先輩)の暴いた能力。どうしてか私には効きが薄いようだが、好都合だ。

 私があの麗人を抑える。そして、以前聞けなかったことを吐かせてやる。

 ……どうして動かない?

 彼女は、時折窓から光の漏れるオフィスビルを、見上げたまま動かない。

 増援に行くでもなく、退くわけでもなく。

 気を抜いてしまえば錯覚してしまいそうだった。木枯銀河の姿を盗み見ることへの背徳感、それによる喜びや幸運を。

「さぁ、出ておいで。――銀狼隊」

「ッ!?」

 バレている? カマかけかもしれない。

 私は顔を引っ込め、依折先輩の指示を仰ぐ。

 依折先輩は――。

「ん? 見覚えがあるような、ないような。キミは?」

 何も言わず、ゆっくりと倉庫から出て行ってしまった。《月面の麗人》に姿を現した依折先輩は、私に一切の視線を寄越さず、また、姿を現したからといって《月面の麗人》に何かアクションを見せる様子でもなかった。

「ボクは依折蛍。銀狼隊医療部管轄だ」

「へえ――依折、か。通りで見覚えがある」

 ……何を知っている? 駆け引きをする為に表へ出たのか? それとも内通者? いや、依折先輩は鳴島先輩、虎郷先輩からも信用があるようだった。私じゃ判断もつかない。

 隊員証を持っているんだ――見極めろ、一人前として。

「何故ここにいるんだい?」

「取引の現場を抑える為だ。貴方と、ボクの部下が戦っている相手の」

 貴方(・・)……。

――そういうことか。

 壁裏から今一度依折先輩と、その周りを観察する。

 トラック一台が通れる幅の道路があり、その真ん中に先輩は立っている。道路の向こう側にはまた別の倉庫らしき建物がある。私が待機している方とは違って、天井が崩れて月明かりが薄く通っていた。

 壁を挟んだ先に《月面の麗人》がいる。顔を出せば見つかるだろう、依折先輩との距離を、音で測るしかない。

「なるほどね…………」

 足音が微かに聞こえる。三メートル先で依折先輩が半歩後ろに引く。

 タン、とアスファルトを強く叩く音。

 眼前で金色が駆ける――。

「はあぁぁああぁっ!」

 奴が依折先輩へ触れる前に、飛び込んで蹴り飛ばすッ!

「キミはッ」

 確かな手応え。腕で防がれたが、対岸の倉庫まで押し込んだ。

 迷わず追撃に走る。

「《月面の麗人》――ここで貴女を止める!」

「椛野……行く先行く先、縁があるね。飽き飽きするよ!」

 目を細めて、微かな明かりに順応していく。

 勢いのまま薙ぎ払うように蹴り、軸足を変えて旋回からの前蹴り上げ。

 当たったが、硬い。〈麗人〉の効果だ。打撃そのもののダメージは期待出来ない。狙いどころを考えなければ。

「ええ、もう四回目――これで終わりにしましょう!」

 反撃の掌底を両手で捉える。確認は済ませている――木枯銀河には、一線を超える為の術、(しい)する技を使う。

 彼女の腕に触れた瞬間、手先で振り払われる。

 対応されたんじゃない。元から攻め気がないんだ。じゃないと私の技殺しにここまで素早く反応は出来ない。

「四回、ね……」

「……?」

 

 

 倉庫の中に消えていく二人を眺め、依折は我に帰る。

「ッ…………! ボクは馬鹿か、くそッ……」

 まさか二人称さえ変わるとは。屈辱が身体を呑み込まんとしている。

『こっちにはなんにもなかったよ』

 真代からの連絡が耳に届く。これ幸いと、目の前の戦闘に意識を向けたまま、依折は指示を出した。

「今の状況をお前に伝える。把握したら百合華班へ伝えろ」

『分かったけど……先輩は?』

「ボクは椛野をサポートする」

 〈麗人〉を直視した代償は理解した。

 依折蛍は暗闇を睨んだ――自分に二度の失敗はないと、誰より厳しく律するべく。

 

 

「それはどういう意味? まさか、感慨に耽る仲じゃないでしょ」

「そうか。キミ達は把握していないのか」

 意味ありげに笑う《月面の麗人》。私に耐性があろうと無かろうと、この場ではただ憎らしく映る。

 距離を取り続ける彼女の背中に〈種子〉を浮かび上がらせた。空中で静止した拳大の種が、ノールックの後退を牽制する。

「キミにしてやられたのは、白月街、木塚街だけじゃない」

 新宿区でのバッティングは何も出来ていない。むしろ奴らの計画を止められず、今現在東京各地でテロが起きている分、私達が遅れを取った遠因ですらある。

 試験に乱入した《七つ身》か? でもそれは私ではなく先輩達が……。

邑来(みやこ)伝介(でんすけ)外岡(どのおか)兵太郎(ひょうたろう)……彼らが捕まったのは損失だったよ」

「――どういう意味」

 分かっているのに、背中を這いずった嫌悪感に任せて言葉を投げた。

 一触即発の間合で互いの動きが止まる。

「そのままの意味さ……してやられたよ、椛野穂咲」

「貴女があの子達をッ! 笑顔も、未来も、希望も――奪ったのかッッ!!」

 ここで終わりにする。皆の笑顔を守る為に、未来にも希望にも、裏切られないように、ここで私がコイツを■す!

「欠いたね」

 私の方が速かった。駆け出して、先手を取る、圧倒する。

 そんな錯覚だけがあった。

 けれど奴は既に動いていて――深々と、鋭い肘鉄が私の胸を穿っていた。

「ぁ……っ、ッ!」

 嫌悪感が裏返る。もっと直接的な警告。

「……ん、ッ――」

 身体から熱いものがせり上がって、喉から舌そして口の外へ吐き出される。

 おかしい。これはおかしい痛み(・・・・・・)だ。

 意識で痛みを飼い馴らせない。

 床に溜まった液体は暗くてよく分からない。

「……カ、……ヒュ」

 舌に絡みついたこれは、見えなくても分かった。

 血だ。

 骨がやられて、内臓が――――。

 

「全く、他人は簡単に変わらないな」

 

 

 左手首が捕まれた。

 途端、身体の中の感覚が一切合切――消え失せた。

 

 

(ボクは〈麗人〉の魅了対象内だったということだ。なら、意識をしても抵抗(レジスト)出来ると希望するのは愚行。この場の最善は――椛野だけを見て、立場を全うする)

 

遡及腕(そきゅうわん)

 銀狼隊医療部管轄の能力は、医療という枠組みの遥か外れ。

 差別偏向蔓延る世の中において最も平等なものすら嘲笑う。

 医療の枠組みからも、時間という理からも外れた無法の法。

 依折蛍の両腕は――触れたものを巻き戻す。

 

「体内を巻き戻した。呼吸に異常はあるか」

 後ろから依折先輩の声が聞こえて、背中が強く叩かれる。

 衝撃で口内に溜まった血が出ていった。

「……ない、です」

「それが現銀狼隊の医療部か……いや、正直安心したよ」

 依折先輩は応えない。

 私の心臓に帯びた怒りは、早まった後悔と痛み、それから遡ったという実感が覆い隠している。

 依折先輩がいなければ私は殺されていた。

「だんまりかい? まぁいい。過去の銀狼隊には半径数百メートルを一挙に治療する能力者や、視るだけで傷を癒す者さえいたよ。キミの治療は、大仰だが、同時に慎ましいものだね。それに、いざ戦闘になれば、後輩の影に隠れるしかないとは。キミも羽織が重たい口かな」

 依折先輩は答えない。

「無理が祟ったんだよ、銀狼隊。勇敢さに毒されて意地を張り続けてしまった。それを認める時だ」

 依折先輩は――。

「椛野。これが挑発に応えない、ということだ。お前のやるべきことはなんだ?」

「…………!」

 先輩は隠れているんじゃない。私を護ってくれているんだ。

 銀狼隊は意地でここまで来たんじゃない。志のある先輩が、繋いできた希望なんだ。

 私がやるべきこと。

 さっきから通信越しに、先輩達の状況が聞こえてくる。

「隊員として、役目を果たします」

「ああ」

「…………予感はあった。キミと一目見た時から」

「今度は私?」

「おしゃべりは好きでね。そう邪険にせずとも、褒めてるんだよ。キミは脅威になると思っていた。私達のね。二度目の遭遇でキミを攫うも殺すも出来なかったのは悔やまれる」

 私達……分母は黒豹隊? それとも。

「脅威ねぇ。それって、あの吸血鬼の子への脅威? それとも《穢れた神話》……それとも《拒絶の悪魔》?」

「その通り。既に入れ込んでいるようだがね……キミは《反抗する火種(カウンターズチルドレン)》にとって、最も危うい存在だよ」

 持ち上げられている、って気持ちはしないな。

 でも、心にもないことを言って嘲られているような、そんな感覚もない。

「幹部よりも私の方が、貴方達に強いっていうの? 幾らなんでも、銀狼隊を侮りすぎでしょう?」

「強さの話はしていないよ。キミは今のままじゃ、うちの子の誰にも勝てないさ。でも……」

 金色の目がハッキリと見えた。薄く歪んで、笑っている。

 そう。歪んだ笑いだった。

「キミには期待しているよ。椛野穂咲――《紅き凶星》」

「白竹ッ!」

 依折先輩が叫ぶや否や、遠のく《月面の麗人》の動きが硬直する。

 遠のく……くそ、時間稼ぎのつもりが、目を奪われていた。距離を取っていることに気が付かなかった。

 でも、既に捕まえている。

「……、…………っ! 邪な子も、いたものだ……!」

 彼女は藻掻くようにして自分の首を手探った。

 

 

「――捕まえた。うちの姫サマを苦労させてくれた借り、ここで返しやしょうか」

 

 

『両腕と左耳がそっちにいますぜ。』

「よくやった」

 この場で私がやるべきことは、百合華班の増援まで《月面の麗人》を釘付けにすることだった。

 〈放蕩(ほうとう)燕酔(えんずい)〉……幽体離脱や透明人間どころじゃない。実体を持つ透明な身体のパーツを宙に泳がせて、多方に決定的な援護が出来る。本入隊試験をスキップしただけはある、万珠自身の総合能力。

 このまま絞めて意識を飛ばせば、すぐに身柄を拘束出来る。

「貴女には聞きたいことが沢山ある。菊池君達のことも、《反抗する火種(カウンターズチルドレン)》のことも。沢山!」

「そう、か……」

 ゆらりと、彼女の腕が脱力した。

――そしてポケットに手を伸ばした。

 

『これを切らないといけないとはね。文字通りの切り札を』

 

「万珠、離れてッ!」

 遅かった。

 木塚街で見たじゃないか。何故同じものを持っていないと錯覚していた。

 私が取り押さえたあの時、どうやって危機を脱出した!

 《月面の麗人》の指が黒い紙を取り出し――ひと思いに破く。

 爆発。

 彼女を中心として、風が吹き荒び、火焔の目くらましが踊る。

「再現なんて柄じゃないのに……。さて、増援の賭けも負けてしまったし、私は立ち去らせてもらおうか」

 切る事で爆発する紙。屋上で見たものとまんま同じだ。くそ、気付けたはずだった。

「ケホッ……椛野、火傷は」

「全く!」

 予感がする。

 ここで取り逃したら、もうチャンスはない。

 地走る炎を突っ切った。

「木枯銀河! アンタの能力は――オレの電気も防げるっすかね!」

 穴の開いた天井から雷光が現れる。鮮烈に瞬く人影は、ガントレットから伸びた混紡で多角軌道し《月面の麗人》へ迫る。

 挟み撃ち。

「まった、誤解さ!」

「ぁえっ!? マジっすか――」

「はっはは、キミにはよく効くね」

 鳴島先輩は金髪の女性を避けるように着地してしまう。

 けど、新たな刺客によって奴は減速した。私の脚力なら追いつく!

 ガキンッ、と、身体の流れがリセットされるような、不吉で不快な破壊音が聞こえた。

――私の眼前を、倉庫の柱が阻んでくる。

 さっきの爆発でもう限界だったんだ。

「さらばだ、銀狼隊の諸君。互いに牙を研いで――奪い合おう」

 月明かりの通った僅かなで歪なスポットライトの中、麗しくも忌々しい金髪の女性は姿を消した。

 

 

「ぅあ~~~……ほんと……オレってば…………」

「な、鳴島先輩……」

 一ヵ所崩壊してしまったことを皮切りに、倉庫は全壊してしまった。

 崩れる倉庫から逃げ延びて第一声。聞いてるこっちが落ち込みそうなくらい、鳴島先輩は気持ちを沈ませている。

「想定出来たことだ。お前の失敗じゃない。お前に〈麗人(うるわしびと)〉の魅了が効くことも確定した」

「くっっ……そ~~~……オレ、オレぇ…………」

 た、多分依折先輩的にはフォローなんだろうが、念を押すのは逆に傷を抉ってるような気もする。

 敵に魅力を感じてしまうって、やっぱり快くはないものだし……。

 鳴島先輩に気を取られたものの、目の前で取り逃した事実は重たい。

「ごめんなさい。折角のチャンスだったのに」

「お前ら……。取引は阻止した、捕まえた奴から事情は聞き出す。本来の任務は軽微な建物損壊を伴い遂行されたんだ。身に余る成果を求める程思い上がったか」

「いえ、でもっ」

「成果はある。直接接触し、追い詰めた分の成果はな」

 依折先輩は踵を返し、百合華先輩と万珠、そして敵が残っているオフィスビルに歩いていく。

 小さな後ろ姿。纏めた瑠璃色の髪が揺れる様に、私は食い下がった。

「成果って……〈麗人〉が効くことですか? でも、それだけじゃ到底……」

「違う。――裏を取る必要がある。判明次第朽羽に回して、必要があればお前らにも共有されるだろう。そう遠くないうちにな」

「…………」

「それと、椛野。先のフォローは期待以上だ。助かった」

 

 

「あらぁ、帰っちゃったのねぇ。刃が立たないようだから、興味はないけれど。なにせ歯が立たないんだもの」

「いやー手前もまだまだですねぃ」

 オフィスビルに残った白竹、百合華は一階のエントランスに集まっていた。

 傍には五人、意識を失った状態で縛られている。

「お怪我はないのぉ? 感覚があるんでしょう?」

「爆発に巻き込まれた時は、そりゃもう、凄まじく。ただ、手前と分離した感覚は如何なる傷害を受けても、あくまで分離されている。元の身体にはなんの影響もありませんぜ」

「へえ~」

 たわいのない相槌をして、百合華は破壊された自動ドアの方を見る。

 刃物嗜好者が斬っても問題ない人の身体を知った際の反応と思えば、些か不安の残る予後ではあるが。白竹は両肩を軽く回し、現れた警察と依折に会釈をした。

「うん? お二人は何処(いずこ)へ」

「真代坂と合流次第、車に戻るよう伝えてある」

 

 

「電話、繋がらない……」

「任務中だと携帯の電源切る人は多いしね」

 駐車場を歩きながら、真代の姿を探す。

 一応任務が終わったことは皆の通信に報告されたけど、真代だけレスポンスがない。

 私が《月面の麗人》と相対している間に状況説明や応援要請をしてくれていたらしいけれど。もしかしたら攫われた? それとも、別の仲間が実は潜んでいた。

 後者は多分、可能性が薄いけど。

 ぐるっと一周し、視線は壊れていない方の倉庫に向いた。初めに待機していた方だ。

 こっちは天井に穴も開いておらず、月明かりだけで見通すことは難しい。

「真代ーっ! 終わったよー!」

「はーあいーっ」

 声が反響する。確かに真代の声だ。そんな支度を急かされてるような反応しなくても。

「もう、聞こえてるなら返事してくれたらいいのに……」

「無事ならよかったよ」

「それはそうですけど」

 待機していた時は入口すぐの壁沿いだったから、あまり影響はなかった。改めて見れば、足を踏み入れるには少し勇気のいる暗闇だ。

 横に歩く鳴島先輩が距離を離しながら言う。

「今照らすよ。あんまり近付かないように」

 倉庫に足を踏み入れながら、鳴島先輩は電気を帯びた。私も横並びで、辺りを見渡す。

「あっ」

「ん?」

 真代の声が思ったより近い、すぐそこだ。

「「えっ」」

 壁沿い、声がした方をみて、先輩共々声を漏らす。

 黄電の光を受けて、闇に隠されていた真代の姿が見えた。

 見えてしまった。

「なっ……真代、なんで脱いでるの!?」

「着てるんだよう!」

「鳴島先輩っ!」

「~~~っ見てないから!!!」

 言うと、彼は一目散に走り去ってしまった。

 真代の足元には真代の荷物と、その上に真代自身の衣服が置いてある。

 先輩(光源)がいなくなっても、壁沿いだから少しは月明かりで見えてしまう。四捨五入すると一糸纏わぬ姿な真代坂仁子から、視線を外した。

「で……どうしたの……」

「変えてたの。姿。人のままだと、敵がいたらバレちゃうでしょ?」

「ん……?」

「通信もねー、聞いてたんだけど。返事出来なかったんだよ」

 話の根幹だけを話されていないような気持ちになる。

「あ~~……ちょっと見てて」

 振り向いたら全然着替え終わってなかった。不安になる子だ。

 一緒にお風呂に入るし、体育では着替えもするけど。外じゃ勝手が違う……。

「行くよぉ」

 何が? と思いつつ、曖昧に頷いた。

 真代の輪郭は瞬きに満たない刹那、紫色の光になって、消えた。

 代わりに数十倍小さく猫がいた。

 ……ぱさりと、着用していたものが猫の周囲に落ちる。

「…………真代?」

 二股に割れた尻尾、紫色の毛並み。紅い瞳の猫。

 状況証拠からして。

「――あっ、戻る前に!」

「へ?」

 猫は、再び光った後に普段の真代の姿になった。

「……出ていくって言おうとしたの! もうっ。早く着替えて!」

「なぁんで怒るの……」

 

 

 任務から帰り、依折は取り急ぎ資料室へ向かった。

 今年度の銀狼隊の活動を遡る。入寮式から事細かに、それでいて迅速に目を通し、一つの情報が浮き彫りになる。

 静まった部屋に息を呑む声が染みた。

「やっぱりか」

 目の当たりにした《月面の麗人》には不自然な動きがあった。

 見えざる手に喉を掴まれ取った手段は、自爆に乗じた離脱。

 自爆そのものは妥当だ。外的な傷害を無効化する〈麗人〉があればダメージは抑えられる。しかし、離脱するなら何故即座にしなかったのか。結果として鳴島迅が魅了対象だったが、もしも対象外であれば、結果は変わったかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、麗しくも忌々しい金髪の女性は姿を消した。

 

「――〈月〉は、室内じゃ使えない」

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