白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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第四十五話 木枯銀河

 人の家より広くて、人の家より靴のない玄関。散らばった白いスニーカーを整えながら、私はローファーを脱ぎ揃える。

「おかえりー」

 リビング隔てる引き戸は常に解放され、刺繍の入ったハーフカーテンが代わりに境界線を明白にしている。少年の、成熟し始めた声はよく通った。

「ただいま。天星(てんせい)

 

 

 これは《月面の麗人》に成る前の、微睡みの記録。

 

 

 ハーフカーテンを手で潜ると、カレーの匂いが胃を直接刺激した。時計の針がどちらも真下を刺す頃、この匂いは殺人的な威力を誇る。なんて、賞賛だろうとも、弟の作ってくれた料理に野蛮な表現を口に出すわけにいかない。

「遅くなってごめんね」

「いいよ。言ってたし。それよりさぁ、弁当ひじき入ってたんだけど」

 今朝作ってあげたやつか。

「バランスよく食べなさい?」

 むっすりと無視されてしまった。

 良い匂いが立ち込めるということは、もうすぐ食べられるのだろう。手を洗い、鞄を持って二階の自室に行く。

 紺色のセーラーから部屋着に着替え、ポニーテールを降ろして下で纏め直した。

 階段を下る前に、開け放たれた部屋が目に入った。もうずっと電気のついていない、両親の寝室。大きなベッドが一つあるのが見える。ここ数年で、特に変わりのない部屋。

 リビングでは既にご飯をよそっていた。

「カレー注いどくよ」

「ん」

 差し出されたのは天星のお皿。カレーが並々入っている鍋の大きさは確か二十二センチで、小学生と中学生で分けるには少し余る。明晩に食べて丁度良いくらいかな。

 私の分と天星の分を同じくらい盛って、食卓に並べた。

「「いただきます」」

 こうしてご飯を作ってくれるようになったのは去年のことだった。それまでは私が作っていて、それも別に苦ではなかったけど、当番制になったおかげで今は肩の軽い思いをしている。

 正方形のテーブルに向かい合って座る私達と、空いた二つの席。

 両親は外国で仕事をしている。親が必要な行事や年末年始等なら片方は帰ってくるし、私達の誕生日となれば二人共帰って来てくれる。そうでなくてもいきなり帰ってきたりするし、お金も毎月困らないくらいに振り込んでくれる。

 幸い私も天星も物覚えがいい。苦労はしても、不幸だと思う時は少なかった。

「テレビつけていい?」

「ん? うん」

 いつもは何も言わずつけるのに。

 折角テレビのタレントが可笑しく振る舞っても、当の本人はうつむきがちにご飯を頬張っている。

「クラブチーム、どうだった?」

「変わんねー。今日来た奴もおれより雑魚だった」

「ははっ、入って一週間なのにね。今日で三回目だろ?」

 天星は溜め息のように鼻から息を漏らした。いつも通りなら、これは照れてるだけだ。

 サッカークラブに入るならもっと早い方が良かっただろうが、実力面は問題なさそうだ。後は打ち解けられるかどうかだけど、同じく弟のいる友人に聞けば、私の弟はむしろかなり良い子らしい。私もそう思う、姉が相手だからぶっきらぼうなだけだろう。

 なら、上の空に見えるのは私の気のせいだろうか。

「あのさぁ」

「ん?」

 不満げな切り出し方だった。私はスプーンを降ろして、私によく似た金色の瞳を見つめる。

「姉貴今年受験じゃん。朝おれ作るから。遅くに起きてもいいけど」

「……」

 息を整える時間が必要だった。出来うる限りの手段で喜びを伝えたい気分を宥める時間が。

 茶化すなんていけない。真摯な成長に、真摯に応える。

「ありがとう。お言葉に甘えて、朝は任せていいかな」

「ん」

 天星は空になった皿を持って、おかわりを盛りに行った。

 テレビからの声が耳に入る。そうか、なんでもなく切り出すつもりだったのか。

 照れ隠しが愛おしい。弟がいるから、苦労はしても、幸福と思えるひとときが凌駕している。

「ふぅ……」

 同じ量を盛ったのに、私はお腹一杯だ。一方で戻ってきた天星の皿は半分以上埋まっている。

「大きくなったね」

「何??」

 

 

「木枯さんはこの後どうする?」

「私は家に帰るよ。弟が頑張ってくれていてね」

 友人達は気分を害した様子もなく受け入れてくれる。今日に限ったことでもないし、放課後の図書館勉強という話なら、居なくても付き合いに変わりはない。

「そっか。一人なんだっけ」

「そこの心配も無くはないけど……私が頑張ってるところを見せておきたいんだ」

「ブラコンじゃんっ」

 否定はしないさ。

 途中までは道も同じ。数人で学校を背に歩いていると、目の前の後ろ姿が目に留まった。

 うちの制服を着た生徒が、別の制服を着た少女と話している。

「なんだろ」

「さてね……」

 同じセーラー服でも、この辺で見るデザインではない。誰かの姉妹という雰囲気でもなく、メモにペンを走らせているようだ。

 私達が追い越す前に話は終わり、うちの生徒は帰路へ着いた。

「あ」

 隣で自転車を押している友人が声を漏らした。明確に目が合った後、メモを持った少女がこちらに近付いてくる。

「銀狼隊です。すみません、ちょっとお話いいですか?」

「ギンロウタイ?」

「認可を受けた警備組織です。ここ周辺でお聞きしたいものがありまして」

「木枯さん、いいよ。先帰ってて。弟さん待ってるんでしょ?」

 思わぬ援護に皆を見渡すと、誰もが快く送り出そうと頷いていた。

「ありがとう。……ごめんなさい、それでは」

 一人分の情報源程度、少女は強く引き留めることもなかった。

 

 次の日、また次の日と。銀狼隊と思われる学生を街で見かける事が多くなった。

 友人は覚えがなかったようだが、私は銀狼隊に聞き覚えがあった。時折朝のニュースで報じられているのを観る。

 異種族や能力者の集まった、学生だけの警備組織。

 報じられている内容は様々だ。批判的な脚色や、肯定的な作意。異種族も能力者も、この世界――女子中学生から見える日本では、受け入れない環境の方がずっと多い。私立の女子中という恵まれた環境であれば、誰一人としていない。

 ……私の能力は、天星以外に伝えた事は無い。親にだって、言っていない。私の知る限り、両親は無能力者だ。どちらかの血が繋がっていないなんて思ってもいないが、家庭内に疑念を呼び込んでしまうことくらいは分かる。先天性白皮症という名前が付けられる前の突然変異を悪魔や天使と称したように、現代の社会は正しい尺度で能力者を評価することは出来ない。

 私が社会に迎合する為には、〈麗人(うるわしびと)〉を隠すしかない。隠してさえいれば、この商店街の皆は、笑って物を売ってくれる。

 忌まわしく思われる能力をひけらかして人を助ける銀狼隊の姿に抱く感情は、憧憬なんかと遠くかけ離れている。

 精肉店が目に入った。

(今日は練習も休みと言っていた。少し力を入れて晩御飯を作ろう)

 手伝ってもらう打算があったが、兎も角鶏もも肉を選び取った。

 学校の帰路に選んだせいで混む時間帯に鉢合わせてしまったが、甲斐あって不足が出ることはなかった。膨らんだエコバックを下げ、同級生に見られると言い訳したくなるような姿で家に向かう。

 鮮やかな夕焼けだった。鱗状の雲にきめ細かい橙色が満ちている。風が強く、雲が流されていく様が分かりやすかった。

 私が小学生の頃は、こういう景色を天星と見る事も多かった。今もこの景色を分かち合いたいと思っている。

 私が中学生になって、会う時間は僅かに減った。私にとっては僅かだけど、天星にとって、成長するには充分な時間だったことを知った。

 姉の都合で拘束するわけにもいくまい。

「反抗期って、やっぱり私に向くのかな……」

 突如光が立ち昇って、呟いた口が開いたままになった。

 数分かかる、遠くではあるが他人事ではない距離。赤い光が天に届くまでに消えた様子は、とても自然現象とは思えない。

 風向きがいきなり変わって、真正面から一際強い風が通り抜けていった。

「天星……」

 光の方角は、私の家の方角でもあった。

 小走りになって、何度も立ち昇る赤い光を見て、次第に息を切らす程地面を強く蹴った。

 何かが起きている。街で見るようになった銀狼隊の姿が何度も何度もフラッシュバックする。

「はぁっ……はぁっ……」

 こうなってもエコバックを手放さなかった。心の中で、杞憂だと言い続ける自分もいたから。

 家に近付いた頃には上空に曇天が渦巻いていた。隠された太陽に反し身体は熱を抱き、ボタンを外す。

 家と家を繋ぐように、道路を封鎖する光の線があった。邪魔だ。

 その傍には学ランを着た少年が、光の向こうからは、こちらに走って来る住民の姿がある。

 邪魔だ。

「この先は能力者が暴れてっ……」

「どいてくれ!」

 実体がある光だったので、いっそと手をつき飛び越えた。

 遡る人波もただの風景になっている。空いた両の手を、弟の無事でただ埋めたかった。

 それにしても。

 〈麗人(うるわしびと)〉……ただ綺麗になるだけじゃない。法外な魅惑の力。呆気なく人が従っていく。

 遠くに赤い何かが見える。見覚えのある街路で。

「……っ、…………!」

 見覚えがあると認めたくなかった。

 揺らめく赤い人型。その周りで瓦解している誰かの日常。

 私達の家。

「ぁ……」

 赤い人型の背中から膨らみのある炎の束が、幾つも生えてきた。

 全長数メートルの炎の鞭が、地面を殴り、のたうち回る。

「やめっ、オレが悪かった! やめ――」

 何処からか男の悲鳴が聞こえる。音のした方を見る前に、鞭が悲鳴ごと叩き伏せた。

「ア、アア、グ、アアァァァアアアァァアア!」

 人型から、唸り声が響く。苦しんでいるのだ。

 驚くほど案ずる気にならない。

 結局私は、かの赤き怪物より、親愛なる弟の方が余程大切だった。

 近付けないまま、仄かに不愉快な匂いが鼻先に漂った。

 周囲の瓦礫が燃えている。炎の鞭で叩きつけられたのだ、妥当だろう。

「たすけてっ……たすけて!」

 女性の声だ。横を向いてみれば、瓦礫に潰された人が私に手を伸ばしている。

――逃げられていない人もいる。

 私は一歩、また一歩と怪物に近付いた。

 怪物は再び実体のある炎で周囲を叩き続ける。

「……やめろ」

 見えてしまった。

 絶望を呼び込むための、仮初の光にしかならないものを。

「やめろ……」

 私達の日常がゴミのように積み上げられている中で、折れた物干し竿、ベッドの残骸、ゴミの寄せ集めのようにして――。

 人の手が、瓦礫から伸びていた。

 炎がしなる。

「やめろおぉぉぉおおおおッッ!!!」

 

 

 水滴に打たれて目が覚めた。

 頭が冴えない。肌寒い。

 焦げ臭い空気に気付いて、打ちのめされそうになる。

「……、天星……」

 身体を起こした。足元には引きずったような跡があり、背中は瓦礫と接地していた。

 衝撃で吹き飛んできた瓦礫に、私は巻き込まれたはずだった。頭は痛いが、何処からも出血していない。

「能力……」

 美しく在る能力。自分の身体機能だからよく分かる。肉体保全も美麗の内なんだ。

「私が無事じゃ、意味がないんだ……」

 水たまりを踏み抜いた。

 激しい雨音に紛れるようにして、若い声が幾つも聞こえる。

「大丈夫か……!」

「能力暴走だ。負荷は尋常じゃない」

「医療部には連絡しているが……」

「容態は安定してる。街の人の避難所が先だよ」

 焦げた服を身に纏った、赤髪の少年が、複数の学生に囲まれ心配されていた。

「…………。……」

 

 

 私の弟を奪ったのは、潜む巨悪でも狡猾な闇でもなく、正義を掲げた学生だった。

 

 

 二日後。

 真夜中でも下卑た光と喧騒に包まれた街。異種族、能力者が独自に形成した東京の混沌、新宿区。

 この場の秩序は法に非ず、社会に根を這った後ろ暗い組織が目を光らせている。

「知らない顔だな」

 黒い毛並みの獣人が、威圧的に歩みを止めてくる。

 私はフードを外し、これ幸いと名前を出した。

「この街に澄霧(すみぎり)という男がいるはずだ。案内してくれ」

「分かった」

 ノートを借りるよりも容易く人が頼みを聞いてくれる。

 自治的な動きをしていた獣人の男はアタリだったらしい。彼は路地裏に入り込み、地下への階段を差す。

「しばらくはここを拠点としているはずだ」

 あの日から、ただの挨拶も喉につかえて言えなくなった。

 右手を振って、階段の先に待ち受けるバーの扉を開ける。CLA

「およ?」

 悪魔らしき店主と、長い紫髪の青年。店主は膝をついてカウンター越しに話しているようだった。

「あら、誰か呼んでたの?」

「いんや? 知らない人だね」

 能力を使ったまま、私は店内に入る。中はその二人しかいないようだった。

「貴方が澄霧だね」

「そーだよ如何にも。オレが黒豹隊幹部、澄霧慈雨(じう)。まさかワンコ隊? 来ちゃった?」

「違う。私は黒豹隊に入るつもりでやって来た。出来る限り上の立場の者に要求した方が能率的だろう」

 だから私を入れろ……そう言おうとした口が止まった。

 青年の様子がおかしい。

 いや、笑顔のまま私に向き、大人しく話を聞いている。変な動きはしていない、だが、何処か引っかかる。

「へえー? なんでなんで? どういう大義? それとも悲しい過去? どうオレに辿り着いた?」

 主導権が握れない。この様子では――。

能力が効いてない(・・・・・・・・)

「…………!」

「オレには効かないよ。べっぴんさん」

 人を魅了する能力。その万能性は数日で嫌になる程理解出来た。故に盲信していた、過信していた。

 幹部ともあろう人間が、何の対策も打っていないと、たった一度の成功体験から侮っていた。

「……そう」

「そうなのー。……で? いいよ、聞いてあげる。オレも少し驚いてるんだよ、オレの力に抵抗出来る奴は少ないから。先ずはここに辿り着く経緯を聞こうかな? ほら座って」

 澄霧の叩いた椅子から更にもう一つ開けて座った。

「あ、いいよバロンさん。客かどうかは、オレか決める」

「アタシの店なんだけどねぇ……」

 店主の()も〈麗人〉が効いている様子はない。

「……銀狼隊に弟が殺された。黒豹隊を知ったのは、その銀狼隊の口からだよ」

 

 あの日の夜。私や別の住民は隣町のセーフハウスに案内されていた。依折(いおり)と名乗った隊長が賠償と仮の住まいの提供をし、元の家も直ちに修復すると説明した。

 怪我人も、生きてさえいれば、どんな状態でも治してみせた。

 あれから瓦礫を掘り起こしたが、肉片しか見当たらなかった。

 私は隊長を引き留めて、相対していた者を聞き出した。逡巡した様子だったが、能力を使えばすぐに吐いた。

 明け方、私はセーフハウスを抜け出した。

 

「銀狼隊隊長から、ここで幹部が潜伏していることも聞いた。……入隊するには、何が必要?」

「なんにも? 戸籍すらないやつだって沢山いるし、オレに貢ぐのも好き勝手にやることだしー。キミは好きに、この世界で生きたらいいよ。オレが認めてあげる」

「…………」

「そんな怖い顔したら泣いちゃう! ぇへぇえん! あ! 幹部を泣かした女ってタレコミで入隊してみる? まぁオレはお勧めしないけど。向こうがオレの情報を既に入れてるってことが分かったからね。良い情報をくれたキミのタレコミにはもっとふさわしいものがある」

 愉しげに捲くし立てる澄霧の横で、店主はグラスを手に取った。

「三日だけ、オレが生き方教えてあげるよ。デキる男は、ビジターにも優しく夜を教えてあげるものだからねー」

 

 

 私が入隊して三ヶ月。かつて澄霧の判断は正しく、三日もあれば木枯銀河は一人前として活動が出来た。

 今では私が部下を率いることも多い。尤も戦闘ではなく、運び屋やネゴシエーターとしての活動が主だが。

 ……それではとても足りない。銀狼隊と黒豹隊は長くライバル関係にあるようで、未だ顔を見た事の無い黒豹隊隊長も、強く執着している存在だそう。銀狼隊への復讐は、この世界だと遠大な野望に等しいということだ。

 手段を選ばず自立したいわけじゃない。私はただ……。

「…………ただ?」

 天星の喪失に日々心を凍て付かせる中で、銀狼隊への復讐心が曖昧になっていくのを感じた。

 それは、生きる意味を完全に手放すことと同義だった。

 虚飾の麗人となって富に溢れるなんて興味もない。そもそも、自分の命の行方に、関心はない。

「ん……」

 路地に小さな影を見つけた。室外機の横で、ゴミ箱のように鎮座している。

 新宿区では珍しくもない。地方の異種族が、新宿区に異能者の居場所があると幻想を見出し渡来した結果、ここでも食い物にされるというのは、よくある悲劇だ。

 異能者のコミュニティは公にならない。仕方のないことだと同情はする。しかし、足を止めたのは安い同情が理由では無かった。

 私は小さな影の正面に立って、見下ろした。

 ぼさぼさな桃色の毛、蛍光的な桃色の瞳。それでいて凶暴さを携えた眼差しが私を捉える。

 ……小さな少女が独り。

 安い同情と言わずして、なんというのだろう。

 否定する意志はあっても、言葉は無かった。

「その瞳孔、牙。吸血鬼だろう。……飲め」

 黒豹隊に入って、私は初めて人前で〈麗人〉を解いた。

 

 初めて吸血鬼に噛まれたが、思った以上に痛みが後に引かない。黒豹隊に入って多くの種族について調べたが、やはり体験しなければ実感も出来ないものだ。

「なんで助けたの」

 四の五の言わずに噛みついてきた少女は、何度も咳き込みながら、漸く吸血を終えた。それでも変わらず座り込んだままだったので、私も、傍の室外機に座っていた。

「今度は、助けたかったのかもね」

「?」

 見た目通りのあどけない声色だった。

 天星と同じくらいの歳だろうが、天星は、声変わりを間近に控えていた。

 この娘と天星は違う。

「キミ、これからどうする」

 親に捨てられたか、迷い込んだ挙句引き返せなくなったか。帰る場所さえあれば『運び屋』である私が送り届けられない道理はないが。

「…………今日生きても、明後日には死ぬかもね。でも、その前に出来る限り多くの人間を殺したい」

「何故?」

「私のお母様を殺したから」

 力強い言葉だった。年若い少女であっても、生半可ではない憎悪が胸に燃えていた。

 戦慄ではない。これこそ同情、或いは、同調か。

「他の家族は?」

「兄妹はいない。父親は、私を産んだ後すぐお母様が殺した」

 死んでいるか、死んでいる事にしたい程の外道であるか。そう考えていた私は、死んでいること自体に驚きはなかった。

 少女は、再び私を見上げた。

 くだらないものを見たと言いたげに視線を逸らすと、何処か大人びた口調で言葉を続ける。

「吸血鬼が配偶者を吸い殺すのは、珍しくもないよ。父親が好きだったのも、家族じゃなくてお母様だったから」

 だから双方同意の上で、少女の父親は、母親の血肉になったと。

 まるで昆虫の生態だな。かつて支配者であった吸血鬼の実態にはとてもじゃないが相応しくない。

 この少女がどのように辿り着いてしまったのかは、既にさして重要ではなくなった。

 私は過去を慰め、正否を下す審判ではない。ただ通りすがって、食事を与えただけの人間に過ぎない。その責務と権利を、如何様に利用しようと、私以外の誰にも文句は言わせない。

「――黒豹隊に入らない?」

「黒豹隊?」

 少女は膝を抱えたまま、地面を見つめている。

「ああ。異種族、能力者にとっての理想郷を作る組織。……というのは体裁だよ。私にとっては、復讐の為の居場所に過ぎない」

「……」

「ひとりで生きるのは大変だよ。相応の、能力が求められる」

 両膝へ(うず)めるようにして、少女は顔を隠してしまう。

 思えばここ最近は、自分の要望が通らない事の方が少なかった。〈麗人〉を使えば大体の人間が従ってくれる。こうやって打てども響かないコミュニケーションは、それこそ、三ヶ月ぶりだ。

「……やり直してみない? 家族を」

 口が滑ったと、気付いた時には取り繕う言葉も出なかった。

「家族をやり直す?」

「私、妹がほしかったんだよね」

「…………」

 懐で端末が震える。

「ちょっとすまない。……私だよ」

 電話をかけてきた相手は、或る研究者だった。

「早まった? 勝手に言ってくれるねぇ。こっちにも都合があるというのに。……分かっているさ。この計画は私の利益も大きい、貴方が主導してくれることも含めて、異論はないとも。聞き流してくれ」

 ……()を手に入れる。その為には、今日の会合に出席しなければならない。

「ああ、今から行くよ。わざわざありがとう」

 私の力だけで銀狼隊に復讐することは出来ない。新たな力が、必要だ。

 端末を仕舞い、傍にいる少女に声を掛ける。

「すまない。私はそろそろ行かなきゃならない」

「名前、聞いてない」

 引き留めるでも反発するでもなく、少女は当然の流れとして言った。

 だから私も、当然のように、本名を口走った。

「……木枯銀河」

「ヘンな名前。……じゃあ、今日から私、木枯ね」

「キミの、下の名前は?」

 少女は首を横に振る。言わないのかと、肩透かしを食らった気持ちでいたが、仄かに口を尖らせた少女の表情に、思考を改めた。

 眉を落として、何処か別のことへ馳せている。

「貰って、ないのか」

「…………」

「……桜花(おうか)。木枯桜花。冬から来たる春の花」

 少女は顔を上げた。爛漫な瞳が、空の光を蓄えている。

 自分のセンスに頭を抱えたくなった。

「それに銀河と桜花、似てない? 響きはさ」

「似てなくも、ないけどさ」

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