「私の復讐は、キミ一人を殺した程度で終われない」
〈
偶然ではなく必然だった。
誘えば来る。仮にも銀狼隊ならば、裏切れない誇りがあるはずだ。そして実際に、誰もいない廃棄区画へ、少年は一人で来た。
「オレの力が足りなかっただけなんだ。他の皆は……関係ない」
怯えている。先程までは毅然としていた彼の眼差しは、怯えを孕んでいる。
自分の窮地に怯えているのではないと分かっていた。彼は、仲間が巻き込まれることを拒んでいる。
黒豹隊に入って一年以上経ったのだ。私も、理解出来ない話ではない。
「いいや。終わらない。キミがどう乞おうとも、私は手を緩めるつもりはない」
理解出来ても、尊重するかは別の話だ。
「未熟なまま戦地へ繰り出すキミを止めなかった。被害を出しても偽善に目をやられ手を伸ばし続けた。仲間内で交わした誇りに甘んじて、自分達の影響力に目もくれず遼遠な夢物語を叶えようとしてる銀狼隊の尊厳を、私は引き裂く」
「守るものを選ぶくらいならば、キミ達には何も守らせない」
銀狼隊の隊長は代替わりしていき、当時隊員が能力暴走を引き起こした時に在籍していた隊員も、一人残らず卒業している。
今代銀狼隊隊長が居なくなった冬。
朗報を聞き付け、渡航していた《
黒豹隊において複数のコミュニティを繋ぎ、単独で外部へのパイプも多く所有する私は、突如彼女の部下に選ばれた。幹部直下の部下であり、黒豹隊の立場で言えば上から数えた方が余程早い。私の四年間の働きが認められた、と言いたいところだったが、星久里に選ばれたのは〈月〉の影響が大きいだろう。
厳しい残冬の頃合い、星久里は夜中の港を出迎えの場に指定してきた。
練り上げた今の〈麗人〉の効果なら寒冷刺激による皮膚の異常も、美麗を損なうものとして無効化する。それも、原因となる過度な寒さを取り除く形で、だ。故に潮風の冷たさも無視出来る程だが、もし適応外だった場合のことを考えると、今からやってくる人物の気遣いの無さに辟易する。
コンテナの陰に潜むようにして到着を待つが、まさか目立つ密輸船で来るわけにはいかないだろう。
「……私が迎えに行った方が良かったか……?」
〈月〉の適合は未だ浅く、有効射程は極めて短い。あまり現実的ではないが、星久里の前評判を鑑みると、それでも選択肢の片隅に置いてしまう。
波が打ち付ける音が聞こえる。何度も、何度も。
気を抜けばリラックスしてしまいそうなひと時だった。
そうだ。一度、海に行ってみたい。桜花と、それから新しく増えた桜花の仲間も交えて、貸し切りのビーチでうんと遊んでほしい。
桜花は人を嫌うと同時に、人を恐れているから、インドアな性質に傾倒してしまっている。
その点、私と同じ歳である
現状最も力があるのも冬だ。その上、人間そのものへ向ける感情も一際歪曲している。既に構築された常識ならば、私が説くのも難しいだろう。彼女を
冬だけじゃない。
いつの間にか私の周りには、孤独な子供達ばかりが集まった。みんな、私だけじゃ、正しく一人前に育てることが出来ないだろう。
「――或いは、一人だけなら」
瞼を強く閉じた。
それから意識的に大きく開き、目の前の月光をすりおろした海面を視界に入れる。
さして綺麗でもない海だ。むやみに光が躍っているだけで、よく見るとゴミも浮かんでいるし。
場所は間違えていないはずだ、幾度も確認した。波打ち際まで近付き、海面を見下ろすと、中身の入ったペットボトルや、空き缶、それから……、…………。
「……ビン?」
波に流されてきたようでいて、何処か不自然に迫る、一つのビン。コルクで栓がされており、酒瓶と呼ぶにはガラスの色が澄んでいる。
あれは、まるで。
「ボトルメール……」
海面を叩きつける音と共に、目の前のビンが膨張した。
背後のコンテナにも引けをとらない大きさで、サイズ感はボートにもよく似ている。すぐさま距離を取り、精神が臨戦態勢へ切り替わろうとする。
「思ったより快適だったナ、〈
「アンタとの船旅は最悪だ。差し引きも釣り合わん」
ひとりでに開いたコルクから二人、呑気な声色で語らいながら、射出された。射出先は港のコンクリート、目の前の地面。
「おっ、おもしれーヤツが迎えに来るって聞いたが、もしやお前カ? 所属変えに狂ってる暇はないゼ、もし泣いて喚いてもシカトするからナ」
率直に、聞き苦しい声の女だった。複数の色が混ざった天パに、趣味の悪い似非ピエロメイクという見かけも大概だが、そこに幼さの滲むダミ声が早々に言葉を羅列するともなると、もう相手にする気も失せる。
「……私は木枯銀河。キミは星久里巡子だね」
ネコ科の耳を模した黒い毛遊びに、赤髪のやたらに長い天パ、ちりばめられた青メッシュ。髪だけで煩い。容姿で私が言うのもなんだが、黒豹隊幹部は容姿に一家言ある者しかいないのだろうか。
「如何にも、イカもカニもいねえチンケな港に呼び出してすまんかったナ」
「こっちのことは気にするな。ただの側近だ」
もう一人。巨漢の言葉は、関わるなと暗に聞こえた。もっと掘り下げるなら、星久里の会話に巻き込むな、とすら。
「……私を指名した、と聞いたけど」
「おうともサ。名刺は持っとらんが、話は聞いてるゼ。アンタ以外のこともナ」
モノクロ色の瞳が、舐るように私を見つめる。
B級の喜劇にいるような声でいて、僅かに立ち込める緊張感は、結局本物のそれだった。
「『異説体現者』……
『
「コイツの戯言だ。そう深く気に留めないでいい」
「ソイツの言葉は尤もだゼ。《
「エニグマ?」
奴のスタイルをまねて言うなら、暗号解読とはなんの関係もない。だろう。
星久里は不思議そうな顔をして、目を瞬かせる。
「そうか、知らんのか。ウチは好き好んで《
「ここでする話でもないだろう」
星久里の側近が一刀両断した。
こうして私は密やかに、最低な悪意との会合を果たしたのだった。
――作戦決行は近い。
『《月面の麗人》――ここで貴女を止める!』
椛野穂咲。未熟で、嫌になる程赤い闘志の少女。
恵まれた環境と、血で出来た十字架を持つ少女。
そして、恐らく。
……私の、希望。
「そんなにイヤか?」
隣を歩く星久里の側近が、不満げに言った。だんまりを決め込む私の態度が不満というよりは、彼も同じく、イヤだったのだろう。
長い廊下の突き当たりには、両開きの鉄扉がある。
「誰が浮かれられると思う?」
「道理だな」
この先に待ち受ける者を思うと極めて憂鬱で、現実逃避していたのは否めない。
扉に近付くと、男は何も言わずに端へ避けた。
私は間髪入れず扉を開け放った。
重たく、軋む音がうんざりするほど続いた。中の空気は数段冷えている。四方は十メートルの正方形をしていて、広くないが狭くもない。
「――五月十五日十五時十五分。時間だ、星久里」
扉の反対側には、天蓋付きのベッドが鎮座している。そのすぐ傍では、図体の大きな白虎が身体を丸めて眠っていた。
まるで童話の乙女のように、星久里巡子が、足を揃えて座っている。
「〈冬眠〉は無事……中途覚醒もせず……こうして快眠の運びになったぜ」
「無事、ね」
部屋の壁には真一文に斬撃を刻まれた痕跡がある他、地面に幾つかのクレーターまであった。
「寝言は派手だったようだけど」
「一ヶ月間寝ていたんだ……そんなこともあらぁ」
寝間着姿と降ろされた髪が災いして、船を漕ぐ星久里がただの幼気な少女にすら思えてくる。不気味なほど、無害だった。
「大人しいね」
「ウチが小煩いのは〈不眠〉を使いっぱにしてたからだぜ。ありゃ鬱と、躁の波長が……荒くなって……。半年間起き続けた体験をしてみりゃ、分かる」
「じゃあ、今が本当の星久里巡子って事かい?」
頭を揺らして、大きく間を取り、欠伸をして、星久里巡子は目を瞑る。
「……星久里」
「あー、アアーーー。そう、そう、ウチは、今が本当の星久里巡子ってコト、だナ?」
幼いダミ声が、
木塚街で多少はしゃいだ後に、星久里は今までずっと眠りこけていた。〈冬眠〉による任意睡眠によって。しかし、長きにわたって意識を失っていた患者が言語能力を失っている例は、あまり聞かない。星久里のこの状態は、能力の反動か、それとも別の異常か。
後ろに控えていた星久里の側近が、音もなく隣にやってきた。
「自分で蒔いた種だが、アイツは精神に異常がある。……放っておけば、じきに安定する」
「自分で蒔いた種、ね」
「巡子にしか蒔けない種でもある。自己干渉能力の多重再現、人体の容量を超過した能力運用の慣れ果てがアレだ」
「自分デ蒔いた種。そうだゼ、ウチは、精神に異常があるなァああああーーー」
「……チッ。お前はお前の仕事をしていろ。コイツは見ておく」
骨を鳴らしながら、巨漢が星久里の元へ近付いて行った。
愛想はないが、少なからず星久里の扱いにおいては最も長けている男だ。彼が言うならば、私は私の仕事をする他ない。
月桜墜としの為の戦力収集へ。
荘厳なる礼拝堂。清廉なる白壁が遥か高くまで伸び、ゴシック建築が育んだ麗しい曲線を交えた造形には、さしもの私とて美しさを認めざるを得ない。
地元からもよく親しまれており、高校に通いながら信心深く奉仕するシスターの姿は、民間人からも応援されていると聞く。
応援させられていると、私は知っている。
「『ゼトワール修道院』へ向けた協力要請、受けてくれるかな」
祭壇の傍で、入口に背を向け佇む一人の少女。
修道服に身を包んだ彼女は、首を振り向かせて、澄んだ碧眼を私へ向けた。
「麗しき運び屋……今は《
「尊重してくれてありがとう。私が一部隊のリーダーになったことを、未だに気に留めない者も多くてね」
「皆様のことはよぉく把握しております。本来ならば、私が目をかけるべき存在達ですから」
「よした方がいい。皆、キミ達のような修道服は好まないだろうから」
修道女はクスクスと笑い、私に座るよう促してきた。
『ゼトワール修道院』は民間にも認知されている宗教施設であり、週に一度、礼拝堂を一般に開放している。その日は併設された庭園なども見ることができ、修道女が心を込めて育んだ果物は金を払って買うことも出来る。
黒豹隊が根付いているとは知らずに。
「協力要請。ええ、概要は把握しておりますわ。あの月桜学園へ、恐れ知らずにも侵攻致しますのでしょう? 我が『愚行軍』の力も使って」
「そうだ。力を貸してほしい」
「死を恐れぬ『愚行軍』ですが、死を無価値と見くびっているわけではなくってよ」
修道服を翻して、彼女は私の正面に躍り出た。
失われた左腕、眼帯で覆われた左目が、露わになる。
「……勿論、ただで協力してほしいなんて虫のいい話はしない。幾ら慈善事業でも限度はあるだろうからね」
私は自分の荷物から、一つの檻を取り出した。果実が一個入り切る程の、ランタンサイズの檻を。
「それは――」
「殉教者の果実。愚か者のかさぶた。キミの想像の通り、これが〈
右手に力が入った修道女は、訝し気に眉を落とした。
「それが条件……ですのね」
「いいや?」
檻を長椅子の端に置いて、私は荷物から
「一個は寄付するよ。協力してくれるなら合計三個、キミ達に贈る。これが条件だ。OK? フール・イズ・ワン」
「一つ訂正するなら、愚身はゼロですの」
彼女は微笑んで、私の座る椅子へ歩み寄った。
檻の頭についた取っ手を持って、中に入った赤い果実を覗き込む。
或る種を含んだ者が自ら命を絶つことでのみ排泄される、21グラムの果実。その希少性は、特殊なシチュエーションのみならず。
「どうやって手に入れましたの? 地獄は、もう黒豹隊の手にはないというのに」
「私は麗しき運び屋だよ。顧客の情報は言えないな。……私の顔が広いのは、これに限った話じゃないだろう?」
「その通りですわね。――いいですわ、赤らんだ〈月〉をも手中に収めた貴女へ、愚身たちも力添え致します」
「恩に着るよ。詳細は本部で、他の協力者達と共に伝える」
私が席を立つと、彼女は退いて帰路を空ける。
『愚行軍』の力を借りられたのは大きい。陽動を全うしてくれるだろう。次はひとまず星久里の様子を見た後、皆の調子を確かめて……。
「一つ。いいかしら」
「なんだい」
厳粛な声で引き留めた少女の表情には、何もなかった。
透き通る碧眼に私を写している。
白いキャンバスのように、私を試している。
「貴女はいったい、なにを考えていらっしゃるの?」
「それは、銀狼隊を――」
「子供を集めて、ままごとのつもりでしたら、少し気が逸っていましてよ?」
「――ああ、そっちか」
よく言われる。麗しき運び屋を知っている者は、《反抗する火種》のことを枷だと。
「如何なこだわりかは存じ上げませんが、読みも
恐らく、誤魔化しても誠実な答えを述べても、今後の活動に響くものはない。
けれど、そうか。子供の名付け……そう言ってくれた人は、中々いなかった。
「私の拙い頭では、『
「口が過ぎたことは謝りますが、お答えになっていませんわ?」
「いいや、そうでもないさ。……抗うことで、ようやく彼女達の活動は始まる。今は未だ、彼女達は復讐出来ないんだ」
「……」
「反抗が始まるのは、もう少し後、きれいな夜が明けてから。……皆、必ず隊の役に立ってくれるさ」