白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――月桜学園・一年
椛野  穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
辻   誠也(つじ・せいや)
……青鱗の少年《竜人》
真代坂 仁子(ましろざか・にこ)
……階調髪の少女《猫又》

――銀狼隊技術部・一年
木匠  岳(こだくみ・がく)
……琥珀目の少年

――銀狼隊幹部・技術部管轄
不知火 朱輝(しらぬい・あき)
……深青目の少女


第四十七話 猫も杓子もあの娘に苦悩

 正面から走って来た、工具の入った箱を抱えた少年へ道を空けつつ、辺りで響く金属音や衝突音を聞き流して進む。

 隣にいる真代は少し不機嫌そうだ。彼女には騒音は苦手そうな、勝手な偏見がある。

 

「進捗はどう?」

「ぎ、り二割くらい、すね」

「今日で三割に引き上げましょう」

「えぇぇッ!!?」

 

「今抱えてる戦闘部からの案件は幾つ?」

「八つです。うち二つが開発、他が修繕で」

「開発二つと修繕二つ、私に回して。今日中に終わらせるわ」

「修繕は兎も角、開発はムチャじゃ」

「引継ぎの準備、お願いね」

 

「……大変ですね」

「あら、椛野さん。本入隊おめでとう。本当ならすぐ声を掛けるべきだったのに、ごめんなさい」

 綺麗な白髪のポニーテールを揺らして、私に振り返る少女。

 観光地の海岸を思わせる綺麗な青い瞳と合わせて、清廉な印象のある不知火朱輝先輩は、薄汚れた水色の作業着と、頭にはゴーグルを装着していて、技術部らしさが大きく勝っている。

「いえっ、私の方こそ。先輩がチャンスをくれなかったら、私は」

 柔く私の言葉を聞き届けると、すぐに本題を促してきた。私も、多忙な幹部を引き留めて雑談しに来たわけではない。

「真代が変身した時に、その……」

「服脱げちゃうのをどうにかしてくれるかもって、鳴島先輩が」

 人目を憚ろうとした私に一切構わない真代の豪胆っぷり。まぁ、確かに騒音の中、真代の言葉を拾い上げられる人はごくわずかだろうが。

「そう……」

 軍手をはめた手が軽く握られ、不知火先輩は考える。

 と、先輩の背後に一人の少年が近付いていた。

 ここは一階開発室。訓練室を抑える形で、最も銀狼隊本部の面積を取っているとされる(鳴島先輩談)場所だ。

 開発()と言っても専用の区画そのものを表しており、先程工具を持った少年の通り、ここでは技術部の隊員が多く通りかかる。話している最中にも、なにやら忙しいのか、鉄製の建材を台車で転がして行ったり、訓練室ですれ違ったことがあるような人が大きな荷物を運んだりしている。

 そんな中、壁沿いで話す私達に、少年はまっすぐやってきた。

「朱輝さァん!」

「……木匠(こだくみ)くん」

 切れ長な作りに琥珀色の瞳が収まっている。綺麗だと思うより先に、オオカミらしい野性味が先行した。

「俺様がプライマル・ショットと塔牢の修繕! あとォ~~開発二つ。どっちも。やるンで! やる気だったんでしょ? 俺様が、やりまァーす」

 態度悪っ……。

「んぁ? お前もなンか頼んでんの? 朱輝さんに。俺様がやるから教えてくれよ」

「木匠君。……あなたの能力は認めるけれど、彼女らは私が対応するわ。引継ぎ書は貰った?」

「もちロンダリング。じゃ」

 ジーパンにデニムジャケットの様相からして、かなりのチンピラ加減だった少年は、意外と食い下がることもなく、早足で戻っていった。

「今の人は……」

「一年生の本隊員。木匠(がく)くん。腕もやる気もあるけど、見たままよ。悪い子じゃないけれど、意欲の出し方がね……」

 同級生か。本隊員……私のように追試をくらっていなければ、彼が私よりも適性が高いと判断されて……?

 いや、技術部と戦闘部に求められることはまるで違う。深くは考えまい。

「なんか、凄いけど性格ひどい人多いねここ」

「真代……」

「依折先輩とかもそうじゃん」

「真代…………」

 恐る恐る不知火先輩を見ると、彼女は肩を竦めて、少し困ったように笑いを零した。

「そうね。否定はしないわ。――やるべき時に事を成せる人じゃないと、あんな態度は……。いえ、本来なら、やっている事に限らず、注意した方がいいけれど」

「貴女は充分やってるんじゃない? 依折も、あの木匠(バカ)も」

 別の技術部の人だろう。通りすがりに声を掛けてくる。

「不知火さんがいなきゃ、ぜっったいもっと酷かったし」

「そうなんですか?」

「私は大したこと……」

「いぃーや。だって二人共入学当時……」

 

『――ボクより無能な奴を廊下に並べてください。馬鹿じゃなければ半人前にするので』

『俺様が全てを造り上げるンで、設計図係と材料係、俺様にくれ』

 

「……って」

「うわ」「わぁ」

 依折先輩って敬語使う時があったんだ。

 木匠さんは……何か変わったのだろうか。

「木匠は敬語使うようになっただけマシだよ」

「思いの外早く、私達のルールに順応して活動してくれてるものね……。ところで」

「おっと。じゃここらで」

 技術部の先輩はそそくさと去っていった。

 軽く息をついて、不知火先輩もまた歩き出した。

「また話が脱線しても困るし、ひとまず場所を変えましょうか」

 少し待ってて、と言った数分後には不知火先輩は戻ってきて、改めて先輩の案内に従った。

 私達は、壁沿いの大型エレベーターを尻目に階段を上る。開発室は吹き抜け構造となっており、雰囲気としては工場なんかが近い。何処か近未来な技術を感じる地下とは大違いだ。

 不知火先輩を追って二階に上がれば、整然と並ぶ扉と、扉の上にある『使用中』のパネル。

 扉は全てに窓がついており、作業中の人を見られる作りだ。

 不知火先輩は扉の横についてあるパネルに隊員証を当てて、暗転していた『使用中』に灯りを点す。

 鍵が開いた音はせず、ドアノブを捻って普通に案内された。内側にも鍵はない。

 中は騒然としていて、棚には箱の空いた工具箱やがらくた。地面には落ちたマニュアル、乱雑に置かれた椅子などがある。先輩は、中央の机を挟むようにして椅子を三人分用意してくれた。

 色んなところで、訓練室や資料室よりもルーズさを感じる。

「汚くてごめんなさいね。定期的に清掃してもらってるんだけど」

「してまーす」

「いつもありがとう」

 支援部ってそういうこともするんだ。

「それで、真代坂さんが変身した時に脱げないようにしたいのよね?」

 真代が緩く頷くと、不知火先輩はチョーカーを取り出した。少し厚みのある黒いチョーカー、一見してただのレザー質に見える。

「先輩が使っていた機構を流用出来ると思うのよね。その変身について、詳しく聞かせてもらえるかしら」

「なんなら見せた方がいい?」

「えっ」

「そうね。そうさせてもらえるとすごく助かるわ」

「えぇ……」

 か、開発に倫理など不要なのか。

 と思ったが、人の姿に戻った直後の真代を見ないようにして、窓の死角で真代が着替えればいいだけの話だった。(私なら履いてない下着でも見られたくはないけど……)

「よかったわ。その形式なら用意出来ると思う。着替え終わったら採寸、手伝ってもらうわね」

「はーい」

 衣擦れの音を誤魔化すように、私はそそくさと口を開いた。

「ところで不知火先輩。さっき、二割って言われてたものは?」

「あぁ……まぁ、すぐに分かるわよ」

 私と不知火先輩に今後の予定は一切ない。もしも交わるとしたら、思い当たるのは一つだ。

「分かるって……明日の集会で、ですか」

「そうよ。きっと以前から耳にしていたでしょうけど、私達には大規模な作戦が控えてる」

 それは恐らく先輩達の言う『大きな案件』であり、住河木(すみがき)先輩や朽羽先輩が取り組んでいるものだ。

「直近の会議で漸く概要が固まったから、明日の集会で共有するの。……集会、今年度は初めてね。本当は本入隊試験が終わったらすぐにやりたかったのだけれど、何分人手が足りなかったのよ。

 兎に角、詳しいことはその時に話すわ。仮にいま伝えて、集会前に憶測が広まったら困るから。朽羽君と|依折の判断だけど」

 そういうことなら深入りはしないでおく。元より場を繋ぐための話で、真代も着替え終わったみたいだ。

 二人はすぐに採寸に入って、私の出番はめっきり無くなった。なんなら真代だけで良かった話ではあるけれど。

 

『ま、真代坂さんっ。あの、技術部の人に相談しよう……?!』

『えー?』

 

 ……一度でも躊躇いを見せた真代に、一人で行かせるのはあまりにも不安だった。

「お疲れ様」

「ふぃ」

「あ、終わった?」

「うん」「ええ。今日中に完成させるから、出来上がったら連絡する形でいいかしら」

 頷こうとして、真代にお鉢を回す。

 真代は再度頷くと、不知火先輩は顔をほころばせながらチョーカーを鞄に戻す。

「途中まで送るわ。必要な道具もあるし」

「ありがとうございます」

 退室し、階段を下ろうとする私達だったが、手すりに手を掛けたところで不知火先輩が足を止めた。

「あっ、朱輝せんぱーっい!」

「お帰り。無事でよかったわ、皆。修繕なら臨時窓口を置いてあるから、一度そっちへ持って行ってもらえる?」

 階段を素早く駆け上がって来る少女と、それを追い掛ける人が五人ほど。

 朗々とした声の少女は、身長を越す大太刀を背負っていた。真代と同じくらいなので……百五十センチくらいか。平均を下回るくらいの背丈なのに、大太刀の圧が彼女の存在感を増している。

「修繕? 違うよー、刃こぼれ全然なし! 折角久しぶりに帰って来れたんだから、先ずは挨拶回りしなくちゃなって!」

「久しぶりではなく二十三日間だ。大それた言い方をするな。君らも、煩い奴が押しかけてごめんな」

「い、いいえ……」

 後から来た中で、最も背丈と声が低い少年が、大太刀の少女から顔を出すようにひょっこり現れる。

 他にも銀色のスカーフを巻いた少年が、二人を追い越すようにして不知火先輩に迫った。

「羽織は如何したのですか?」

「汚したくないもの。かといって、技術部が技術部として表に出ることも少ないから、残念だけどあまり着れてないのよね」

「そうですか。似合っていますから、皆さんにはもっと身に着けていてほしいですね」

「この調子では日が沈んでしまうぞ。幹部の時間は僕達の時間よりも相対的に見て価値がある、また今度、事が済んだらゆっくりと話そう」

 声の低い少年が、優しいとも厳しいとも判別つかない声色で仲間に諭した。

 異を唱える人はおらず「じゃーねっ、朱輝せんぱい!」等、思い思い言葉を残して、私達の横を抜けていった。学校ではそこまで珍しくもない一幕だったものの、銀狼隊本部の中ではそうない時間だった。

 先の五人の背中をぼんやりと見つめていれば、足音と同時に不知火先輩が話し始める。

「彼女たちは、一ヶ月近く北海道で任務をしていたの。他にも、長期任務を受けていた隊員が戻って来てるわ」

「集会があるから?」

 先に行く二人の横へ並ぶ。真代が傍にいて、不知火先輩がその向こう。

 表情は見えなかったけれど、先輩がどんな表情で言っているのかは容易く想像がついた。

「集会があるからというより……その、集会の原因に由来してるわ。

 

 ――次の戦い、銀狼隊の総力を持って迎え撃つ」

 

 

 八河(やつが)との衝突から、一週間以上経っていた。特筆すべきことも、今日までないまま。

『ね、今日の練習サボろ』

 昼休み、食堂からの帰りにそう言った真代の立ち回りは案外気が利いていた。

 真代はみんなして昇降口に集まる流れに合流しつつも、一人はぐれ、オレは行き来が落ち着いた頃にでも靴を履き替える。

 校庭とは真反対の、銀狼隊の建物がある方面に来るようメッセージで促されている。椛野辺りにでも見られたらややこしい話になりそうだ。

 或いは、椛野も関わっているのかもしれない。

 建物を素通りし、学園の敷地でありながら学園ではない領域へ進んだ。

 豪胆な学長は山の中腹を切り開いた土地に、学園と寮、それから銀狼隊を収めるだけじゃ飽き足らず、整備された散歩道やコンビニ、遊具のない公園まで用意した。

 学校生活どころじゃない、上等な三年間(モラトリアム)

「ん……」

「やっほーっ」

 ポールライトの傍らで、セーラー服を身に纏った二又尻尾の少女が手を振っていた。

 

「……何処まで行くんだ」

「さーあ? どうしよ」

 整備された道だなんだと言ったのに、真代は合流してすぐ、山々しい土地へ突っ込んだ。

 完全な野生でもなく、雄姿の軌跡であろう山道じみたものはあるものの、山は山だ。葉を避けるだけで気苦労する。

 二人して背が低い為に深刻になっていないが、金時辺りは枝がグサグサ刺さってもおかしくない。

 オレはオレで、目の前を揺れる尻尾に気を取られがちなので危ないが。

 このところ皮肉には普段以上に過敏になっているのを感じる。今も、肌寒くなってきたことを腹の中に収めた。

「ふふふ、寒いねえ」

「……ああ」

 言うなら、言うが。

「私はいいけど、竜人って暗いのも見えるの?」

「完全な暗視じゃないが、慣れるのは早い。他の竜人は知らんが」

「ママとかは?」

 急に困る質問をしてくるな……。

 目先の質問に答えるのは簡単だ、オレの母は純血の人間なのだから。しかし、それでは先送りにしかならない。ならパパは? なんて聞かれたら、ただでさえ寒いというのに、この空気を完全に冷やしてしまう。

「あー、そうだな…………」

「言いにくいならいいや。辻君もなんだねぇ」

 木々の密度は緩く、真代は気ままに間を縫っていく。

 付いて行くのに苦心する素振りで、オレは沈黙を誤魔化した。

「真代も、なんか、あるのか」

「んー? いやー、うーん。そういう意味じゃなかったの。辻君も、穂咲ちゃんとか敵みたいに、大変な過去があるんだなあって」

 他人事極まる台詞だ。大変な過去があると認めた奴を、敵と一息に括る横着。真代くらいじゃないと発言出来まい。

 落ち葉を舞い上げる風が段々温度を落としている。風が吹いて冷たい、から冷たい風が吹いて寒い、くらいのテンション感だ。

 空模様が変わったら困る。

 今はまだ彩度の高い夕焼けが雲を宥めているが、胸を撫でる寒風には否応なく緊張感を持たされた。

「急にどうしたんだ。こんなこと、今まで無かったが」

「そりゃねえ」

 間髪入れず相槌した割には、ふんわりした答えを返して沈黙が戻って来る。

 オレを呼び出す程に何かしらが目に余った(そりゃ辻君があんなことしてたらねえ)か、

 何を当たり前なこと言うんだろう(そりゃ一回目はなんだって今までにないよねえ)か。

 金時はまだ謎の戦闘意欲があるだけ分かりやすいが、真代と仙慈は未だに掴みどころがなくて、時折会話に困る。仙慈に関しては違うクラスだし、もし映画の繋がりがなければ、オレが仙慈と話すことはほぼなかっただろうな。

 違うクラスの奴と肩を並べるくらい、オレに真代は分からない。

 オレだったら、クラスの根暗を即日登山には誘わない。……これは遠慮とかではなく配慮の話になってくるかもな。

「あったあった。合ってた~」

 真代の足取りがより確かなものとなって、少しペースアップする。高低差はなく、石に目を瞑れば歩きやすい地面だ。

 どうやら目的地を見付けたらしいが、目の前にそれらしいものは見えない。

「ん……」

 見えないが、音は届き始めた。

「滝か?」

「そうだよー」

 冷たい風は暗雲を運んできたのではなく、水辺をなぞっただけの清澄なものらしい。

 開けた空間が見えるが、想像とは違っていた。

 滝は滝でも、オレが想像した河原と滝壺の広がる秘境、という具合ではなく、こっちとあっちを作る太い川と、淀みなく流れる滝の落ち口があった。

 川の傍に寄れば、すぐそこが崖になっているのも分かる。こっち側の崖を沿って歩けば滝壺を間近に見られそうだが、往復のことを考えると今は気が進まない。

「見る度楽しくなさそうだったからさー」

「ん?」

 思わず疑問を浮かべたが、オレへの返答のつもりかもしれない。

 しゃがみこんで水面を見つめる真代。一歩後ろでそれを見るオレ。誘われなかったら、こんな奇妙な時間はあり得なかっただろう。

 そして、オレを誘ったという理由が、オレ自身にあったとは。

 てっきり銀狼隊がどうとかの話かと思ったが……オレは無知を良い事に、銀狼隊の存在を遠ざかる口実に使いすぎていたのかもしれない。

「練習さー、ご飯食べてる時とかと比べて、すごい退屈そ」

「……体育祭が面倒な奴は多いと思うぞ」

「んんー……」

 そういうのを言いたいんじゃない、とは流石にオレも分かるが、あまりこの事を真面目に語り合う気はなかった。多分真代はオレに肩入れするけど、それで解決するものは何もないだろうから。

 体育祭は二週間を切った。

 オレが風吹(ふぶき)へバトンを渡すイメージは、未だ湧かない。

「それで、気を遣ってオレを誘ったのか」

「私が気を遣うとでも」

 振り返った真代の顔は少し自慢げだ。

「……そういう態度で気を遣うってことも、あるにはあるだろ」

「んへえ、ただの冗談だよー。私はあんまり、気遣うとかないもん」

「なんにせよ、あんまり間に受けるつもりはないぞ。どちらにしたって小恥ずかしい」

「ふふふ」

 軽やかに立ち上がった真代。気が済んだのかと思ったが、猫又の感心は未だ滝にあった。

「崩れると危ないぞ」

「軽いし平気だよ」

 崖の縁に行って、十メートルは離れていそうな滝壺を覗き込んでいる。

「なつかしいな」

「ん……?」

 真代は黙ったままだ。真代が小さな独り言を呟くことは、珍しくもなんともない。それに椛野がツッコミを入れている光景は、馴染みあるやり取りになりつつある。

 椛野なら踏み込んだか?

 ……口を閉じる理由に椛野を使って、オレは真代の横に並んだ。いや、崖端は抵抗があるので斜め後ろくらいだが。

「もしほんとに崩れたら、助けてくれる?」

 これも黙殺してやりたかったが、真代は逃がすまいと紅い瞳でオレを絡めとる。

 断りたくないと思う程度の、縁は、感じている。

「……どうだろうな。その時、身体が動くか次第だ」

「ふーん」

 鑑定は終えたと裏に聞こえたような気がした。

「そういえば、最近はずっとチョーカーを付けてるな」

「これ?」

 小さな指が首に沿って、黒いレザーのチョーカーを摘まんだ。

 危うい話題から逃れようという一心で苦しい転換をしたが、真代は振られた話題にはなんであれ答えてくれる。

「あのねー、穂咲ちゃんに着けろって言われちゃったの」

「…………そう、か」

 親しい友達に首輪をかけるとは、案外態度によらないな……。

 まだ話は続くようで。

 

『なっ……真代、なんで脱いでるの!?』

『着てるんだよう!』

『ま、真代坂さんっ。あの、技術部の人に相談しよう……?!』

『えー?』

 

「そしたら技術部の人がくれた」

 可哀想に…………。

「あ、そういえば金時君も指輪ずっとつけてるよね」

「流石に服がキャストオフするからじゃないとは思うが」

「仙慈君が遊ぶ度ループタイつけてるのもなんか事情あるかも」

「いやあ……。アレは仙慈なりの自己主張じゃないか」

「ふふふ、私もそうおもう」

 肩を竦める。真代と冗談を言い合う時間は……そもそも真代と二人でこんなに話すなんて、今までなかった。

 思ったよりも静かな少女だ。

 大人しくはない。明るくて、感情が分かりやすく、それでいて静かに、

 

 

「――死なないでね? 大丈夫だから」

 

 

 静かに、

 

 真代坂は、

 

 崖を飛び降りた――。

 

 

 

「なにやって――!? ……クソッ!」

 

 効率的に崖を蹴っていた。オレは選んだ、『気付いた時に』なんて言葉を使えば滑稽なほど。

 

『軽いし平気だよ』

 

 勢いと体重の差だろうか、真代の落下速度を凌駕する。

 

 紅い瞳を直視出来ない。

 

 十メートルなんてあっという間だ。人が死ぬのに六十年も要らない。

 

 でも真代は人じゃなくて、オレも人じゃなかった。

 

 紅い瞳と、黄色い角。

 

 

 

 だから、きっと、ながい時間生きていく。人よりも。これからも。

 

「……びっくりしたぁ」

「こっちの……セリフだ……っ!」

 

 軟着陸して、オレの両腕に真代が収まっている。

 抱き寄せた時に回してきた腕を引き剥がす。そのままオレは真代を突っぱねた。

 

「あう」

「はぁっ…………お前……くそっ……」

 

 言葉が出ない。心臓が慌てすぎていて、気持ち悪くなる。

 気持ち悪さの原因は多分もう一つある。

 身体を元に戻して、背中の調子を確かめた。何年ぶりの事かも分からない。

 立ち上がっていた真代は両腕を曖昧に浮かべる。

「ふわっとしたねぇ。すごい」

「……お前っ、どういうつもりだ……」

「飛び降りたかっただけだよー」

 日の落ちた河原で、踊るように振る舞う少女。

 オレは死んだのかもしれないって、心の底から思った。

「意地悪だったけど、私言ったよ。大丈夫だからーって、死んじゃうくらいなら、助けなくてもよかったの」

 ぴたりと動きを止めた真代の身体は、瞬きの間に消えた。

 足元に、風より確かなものが吹いて行って、反射的に後退った。

 脚の間を二又の猫がゆるりと抜けていく。

 この山はオレの知る限り妖怪山なんかじゃない。

 行方を追って振り返ったら、紫のグラデーションが妖しく揺れる長い髪の少女が、後ろ手に組んでオレに振り向いている。

「頑丈じゃなくたって、助けてくれるね」

 

『……オレは頑丈で、目の前で人が死にそうだったから』

 

 初めて会った時は、こんなことになるとは思っていなかった。

「オレは……竜人で、多少なら引き出す(・・・・)ことが出来るから」

「ふふふ」

 飛び石を渡るように近付いてくると、そのままの勢いで、ごつんと胸に頭突きしてきた。

 見下ろせば、頭頂の銀色に染まった髪がよく見える。銀色から、薄紫を経て、濃い紫になってる髪。何処にも人らしさを経由しない髪。

「辻君も、穂咲ちゃんも、人じゃないね。おもしろい」

「……っ、…………真代坂」

「なあに?」

 顔を上げた紅い瞳にはなんの景色も映り込まない。

 狂った心拍数。気持ち悪さは未だ退かない。

 自分の息遣いすら、滝の音に掻き消されてしまう。

「お前……」

「んっ」

 真代は途端に両目を瞑り、何度もしばたかせる。

 困惑するオレを差し置いて、真代は空を見上げた。開いた河原では遮るものもなく、空模様が簡単に分かる。

 オレの右手が大袈裟に跳ねた。滝壺の飛沫が及ぶ距離じゃない。

「小雨……」

「だねえ」

「本格的に降る前に戻らないとまずいぞ」

「にゃははっ、だねぇ。行こ!」

 雨より暖かく、オレより冷たい細指が、手を引いて走り出した。

 さっき聞けなかったなら、もうオレは聞けやしない。

 オレを試したかったのか? オレで笑いたかったのか。

 

 もしもオレを使ったのだとしたら。

 

 どうして雨に打たれる中で、オレに翼を使わせないのだろう。




【時系列】
5/9 32〜34話。椛野誕生日。
5/10 35、38話。椛野帰還。
5/11 39〜40話。椛野白竹接触。
5/12 41〜42話。椛野本隊員合格。
5/13 43〜44話。椛野対木枯。

5/14(土) 47話前半。チョーカー作成。

5/15(日) 46話。星久里起床、銀狼集会実施日。

5/19 47話後半。真代坂、辻練習休み。


また、この曜日と日程を符合させても想定された年代にはならない事をご了承願います。
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