白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――月桜学園・一年
椛野  穂咲(かばの・ほざき)
辻   誠也(つじ・せいや)
房嶋  豊鷹(ふさじま・ゆたか)
真代坂 仁子(ましろざか・にこ)
仙慈  寿人(せんじ・ひさと)
金時  射弦(きんとき・いづる)
小森  蜜歌(こもり・みつか)
土内  游游(どない・ゆうゆう)……黄緑髪の植人
霞ヶ浦 兎子(かすみがうら・ばにい)……兎尾の少女
添木  番(そえぎ・ばん)……三白眼の少年
甘扇  祀(あまおうぎ・まつり)……三つ角の鬼
八河  昏(やつが・こん)……浅黒い肌の蛇人
風吹  愁谷(ふぶき・しゅうや)……黒眼球の翼人

――月桜学園・二年
鳴島  迅(なりしま・じん)
夜桜  雪(よざくら・ゆき)
虎郷  景善(こざと・かげよし)
依折  蛍(いおり・けい)

――月桜学園・三年
彼岸崎 錦(ひがんざき・にしき)
朽羽  那由多(くちば・なゆた)
不知火 朱輝(しらぬい・あき)

――月桜学園・教員
紫谷  凍真(しだに・とうま)……現代文


第四十八話 高鳴れ体育祭 (付記・クラス分け)

 五月二十八日『大規模作戦当日』

 私は――グラウンドでパンを咥えていた。

 

 ピストルの音が響く。

「ゴールしました! 紅組、椛野さんが一着――」

 

「お疲れ! 椛野」

「ありがと房嶋君。真代はもう?」

「おー、準備についてる」

 紅組のテントに合流すれば、クラスメイトと、見えない境の向こうに一年三組の人や、上級生以上の紅組がシートに並べた椅子へ座っている。いや、立ち上がってはしゃいでいたりする人も多くいるけど。

 自分の場所に戻り、水筒のお茶を流し込む。

「皆さん、怪我はありませんか? よく水分をとってくださいね」

 柔和で紳士的な声の響き。

 シャツの袖を少し上げている壮年の男性が、テントの中を覗くように挨拶して回る。

紫谷(しだに)先生!」

「体調が優れない人はすぐ言うように。そうでない方は、沢山声を出しましょう」

 普段よりも少し調子の良さそうな私達の担任は、今日も朗らかな様子だ。

 なんてことなさそうに、優雅な足取りで皆の様子を見て回る。

「…………」

 

 

「二十八日、って――」

 集まれる銀狼隊員全員が一介に集った集会で、不知火先輩は確かに告げた。

 星久里巡子や《反抗する火種(カウンターズチルドレン)》との決着をつける時は、五月の二十八日と。

 本入隊試験終了時に宴会をした広場で今、不安や戸惑いがざわめいている。

「ええ。皆も知ってる通り、その日は月桜学園体育祭がある」

 交渉して、どうにか日にちをズラしたりするのだろうか。

 即席であろう段に立つ不知火先輩は、マイクを持って隊員を見渡す。

「私達は先ず、体育祭の日程を変更することを考えたわ。けれど、結論から言えば――体育祭は行なう。予定は一切変更しない。そして、その上で私達は街を護る」

 静まり返った広場に漂う緊張感、或いは猜疑心も、不知火先輩は一人で受け止めた。

 肩に掛かった幹部としての羽織が、小柄で細い彼女を、何倍にも大きく見せた。

「体育祭に出席して頂く来賓の方々の予定もあるわ。それに、私達が黒豹隊からの襲撃日を把握していることを、絶対に漏らしてはいけないと。黒豹隊の目が何処にあるか分からない状況で、体育祭延期の報を各所に伝えてしまえば、向こうは気付かれたことに気付いてしまうと判断したわ」

「……気付いてないフリか」

 話を聞いている隊員がぽつりと呟いた。

 隣の隊員と会話する声が四方で聞こえる。私の近くには真代や金時君、試験でしのぎを削った皆や――朽羽先輩に認められ、ギリギリ本入隊を果たした仙慈君がいる。マイペースな人と緊張感が表に出る人ばかりなので、私の周りは静かだ。

 だから、怖気たその声も聞こえてしまう。

「今年、参加できないんだ」

 否応なく、私は教室での雑談や、放課後の練習を思い出す。

 房嶋君に任せて、と言ったのに。

 合わす顔がないな。

「――予定は一切変更しない。リレーも騎馬戦も、実行委員が張り切った決定事も、全て無駄にはさせない」

 水色を基調とし、高貴な黄色い差し色の入った幹部羽織を纏った少年が、新たに登壇する。

 いつものように灰色の三つ編みを垂らし、眼鏡の奥には冷徹苛烈を秘めた瞳が瞬く支援部管轄、朽羽那由多先輩。

 彼の後ろには、銀色のスーツを着こなした壮年の男性もついてきている。何処かで見覚えが……。

「……先生?」

「現代文の、紫谷先生……間違いない」

 仙慈君も驚いた様子で認めた。

 不知火先輩、朽羽先輩に挟まれて、確かに先生は中央に立っている。

「私達は、君らへ無茶をお願いしても、無理を通せとは言わないよ。それは私達の仕事だからね。――勝算はある、大いにある。私達は学生らしく、青春を謳歌して、銀狼隊らしく、街を護るのさ」

 大胆不敵で、言わずと知れた天才幹部の一言ですら、私達の不安は拭えない。

 その反応を見て――というわけでもなく、発言直後に、朽羽先輩はマイクを紫谷先生へ渡した。

「……彼らは、私の考えが及ばない程に、多くの人へ手を繋ぎ……協力を仰いでいます。

 その仰がれた者、としてこの場を少々お借りしますが」

 いつもと違う。

 気品があって、柔らかな先生だけど、穏やかさがない。この場の誰も発語せず、身じろぎせず、先生の言葉を傾聴せざるを得ない。

 戦いを知ってる者なら、目を離せない。

「――熱中しなさい。

 貴方達が公平に競いあい、笑い、全力で悔める舞台は僅かです。限られています。

 この学園で培えることは、間違いなく他では体験できないものでしょう。だからこそ、どのような使命を背負っていようとも――目の前のことに熱中しなさい。

 問題ありません。私が保証しましょう。この校章を持つ者はすべからく、今を楽しむ義務がある」

 何故先生が――そう思っているのは私だけじゃないようだ。

 二年生、三年生にもその気配が見て取れる。

 でも不思議と窮屈な猜疑心は消え、ただ許されたことの解放感が胸に満ちていた。

 

 

――借りもの競争

「五メートルのひと~~~っ!」

 真代、すっごいお題を引いてる……。

 途端に湧き上がる黄色い、いや少年の声ばっかだな。茶化す声。二、三年のテントからのようで、見てみれば獣人の少年が、少女を抱きかかえて走り去ってった。

「入学すぐに付き合ったから、一年らしいぜ」

「よく知ってるね房嶋君……」

 把握してない先輩達のノリに、なんとなくで乗っかるのも結構楽しいものだ。

「身長五メートルのひと~~~~~!!!」

 真代…………。

 

 

――アルティメット騎馬戦

「頑張れー! 霞ヶ浦さーんっ!」

 〈因幡跳び〉の兎子(ばにい)ガールは、紅白それぞれ三枠しかない一年生参加枠という数少ない星だ。

 アルティメット騎馬戦はその名に恥じず、厳選された精鋭によって行なわれる――。

『群雄駆けた大地で俊傑の息遣いが寂然とそよぐ――四者で単騎と成した騎馬が、各三組。射殺す程に視線を交わす彼らは今宵宿命(さだめ)を乗りこなす――ッ』

 実況の人、今宵って言った?

『蒼天及ばぬ硝煙が、大地を均す騎行を招いた……ッ!』

 霞ヶ浦さんに注目しようかとも思ったが、これは無理だ。誰に注目とか、無理だ!

『白馬が形態を変えていくッ! 其れは鬼神の様相が相応しいか、唯一人で三人を持ち上げ高所を制する算段だ!』

「ハァーーーッハハハァ! 食らいやがれっボクの表皮を!」

『頂を統べた白馬が、蒼き星を振りまいていく。粘性に富んだスライムが戦地を侮蔑して往く――』

「行くぞーーーッ!!!」

 一番遠くの紅組騎馬がやけに張り切ってる。というか、やけに目立ってる。

『春雷見参ッ、紅馬(せきとば)が稲光を纏い駆ける……!』

「赤兎馬つったよな今」

「誰が呂布だ」と房嶋君、辻君。

「実況すごいね。……や、あれ? やっぱりあれって!」

「鳴島先輩だねえ」と真代。

『英知の調べに基づけば、かの紅馬(せきとば)は稲妻を受け流す素材で衣服を仕立てたらしいです。あ、いやっ。……仕立て上げたと聞く』

「「「「ん?」」」」

『その素材は開始直後に騎馬の一人が皆の体操着へ編み上げた為、禁断の法に抵触してはいないとの判決が下ったようだっ!』

「すげえな!?」

『大地の鉄槌が天を衝く! 己が半身を護るのは期待の新星、一年四組添木(そえぎ)(ばん)!』

「アイツ一年だからちょっと遠慮したぞ」と先輩達が笑う。

「彼は着実に腕を上げている。素晴らしいですね」

 試験がきっかけで、金時君と添木君はちょっと仲が良さそう。私にとっては逆に一番接点がなかったけれど、中々驚異的な能力を持っているようだ。

『この息吹が聞こえるかッ! 上位存在、先生騎馬が乱入――!!』

「体育の時間は俺のモンだァ!!!」

「否、祭り事は全てこの学長が統べようぞ!」

 無茶苦茶だよ。

 

 

――学級対抗リレー・三年

「私中学だと逆の順番だったな」

「一年から二、三年って?」

「そう」

「俺のとこもそうだった。一年を一番盛り上がるところに置いたんだってさ」

「へえ……」

 学級対抗ということで、言わずもがなクラス全員が参加するわけだ。

 楕円のトラックを半周してバトンを渡す通常通りの競技。スタート地点は生徒の待機テント側にあるので、スタートダッシュを決める四名がよく見えた。

 真代が身を乗り出す。

「朽羽先輩じゃん」

「ね……」

 胸を沿って片脚に重心を乗っけて、なんか随分余裕そう。白組らしいので応援は自粛。

 騎馬戦に限らず混沌とした競技を実施してきた月桜学園。勿論最終種目も、学園にとっての通常通りだ。

 実況のマイクが入り、スターターピストルが上に掲げられる。

 前傾姿勢を取る三人の先輩。そして相変わらずの朽羽先輩。

 今、本気の疾走が始まる。

『始まりました三年の部! 朽羽選手走らないっっ!!』

 

――バトンを持っている間に限り、種族特性・能力を使用してよい。

 

 朽羽先輩は一瞬にして、氷の塔の頂上に立つ。そして凍るトラックの外周。

『氷でスロープを作り――ごぼう抜きにしていくー!』

 

「走れよ!」

「何笑ってんだ!」

 

 同級生からもあんなノリなんだ。

 落下エネルギーと遠心力が備わった爆速スケーティングにより朽羽先輩は首位に躍り出る。バトンを渡す瞬間氷が全て消え去ったのは見事な業前であった。

 ハチャメチャは先輩だけではなく、跳んだり飛んだり素で速かったりする。

 

『一組のバトンは彼岸崎選手へ、首位を守れるか!』

「っしゃ見てろよお前らァ!」

 銀狼隊戦闘部管轄はいったいどのような走りを……。

 

「おい抜かされてんぞセンパイ!」

「大口叩いてどうしましたセンパイ!」

「同級生だろァ!」

 

 普通の走りだ。いや、速いんだけどね。

「が、頑張ってくださーい!」

 

 

――学級対抗リレー・二年

「頑張れ鳴島先輩ーっ!」

「鳴島先輩っ、ファイトー!」

 二年一組のトップバッターは、あからさまに一歩で遅れた後、電気を纏って外周を抜けていった。

「んえー遅れなかったら今一位だったよね」

「妨害禁止だから仕方ないよ」

 確かに、と頷く真代。

 そういえば、と一緒に声援を送っていた房嶋君へ軽く向いた。

「房嶋君、鳴島先輩と知り合いなんだ?」

「ん? ああー、俺保健委員じゃん? で、鳴島先輩結構保健室に来るから。先輩と仲良い人が保健委員でさ」

「なるほどね」

 なるほどとは言ったが、それだけで知り合いになるものかな。凄まじき房嶋コミュニケーション。

 

『三組夜桜さんがバトンを受け――出たーっ! 狼の姿ですが、バトンは咥えています! 反則ではありません!』

「なんか女子がめっちゃ湧いてるな!?」

「カッコいいもん、夜桜先輩」

 普段は可愛らしい見た目だし。

 

「「あ」」

 二年一組依折蛍選手、迫真の受け取りミス。とは流石に実況も言うまい。

「申し訳ないけどあの人が団体競技得意な印象なかったな……」

「ねー」

「酷評だな……」

 房嶋君が呆れる中、静かに見ていた金時君がやや前のめりになる。

 「どしたの」と真代が聞いてるうちに、依折先輩がバトンを託した。

「えめっちゃ金時と走り方同じじゃん」

「あぁ! 虎郷(こざと)先輩!」

 ぐんぐんと首位の背中を追い詰める質実剛健なる剣士。今はバトンだが、身のこなしは衰えたものではなかった。

 

 

――学級対抗リレー・一年

 先輩のリレー観戦後、続く私達はすぐに位置に付くわけだが、これを忘れてはいけない。

 トラックの中央に私達は集まる。

「えーマジで俺でいいの?」

「いいって! ほらいけよ!」

 体育祭実行委員からの推薦で、房嶋君が音頭を取る。

 私達は隣人の肩へ腕を回す。何処を見渡しても、仲間がいた。

「フーッ……。

 三年一組三位!」

「「「エェイ!」」」

「二年一組二位!」

「「「エェイ!!」」」

「俺らが勝たなきゃどうするよ!?」

「「「エェイ!!!」」」

「絶対勝つぞーっ!!!」

「「「ッッシャァーーイ!!!」」」

 

「頑張ってね、小森さん!」

「うんっ」

 ハイタッチを交わして、小森さんはテント側へ、私はその反対へ歩く。

 うちのクラスで言えば随一の瞬発力だ。彼女が一番手なら、私も心置きなく――バトンを受け取れる。

 白線に並ぶ中、私はどうしても横の人に言いたい事があった。

「でさ。まさか貴方……」

「不名誉な想像を膨らましている気配があるが、君達のクラスの順番決めに僕は立ち会ってもいない。スパイも恐らくはいないだろう」

 まぁ、流石にそうか。

 にしても仙慈君が二番手ね。序盤は運動自慢が固まりやすい印象だけど、彼もその枠?

「相変わらずみたいだけど、運が悪かったわね」

「ほう?」

「その余裕も、女子に突き放されちゃ形無しなんじゃない?」

「……言ってくれるじゃあないか」

 無駄話はおしまい。

 偶数走者がすぐそこで並んでいる。注目を浴びる中、私達は各々のルーティンを経て空砲を待った。

 競技が始まる前の瞬間的な緊張感。

 

『月桜学園体育祭ラストマッチッ始まりましたァァァア!』

「実況のテンションたかっ」

 誰かが言った。言われると気になってしまう。

 悩んだ末に《空駆け足(ブランチ・スクリプト)》はやらないことにした。自信がないのはそうだし、コースアウトルールの観点からも、リスクを冒すほどの手段ではない。

「椛野さんっ!」

「任せてっ!」

 二番手、上々!

 ただの運動自慢って尺度なら、私だって負けちゃいない。前を走る少年との距離は僅かだ。

「さぁ刮目したまえ! 我が〈万華の右眼〉を!」

 目の前に現れるは極彩色の衛星物体。

 決まりごとに則れば私には当たらないはず――やはりすり抜けた。しかし躊躇ったのは隠せない。

『二組仙慈さんが能力を使用! すり抜けました、違反はしていません!』

 こけおどしは二度も効かないぞ。スピードに乗り直した今、このまま突き離してやる。

「ふ! これに耐えられっ……るかなぁ!」

 再び現れ、消え、現れ。

 半透明な極彩色が、眼前ですっごい点滅する。

 ……鬱陶しいだけね。

「……」

 それよりむしろ、彼が並走していることに驚く。

 いや? 私は、彼より先にバトンを受け取っていたはずだ。

 即ち、一秒後には並走が崩れかねない。

「ふぅっ僕は……瞬発力だけは自信っ……があぁってね」

「黙ったら!?」

 

 致命的なものは何も懸かっていない、ただの全力疾走。

 声援がごちゃ混ぜになって聞こえる。

 首元を抜ける風が気持ちいい。

 地面を清々しく叩き残り数十メートル。レーンを曲がる際には既に誰の姿は見えなかった。

 僅かに足元を見て、意識と身体のタイミングを完璧に合わせる。

『椛野さんも能力を使用ッ、枝を踏み台にし、身体の勢いを増していくァッ!』

 他組もド級の死角はいなかったらしい――これが首位独走だ!

「ましろっ!」

 バトンが軽やかに去っていく。これ以上ない受け渡しに声を上げたい思いを、グッと飲み込んだ。

 邪魔にならないよう早々とレーンの内側に掃ける。走った人は内側に並ぶしきたりで、小森さんのいる場所に歩いていく形となる。

 真代の快走を眺めているうちに、かつて並走していた少年を思い出した。

 振り向いてみれば、まぁ、健闘してる方なのかな。三組とほぼ同じタイミングでバトンを渡している。

 なんてザマだ、優雅さの欠片もない。

 泥臭さをかっこ悪いとは思わないけれど。

 

 その間にも人間型猫又真代坂仁子は一つに纏めた髪を跳ねさせ、それはもう爽やかに走っている。表情は伺い知れないが、普段ののんべんだらしとした気まぐれさを見いだせはしなかった。

 友達の健闘は誰であれ胸にグッとくる。

「おつかれ椛野さん、ナイスランだよ!」

「ありがとう!」

 両手を前に伸ばされるとハグかハイタッチか分からなくなる。おのれ人間型猫又抱き付き魔め。

 黒い肉球を掌で押し、私達はわが友の疾走を見届ける。

 すぐに因縁を付けてくると思った仙慈君は意外にも静かだった。いや、荒い息だからうるさくはあるのかな。でも息が整い始めたら同じクラスの子と話している。

『バトンが渡って未だ一組が一位をキープ!』

 彼が自然に馴染んでる様子は物珍しくて、なんだか妙な気持ちだ。

「……あ、真代! 一位死守ナイス!」

「良い走りだったよーっ」

「バトン無かったらもっと走れたのにぃ……」

 猫のままじゃ持てないもんね。

 

『四組みるみる追い上げていく! 三本の角は戦場駆ける武者の兜か! 甘扇(あまおうぎ)(まつり)が猛追していくァァッ!』

 ここにきて鬼札を切った四組。ごぼう抜きの大躍進は、抜き去る人がたった三人で勿体ないと思わされるほど爽快だ。

 最高潮のボルテージ。バトンが継がれる度、熱狂に薪がくべられていく!

 

『一組逆転! 房嶋豊鷹(ゆたか)が走ります! ――おぉっとォ!? なんだあれは!!?』

 再び順位が引っ込んだ四組のバトンは、土内(どない)游游(ゆうゆう)に渡された。

 しかし彼は走らず、ぐんぐんと、ぐんぐんと成長(・・)していく……?

『なァァ! 闊歩するのは巨人か! 大入道か! 否、植人だァ! 悠々と、悠々とグラウンドを、()にかけていくウゥ!』

 なっ――がい足で地面を支える土内さんが、そこにはいた。

 二十頭身の土内レックが、のしのしとコートを進んでいく。成長、なんでもありか!

「ずっるい!」

 真代の抗議もなんのその。物議を醸す走法(走ってすらないけど)も禁止されれば自由を尊重する校風は口先止まりだ。

 十歩足らずで走り切らんとする土内さんは、なんか、出来の悪いCGみたいだった。

 ギャラリーはみな笑っていて、次第にお祭り感覚は加速していく。

 長い足に度肝を抜かれたが、バトンは手渡し限定というのが功を奏し、房嶋君はなんとか一位を死守したのだった。

 

 

――オレ個人に寄せられた期待は皆無だろう。

 だが、リレーは進むにつれてバトンに重い重い期待が圧し掛かる。

 クラスの中心人物、房嶋豊鷹が、化け物に追われながらバトンを突き出して迫った。

 掌に汗が滲んでいると分かる。

 多少遅れてもバトンは落とすな。安牌を取れ。台無しにはしてくれるなよ辻誠也。

 目立って間違えるよりも……それが数倍マシだ。

「……はァーっ!? ぉぉぉぉおお辻ぃぃぃぃ!!!」

 後ろを盗み見た房嶋が、笑顔を見せて突っ込んでくる。

 至極楽しそうだった。羨ましくなるほど、ああなりたいと、思ってしまうほど。

 呆気に取られたせいで、安牌に手を伸ばす隙がなかった。

 房嶋はすぐそこだ。

「っ」

 スムーズに受け取った。後は走り抜けるだけ。そうだ、結局それでいい――。

「辻!! 攻めてけーェッ!!」

 房嶋の声が、何もかも突き抜けて聞こえた。

 次の瞬間、オレは何も考えず上着をまくり上げた。

 

『一組バトンをキープッ……あれは! あれは!? 青い翼、竜の翼だーッ!!』

「ふふふ」

「飛んだ……!」

「飛べるんだぁっ……!」

 私達は口々に言った。

 体操着を捲った辻君は、それから数瞬後に青い翼を生やした。それはいつかに見たワイバーンの姿を連想させたけれど、青く日の光を透かした翼は、それより遥かに鮮やかだ。

 彼は一度大きく羽ばたいた後、レーンに沿って飛行していく。

 のびのびと……能ある竜が翼を見せつけていく!

「いっけーッ!!」

 感極まって声が震えてしまった。

 狂おしいほど清々しかった。

 

 強くバトンを握りしめ、翼の運用に全神経を注ぎ込む。

 血がざわめいている。竜の力を使うとすぐにこれだ。

 何秒で言えてしまう時間の出来事。影響はない。使ったって使わなくたって。

 でも。

 お前に見せてやりたいと思ったんだ。

 皮肉を滑らすのも良い。

 自分を卑下するのも良い。

 でも今だけは。

風吹(ふぶき)っ!」

 今まで恨んできたその翼で、青天に滑っていけ。

 

 辻が飛び立った時、込み上げるものがあった。

 胸の奥からだった気もするし、目元からそれを感じた気もする。

 でも、周りが湧いて、そんなものはすぐに拡散した

 あいつが繋ごうとしているものはバトンだけじゃない。

 未だクラスに、このおおらかな環境に溶け込めていない奴らへ手を差し伸べようとしている。

 俺じゃ出来ない。友達にはなれても、本当の意味で仲間になることは出来ない。

 でもあいつならそれが出来る。俺よりも暗いところを知っている。

 竜人から翼人へバトンが手渡された。

 一組は変わらず一位。辻が引き離した距離を――風吹は、その翼をもってして更に稼いでいく。

「…………! っしゃあ!!」

 

 辻君はなにやら微妙な顔で戻って来る。心ここにあらずという、見ていて心配になる様子だ。

 彼が託したバトンはまだまだ宙を滑空し、浅黒い肌の蛇人へ続いていく。運動が得意な印象はないけれど、二対の翼が稼いだ距離があれば誰だって問題ないだろう。

「おつかれ辻君、最高だったよ!」

「……おう」

 ところで触れてもいいかな、あれ。

「辻君体操着。どうなってるの? それ」

「あっ」

 ボヤボヤした顔が一転、真代に言われ、体操着をまくり上げている翼を引っ込め始めた。蛹から蝶になる過程が逆再生されていくような絵面に、生々しさを感じる。

 どうなってるの? というのは生命の神秘という話でもないだろう。服を捲った彼だが、別におへそも出ていない。素肌がおっぴろげになっていないのには仕組みがある。

「肌着は専用のがあるんだよ……有翼種用の」

「ふふ、そーなんだ」

「なんだよ……」

 

『この時間も終わりを迎えるところ、二組がアンカーにバトンを渡した! 他三クラスも続けるかァ!?』

 大変動の順位にも一組は上位をキープ。

 声援は最高潮に立ち昇り、バトンは我らのアンカーにも渡った――!

 「いけーっ金時君!」

 自ずと、誰もが誰にも負けないよう、その名前を言う。

 クールな糸目の長身少年。赤いハチマキと白い髪束がめでたくたなびく。

『二組の青鬼、難蛇(なんだ)は声援を受けて走るが! 滅茶苦茶綺麗なフォームで一組それを追っていくー!』

「あいつなんで鬼と並走してんだよっ!」

「とんでもないな」

 房嶋君らの言うことは尤もだ。

 なんだかおかしくなっちゃって、勝ってもないのに笑顔がこぼれる。

『三組ッ! 本気を出した因幡兎! 霞ヶ浦兎子(ばにい)も猛追していくぞォォオ!?』

 ハイテンポに能力で作った足場(ワニ)を踏んづけて迫る彼女。私が最後にやったことを、安定感のある走りで実現している。

『一位争いは最後の直線ッ!』

「金時!」

「負けるなーッ!」

「いけェ全部出しきれェー!」

 誰か誰の声か分からない。

 白線へ突っ込む最終走者。

 

『抜くか、行くか! 至純なるフォームで……!?』

 

「やっ…………!」

 

『一組ゴール! 続く二組、三組!! 四組惜しくもコンマ遅かったか! 無念の大健闘でした!』

 

「「「…………ったああああぁあぁあ!!」」」

「やりやがったアイツ! 最高! マジで最高だよっ!!」

 房嶋君初め、みんなで金時君になだれ込んだ。頬の紅潮した金時君へ、お構いなく、容赦なく。

 

 

――後片付け

「椛野君っ、それから皆」

「ついでかい」

 閉会式直後、満を持してやってきた仙慈君。

「僕ら白組の勝利だ……!」

「わあ」「ふむ」「喧嘩売ってんのか!」「仙慈君……」「いい度胸してるな」

 もう好き勝手言う。皆疲れてるのだ。

「ち、違う待ってくれ。最後まで聞いてくれ」

「何? 別になんも賭けてなかったでしょう?」

「賭け事はしていないが、僕は誇りを懸けてリレーを迎えたのさ」

「あぁ……」

「『勝負に勝って試合に負けたみたいな話ね』みたいな顔をしないでくれたまえ! 僕は悔しいんだぞ!」

「よく分かったなぁお前」

 まぁ言いたい事は分かるし、逆の立場なら後味には悔しさがあったかもしれないけど。

「だからって、わざわざ言いに来る……?」

「お前ら、戻らないのか」

「……」「おっと」

「では、私はこれにて。心苦しく思いますが、後はお願いいたします」

「おう! 任せとけ」

 少し目を背けていたこと。

 銀狼隊は今晩の為に、終了後すぐに休息へ入る。後片付けは皆にお願いしなくちゃいけない。

「私は手伝うけどねえ」

「お、そうなのか」

「夜は留守番なので。お役御免とも言う」

「なるほどな……?」

 みんながみんな、房嶋君みたいに納得はしないだろうな。

「椛野」

「あ、うん。じゃあ私達も……」

 

 

 不思議と言葉は迷わなかった。アドレナリンの妙だな、きっと。

「……頑張れよ」

 椛野は、ぐっと何かを呑み込んだ。

 何もやってない奴らよりも練習に来れず、片付けも任せないといけない。

 そんな状況、椛野が好ましく思う訳ないだろう。

 だから何か言う、何かをする、ってのは、多分房嶋がやっていたことだ。でも、一年一組の房嶋豊鷹でいる間は、椛野の友達でいられない時もある。

「……ふぅ。うん! みんなごめん! 後はお願いね!」

「おー! いや走ったら……! ははっ、いっちまった」

「ついでにお前もな」

「ま、まぁ……何も言うまい。ありがとう、辻君」

 仙慈も小走りで寮に戻っていった。

 手の中がスッキリしている。

 オレから渡せるものを、渡せたんだろう。

 風吹と八河は何も言ってこない。リレーから明らかに、口数が少ない。

 ……ま、無理だな。これ以上アイツらに何かしたら、ボロが出る。

 それよりも未だ、渡すべき奴が二人いる。

「房嶋、真代」

 二人はキョトンと振り返る。

 バトンを渡すきっかけと、翼を使うきっかけ。後者は間違いなくそこまで考えていないだろうが、与えてくれたのは二人だ。

「ありがとな。色々」

「……うん?」

「おお? おう」

「こっちの話だ。気にしないでくれ」

 踵を返す。誰のか知らない椅子ごと持って、校舎へ戻ろうと。

「あ! 辻! カッコよかったぞ、リレー!」

 振り向く間もなく、房嶋は他の――風吹、八河にも同じようなことを言いに行った。

 ……。

 そうか、あれも、きっかけ足り得るのか。




――――クラス分け――――

【一組】
椛野穂咲
グレア・ネディエラ
金時射弦
小森蜜歌
霜平(まく)
辻誠也
房嶋豊鷹
風吹愁谷
真代坂仁子
八河昏
【二組】
鴻上篠
仙慈寿人
難蛇
【三組】
霞ヶ浦兎子
白竹万珠
土内游游
【四組】
甘扇祀
木匠岳
添木番


【一組】
依折蛍
虎郷景善
鳴島迅
【二組】
彩上八子
【三組】
雉子雨佐久雲
夜桜雪
【四組】
住河木寿樹


【一組】
不知火朱輝
彼岸崎錦
【二組】
朽羽那由多
【三組】
春秦命
百合華朱利
【四組】


一言でも名前が出た人のクラスなので、グレアさんとか難蛇君とかの、一切出ていない人も入ってます。今後に期待ですね。
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