白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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【登場人物】
――銀狼隊戦闘部・一年
椛野 穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
仙慈 寿人(せんじ・ひさと)
……目隠れの少年〈万華の右眼〉
小森 蜜歌(こもり・みつか)
……桃毛の人狼〈桜援〉

――銀狼隊戦闘部・二年
夜桜 雪(よざくら・ゆき)
……銀髪の少女〈獣人化:狼〉

――銀狼隊技術部・一年
木匠 岳(こだくみ・がく)
……琥珀目の少年


第四十九話 星が起きるまで牙を見せ合う

 点呼取って……お風呂入って……点呼取って……寮の部屋でご飯を食べてたら、あっという間に午後四時。

 どうやら参加メンバー全員が充分な休息を取れるよう、チェックシートが存在しているようで。

 リラックスしたかったし、食堂は遠慮したけど、そろそろ担当の先生に言いに報告して、ちゃんと眠らなきゃ。

 電気を付けてないから、夕陽の昏い赤色だけが部屋の頼りだった。

「逆に緊張しちゃったなー」

 わざとらしく声を出してみるけど、沈黙が虚しかった。

 就寝チェックが十七時目安だったはず。身体は大丈夫だし、もう少し瞑想とか。

 

 ケリをつけるんだ。幹部が言っていた。四人全員、やる時はやる人だ。言うからには、本当にケリをつけるんだ。

 狼煙になったのは入寮式襲撃事件。

 新入生が脅かされたあの事件で、初めて敵を知った。

 木枯銀河。弟を亡くした復讐者。

 銀狼隊を壊す為に、今日までずっと起きているテロの首謀者。

 それから吸血鬼の女の子。人に復讐したいっていう、名前も知らない子。

 今日までずっと、彼女に傷付けられた人を聞いたことがない。

 

『椛野。《強欲の吸血鬼》のこと、どうしてそんなに気にしてんだ』

『彼岸崎先輩。どうして、って……』

『鳴島とか虎郷とかにも、見掛けたら何か教えてほしいつってんだろ? ま、結局稲袋(アレ)以来報告ねえけどよ』

『……人を、傷付けたいって思ってるわけじゃ、ない気がして』

『あん……?』

 

 戦って傷付ける事は、あの子にとって手段なんじゃないだろうか。

 人を許さないって言ってたけれど。

 私を引っ掻いた時も、ずっと苦しそうだった。

 

 菊池君達を助けて、改めて思った。

 望んで悪事を働いたわけじゃない人もいる。

 彼らを巻き込んだ邑来(みやこ)すらも《月面の麗人》が裏で糸を引いていた。

 あの子は、《反抗する火種(カウンターズチルドレン)》は、木枯銀河に何かを強制されているんじゃないのか。

 望まぬ戦いを強いられているなら、私はあの子を助けたい。

 

「あーあ……今日も視てるんでしょうね」

 なら、黒豹隊に手を差し伸べようとする私のことも、万珠を通して知らされちゃうな。

 机に突っ伏すと、手に柔らかい布地が当たった。

 視線をやれば、それは赤と白の組紐。『椛野』の証。

 身体を起こしながら摘まみ上げる。

「気丈で、強く逞しく生きようとしてる私も、貴方達がいたから出来上がった」

 淑やかな口調は意図して辞めた。

 切るな、纏めろと言われた髪は、中途半端に反抗した。

 背筋を伸ばして慎重に臨む癖は、きっと貴方達に作られた。

「今では私の代えがたい背骨……ピンと背筋を伸ばす背骨……」

 私はいつの間にか、組紐で輪っかを作り上げていた。

 身体は大丈夫って思ってたけど、やっぱり疲れてたのかな。動きに思考が関与してこない。無意識と言って見逃せるほど自然でもないけど、意識的って宣言出来るほど、これに意欲的でもない。

 陰る部屋の中で左首に巻かれた組紐は、あんまり映えなかった。

 これで腑抜けた姿を見せたら、おこられてしまうかもしれない。

 戦う理由が沢山あるな。原点も、理想も、仲間も、血脈も、みんな私の戦う理由。

 考えているとたまに、大変になる。

「それでこそだよ。それでこそ。幼い頃からずっと、私の生き方は沢山理由があった。

 沢山の理由があって、夢中になりながら生きる。今までずっと、そうでしょう」

 引き出しには六人で撮ったプリクラがある。

 初めて六人で観た映画のチケットもまだある。

 鳴島先輩と聴いたオーケストラ、調べた履歴は携帯に残ったまま。

 今は見ない。強く思う、私は見ない。

 大切な人を背負って戦う。それを確認する為にわざわざ甘えなきゃいけない程、私は不甲斐なくないもの。

 

 寮を出ると、青髪の少年の後ろ姿が目に留まった。彼は男子のチェックシートを担当している紫谷先生と話している。丁度彼も今から本部へ行くところなのか、と思ったけど、近付くにつれ、様子がおかしい雰囲気を察せた。

「……分かり、ました」

「気掛かりですが、私が強制することはありません」

「どうしたの。仙慈君」

 深刻そうな顔が、何処か綻んだ。

 先生の前に陣取るわけにもいかないので、私達は寮前のベンチを脇に、立ったまま話した。

鴻上(こうがみ)君と、連絡が取れないんだ」

「鴻上君って……あの、影の能力の?」

「そうだ」

 そういえば同じクラスなんだっけ。私は彼を多く知らない、気弱で、優れた〈能力〉を持つ少年ということくらいだ。

「体育祭にはいた、よね?」

「ああ、入浴を済ませていることも分かっている。だが、部屋に行ったっきり連絡が取れない。いや……」

 口ごもる仙慈君。黙っている時間は短く、焦りながらも、腹を決めた様子だった。

「部屋を訪ねたら、一度だけ声が返ってきたんだ。……無理だ、って」

「それで先生に、ね……」

「だが! ……」

 場所も状況も全く違うのに、入寮式の夕焼けを、何故か私は思い出していた。

 切実で、窮屈そうに祈りを潜めてる仙慈君の表情に、橙色がまぶされている。

 前髪に隠れた右眼が、光を受けた宝石の如く煌いた。

「椛野君なら、彼を説得、出来ないか……?」

「……どうして私?」

「僕は、君の言葉に奮い立たせてもらったんだ。あの日の、丁度今の時間帯だったか。大きい庭で、菊池君らを助ける前……椛野君は僕を叱咤してくれたろう」

 よく覚えている。押し付け合うように、私達は自分の感情を伝えてきた。

「君ならその志で、彼を前に向かせることが――」

「仙慈君」

 確かにね。

 貴方には、言われた分言い返したり、少し余計に言いすぎたりする。

 この腕で、貴方の身体を突き飛ばすように、気持ちを押し付けたりする。

 確かに貴方は、私の言葉で奮い立ったのかもしれない。

 追試に合格した時も、一瞬でも私の表情が過ぎったのかもしれない。

 貴方へ、多くの言葉を重ねたから。

 

 ……でもそれは、貴方にだけなんだ。

 

「私は、先生に共感してる。戦う気のない人を強制する気はないの」

「しかしっ」

「鴻上君とは、試験で話した以来何も交わしてない。彼が何故戦って、何を思って、どうすれば理想なのか、私は知らない。今、私が土足で聞きに行く気もない、したくもない」

「……っ、……」

「だから、行くべきは貴方」

 彼の両肩を掴む。

「貴方は彼に戦ってほしいんでしょう。貴方が、彼と戦いたいんでしょう。

 仙慈君はね、自分が思っている以上に、仙慈君じゃないと駄目なのよ」

 木塚街で一緒に戦ってくれた人が仙慈君だから《月面の麗人》には勝てた。邑来にだって、貴方がいなきゃ勝てなかった。能力だけの話じゃない。

 これは絶対言ってやらないけど、仙慈君がいるから私は、正しく本隊員になれたんだ。

「きっかけがなんだとしても、貴方の覚悟……意志、希望も理想も、貴方自身が大事に持ってなきゃ」

 彼の肩を、小さく突き放した。

 仙慈君は右眼に手をかざした。群青色の左目を瞑り、彼は彼だけの瞳で、何処かの景色を見ている。

「…………。行って……くるよ」

 右手を閉じた仙慈君は、もう、自分の大事なものをちゃんとその手に握りしめていた。

 

 本部の廊下を静かに歩く。早足で行き交う医療部、支援部の人達も足音を殺す。

 仮眠室と、医務室のベッドまで使って、今晩活動する隊員は休息する運びとなる。既に寝ている人も多いだろう。

 私にあてがわれた部屋は六つのベッドが並ぶ医務室。うち三つはカーテンが覆っていた。

「椛野さん。よかったぁ」

「……心配してたの?」

 ベッドに腰掛ける小森さんは、照れ臭そうに笑った。

「こんにちはーっ。出張保健室ですよ~」

「わっ」

 部屋の隅に置かれた椅子へ、一人の少女が座っていた。パステルカラーのミニスカナース服を着た、ボブカットの少女。

 ギリギリ静かと言える声で、最大限にハツラツに言う。

「緊張しちゃった人にお薬を配ってるのです」

 ナースキャップに着いたうさ耳がゆるんと揺れた。

 白い指先が持つ包みには、確かに錠剤が入っている。病院とかの薬ではないのでは……?

「薬って……大丈夫なんですか」

「と、沢山言われると思ってこちら、幹部さんに太鼓判を貰って来ていますっ。私は用意周到のデキる保健委員なので」

 えへんと胸を張り、椅子の横に置いた鞄から取り出したるは依折蛍直筆許可証。

 あの人が半端な物を許可するわけないか。

「私は皆さんを元気な状態へ癒したいだけなのですっ。危ないものは入ってない、ちょっぴり甘やかすだけのお薬ですよ?」

「私も貰ったの。緊張してたけど、今は落ち着いてる……」

 欠伸を噛み殺しながら言うものだから、ここで遠慮する方が不躾というもの。

 紙コップに注がれた水で、可愛らしい保健委員さんのお薬を飲む。

「ふうっ……ありがとうございます」

「患者さんいるところ眠兎(ミント)ちゃんあり、です!」

 気のせいだろうと思いつつ、心は柔らかくなった気がした。

 自分のベッドまで行って、今晩用の着替えを確認しておく。紙袋に入った『強化制服』とその横に並んだブーツ……『紅葉散し』を。

 

「椛野穂咲ーィ! あ、いた。席近っ」

「え? あ、木匠(こだくみ)さん? どうして教室まで」

 ある日の休み時間、突然やってきた彼は押し付けるように二つの荷物を渡してきた。紙袋は心当たりがあるが、もう一つの箱は知らない。

「それァ俺様んじゃない。それァ俺様の」

「ん?」

「だからァそれは俺様が作ってねーけど」

「ごめんそこはいいんだけど。もっと他の説明は?」

 先ず、彼は女子用のセーラー服が入ってる紙袋を差す。

「『銀狼隊汎用強化制服』戦う用にポッケとかあるし衝撃吸収とか硬かったりとかするぞ。多分連絡行ってっからそれ読めな」

 で、私が片手で持ってる箱の蓋を、彼は食い付くように開けた。

「これが俺様のォ!」

 声デカ。

「エクストラブーツ『百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)一歩を進む』だ!」

「何??」

「『百尺竿頭一歩を進む』だよォ、最高のセンスって言え」

「……ブーツの名前?」

「おうっ」

「長い……そもそも頼んでないわよね」

「頼まれずともやれる男が木匠様だからな」

 何から言おう、ひとまず受け取るか否かの話かな……。

 箱の中にはブラウンのブーツ、艶やかで上等そうなものだ。

「えーっと……なんなの?」

「焦るなよォ。先ず――……」

 

「ごめん休み時間終わるからそろそろまとめに入って貰っていい?」

「俺様より授業が大事かァ!?」

「正直そうよ! 沢山の機能が、色んな仕組みで成り立ってるのは、分かったけど……!! どうしてそれを私に? で、ネーミングは結局何??」

 強く出た私に臆する様子は一切なく、琥珀色の瞳が調子よく歪む。

「戦闘隊員のビデオは全員分見るようにしてンだよ。椛野……さんは足技メインっぽかったし、サイズは制服の修理届に書くだろ? アレ俺様達も見れッから分かンだよ。だから作った。使用感ぜってェ聞かせろ。俺様以外にメンテさせンなよ」

「さん付けはいいわよ。で……私、別に頼んでないでしょう? どうしてわざわざ」

「んなもン、作れたから作ったに決まってンだろ。告るならもっっと選ぶわ、渡すもん。色男舐めンな」

「ありが……とう」

「おうっ」

 これは確かに。悪い人ではないという評価がすごく落ち着いてしまうな。

 善悪とかを保留しないと、この少年の生きる速さには多分追いつけない。

「でも名前どうにかならなかった? 長いわ」

「はーーあ!?」

「そもそも必要ある……?」

「あるわ! お前ブーツって言えば自分のブーツだけがお出しされるとでも思ってンのか。これまで何人ブーツ履いて来たと思ってやがンだ。識別名は重要! 超重要!」

 これは正論かもしれない。

「じゃあ、名前は必要だとして……? 百尺……?」

「『百尺竿頭一歩を進む』」

「長いわ。やっぱり。識別って話なら、ブーツって分かる名前にしましょうよ」

「ぇあーー? クソッ、じゃーーっ一応。一応、まぁ朱輝さんの案も聞いてみっか?」

 それは普通に聞きたいかも。

 頷くと、彼は今までよりうんと小さい声で言った。

「『紅葉散(こうようちら)し』」

「それで行きましょ」

「はーーーあぁ!?」

「木匠うるせえぞォ! 帰ってこい!」

「穂咲ちゃんうるさーい」

「私も!?」

 

 ……あれから訓練にも、任務にも履いていったけれど、文句なしで抜群の感触だったのが、悔しい通り越して感服の思いである。

 私の持つ力を全部引き出すとしたら、今回の作戦に合わせて全隊員に配られた『強化制服』共々、欠かせない装備となっている。

「消灯ですよー。おやすみなさいませ、ですっ」

 気付けば小森さんも、カーテンを閉めて寝ている。寝ていないのは私だけだ。

 寝て起きて、最終確認を済ませれば、いよいよ戦いが始まるのだ。

 しかし……。

 暗くなったのと、薬が効いたのとで、張り切ろうとも力が抜ける。

「ふぁ…………ぁ」

 

 

 

――銀狼隊戦闘部、ただいま現着しました!

 

――噂は聞いているよ、椛野君

 

――ねえ貴方。殺す覚悟が出来てる人?

 

 ゆめだ。

 

 

――さぁ、際限ない再現の時間さ! 威厳なんて踏みにじってナンボだロ!

 

――オレ、二年の鳴島迅

 

――私は人を許さない。……復讐が出来るなら、何を差し出したっていい

 

 かけがえのない記憶。

 気にも留めてなかった記憶。

 

――すっごい火傷痕だねえ

 

――紙で切った? んじゃ手出して。……ほいっと、〈治癒〉って便利だよなぁ

 

――椛野さん。貴方は自ら怪我を負いたいのですか?

 

 戻っている気がする。

 大事な世界へ。

 ゆめじゃないところに。

 

――これが能力者の真髄だよ

 

――以上が戦いにおける革命戦力だ

 

――これにて今年度銀狼集会は終わり

 

 終わり。

 始まる。

 

「…………っ」

 瞼が大きく開かれた。薄暗い天井がある。

 寝過ごした? 沢山寝てしまった実感がある。

 まさか前倒しになった。早く行かなきゃいけない?

「みなさ~~ん……起きましたか~~……っ」

 保健委員の先輩が声を掛けると、衣擦れの音があちこちから聞こえる。

 カーテンを開けてみれば、皆まだ寝ていたらしい。

「お薬効いてましたねっ! 私は私を沢山褒めてあげます。皆さんはこれから大仕事ですっ! 終わったら沢山よしよしするので、順次保健室に来るとよろし。眠兎ちゃんはいつでもお待ちしております」

 ふふん、と、胸を張っていそうな声。

 でもごめんなさい。何処から何処までが薬の効果なのかで、私は戦慄してます。

「これから皆さんは~……お着替えした後、先輩が迎えに来たり、先輩を迎えに行ったりするのですよねー。頑張ってきた皆さんなら大丈夫! です!」

 ……戦慄とは、なんて失礼な。

「ふぅ……よし」

 いつもとちょっと着心地の違うセーラー服に袖を通して。……通して。

 腕に巻き付けていた組紐が引っかかる。軽い巻き方だったから、いっそと解いてベッドの上に置いた。

 ブーツがこれまた履きやすい。なんで本人へ確認取らずに履きやすい靴が作れるんだあの人。

「これどうしよ……」

 なあなあで持ってきちゃった組紐。

 別に、意地張って付けないとかじゃないけど。椛野として戦うつもりはないから、付けてないだけで。

 じゃあなんで持ってきたんだろ私……。

 

――穂咲。俺は穂咲のことを、親愛なる妹と思っている。

 

 そんな言葉、皮肉だ。信じちゃいない。

 ……ああもう! 面倒くさくなってきた!

「椛野さん、小森さん。準備出来ましたか?」

「あ、夜桜先輩。はぁい!」

 志は大事だ。

 戦う理由は大事だ。

 ただの暴力にしない為の信念は、誰より私達が持っておかなきゃいけない。

「わっ、気合い入ってるね。カーテンの開け方も……」

「椛野さん。……髪、纏めたんですね。似合っていますよ」

 これは思考停止じゃない。

 縛られない為の契りだ。

「ここで区切りを、付けたいんです」

「……。行きましょう、最終確認です」

 今は私の輪郭が分かる。

 決意に満ち満ちた私の輪郭が。

 

 

 

 一人の少女が隊長室の鍵を開けた。

 扉を解錠できる鍵は二本存在する。後発である合鍵は代々医療部管轄が所持している。

 そして本来の鍵、即ち隊長と認められる事で手にする鍵は、幹部の四人ではなく、不知火朱輝単独で管理していた。それが意味するのは至極単純、道理に適った事実。

 前隊長からの正統後継者。

 暗い室内を少し不慣れな足取りで進み、机のスタンドライトを付ける。

 それからは、先代の築き上げた原始的な記録媒体を広げ、記すためのペンを手に取った。

 

 来たる戦い、その記録の名は──白月戦線。

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