――銀狼隊戦闘部・一年
椛野 穂咲(かばの・ほざき)
……赤毛の少女〈種子〉
仙慈 寿人(せんじ・ひさと)
……目隠れの少年〈万華の右眼〉
小森 蜜歌(こもり・みつか)
……桃毛の人狼〈桜援〉
――銀狼隊戦闘部・二年
夜桜 雪(よざくら・ゆき)
……銀髪の少女〈獣人化:狼〉
――銀狼隊技術部・一年
木匠 岳(こだくみ・がく)
……琥珀目の少年
点呼取って……お風呂入って……点呼取って……寮の部屋でご飯を食べてたら、あっという間に午後四時。
どうやら参加メンバー全員が充分な休息を取れるよう、チェックシートが存在しているようで。
リラックスしたかったし、食堂は遠慮したけど、そろそろ担当の先生に言いに報告して、ちゃんと眠らなきゃ。
電気を付けてないから、夕陽の昏い赤色だけが部屋の頼りだった。
「逆に緊張しちゃったなー」
わざとらしく声を出してみるけど、沈黙が虚しかった。
就寝チェックが十七時目安だったはず。身体は大丈夫だし、もう少し瞑想とか。
ケリをつけるんだ。幹部が言っていた。四人全員、やる時はやる人だ。言うからには、本当にケリをつけるんだ。
狼煙になったのは入寮式襲撃事件。
新入生が脅かされたあの事件で、初めて敵を知った。
木枯銀河。弟を亡くした復讐者。
銀狼隊を壊す為に、今日までずっと起きているテロの首謀者。
それから吸血鬼の女の子。人に復讐したいっていう、名前も知らない子。
今日までずっと、彼女に傷付けられた人を聞いたことがない。
『椛野。《強欲の吸血鬼》のこと、どうしてそんなに気にしてんだ』
『彼岸崎先輩。どうして、って……』
『鳴島とか虎郷とかにも、見掛けたら何か教えてほしいつってんだろ? ま、結局
『……人を、傷付けたいって思ってるわけじゃ、ない気がして』
『あん……?』
戦って傷付ける事は、あの子にとって手段なんじゃないだろうか。
人を許さないって言ってたけれど。
私を引っ掻いた時も、ずっと苦しそうだった。
菊池君達を助けて、改めて思った。
望んで悪事を働いたわけじゃない人もいる。
彼らを巻き込んだ
あの子は、《
望まぬ戦いを強いられているなら、私はあの子を助けたい。
「あーあ……今日も視てるんでしょうね」
なら、黒豹隊に手を差し伸べようとする私のことも、万珠を通して知らされちゃうな。
机に突っ伏すと、手に柔らかい布地が当たった。
視線をやれば、それは赤と白の組紐。『椛野』の証。
身体を起こしながら摘まみ上げる。
「気丈で、強く逞しく生きようとしてる私も、貴方達がいたから出来上がった」
淑やかな口調は意図して辞めた。
切るな、纏めろと言われた髪は、中途半端に反抗した。
背筋を伸ばして慎重に臨む癖は、きっと貴方達に作られた。
「今では私の代えがたい背骨……ピンと背筋を伸ばす背骨……」
私はいつの間にか、組紐で輪っかを作り上げていた。
身体は大丈夫って思ってたけど、やっぱり疲れてたのかな。動きに思考が関与してこない。無意識と言って見逃せるほど自然でもないけど、意識的って宣言出来るほど、これに意欲的でもない。
陰る部屋の中で左首に巻かれた組紐は、あんまり映えなかった。
これで腑抜けた姿を見せたら、おこられてしまうかもしれない。
戦う理由が沢山あるな。原点も、理想も、仲間も、血脈も、みんな私の戦う理由。
考えているとたまに、大変になる。
「それでこそだよ。それでこそ。幼い頃からずっと、私の生き方は沢山理由があった。
沢山の理由があって、夢中になりながら生きる。今までずっと、そうでしょう」
引き出しには六人で撮ったプリクラがある。
初めて六人で観た映画のチケットもまだある。
鳴島先輩と聴いたオーケストラ、調べた履歴は携帯に残ったまま。
今は見ない。強く思う、私は見ない。
大切な人を背負って戦う。それを確認する為にわざわざ甘えなきゃいけない程、私は不甲斐なくないもの。
寮を出ると、青髪の少年の後ろ姿が目に留まった。彼は男子のチェックシートを担当している紫谷先生と話している。丁度彼も今から本部へ行くところなのか、と思ったけど、近付くにつれ、様子がおかしい雰囲気を察せた。
「……分かり、ました」
「気掛かりですが、私が強制することはありません」
「どうしたの。仙慈君」
深刻そうな顔が、何処か綻んだ。
先生の前に陣取るわけにもいかないので、私達は寮前のベンチを脇に、立ったまま話した。
「
「鴻上君って……あの、影の能力の?」
「そうだ」
そういえば同じクラスなんだっけ。私は彼を多く知らない、気弱で、優れた〈能力〉を持つ少年ということくらいだ。
「体育祭にはいた、よね?」
「ああ、入浴を済ませていることも分かっている。だが、部屋に行ったっきり連絡が取れない。いや……」
口ごもる仙慈君。黙っている時間は短く、焦りながらも、腹を決めた様子だった。
「部屋を訪ねたら、一度だけ声が返ってきたんだ。……無理だ、って」
「それで先生に、ね……」
「だが! ……」
場所も状況も全く違うのに、入寮式の夕焼けを、何故か私は思い出していた。
切実で、窮屈そうに祈りを潜めてる仙慈君の表情に、橙色がまぶされている。
前髪に隠れた右眼が、光を受けた宝石の如く煌いた。
「椛野君なら、彼を説得、出来ないか……?」
「……どうして私?」
「僕は、君の言葉に奮い立たせてもらったんだ。あの日の、丁度今の時間帯だったか。大きい庭で、菊池君らを助ける前……椛野君は僕を叱咤してくれたろう」
よく覚えている。押し付け合うように、私達は自分の感情を伝えてきた。
「君ならその志で、彼を前に向かせることが――」
「仙慈君」
確かにね。
貴方には、言われた分言い返したり、少し余計に言いすぎたりする。
この腕で、貴方の身体を突き飛ばすように、気持ちを押し付けたりする。
確かに貴方は、私の言葉で奮い立ったのかもしれない。
追試に合格した時も、一瞬でも私の表情が過ぎったのかもしれない。
貴方へ、多くの言葉を重ねたから。
……でもそれは、貴方にだけなんだ。
「私は、先生に共感してる。戦う気のない人を強制する気はないの」
「しかしっ」
「鴻上君とは、試験で話した以来何も交わしてない。彼が何故戦って、何を思って、どうすれば理想なのか、私は知らない。今、私が土足で聞きに行く気もない、したくもない」
「……っ、……」
「だから、行くべきは貴方」
彼の両肩を掴む。
「貴方は彼に戦ってほしいんでしょう。貴方が、彼と戦いたいんでしょう。
仙慈君はね、自分が思っている以上に、仙慈君じゃないと駄目なのよ」
木塚街で一緒に戦ってくれた人が仙慈君だから《月面の麗人》には勝てた。邑来にだって、貴方がいなきゃ勝てなかった。能力だけの話じゃない。
これは絶対言ってやらないけど、仙慈君がいるから私は、正しく本隊員になれたんだ。
「きっかけがなんだとしても、貴方の覚悟……意志、希望も理想も、貴方自身が大事に持ってなきゃ」
彼の肩を、小さく突き放した。
仙慈君は右眼に手をかざした。群青色の左目を瞑り、彼は彼だけの瞳で、何処かの景色を見ている。
「…………。行って……くるよ」
右手を閉じた仙慈君は、もう、自分の大事なものをちゃんとその手に握りしめていた。
本部の廊下を静かに歩く。早足で行き交う医療部、支援部の人達も足音を殺す。
仮眠室と、医務室のベッドまで使って、今晩活動する隊員は休息する運びとなる。既に寝ている人も多いだろう。
私にあてがわれた部屋は六つのベッドが並ぶ医務室。うち三つはカーテンが覆っていた。
「椛野さん。よかったぁ」
「……心配してたの?」
ベッドに腰掛ける小森さんは、照れ臭そうに笑った。
「こんにちはーっ。出張保健室ですよ~」
「わっ」
部屋の隅に置かれた椅子へ、一人の少女が座っていた。パステルカラーのミニスカナース服を着た、ボブカットの少女。
ギリギリ静かと言える声で、最大限にハツラツに言う。
「緊張しちゃった人にお薬を配ってるのです」
ナースキャップに着いたうさ耳がゆるんと揺れた。
白い指先が持つ包みには、確かに錠剤が入っている。病院とかの薬ではないのでは……?
「薬って……大丈夫なんですか」
「と、沢山言われると思ってこちら、幹部さんに太鼓判を貰って来ていますっ。私は用意周到のデキる保健委員なので」
えへんと胸を張り、椅子の横に置いた鞄から取り出したるは依折蛍直筆許可証。
あの人が半端な物を許可するわけないか。
「私は皆さんを元気な状態へ癒したいだけなのですっ。危ないものは入ってない、ちょっぴり甘やかすだけのお薬ですよ?」
「私も貰ったの。緊張してたけど、今は落ち着いてる……」
欠伸を噛み殺しながら言うものだから、ここで遠慮する方が不躾というもの。
紙コップに注がれた水で、可愛らしい保健委員さんのお薬を飲む。
「ふうっ……ありがとうございます」
「患者さんいるところ
気のせいだろうと思いつつ、心は柔らかくなった気がした。
自分のベッドまで行って、今晩用の着替えを確認しておく。紙袋に入った『強化制服』とその横に並んだブーツ……『紅葉散し』を。
「椛野穂咲ーィ! あ、いた。席近っ」
「え? あ、
ある日の休み時間、突然やってきた彼は押し付けるように二つの荷物を渡してきた。紙袋は心当たりがあるが、もう一つの箱は知らない。
「それァ俺様んじゃない。それァ俺様の」
「ん?」
「だからァそれは俺様が作ってねーけど」
「ごめんそこはいいんだけど。もっと他の説明は?」
先ず、彼は女子用のセーラー服が入ってる紙袋を差す。
「『銀狼隊汎用強化制服』戦う用にポッケとかあるし衝撃吸収とか硬かったりとかするぞ。多分連絡行ってっからそれ読めな」
で、私が片手で持ってる箱の蓋を、彼は食い付くように開けた。
「これが俺様のォ!」
声デカ。
「エクストラブーツ『
「何??」
「『百尺竿頭一歩を進む』だよォ、最高のセンスって言え」
「……ブーツの名前?」
「おうっ」
「長い……そもそも頼んでないわよね」
「頼まれずともやれる男が木匠様だからな」
何から言おう、ひとまず受け取るか否かの話かな……。
箱の中にはブラウンのブーツ、艶やかで上等そうなものだ。
「えーっと……なんなの?」
「焦るなよォ。先ず――……」
「ごめん休み時間終わるからそろそろまとめに入って貰っていい?」
「俺様より授業が大事かァ!?」
「正直そうよ! 沢山の機能が、色んな仕組みで成り立ってるのは、分かったけど……!! どうしてそれを私に? で、ネーミングは結局何??」
強く出た私に臆する様子は一切なく、琥珀色の瞳が調子よく歪む。
「戦闘隊員のビデオは全員分見るようにしてンだよ。椛野……さんは足技メインっぽかったし、サイズは制服の修理届に書くだろ? アレ俺様達も見れッから分かンだよ。だから作った。使用感ぜってェ聞かせろ。俺様以外にメンテさせンなよ」
「さん付けはいいわよ。で……私、別に頼んでないでしょう? どうしてわざわざ」
「んなもン、作れたから作ったに決まってンだろ。告るならもっっと選ぶわ、渡すもん。色男舐めンな」
「ありが……とう」
「おうっ」
これは確かに。悪い人ではないという評価がすごく落ち着いてしまうな。
善悪とかを保留しないと、この少年の生きる速さには多分追いつけない。
「でも名前どうにかならなかった? 長いわ」
「はーーあ!?」
「そもそも必要ある……?」
「あるわ! お前ブーツって言えば自分のブーツだけがお出しされるとでも思ってンのか。これまで何人ブーツ履いて来たと思ってやがンだ。識別名は重要! 超重要!」
これは正論かもしれない。
「じゃあ、名前は必要だとして……? 百尺……?」
「『百尺竿頭一歩を進む』」
「長いわ。やっぱり。識別って話なら、ブーツって分かる名前にしましょうよ」
「ぇあーー? クソッ、じゃーーっ一応。一応、まぁ朱輝さんの案も聞いてみっか?」
それは普通に聞きたいかも。
頷くと、彼は今までよりうんと小さい声で言った。
「『
「それで行きましょ」
「はーーーあぁ!?」
「木匠うるせえぞォ! 帰ってこい!」
「穂咲ちゃんうるさーい」
「私も!?」
……あれから訓練にも、任務にも履いていったけれど、文句なしで抜群の感触だったのが、悔しい通り越して感服の思いである。
私の持つ力を全部引き出すとしたら、今回の作戦に合わせて全隊員に配られた『強化制服』共々、欠かせない装備となっている。
「消灯ですよー。おやすみなさいませ、ですっ」
気付けば小森さんも、カーテンを閉めて寝ている。寝ていないのは私だけだ。
寝て起きて、最終確認を済ませれば、いよいよ戦いが始まるのだ。
しかし……。
暗くなったのと、薬が効いたのとで、張り切ろうとも力が抜ける。
「ふぁ…………ぁ」
――銀狼隊戦闘部、ただいま現着しました!
――噂は聞いているよ、椛野君
――ねえ貴方。殺す覚悟が出来てる人?
ゆめだ。
――さぁ、際限ない再現の時間さ! 威厳なんて踏みにじってナンボだロ!
――オレ、二年の鳴島迅
――私は人を許さない。……復讐が出来るなら、何を差し出したっていい
かけがえのない記憶。
気にも留めてなかった記憶。
――すっごい火傷痕だねえ
――紙で切った? んじゃ手出して。……ほいっと、〈治癒〉って便利だよなぁ
――椛野さん。貴方は自ら怪我を負いたいのですか?
戻っている気がする。
大事な世界へ。
ゆめじゃないところに。
――これが能力者の真髄だよ
――以上が戦いにおける革命戦力だ
――これにて今年度銀狼集会は終わり
終わり。
始まる。
「…………っ」
瞼が大きく開かれた。薄暗い天井がある。
寝過ごした? 沢山寝てしまった実感がある。
まさか前倒しになった。早く行かなきゃいけない?
「みなさ~~ん……起きましたか~~……っ」
保健委員の先輩が声を掛けると、衣擦れの音があちこちから聞こえる。
カーテンを開けてみれば、皆まだ寝ていたらしい。
「お薬効いてましたねっ! 私は私を沢山褒めてあげます。皆さんはこれから大仕事ですっ! 終わったら沢山よしよしするので、順次保健室に来るとよろし。眠兎ちゃんはいつでもお待ちしております」
ふふん、と、胸を張っていそうな声。
でもごめんなさい。何処から何処までが薬の効果なのかで、私は戦慄してます。
「これから皆さんは~……お着替えした後、先輩が迎えに来たり、先輩を迎えに行ったりするのですよねー。頑張ってきた皆さんなら大丈夫! です!」
……戦慄とは、なんて失礼な。
「ふぅ……よし」
いつもとちょっと着心地の違うセーラー服に袖を通して。……通して。
腕に巻き付けていた組紐が引っかかる。軽い巻き方だったから、いっそと解いてベッドの上に置いた。
ブーツがこれまた履きやすい。なんで本人へ確認取らずに履きやすい靴が作れるんだあの人。
「これどうしよ……」
なあなあで持ってきちゃった組紐。
別に、意地張って付けないとかじゃないけど。椛野として戦うつもりはないから、付けてないだけで。
じゃあなんで持ってきたんだろ私……。
――穂咲。俺は穂咲のことを、親愛なる妹と思っている。
そんな言葉、皮肉だ。信じちゃいない。
……ああもう! 面倒くさくなってきた!
「椛野さん、小森さん。準備出来ましたか?」
「あ、夜桜先輩。はぁい!」
志は大事だ。
戦う理由は大事だ。
ただの暴力にしない為の信念は、誰より私達が持っておかなきゃいけない。
「わっ、気合い入ってるね。カーテンの開け方も……」
「椛野さん。……髪、纏めたんですね。似合っていますよ」
これは思考停止じゃない。
縛られない為の契りだ。
「ここで区切りを、付けたいんです」
「……。行きましょう、最終確認です」
今は私の輪郭が分かる。
決意に満ち満ちた私の輪郭が。
一人の少女が隊長室の鍵を開けた。
扉を解錠できる鍵は二本存在する。後発である合鍵は代々医療部管轄が所持している。
そして本来の鍵、即ち隊長と認められる事で手にする鍵は、幹部の四人ではなく、不知火朱輝単独で管理していた。それが意味するのは至極単純、道理に適った事実。
前隊長からの正統後継者。
暗い室内を少し不慣れな足取りで進み、机のスタンドライトを付ける。
それからは、先代の築き上げた原始的な記録媒体を広げ、記すためのペンを手に取った。
来たる戦い、その記録の名は──白月戦線。