白夜と藍嵐   作:凍星 奏雨

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注 未リメイク

椛野(かばの)穂咲(ほざき)......今作の主人公。種子を浮かべ、生えた枝木を操る能力を持つ。現在は木塚街に建つマンションの屋上で《月面の麗人》と交戦中。

仙慈(せんじ)寿人(ひさと)......銀狼隊見習い。眼を合わせた相手にのみ命中する、衛星軌道の能力を持つ。現在は能力の反動で戦闘力が低下中。

金時(きんとき)射弦(いづる)......銀狼隊見習い。肝が据わっており、高い身体能力を持つ。現在は朽羽と合流し、椛野達のいる屋上へ移動中。

朽羽(くちば)那由多(なゆた)......銀狼隊幹部。氷雪を操る能力を持つ。現在は金時と合流し、椛野達のいる屋上へ移動中。

真代坂(ましろざか)仁子(にこ)......銀狼隊見習い。猫又の少女。現在孤立中。


月面の麗人......黒豹隊。月を出現させる能力と攻撃を無力化する能力を持つ。現在は椛野、仙慈と交戦中。

星久里(ほしくり)巡子(じゅんこ)......黒豹隊。


第八話 再現、開演 (付記・世界考察)

 真代坂仁子が電話を終えた後の出来事。更に言えば、椛野や金時の合流直後。

 廃棄街の一角、塀に寄りかかりながら彼女は一息吐く。宵の天井は心なしか遠く、そのまま首を回しても極彩や月は見当たらない。

 もうやることはないか、と。完全に役目を終えたように彼女は思う。どことなく浮いた気持ちの、間違いなく浮いた駒だ。達成感というのは特になく、例えるなら予防注射の後のような掴みどころのない終わりの予感。既に終わっているというのに、腰の据わらない呆気なさを抱いて時を過ごすのが今の真代だった。

 吉報を聞けばまた変わるだろうか、いやそもそも、疲れが溜まっているから浮遊感を覚えているのだろう。

 今日は色々な事があった。寝坊しかけて、入学式を経て、銀狼隊本部を見回って、友達の激闘を見守って、かと思えば支援部の仕事を見漁って。

 車に乗ってからは激動だった。車に揺られ、ついでに金時に運ばれ、幼少特有のタフネスがなければへたり込んでしまう()の数々。けれど今、結しようとしている。

 なんとなく椛野達のいるマンションへ近付こうとしていた足を止め、踵を返す。道は覚えていないが直感で車まで戻ってみよう。寂寥を振り切るように来た道をなぞろうとして。

 再び足を止めた。

「まだまだ、夜は決して結さないゼ。なア、YOUは何しに廃棄街ヘ?」

 真代坂仁子の根源的な感情が揺らぐ。入寮式、例え正体不明の黒衣だろうが不遜万全の麗人だろうが感じなかった鮮烈な危機。

 月明かりは静観する。

 燃えずの烈火、不可壊極彩が虚勢の巨星と繰り広げる死闘の裏。

 劇的でもなく、しかし劇場的に。

 底無しの恐怖。冒涜者。反芻虚数。星久里(ほしくり)巡子(じゅんこ)が介入する。

「言葉遊びが好きなンで、月の出る間は付き合ってもらうゼ。ツキのないお嬢さん」

 

 

「今のは効いたよ。そうか、キミ生きてたんだね。おめでとう。良い能力を授けた両親に感謝すると良い」

「僻み? 随分綺麗じゃない言い方だけど」

 互いに二足を必要とする間合で睨み合う。背後には仙慈君、消耗が激しいのは血涙を見なくても分かった。見た分、更に無茶はさせたくないと思ったけれど。

 実際、仙慈君を欠いて勝てるとは思えない。月に付随した転移や引き寄せは、近接格闘しか決め手のない私に特攻と言ってもいいくらいの脅威だ。

 実状、能力による邪魔が無ければ、勝ってみせる。

 深く息を吐いて、言いつけを思い出す。

『イタズラに一線を越えてはいけないよ。自分に条件を課して初めて、容赦を無くすべきなんだ』

『なら、聞けばいいんですか?』 

『……ふふ、そうだね。それでも良い』

 深く息を吸って、言い方を思い出した。

「ねえ貴方。殺す覚悟が出来てる人?」

「……? そうだね。あぁ、もうとっくに」

 契約成立。

「仙慈君。〈月〉は任せるね。だから、後は任せて」

「情けないが、分かったよ。任せてくれ、贋作の月に君の邪魔をさせやしない」

 心の底から微笑んで。

 腹の底から憤る。

 麗人は口を開く、私は地面を蹴る。交わす言葉は持ち合わせていない。

 二歩蹴り間合。

 彼女は数刻遅く構えを解き放ち、私の頭が存在した空間へ掌底を繰り出した。

 その頃には既に、ブリッジの要領で地面をついて後転している。半円を意識してつま先に力を入れる、恐らく腕が伸び切る前に、彼女の顎を蹴り放つ感覚を覚えた。まずは頭を狙ってくるという読みは当たったが、回避の為に追撃しにくい攻撃をしたのは失策だったかもしれない。

 清々しい蹴りの入り方をして、私は接地する。

 やはりと言うか、野球ボールを素足で蹴ったような堅い感触だ。けれど体制を崩している、効いてはいるようだ。ならばこれも有効だろうと足払いを繰り出した。

 地面と離れ傾く麗人。一回転を経て崩した彼女に続く一撃を放つところで、あるべき場所に彼女がいない。屈んだ状態で目の前を確認すれば、十メートル前方の上空に月が浮かび、飛来した極彩と対消滅する姿があった。その上に立っていた麗人は何事もなく着地を果たす

「思い切りが良くなった。厄介なことだ」

 おしゃべりな人だ。丁度いい、カマを掛けてみよう。

「貴方、仲間がいるでしょう?」

「ん。まぁ、だね。キミの仲間がうちの銃使いへ駆け出したのを知っているだろう」

「そうじゃなくて。この場に」

 でなければ辻褄が合わない。〈月〉の能力と、恐らく外傷を防ぐバリア能力、二つあってはおかしいのだ。

 この世界の絶対的法則。能力者は、()()()()()()()()()()()()()。月とバリアが結びつかない以上、もう一人の能力者がこの場にいて、片方を担っていると考えるのが相応しい。

 《月面の麗人》は沈黙を「いいや?」と打ち破る。

「庇っている訳じゃないけどね。残念ながら、私に帯びる能力も月を浮かべる能力も、どっちも私のものだよ」

 引っかかってくれないか。

 能力学として、全く別だと思われている能力が併合された一つの能力というのは珍しい話ではない。例えば花を芽吹かせる能力と花を枯らせる能力は、併合して一つの〈花を(めぐ)らせる能力〉として発現しうる。そういう類、拡張された解釈が彼女の能力なのだろう。

「まぁ、キミの背後にいる彼に敬意を表してヒントを一つあげるなら、だ」

 右腕を高々と上げた女性の指の先、遠く小さな月を近く大きな月が呑み込み隠す。

「この世界、反則なまでに単純なんだ。この世界、なんでもアリなんだよ」

 指を鳴らす音が響き、偽物の月が消える。風の音が微かに渡り通る澄んだ静寂が閑話の終わりを告げようとしている。

 単純で、なんでもアリが、ヒントなら。

「……いや。ナシでしょ。そんな」

 仮にそうだとしたら、もう手に負えない。

 出来るとしたらせいぜい、相手の意識がトぶまで打ち込み続けるだけ。

 歩み寄り、構える。蹴り主体の武術ならテコンドー辺りがメジャーだと聞いたが、それよりも少し前に腕を突き出す。相手の技を食い殺すための構え。師匠から課せられた枷を外した、真性の本気。

「見た事があるね。それは」

「私の独創(オリジナル)じゃないから。そんなこともあるでしょう」

 適当にはぐらかし。風が止む。

 困ったように笑った彼女は慰めたくなるようにいじらしく、惹かれそうになった。

 けど。流石にもう出し抜かれない。彼女の接近に合わせて後ろへ一歩ステップを踏む、後手必殺を良しとするこの型はどうにもフェイントに弱い。仙慈君の眼の調子も鑑みて、遅延をするだけしてから確実に持っていく。

 左手側に回った彼女に合わせ、右腕を出しながら技の初動を待つ。

 彼女は笑い、再度加速。

――そう来たか。

 背後へ控えた仙慈君へ彼女は駆ける。再加速した様子は確かに接敵した時よりも速いが、その程度の速度で私を振り切るつもりとは舐められたものだ。

 追随する、仙慈君と視線を交わした。『大丈夫』と。脚力は場数じゃ誤魔化せない、段々と縮む距離。

 後ろから引っ張られる。月の引力だ。このままでは距離が離れる、なんてことはない、彼女を巻き込まない程度の引力に掴まったところですぐに仙慈君が壊して見せる。

 充分近付いてから回転蹴りで確実に頭を叩き蹴る。その為には手の届く程の距離まで見積もらなければ、外した時が終わり。

 縮み、迫り、このままいける。

 と。

「思ってほしかったんでしょう」

 突如振り向いた彼女の掌底が私の心臓目掛け、狙い通り正確に飛んでくる。そんな細腕を私こそ狙い通り、正々掴み取る。

 全力で引き寄せる私を邪魔するものは何もなかった。同時に脛を蹴り押す事でバランスを壊し、うつぶせに押し倒す。彼女の右腕を掴み、背中に馬乗りになる。すぐに左腕を捕らえて種子で拘束すれば、殺す間もなく穏便制圧だ。

「これを切らないといけないとはね。文字通りの切り札を」

 ハッタリじゃないとしても、この好機を手放す訳にはいかない。と、目線を落とした先、彼女の左手には黒い紙が握られていた、細い長方形で無地。流石に訝しんだ間に、彼女はそれを指で挟み。

 破く。

 起爆。

「椛野君っ!」

 耳鳴りがする。左腕と、脇腹か。爆発に巻き込まれた。あの黒い紙がタネ、いや文字通り切って発動する札とは。何かが放たれると思い、彼女の手先を彼女自身の下敷きにすることで緩和しようとしたが、爆発は流石に無効化しきれない。

 赤い煙が晴れていく。爆破の衝撃で抜けられ、左腕を庇いながら立ち上がる。何処へ行ったかはまだ見えない。

 第六感。

 背後の気配を信じ、全速で右に弾ける。赤煙が空気に巻かれた。咳き込みながら睨んだ先、私が居た場所に、彼女は掌を向けていた。

「私が言うのは違うかもしれないけどね。爆破の盾に人を使える人間はもれなく外道だよ」

「紙が爆発するなんて思わなかった。ただ、何かが出てくるなら貴方の下に敷くつもりだっただけ」

 てっきりもっと穏便な打開策が紙から出てくるのだと思ったのだが。外道に外道と言われるのは不愉快である。

「互いに無傷とはね」

「貴方のせいで制服代かさむんだけど。……これを無傷って言われたくないし」

「いや。大したものだよ、本来ならもっと焼け爛れているべきなんだけれど。やはり毒にしてもらうべきだったかな。さて、キミもキミで、樹木使いという認識を改めた方が良さそうに見えるよ。うん?」

 何故、とは言わない。私が爆発を一部でも受けて五体満足なのは耐性を持っているからに他ならないから、それは互いの同一認識だ。なら根掘り葉掘りと聞かれるより先に、再び戦闘へ意識を戻させる。

「おっと待ちたまえ」

「待たない」

 端的な捻り蹴り。踏み込みが浅く半回転で打ち込むことになった、それでも当たれば昏倒物なのだが、腕で固められると正直苦しい。一度鉄棒を全力で蹴ってくれれば私の厭気が伝わるだろうか。直接の硬度と関係なく、彼女へ打ち込んだら自動反射(バックファイア)を食らうのが、厄介極まりない能力だ。

 攻勢を見せても口を閉じる気配はない。後ろへ下がりながら私の猛攻をいなし、彼女は言葉を続ける。

「よした方がいいという話だ。私は彼女を動かしたくないんだが、生憎切り札を使ってしまったからね、じきに来るよ」

「誰が」

 身体を前進させながらの後ろ蹴り。これも顔面を狙ったが、どうも読まれている。

「うちの幹部様が」

 だとしたらさっさとケリをつければいい。

 後ろ蹴りで使った右脚をそのまま踏み込みに転じさせ、左脚での蹴り上げ。さっきまで私の蹴りを受けていた腕は顔付近にある、これなら下で受けられる前に、顎を蹴り込むか、防がれたうえで体制を崩せる。

 顎への直撃を避ける為に降ろした彼女の腕へ、私の脚は届かず。

 無理くりに後ろへ引き寄せられる。引力か。

 即座に極彩が破壊したけど、距離を保たれてしまう。

 と、《月面の麗人》が不意に笑う。常時微笑んでいるが、それよりも大きく、仄かに歯を見せて笑う。

「早かったね」

「〈グラップリング〉はもう死んでンだ。こりゃ高いゼ」

 背後から声。幼いダミ声で、喋られるだけで不安になってしまうような女性の声だった。

 幹部様と言っていた。それはまさか、こんなにも早く?

 挟まれている。前面には金髪の麗人が、私の背後にいる相手へ目線を送っていて。背面には幹部と呼ばれている誰かが立っていて。

 私を中心に極彩が回る。私が衛星の軸になっているみたいに、それはまるで、私を守るように。

「さァ。アイツらはあんまり興じてくンなかったけどヨ、今日出会う奴全員が狭量なんてワケないよナ」

 意を決して振り向く。

 そこには赤髪の女性。赤髪? 何か、様々な色の乗った髪。ペイントもあって、いや違うその前に。

 女性の背後、白くたなびく白房の剣士。月光を背負った銀閃が彼女の首へ迫る。

「〈紫朧(シロウ)〉」

 振り抜いた場所へ姿は無く、その横数十センチ、微動だにしないままワープする。紫の残光を纏って。

「そういうのはヨ、御免! とか言いながら切りかかるんでねェの?」

「不意打ちですので」

 これまた続々と。場には仙慈君、私、《月面の麗人》に加え、不詳の赤髪と金時君が参戦する。金時君の身体や服は所々切れている、銃手との戦いで付いた傷だろう。

 今のうちに場を離れ、仙慈君の方へ寄る。極彩の動きは私に同期している訳じゃないから、キチンと合間を縫って。本来私を対象とした極彩じゃないのならすり抜けるんだろうけれど、まだ敵はその性質を知らない。隠せば不意を突けるはずだ。

「撃退戦か? 撤退戦か? いいや違うナ殲滅戦だ」

 そういうと女性は屈み、地面に手を付く。能力だろうか、阻止するとしたら距離の近い金時君だが、彼は大きく距離を取りながら「警戒を!」と叫ぶ。彼だって大声を出すのか、そう思ったところで、地面が揺れた。

「〈隆起〉」

 赤髪の女性の前面に位置する地面がすべて斜め上に()り出てくる。地面に乗っているのは銀狼隊三人、有利な立地を誂えただけか? 仙慈君の体勢を支えながら次手に警戒するが、いまいち読めない。能力はワープと、地形操作、総合すれば空間操作の類だろうか。駄目だ、距離も離れて後手後手になっていく。

「解除。〈過重力〉」

 足場が消滅する。隆起した足場によって運ばれた座標は、屋上の縁から更に先の虚空。

 身体が浮かび、間もなく落ちる。既視感。否、落ちたから分かる、速すぎる。これでは私の能力で受け止めようにも良くて脱臼、最悪捥げてしまう。

「不味い」「なっ――」

 両脇の彼らも狼狽える。不味い、本当にその通り、今回ばかりは打つ手がない。

 落下は決して長くなかった。ほんの数瞬、瞬き二つ程度。現象が次々襲い掛かる私達に、今度は寒冷が訪れる。

 凍る。落下体勢のまま私達はその場に固定される。身体中が痛く、視界が青白い。と思えばすぐに直接的な感触がなくなり、冷たい床にしりもちを着いた。

 何もかも置いていく怒濤、ようやく既知が現れた。

「なんとか間に合った。ってところかな……」

「今日何回この体勢で運ばれるのかなぁ」

 全員集結。反撃の時だった。

 

 

 再び場面は真代坂仁子。

「星久里巡子が介入する。的な場面だナ」

「……だぁれ?」

 右手を胸の前で弱々しく握り、一歩後退する。知り合った記憶もなければ名前も聞き馴染みが無い。当然の対応である。

 星久里と名乗った人物が言葉を考えている間、真代は観察に徹した。なにしろ外見、頭一つとっても情報過多で、奇人変人と烙印を押すくらいは誰だってものともしない。

 背丈は平均的な成人女性。白のノースリーブシャツと黒のプリーツスカートを纏っている。腰まで伸びた天パ系ワサワサ髪の頭頂には青い毛束が散らばっており、所謂メッシュ。加えて猫耳を模したヘアスタイルまで、恐らく手ずから。奇なる点は猫耳ヘアだけは黒髪という、団子も驚く三色目というところにもあるが、耳を模した髪を更に模して実は耳……という様子はない。真代とて親近感は毛ほども覚えない。そもそも真代に猫耳はないが。して、目は白と黒のグラデーション、上側が黒で、モノクロの曇天という婉曲な表現でもしなければ二つとない眼球の説明は難しい、この点は朽羽の眼球にも言え、真代は変な既視感を覚えた。

「最後に号泣を連想させる赤色のピエロメイク、ってとこかネ。あぁー、そんな疑問符浮かべてくれるなヨ、ウチは読む(・・)のが好きなんだ。隙あらばそうしちまうくらいに」

 真代は更に二歩下がり、星久里は一歩進む。

「その制服、月桜の生徒だロ? 福があったナ、支援部辺りだと思うんだが」

「だったら、どうするの」

「私怨は無いが、拉致るか殺すゼ」

 困惑や恐怖を押しのけて溢れる嫌悪が真代の心象を浸す。一生の中で、最も手に負えない人間を見たと今、彼女は断言出来る。

「ウチのことは既知だと思ったガ、新入生なら無理もねェ。せいぜい基地を見回った程度だよナ。ウチが日本に帰った日も少し前だし」

 言い切って、星久里は距離を詰め始める。早足ながらただの歩き、その不気味さに急かされて真代は逃走を図った。背を向けて駆ける。くたびれていたのは精神だけで、徒競走なら母校でも好成績を残していた彼女。ふざけた競歩に負ける現役女子高生ではない。

「あー、ワープ系は使いたくねェな。そだ。〈水砲〉」

 星久里は右手を掲げる。その数センチ上には半径五十センチの水の球が突如発生する。落ちずに浮かぶ球体は突けば弾けそうな不可解だった。

「いくゼ。読者サービスになっちまえヨ」

 気安いキャッチボールのように手を振れば、それは連動して放物線を描き始める。競歩よりも疾駆よりも速く迫る水の塊は砲の言葉を使うに相応しい。

「……お? マジかい、独りじゃねぇのか」

 星久里と真代の中間、水砲が最も高い硬度に達した瞬間。

 凍てつき、破散する。

 思わす振り向いた真代が目撃するのは、長き白房の少年、そして三つ編みの少年の背だった。

 星久里は彼らがやってきた方角を見る。住宅の高さをゆうに超える氷波が遠くに見え、先の氷散の技と照らし合わせた。察するに、地面から迫り出した氷に乗り高所へ移動後、スライダー型を作って飛んできたという事だろうと星久里は合点する。

「今の銀狼隊に機動力はないって聞いたんだがナァ」

「だから克服したんだよ。……方向転換が上手く言ってよかった。目立つ頭で助かったね」

 肩をすくめた朽羽は右手に白靄を漂わせ威嚇する。風が吹き抜けた後、再度少年が口を開く。

「銀狼隊幹部、朽羽那由多。あぁ、君の紹介は要らないよ。黒豹隊幹部にして遊撃者、星久里巡子。一回だって会いたくなかったけどね」

「――ほう。この方が」

「ご挨拶だナ、しかもなんか知らん伝わり方してるしヨ。そうもナヨナヨと弱気じゃあ喋りに困るナ。んで、朽羽とやらはアイツから聞いたが、白髪何某、アンタは何者だヨ」

 自分の事か、と闘争に燃ゆる意識を言語野へ回す少年。柄頭に手を掛けながら、ニコりと微笑む。

「金時射弦。貴方のような方と戦える場、待ち侘びておりました」

「滅多な事を言うなよ。流石に私の手にも余る。……何が目的だい」

 啖呵を切るような言葉に機嫌を損ね、朽羽は一歩前へ出る。

「どう応えるのが模範解答かネ。あぁ、こりゃ問いじゃないぜ、むしろ問えヨ。自分の胸に。つまりサ――部下の頑張りに応じてやろうって話なんだからナ」

 殺気。張り詰めた空気、貼り付けられた身体。喜々楽々といった佇まいが失せていき、潮が引いた其処に在ったのは、浴槽ですら溢れる血を被った女。

 畏れも武もなく、白房の少年は笑顔を剥がし、柄へ手を掛ける。

 朽羽は笑う。引き攣っていようとも虚勢であろうとも、なんであろうと笑った。

 戦闘は避けられない。ならばせめて、最高以外の全ての結末を避けてみせようか。

「生きる事を絶対目標にするんだ。その上で許可を出そう。死闘の許可を」

「恐悦」

 抜刀。悪魔を断った銀色は、醜悪へ向けられる。

「口上を言いナ。今以上は今までにねえだロ?」

 溜め息。後に冷気を腕に纏う。追想する銀狼の仲間達。意志、遺志。言葉なんて尽くせど尽くせぬ、恨みだろうと憎悪だろうと幾らでも並べてしまえた。しかし、今、自分の意思でここに立っている事は確かだった。誰に言われる訳でもなく、自ら。そしてその結果、後輩を死線へ繰り出している。

 転嫁のしようもない。

「生憎と……最悪はとうに過ぎている。道半ばの私達、せめてこの交錯点は速攻で終わらしてみせようか」

「良い感じに弱気だナ。齢十七にしちゃ上出来、んにゃら最大限遊んでやるヨ。鏡写しの道化、幹部の鑑を全うしてやる」

 三つ編みの少年は前へ腕を振り上げ、眼前を氷波が埋め尽くす。人一人を凍らせるには過剰極まりない規模だ。

 迫る氷を避ける猶予はない。星久里は前へ掌を突き出し、受け止めるようなポーズを取る。

 接触。

「〈転嫁点火(スレイヴフレイム)〉」

 氷が、否。冷気が手に振れた途端、それに連なる氷雪一切が燃え上がる。ひとたび燃えてしまった氷を見つめ、朽羽は呟く。

「あー、クソゲーが始まった」

 朽羽の能力〈雪哭〉は氷雪操作。更に言えば冷気を所有し、操る能力。故に自らの能力で出した氷塊なら冷気ごと消失させる事が出来るが、焼失の最中にあるそれは既に朽羽の制御下から離れてしまっている。巨大な火焔の塊の向こう、陽炎に揺らめく星久里を睨みつける。

「炎ですか。策はお任せしましょう」

「いや……アレに策なんか通用しない」

 背後の真代に気を遣いながら、冷気のパターンを思考する。

 火焔の先、星久里の朧から一点の光を見る。真代と朽羽と星久里は直線で結べる位置関係にいる。舌打ちを零した三つ編みの少年が、後方の塀に能力の焦点を合わせる。

「〈光線〉」

 朽羽が横に回避するのと同時に、塀から生え出た氷の円柱が真代を突き飛ばす。二人がいた直線状に黄色の光が奔り、氷円柱を焼き貫いた。小指程度の太さでも、それが胴体を貫けば致命的である。かろうじて転ばずに体勢を立て直した真代は感じた熱と裏腹に背筋を冷やす。

 光の標的が自分ではないと判断した瞬間から金時は駆け出した。塀を足掛かりに屋根へ上り、火焔を迂回して星久里の背後に回る。しなやかに接地し斬り掛かった、屋根から跳躍するのでは回避行動を取れないからであり、その判断は正解と言えた。

「卑怯者は針地獄に堕ちナ〈針鼠〉」

 星久里の背中から針が無数に生え伸びる。一本一本が金属バットのような色と大きさであり、それらはアスファルトや塀などに刺さるまで伸びていった。

「ッ」

 迎撃を早々に諦め、バク転を繰り返し距離を取る少年。子気味よく地面を叩いて六回目、一際大きく跳躍し、最後まで自身を追随した針へ刀剣を振りかぶった。叩き割るように力強く、しかし乱雑さは見て取れない。

 針の先端が地面に転がって、〈針鼠〉は沈黙する。星久里が纏う服には大きな円がぽっかりと空いていた。

「随分な運動神経だ。既に二年生以上のレベルだよ」

 かぶりを振って呆れる朽羽。彼の眼前にして星久里の正面では焼け焦げた道路が一際黒ずんでいて、しかし周囲の建物には被害が及んでいない。彼女の能力の性質なのだろうと少年は推察する。

 そして、能力の性質というトンチンカンな単語に自嘲した。

「今のは余興なんだろ? 《再現者》」

「……ッハハハハ! なんだヨ引き立ててくれるとは思わなんだ。そうサ、そう、冒涜者よりも遊撃者よりも、なによりそれが肌に合うゼ。」

 大きく笑い飛ばし、静寂の夜へ響かせる。

 朽羽と同じ構えを取る星久里。今にも振りかぶりそうな右手には、この場の誰もが見覚えのある白が揺蕩った。

「至高なる底辺異能〈再現〉。試行はこれまでダ、刮目しな。〈雪哭(・・)〉」

 朽羽の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 冷気を向けられた少年は、同質の力で対処をする。迫りくる氷波へ、逆巻くように下から氷を繰り出した。ぶつかり砕け合う不毛な結末が予測出来る迎撃だが、しかし激突音はそう壮大なものではなかった。

 星久里の手元から放たれた氷は朽羽の氷に絡め取られ、その勢いは上空へ高く塔を作った。星久里は苦笑するように息を漏らして、朽羽はなんでもないように白く息を吐く。

「私と同じ力なら……私の能力と同期させて、操れる。後の先とはよく言ったものだね」

「前線に出るような幹部が噛ませなワケ無いよなぁ、そりゃ。んじゃあ別の奴にかましてやるヨ」

 赤髪の道化は振り向くと同時にその地を蹴り砕く。

 〈強化脚力〉

 脚の力のみで弾丸の如き真一文の跳躍を見せる彼女の姿は、どこからどこまで余すことなく人間のはずだが、何処か異形らしさがある。

「誰であろうと、死線に立つなら同じ事でしょう」

「ハ、”立ってんのはお前らだけ”だゼ」

 金時の体幹がその場で固定され動かない。切先を向けているだけで、迫る脅威にその身は対処する気概がないような姿。それはまるで、身体が()()()()()()ように。

「……」

「ちょいと勿体なかったカ」

 〈釘を刺す〉言葉を媒介に相手を硬直させる能力。効きには個人差があり、三メートル弱の距離を残して金時の身体は自由を取り戻す。迎撃の態勢を取った少年は正々堂々と、先の悪魔退治を彷彿とさせる意気を帯びていた。

 実直にして最短最速の蹴りを放つ。技も冴えもない蹴り上げも威力は確かであり、旋風を引き起こす蹴撃をまともには受けず、距離をそのままに横へ避ける。

 勢いのまま進む星久里の背中へ素早く狙いを定める少年。一歩踏み込み、振り上げた刀剣を無情に下した。

「〈ロード〉」

 星久里の背中を狙う少年が、かつて星久里が通過した箇所にいる少年が、その身に衝撃と激痛を覚える。まるで、背中が剛力に砕かれたような。

「……!」

 〈ロード〉直前の動きを架空的に繰り返す能力。姿かたちのない、言わば過去という記録が金時射弦へ襲い掛かっていた。

 〈遮蔽〉

 勢い余って、大きな隙を晒しながら着地する寸前の事。浮いた身体のまま地面を叩き、直後、星久里の行先に壁が生え出る。朽羽が接敵した者の能力と同様である。

 身体を反転させ、壁を蹴る。割れる気配はない。コンクリートを粉々にした程の脚力は損なわれていると、金時朽羽、双方が理解した。

「段々と力が消えていく感じね」

 丁寧に息を整えて態勢を立て直す金時に、防御の姿勢は未だ取れない。強化のピークが過ぎていようとも、脚を、破壊力を磨き上げた椛野の一撃と、それは同等以上のものであった。モロに食らえばこうなるのも当然の威力である。

 星久里の身体が蒼の円柱に取り込まれた。瞬時に現れた円柱の氷が、地面から縦に伸び、彼女を凍結に巻き込んでいる。目に余る享楽主義であることを理解し、剣士には近接戦で追い詰めるだろうとの予測が見事的中したものだ。

 空気中が朽羽の矛先。予測さえ済ませておけば数十メートルの範囲を任意に凍らせる事も容易い。

「フーッ……恩に着ます」

「キリがない。後で聞くよ」

 次いで星久里巡子の身体自体を凍り付かせようと氷円柱内部の温度を狂い下げるが、罅が入り始めた光景に朽羽は舌打ちを零す。

 〈振動〉

 内部から爆ぜるようにして砕ける氷から解放されたのは、姫君よろしく輝く星久里だった。決して虹でも黄金でもない、原始的な赤。根源的恐怖である炎色に輝いている。

「〈火衣(ヒゴロモ)〉、これ結構好きだったんだがナ。日頃から付き合いのある奴だから補充には事欠かんがネ。てかよ、アンタ手加減しすぎじゃねえカ?」

「……なんのことかな」

 〈雪哭〉の持つ力は凡そ一般的ではない。能力者のセンスと努力によって、一定の地点から逸脱した能力である。〈再現〉の副次効果でそれを理解した星久里は、手ぬるい攻撃に疑問を抱いた。

 制約はたった一つのシンプルなもの。

 前方に構える金時はまだしも、後方の真代はまるで戦闘能力がない。物怖じせず、立って状況に適応しようとしているだけ優秀な方だが、気を配らねば間違いなく死ぬだろう存在。

 加えて〈雪哭〉の性質上、周囲を巻き込まざるを得ない。

 この場において。銀狼隊幹部朽羽那由多にとって。真代坂仁子の命も金時射弦の命も、黒豹隊幹部の命より遥かに重い。

 例え差し違えるような事があれば、敗北も敗北、大敗ですらある。

 命を背負っているなんて、今更だが。

 間合を取り、朽羽の傍へ合流した金時に三つ編みの少年は指示を出す。

「少し引き気味に戦ってくれ。もう充分だ、君に合わせながら彼女を護る」

「了解致しました。しかし、遠方への牽制において私が芸がありませんから」

「勿論。そうなったとしたら、それはそれで好都合だ」

 小声でやり取りする様子をニマニマと眺めながら次手を考える星久里。けれど、待てども睨み合いばかりが続く戦況に何かを察する。時間稼ぎか、或いは消極的な戦法に切り替えたか。

 増援を呼んだ様子はない。ならば今の朽羽達が持つ手札は、残る二人の新人隊員。けれどそれは自分の部下が交戦しているのを知っている。新進気鋭の勢いに彼女が負ける可能性は、まぁ無きにしも非ずと言った評価だが、一報も無くくたばるというのはないだろうと星久里は判断する。

「隙が出るまでってやつかネ。構わんゼ、今までト何も変わりゃぁせん。なんせウチの内側は隙だらけダ」

 言い切った赤髪の道化が両腕を揃えて上げ、叩き付けるように振り下ろした。地面と幾許の空間を残した掌から、煌々と燃ゆる光が宿った。

 朽羽へ、金時へ、真代へ、平等に襲い掛かる炎の波。火焔の津波と言う他ない怒濤の炎が道路を焼き潰していく。

 一歩前へ出た朽羽が冷気を放る。腕に渦巻く微かな白の気流は、火焔の大波と相対するのにかくも心細いものだったが、顕現した氷塊はまるで段取りもなく、炎熱が滑稽に思える程強大に星久里へ放たれた。

 大波を更なる波で押し返す。デタラメながらも正攻法。先のやり取りよりも幾分温度を下げていたが、対するのが炎というのもあって目に見える低温の侵蝕は発生していない。このまま分かりやすく、熱と熱の打ち合いになれば戦い易いと朽羽は思う。

 迫り来る氷を迎撃しようと足を浮かせようとした星久里は気が付く。自身の両足が根強く、氷によって地面に結ばれている事を。

「抜け駆けとは抜かりねエ」

 何度も氷に飲み込まれてはパフォーマンスが落ちる、それに氷中は朽羽の掌の上……否、段階的に言えば最早腹の中と言える。氷波を食らってから対処する選択肢はなかった。

「えー、〈伸縮〉プラス〈指向爆破〉」

 身体がガチガチな星久里巡子、腕を漫画のように伸ばし地面へ触れる。氷波接触僅か数センチというところで、地面が炸裂した。地面が隆起するような爆破が氷の下からアッパーの如く発生、その規模は炎波と氷波の接触点より深く朽羽達の方へ繰り出された。

 氷壁で爆風の余剰を防ぎ切り、チラリと真代へ目線をやる少年。意趣返しのように何かされていても不思議じゃない訳だが、そこは案外人間か、ちょっかいを出す余裕はなかったらしい。

 少女の視線には未だ、強く孤独感が染みている。恐怖とも違う、それよりも阻害感や不満の方が近い方向性だ。無理もない、彼女の命を握っているのは星久里と朽羽の両名、真代坂仁子の意思は介在を許されていないのだから。

「……大丈夫。逃がせたら逃がすよ」

「頼りにくいよぉその言い方」

 随分肝が据わっている新人だと朽羽は笑う。連れてきた全員、どうしようもなく向きすぎている。自分の命を土俵へ乗せる度胸が、一周回って欠落しているくらいに満ちている。

 ここで無用な挫折は要らない。

 守る覚悟の、その先を見る。

 〈発条〉〈加速〉

 身体能力を能力で無理矢理繰り上げて、朽羽金時両者に赤髪が肉薄する。真正面、正々堂々と。

 金時の動きを阻害する訳にはいかない。プラン通り、立ち回りを接近戦に切り替える。右手には氷で造った直剣、技の冴えは見劣りしても経験は裏切らない。なにより、人に合わせるという点で言えば朽羽は随一の天才である。

「捻じれな」

 生きている世界が違うように、星久里の身体が全てを置き去っていく。事実違うのだろう。〈加速〉によって、彼女の動きは法則からズレている。

 そんな理由のない迅速に一拍の誤差もなく氷剣を斬り込む少年。その冷静な双眸が観測するのは、捩じり曲がる剣先。そして切先を向けられて尚、星久里巡子は止まらない。

 〈歪衣曲(わいきょく)

「下がれ!」

 眼前の異常と指示に躊躇いなく星久里から離れる白房の少年、一足飛びで塀に乗る。対して朽羽、直進する今の彼女には正攻法で巻く事は出来ない。だからといって近付けば最後、星久里に帯びる力によって有無を言わさず体躯が捩じ切れる可能性が高い。

 まず初手、星久里の顔面へ白を放つ。それは雪、物理攻撃力のない真白な雪だ。突如現れた雪塊に頭から突っ込む形になる星久里、最も命中することなく、その雪は彼女の顔の周りを回遊し始める。

 次手、朽羽の右足を氷円柱が突き上げる。半径十五センチメートルの細く心細い円柱は、朽羽を乗せて二メートルのところで壊れる。星久里によってねじ壊されたのだ。しかし、想定内。むしろ狙い通り。〈加速〉はあくまで自分の一挙手一投足を速めるだけであり、即時に稼いだ高さを埋める手段にはなり得ない。

 〈歪衣曲〉は使用者に右回りの力場を付与する能力。一種のベクトル操作であるそれは人体でも鉄骨でも捩じ切ってしまうが、大きな形態を持たない雪を切って離す事は不可能。〈雪哭〉は氷()操作能力。雪を任意の座標に出現させるのも、導線を作り操るのも造作はない。目くらましとなった純白は、真上にいる朽羽を正確に補足することを不可能とさせた。

 星久里の酷く歪な笑みを見た者は誰もいない。白の隠蔽の中には、純白よりも純粋なる、悪意が潜む。

 赤髪の道化は変わらず直進、朽羽にも金時にも目はくれず、軌道そのまま真代へ駆ける。三つ編みの少年が予期していた事だが、それでも最悪な選択に変わりはない。

 だからこそ、最も対処し易い。

 星久里の踏み出した足元を、正確無比に氷円柱が突き上げる。地雷を踏んだように鮮やかなタイミングで、真代の反対の斜め上に上昇する赤髪の道化。即座に飛び退いて、飛び退いた先から再び円柱が突き上がる。そうしたやり取りを残り二回繰り返し、通常速度に戻った星久里が停止する。

 巻き付いていた雪も落ちる。それは力場の消失を意味した。

「何故足元の氷は捩じ切られないのか。……土壇場ではあったけど、やっぱりだ。足元に力場を作っていないんだろ。じゃないとまともに走れないはずだ」

「大当たりだヨ、アタリの付け所がいいナ。や、しかし、〈加速〉は酔って仕方ねえ――」

 迫る銀尖。

 潜んでいた白房の少年、会心の突き。確かな手ごたえを感じた刀剣が停止する。

 側頭部を串刺しに狙ったが、寸前で気付かれ、掌で軌道を変えられてしまっていた。星久里の掌は真正面から刀剣を受け止め、血が溢れる。

 だというのに、彼女の曇天眼は朽羽を掴んで離さない。

 〈銃化鬼〉

 彼らが見た目に変化がないと思ったのは、間違いではない。服の内側、茂みから覗く狩猟者のように、それは密かに孔を開けた。

「――ッ離れろ!」

 引き抜けない刀剣に一時硬直した金時の身体へ、星久里の正面に立つ朽羽へ、絶え間なく銃弾が放たれる。

 刀を手放し後方へ跳躍する金時。星久里と金時の間に氷壁が割り込むが、それでも至近距離からの連射を凌ぐには備えが足りない。

 同じく厚い氷を壁にした朽羽が声を張り上げる。発砲音がなくとも、ひたすら砕氷の音が鳴り続けるこの場は耳に険しい。

「今のうちに距離を取れ、こうなったら君に手出しは出来ない!」

「いいえ、致命傷は避けました。援護をいただければ私はまだ戦えます」

 その言葉は力強く、何処か執念さえ感じ取れるものであった。椛野の使命感や仙慈の正義感とも当てはまらない戦意への執着が、頬を伝う血液を、腹に開いた穴を、意識から掻き消している。確かに内臓からは外れ、太腿や首といった重要な血管も避けているが、それは無痛を意味する状態では決して無い。

 それでも、異常を奏でる痛覚を無視して、氷壁越しに敵を見つめる。

「良い気概だなァ気が知れないゼ。息が出来なくなっても知らねえけどヨ」

 再び氷円柱が突き出る。この場面、味方を高所に上げようが星久里を高所に立たせようが、等しく銃弾に撃ち抜かれる。つまりは、再現の御手が及ぼした舞台改造。

 氷円柱で自分を運ぶ星久里。予想外の挙動に大胆な行動を咎める事が出来ず、朽羽の意識は再び真代へ向けられる。

 一度視た能力を再現する。相対した能力者は、全ての挙動を鏡写しで再現されうる能力。

 《月面の麗人》へやったように直接相手を凍結させる術は使えなくなった。それは星久里へ、視界に映る誰かの動きを自由に止められる権利を、そのまま譲渡する事になる。

 覆うように出した氷で降り注ぐ銃弾を防ぐが、防戦一方。死角なんてない全方位射撃には氷を差し向けても砕かれるだけ、地面から距離のあるこの状態だと即時的な強襲は困難だ。

 〈引き寄せ〉〈反発〉

 金時と朽羽の身体が浮く。けたたましく綻ぶ氷壁の先、星久里が引力の発生源だと理解するのは容易かった。殺傷力の塊と言える彼女の周りには引き寄せる力場が展開されている。幸いにも射程外の真代を、追い詰めるように星久里が迫った。

 氷の壁で往く手を阻もうと、横幅も大きな分厚い壁が道路を封鎖する。

「〈凝固〉」

 方向転換。見えない壁を蹴って、最も近い朽羽へ強襲する。見るに、顔と足の裏からは射撃されていないことが分かるが、それがなんだと少年は表情に出す。常時機関銃を全方位に発砲しているような人間が突撃してくれば策もなにもない。

 氷波に乗って後退しつつ、氷壁を相手に押し付けて無理矢理距離を離す。

「ぐっ……?!」

 〈裏面隠し〉

 朽羽の背後に行き止まりの壁が現れる。対象の背後に壁を用意する能力によって逃げ場を失い、急接近する星久里の凶弾が氷壁を貫通。それにとどまらず、背面に出現した壁で跳弾した弾丸が銀狼隊幹部の肉体を抉る。

 新入生を狙われ続け、徐々に外れていた自分自身への警戒。それは悪い方向へ実を結んだ。

 〈銃化鬼〉、鬼を冠する能力というのは伊達ではない。並の実銃ならこうも容易く貫通する事はなかっただろう。

 能力のアベレージを上げ、強く冷気を噴出して星久里を跳ね除けた。三つ編みの少年の目に見えた全力の拒絶は、金時達にとってこれが初めてだった。

 再度仕掛ける星久里の足が止まる。

 爆発音。

「今度はなに……!」

 四人が一斉に音源へ向く。そこは一つの建物の屋上。当初少年二人が向かっていた、椛野仙慈との合流地点だった。思わず焦燥が口を付いて出る真代だが、その次に異を唱える様子の人物は意外にも星久里だった。

「おいおい、ひよっこ相手に切札吐かされてんじゃねえかヨ。ったく、世話の焼ける女だナ」

 身体からの銃撃が止み、星久里の意識の全てが建物の屋上へ向く。

「服がカッコ付かんナ。〈意匠〉……こんなのにも()()()を付ける方がカッコ付かないが、そういう決まりだしょうがない。んじゃ悪いが、今度はウチが正義のヒーローになるとするかネ」

 〈グラップリング〉

 星久里の左手が融けたように輪の形となる。金時の刀剣がそれによって落下し、次の瞬間には星久里が屋上へ飛んでいく。吸い込まれているような絵面でひとりでに飛んでいく様子は判断を鈍らせるのに充分で、決断を強いられる頃にはその移動を止める事は出来なくなっていた。

 金時は躊躇いなく刀剣を拾い、星久里を追う。屋根伝いに一直線だが、階段やエレベーターを使う時間が惜しいと考え、背後の朽羽に目線を寄越した。

 半ば反射的に、少年は金時を押し上げる。氷に運ばれた無情の剣士は、得物を睨んで逃さない。

 朽羽も即座に周囲の氷を消滅させ、出血箇所を凍結させながら真代に駆け寄る。身体を掠っただけなら処置は後に回すところだが、金時と違い大きな血管が持っていかれている。別のリスクを承知でも止血をしなければ命に係わるものを食らっていた。

 そんな事をおくびにも出さず、躊躇いない様子で真代を持ち上げる。

「状況が読めない。悪いけど君も来てもらうよ」

「え? ぐえ」

 彼女にとっては既視感のある抱え方をしながら向かう朽羽。孤立になった真代を標的にする釣りかもしれないし、そうでなくとも、全員が集合するであろう場面でたった一人を外すのはリスクが大きい。

 少年は懐から何かを取り出しながら思考する。

 見るからに救援へ向かった様子だが、わざわざ〈銃化鬼〉を解いた理由が分からない。味方に誤射をする可能性はあるが、それにしたって撃ちっぱなしの方が星久里巡子にとって安全な事に変わりはない。能力を出し惜しんでいるとしても、〈強化脚力〉や〈加速〉のようなものと併用されたら更に苦戦を強いられただろう。時間経過で消えたというなら、〈強化脚力〉の時に見せた出力の低下が無かった。

「……自分の身体に作用する能力には、併用に制限があるのか?」

 マンションが近付いてきた頃、屋上から見るからに異常な隆起が発生する。星久里の仕業というのは見るに容易い。

 自分が星久里だとして、能力の仕様を最小限にして殺す方法は。

 懐から取り出した一つの端末を真代に持たせながら、もう片方の腕で冷気を纏う。消滅する隆起した足場によって落下する三人が見える。落下速度が思った以上に速いが、それでも彼にとって調整はお手の物。

「容赦がないな……!」

 放たれた冷気は落下している三人を丸ごと凍らせ、その動きを完全に停める。

 

 

――私も戦うよ。だって、その為に来たんだから。

 春荒れの月夜、終戦は近い。




代……真代坂仁子
朽……朽羽那由多

代:というわけで
朽:うん
代:台本を読んでいきます
朽:うん?

異種族能力者の差別を始めとした、平常と隔てられた世界観点。
ここは生徒である真代坂仁子が様々な者を講師に招いて解き明かしていくコーナーである。

――真代坂仁子の世界考察――

【第一回】『銀狼隊と黒豹隊』

代:というわけで
朽:うん
代:今回の議題は『銀狼隊と黒豹隊』だよ
朽:長くなりそうだ
代:部隊構成とかは穂咲ちゃんがさっくり教えてくれたし、きっと後であいさつするよね
朽:だね。今回は組織としての立場に触れて行こう。
代:ふんふん
朽:銀狼隊は”六十年程前に創設された”、治安維持を目的とし、異種族や能力者の共存を理念とした警備組織だよ。なんと言っても、学生だけで構成されているのが特徴かな
代:なんで? 大人がいた方が良いのに
朽:ま、難しい話じゃない。”組織の存続には校長が大きく関わっている”からだね。これを説明すると他のところに焦点を当てることになるから、校長先生の存在が銀狼隊の大きな後ろ盾になっているという事だけ、今回は知っておいてくれればいい。
代:ふぅん。それじゃあ銀狼隊は

『校長に組織の存在を守られながら、異種族や能力者の共存の為に戦う集団』

代:って事なんだ
朽:そういう事だね。戦うって言うのは、差別や偏見と闘う支援部達も含めた良い表現だと思うよ
代:支援部贔屓だ
朽:支援部管轄だからね、私は。それで、次は黒豹隊の関係か
代:お願いしまーす
朽:黒豹隊は銀狼隊の設立とほぼ同時期に発生した、異種族と能力者の集団だね。これは全国で目撃されていて、本部は所在不明、隊長も正体不明だ
代:銀狼隊を意識してる感じがすごいね。銀と黒、狼と豹なんて
朽:そう。実際、初代・銀狼隊隊長と現・黒豹隊隊長は因縁があるみたいだ。まぁ、それはいつか分かるとして、彼らの目的は

『異種族、能力者にとっての理想郷』

朽:私らと似て非なる、利己的な集団だ。この目的は黒豹隊の中でも中枢に近いメンバーばかりが意識していて、下っ端とかは自分の力を好き勝手に使うだけ。あまり統率が取れていないよ。奴らの幹部だって、どれほど理想郷とやらを信じているのか分からないね
代:ふんふん。統率が取れていないって言っても、今戦ってる人達は仲間意識があるよね
朽:そうだね。《反抗する火種達》……黒豹隊の中で更に部隊が存在するのは珍しくない。警察にも機動隊や鑑識、公安とかがあるように、目的を達成する為に作られた集団は過去にも沢山あった。ただし、今回は幹部の星久里巡子まで絡んでいるのが、少々不穏だ
代:今までに出てきた黒豹隊の人達はどんな関係なの? 組織の感じがよくわかんないや
朽:あくまで推測になるけど、図にしてみようか

隊長:?
幹部:星久里 他
反抗する火種達:
リーダー《月面の麗人》
部下(?)《強欲の吸血鬼》《拒絶の悪魔》《壊れた極彩》《穢れた神話》
指揮関係
隊長>星久里>《月面の麗人》>雑兵(銃手の悪魔、〈遮蔽〉の使い手等)

代:ふんふん。隊長が校長で、幹部が先生で、《月面の麗人》が部長。みたいな?
朽:まぁ、まぁ……身近な例えならそうなるのかな。ともかく、今銀狼隊が直面している敵は整理出来たね
代:うん。でも、なんで戦う必要があるの? 下っ端が勝手にしてるのはまだしもさ、理想郷と共存って、そんなにズレてないよね
朽:……そうだね。《反抗する火種達》には理想郷とは違う目的があるのかもしれない。それに、黒豹隊との因縁は先代が繰り広げてきた話だ。私達はただ、黒豹隊の起こす事件を止めるだけ。さ、まとめに入ろう

『約六十年前に二つの組織は設立された。先代達が繰り広げてきた因縁が、今の組織にも影響している』

朽:そういう訳で、『銀狼隊と黒豹隊』でした。
代:合いの手担当真代坂仁子と
朽:解説担当朽羽那由多。お疲れ様でした

朽:ところで、君の名前は『真』じゃなくて『代』なんだね
代:ありふれてないから記号として分かりやすいんだって
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