彗星が近い 作:情けない奴!
我々の半年以上の努力が実現する瞬間が近づいて来た。この作戦が成功すれば、アクシズ内の穏健派も再戦・独立に向けて立ち上がるだろう。連邦に束の間の勝利を与え一年、堕落した彼らを叩くまたとないチャンスなのだ。それを機に本国の連中も気づくだろう、連邦の真実を。
提督は慎重すぎるのだ。我々ジオンは確かに一度は敗れた事実はあれど、あれは指揮系統の乱れがあったからこそである。ジオンとして一丸となって立ち上がれば連邦など恐るるに足らず。ましてや、我々の同士が奇襲とはいえ補給も無い状態でも攻め込むだけで半壊する連中なのだ。現実を見てしかるべきである。
「どうだねダリオ少佐。提督はまだ重い腰を上げないのかね?」
「ハインツ少佐は独自で動いてるようですが…我々の動きをまだ察知していないのでは」
「いや、それはないな。提督は慎重ではあるが無能ではない」
エンツォ大佐は信頼する同士達と作戦侵攻に伴う打ち合わせをしていた。作戦自体は穏健派からの妨害が想定より少なくスムーズに進んでいる。連邦からの奇襲による大義名分と敵を打ち倒す英雄の登場。その両方が成立すればどのような小細工も、世論という勢いに押されるであろう。何も問題ないはずだが、どこか納得できない気持ちがある。
「はっ、あのガキ共のお守で精一杯って事さ!」
「おいおいモニカ。そのガキの一人にやられたからって」
「マルコ!その口を黙らせてやろうか!!」
「落ち着け二人とも。モニカもそう怒るな、マンマはあの赤い彗星が見定めたのだ。その見識を褒めるべきだろう、我々の素晴らしい同士を発見してくれたとな」
モニカ大尉はまだ内心で煮えたぎっているが、抑えられるぐらいには落ち着いた。マルコ少佐、両者共に囚われの少女という事を認知している為だ。
「それにしても予想以上の実力だな。本当に戦闘プログラムも行った履歴はないのかね?」
「はい。確認しましたが、模擬戦による戦闘が二回のみです。ハッキリ言って異常です…NTとはそれほど特別なのでしょうか」
「いいや、ならばハマーンはどうなる。なに、そう驚くことはない。連邦のあのガンダムのパイロットも機体性能差があったとはいえ、初戦で我が軍のザク二機と赤い彗星を退けた実績があるそうだ。才能という枠から出んよ」
英雄となってもらう候補として最適であるのだ。喜ぶ事はあっても、悲観になる事はない。問題は、我々の思惑を察知しているであろう提督がなぜ行動しないのかだ。探りの一つでも入れて来るかと思ったが、ハインツ少佐は周辺を探るだけであえて近づいて来ないように見えるのだ。
提督が我々の動きを理解した上で放置するとは考えられない。妨害も視野に入れて、同士達といつでも連携できる体制で待ち構えているが、音沙汰がない状態が続くのも不気味な感覚だ。
「提督が何もしないというのは気がかりではありますが、もう遅いとも言える段階でもあります。それを察して、被害を抑える方向で動く気ではないでしょうか」
…確かにそうなのだ。連邦艦隊がこちらに向かって来ているのはスパイの連絡から確認している。今更妨害を受けても止めることはできない。何より我々を抑えれば、アクシズ内の派閥が割れる事を理解している提督が強硬手段取るとは考えられない。
「そうかもしれんな。何か策があるにせよ、我々の作戦を妨害できる段階ではない。戦闘が始まり、我々と仲違いなどそれこそ賢い提督が嫌うであろう」
無駄に被害を大きくするはずがない。提督の補佐として接してきたからこそ、あの男の力量は理解しているつもりだ。
「どう転んでも我々の意思は遂行される。この戦いの勝利を持って、ジオンは再び独立に向けて歩みだすのだ!」
あえて言おう。この戦い、我々の勝利だ。
「360度見えるモニター…でありますか。確かにMSの死角が減れば敵の察知から始まり恩恵は計り知れないかもしれません」
「ああ、どうにか導入。いや、開発できないだろうか」
「今すぐとはお答えできません。ですが、シャア大佐は技術開発の経験が?」
「…いいや、MSに乗っていると気になってな」
シャアは妙な胸騒ぎを感じていた。急進派の者達が継承式に合わせMS、兵達の誘導を指すようになった。マハラジャ提督に相談してみたが、手を出す必要が無いと別の情報を探っている様子だ。マンマにも聞いてみようとしたが、ハマーンと行動していて会話ができていない。
戦いが近づいている。そんな漠然とした感覚を自分は感じている。長年の経験から感と言うべき直観が反応しているのだ。
(あの未来で乗っていたMS。あの性能とまでは言わないが、少しでも手に入れば)
マンマの力で見た未来。その光景を思い出し、自分が乗っていたMS内部を参考に何か性能向上に貢献できないかとオリヴァー技術中尉に相談したのが今の会話である。
「…安直な考えでよろしければ、少し増設すれば可能ではあります。現存するMSの光学センサーに繋げる都合上、問題点も多く出るでしょうが」
「具体的には?」
「MSの頭部を増やすのです。360度となると…背中とコックピット付近に」
「内部カメラだけを付けれないのか」
「耐久面等で問題が出てきます。頭部パーツ込みで運用が想定される部品ですので、最初からそのような機能を内蔵させるなら、製造の過程で組み込まないと現状できないかと。コックピット内にモニターを組み込むのも同様です」
仮にゲルググの機体に同じくゲルググのヘッドパーツを二つ取り付けた場合…見た目も、運動性能も目も当てられないレベルでガタ落ちするだろう事は素人でも予想できた。
「上手く行かないものだな」
「研究とはそういうものです。ですが、シャア大佐!次期主力MS案に今の発想は必要不可欠だと考えられます!私はこの案を提出しに行きたいのですがよろしいでしょうか!」
「ああ、よろしく頼む」
これぐらいの発想で何か進展があるのなら上出来だ。ダメ元で言った手前、それが次期主力とまで言われるとは予想外だった。
(私にできる事を考えるべきか…ふっ、難しいな)
己の出来ることをする。当然ではあるが、いざやれとなると難しい。やはりマンマに聞いた方がいいかと考えた時、ある場所を思い出した。
(NT研究所か)
サイコミュ兵器。今でもハマーンがビットを使用しているが、未来においても自分とアムロが使用していた。残念だが、断片的な音が無いビジョンだった為、何の会話をしていたのかはわからないが。
虹が見えた…あの現象は何だったのか。NTの能力が関係しているのは確実であるが、どのようにして起こるのか、マンマから発生したあれはどこか暖かく、それでいて冷たい感覚。だが今一度あの虹に乗りたい感覚に陥る時がある。
そういえば、Tの形のような道具から虹が発生していたな…そんな事を考えるが、そのような曖昧な物を説明できるはずがない。ましてや虹を発生させる道具を作れなど無理難題だろう。
「あれは、ハマーン?」
漠然とした感覚で歩みを進めていた時、研究者とハマーンが会話しているのを目撃した。互いに険悪な表情で内心を隠すように会話している。特に理由は無かったが、自然と聞き耳を立ててしまった。
あの子たちは我々の方で引き受けると言ってるのよ?
恐れながら、まだ調整不足であり、肉体も未発達ですので
兵器として使う気はない。基準に達せない個体を回せと言ってるの
ただ事ではない。話を聞こうと近づくと、一早くハマーンは私の事に気がついた。
「シャア、大佐」
「何事だ」
「…NTの素養がある子供達に関して引き取りたいと。ですがまだ五歳程であり、里親を探すにも今の政情が安定しなければ満足にできないでしょう」
NTの子ども…フラナガン機関を思い出す。キシリア直属のNT研究機関で行われていた実験を全て知っている訳ではないが、素質がある子供、特に孤児を中心に引き取っていたと記憶している。同時にララァの力を更に引き出し…。
『なぜララァを巻き込んだんだ?ララァは戦いをする人ではなかった!』
忌まわしい記憶だ。だが、逃げるという選択を選べば叱られるか。皮肉気に自身の行いを思いながら会話を続ける。
「…違います、シャア大佐」
「ハマーン?」
「クローンです。人為的なNTを生みだしているのです」
クローンだと!?人道的と今更言える立場ではないが、人としての一線は守っているつもりだ。しかも、よりによってNTを生み出す・創れるという現実は驚愕で心を埋めるのも仕方ない事だった。
研究員は目線をハマーンの方に向け、余計な事をと傍から見ても伝えているのが見て取れた。
「NT部隊を率いていたシャア大佐ならお分かりになるはずです。NT能力を持つ個体の全体数の低さを、加えて実戦に投入できる個体数は更に低下します。その難題を解決する策がクローンです。正式に上層部から許可を得た上で実施しております。機密ではありますがね」
提督もこの事を知っている…そう考えた時、ハマーンが話しかけてきた。
「シャア大佐が率いたNT部隊。その活躍はアクシズまで届いていました、その結果とも言えます。NTの力は戦場で役立つと急進派は考え、この案を通しました。人道的というラインは当に過ぎています。連邦も我々以上のもはや人とすら扱っていない実験を繰り返しているでしょう。もう引き返せません。NTは技術という枠組みに取り込まれ、研究という常識に入ったのです。それらを踏まえ、今できる事をすべきです」
「それは、何をすればいい」
「人としての、今の自分を捨てない事です…クローンも人です。ですが人権はありません」
処分される。暗黙に言われ察せないほど鈍くない。クローンという人種、NTへの新たな取り組み、人の業への欲求。今までも感じていた人の悪意、その形の一部を見て吐き気すら覚えてしまう。何より、今の状況の一端が自分だと知れば胸が痛い。
「シャア大佐。この流れを変えませんか」
ハマーンの言葉は、自らの内に響くように広がった。幼い手を伸ばされ、まるであの虹の道に案内するように感じた。
「私達、皆で変えましょう。お父様もマンマもナタリーも、一人ではできません。皆で」
「…大きくなったな、ハマーン」
「ふふ、皆から言われます。髪も切って一心しようかしら?」
ああ、彼女達がいるならば大丈夫だ。私はまだ戦えるさ。未来を託せるという喜びを無くさせはしない。
まあ、許そう。全天周モニターを欲するシャアの言い分も理解できるし、早期にその技術が手に入るなら喜ぶべき事だろう。オリヴァー技術中尉が私に試作機のテストパイロットを頼むのも、まあ許そう。私自身もMSパイロット枠に入れられるだろうと予想できるのだ、生き残るための駄賃とでも考えれば許せる範囲だ。ただ…何故この機体を選んだ!というか何故アクシズにあるんだ!
「今回乗って頂くMA-04X。機体名はザクレロといいます。元々試作機であり、ヨッフム家が独自で量産しようとしていた物の一つであります。アクシズにあるのは、ヨッフム家と関係があった軍関係者からの提供であります。製造元のMIP社が量産を拒否していた為、目にする機会も今後無いでしょう。残念ですね」
当然では?機体そのものが古いなど考えられるが、こんな見るからに駄作…いや、奇怪な機体を量産とか頭がヨッフム家じゃないと無理でしょ。元もそうだが、ザクのヘッドパーツをMA特有の大柄な機体に埋め込まれた様は神話に出てくるキメラより恐怖心を引き出せるだろう。つまりキモイ。そしてアクシズにある経由を聞けば、貰ったけど使われる事なく埃被ってたと予想できる。
「マンマ嬢、先に伝えておきますがザクレロは素晴らしい機体です。開発時期が戦争初期だった事もあり、旧式ではありますが複眼システムから始まり画期的な要素を多く含んだ機体です」
「でも使われなかったから、ここにある」
「違います!活躍する場にいなかっただけです!」
ザクレロは強襲を目的に作られ、ビグロなどのMAの先駆けとして存在する。大型ブースターで近づき、口内の拡散メガ粒子砲で敵を焼きつつ、近くの敵を両腕にあるヒート・ナタで切り裂くコンセプトである。独自発展型と呼べるウムガルナがあるが、まあ、残党である。何でザクレロにIフィールドなど乗せたのか、これがわからない。ビグロでよくね?と、終わる程度の機体としか思わない。
「今回の実験は、360度の視界を獲得する上でどこから視覚情報を取り組むかが課題となります。その上で、複眼システムはとても相性がいいのです。カメラアイ機能が複数あるという他の機体にないシステムを最初に設計した人物に是非意見を聞きたいところです」
「見た目が悪すぎると思う。ブースター以外の個所に何個ザク頭があるの?」
「七つほど増設しています。頭部部分に三つ、両肩駆動部に二つ、両ブースター上付近に二つとなっています。勿論、複眼システムも作動しています。コックピット内には増設したモニターを上下左右に取り付けていますので、視界だけは良好です」
つまりそれ以外は最悪と。よくまあ、再利用精神と言えばいいのか、こんな発想に辿り着くなんてどうかしてるよ。
「…顔に見える部分が増えて、相手からはまさに怪物ね」
「噂ですが、あの顔をデザインしたのはキシリア閣下だったとか。正式な記録が無い為わかりませんが」
え、マジ?キシリア様ってやっぱりシャアを取り込もうとか、政権握ろうとか考えてるせいで発想がとんでもない方向に行ってたのか。
「そう…赤く塗っておけば?赤い彗星の威厳で更に効果が出るかもね」
「ははは、余った塗料があれば塗っておきますよ」
ふざけた機体だけど、これが後に続く技術の始まりと考えればZI-XA3クラブマンのように、新時代の始まりを感じさせる特異点となるだろう。MSが開発されて数十年、技術の進歩は加速し続けている。その波に乗り遅れたら最後だと理解してしまうと、時代流れとは恐ろしいと思ってしまう。
「試験機体ザクレローー出る!」
MAは初であるが、一人で操縦を想定しているだけあって操縦感度はMS並で安心である。まあ旧式故に動作が重い気がするが、その考えこそ些細な事なのだろう。無理やり付けられたモニターからなる暗闇の海。もう何度も見たはずの空なのに、今はとても広く感じる。
(何もできず朽ち果てるよりマシだろう。どうか良き未来を掴み取る布石となってくれ。この空を観測する目があるのなら、未来を掴むのは私達なのだから)
MAの独特な操作感に慣れながら、少しこの世界を見ることができた。そんな気がした。
次回…小惑星帯機動艦隊編