彗星が近い 作:情けない奴!
スペースノイドとして生活していく上で欠かせないのが酸素であろう。アースノイド、地球生まれの者達には理解しずらい感覚かもしれないが、宇宙コロニー内で供給される酸素量は有限であり、スペースノイドの民にとって酸素に税がかかるのは当然という認識である。
生活必需品を含む娯楽商品も当然ながら税がかかる中で、スペースノイドの民たちは日々の生活を少しでも良くするために行動する者達が後を絶たない。自分たちの生活を、自分たちの在り方を、自分たちの楽園を…コロニーというゆりかごは、内に眠る思いを増大していくに時間はかからなかった。
ジオン・ズム・ダイクンが掲げた、全人類を宇宙へと移民させ新たな人類史を築き上げようというスローガンに集まった者達から始まる新たな歴史。数多の思いを繋いで、時に悪意を、時に希望を、スペースノイドの者達に見せていく。
「ありがとうございました!」
いい笑顔で客に商品を手渡す少年がいた。客の女性はその姿に顔を赤くしながらも、名残惜しい気持ちを持ちつつ職場に向かう。
「相変わらず気合入ってんね~」
「はい!私は騎士になるまでに如何なる事もできなければ!会計と決算のやり方も教えてください!」
「ははは、ここまでやる気のある子だと嬉しいよマシュマー君…また掛け持ちかい?君の歳で雇ってくれるところも少ないだろう」
「ハマーン様の騎士になるので!」
「…まあ、夢は大事だね」
マシュマー・セロという少年がいた。まだ12歳でありながら、大人の社会に足を踏み入れる様は他の者にとって辛い現実だと感じるだろう。だがそんな現実は、今のスペースノイド民にとって日常茶飯事となっているのが現状だ。
戦争で負けたのだ…ジオンという、スペースノイドの地位向上を掲げていた者達が。負けていない、まだ戦争は続いている!そう口にする者達も多くいる…しかし、市民にとって上の者達の小難しい理想なんてどうでもいいのだ。自分たちの生活が良くならないなら手を返す、一部の熱心な信者でもない限り現実を見る者が大半だった。
道を歩けば敗残兵…手足を失った者、心を病んだ者、薄汚れお恵みを待つ者。少し目を広げれば辛い現実が辺りを囲む、そんな現実を見ない者達に反応する若者たちを見ていると、それこそ悪夢だと口をそろえて聞こえてくるだろう。ジークジオンと…
「まあ、マハラジャ提督は今のアクシズにとって希望だし、娘さんに希望を持つのもわかるよ」
アクシズは軍備施設であると同時に市民都市を内蔵したコロニーのような人工惑星である。同じく住居施設であるアクシズ発祥の地、小惑星モウサから来る労働者を中心に成り立っていた社会でもあった。しかし、そのバランスはジオン兵達が帰還、あるいは移住してきたことで崩れつつある。
「希望を持つのではない!ハマーン様は希望そのものだ!」
「わ、悪かったよ…おっと、時間になったね」
「お疲れさまでした!」
「…切り替え速いな~これが若さか。あ、いらっしゃいませ~」
戦場から帰還した親族がいたなら、他者がどんな事を言葉にしようと家族にとって些細な出来事と割り切る事もできるだろう。では…帰還できなかった、残された者達はどうなるだろうか?親族が残っているならまだ希望はあるかもしれない、社会という波を少しは理解している大人が残っているなら苦しくも乗り切る事ができるかもしれない。
「遅いぞガキ!」
「すいません!急いで着替えます!」
「お前みたいな奴なんて腐るほどいるんだ!親がいないからって金は湧いて来ねえぞ!」
金を得る。歳を重ねれば当然のように圧し掛かる事柄、そんな当たり前を突然やれと言われた子供はどうなるか。真っ当に従うか、それとも反抗か、それとも無気力か、どれを選ぶにせよ選択を迫られた子供たちは多くいたのだ。そういった者達がどの選択をするにせよ行き着くことがある、それは娯楽だ。
(ああ!ハマーン様にまた会えないだろうか!)
マシュマーもまた、どこにでもいる俗物の一人だった。労働という現実から逃避する為、コインを片手にゲームセンターに通う日課ができていた。マシュマーにとって、その行為は何でもない日常の一つだった。ただ一回、されど運命と呼ぶであろうハマーン・カーンとの出会いによって、その行為は神聖な儀式へと昇華したのだ。
(新しい薔薇を用意しなくてはな)
つまらない人生だった。自分には夢も、理想も、大儀もない、ただ生きて搾取されて朽ち果てていく人生だと思っていた。
『いいとこのお嬢様かよ』
ハマーン・カーンと出会ったのは、ゲームセンターの対戦ゲームだ。身なりは隠していたが、言動が着飾った連中のそれだと少し話してすぐにわかった。内心で妙なイライラを感じながらも、対戦ゲームで勝負して互いに勝った、負けたを繰り返していくにつれ自然と笑顔になっていった。年齢が近い事も要因だったかもしれないが、そんな事はマシュマーにとって些細な事であった。
ハッキリ言って、マシュマーはハマーンの容姿、時に行う動作一つ一つに魅力されていった。分かりやすく言えば惚れた、初恋である。自分たちの常識を知らぬ、文字通りお上の人であろう人物…自分のようなガキとは釣り合わないだろう劣等感を抱きながらも、話す度に小さな思いが強くなっていった。自分の思いを彼女に向けるなんて、どこか恥ずかしい気持ちになりながらも彼女の魅力に落ちていく…ハマーン・カーンが見せた、内なる思いを聞くまでは。
『私はアクシズの、皆の思いを大事にしたいの…だから、私にできる事はやるのよ』
自分はまだ子供で力がない。それでも皆の、スペースノイドの、アクシズの民に何かできる事があるならば歩み続けると彼女は言ったのだ。同じ子供でありながら、自分のように幼稚な考えと違う、覚悟を持った強い遺志。自分にない理想、その在り方。光明が差すとはこの事か…マシュマーは自分の人生を捧げる存在、この方こそ我々を導く希望であり全てであると悟ったのだ。
…ああ、この人はなんて可憐で偉大な方なのだろう。そう思った直後、告白しようと赤い薔薇を用意していたのが恥ずかしくなった。アクシデントでその薔薇も彼女にバレて、必死に言い訳しようとするが、自分の心に嘘を付けずアタフタしていると…彼女は笑いながら一凛の薔薇を私に授けてくれたのだ。彼女にとっては戯れに過ぎなかったかもしれない、それでも…このマシュマーにとっては自らの人生が始まる切っ掛けとなったのだ。
『この薔薇にかけて、ハマーン様の騎士となります!』
今も頂いた薔薇はコーティング処理を行い肌身離さず持っている。どんなに辛いことがあろうと、自らの夢に近づいていると実感できるのだ。従軍できていれば愛しのハマーン様の近くにいられたかもと…ハマーン様が嫌がるであろう事は考えないようにしているが、少し欲望が激しいのがマシュマーだった。適性年齢を待たずに入隊できるやり方はないかと暇があれば調べたりしているのが常である。
(うん!?あの後姿はまさか、ハマーン様!!)
仕事帰りの事だった。意味もなく左右の店などを眺めながら自宅に帰ろうとしている時…路地裏の隙間に映る、汚れが目立っていたが、凛々しくも可憐な人物を見間違えるマシュマーではなかった。彼は目に映った瞬間に行動していた、彼女がいる路地裏に一直線である。
また会えた!その一心だった…だがそんな浅はかな考えで彼女の前に出向いた事を後悔した。
「あああ、どうすれば、どうすれば!」
彼女は傷ついていた…柔肌に見える擦り傷が痛々しい。嘔吐したのだろう、近づくとわかる独特の酸っぱいような異臭。転んだのだろう、ほつれた衣服が彼女を包む。あってはならない現実に戸惑い、冷静な判断ができないでいた。
何があったのかはわからない。どうすればいいのかもわからない。ただこのままハマーン様を放置だけは駄目だと行動していた。自分のジャケットを被せ、他者の目に触れないようにした上で抱え、ただ走った。目的地なんて考えられない、考えられる状況ではなかった…本能のまま自分が思う場所に彼女を連れて行った。
(・・・私は馬鹿かぁぁぁぁーー!!)
そして…ボロアパートの寝室に彼女を寝かせていた。今更になって病院や軍施設に連れて行けばよかったのではと考えた。傍から見たらこれは誘拐ではと…
(お、おち、落ち着け!今から・・・・・泣いている)
ハマーン様が泣いている…出会った時も錯乱していた事を思い出し、何か辛いことがあったのだろうと何もできない自分が憎くなる。
(ハマーン様にこのような仕打ちをッ!!)
やるせない気持ちを抑えながら…現状をどうするか考えた。少なからずこの格好を他者に見られたくないだろうと考えた…しかし、自分は男だ。触りたい気持ちは大いにあるがしかし!薔薇の騎士になる自分がそのような下衆な行為など絶対してはならないのだ!…今になって姫のように連れて来た時の感触を思い出し、顔を赤くしながらも自らを奮い立たせる。
「…仕方ない。キャラに頼むか」
一末の不安…いやだいぶ不安な気持ちを抑えつつ、女性の知り合いかつ信じられる者となると彼女ぐらいしかいなかった。4歳年上で、友人であり何だかんだ面倒見がいい事も知っている、時々助け合う仲でもある…家にたかりに来るとも言えるが、悪い奴ではないが社会不適合なのは否定できないとマシュマーは思っている。
…建付けが悪い扉を可能な限り静かに開き、いるであろう場所へと向かう。キャラは独立戦争を望んでいる、同じ同士達が集まる集会にでも参加しているだろう。正確には戦争を望んでいるというより内なる思いの発散の為に暴れたいだけだろうが。
マシュマー自身もジオン国民、スペースノイドとしての地位向上などを考えた時、同じく独立戦争を支持するだろう。ただし、マシュマーにとってジオン兵となるが、ハマーン様の騎士となるが両立している為、詳しく話合った者達にとってとんち問答染みた返答に困惑を隠せないだろう。
「あん?マシュマーじゃないか、どうしたんだいこんな時間に」
運が良いことに道中でキャラと出会うことができた。…酒臭いニオイを感じ、今日はバーにでも行っていたのかと内心でため息を吐く。ハマーン様の意識が戻られた時、連れて来た自分も品性を疑われてしまうのではと考えたが、一刻も早くハマーン様の介護をしたい為、腕を掴みとにかく家に来いと強引に連行する。
「お前が必要だ、キャラ」
「な、何だい、今日は激しいじゃないか」
顔を赤くして戸惑う様子のキャラに構いもせず、アパートまで連れて行く。道中で『初めてがマシュマー…ま、まあ悪く』など聞こえたが、何を言ってるんだとマシュマーは理解すらしていなかった。
「ハマーン様!…まだ目覚めていないか」
それなりに時間が経っていたが、ハマーンは目覚めていなかった。その様子に表情を暗くするマシュマーに対し、赤面していた顔が能面のように変化していくキャラがいた。
「…おいマシュマー、どういうことだい?」
「ハマーン様を着替えさせるのに同性の者が必要だっただけだが?」
「ふん!」
「グホ!?な、何をする!」
「うるさいよ!詳しく説明しな、何でマハラジャ提督の娘さんがいるのさ!」
マシュマーはいきなり腹を殴られ意味が分からず怒りを露にするが、ハマーン様を優先せねば!と知っている限りの経緯を話した。それを聞いたキャラは、顔を隠すように、同時に呆れたようにマシュマーに言い放つ。
「お前馬鹿だろ!誘拐に見えるじゃない、どんな理由であれ誘拐だよこれは」
「しかし、ハマーン様は泣いていたのだ!あのような痛々しいお姿を世に晒すなど」
キャラはマシュマーの事を知っていた。ある日から突然、薔薇の騎士になる等、頭がいかれたようにハマーン・カーンに心酔するようになったのを…少なからず悪意なく助けたのだろうとは信用していた。
「ああ、もう!」
自身の赤髪を手で乱しながら、現状を考えた。これでは共犯で最高指導者の娘を誘拐したようなものではないかと、故に吹っ切れた。小さい事でウジウジするのが馬鹿らしい、為せば成るが彼女のモットーだった。
「もういい!あんたはお湯とタオル、あと私の予備の服を持ってきな!同じ女として、こんな姿で放置はしないよ」
「お、女の衣服を男である私に」
「変なところでヘタレだねあんたは!この子の騎士ならこれぐらいわけないだろ!ほら持ってきな、家の鍵だ。ほらさっさと動きな!」
(な、なんて奴だ。ハマーン様の騎士である私に!)
ヘタレと言われ、内心で否定するような事を考えながらも言われた通りに行動した。キャラの家は知っていたが…ろくに掃除もしていない、異臭もするというオマケ付きの部屋を見て、人選を間違えたと思いつつも衣服を持っていったのだった。だが衣服を持っていく道中でマシュマーは思い悩んでいた。
「こ、こんな大胆な服をハマーン様に…だが、他にない…」
無駄に胸元の主張が激しく、淑女であるハマーン様にいかがな物かと思考を繰り返しながらも手渡してしまう。
「終わったら部屋から出ていきな!」
「言われずとも出ていく!…」
言葉にしたが、引かれる思いを捨てきれず、名残惜しい目線を扉の先に向けてしまう…そんな自分をはたき、終わるまでの時間で精神統一をするのであった。
暗闇の中に私がいた。そこは冷たく、誰もいない…ただ幻想のような影が漂っている空間。そこに映っているのは私だけ。周りに浮かぶ影たちは、付き従うようについて来るだけ。そして影が言うのだ、私の名を、ハマーン様と。
怖いという感情を持っているのに、寂しいという感情を持っているのに、そこにいる私は立っている。わかるのだ、自分自身だからわかってしまう。私は望んでいるんだ、誰か、そうシャア大佐…あの人のような、どんな辛い時でも一緒にいて、先が見えない時は手を握ってくれる誰かを待っている。
でも怖かったんだと思う。自分のように特別な…NTのような存在を受け入れられる存在はいるのだろうかと。だから意地を張ったんだ、自分を見てほしい、受け入れてほしい、一緒にいてほしい、私はこんなに頑張った、誰か私を受け入れてほしい。皆の為に頑張った私を見てほしい。
(馬鹿よ、私)
その結果が…未来の出来事だったんだろう。一度未来の自分を見たことで、自分自身が怖くなり、同時に呆れと納得もしてしまう。第三者として自分を客観的に見てしまうと、見たくないところも見えてくる。
(マンマ…これを知ってたからシャア大佐を奪ったんだ。いいえ、私から守っていた)
…憎い気持ちはある。こんな自分を受け入れてくれる最愛の人を…でも、今になっては当然だと受け入れてしまう自分もいる。
(私のせいでジオンが、みんなが苦しむ)
私なんていなくなればいい!そうすれば…きっと、別の誰かがジオンを助けてくれる…そうよ、セラーナだって、ナタリーだって、マンマだって、シャア大佐だって、お父様だっているんだもの。
このまま深い眠りについていたい…そんな願いも虚しく、重い瞼と、筋肉痛や擦り傷などの痛みが合わさった苦痛で目が覚めた。
「ッいたっ、え!キャぁぁぁ!?」
目が覚めて最初に感じたのは羞恥心だった。オンボロのベットの上で目覚め、ここはどこなのか不安になるより前に何で胸元が開いた服を着ているのか、の方が気になったのだ。
「ハマーン様!お目覚めに」
「きゃぁぁぁ!」
「グえ!?」
「あ、マシュマー!?」
扉を開けて来た人物に咄嗟に枕を投げてしまった。そして思い出した、マシュマーに助けられたことを…恩人に対し、開幕仇で返す形に混乱してしまう。
「ふぁぁ…マシュマー、乙女の部屋に勝手に入るからだよ。あ、お目覚めですかハマーン様?」
騎士として理解しているのが当然な行為をキャラに先を越された思いと、愛しのハマーン様からの二重攻撃にマシュマーは地に伏した。
「キャラ・スーン?」
「え、何で私の名を…マシュマーが話しましたか?」
「え、あ、ええと…違うの」
「何がです」
「マシュマーに教えてもらった訳じゃなくって、ええと」
ハマーンは咄嗟にキャラの名を呼んでしまった。眠りの中で未来について考えていた為か、見覚えある人物だと自然と口が動いてしまった。
「ええい!キャラ、ハマーン様を悩ませるな!」
「はぁ?普通の疑問を聞いてただけだろ」
「ハマーン様に名を覚えられていた栄光ある事実を受け入れればいいのだ!」
マシュマーのとんでも理論にキャラも反論し、互いに本気ではないがハマーンを置いて言い争いに発展していく…そんな蚊帳の外に置かれたハマーンは、マシュマーの自分に対する信頼や愛情などを感じ取り、咄嗟に二人の会話に割り込む形で言葉を発した。
「…私なんて、いなくなればいいのよ」
…ハマーンの呟きのようなか細い言葉を耳にした二人は、互いに顔を見合い落ち着きを取り戻す。
「あー…ハマーン様?何か思い悩む事でも」
「馬鹿者!心身お疲れのハマーン様に対して」
「やめて!わたしが、私がいるからッ」
「ちょ、まだ動いたら」
「放っておいてよ!」
自分がいるから争いが生まれる。今もそうだ、私なんかの為に争う必要なんてないんだ。そんな気持ちでベットから降りようとすると、全身の痛みでバランスを崩す。
(ああ、私ってほんと馬鹿ね)
次の瞬間には来るであろう痛みに備えた瞬間…割り込む様に彼がいた。
「ハマーン様!お怪我はありませんか!?」
「マシュマー…っうう…」
「ああ!?やはりお怪我を、このマシュマー一生の不覚を!」
自分でも抑えられない感情が襲っていた。何もできない自分、助けられるだけの自分、そんな駄目な自分への信頼を裏切っている自分…そして、そんな駄目な自分によって彼らの未来を奪ってしまうという未来への恐怖。ただ泣くしかなかった。
「何があったか、私達に話してくれ…話して頂けませんか?少しは気分も晴れると思いますよ」
「っわかりっこ…ないわ…」
未来の事も、自分の感情も、全部わかる訳がない。自分の中で納得していると…キャラの内から、怒りとは違う、どこか怒るような感情が湧いてきているのを感じ取った。
「--っダァァ!私、こういうチマチマしたの嫌いなんだよ!!」
「え、きゃあ!」
「いいですか、ハマーン様!言葉にしないと伝わらないの!思い悩んでんのは見ればわかる、でも何で悩んでんのか話さないとこっちもモヤモヤすんだよ!ここまでヤったんだ、駄賃だと思って話しちまいな!」
「キャラ貴様!」
「あんたもだよマシュマー!主人の事も考えないで何が騎士だい!これじゃあ騎士失格だねぇ!」
項垂れるマシュマーを尻目にハマーンも、思いのまま口にした。
「私の事なんてわかるわけない!」
「だから話せっての!」
「っああもう!」
ハマーンは勢いに乗せられ全て話した。未来の自分について、未来でどうなったのか、自分というNTがどんな存在で化物なのかを皮肉交じりに全部隠さず話した。
未来の事を聞いた二人は、様々な反応をした。未来で薔薇の騎士となれている事に誇りを持ったと思いきや、自分が強化人間という存在になるのだと告げられ動揺を隠せないでいるマシュマー。MSに乗っている時はなんかハイテンションになる自分を思い浮かべ、同じく強化人間になってNTの少女たちと相打ちになる運命だと告げられたキャラ。
一通り二人の運命を伝え、自分という存在がいかに駄目なのかを語った。正直に全部…全てを語り尽くしたと感じ、一時の静寂を経て二人を見た。そして言い終わったと、力が抜ける…文字通り、内に秘める思いを乗せて語ったのだ。
「どう…酷い女でしょ、私…」
マシュマーはオロオロと何を発せばいいかわからずにいる。キャラは腕を組み、う~んと、悩むような動作をして口に出した。
「バカじゃない?」
「ハマーン様を馬鹿だとォォ!?」
「いやだって、終わった事をこうも考えるなんてねぇ」
バカと言われた事に対し、やっぱり私の事なんてわかるはずなかった!という思いと、終わった事とはどういうことだという疑問が同時に襲った。内心で考えている事も同じであり、ハマーンは動揺を隠せなかった。
「未来の事って言ったでしょ!聞いてなかったの!」
「でも変わっただろ?」
…え…
「どういった流れで未来のハマーン様に仕えたか知らないけど、今の私達に会って、話をしてるからもう終わりだろ?」
「何だと!?このマシュマーが薔薇の騎士になれない!?」
「アホかお前は!だったら今、本当の騎士になっちまえばいいだけだろうが!」
「なにを…いって…」
ハマーンは頭を抱えたマシュマーに荒々しい態度で修正していくキャラの言動を理解できず固まった。その様子を見たキャラはマシュマーと両者を見ながら、ため息を吐いた。
「主従関係を持つだけあって、似た者同士だね…」
「おお!良いことを言うではないか!このマシュマーの思いを受け止めそして、公然と輝く美しくも儚く!それでいて!」
「思い込みが激しいってことだよ!考えすぎなんだよ、ハマーン様は」
「考えすぎですって!私は未来の、あなた達の事を思って」
「そこだよ、そこ…視なよこいつの部屋。酷い部屋だろ?」
突然冷静に話され、困惑と動揺で逆に冷静に物事をハマーンは見れた…ここはマシュマーの家だったのかと、そういえばそうだという心境になる。
年数がそれなりに経っているのだろう、壁にはシミが目立つ個所が多い。家具は年季が入っているのがわかるぐらいには、ところどころ傷が目立つ。逆に掃除を定期的にしているのだろうか、ホコリなどのゴミ類は見当たらず、彼の生真面目な部分などが読み取れる。
「ハマーン様が寝てたベットも中古品さ。わからないかい?今のアクシズの、私達の生活がどんだけ苦しいか。私はまだ片親が生きてたからね、まだマシではあるが…まあ仲は悪いけど。とにかく!私達は満足してないのさ、今の現状にね」
「ハマーン様が寝たベットは一生の宝とします!」
「…まあ、こいつも例外かもしれないけど。今のアクシズで良い生活してる連中は、軍人さんが主さ。ここは軍事拠点でもあるんだ、当然だけどね」
キャラの言葉、内心で軍人への憧れ…日夜ジオンの連邦に対する言葉を聞いてきた事で考える軍人感と呼ぶべき思想、その根本は…今のどうしようもない現実をどうにかしたい衝動で構成されていた。
そのキャラの思いを読み取ったハマーンは何も言えなかった。自分は普段から、何か自分にできることはないかと軍の中で動いていたが…結局はお父様の計らいの中で生きて来た人生、恵まれた人生しか送ってこなかった。
「私の感情とか読めるんだっけ?便利だねNTって奴は、説明いらずだ」
「…怖くないの?」
「何で怖がる?確かに勝手に思ってることを知られるのは気に入らないけど、自分で止められないんだろ?じゃあ仕方ないだろ」
「そうか!このマシュマーのハマーン様への思いも直接見て頂ける!!」
「ちょ、マシュマー、やめて!?」
「セクハラだよマシュマー!」
マシュマーからの自分に対する熱い感情の波で、顔が赤くなってしまう。キャラがゲンコツを頭に食らわせ、感情の波が止むとやっと一息つけた。
「はぁ、まあなんだ。こういった話とか、友達とかいなかったのが未来の寂しいハマーン様なんだろ?」
「さ、寂しい…」
「じゃあ、これで私達は友達。未来のハマーン様にはならない!そんで、私達の生活を良くしてくれ!」
「だ、だから私が上に立つと!」
「そうならないように頑張るからよろしく!」
何を言っているのか理解できなかった。いや、内心を読めるので何となくわかってしまうが。つまりキャラの考えでは…寂しい私にならないように、今から私についていくと思っている。
「そんじゃ早速、お願いしますハマーン様・・・このままだと私達誘拐犯になっちまう!」
まだ早朝と呼ぶべき時間だった。目の周りにクマを作りながらも、他の者達と連携して捜索にあたるナタリー中尉がいた。
(どこなの、ハマーン)
昨日の事だった。シャア大佐に会いにマンマちゃんを連れて行ってから、三人の様子が変わった。どこか気絶に近いように意識消失が見られ、心身病の類か!と医務に連絡をしようと思っていたらマンマちゃんから順に回復していった。
「私がしっかりしないから」
ハマーンを見つけられず応援を呼んでから、今に至るまで捜索を続けているが…自分より子供の者達を守ると思いながらもこのザマに、眠気などの疲れと合わさり心身ともに弱っていく。そんな時であった、無線独特の雑音から入るノイズ音が流れ出したのだ。
『ナタリー中尉、ハマーン嬢を見つけました!どうやら友達の家に隠れていた様子です…それと、あ~とにかく来てください。市街地の―ー』
「アンディ中尉すぐ行きます!」
ハマーンが無事で安心した気持ちと、こんなに心配させて!という姉のような心境を合わせながら市街地に向かった。シャア大佐の紹介で出会った、アンディ中尉とリカルド中尉に内心で感謝をしながら、可能な限りアクセルを踏んだ。
(…ハマーンの友達、誰かしら)
運転している中で考えたのは、ハマーンの友達という存在。目を盗んで市街地に行っていた事は…マハラジャ提督には報告していないが知っていた。注意はしていたが、そう何度も抜け出せるほど暇もなかったはずだ。それに、ハマーン自身の性格から友達を積極的に作ろうとは思わないだろうとはわかっていた。
ハマーンは他者を怖がっていた。それは当初、自分ですら心を開いてくれなかった。マハラジャ提督から聞いたり、自身で調べたハマーンの過去を思えば当然だとも思っていた。幼少期から実験、知らない場所、知らない装置、知らない大人…他者を恐れる環境ができていたのだ。だからこそ、ハマーンを本当の妹のように接し、私自身もそれで満足してしまっていた。
『ハマーンを取って!』
マンマから言われた言葉を思い出し、今の自分を見て怒りが湧く。
(誰も守れてないじゃないッ!)
死にゆく男たちの目を見た。それも自分より幼い子供にだ、それで覚悟を決めたと思ったのに…泣いて走っていくハマーンの手すら握れなかった。これで何を覚悟したというのか。
運転するハンドルに力が入る。ただ一刻も早く、ハマーンに会いたかった。
罪悪感で心が埋まりながら、市街地の指定された場所まで着いた。車を止め、急いで降り立つ。
「ナタリー!」
「ハマーン!」
ただ抱きしめた…ごめんなさい、ただそう呟くことしか今はできそうにない。何もできなかった自分に同じようにハマーンも抱きしめてくれる。
「私こそごめんなさい…」
「いいえ、私が」
「あ~、雰囲気ぶち壊していいですか?」
「そこは、空気読むべきじゃねえか嬢ちゃん」
「ああ、涙に濡れる美しき瞳も、ハマーン様の美しさを引き立てる!」
湿っぽい雰囲気は突如として消えていく。ナタリー中尉は今になって、アンディ中尉の近くにいる二人の子どもに目がいった。聞いていたハマーンの友達だろう…ハッキリ言うと、ハマーンの性格と合わなさそうな二人だと考えてしまう。どういった経緯で友達になったのだろうか疑問が尽きない。
「ごめんなさい。ハマーンの友達の子ね、ありがとう」
本当に心から感謝を送った。ハマーンを助けてくれたことも、ハマーンと友達になってくれた事も。ハマーンも嬉し恥ずかしなのだろう、顔を赤くして自身の胸に埋もれる様に顔を隠している。
「あー…それはいいですがね?こいつらが」
「私達を軍に入れてほしい!」
「是非ハマーン様のお隣でお願いしたい!」
「まあ、こう言って聞かないんですよ」
お手上げの様子でアンディ中尉が苦笑いをする。変わっているがいい友達を持ったと、私自身も嬉しい気持ちを持ちつつ、二人に対し言い放つ。
「それは、適性年齢になってからにしなさい。ハマーンを思ってくれてありがとう。でも、貴方達は何歳なの?」
「私は16、こっちが12」
「…まだ子供じゃない。いい、あなた達のような子供には」
「そういうセリフは聞きたくない!」
「馬鹿者!ハマーン様の姉上様のお言葉を遮るな!ここは、このマシュマーがハマーン様の騎士として相応しいかを語る場面!」
「…な、凄い二人だろ?ハマーン嬢を引き離そうとする度に突っかかって来るしよ」
混沌とした場に…ハマーンの一言が響いた。
「ナタリー…お願い」
「ハマーン?」
「…この二人を連れて行きたい」
一瞬何のことかわからなかった。今も自身の胸にいるハマーンが、絞り出すように自分に言ったのだ。
「私ね、皆を助けたいと思ったから頑張ってたの」
「…そうね、いつも見ていたわ」
本来、MSや軍のパイロット演習などにも関わるべきじゃない。でも、ハマーンが自分から選んだ選択で、その前進を応援とは違うが、一緒に歩む思いで共に見てきた。
「でも駄目だったの…私は自分でこれぐらいでいいんじゃないかって、どこか諦めてた」
「そんなことない!ハマーンはいつだって頑張ってたわ!」
私から離れ、頭を左右に振りながら…私の瞳を見た。私はその瞳から感じたのだ、確かに、ハマーンの覚悟を。
「私一人だと未来は変えられない…二人に教えてもらったの。いいえ…マンマも含めれば三人ね」
薄笑いで二人の方に振り向き、その二人も笑顔で顔を向けていた。…マシュマーという少年が見るからに火照った顔で薔薇を捧げる様子が見れ、ハマーンも一度わざと間を開けて続ける。
「ナタリー…お願い、私を信じて!一緒にアクシズも、スペースノイドの皆も、頑張って導くから!だから…私を支えて」
たった一日だ。たった一日で、妹と思っていた少女が大きくなっていた。でもどこか不安定で、支えなければ崩れるだろう危うさも見て取れた。
(妹だと、子供だと思っていたら、親立されるなんて)
どこか傍観者のように自分が見える。ハマーンといい、マンマといい…そして、関わる子供達といい…最近の子どもは生き急ぎ過ぎると思う。
「…まあ、いいんじゃない?マハラジャ提督に会わせるぐらい」
「アンディ中尉…でも」
「これだけ覚悟して言うんだ。これで子供だからで割り切ったら、それでこそ酷い大人になっちまう」
「見直したよ、オッサン」
「オッサンじゃねえよ!まだ二十代だ!」
…この流れで断るなんてできるだろうか。それに、ハマーンが新たに歩みを、自分が関わらない状態で歩んだのだ。その先がどうなるかはわからない…でも、支えるのが今できる、自分の役目だろう。
「…わかったわ。口利きはしてあげる、でもね…覚えておいて、軍人になるという事は綺麗事だけでは終わらないの」
万が一入隊することができても…兵力総括顧問であるエンツォ大佐にも目を付けられる。どんなに彼女達が輝いても、大人の汚れた感情が襲う事になるだろう。それに、どんな理由であれ、戦場に子供は行かせたくない。
自身の人生観を込めた視線をハマーンに向ける…それを受けたハマーンは一度瞼を閉じ、もう一度開いて言うのだ。
「それでも、守りたいものができたから…私、いくよ!」
それ以上は何も言わない。言う必要はないだろう、アンディ中尉も何も言わず車の座席に座り、子供たちを促した。
「じゃあ、とっとと行こうぜ。マハラジャ提督もシャア大佐も心配してるだろうし、早いとこ安心させてやらねえと」
二人は勢いよく車に乗り出し、アンディ中尉に軍での生活について聞きだした…さっきまでの覚悟した雰囲気は何処へ行ったのか、今見えるのは歳相応の子どもしか映らない。
「行こう、ナタリー」
「ええ、そうね」
ハマーンに連れられ、私達も車に乗り込む。まだ老人ではないけれど、こんな子供たちを見ていると未来に期待したい気持ちで溢れてくる。
走り出した車内で、ハマーンやキャラ、マシュマー君など賑やかな雰囲気でマハラジャ提督の下まで向かう道中…その良い雰囲気の中でアンディ中尉は思い出した。
(やっべ…リカルド置いてきちまった)
この雰囲気を壊すのも忍びないので…無線を少しの間、聞こえる様にオンにしておく。あとは伝わるように子供たちの話を合わせながら、聞かせる手を使った。
とある市街地のBarで酒を飲む男がいた。お探し中のお嬢さんが見つかった連絡は聞いていたが…聞こえて来る無線の賑やかな声を聞き終え、無線を切る。
「お客さん、何飲みます…一杯なら」
まだ朝早く、他に客はいない…静かな店内でBarの主人がボトルを見せる。
「辛い酒をくれ」
リカルドは全身に染みわたる辛さで、甘い現実を飲み干した。
NTの精神患者治療に必要な人の大まかな条件
①心身共に悪感情を持たない事。
②対象に対し、嘘偽りなく話しかけられる事。
③どんな状況であれ対象を見捨てない事。
ハマーン様の周りって恵まれた人物が多かった。まあ、それでも運命的に自滅したのが未来なのだが。
マシュマーとキャラの生活感について
ぶっちゃけ資料を見ても書いてない部分が多い。ガンダムC.D.A本編で少し登場するが、家族間とか描かれてない。なので、他のコロニー内設定など、この時代のジオン国民の生活録を参考にし、あとマシュマー達の性格から親がいるか、いないかなど考察して描いています。
アンディとリカルドって誰→ガンダムZのアポリーとロベルトの事です。