──あれから数日後、プレシア・テスタロッサは虚数空間──アルハザードへ娘と共に落ちたそうだ。
我々の介入がプレシアの口から管理局に漏れることもなかった、プレシアは私など意に介せず、結局私がプレシアと話したところで何が変わるわけでもない。
やはり彼女がフェイトを受け入れることはなく、フェイトは天涯孤独の身となった……いや、違うな。
彼女にはあの少女がいるし、家族なんてものはつくればいい。
勿論、私のような方法ではなくね。
「とりあえずこれで、何の気兼ねもなく仕事ができるな」
結果がどうあれ、終わったことだ。
フェイトのことがまだ残ってはいるが、彼女の罪は全てプレシアが持っていってくれた。後は管理局とフェイト自身に任せるとしよう。
「とはいえ仕事といっても大したものはないが」
──まずはセインの様子を見に行くとしよう、チンクはもう大丈夫そうだったが、心配だ。
トーレはやっぱり私に似て不器用だね。
「──っと、ディエチ」
「ドクター」
セインを探して歩き回っていると、ディエチが通りがかった。
若干ほかほかしているような気がする、洗浄してきたのだろう……私もいつかお呼ばれされたいなあ。
「セインを見なかったかい?」
「セインなら洗浄してると思い……ます。チンク姉とトーレも一緒に」
ぎこちない口調で私の問いに答えるディエチ。
……ディエチはどこかボーっとしているように見えるから不安で、見かけたら積極的話しかけるようにしていた(娘全員に言えることだが)から、もしかしたらウザいとか思われていたのだろうか……。
それはそれとして、トーレと?
──なら私の出る幕はなさそうだ。
(……やっぱり何だか話しにくいよ)
◇◆◇◆
ラボ内洗浄施設
「チンク姉、痒いところはございませんか~?」
「大丈夫だ。気持ちいいよ」
ちっちゃい姉御ことチンクの頭を洗うのは現在ナンバーズ1の問題児セイン。さらにそのセインの頭を洗っているのが────
「い、痛い! トーレ姉痛いって!」
「む、悪いな。他人のだと力加減がよくわからん」
──おっきな姉御ことトーレである。
「これでどうだ」
「泡が目に!?」
賑やかな背後の姉妹にチンク(シャンプーハット着用)は口元を綻ばせる。
「っ、どさくさに紛れて胸部を触るな!」
「いや、本当に見えな──目に指が!?」
少々慌ただしすぎるような気もするが、これもセインあってのものだろう。
(トーレやクアットロたちよりも、セインたちの姉である自信はあったのだがな……私もドゥーエのように、妹のちゃんとした教育係に付けるようになりたいものだ)
「馬鹿どもが……!」
「待て、私もかっ? 私は何も──!?」
ども、というトーレの言葉が聞き捨てならず振り向いたチンクの目に、泡が飛んだ。
「わっ、ととっ!」
目を押さえるチンクの耳にセインの声が聞こえたと思ったら正面から衝撃。
「ふん」
「痛たたた……酷いよトーレ姉、可愛い妹を床に叩きつけるなんて」
およよ、と泣き真似を始めるセイン。
それを聞いて黙っていない者が一人。
「床、だと……? お前が叩きつけられたのは私の胸だ!」
「あうっ!?」
チンクの名誉のために言っておくが、流石に床並の硬さということはなく、セインの言葉はセインなりのジョークである。
「────なんだか騒がしいけど、どうかしたのかしらぁ?」
と、ここでクアットロ登場。此処は洗浄施設なので当然メガネを外しているクアットロに当然のように泡が飛ぶ。
「きゃあ!?」
「この予想外に可愛らしい悲鳴は──クア姉!」
「ちょっとセインちゃんっ、どこを触って──!?」
さらに騒々しさを増した洗浄施設。
結局この騒ぎは、騒ぎを聞きつけやってきたウーノにお湯がぶちまけられ、湯を滴らせながら青筋を浮かべる彼女によって収拾がついたのだった。
◇◆◇◆
5日後 ミッドチルダ東部 アルトセイム地方
「──たまにはこうやって、作戦など関係なく外に出るのもいいものだね」
小高い丘に生えた樹に背中を預けながら、傍らのウーノに向けて呟く。
「はい」
私は割と変装して外に出てはいるが、娘たちは作戦以外ではほとんど外に出たことがない。
一仕事を終えた後だ、これぐらいのご褒美があってもいいだろう。
それに、
「ドゥーエとも中々会えなくなってしまうからね」
(週に一度は帰って来るという約束なのに、それでも不満なんでしょうか……?)
そう、ドゥーエとも週に一度しか会えなくなってしまう。
それは、つい先日のことだ────
◇◆◇◆
「ドクター。ドクターの夢の実現のため、聖王協会に潜入してきますわ」
「マジでか」
(マジ……? どういう意味かしら)
◇◆◇◆
あの時は本当にいきなりでビックリした。
まったく、もっと早くドゥーエが教えてくれればよかったのだが……寂しくなるが娘の巣立ちだ、父として見送ろう。
「この辺りはまだまだ自然が残っていていい所だ」
腰を上げて立ち上がり、小高い丘から大地を見下ろす。
「──ふぅ」
眼下に広がる豊かな自然は晴れやかな気分にしてくれる。
次いで私は今度は空を見上げた。
どこまでも広がる青い空。大きな鳥が翼をはためかせ、自由に飛び回っていた。
「──存外、この世界も捨てたものではないよ」
さて、感傷もこのあたりで終わりにしよう。
初めての娘たちとのお出かけだ、楽しまなければ。
振り向けば、いつの間にか全員が集まっていた。
「……こんな綺麗な所もあるんだ」
「地球も綺麗だったけど、こっちのも中々……世界は広いなぁ」
「よく見ておかなければな、これから“生まれて”くる妹たちに外の世界を伝えるために」
これから姉となる3人は目の前に広がる光景を目に焼き付け、
「ドクターはどうして急にこんな所に行くって言い出したんですか?」
「さあな。ドクターの考えてることは、時折私たちにも想像がつかん」
「あなたたちもまだまだ機械ね。たまには何にも考えずにボーっとするのもいいものよ」
「……あなたにはこれから考えて動いてもらわないと困るのだけど」
姉である4人は各々、羽を伸ばしているようだ。
個性的に育ってくれているようで、私は嬉しいよ。
「ドクター!」
ブンブン、と音が聞こえてきそうな動作で私に手を振るのはセイン。
その笑顔は姉妹たちの中でも最も眩しく、彼女に似合っていた。
「──まあ、私にとっては世界など、娘たちの笑顔さえあればそれでいいものなのだがね」