数の子って言うな!   作:うた野

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第22回

 新暦0068年 某日

 

 

 ゼスト・グランガイツが漸くまともに動けるようになった頃。

 或いは新たな娘が生まれた頃。

 また或いは新たな娘的存在が近々やって来る頃。

 

 

 私、ジェイル・スカリエッティの日常は大きく揺らぎ始めた。

 

 騎士ゼストの看病をしようとするチンクを押し切り、したくもない男の看病を一手に引き受け、癒やしを求めて娘の製造に力を入れ、さらにさらにウーノの手回しによってやって来たメガーヌ・アルピーノの娘、ルーテシア・アルピーノの扱いについて悩み明かし、それらが最近、ようやっと落ち着いてきた。

 

 

「男の下の世話なんてもうやかない……」

 

 

 鬱だ。物凄く鬱だ。

 でもチンクにやらせるくらいなら……ははっ。

 

 ああ、もうしばらく何もしたくない。大人しくしてよう。

 

 

 ──などとウーノの膝の上で打ちひしがれているのと同時刻、騎士ゼストのあんちくしょうが性懲りもなく私の娘とフラグを立てそうになっているのだが、私が知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ラボ内のとある部屋

 

 

(……似ている)

 

 

 それがNo.9 ノーヴェを見たゼスト・グランガイツの感想だった。

 誰に、と問われれば自身の部下だった女性、クイント・ナカジマに。或いはその娘たちに。

 

 

「……何か言いたそうな顔だけど、言いたいことがあるなら言ったら」

 

 

 不機嫌そうなその表情はメガーヌに旦那のことを愚痴る彼女によく似ている。

 ──ゼストとて、クイントの娘が本当の娘でないことは知っている。

 だから容易に想像できた、彼女もクイントの遺伝子を用いてつくられた存在なのだと。

 

 

「……いや。すまない、不躾だったな」

 

 

 もしかしたらクイントの娘たちもあの男、ジェイル・スカリエッティによってつくられた命なのかもしれないという考えに到達したが、関係ないと一瞬でその考えを切り捨てる。

 

 

「──あんたの部下にあたしの遺伝子提供者が居たってチンク姉に聞いた」

 

「そう、か」

 

 

 意外だった。彼女の方から話を切り出してくるとは。

 

 

「あんたが何考えてるのか知らないけど、あたしにとって家族はチンク姉だけだ。他の奴らはみんな他人。関係ない」

 

(チンク──あの銀髪の娘か。あの施設での戦闘以来、一度しか会っていないが──)

 

 

 ゼストは知らないことだが、チンク自身は何度もゼストに会いに来ようとしているのだが、ドクター(言わずもがな)やウーノ(ドクター至上主義)に阻まれ、会えたのは眼の調整が終わった後、ただの一度だけだ。

 

 

「──ジェイル・スカリエッティは。……あの男や他の戦闘機人は違うのか」

 

 彼女たちは姉妹であると、ゼストはそうジェイル・スカリエッティから聞かされている。

 

 

「……」

 

 

 ノーヴェは答えない。何と答えて良いのか彼女自身、分からない。

 

 

「……食事は置いたから」

 

 

 だからノーヴェはそれだけ言って、退室した。

 

 

 

 

 

「──分かんねーよ。そんなの」

 

 

 ただ退室間際にそう呟いたようにゼストは見えた。

 

 

「……分からない、か。俺も分からん。ジェイル・スカリエッティが悪だというのだけは確かだ。……だが」

 

 

 見聞していた人物像とあまりに違いすぎる。

 

 

(戦闘機人──奴の言うところの娘たち。……分からん)

 

 

 しかしどんな事情があれ、ジェイル・スカリエッティの“娘たち”がゼストの部隊を壊滅させたのもまた事実。

 

 

(──考えたところで答えは出ぬか。それにこの身は亡霊と同じ……確かめねばならぬことがある)

 

 

 今のゼスト・グランガイツにとって重要なのはジェイル・スカリエッティというよりも、親友、或いは親友であった者、レジアス・ゲイズ。

 ──もしもあの部隊壊滅にレジアスが関与していたならば。

 

 任務の中で散っていくことは武人であるゼストも、そして隊員たちも承知している。

 だが仮にそれが仕組まれた死であるとするなら、それは到底納得できるものではない。

 

 

(俺はいい。俺はレジアスの正義に殉ずる覚悟があった……だがクイントは、メガーヌは、部下たちは……)

 

 

 復讐は死者への手向けに非ず、ただの自己満足に過ぎない。

 無論、それはゼストとて簡単に割り切れることではない。ましてや今の彼にはその復讐の対象が手の届くところに在るのだから。

 

 

 しかしゼストはそれを振り切り、あの事件の真相を追うことに決めた。

 それが部下への手向けになると知っているから。

 

 

(部隊の壊滅がレジアスの預かり知らぬところであったならば、その時は今一度、亡霊に堕ちた我が身をレジアスの正義に捧げよう)

 

 

 もしも仕組まれたものならば────

 

 

(……ただ、部下たちにそれを伝えるだけだろう)

 

 

 俺にレジアスを殺すことは出来ない、と自嘲する。

 

 たとえ裏切られたのだとしても、無二の親友を殺すことなどできない。

 復讐もしない。

 

 

(愚かな男だ……俺は)

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ラボ リビングルーム

 

 

「……」

 

「戻ったか、ノーヴェ」

 

 

 茶を淹れるでもなく、肩肘を突くノーヴェにチンクが声をかける。

 

 

「チンク姉……」

 

「その様子だと、余計な世話だったのやもしれんな」

 

 チンクにはノーヴェが不機嫌だと一見してすぐ分かった。

 

 

(遺伝子上の母の知人と話させてやりたい、などと……。馬鹿が、少し違えばその母の命を奪ったのは私だと言うのに)

 

「ん、いや……あのオッサンにさ、あたしの家族はチンク姉だって言ってやったんだ」

 

 

 少しだけ恥ずかしそうにチンク本人に告げるノーヴェ。

 それはショックを受けているチンクを想って言ったことだが、チンクにとってはズキッと有りもしない胸(おっぱい的な意味)と有りもしない眼(摘出した的な意味)の痛みが増すばかりだ。

 

 

「あたしはチンク姉が居るから自分を不幸だなんて思ったことないし、母親とかそういうのはよく分かんないだけど……」

 

 

 だが、それでも強いて言うならばノーヴェにとって母とはチンクで姉もチンクだ。なんとなくだが、ノーヴェはそう感じた。

 

 

「でも、ドクターや他のナンバーズは家族と思っていないのか、って訊かれて答えられなかった。……それがなんかイライラしてさ」

 

「……そのイライラの理由は、お前が自分で見つけなければな。そうしなければきっと意味がない」

 

 

 ノーヴェの言葉にチンクはまた一つ、姉として、ナンバーズとして決意する。

 

 

(……家族、家族か。そうだな、遺伝子上の家族に縛られていては我々をつくってくださったドクターに顔向けができない。我らにとっての親はドクターなのだから)

 

 

 血に縛られない家族。

 ナンバーズをそんな風に結びたい。

 それがチンクの決意であり、願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな2人から離れて、2人の姉妹。

 

 

「──なーんだ、あたしよりも先に生まれたとはいえ、ノーヴェもまだまだ子供っスね~」

 

「お? 言うねえ、ウェンディには分かるの? ノーヴェのイライラの理由」

 

「何となくっスけどね」

 

 

 へぇ、とセインは関心した。この妹、なかなかどうしてあたしに似て賢い、と他の姉妹が聞けばツッコミが入るのは間違いない思考をしながら。

 

 

「あたしだったら即答っス。あたしらはみーんな家族、って稼働時間の短いあたしが言っていいことじゃないかもしれないっスけど」

 

「ううん、そんなことないよ」

 

 

 時間ではない。現にこうしてセインとウェンディはチンクとノーヴェのような姉妹関係、家族関係を築いているのだから。

 

 

「まあ確かにノーヴェにとってチンク姉は姉に母に従姉妹に、って風に家族のポジションを総取りしてるけどね」

 

「ん、それはあたしにとってもっスよ?」

 

「こ~ら~! あたしはどうした、あたしは!」

 

「あうっ、痛いっス、痛いっス! ……セインもそうじゃないんスか? チンク姉ってクアットロよりも早く稼働してるし、あたしら後期生産組にとってはみんなそうなんじゃ?」

 

 

 グリグリされている頭を押さえながら、涙目でウェンディはセインに尋ねる。

 

 

「うーん、まぁね。それはそうなんだけど──」

 

 

 手を休めることなくセインは思案する。

 自分の考えてることを表すにはどの言葉が適切か、と。

 

 

「あっ、うん、これだ」

 

 

 パッと手を離すとウェンディは机に突っ伏。撃沈。

 

 

「チンク姉はやっぱりチンク姉で、ウェンディはやっぱり手の掛かる妹で。他の姉妹たちもそれぞれ姉で妹」

 

「あうっ……じゃあドクターはどうなんスか?」

 

 

 依然涙目なウェンディに向かってセインは笑い、漸く出した答えを告げる。

 

 

 

「──お父さん、でしょ!」

 

 

 

 

 新暦0068年 某日

 ジェイル・スカリエッティの知らないところで無限の欲望がまた一つ、叶った日である。

 

 

 

 

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