「痛い痛い先が当たってる」
「当てているんだ」
槍の先を当てられてもまったく嬉しくない。
「俺は確かにルーテシアをあの娘たちに任せることには同意した、だが貴様が四六時中ルーテシアを監視することを許した覚えはない」
「だから痛いって…………君だってこうして怨敵である私と肩を並べてモニターを見ているじゃないか」
「俺は貴様を監視している。ルーテシアやメガーヌに妙なことをせぬようにな」
それって同罪だと私は思うんだが。
ジェイル・スカリエッティ、新たな娘誕生まで秒読みの状況でもルーテシアのモニタリングは怠りません。
ほら、私って見た目こそ若くて青年でも通じるけど、実際にはもういい歳だ。
だからルーテシアにはオジサンって呼ばれたい。
つまりそういうことさ。
「…………また妙なことを考えているな」
「痛い痛い。分かった、分かったよっ。私も少し自重する。だから槍を収めたまえ」
不服そうな表情で槍を収めるゼスト。…………くっ、チンクのお願いでなければ無理やりにでも続けていたのに。
※ゼストがドクターに仇なすのであれば、チンクも黙っていません。
「あら、騎士ゼスト。此処に居たんですか?」
「む…………」
恨みがましくゼストを見ているとドアが開いてクアットロが入室した。
クアットロはやけに丁寧な物言いでゼストに話しかける。…………私よりも先に話しかけるって…………チンクのみならずクアットロまでも! おのれゼストォォォ!
(やっぱり危険ね…………私たちナンバーズに悟られることなくドクターと二人きりの状況を作り上げるなんて。もしもドクターに何かあったら…………)
(クイントの娘たちも最近までこんな風に人間らしい感情を見せることはなかった…………やはり、スカリエッティの影響なのか)
…………何で二人は見つめ合ってるんだろうか。まさかアイコンタクトか、アイコンタクトなのか?
私だってまだウーノとドゥーエとしかしたことないのに! 目を見れば分かるって言うのか!?
私の憤りなど知らないゼストは数秒クアットロと見つめ合った後、何も言わずに踵を返し退室して行った。
「ドクター」
「うん?」
「どうして騎士ゼストを拘束しないんですか?」
チンクに嫌われそうで怖いからだよ! と言えればいいんだが、そんな情けないことを娘の前で口にするわけにはいかないので、
「一度死んだ人間の行動に興味がある。数字だけのデータでは分からないことも多いからね」
それっぽいことを言っておく。
これだけ聞くと悪の科学者にしか見えないが、情けないことを言うよりはいい…………はずだ。うん、きっと。
「ああ、そういうことですか…………でも、ルーテシアお嬢様ならともかくぅ、あの実験体を自由にし過ぎるのはドクター自身の首を絞めることになりかねませんわ」
「心配してくれるのかい?」
「それはもう。現に今だって私が来なければドクターがグサリと刺されていてもおかしくない状況でしたし」
いや、実は少し刺さってたんだけどね。
しかし娘に心配を掛けるのは良くない。
…………心配されて嬉しいのは秘密だ。
「なに、騎士ゼストも自分が置かれている状況を理解している。早まった行動はしないだろう」
自分の状況──そう、私と同じくルーテシアを覗き見たということを!
私に妙なことをすれば、その事実が公表されるよう細工を施してある。つまり彼は手も足も出ないんだよ!
そう考えれば槍の一本や二本なんてかわいい抵抗だ。
「ですけど──」
「──そう案ずることはない」
「トーレ姉様?」
納得していない様子のクアットロに声を掛けたのは、いつの間にか背後に立っていたトーレ。くっ、この私が娘の気配に気づけないとは…………。
「基本的にドクターにはウーノがついている。が、それでも今日のようなことはある。そのための我々だ」
相変わらずの姉御肌に思わずドキリとしてしまうね。格好良すぎて。
「つまりウーノ姉様が席を外している時は私たちの誰かがドクターのそばに居れば良いと?」
「ああ。ドゥーエは以前からそうしていたようだしな」
言われてみれば心当たりがある。何故かその後、ウーノに説教されていたような…………。
「確かに…………流石トーレ姉様!」
流石私の娘!
そうすれば自然とウーノ以外の娘とも接する機会が増える! ふふふ、ゼスト、君には感謝しなければならないな。
(尤もウーノが今日のことを知れば、そう簡単にはいかないだろうが)
「ではさっそくウーノ姉様に伝えてきますわ!」
スキップしながらクアットロが退室し、私とトーレの二人きりに。
「申し訳ありません。勝手なことを」
「いやいや、助かるよ。ウーノにばかり私のことを押し付けることに心苦しさを感じていたからね。それに娘たちの成長をそばで見れるんだ、文句なんてあるはずない」
「娘、ですか」
「?」
何やら考える素振りを見せるトーレに私は疑問符を浮かべる。
まさか「あなたのことを父親だと思ったことなんかない!」なんて思ってるんじゃ…………?
「い、嫌だったかい?」
「──いえ。ドクターがそう言うのであれば。我々はドクターの作品であり、娘です」
作品は余計だよ、とは思うが、トーレの戸惑った表情(無表情に見えるが、私には分かるともさ)を見ると、口出しは出来なかった。
「それでは私も失礼します」
「ん、ああ。また訓練かい?」
「はい」
ウーノやセインに聞いた話だと、もうとっくの昔に能力を使いこなしてるというのに、熱心なことだ。
しかしそんな訓練ばかりの暗い青春を遅らせるつもりなどない。
「もう聞いたかもしれないが、セッテの教育係はトーレ、君にお願いするつもりだ。あまり無茶はしないでくれよ?」
「…………はい」
私に背を向けたまま、トーレは頷いた。
うーん、もしかしてあまり乗り気じゃないんだろうか?
◇◆◇◆
「そんなことはありません」
「そうかい?」
あの後、クアットロとの話を終えたらしいウーノが若干不機嫌になりながら戻ってきた。しかし嬉しさ半分といった様子だったので、わざわざ指摘する必要はないだろう。
そして情けない話だが、私は長女であるウーノにトーレのことを相談してみた。
教育係が嫌なのではないか? と。
その答えがこれだ。
「トーレはどうして良いか分からないだけなのでしょう。No.3とはいえ、教育係に就くのは初めてですから」
「うーん…………」
あの娘がか…………。
「ルーテシアお嬢様のお世話も関係しているんでしょう。チンクもトーレを頼りにしているようですし」
「ふむ」
「一歩引いた立場で妹たちを見守っていたトーレにとって、直接妹を導く経験はあまりない。これも良い経験です。ドクターの采配に間違いはありません」
姉御肌のトーレだが、下の娘たちにとっては姉のイメージが一番強いのはチンクだ。
確かにウーノの言う通り、戸惑っているだけなのかもしれない。
やはり私もまだまだだな。
「ところでドクター」
「なんだい?」
「私にとってドクターのお側で仕事出来ることが一番の幸福です。妹たちにもそう簡単に譲るつもりはありませんから」
そう言うウーノの口元にはうっすらと笑みが。
…………マズいな、鼻血が出そうだ。
今すぐベッドに飛び込んでゴロゴロ転がりたい気分だが、とりあえず脳内に永久保存。
努めてクールかつ父親らしい言葉を選ぶ。
「私も可愛い娘がそばに居るだけでもう幸せ過ぎてヤバ──」
「ドドッ、ド、ドクター!」
努力虚しく嘘偽りのない言葉が私の口から零れたが、駆け込んできたセインの声にそれはかき消される。
ウーノには聞こえていないようだ…………危ない危ない。もしも聞かれて、引かれでもしたら首を吊っていりところだった。
心の中でセインに最大限の感謝を送る。
「…………セイン、もう少し静かに出来ないのかしら」
「だ、だってトーレ姉が! トーレ姉が!?」
「落ち着くんだセイン。トーレがどうしたんだい?」
「「セイン、お前のように妹との仲を良好にする為にはどうすればいい?」ってあたしに聞いてくるんだよ!?」
頭を抱え、奇声を発しながら話すセインに思わず私とウーノは顔を見合わせる。
ところがこれだけでは終わらなかった。
「ド、ドクター!」
「ノ、ノーヴェ?」
「トーレが「私はお前に、姉らしいことをしてやれているか?」っていきなり!? チンク姉は悟りきったような顔で頷くだけだしっ、訳わかんねえ! あたし何かしたのか!?」
その後ウェンディも駆け込み、ラボ内は騒然となった。
しかしいくら何でもその反応は酷いんじゃないかい?
トーレはトーレなりに、家族のことを考えているだけだというのに。
私はウーノに説教される娘たちを見ながら苦笑することしか出来なかった。
◇◆◇◆
「…………そこまで妙なことを言ったか? 私は」
「いいや。姉として当たり前のことを言っただけだ。なあ、ディエチ」
「…………うん。少し驚いたけど、トーレが言ったことは全然おかしくなんかないよ」
「だがああも露骨に逃げられるとはな…………」
「なに、後はドクターたちに任せておくといい──それにトーレはそのままでも十分立派な私たちの姉だ」
「同感。チンク姉の言う通り、きっとみんなもそう思ってるよ」
「…………そうか」
残されたトーレ、チンク、ディエチ、そしてルーテシアは個々の差はあれど、確かな笑みを浮かべた。