「ふぅ……やはり運動の後の風呂というのは格別だ」
やあ、こんな格好で失礼。ジェイル・スカリエッティだ。
娘たちの誰かかと思ったかい? そんなサービスシーン、私が見たいぐら──ゲフンゲフン、勿論どれくらい娘たちが成長したか、という意味でだよ?
「しかしあまり長湯する訳にはいかないな。ウーノと騎士ゼストを二人きりにして、間違いが起きないとも限らない」
これ以上、ゼストに娘たちを汚されてたまるものか。
もしもまた手を出すようなことがあれば、本当に自爆装置を付けてやろう。
──などと考えながら天井を見つめていた私の耳に、聞こえてはいけない声が聞こえた。
「あれ、ドクターも洗浄っスか?」
「がぼぶごがふっ!?」
そこからの私の行動は迅速だった。
思わず声の主の方を向いてしまう、なんてことはするはずもない。
すぐさま湯の中に体を沈めた。……迅速過ぎて息を吸うどころか目を瞑る隙もなかったが。
「ド、ドクター!?」
湯の中で体の向きを反転させ、顔だけ出して口の中のお湯を吐き出す。
目が、目が……!
咳き込む私を心配する声が先程よりも近くで聞こえる。
「げほっ、げほっ!? ……ウ、ウェンディ?」
「そ、そうっスけど……大丈夫っスか?」
「あ、ああ。問題ないよ」
いや、問題だらけの状況だけども。
「く、訓練の時間じゃなかったのかい?」
綺麗に洗い流した筈の汗が再び流れ出すのを感じながら、震える声で私は尋ねる。
誤解されないように言っておくが、私はこんな事態が起こることがないよう、ちゃんとウーノに確認した。本当だとも。決して言い訳なんかじゃないさ。
「模擬戦闘してたんスけど、トーレ姉が張り切り過ぎて射撃型のあたしとディエチは真っ先にダウン。今日はもう切り上げたんスよ。ディエチはカノンの調整中で、あたしは洗浄に来たんスけど……」
よ、よし、不幸中(?)の幸いで、此処に居るのはウェンディだけのようだ。
ディエチが声も出ないぐらいに引いている訳ではないらしい。
「いやー、まさかドクターと鉢合わせるとは思わなかったっス」
ちゃぷん、と水音がした。まるでお風呂に入った時のような音だ。
そう、つまりそれは──
(いくら親子とはいえもう少し羞恥心を持つべきなのではないのかい!?)
──何の躊躇いもなくウェンディが入浴したことを表している。
「うー、沁みる……。トーレ姉ももう少し手加減して欲しいっス」
反響するウェンディの声が頭にガンガン響く。
くっ、私はどうすればいい!?
すぐに上がった方がいいんだろうが、しかしウェンディは気にしていないのであれば初めての親子でお風呂を続けてもいいのか!?
年齢はともかく、肉体と精神が熟している娘たちだから、泣く泣く諦めていた夢が叶うというのか──!?
い、いや待て、ウェンディは私に遠慮しているだけで、本当はいつまで入ってんだこのオヤジ、とか思っていたり……。
(それにしても、どうしてドクターはさっきからあたしに背を向けてるんスかねぇ?)
クールになれ、クールになるんだスカリエッティ。
娘を導かなければならない私が迷ってどうする?
私は自分の無限の欲望に飲み込まれるような父親ではないはずだ。
「ウ、ウェンディ」
「? なんスか~?」
また声が近くなっている気がするが、私は怯まない。
状況も格好も関係ない。いつものように自然に会話を繋げればいいだけだ。
「トーレとは上手くやれているかい? セインは理解してくれているようだが、ノーヴェとウェンディはまだトーレのことを誤解しているんじゃないかと思ってね」
「あー、あの時の話っスか……」
「ウーノには随分叱られたようだが、トーレのことを誤解しないであげてくれ」
……どうも説教地味てしまうな。口うるさい父親にはなりたくないんだが……。
「……あの、ドクター」
「何だい?」
「ここだけの話、あたしやセインとトーレ姉の相性って性格的に最悪だと思うんスけど、どうしてセインとトーレ姉って仲良いんスか?」
ウェンディの言葉に私は少し驚いてしまった。
ウェンディがセインとトーレの仲の良さを見抜いてことが意外だったのだ。
トーレは私や姉妹に対しても感情を表に出すことが少ないから、末っ子であるウェンディがそれに気付くのはまだ先だとばかり思っていた。
ううむ、私としたことがそんなことも見抜けないとは……。
「あ、もしかしてドクター、意外だとか思ってるんスか?」
「あ、ああいや……」
「酷いっスねぇ。そりゃ稼働時間は短いっスけど、セインとは生まれてからずっと一緒だったんスよ?」
気付いて当然っス、とウェンディは胸を張った(勘違いしないでくれ、また水音がしたからそう判断しただけだ。決して見たわけではない)。
「でも、だから分からないんスよね」
「ウェンディはよくみんなを見ているようだね。知っての通りトーレは誤解されやすい性格だから、そこに気付いただけでも立派だ」
やはりセインにウェンディを任せて正解だった。
ここまでウェンディが育ったのは間違いなくセインのおかげだろう。
だが成長が嬉しくも悲しいような……。
「セインはトーレの優しさと厳しさを身をもって知っているんだ。トーレが居なければ今のセインは居なかっただろう」
セイン本人には口止めされているから、詳しくは言えないが。
それにセインだけではない、チンクもそうだ。それにあの時──時の庭園にトーレが間に合わなければきっと私も……。
「間違いなく言えるのは、トーレはセインのこともウェンディのことも姉として考えてくれているということだよ。それを分かっているからセインもトーレに対して遠慮することなく接しているんだ」
以前(前回)、トーレのことで真っ先に駆け込んで来たのはセインだったが、あれはトーレが自分に姉としての意見を尋ねてきたことに驚いただけだ。
姉らしくない、というのはセインが気にしていたことだったからね。
「うーん……」
「つまり、家族に対して遠慮する必要なんてない。ましてや相性なんて考えること自体がおかしいってことさ」
「そういうもんなんスかね……?」
「ああ」
それからしばらく、うーんうーんというウェンディの唸り声を聞いていたが、結構な長風呂になっていることに気付く。
さ、流石にここでディエチにまで入って来られたらマズい。そもそもウェンディとだって、本当はもっと順を追うべきだったんだ。
なのにいきなり混浴とは、変態親父と間違われても仕方がない。
それに私が言いようのない罪悪感で死んでしまいそうだ。
「そ、それじゃあ私はもう上がるよ。ゆっくりしていくといい」
マナー違反だがタオルを湯の中で巻いてから立ち上がり、ウェンディの返事を待たずして脱衣場へ走る。
勿論ここでバッタリ鉢合わせるなんて愚行は起こさないように人影がないことを確認してからだ。
「あっ、行っちゃったっス。……やっぱりドクターも忙しいんスよね。なのに引き留めちゃうなんて、反省っス」
(セインがドクターのことをお父さんって言うから、つい気になっちゃったんスよね……でも何だか分かる気がするっスよ)
◇◆◇◆
「あぁ……気持ちいい……」
やあ……ジェイル・スカリエッティだ……。湯船からいきなり立ち上がって、さらに思い切り走ったものだから、途中で倒れてしまってね……
「大丈夫? ドクター」
「ああ……すまないね、ディエチ……」
「ううん」
今は情けなくディエチの膝の上で介抱されている最中だ。
「洗浄に行くところだったんだろう……?」
「うん」
「私は大丈夫だから、行くといい……ウェンディも待っているよ……」
やせ我慢だが、これ以上娘に醜態を晒したくはない。
本当に情けない……。
しかしディエチは首を横に振り、
「ドクターを放っておけない」
「……私は良い娘を持って幸せだよ……」
「え──」
確かに幸せだが、私は激しい自己嫌悪に襲われる。
くっ、これは罰だ。ほんの僅かでも、ほんの一瞬でも娘に対してやましい気持ちを抱きかけたことへの!
情けない父と笑うがいい、いつか必ず挽回してみせよう……!
「──ドクター?」
「……ドゥーエ?」
私を呼んだのはどうやらドゥーエらしい。頭がボーっとして上手く聞き取れない。
「ディエチ、一体どうしたの?」
「多分、湯あたりだと思う」
「あら……」
「やあドゥーエ……こんな格好ですまないね」
視界が点滅していてよく見えないが、ドゥーエが居るであろう方向に手を上げる。
「ディエチ、ドクターは私に任せて、あなたは洗浄して来るといいわ。まだなんでしょう?」
「……うん」
頭の高さが少し変わる。恐らくドゥーエの膝の上なのだろう。
「……ドクター」
「なんだい……?」
「……ううん。何でもない、です」
いつもの私なら疑問を抱くところだが、如何せん今の私では頭が回りそうにない。が──
「ドゥーエ」
「何でしょうか? ドクター」
「すまないが私の研究室まで連れて行ってもらえないかい? ウーノに騎士ゼストを任せたままなんだ……」
「あの子のことですから、すぐにドクターを探しに来ますわ。だからそれまでこうしていましょう?」
「い、いや、何だかそれは嫌な予感がするんだが……」
何故かウーノが前回の比ではないくらい不機嫌になりそうな予感が……。
「うふふ、そう遠慮なさらずに」
……結局、私の嫌な予感は的中することになる。
やはり娘たちに情けない姿を見せたのがいけなかったのだろう(と思う)。
◇◆◇◆
「ウェンディもディエチも大丈夫ー? いやトーレ姉ってば張り切り過ぎだよ。ISなしで地面に埋まるかと思ったもん」
「……すまなかったな。力が入りすぎてしまった」
「あたしは大丈夫」
「あたしも平気っスよー」
トーレの頑張り(?)のおかげで今日の訓練は全員早く切り上げることになり、洗浄施設に4人が集まった。残るチンクとノーヴェもすぐに来るだろう。
「いくら何でも最初からこの調子じゃセッテも音を上げるって」
「む……そうか」
トーレの頭を洗いながら親しげに言うセイン。
それをディエチに頭を洗われながら、ウェンディが見つめる。
「いつものトーレ姉のままでいいんじゃないんスか? ──“セイン姉”みたいな調子でもセッテが音を上げそうっスし」
「え……」
「ほう──?」
何気ない風のウェンディの言葉。
だが“それ”に気付かない姉妹ではない。
「──ウ、ウェンディ! 今何て言った!?」
「えー? 何のことっスか?」
「今! 今セイン姉って言った!」
「いやいや、セインの聞き違いじゃないんスかー?」
「絶対! ぜーったい言った! もう一回! もう一回言って!」
「トーレ姉みたくもっとお姉ちゃんらしくなったら考えなくもないっスよー?」
「こ、このー!?」
今日もラボは平和です。