新暦68年 冬
「高町なのは、リハビリから復帰、Sランク取得……大した子だ」
とある雑誌の表紙を飾るのは天才少女、高町なのは。
彼女には最高評議会も目を付けているようだが、彼女の性格がジュエルシード事件の時のままならば相容れることはないだろう。
そして私もまた同じだ。
……ううむ、やはり直接謝罪に赴かず、お金と見舞いの品だけを贈ったのがいけなかったのだろうか。
管理局はそれを私の挑発行為と受け止め、さらに力を入れて捜査を続けているようだ。
しかしミッドチルダの病院に私が行くなど、ウーノたちが許してはくれないんだ。仕方ないなどと言う気はない……。
「私も捕まりたくはないしなぁ」
せめて娘たちが全員独り立ちするまでは!
もうすぐ残る三人、セッテ、オットー、ディードも生まれる(生まれる、という表現に間違いはない)。
彼女たちはクアットロの意見で、感情データを入力してはいない。
他の娘たちはデータの紛い物とはいえ人間の感情を参考にしていたが、彼女たちは違う。
知識だけを入力した、真っ白な状態で生まれて来ることになる。……私は立派な父親とは言えないが、これまで父親として、娘たちを真剣に育ててきたつもりだ。仕事に追われ、あまり構えなかったこともある。プレシアに人形遊びと断じられたこともある。未だに父と呼ばれたこともない。
だが、ウーノは私を慕ってくれている。ドゥーエは自分も妹たちも皆、私のことを好きだと言ってくれた。
ならば、もうデータなどに頼らず、立派に育ててみせる。父としてのステップアップの為にも、娘の為にも!
「ふふっ、ふははっ、ふーははははははっ!!」
……うん、こんな悪役三段笑いをするような父親は娘たちも嫌だな。やめよう。
(うふふ……流石です、ドクター。高町なのはの写真を見ながら高笑いだなんてっ)←クアットロ
(ドクターってば何か悪い物でも食べたんスかねー?)←ウェンディ
(というか何故わざわざ隠れなければならないんだ……?)←チンク
◇◆◇◆
「む」
「あ……騎士ゼスト」
「お前はディエチ──だったな」
コクリと戦闘機人──奴の娘が頷いた。
少し無口な子だと、聞いてもいないのにスカリエッティは語っていたが俺に対するこの挙動は性格のせいだけではない。
…………警戒されている。それ自体は不思議なことではない。スカリエッティのラボには俺に気を許す者はいないのだから。
「……ドクターに何の用だったの?」
「肉体の調整だ」
スカリエッティに体を弄くらせるのは不本意だが、レリックの拒絶反応を抑えるには奴に頼る他ない。
まだ朽ち果てる訳にはいかないのだ。
「……そう」
もう興味はない、とでも言うように頷き、ディエチが俺の横を通り抜ける。
だが俺はその背中に声を掛けた。
「スカリエッティに顔を見せていけばどうだ」
俺を警戒するならばその目でスカリエッティの無事を確認したらどうだ、という皮肉とも取れる言葉を。
「……?」
しかし振り返ったディエチは俺の言葉に少し、ほんの少しだけ不思議そうに瞳を揺らしただけ。
「ドクターに用事はない」
……意味が伝わらなかったのか? そう考えながら、歩き始めたディエチの背中を見送る。すると、ディエチの歩みが止まった。ややあって再びこちらを振り返る。
「それにクアットロとノーヴェ以外のナンバーズはあなたが今ドクターに害を成すとは思ってない。建前はともかくドゥーエやトーレがドクターのそばに控えるようになっただって……あなたを警戒してるわけじゃないから」
(……ただドクターのそばに居たいだけだと思う。特にドゥーエは)
「そうは思えん。お前や他のナンバーズも俺への警戒を怠ってはいないだろう」
「それは……」
俺の言葉にディエチが返答に詰まる。ナンバーズを使い、俺を籠絡する腹積もりか? No4の考えそうな策だ。
しかし返ってきた言葉は俺の予想を超えていた。
「その……ドクターから「騎士ゼストとは二人きりになるな、もしもなってしまったときは決して油断してはならない」って言われてて」
超えていた。超えていたが、すぐに奴のその言葉の裏に気づく。
『油断しようものなら手籠めにされる。あの男は騎士とは名ばかりの野獣のような男だからね。嫁入り前の体を傷つけさせてはならないよ』
……とでも言いたかったのだろう。相変わらずふざけた男だ。騎士を、いや俺をなんだと思っている。それに俺が最初に槍を向ける相手はジェイル・スカリエッティ、貴様だけだ。
「騎士ゼスト?」
「……いや、何でもない。引き留めてすまなかったな」
ふるふると首を横に振って、ディエチは初めて表情を変えた。
「よかった。チンク姉が「騎士ゼストはラボに馴染めていないようだ」って心配してたから」
「──馴染むつもりなど元よりない」
ディエチの言うとおり、今は雌伏の時。スカリエッティと戦う気はない。だがルーテシアが成長し、メガーヌが回復したその時は……部下の仇をのさばらせておくつもりは毛頭ない。
「No5 チンクに伝えてくれ。心遣いは無用だと」
そもそもチンクと俺は殺し合い、俺は命を、チンクは目を奪われたのだ。心配も馴れ合いも必要ない。
「……わかった」
「ではな」
◇◆◇◆
ゼストが去った後のスカリエッティの研究室。そこにはウーノやクアットロの姿はなく、代わりに暗い研究室に立体映像で3つの脳が浮かんでいた。
『ナンバーズが全機稼働次第、予定通り貴様には聖王を再生してもらう』
「──古代ベルカの王の一人、名前は確かオリヴィエと言ったかな」
『聖王の因子が必要なのだ。ゆりかごを動かす為にな』
「くっくっく、最高評議会はつくづく命を弄ぶのがお好きなようだね」
『遺伝子の集まりを命とは呼ばん。お前のようにな』
「おや、これは失敬。そうだったね。私はあなた方に言わせればただの人形だった」
『左様。貴様はアンリミテッドデザイアという傀儡だ。ナンバーズもまた同じくな』
「相変わらず、手厳しい。彼女たちは私などよりも人間らしい、生命の揺らぎを持たせているつもりだが」
『つまらぬ冗談はいい。No2が入手した聖骸布から得た遺伝子データの解析は済んでいるのだろう?』
「ええ。入手してすぐに終えたさ」
『ならば良い。ナンバーズの完成を急げ』
「分かっているさ」
大げさに手を広げ、スカリエッティは肯定した。
『後のことは追って伝える』
「ああ、だがその前に一つ。ドゥーエを聖王教会から呼び戻したいんだが、構わないかい?」
『好きにしろ。聖王の遺伝子を入手した時点でNo2の役目は終わった』
そして、最高評議会は一方的に通信を切り、部屋に明かりが戻る。
「……ええいっ、忌々しい! 何が「遺伝子の集まりを命とは呼ばん」だ。脳みそが命だなんてそれこそ可笑しい話だろうにっ」
大体、聖骸布とやらはとうの昔にドゥーエが手に入れて送っていたんだ。だというのにすぐに呼び戻せば怪しまれるなんて理由でこれまでずーっと教会に縛り付けられていた。
ドゥーエが望んでいたならばいいが、1ヶ月もしない内に教会のどろどろとした部分を見せつけられて愚痴っていたというのに。神父も所詮は男、獣だ。セクハラだ。
だがしかし、これでようやくドゥーエが戻ってこれる。週一でしか娘に会えない日々がやっと終わる。
さっそくドゥーエに連絡して、すぐに帰ってきてもらおう。それにウーノには豪華な料理を頼まねばならないな。
「……しかし聖王の再生か。これに限ってはあの脳みそたちに感謝しておくべきかな」
最高評議会の注文を思い出し、笑みを浮かべる。彼らも馬鹿ではない。全盛期の聖王を復活させるはずもなく、彼らが求めるのは聖王の遺伝子を持つ者。つまり年端もいかぬ子供として再生するように言ってきた。
「ルーテシアと同じか、少し幼いぐらいでいいだろう。年上にばかり囲まれていては可哀想だからね。それに子育てについてはチンクを始めとして娘たち全員、経験済みだ」
さらに言えば、ルーテシアの時と違い、今回はゼストに文句を言われる筋合いはない。ということは私も大手を振って子育てに参加できる、そういうわけだ。ふふふ、いずれ生まれてくるだろう孫のためにも幼い子供を育てる経験も必要だからね。……孫、孫かぁ……。
いずれは嫁に出す時が来るのだろう。いやでも婿を取るという手も……って私は犯罪者だった。嫁に出すならせめて、清廉潔白、人畜無害で真っ当な男を連れてきてもらいたいね。
「いやいや今から嫁に出すことを考えていても仕方ない。まだ彼氏すら紹介されていないんだ。うん……ドゥーエが連れて来たりしないだろうな……」
それを想像して憂鬱になりながら、ドゥーエへ通信を繋いだ。
「今戻りました。ドクター」
「おかえり。ドゥーエ」
「はい──ただいま」