ドゥーエが我が家に戻ってきたのは年の瀬の頃だった。
「元気そうで何よりだよ」
「私もドクターも妹たちもお変わりないようで。安心しました」
まあ尤も週一で帰ってきていたんだが。それとこれとは話が別だろう。
「新しい妹の誕生に間に合って本当によかったですわ」
「ああ。これで11人、来年こそは家族全員で新年を迎えたいね」
「はい」
紅茶を飲みながらの娘との会話は、「ああ、父親やってるなあ」という気になれて、大変心地よかった。
「もう皆に顔は見せたかい?」
「いえ、クアットロと、途中で会ったウーノだけですわ」
「そうか……。だがそろそろ話を聞いたセインがノーヴェかウェンディを連れて来るころだろうね」
「さっすが、ドクター! あたしのこと分かってるね!」
「分かってんならどうにかして欲しいんだけど」
「まあまあ、ノーヴェもいつまでもチンク姉にベタベタじゃダメっスよ」
「そうそう、ウェンディの言うとおり! もっとあたしに甘えなよ」
「だったら少しは姉らしいところを見せろよ」
噂をすれば何とやら、セインが二人を引き連れ現れた。うんうん、相変わらず仲が良いようで安心だ。
「あら、なら私が姉らしいところを見せてあげましょうか? ノーヴェ」
「っ、え、遠慮しとくっ」
「ふふ、それは残念」
楽しげにドゥーエが両手を広げてノーヴェに笑いかける。昔からウーノ以上に大人びた娘だったが、長い教会での生活でさらに大人っぽくなっている。父親としては複雑な気分だ。
「でしたらドクター。私の成長を確かめてみません? それとも逆の方がドクターのお好みでしょうか?」
「はっはっは、あまり私をからかわないでくれ、ドゥーエ」
少し前までの私ならしどろもどろになっていただろうが、今の私ならば大丈夫。これはドゥーエなりのジョークであることぐらい分かるともさ。
(……何というか、あれっスね。ドクターとドゥーエ姉って)
(大人って感じ? 未だによく分からないところがあるドクターのこと、一番分かってるみたいだよね)
「私よりも先ほどから物陰でこちらを窺っているクアットロにしてあげたらどうだい?」
「っ!?」
私の言葉にクアットロがビクッと震えたかと思うと、すぐに隠れてしまった。
「あの子には戻ってきた時にうんと甘えさせてあげましたから」
「ちょ、ドゥーエ姉様!?」
「あらあら、まだ甘えたりなかったの? 困った妹ね」
「い、いえ! そういうわけではなくてっ! それにあまりそういうことは……」
うんうん、二人の仲の良好。相変わらずチンクとノーヴェと同じくらいに仲が良い。微笑ましいが、少々妬けてしまうね。
などと考えていたのが筒抜けだったのか、ドゥーエが妖しく笑って「私もウーノとドクターの仲に妬けてしまいます」と言われてしまった。確かにドゥーエはキャリアウーマンなウーノとはあまり姉妹らしい会話が出来ていない。だがこれからはいつでも話せるよ、と言い返すと「そういうことじゃないんですが……」と困ったような笑みで返された。……? どういう意味なんだろうか。
「ドクター、トーレたちがトレーニングを終え、既に調整室に向かっています。私の方も夕食の準備が整いましたので、そろそろ……」
悩む私にウーノがそう伝えてくれた。これで準備は整った。
「では私たちも向かうとしようか」
紅茶を飲み干して席を立つ、皆もそれぞれ立ち上がると私の後に続いていく。
途中でチンクと合流し、本当に大所帯になってきたな、と感慨に耽ったりもした。
「帰っていたのか、ドゥーエ」
「ええ。チンクも変わりないみたいね」
「残念なことにな。ルーテシアのように数日で変わったら苦労はしないさ」
「私は体調のことを言ったのだけれど?」
「うっ……ああ、問題ない。姉妹全員健康そのものだ」
「そう。それはよかった」
くすりと微笑み、チンクの頭を撫でる。ドゥーエもまた、トーレと同じくチンクが妹らしく接すことのできる数少ない娘だ。
チンクが片目を失った時、チンクとゼスト両方にビンタをかましたのには私も肝を冷やした。あの時のチンクはいつも以上に小さくなっていて、ノーヴェやウェンディが心配していた。セインだけが「チンク姉を叱ってくれてありがとう」と言っていたのには驚いた。ドゥーエといいセインといい、娘たちの成長には驚かされっぱなしだよ。
私が父親として成長しているのか不安になる時もあるが……。
「……」
「……騎士ゼスト、君を呼んだ覚えはまっっっったく、ないのだが?」
調整室の前の扉に、忌まわしきゼスト・グランガイツと麗しのルーテシア・アルピーノが立っていた。
「ルーテシア一人呼ばれて、簡単に行かせるわけにはいかん」
「ふん、過保護なのは結構だが、いずれ成長したルーテシアに「ゼストおじさん、ベタベタし過ぎ。気持ち悪い」とか言われないように気をつけたまえ」
「俺はそんな呼ばれ方をするつもりはないし、メガーヌの娘であるルーテシアがそんなことを言うものか。それにその言葉、貴様にそのまま返しておこう」
「ええーっ、あたしらはそんなこと言わないっスよ。ね、ノーヴェ?」
「……」
「ちょ、ノーヴェ、そこで黙ったらドクターが可哀想だってっ」
……ふ、以前言っただろう? 私はノーヴェのどんな言葉もツンデレに変換できると。これはノーヴェが照れているだけなんだ。そうだろう? お父さんは全て分かっているとも。
(セインの言うとおりだぞ、ノーヴェ)
(わ、分かってるよっ。全然そんな風になんて思ってないけど……)
(うふふふ、ノーヴェちゃんったら照れ屋なんだから。それでも戦闘機人なの?)
(……うっさい、メガネ割るぞ)
(きゃあ、ノーヴェちゃんが怖いですわ~、ドゥーエ姉様~)
ああ、分かっているとも……。照れているだけなんだろう? そうなんだろう?
少し不安になってしまう。おのれゼスト……!
「まあいい。同行を許可しよう。だがくれぐれも妙な気を起こさないこと。それから調整室では目を開けないことだ」
娘の生まれたままの姿をこんな男に見せてたまるものか。一目でも見てみろ、即刻爆破だ。
チンクには興奮のあまり魔力が暴走したとでも言っておいてやろう。
「分かっている。貴様に言われるまでもない」
「それなら良いがね──さて、ルーテシア」
「……?」
無垢な瞳で私を見上げるルーテシアに目線を合わせ、優しく、諭すように私は口を開いた。
「これからまた、家族が増える。見た目は君よりもうんとお姉さんだが、実際には君よりも小さい子供なんだ。知識としてこの世界のことを知っていても、それだけじゃ意味がない。だからルーテシア、君も此処にいるお姉さんたちと一緒にこの世界のことを教えてあげてほしい……頼めるかい?」
科学者らしい、2歳児に理解できるはずもない単語を並べ立てた話だったが、ルーテシアは真剣な眼差しで私の話に耳を傾け、最後に小さく頷いた。
「ありがとう。よろしく頼むよ」
私も笑顔で頷き、ルーテシアの頭を撫で──ようとして、ゼストの手で叩き落とされた。
「……」
もう一度ルーテシアの頭に手を伸ばす。叩き落される。
もう一度。落とされる。
さらに。落とされる。
One more.落とされる。
「……やはり君とは決着を着けなければならないようだね」
「ルーテシアの前で死体を晒すわけにはいかん。いずれ着けてやろう」
睨み合う私たちを余所に、ウェンディが「ルーテシアはお利口さんっスね~」とその頭を撫でていた。
なんだか納得がいかなかったが、ルーテシアの顔が幸せそうだったので満足しておこう。
「……さて、トーレとディエチをいつまでも待たせるわけにもいかない。入るとしようか」
ドアを開き、長く続く調整室の通路を歩いていく。
かつては素体となる遺伝子が浮かんでいたこの道も、今ではそのほとんどが空、培養液すら入ってはいない。感慨深いね。
(それにしてもさっきのドクター、なんかすっごく優しい顔してたね)
(言ってることも全然悪の科学者っぽくなかったっスね)
(……もしかしたらあれがドクターの本来の姿なのかもしれんな)
(いや、チンク姉、それはないと思う)
(む、そうか?)
(いいえ。チンクの言うことも間違いじゃないかもしれないわよ?)
(ええっ、ドゥーエ姉までっ? ……うーん、でもそう言われるとそんな気がしないでもないかも……)
(もしあんなのがドクターの本性だったら今まで以上にドクターが恐ろしいよ)
(こら、ノーヴェ、ドクターに対してなんだその口のきき方は)
(ご、ごめん、チンク姉……)
そして3つ並んだ最後の培養漕の前に、トーレとディエチの姿はあった。
「戻ったか、ドゥーエ」
「おかえり、ドゥーエ」
私に目礼して、ドゥーエに声を掛ける。二人の表情は相変わらずだったが、ドゥーエは笑顔で答える。
「ええ。ただいま。トーレ、ディエチ」
トーレもディエチもあまり口数が多い子ではない。それだけ言って頷くと、すぐに私に向き直った。
「ドクター、既に最終調整も終了、いつでも稼働できます」
ウーノの言葉に私は頷き、ゼストがちゃんと目を閉じているか確認してから一歩前に踏み出し、皆を一瞥した。
「以前から言っていたとおり、この娘たちは双子だ。それに感情データの入力がチンクを始めとした下の娘たちに比べて少ないこともあって、彼女たちの教育は一人では難しい。だから今回はルーテシアの時と同じように君たち全員に教育をお願いしたい。頼めるかい?」
ルーテシアと同じように優しく言う。少々呆気に取られた娘も居たようだが、初めにウーノ、ドゥーエ、トーレの3人が声を揃えて「はい」と頷いた。それに続いて他の娘たちも。
私は満足気に頷き、一度息を吐いてから「では」と培養漕の開放スイッチを押した。
ゆっくりと培養液が排出されていき、浮かんでいた二人の足が培養漕の底に着く。そして全てが排出され、双子の娘は同時に双眸を開く。
既に10以上経験したこの瞬間、しかしこの胸の高鳴りと締め付けられるような緊張は慣れはしない。慣れてはいけない、神聖な感覚だ。
「おはよう」
そう声を掛けている間にもウーノとドゥーエが用意していたタオルで二人の体を拭いていく。
ウーノ、ドゥーエ、トーレの第一声は「はい、ドクター」
私が感情というものを理解し切れていなかったが故に三人が三人、同じ言葉で目覚めた。
クアットロは「はぁい、ドクター」と間延びした口調で目覚めた。
チンクは「おはようございます、ドクター」と目覚めた瞬間から礼儀正しい口調だった。
セインは「はじめましてっ、ドクターっ」と元気に右手をあげながら目覚めた。
ノーヴェの時は「……ああ、よろしく、ドクター」とぶっきらぼうに言われてショックを受けたものだ。
ディエチは「はい」と短い言葉だった。けどその頃にはこれもこの娘の個性なんだ、と分かるようになっていた。
ウェンディの時には「おはよーっス! ドクター!」とセイン以上に元気に言われて、一緒に居たセインも「これ、あたしが教育するまでもないんじゃない?」と驚いていた。
データとしての感情すら希薄なオットーとディード。君たちは何と言って目覚めるのかな?
私としては「パパ」でも「お父様」でも「父上」でも何でもいい、どんな言葉でも声を聞かせてくれるのなら。
「……」
二人は少し迷うように沈黙してから同時に
「誰が僕のマスターなんですか?」
「誰が私のマスターなのですか?」
そう言った。
そして今更ながら気付く。
感情データと一緒に私たちのデータを入力していなかった、と。
そして、自分の馬鹿さ加減と娘に父として認識されなかったショックで固まる私を余所に、娘たちが必死に説明してくれた。
「あたしはセイン! セインお姉さまと呼んで!」
「おいセイン! お前何勝手に──! ってこら押すなぁ!」
「お前たち、あまり見苦しいところを妹たちに見せるな──わっ、オットー、ディード、姉が見えているか!?」
そんな会話が繰り広げられいた気もするが、私の印象に残っているのはウーノとドゥーエの困った表情と、
「……貴様は阿呆だ」
というゼストの呆れ返った言葉。
そして、
「……がんばって、ドクター」
ルーテシアの優しすぎて涙が出てしまいそうな言葉だけだった。
あとがき
「ルーテシアお嬢様」
「……ルーテシアお姉さまって呼んで」