新暦69年
「高町なのはSランク取得……すごいっスねぇ、流石トーレ姉やクア姉が注目するだけのことはあるっス」
私が置きっぱなしにしていた雑誌をペラペラと流し読みしながらウェンディが呟く。
しかしまあ……復帰してすぐに教導隊入りしたかと思ったら試験を受けて文句なしの結果で空戦Sランクを取得と来た、いやまったく大したものだよ。
彼女を始めとして今年Sランクを取得したフェイトやその義兄、クロノ・ハラオウン達も出世街道まっしぐら。まあ最も驚愕すべきなのはやはり高町なのはなのだろうけど。魔導師生命どころか命が絶たれかねない怪我を負ってなお現場に返り咲いたのだから。
「俺には彼女がそれしか生き方を知らぬように思える……尤も、生者の生き方に口を出せる身分ではないがな」
「不愉快なことを言わないでほしいな、騎士ゼスト。確かに今の君の体は生者とは言えないが、仕事が片付いたら完璧にしてみせるとも」
「必要ないと言っている。真実を確かめられればそれでいい」
だったら不愉快なことを言わないでほしいね。私だって君の状態は不本意なんだ。いくら憎い相手とはいえ、私がレリックの研究をもう少ししっかりとしていればすぐにでも完璧な蘇生ができた。科学者としては彼の不完全な蘇生を我慢できない。自分の性分が忌々しい。
幸い彼で実験できたおかげでデータは揃ってきている。セッテの最終調整と聖王の再生が終わればすぐに取り掛かれる。
だというのにゼストはこのままでいいなどとのたまうから不愉快極まりない。こんな不完全なままで彼を世に出せねばならないのか……。だいたい真実って何の話だい?
「まあまあドクターも騎士ゼストも仲良くするっスよ~。じゃないとチンク姉がかわいそうっス」
う、くっ……。確かにチンクはゼストのことを人一倍気にしている。父である私がいつまでも意固地になっているのは……。
「わ、分かっているさ。私も騎士ゼストとはな、仲良くしたい。そ、そうだ、今度一緒にお、お茶でもど、どうだい?」
「断る」
震えながらも口にした私の言葉をすぐさま否定してくれた。ああ忌まわしい。
ちょっと表でお話ししようか?
などと拳を握りしめながら歯ぎしりしていると、研究室のドアが開いた。ウーノだ。
「ウェンディ、私が離れてる間になにか異常は?」
「なーんもないっスよー」
「そう。ならもう戻っていいわ」
「了解~。それじゃっス、ドクター、騎士ゼスト」
最後まで笑顔でウェンディは去って行った。
「どうだい? 二人の様子は」
「はい。二人とも素直な子で、ドクターのことをマスターとして認識しています」
「そ、そうかい。それはよかった」
本当なら父と思ってほしいんだけどね。
私や娘たちのデータを丸ごと入れ忘れてしまったオットーとディードだが、ウーノたちのおかげでキチンと理解してくれたようだ。となれば後は私の仕事。父の背中と生き様を見せて育ててみせるとも。
「あの子たちとは無関係なのですがドクター、少し気になることが」
「何だい?」
「これをご覧ください」
ウーノの言葉と同時に映像が空中に投影される。ふむ、これは確か、管理局の施設のようだ。子供ばかりなことを考えると流石に部署ということはあるまい。子供たちも好き勝手に遊んでいるようだし、託児施設だろうか? 映像は部屋全体を斜めから見下ろす形で撮られている。特に気になる点はないが……。などとぼんやりと眺めていた私は次の瞬間、目を見開いた。フェイトが映像に現れたのだ。瞬時に私の脳が働き始め、一つの結論をはじき出した。
「……父親は誰だっ?」
「はい。彼にはモンディアル家の長男の遺伝子が使われています。恐らく破棄したプロジェクトFのデータを何処かの研究施設が入手したのでしょう」
「……恐らく貴様らの会話は全く噛み合っていないぞ」
遺憾だがゼストの言う通りだった。てっきり私はフェイトと何処の馬の骨とも知れぬ輩との子供かと……。冷静に考えれば年齢的にありえないことだった。しかしそれはそうと……
「プロジェクトFの残滓か」
「はい。どうやら彼女が先日研究施設から保護したようです」
「ふむ……」
考える素振りを見せたものの、特に何ということはない。今更破棄したプロジェクトFのデータの回収に躍起になるつもりはないし、いずれはフェイトたちが潰すことになるだろう研究だ。
「いかがなさいますか?」
「放っておいて構わないよ。管理局、それもフェイトの下で保護されているというのなら私が手を出す必要はないからね」
「ですがドクタ──―」
流石に非人道的な実験に使われている、なんてことになったら罪悪感があるが、フェイトの下ならむしろ幸せだろう。私が引き取っても構わないがこちらも家族が二人増えたばかりで、近い内にもう一人増えるんだ。私の無限の愛情を持ってしてもそれは平等差に欠けてしまいかねない。それこそ子供にとっては不幸だろう。だからとりあえずフェイトの口座に養育費としていくらか振り込んでおくだけに留めよう。
「だがもしも出会うことがあれば──言うなればこの赤毛の少年はウーノたちにとっては弟のような存在だからね、可愛がってあげてくれ」
「──了解しました。妹たちにもそう伝えておきます」
何やら言いかけたウーノだったが、私の言葉に納得したようで、確りと頷いてくれた。……もしかすると引き取って育てましょう、と言いに来たのだろうか。だとしたら私は何という事を……!
「そういうことなら今すぐにでも引き取りに──」
「では失礼します」
「あ……」
撤回する暇もなくウーノは退室してしまった。恐らく他の娘たちに伝えに行くのだろう。そしてきっと「ドクターは最低っスね!」「わが子も同然の子を他人に預けるなんて!」「姉も家出を考えなければならないかもしれぬな……」なんてことに……!?
「ど、どどどうすれば……」
「……貴様の妄想には付き合っていられんな」
「ま、待ちたまえ騎士ゼスト! 君とてルーテシアという娘同然の存在が居れば分かるだろう!? 私の悩みが! いや、仕方ないなんて言い訳を口にする気はない! だが私はあの少年のことを思ってだね……?」
これが言い訳と言わずに何と言うんだと思いながらも必死に弁明を図る私。何故ゼストに言い訳しているんだろうか。
◇◆◇◆
「ドクター」「ドクター」
「やあ、オットー、ディード。体の調子はどうだい?」
甘んじて娘たちからの罵倒は受けよう。でも家出だけは勘弁してくれ、と決意を胸に部屋を出た私はオットーとディードと遭遇した。心はさながら死刑を待つ罪人だが、出来るだけ明るく声を掛ける。優しい娘たちのことだ、私が暗い面持でいたら何も言わずに黙っているかもしれない。それでは私の気が収まらないのだ。私は一度しっかりと叱られるべきなのだから。
「問題ありません」
「ドクターの調整は完璧です」
「それはよかった。クアットロの教育は中々厳しいだろうが、それも二人を思えばのことだ。嫌わないであげてくれ」
「……? はい」
「……? それは当然です」
私の言葉に少し戸惑っているようだが、頷いてくれた。さて、憂いは晴れた。後は大人しく罰を受けるのみ。
「二人とも、私に何か言いたいことがあるんじゃないかい?」
「はい」「はい」
二人が同時に頷く。しかしあれだな、ウェンディやセインはオットーのことを中性的な顔立ちで、起動の現場に立ち会わなければ男か女か分からなかったと言っていたが、どう見ても立派な女の子じゃないか。確かにパンツルックも似合いそうなスタイルと顔立ちではあるが、そんなオットーだからこそスカートも似合うのだと私は思う。勿論その為にオットー用の服は全てスカートだ。スカート、なのだが……何故かディードと違い、オットーは今はもう懐かしいピチピチのボディスーツを着ていた。まさかそのボディスーツをまた見ることになるとは……今はもう訓練の際にトーレが身に着けるだけだというのに。
「クアットロお姉様から指示がありましたので、ドクターに許可をいただきたいのです」
「? 何だい?」
「僕はドクターが用意した衣服ではなくズボンを穿くように、と」
「……何、だって……?」
よろりと私の体が後ろに下がる。まさか、まさか……!
「お父さんが買ってきた服なんてダサくて着れない。っていうかお父さんの選んだ服とか着たくない。キモイから」
ということかい……!? ま、まさかここまで私の精神を抉るとは……流石クアットロ、心得ているじゃないか……。
「そ、そうかい……分かった。クアットロと一緒に選んでくるといい……」
壁に手を付いて視線も壁に向けたまま、取り出したクレジットカードを震える手で突き出す。ふ、ふふふ、これが私の罪で、罰か……。
「分かりました。ありがとうございます、ドクター」
「ドクター、震えていらっしゃいますが、もしやお体が……?」
「い、いや何でもない。大丈夫だ、ふ、ふふふ」
心配そうに覗き込んでくるディードに顔を見られないように首を反対に向けて、精一杯強がる。
「そう、ですか……」
私の心情を察したのか、ディードが離れてくれた。すまないね、これは受けて当然の罰だ。いくら末っ子だからといって、君たちの優しさに甘えるわけにはいかないんだ。
「それからドクター、ノーヴェ姉様からの伝言が」
「な、何だい……?」
未だに声は震えているが、それに触れないのは優しさか。ありがとう、オットー。
「「エリオって奴を可愛がるのはいいけど、やっぱりあたしはタイプゼロの相手がしたい」と」
「……」
その言葉に震えが止まった。ふう、と溜め息を吐いて、壁から手を放し、白衣をはためかせながら両手を広げる。
「ああ、分かったとも! いずれ──全員が揃った暁には必ず! ──そう伝えておいてくれるかい?」
ノーヴェからの伝言に迷いは断ち切れた。あのノーヴェまでもが兄弟姉妹との再会を求めているんだ。それに応えずして何が父親だ。ああ、約束する。必ず家族全員が揃って笑いあえる日を迎えてみせよう。ナンバーズ、私の実の娘だけではない。赤毛の少年、エリオやフェイト、それにスバルやギンガを含めた全員が一つ屋根の下で暮らせる日を! 世界を!
そう、私は無限の欲望。この欲望を胸に閉じ込めておく必要などない!
「ふふふ、ふははは、ふっははははは!」
「分かりました」
「ノーヴェ姉様にはそう伝えておきます」
「ああ、よろしく頼むよ」
後、たまには私の選んだ服も着てくれ、という言葉は飲み込んだ。この欲望は胸に閉じ込めておくとしよう。
勿論、今はまだ、だがね。