オットー、ディードと来れば次は当然ルーテシアだ。最後の一人──トーレはまた訓練を始めてしまったとウーノが教えてくれた。仕事があった日くらいは休むように言っているのだが中々聞いてはくれない。私も昔はそうだった、研究をしていないと落ち着かない……いや研究することだけが私の全てだった。唐突な思いつきで家族を作るまでは。まあそんな話は置いておいて、訓練が終わったら休むようにトーレに言っておこう。話したいのは山々だが、疲れている娘にこれ以上無理はさせたくない。トーレとは後日ゆっくりと話をしよう。
……それでさっそくルーテシアを呼び、すぐに彼女も来てくれたんだが……。
「……」
「あの、ルーテシア?」
「……」
「おーい……」
「……」
入室した瞬間、「あの子は……?」と尋ねられたので隣の部屋だと教えたらすぐに退室。それを追いかけて来たのだが……完全に無視されている。
「……」
「仕方ありません、ルーテシアもまだまだ子供なんですから」
「ああ……子供らしい面を見せてくれるのは私も嬉しいんだが……」
ドゥーエが慰めてくれるが、それでも悲しいものは悲しい。何だろう、例えるならペットが欲しいと言われて飼った時だけ感謝されて後はペットに付きっきりで父親にはかまってくれない、みたいな。どうやら私の敵はゼストだけではなかったようだな……。
「……ドクター」
「何だいっ、ルゥゥテシア!」
か細い声での呼びかけに対し必要以上に大声と動きを付けたせいか、ルーテシアがビクリと震えた。
「……」
「あ、ああ、驚かせてすまない。何だい、ルーテシア?」
「この子……」
「ああ、オットーたちから聞いてるよ。古代ベルカの融合騎、しかもレプリカではないようだ」
まあ私はデバイスの専門家というわけではないが、真贋の区別くらいなら出来る。それにわざわざ秘匿してまでレプリカを研究する必要はないだろう。オリジナルが余程の規格外である、というならともかく。
「私に、似てる……」
「ほう。ご覧の通り今は眠っていて、まだ私は話したことがないんだが、そうかルーテシアに似た子なのか」
見た目だけ見てウェンディのような元気な子か、フェイトの親友の八神はやて……の守護騎士の赤い子のような熱血な子を想像していた。そうそう、あの守護騎士の子はいつかチンクと引き合わせてあげたいね。きっとお互いに思うところもあるだろう。
「この子も……私と同じで、何もないから……」
「……ふむ」
どうやら私はルーテシアのことをまだ見極めきれていなかったようだ。まだ小さすぎると言わないでいたが……。
「メガーヌ……いやお母さんのことかな」
赤ん坊の頃に引き取って、母がいないのが当たり前の状況で育ってきたからまだ疑問に思ってはいないと思っていたけれど──
チラリとドゥーエを見る、ウィンクで返してくれた。やれやれ、本当に子供に教わることが多い。外に出して正解、とはまだ言えないが。
「……外の人にはみんな、家族が居る」
「……すまない、ドゥーエ、少し席を外してくれるかい?」
「ドクターの仰せのままに」
恭しく礼をして、ドゥーエは退室してくれた。これはルーテシアと──ルーテシアとしか出来ない話になる。娘たちに話すのはその後だ。
「そうだね。ルーテシアの言う通り、外の世界では皆、家族や友達が居る」
「……」
コクリと小さくルーテシアが頷く。ついに、と思うし、もう、とも思う。
「確かに此処には──
「……それに」
「?」
意を決して口を開こうとした矢先、ルーテシアがそれを遮る。
「……ドゥーエたちにもドクターが居る」
「……まあ、その通りだ」
正確には私──父親しかいない。その傍らに居るべき母が私の娘たちには居ないのだ。
「……私には、誰もいない」
……んん? 何だか私の想定していた事態と少し違うようだ。
「だからこの子は私と同じ」
「……やれやれ、私は悲しいよルーテシア」
「……?」
「私は家族の大切さを言葉にはしなくとも君に教えてきたつもりだ。言葉にしなかった時点で偉そうなことを言える立場ではないがね。だからてっきり君が母親のことを指して言っているのだと思っていた」
もしその通りだったなら、私はルーテシアに真実を包み隠さず話すつもりでいた。メガーヌが眠り続ける原因を作ったのが私であることも、ルーテシアを引き取った理由が親子を一つ屋根の下に住まわせる為だったということも、全部話して、改めて謝った後でルーテシアに決めてもらうつもりだったのだ。メガーヌをこのまま私に預けてくれるか否か。
だというのに、ルーテシアが「私と同じ」と言っていたのは母親のことだけではない。もっと広く、大きい、家族そのもののことだったようだ。
「ルーテシア、私は君の父親にはなれないが、少なくとも君のお母さんが目覚めるまでは家族と思ってくれていいんだよ? 君が望む内は何もないなんて嘆く必要はない。この広い次元世界を探しても私たち程の大家族はそうはいないんだから」
そしてそれを望まないなら、私を罵ってくれて良い。母を返せと言ってくれて良い。罰も責苦も甘んじて受けよう。
「いいかい? このラボに居るのは皆家族だ。少なくとも私はそう思っている。だから母が居ないことに嘆こうとも、家族が居ないなんて寂しいことを言う必要はない。私も娘たちもルーテシアに寂しい思いはさせない。少なくとも娘たちは誰にでも自慢できる、家族だと思ってくれ」
「……ゼストも?」
「アレは居候だ」
「……そう」
真実を知った時、恨まれはするかもと思っていたがまさか家族と認識すらされていなかったなんて。ルーテシアが成長するまで極力関わらないというゼストとの約束がついに無効になるかと思っていたのだが、それはまだまだ先のようだ。それが何より悲しい。
「……ルーテシア、今は私を家族だと思ってくれるかい? 君のお母さんが目覚める時まで、君が大人になって、私がどんな人間なのか理解するまで」
「……」
そしてまた、ルーテシアは小さく頷いたのだった。
「ふう。ならこの話は終わりだね。ドゥーエには悪いことをしてしまったな」
ルーテシアが母について言及すれば私の娘たちにも影響すると思ったから追い出す形になってしまった。別に母を求めることが悪いというわけじゃない。むしろ至極当然のことだ。
けれどもし母を望まれても娘たちの母──遺伝子上の母親を連れて来ることは出来ないので、本当に赤の他人を母親に、私の妻として迎えることになる。……正直に言ってしまえば、私は妻を、母親を作るつもりはない。まあ次元犯罪者の私に縁談なんてないし、あっても最高評議会がそう簡単には許さないだろう。これでも一応監視されている身だ。目を盗んで好き勝手するのは簡単だが、流石に妻が出来たのを隠すことは出来ない。それに私がそういう恋慕の情を抱く姿が想像出来ない……! 見た目よりも長く生きているからね、どうもそういう目で女性を見ることは出来ないんだ。何より、見ず知らずの機人を深く愛せる人間は決して多くはないのだ。勿論、それが出来る人間も居る。スバルたちの父、そして私が殺させてしまった母、彼らがそうだ。……いつかはどうにかして償わなければならないな。償いきれるものではないが。
とにかく、今は家族に寂しい思いをさせない為にも、さっさと仕事を終わらせて愛を注ごうじゃないか! それでも足りないというなら……考えるしかない。
「……ドクター」
「ん?」
「ドクターはどうして、ドクターなの?」
「……ええと、それは哲学的な質問だなあ。はははっ、やっぱり大人になったのかな、ルーテシアは……」
ルーテシアの問いかけがどういう意味か、なんて分かっている。
「……私にも分からない。それを今! 探している最中なのさ!」
ドクターなんて呼び方じゃなく、父と呼ばれ慕われるその方法を!
「……そう、なんだ」
「ああ。ルーテシアも良い方法が思いついたら教えてくれ」
「……お願い、すれば?」
「おいおい、実の父親がそんなお願いをするのは変だろう?」
それこそ新しい母親じゃないんだから……。うん、普通の父親ならそんなお願いをするはずがない。きっと何か、別の方法があるはずなんだ……!
「────っと、どうやらお目覚めのようだよ、ルーテシア」
「……?」
「君が救い出した、新しい家族だよ」
「っ……!」
ルーテシアの背後で眠る赤毛の融合騎が身動ぎしたのを見て、私が言うとグリンと俊敏且つ力強い動きでルーテシアが回れ右。また私のことは眼中から消えてしまったようだ。
「それじゃ、彼女が落ち着いたら教えてくれ。皆にも紹介しなければならないしね」
そう言って邪魔者は退散、とばかりに退室しようとするが、
「待って」
ルーテシアがそれを止めた。
「……ドクターも、此処に居て、いい」
「────そ、そうかいっ! ならお言葉に甘えるよ!」
「静かにしてる、なら」
「……はい」
ルーテシア……もう十分大人なんじゃないだろうか?
ゆっくりと体を起こす融合騎と、それを食い入るように見つめるルーテシアの背中を眺めながら、私はがっくりと肩を落とすのだった。