「アイアロン・ギルガメッシュ・トーマス……縮めてアギト、それがあなたの名前」
「アギト……そっか、分かった。今からあたしは烈火の剣精、アギトだっ!」
「……あれは、誰の影響だい……?」
「……ルーテシアお嬢様生来のものかと」
「……そ、そうか……実はメガーヌの遺伝で、ルーテシアのフルネームがもっと奇抜なものだったりはしないだろうか……」
「大丈夫ですわ、ドクター。管理局のデータにもルーテシアで登録されていますから」
ならいいんだが……。物静かで大人しい子、という印象だったルーテシアだが、もしかすると成長と共にとんでもない大物になるかもしれない。たとえば芸術家や建築家なんてどうだろうか? ルーテシアの発想には目を見張るものがある。何かを創造する仕事に就けばきっと優れた才覚を発揮できることだろう。
「ところでドクター、先程はルーテシアお嬢様とどんなお話をしてらしたんですか? とても興味がありますわ」
「大した話じゃないよ。わざわざ退室してもらってすまなかったね」
「いえ、構いません。それもドクターの配慮だったんでしょう?」
「……どうだろうね」
どちらかという私自身への配慮だったのだろうな、あれは。
「──さて、そろそろいいかな? ルーテシア」
「……」
渋々といった面持でルーテシアが頷き、アイアロン……いやアギトに私を紹介する。
「この人はドクター……あなたを保護してくれる人」
「一応言っておくが、私がドクター、本名はジェイル・スカリエッティだ。君がルーテシアと一緒に居たいと思うなら、とりあえずルーテシアの言う通り私が保護者になるね。今のルーテシアの保護者は私だから」
「……居たい。あたしはルールーたちと一緒に居たい。もう研究所に戻るのは、嫌だ」
アギトは一瞬だけ迷うように視線をルーテシアに向けたが、ルーテシアが頷くのを見て、そう口にした。救出時の一件で信頼関係が構築されたようだ。まあそれがなくとも当然か、ルーテシアの無垢な瞳を見れば、頷く他ないと思っていたからね。
「承知した。歓迎するよ、アギト。君も今から私たち家族の一員だ」
小さなアギトに向けて手を差し出す。がアギトはすぐにルーテシアの後ろに隠れてしまった。
「……嫌われてしまったかな?」
「わ、悪ぃ……なんかあんたの恰好が研究所のヤツラと似てて……」
「おいおい慣れてくれるとありがたい。私にも拘りがあってね、この恰好を変えるつもりは今のところないんだ」
ほら白衣だと裾が長くてルーテシアがくいっ、と引っ張ってくれるから、それが可愛くて……。
「ああ……よろしく、ドクター」
「紹介するよ、私の娘のドゥーエだ」
大きく頷いてから傍らのドゥーエをアギトに紹介する。
「ドクターの娘であなたを救出したトーレの姉、ドゥーエですわ。よろしくね、小さな騎士さん」
「トーレ……そうだっ! あの時の姉御! それに旦那は!?」
「旦那……騎士ゼストのことかい?」
「ああっ、あの人たちにも礼を言いたいんだっ。あたしの檻を破ってくれたのは姉御と旦那だから……」
……姉御は良いとしても、その旦那という呼び方はどうにかして欲しい。まるでトーレの旦那がゼストみたいじゃないか!
「それならこれから皆を紹介するから、ついでにゼストに言ってあげると良い。……喜ぶだろう」
助けられたアギトならともかく、それを知った娘たちとゼストに何らかの変化が起きるかもしれないと思うと心配になる。特にその場に居たオットーとディード、先程は何も言っていなかったが内心では……いやまさかね。
「それじゃあドゥーエ、案内を頼めるかい? 私は早めに片づけておきたい仕事が出来たからね」
「かしこまりましたわ。ドクターもお仕事が終わり次第、リビングルームへいらしてください。歓迎会をしましょう、小さな騎士さんの」
「ああ。ルーテシア、ちゃんと皆にアギトを紹介してあげてくれ」
「分かった」
三人を微笑ましく見送った後、私も部屋を出て、メインルームのウーノに声を掛ける。
「すまないウーノ、少し手伝ってくれるかな?」
「それは勿論構いませんが……いったい何を?」
「ルーテシアたちが連れてきた融合騎、名前はアギトに決まったんだが、彼女のデータを少し調べておきたい」
「分かりました。全てはドクターの夢の為に……」
いや夢はもうほとんど叶っているんだけどね? アギトのデータを調べるのは融合騎の世話なんてしたことなかったから……デバイスだけど食事とかは出来るんだろうか? タマネギとかはあげない方が良いのか、とかそんな疑問が沸々と湧き上がってきてしまった。勿論アギトの世話はルーテシアたち、保護してきた本人たちに一任するが、だからといって無関心無干渉というのは冷たいだろう。
「とりあえず融合騎のデータ……八神はやての所のはリインフォース、といったかな? 彼女のデータを入手したい。アギトのスキャンは終わっているから、私はそれを解析する」
「はい。では管理局に保管されているデータから検索してみます」
「頼むよ」
ついでにドールハウスのデータも、と言いかけたが、私も研究者で開発者の端くれ、やはりオリジナルティを追求すべきかと思い留まる。ガジェットⅢ型の入り心地は悪くなかったから、それを改造して自立だけではなく直接操縦できるようにすれば便利じゃないかっ? ……おお、私の才能が恐ろしい。これがアルハザードの英知か……。日曜大工においても失われた都はトップクラスだったに違いない。
「それが終わればアギトの歓迎会だそうだ」
「……ドクターも参加なさるのですか?」
「そのつもりだが……?」
ええっ、まさか駄目なのかい!?
「でしたらすぐに終わらせましょう。料理はお任せください。ドゥーエには指一本触れさせませんから」
胸の前でグッと拳を握るウーノ。ドゥーエの料理の腕は別に漫画のように壊滅的というわけではなく、むしろ十分な腕前なはずだが……時折ドジってしまうことはあるが。反対に料理が苦手……いや独創的なのはクアットロ、以前クアットロの料理が並んだ時はあのトーレでさえ「くっ……」と料理を睨み付けていた。
(外の味を覚えて調子に乗っているようだけど、ドクターの好みを知り尽くしているこの私が、これ以上テリトリー(調理場)をこれ以上踏み荒らさせはしない)
「ではすぐに取り掛かります」
「ああ」
ウーノがメインコンピューターから管理局のデータバンクにアクセスを始めるのを見て、私も眠っている間にスキャンしたデータを表示し、解析に入る。これも良い経験になる。そうだ、ノーヴェの固有武装にAIを積むのも良いかもしれない。複雑な処理が要求されるノーヴェのスキルの手助けになるだろう。トーレも同じくらい複雑なんだがそれを完璧に使いこなしているのだから恐れ入る。射撃型の調整を施しているとはいえ、ディエチとウェンディも同様に。
「さて、さっさと片付けるとしよう」
ウーノも歓迎会には乗り気のようだし。長女だからなのか、いつも気を張り詰めて隙のない出来る女であろうと心掛けているウーノには珍しいことだ。私もケジメはしっかり着けるようにしなければ。
◇◆◇◆
「姉御!」
「……私のことか?」
「アギトがお礼を言いたいって……」
「礼……? 何の話だ?」
「何って……あたしを助けてくれたろ!」
「それは私にではなく、お嬢……ルーテシアお嬢様に言うべきことだ。私は任務を遂行したに過ぎない」
「流石姉御! クールだぜ!」
「……」
「よっ! 流石っス、トーレの姉御~! あうっ!?」
キラキラと目を輝かせるアギトを真似してウェンディが囃し立てるが、すぐに鉄拳が頭に落ちた。
「あ、あたしはセインに言えって言われただけっスのに……」
「同罪だ」
腕を組み、トーレは溜め息を吐く。トレーニングに邪魔が入ったのもあるが、アギトの純粋な好意と言葉にどう返して良いのか分からない自分を自嘲したものでもある。
(すぐに嗅ぎ付けてからかいにくるセインもどうかとは思うがな……)
「それで、アギト──お前はこれからどうするつもりなのだ」
「ドクターは此処に居て良いって」
「ルール―と姉御、それに旦那と一緒に居る!」
「おお、家族がまた増えるんスね~。あたしはウェンディ、よろしくっス」
「おう!」
「何て呼べば良いっスかねー? 家族とはいえルーテシアお嬢様のご友人っスし……アギトさん?」
「何でもいいよ、名前で呼んでくれれば」
「ん~、じゃあとりあえずアギトさんって呼ぶっス」
「ああ、よろしく、ウェンディ」
「融合型とはいえデバイスにさん付け……下っ端根性が滲み出てるわねぇ、ウェンディちゃんは」
トーレたちを影から窺っていたクアットロが呆れたように呟く。そんな彼女の背後に忍び寄る影。
「セインに似て、尽くすタイプなのよ」
「ひゃ!? ドゥ、ドゥーエ姉様……いらしてたんですか?」
「ええ。それにしてもクアットロ、あなたも相変わらず影でコソコソしてるわね」
「わ、私はあの融合騎を見極めていただけです! ドゥーエ姉様ならお分かりになりますよねっ!?」
「気持ちは分かるけど、何もラボでまで暗躍しなくてもいいんじゃない? 前も言ったでしょう? そんなことを続ければ、自分の本当の顔も分からなくなるわよ」
「うぅ……」
「それにあの子、多分気付いてるわよ」
「えっ……?」
俯いていた顔を上げてドゥーエの視線を辿ると、首を傾げながら此方を見ているアギトの姿が目に入った。
(あのメガネ、なんで隠れてんだ……?)
「見た目で判断しないことね、真正古代(エンシェント)ベルカの融合騎、歴史で言えば闇の書どころか聖王とも並ぶかもしれないんだから。いくら私たちが最初期のモデルとはいえ、積み重ねてきた経験なんてまだまだ微々たるもの。あの子や騎士ゼストに比べれば、ね」
「……ですけど、私たちにはドクターの研究と収集してきたデータがありますわ」
「ええ、そうね──けどそれにだけ頼っていては駄目、ということよ」
ドゥーエは優しく微笑みクアットロの頭を撫でた。
「ドゥーエ姉様……」
恥ずかしそうに視線を右往左往させながらも、それを拒むことはしない。今も目標とする姉の手の温もりが心地よかった──
「というわけで、もっとあなたも色々と経験しなさい」
「あ、え──?」
頭を撫でていた手を離したかと思うと肩に手を掛け、グルンと回転、背中を押しだした。
「紹介しますわ、アギトさん。妹のクアットロです」
◇◆◇◆
「やれるか?」
「当然、けど俺は接近されたら終わり、お前らが奴さんの足を止めてくれなかったらお陀仏だ」
「任せとけ、最近あの高町教導官の教導を受けたばっかりだ」
「ははっ、そりゃ安心だ」
目標地点へと向かう武装ヘリの中で男たちが軽口を言い合い、笑いあった。
「確認された戦闘機人は三体だが、それだけじゃあないだろう」
「槍を使う騎士に子供が一人、だったか」
「秘匿されていた融合型デバイスを奪って逃走、そのデバイスに組み込んでたプログラムのおかげで奴らのアジトが分かったらしいが、どうもきな臭いな」
「そんなのはいつものことだろうよ──よし、チェック完了。やれるか? ストームレイダー」
『I'm O.K』
「よし──良いヘリ使ってんだ、傷つけないようにな!」
目標地点より少し離れた所に着陸すると、ヘリのパイロットにそれぞれ声を掛けて局員たちが降りていく。
「これより我々は広域次元犯罪者 ジェイル・スカリエッティのラボを捜査する。目標はスカリエッティとその一味の確保──状況開始!」
「……やはり来たか」
スカリエッティ ラボ 地上出口。荒野の地下に造られたアジトの真上で一人の騎士──ゼスト・グランガイツがゆっくりと目を開いた。
「クイント、メガーヌ……皆、俺を恨んでくれて構わん」
そして静かに槍を構える。
「それでも俺は、確かねばならぬことがあるのだ──」
公式記録で死亡したとされた騎士ゼスト──彼が再び確認されたのは非公式ではあるが今日、新暦69年のとある日のことである。