「……あら?」
「どうした、ドゥーエ」
急に頬に手を当て、首を傾げた姉にトーレが訪ねる。
「騎士ゼストの魔力反応が地上から出ているの」
「それってまさか脱走……!?」
クアットロがそれを聞いてすぐさま地上の映像を確認する。
「どう?」
「脱走……ではないようですけど。でも私たちに気付かれないでこうも簡単に外に出るなんて……」
(肝心のウーノがドクターと二人きりですものねえ。穴だらけになっているわね、当然)
「っ! ちょっと待ってください! ドゥーエ姉様! そこから少し離れた所に生体反応が!」
「あらまあ。どう思う、トーレ?」
「……管理局か」
「ということは──」
「あ、あたしのせいか?」
「……アギトは悪くない」
「でもトーレ姉たちが追跡なんて許すっスか?」
「それじゃあアイツが情報を……!?」
空間モニターに投影されたゼストを睨む。今はどうやらドクターたちと通信しているようだ。
「……いや、違うだろうな」
「ですけどトーレ姉様、じゃあ他に誰が……」
「──私のミスだろう」
トーレの言葉にクアットロとウェンディが驚いたように目を開く。
「ト、トーレ姉がミスってそんなヤバい相手だったんスかっ?」
「私の不始末だ。私が出る」
ウェンディの質問には答えず、トーレは出撃すべく地上に繋がる出口へと歩き始める。
「待ちなさい、トーレ」
「……」
「ドクターは自分で考え、自分で行動しろとは仰ったけど、それに託けた勝手は許せないわ」
「何だと……?」
「ドクターの優しさに甘えることは許さない、と言っているの」
「ドゥ、ドゥーエ姉様……?」
姉妹に優しく、味方以外には等しく残酷。それがクアットロの抱いていたドゥーエのイメージだ。だがどうだ。この気を抜けば震えてしまいそうな恐ろしく冷たい声。ウェンディは震えこそしていないが、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっている。
「それは妹たちとルーテシアお嬢様の役目よ。あなたや私たちの役目じゃない」
「──長い間外に出て、出した結論がそれか」
「ええ。ドクターの因子を受け継ぐ私たちがすべきことよ」
ドクターが自ら因子を埋め込んだウーノと、そのウーノが因子を埋め込んだ妹たち。ドクター自身の長年の訴えで保有しているのはクアットロまでの四人のみだが、その因子は保有者全員に色濃く発現している。
(わ、私たちがすべきこと……? いったいドゥーエ姉様はどんなお考えを……)
「そう怯えなくていいわ、クアットロ。あなたは今のままでいいのよ。後は少し素直になってくれればね」
「は、はい……っ!」
少し震えた声で頷いたクアットロの手をルーテシアが握った。
「な、何よ……」
「……大丈夫、だから」
「ル、ルーテシアお嬢様! あなたに慰めてもらう筋合いはないですっ!」
小さな手を振りほどき、ルーテシアに余計なお世話であることを説明するクアットロ。それを横目で優しげに見てから、ドゥーエは再び冷酷な瞳をトーレに向けた。
「そんなことを考えていたのか、お前は」
「その為に与えられた頭脳ですもの」
「だがドゥーエ、分かっているだろう。お前と私、ドクターの因子を保有する者たちの考えが一致することなどないということは」
「……」
「お前がドクターの残忍さを色濃く受け継いでいるのなら、私はドクターの強さを受け継いでいる」
それと真っ向から向き合う、トーレの力強い意志を宿した瞳。
「どちらもドクターの一面ならば分かり合えはしない──私は私の頭で考え、ドクターの為に行動するだけだ」
「……そう。ならもう止めないわ。私とあなた、それにウーノ。分かり合えずともドクターの事を考えて行動するなら、敵に回ることもないでしょう」
「当然だ。ドクターの因子を受け継いでこそいるが、私たちは姉妹なのだから」
そうして、今度こそトーレは歩みを止めることなく、地上へと向かった。それを「待ってくれよ姉御!」とアギトが追いかける。
「……その通り。分かってはいるのよね。私の言った通りなら私やウーノがドクターをお慕いするはずなんてないってことぐらい。ドクターも意外と頑固な人だから、私もトーレも譲れないだけで……本当、難しいものね、家族というのは」
ふう、と溜め息を吐いてまた頬に手を当てる。
「偉そうなことを言ったものの、ドクターの因子も不完全で偏りが出ちゃってるものね。フェイトお嬢様と同じで、完全なクローンなんて出来はしないのだし」
仮に万が一、ナンバーズに蒔かれたジェイル・スカリエッティの種が芽吹いたとしても、それは皆が知っているジェイル・スカリエッティではない。本当に狂気の科学者、稀代の次元犯罪者が誕生するかもしれないのだ。
「あ、ルーテシアお嬢様は私たちと一緒に居てくださいね。こればっかりは姉妹一同、満場一致ですわ」
さらにアギトを追いかけようとしていたルーテシアを止めて、ウーノへと通信を繋ぐ。
「管理局が嗅ぎ付けたみたいね」
『ええ。だからあなたたちはルーテシアお嬢様のお傍に──』
「そのことなんだけれど、トーレがもう行っちゃいましたわ」
『……何ですって?』
「自分の不始末は自分でどうにかするって聞かないんですもの」
『……分かったわ。トーレなら問題ないでしょう。あなたたちはお嬢様の御傍に』
「言われなくともそのつもりよ」
『……それからクアットロ、妙な真似をしてこれ以上場を乱さないでちょうだいね』
「も、勿論です!」
ルーテシアから解放されたことによって、ゼストたちに介入しようと考えていたクアットロをウーノが窘める。
「ふふふ、怒られちゃったわね、クアットロ」
「……私はただドクターのことを思ってしているだけなのに……」
「はいはい。分かってるわ。それとウェンディ、そんなに怯えないでちょうだい」
「へ!? い、いや全然ドゥーエ姉怖いとか思ってないスよ? 本当っスよ!? だからピアッシングネイルをこっちに向けないでほしいっス!」
「いやね。肩にゴミが付いているから取ってあげようとしてるだけよ」
「ラボはウーノ姉が掃除してるおかげで綺麗っス! ゴミなんて微塵もないっス!」
「ちょっとウェンディちゃん!? 私の後ろに隠れないで!」
「……ドゥーエ、楽しそう」
「ええ。ルーテシアお嬢様も一緒にどうですか?」
「お? なんだか楽しそうなことになってる~!」
「緊急事態だというのに、随分と賑やかだな」
「緊張感は持っておいた方がいいんじゃ……」
「あ、おいっ、オットーとディードは此処に居ろ! あたしたちと一緒に待機だっ!」