誰かと共に戦場を翔けることに何故か懐かしさを覚えながらも、アギトは言いようのない違和感を感じていた。
(確かにあたしはあの施設以前のことはほとんど覚えてない……けど、あたしの力はもっと……)
長い間研究されてきただけで、戦闘など記憶にある内では今回が初めて。自分の力を過信していただけなのだろうか?
「ハッ──!」
「うぉわ!?」
疑念を感じるアギトの目の前を翼刃が通り抜ける。同時に魔力弾が掻き消された。
「ボサっとするな。邪魔だ」
「わ、悪ぃ姉御……けどあれぐらいならあたしは大丈夫だ!」
見た目程強度がないわけではない。あの程度の攻撃なら当たったところでアギトの行動に支障は来たさないだろう。
「戦場で隙を見せるな。任務遂行の障害になるのなら、私がお前を斬る」
「……分かってるよ。足手纏いにはならねえ!」
「チッ、インパクトの直前に潰されちまったか。こっちは炸裂弾作るのにもひーこら言ってるっつーのに……」
カートリッジ2つを使って生み出した炸裂弾は弾ごと斬られてしまった。一筋縄ではいかないか、と改めて敵の能力を分析する。
「だが倒せない相手じゃねえ……やれる」
(……若いな)
ツーマンセルで突撃して来た局員を斬り伏せながら、ゼストは今の管理局の現状を考える。
局員たちの能力は上々。若いながらも多少の経験は積んでいる。しかしジェイル・スカリエッティという犯罪者に立ち向かうにはあまりにも無謀な戦力だ。見知った顔がないのは幸いだが、これでは……。
(スカリエッティの拠点まで攻め入った局員が悉く再起不能になったのは、やはり最高評議会が絡んでいる)
ゼストたちのように一矢報いることが出来た者はほとんどいないのだろう。こうして拠点を見つけても、派遣されるのはスカリエッティの戦闘機人には及ばない戦力だけ。今までスカリエッティが逮捕されなかったのは戦闘機人の力だけではなく、万が一がないようにと最高評議会の仕組んだことだった。
(……俺たちも、そうするつもりだったのか……レジアス)
さらに一人を打ち倒しながら、思考を続ける。
(……まだ判断するには早い。それに会えば分かることだ)
自身が生きていた頃よりもさらに高みへとレジアスは上り詰めている。それは夢の実現に近づいて行っているのか、それともその夢はもう形を変えてしまっているのか。まだ分からない。
「……狙撃手か、侮れんな」
少し離れた所に居るアギトとトーレを見て、気を引き締める。油断出来るほど、自分は強くなどないと言い聞かせて。
◇◆◇◆
「戦法を変えたようです。恐らく前線部隊は足止めに徹し、狙撃手による一撃を狙うつもりかと」
「少し面倒なことになりそうだね。守る側である以上、トーレたちはあまり自由には飛び回れない」
「はい。ですがそれを分かっていて、みすみす足を止めることはしないでしょう」
ウーノに相槌を打つ。が、私としては当然憂いは晴らしておきたい。
「スキャンしたデータの解析は終わった。ただいくつか気になるプログラムがあるね。これは稼働データと比べなければ迂闊に変更できない」
私は興味のない分野はからっきしだからなあ。生のデータがあれば話はまた別なんだが、スリープ状態のアギトのデータだけではどうにもね。
「恐らくはアクセスと出力を制限するプロテクト、それにユニゾン機能のプロテクトだが……」
ユニゾン機能自体はリインフォースⅡのデータから読み取れたから、解除するのは難しくない。しかし問題は出力のプロテクトだ。このプロテクトはリインフォースⅡにも掛けられていて、デバイスとマスターの保護の為にあるらしい。アギトはそれが必要以上に掛けられているんだが……全てを解除するのは危険だ。出力に耐え切れず、自壊してしまう可能性がある。
「──ウーノ、サポートを頼むよ。私一人では少々不安なのでね」
「ご謙遜をなさらないでください。ですが、承知しました。ドクターの力になれるのなら本望ですから」
謙遜のつもりはないんだが……。確かに私は昔は人造魔導師や機人関係ではぶいぶい言わせていたが、こんな経験はない。この歳になって初体験とは恥ずかしいから言えないだけで。
「ありがとう。ならアギトに繋いでくれるかな」
「はい」
すぐに空間にモニターが現れ、アギトと通信が繋がる。
『な、んだ! どうしたんだよ! ドクター!?』
「忙しい所すまない。だが必要なことなのでね」
魔力弾の中を翔け回るアギト、時折モニターの端にトーレとゼストも映る。……ああっ危ない! み、右! いや左! 上! 思わず私の体もトーレの動きに合わせて小刻みに動いてしまう。
『手短に頼むぜ!?』
「分かった。──今から此方で君に掛けられたプロテクトを解除していく。つまり君のプログラム、君自身を書き換えるということだ。私に任せてもらえないだろうか?」
『……』
一瞬だが、アギトから表情が消えた。私と同じような人種に弄繰り回されていたのだ、会って間もない私に体を預けるなど、簡単に出来ることではない。
「プロテクトは君に悪影響を齎すものではない。本来なら君が私を信頼してくれるまで待って、それから解除するつもりだった。だが状況が状況だ」
位置センサーならジャミングを発生させれば誤魔化せるので、私に対する警戒がなくなってからゆっくりと……という予定だった。しかし戦闘になってしまえばそのプロテクトは重いハンデだ。アギトにとっても、トーレとゼストにとっても。
「嫌なら構わない。ただそれなら今すぐ帰還してくれ。……ルーテシアも心配している」
『……それは、嫌だ』
「……」
『あたしが万全じゃないせいでルールーが心配して、姉御にも旦那にも恩を返せなくなるのは、嫌だ』
「……なら」
『……信じるよ。ルールーたちが信じる、あんたのことを』
「ありがとう。その信頼には必ず応えてみせよう」
微笑みを浮かべつつ、しっかりと私は頷いた。
「ウーノ、準備を」
「既に出来ています」
良く出来た娘だね、本当に。
「なら今から君のプロテクトを解除する」
『ああ。なるべく早く頼むぜ。動けないんじゃ、姉御たちの負担になっちまう』
「? いや、君はそのまま前に出すぎず、回避に気を配ってくれていればいい。プロテクトが掛かっているとはいえ、止まるよりは安全だからね」
『……いや、ちょっと待ってくれよ。良く分かんないけど、機器も繋がずにデータを書き換えるだけでも大変なんだろ? なのに戦闘したまま書き換えるって言うのか?』
それはその通りだが……だって危険だろう? 砲撃手でもない限り戦場で足を止めるなんて愚の骨頂だとトーレも言っていたし。
「アギト」
『? なんだよ?』
「ドクターはあなたの想像を超えるお方よ。安心して任せなさい」
『……分かったよ』
半信半疑、という表情のまま、アギトは頷いた。
「ウーノはアギトの様子を見ていてくれ。異変があればすぐ中止する」
「分かりました」
一度深呼吸──一つのモニターに纏めて表示していたデータが7つに分かれて空中に投影される。
さて、始めようか。
◇◆◇◆
「っ──」
不当なアクセスにアギトの表情が強張る。遠いところから体を弄られ、書き換えられていく感覚に寒気が走る。
(……だけど本当に行動に支障はねえ)
本来ならシステムを通常モードに移行して、その上でさらに専用の機器に繋いで行う作業だというのに、魔力の運用は乱れないし、体の動きも変わらない。
「っ、ん?」
不快な感覚の中で、体が軽くなったような感覚があった。
『今二つの出力プロテクトを解除したわ。どうかしら?』
「あ、ああ……問題ねえ。むしろ調子が良い」
羽を動かし、飛び回りながら自分の両手を見て、実感する。確かに今までよりも力が溢れてきている。
「本当、だったんだな……ドク──」
顔を上げてモニターを見ると、誇らしげなウーノ。が問題はその後ろ。
『ふふふっ、ははははは!』
狂気的な嗤い声を上げ、目にも止まらぬ速さでパネルを操作する白衣の男。言うまでもなく、ドクター、ジェイル・スカリエッティである。
声、動き、姿。何処を見ても彼は──
「へ、変態医師だ……変態が居る……!」
『さらに三つ──ところで今聞き捨てならないことを言ったわね』
「だ、だってなんだよあれ!? あの研究施設のヤツラが何人掛かりでやってた作業だと思って──」
『言ったでしょう。ドクターはあなたの想像を超えたお方だと』
全くその通りだ。あんな変態的な動きを誰が想像出来たというのだ。ただの優男だと思っていたアギトはその評価を修正する。……上方なのか下方なのかはともかくとして。
「……でも、これなら──!」
『さあ次で最後だ! 準備はいいかい! アギト!』
「おうよ!」
安全用のプロテクトを残し、スカリエッティは最後のプロテクト──ユニゾン機能を解放すべく、さらに速度を上げてパネルを操作する。
(……!)
スカリエッティが容易く最後のプロテクトを解いた瞬間、アギトに何かのイメージが過った。
(あたしと──剣士? これは、あたしの記憶……?)
懐かしい、のだろうか。何処か悲しく、けれど暖かいイメージ。
「──旦那!」
だが、それをアギトは振り切った。今すべきことは過去に思いを馳せることでも、記憶を取り戻すことでもない。恩人たちに恩を返すこと。
「あたしに、あたしに力を貸してくれ!」
突然のアギトの言葉に、しかしゼストは動じず、頷いた。
引き寄せられるようにアギトは飛び、その小さな手をゼストへと伸ばす。
(あたしは一人じゃ大した戦力にはなれねえ。けど旦那となら、あたしを使いこなしてくれる騎士となら!)
「何だ……!?」
それに何かを感じ取り、狙撃手──ヴァイス・グランセニックはアギトの背に照準を合わせ、引き金を引いた。
「ユニゾン──」
弾丸がアギトに到達する直前、アギトの手はゼストへと届く。
「──イン!」