「ドクター、データと素体、最低限の物資の転送は完了しました。妹たちも既に」
「そうか……ありがとう」
これでこのラボに残ったのは私と上の4人の娘、それにゼストだけ。
私たちもさっさと引っ越ししたいところだが、その前に、だ。
「トーレ、私が何を言いたいか、分かるかい?」
「……申し訳ありません。無断で出撃を……」
「ド、ドクターっ、トーレ姉様のおかげで騎士ゼストの反逆を抑制できたわけですしっ」
「クアットロ、あなたは黙っていなさい」
トーレを庇うクアットロをドゥーエが制する。
「ドゥーエ姉様、ですけどっ」
「すまないね、クアットロ。今私はトーレと話しているんだ」
「ドクター……」
こ、心が痛い! すまないクアットロ! だが子供を叱るのは大人の、親の役目! 今トーレを見逃したら私は父親であることを放棄することになってしまうんだ!
「トーレ、どうして勝手に出撃したんだい?」
「……」
「黙っていては分からないよ」
「っ……申し訳、ありません」
トーレは私と目を合わせることなく、俯いたまま謝罪を繰り返す。
「トーレ、以前も君は私に無断で出撃したことがあったね」
「……」
思い出すのはPT事件、時の庭園。あの時もトーレは私が何か言うよりも早く、クアットロと共にチンクとセインの下に駆けつけてくれた。
「あの時、私の命令を待っているだけではただの機械と変わらない、そう言ったね」
「……はい」
「ならトーレ、今の君はなんだい? 自らの意志で動き、戦った今の君は機械ではなく、一体何者なんだい?」
「私は……戦闘機人、ナンバーズのNo3……」
「それだけかい? もしそうなら、私はかつての君の言葉をそのまま返さなくてはならない」
『ただの機械であれば頭に脳が詰まっている必要もない』
トーレはそう言った。言ってくれた。私が何よりも最初に教えたかったことをトーレは言葉にしてくれた。
「私は……」
「質問を変えようか──トーレ、どうして、一人で出撃したんだい?」
「それは──」
「戦闘隊長である君にとって、他の娘たちは邪魔にしかならないからかい?」
「──違います」
「歴戦の勇士であるゼストとなら、足手まといを気にせず全力で力を使えるからかい?」
「それは違いますっ、ドクター!」
顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見つめ、トーレが反論した。
「では何故?」
「……私は、ナンバーズの三女、トーレ。もう二度とチンクのような者を出さない為に、姉として、妹を守る為に……」
「そうかい……ではクアットロ、君はどう思う?」
「え? あ、はい!」
お預けをくらっていたクアットロに声を掛けるとビクリと肩を震わせながらも良い返事を返してくれた。
「ええと……ごほんっ、お言葉ですがトーレ姉様。今のナンバーズにただ守られるだけの者はいませんわ。チンクちゃんもセインちゃんも、トーレ姉様の足を引っ張るようなお馬鹿さんは誰一人」
「ええ。クアットロの言う通りよ、トーレ。何の為にドクターが下の妹たちに教育係を付けたと思っているの? 姉の失敗を教訓に、同じようなことを二度と起こさないようにする為よ」
クアットロが必死な声で、ドゥーエが諭すように、トーレに語りかける。
「なのに姉であるあなたが同じ失敗をしてどうするの」
「失敗……だが私は傷一つ──」
「──なら言い方を変えましょうか、トーレ」
トーレの発言を遮り、ウーノが口を開いた。
「妹であるあなたが、同じ失敗をしてどうするの?」
「あらら、こわーいお姉ちゃんがお怒りよ? トーレ」
「……妹」
「トーレ。たとえ何人妹が出来ようと忘れないでちょうだい。あなたは私の妹よ。一人だけが戦って、それで全てが解決するならドクターは私たちを姉妹としてお作りにはならなかったでしょう。どうして私たちが姉妹なのか、忘れないで」
「……」
「──トーレ、チンクの右目のことを君が責任に感じる必要はない」
それは私とゼストが感じるべきものだ。トーレに落ち度は一切ない。
「それでも君が自分の無力を責めるというのなら、それを止めることはしない」
その気持ちは私にも痛い程分かる。
「だがその気持ちは君一人で抱えるものじゃない。私たちが共有すべきものだ。自分を責めるのも、家族を守ろうとするその気持ちも、トーレが一人で抱える必要はないんだ」
その気持ちは、家族みんなが抱いているものなのだから。
「ドクター……」
「だから、もう二度とこんなことはしないでくれ。私の命令なんて聞かなくてもいい。自分がやりたいことをやってくれて構わない。けどね、トーレ。君は一人じゃない。一人で全てを背負おう、全てを守ろう、なんてことはしないでくれ。自分を守ることを忘れないでくれ」
家族守るのは姉だけじゃない、父親の私の役目でもあるのだから。
「──分かったかい、トーレ?」
「……はい。申し訳ありませんでした、ドクター」
「分かってくれたなら良いんだ」
トーレの頭を軽く撫でて、「さて」とし切りなおす。
「ウーノ、それにドゥーエ。君たち二人もだ。ドゥーエはウーノの妹で、ウーノ含め全員が私の娘なんだ。それを忘れないでくれよ?」
「……はいっ、ドクター」
「ええ~、私、娘じゃ満足できませんわ。それよりももっと、ドクターのお傍に──きゃん!」
「トーレの次はあなたに教育をしてあげなきゃならないようね……? ドゥーエ」
「嫌ねえ。ちょっとした冗談よ。お・ね・え・さ・ま」
じゃれ合う二人を眺めていると自然と口元が緩んでくる。良い姉妹に育ってくれているなあ。
「分かるかい? この光景を守りたいのはトーレだけじゃないんだ。それにこの光景に家族全員が加わって、それを私は見守りたいんだよ」
「……はい」
「それじゃあ私たちも新居に向かおうか。あまり他の娘たちを待たせるのもね」
じゃれ合う二人に声を掛け、ゼストには虫を見るような目で舌打ちをくれてやった。槍に手を掛けられたので口笛で誤魔化す。
「……クアットロ」
「は、はいぃ! すいませんトーレ姉様! 生意気なことを言ってしまいました!」
「いや、恥ずかしいところを見せたな。すまなかった。お前は私のようになるなよ」
「ふぇっ! ト、トーレ姉様……?」
拳を落とされるかと思っていたクアットロの頭に載せられたトーレの手は、不器用な手つきだが彼女の優しさが伝わるものだった。
「……ドクターの真似事だがな。これからも苦労を掛けることになるだろうが、手伝ってくれるか?」
「勿論ですわ、トーレ姉様!」
ウーノが用意してくれた転移用のテンプレートに乗り、トーレとクアットロに声を掛ける。
「さあ帰ろう、私たちの新しい家に」
「「はい、ドクター」」
「あらあら、随分とトーレに懐いたのね、クアットロ」
「ふっ、お前のような恐ろしい姉に愛想が尽きたのではないか?」
「い、いえそんなこと! ドゥーエ姉様のことは心から尊敬していますわ!」
「見たことか、お前に怯えて震えている」
「トーレが急に姉みたいなことをしたから怯えているのよね、クアットロ?」
「ド、ドクター!」
「先程のドクター、素敵でした」
「はははっ、どうしたんだい? 今日は良く褒めてくれるじゃないか」
「ふふふっ、普段から口にしないだけで、常にそう思っていますから」
クアットロの助けを求める声は、ドクターには届かない。
さらに視線を動かす。その先には憎き騎士、ゼスト・グランガイツ。
「……むう」
しかし全てを真正面から受け止め、進んできた男はその視線から目を逸らした。
『……大丈夫、だから』
「ル、ルーテシアお嬢様ぁぁぁぁあ!!」
「……何?」
いつの間にか転移が完了していたらしく、クアットロの叫びは少女に届いた。
「あら」「む」
「ルーテシアお嬢様なら、仕方ないわね」
「そうだな──これが、ドクターの言う光景、か」
「おかえりっス~!」
「あ、おかえり~」
「お帰り、みんな」
「戻ったか、遅いから少し心配していたんだ。なあ?」
「あ、あたしは別に……」
「……おかえりなさいませ、ドクター」「……おかえりなさい、姉様方」
「私たちが守らなきゃいけない光景で、私たちが居るべき光景よ」
「……ああ。分かっているさ」
ドゥーエに対して微笑み、トーレが小さく口を動かす。
「──ただいま」
自分を迎えてくれる家族に歩み寄りながら。
「……なんだ、そんな風に笑えたのね、トーレ。うふふ、そんなの見せられたら、お姉ちゃんが守ってあげたくなるじゃないの」
ドゥーエも笑い、トーレの後を追って歩き出す。
「ウーノも分かってきたみたいだし、ドクター、あなたの夢が叶うのももう少しかもしれませんね──」
「ふふふっ、ドクター」
「はははっ、ウーノ」
そしてジェイル・スカリエッティはウーノと二人、仲良く笑い続けていた。