数の子って言うな!   作:うた野

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第39回

「──ドクター、前ラボの廃棄、滞りなく完了しました。局員たちもその後、管理局に回収されたようです」

「ご苦労だったね、ウーノ」

 昔と違って娘たちが生まれてからは一所に留まるようにしていたが、管理局に見つかってしまったので仕方ない。というわけで二度目の引っ越し。昔の私は根無し草、というより隠ぺいにさほど気を使っていなかったから(スカリエッティ参上! っていうメッセージを残したこともあったなあ)管理局に見つかった時の為に適当な次元世界に多くの拠点を持っていて、今回も其処にするつもりだったのだが──

「しかし素晴らしいね。戦艦とは思えない程に設備が充実している」

 特に居住区が。戦艦とはいえ王族が乗り込むからだろう、私の無機質なラボよりも何というかこう……気品があるね! 娘たちにはピッタリだ。

 そう。私が引っ越し先に選んだのはかねてよりウーノがプランを進めていた、古代ベルカの遺産、ゆりかご……正直転送した先が見知らぬ場所で吃驚したよ。ドゥーエのドジっこがウーノにも感染ったのかと。

「駆動炉も順調に稼働しています……が、やはり鍵の聖王なくしては防衛システムなどの機能は動かせないようです」

「急ごしらえの模造品でここまで動けるなら問題はないさ」

 現在、本来ならば聖王が座るはずの玉座にはやっつけ仕事で作った機械が鎮座している。聖王の遺伝子を組み込んだ機械を玉座に設置し、聖王だと誤認させてはいるが、やはりというか不調で肝心の航行システム等は動かない。それは大した問題ではないので気にもならない。流石にこれだけ巨大な戦艦を管理局の目を盗んで浮上させるというのは不可能だしね。

「それにゼストとアギトの肉体も問題はないし、問題は全てクリアしているよ」

「はい」

 まあアギトはともかくゼストの肉体の限界は1年ぐらい早まってしまったが。本人もは気にしていないし、私としてもそこはさしたる問題ではない。近い内にゼストの肉体は完全なものにするさ。

「……それではドクター、申し訳ありませんが私は──」

「ああ。ウーノの料理、期待しているよ」

「っ、はいっ」

 少しばかり遅くなってしまったが、引っ越しも完了し、アギトの歓迎会と引っ越しパーティが今日行われる。いやぁ、ふっふっふ、幸せだ。昔は事あるごとにパーティをしようと画策しても皆訓練やら仕事やらに忙しそうで声を掛けられなかったからね。今回はその心配もない。「ドクターが言うのであれば……」と真面目なトーレやクアットロも首を縦に振ってくれた。それに今回は私よりも早くルーテシアとドゥーエが発案したものなので無碍には出来なかったのだろう。いや私を無碍にしているとかそういうことではなく。

「それにしても、こんな幸せが私に訪れるとはね……」

 ウーノを見送り、新しい部屋の椅子に腰かけ、しみじみと呟く。見た目よりは長い時を生きてきたが、昔では想像もつかなかった。

「……そういえば私はどうして娘を作ろうと思ったんだったか」

 あれ? いやいやそうだ、おねいさんが欲しかったんだ。広くて暗いアジトに一人なのがどうも寂しくて、ウーノを造った。当初の予定とは全くと言って違うものの、寂しさはもうない。こんな素敵な家までプレゼントされて、まったく父冥利に尽きるというものだ。

「──よし」

 時間まで待てない。時間まで何人かに声を掛けて回ろう。とはいっても自室の整理が終わってない娘も居るだろうから、手短に一言二言話して、後はパーティで改めて、ということにしてと──

 

 

 

 ──というわけで居住区にやってきた。まずはそうだな……

「チンク、居るかい?」

 生まれる前から心配していたチンク。何度も言わせてもらうが、名前に負けず立派に真っ直ぐと育っているっ。

「ドクター? 御用でしたら通信で呼んでくだされば……」

「艦内図は見たが、自分の足で歩きたかったからね。気にすることはない」

 部屋から出て来たチンクは来客が私だと確認すると申し訳なさそうに両手を振った。

「……」

「──ドクター?」

 自室では眼帯を外しているので開くことのないチンクの右目が目に入ってしまう。今度は私が申し訳ない顔になる番だった。

「いや、何でもないよ」

 チンク自身が右目の治療を拒否したのだ。ならその意思を尊重しよう、と私は決めたじゃないか。いかんいかん。

「もう整理は済んだかい?」

「はい。元々大した物はありませんし、衣服はまとめてドゥーエが管理していますから」

 まあじゃないとほとんどの娘たちが服に頓着しないせいで酷いことになるからね……だが私は娘たちが万年ジャージになろうとも愛する自信がある! 

「そうか……此処には長居することになるから、近い内に皆を連れて街に買い物に行くといい。此処ならそれ程遠くもないしね」

 以前までは無人の次元世界に居たからね。そう気安く買い物には出られなかったが、此処なら街まで近いし、それに堂々として入れば意外とバレないものだ。

「……ドクターがそう仰るなら、そのように」

「うんうん、そうしてくれ」

 どんな個性溢れる部屋になるのか今から楽しみだ。

「邪魔して済まなかったね。後でまた会おう」

「いえ、また後程……」

 戸惑ったような表情のチンクに手を振って、私は次の部屋を目指す。すると、背後からチンクに呼び止められた。

「ドクター! ……その、今日はアギト殿の歓迎会ですが、ドクターも羽を伸ばして楽しんでください。ドクターも参加すると聞いて私たち姉妹全員、嬉しいのです」

 その言葉に感涙しそうになってしまう。父親冥利に尽きるというものだ……。

「勿論だとも。今から楽しみにしているよ。チンクもしっかり楽しむといい」

「はいっ」

 ニヤつく顔を見られないよう、背を向けたまま告げて、今度こそチンクの下を跡にする。

「……ドクターは何の用だったのだろうか?」

 買い物の件は話の流れで思いついただけのようだったし、ただ様子を見に来ただけ……いやそんなまさか、しかし最近のドクターを見るに……、などと唸っていたチンクだったが、やがて息を吐いた。

「気持ちを伝えられたのだ。それで良しとしよう。それにこれからドクターの真意を見定めていけば良い話だな。姉として妹たちに正しいドクターの御姿を話してやらねば」

 とりあえず、言われたように明日にでも街に行くとしようと結論を出して、チンクは再び部屋に戻った。

 

 さて顔のニヤケも収まったし、次は誰の部屋を訪ねようか……よし。

「……ドクター?」

 君に決めた! と言わんばかりに移動して、控えめにノックすると、部屋の主であるディエチが顔を出した。

「やあ、部屋の整理はもう終わったかな」

 と言いつつも、扉の隙間から見えたディエチの部屋はチンクと同じで、元々備え付けられた物しか置いていなかった。今までは街に出る機会が少なかったとはいえ、先日オットーたちが服を買いに行ったように、全くないわけではないし、チンクもディエチも街に何度か行ったことはあるはずなんだが……。

「あ、うん……じゃなくて、はい」

 わざわざ言い直すこともないのに、そう思いつつもそれを指摘することなく会話を続ける。

「どうだい? この船の住み心地は」

 まだ地中に埋もれているとはいえ、聖王が一生を過ごしたと言われる船だ。今までよりは様々な部分が改善された、と思う。私はあまり環境には頓着しないので良く分からないが。

「私たち戦闘機人は問題ありません。それにラボと同じようにAMFが発生するようになれば、万が一にも騎士ゼストが裏切った時でも対処は容易、だと思います」

「ああ、そうだね……以前と同じでアギトの飛行に問題ない程度ならルーテシアも苦ではないだろうし」

 そういう意味で聞いたんじゃないんだが……それにAMFといってもその影響下でルーテシアが初めての召喚魔法を一発で成功させるぐらいだからゼストにどれだけの効果を発揮するのかは分からないが……。まあゼストの様子を見る限り、そう簡単に裏切ってはくれないだろうからあまり意味はないのだけれどね。

「そうそう、ディエチも何か部屋に必要なものがないか考えておいてくれ」

「必要なもの、ですか……?」

「ああ。ドゥーエは部屋にティーセットが欲しいと言っていたし、トーレはトレーニング用品を欲しがっていたからね。今度チンクたちに買い物に行ってもらうから、ディエチにも考えておいて欲しいんだ」

 ちなみにトーレの要望は却下した。無断出撃の罰も兼ねているが、訓練とは無関係のものを一つでも部屋に置いたなら考えると言ってある。

「欲しい、もの……」

 二人の他にもウーノは新しい仕事着、クアットロは新しい眼鏡、私は娘、セインは可愛い妹、ルーテシアはアギトの服と様々だ。チンクとウェンディは考えてみると言っていたがノーヴェやオットーたちは特にないとのことだったので、ドゥーエに見繕ってもらうつもりだ。我が家のファッションリーダーであるドゥーエならそれぞれの娘に合ったものを選んでくれるだろう……いや、別にファッションリーダーではないけれど。

「……あの、ドクター」

「何だい?」

「欲しいもの、はないけど……私も行きたい、です」

 ディエチのその言葉に私は一瞬だけ目を見開いてしまった。

「私も、外の世界を見てみたいんです」

「……」

「そうすれば、私もオットーやディードに教えられることがあるかもしれない、から」

「──も」

「?」

「勿論構わないとも! 何処でも好きなところを見てくるといい!」

 思わずディエチの両手を握りながら目を輝かせて賛成する。

「そして教えてくれ! オットーやディードだけじゃない、私にもディエチが何を見て、何を感じたのか!」

「は、はい」

 はっ! い、いけないいけない。興奮してしまった。

「す、すまない」

「いえ……」

 手を放し、一歩下がってディエチに謝罪する。

「……私なりに考えてみたんです。ドゥーエやトーレの言ってたことを、クアットロから聞いて」

 ? ドゥーエたちは何を言ったのだろうか。ディエチが外の世界にも興味を示すような何かを。そんなものがあるのに気付かないとは、一生の不覚……! 

『ドクターの優しさに甘えることは許さない』

『それは妹たちとルーテシアお嬢様の役目よ』

「──今はまだ、ドゥーエの言葉の意味は分からない。でも、それがドクターが私たちに与えてくれた役目なら、ドゥーエたちが譲ってくれた役目なら、私はそれを果たしたい……んです」

 ……ふむ、ドゥーエたちが何を口にしたのか分からない以上、ディエチの言葉の真意は私には半分も理解出来ていない……が、

「役目だなんだと難しく考える必要はないよ」

「あ──」

 ディエチの癖のある茶髪を優しく撫でる。やばい、触り心地がもう、なんというか、天にも昇る気持ちというか、これはもうロストロギアと言っても過言じゃないんだろうか!? 

「ディエチはディエチのやりたいことをやればいい。それが分からないと言うのなら、私や他の娘たちが色々なものを見せてあげよう。その中でディエチが探して、そして今度はそれを伝えてあげればいい。私や、姉妹たちに」

「……はい」

 気持ちよさそうに(じ、自意識過剰じゃないはずだ! 私のテクニックも進化しているのだから!)目を細めながら、ディエチが頷いた。

(……これが、ドゥーエの言ってたドクターの優しさ、なのかな。心地良い……)

「────まずは今のドクターの言葉をドゥーエたちに伝えなきゃね」

「えっ?」

「じゃあドクター、また、後で」

 部屋には戻らず、廊下を進んでいくディエチに返事も返せず、私は呆けていた……去り際に見せたディエチの微笑みに見惚れてしまった。やばい、これはもうロス(ry

(役目だなんて考えなくて良いなら、ドゥーエたちも──)

 

 

 

「ふふふ……ふ、ふふふふ」

 何年一緒に居ても毎日のように娘たちの可愛い所が見えて来るなあ。ディエチと別れて十分程経つのにもうさっきから顔の緩みが止まらない。チンクと連続してだったからね、破壊力も二乗だ。とてもこんな顔は見せられないと廊下の突き当たりで壁に向かっている私だった。

「いや、もう、ふふふふ」

 ああでも心配だっ、ディエチだけじゃない、あんなに可愛い娘たちを外に出したらいくらクアットロのシルバーカーテンで偽装しても男どもが群がってしまうんじゃないか!? それではゆっくりと買い物も出来ないじゃないか! 

「まあ気持ちは分かるけれどもね、ふふふ……」

 しかし断じて許さない! そういうのは私の娘たちにはまだ早い! 

「まだ……? ということはいつかは……ああ……」

 いつかは他の男と……ってええい! なんで相手のイメージが爽やかな笑顔を浮かべたゼストなんだ! あんな中年に娘をやるものか! そもそも──「……ドクター?」ん? 

「……何してんだよ、ドクター」

「あ、ああ、ノーヴェ……奇遇だね?」

「奇遇っていうか奇怪だっつーの、今のドクターは……」

 うわああああ!? ノーヴェが引いた目で私を見ている! 

「また休息も取らないで仕事してたのか? だったらアギトさんたちの歓迎会になんて参加してないで休んで──」

「私は大丈夫だとも! 疲れなんて残らないようにウーノがスケジュールを管理してくれているし! ドゥーエのマッサージだって受けている! おかげでここ数年は疲れ知らずだとも!」

「そ、そう……」

 ああ! またノーヴェが引いている! 

「い、今のはその、発作のようなものだ! ゼストが隠れて血を吐いているのと同じレベルの! だから気にする程のことじゃないんだ!」

「いやぜってー気にしなきゃまずいだろそれ!?」

 いやいやゼストが吐血するのは娘たちと接触する時間を短くする為に私が意図的に仕組んだガス抜き動作みたいなものだから一切身体的影響はない! 「持ってくれ……時が来るまでで構わん……」とか言ってるけどむしろ血を吐かないと血液の循環に悪影響が出てまずいから! 

「と、とにかく問題はないから心配しないでくれ」

「……まあドクターがそういうなら、そうする。けどチンク姉たちに心配させないでよ」

「勿論だとも」

 照れくさそうに頬を掻きながら言うノーヴェに即答する。

「それで、こんなところで何してたのさ」

「ああ、私の方の整理も落ち着いてたから、ウーノの準備が整うまで皆の様子を見ておこうと思ってね」

 ちなみに料理の準備はウーノだが、会場の準備はドゥーエがしてくれている。私も手伝おうとはしたが料理はウーノに止められてしまったし、ドゥーエにも「それは野暮というものですわ、ドクター」とやんわりと断られてしまった。

「……さっきまでの行動の説明にはなってないよな……それともその壁にセインが潜んでんのか?」

「ごほんっ、ほらこうしてノーヴェに会えたんだから私の目的は達成されているだろう?」

「……」

 うっ、視線が痛い。

「……はあ。それで? あたしになんか問題はあったの?」

「はっはっは、そんなわけないじゃないか。元気そうで安心したよ」

 もしも娘たちの体に問題が見つかったらすぐさま私が治しているしね。

「……じゃあもういい?」

「ああ、すまない、もしかして急いでいたのかい? 呼び止めてすまなかったね」

「いや特にそういうわけじゃないけど……それに声を掛けたのはあたしだし」

「そうかい? ならよかった──ああ、そうだ。ノーヴェに伝えておこうと思っていたことがあったんだ」

「? なにさ?」

「ノーヴェの固有武装の設計が完成したんだが、少し意見を聞きたくてね」

「意見って言ってもあたしにはドクター以上の知識なんて──」

「ああいや、技術的なことじゃない。心配せずとも完璧な出来を保障するよ。もしも気に入らないならすぐに改良もするさ──ただ、実はその武装にAIを組み込もうと思ってね」

「……AI?」

 ノーヴェが怪訝そうに眉をひそめた。

「ノーヴェのIS、エアライナーはウイングロードという魔法に酷似している。陸戦魔導師に限定的とはいえ空戦を可能にする魔法だ」

「それは知ってる。実際に戦ったトーレとクアットロから特徴も聞いてる」

「……なら分かると思うけれど、これはとても扱いが難しい魔法でね、実際に使う魔導師はそれ程多くはないんだ。使用する魔導師たちもデバイスの補助とその天才的とも言えるセンスがあってようやく実戦で使えるレベルにまで昇華している」

 だからこそそんな危険なISをノーヴェだけで行使させるのには不安だ。信頼していないわけではない、だが心配なんだよ。

「──必要ない」

 しかしそんな私の心を知ってか知らずかノーヴェは首を横に振った。

「あたしは戦闘機人だ。あたしには入力されたデータとこの身体のスペックがある。AIの補助がなくても、十分実戦で使える」

「……そうか」

「心配しなくてもドクターに迷惑は掛けない。ウーノたちが怖いし」

「なに、気にしなくていい。ノーヴェが必要ないと言うなら、そうなんだろう」

 ……そう、気にする必要はない。ノーヴェに他意はないんだ。別に私からのプレゼントだからいらないって言ってるわけじゃないんだ……ふふふ、ただね、チンク、ディエチと良いことが続いたからちょっと調子に乗っていただけなんだ。だからこんなにダメージを負う必要なんて……。

「……」

「ドクター、ど、どうしたんだ!? なんか死にそうだぞ!?」

「気にしないでくれ……ルーテシアが初めて喋ってくれた時と同じだよ、いずれ来ることだったんだ……」

「いやだからそれもすっげー気にしてたよ! ナンバーズ全員ですごい騒ぎだったっつーの!」

 ふ、ふふふふ……。

「ってかこんなの見られたらそれこそウーノたちが怖いって! いや、ウーノたちよりもセインだ! あいつに見られたら何を言われるか──」

「んー? やっぱりあたしだったらあることないこと織り交ぜてウー姉たちに報告かなー」

「……」

「やっほー、ノーヴェ」

 いつの間にか、いやもしかしたら最初から居たのかもしれない、セインが壁から顔を出してニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「それじゃ、ごゆっくり」

 そして再び壁の中に潜っていった。

「……ぶっ飛ばす。何か喋る前に、ぶん殴ってやらぁ!」

「みんなー! ノーヴェがドクターを泣かしてるー!!」

「エアライナー!」

 ひょこひょこと壁や天井から顔を出しながら、セインが叫び、それを追うようにノーヴェがエアライナーの上を走って全力で追いかける。

「ふふふふふ……」

 そして、暗い笑い声を上げる私だけが残された。

 ──歓迎会まで、あと少し。

 

 

 

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