「それでは、少し遅くなってしまいましたが、烈火の剣精……いえ、アギト様の歓迎会とこの"聖王のゆりかご"の稼働を祝い、ささやかながら宴を催させていただきたいと思います」
「へへ、何か照れるな……」
「アギト、これ、持って……」
「さ、オットーもグラスを持て。姉が注いでやろう」
「あ、ありがとうございます……」
「ほらディードもっスよ!」
「……零さないでくださいね?」
「さあ騎士ゼストも。心配せずとも何も入っていませんわ」
「……」
「ちょ、ドゥーエ姉様がわざわざそんな……!」
「わっ、押すなクアットロ!」
「ああっ、暴れないでノーヴェ」
「ううっ……あたしはいつまで正座してればいいの……?」
「……自業自得だ、馬鹿者め」
「うんうん、これこそ私が求めていたもの、家族そろってのパーティー……!」
「──では皆、今後もドクターの夢の為に……乾杯っ」
『かんぱーい!』
ウーノの音頭と共に皆がグラスを掲げ、高らかにパーティーの開会を宣言した。
「……ふぅ」
最初の一杯を一気に飲み干し(アルコールではない。私は下戸だし、成人はゼストだけだ)、改めて会場を見渡す。聖王の住居だけあってこんな豪華絢爛な会場も完備、船の中、それも土の下とは思えない。
さて、まずはこのパーティーの主役に挨拶しておかないとね。家主として!
「っぷはぁ!」
男らしく専用グラス(お猪口よりもさらに小さい)を一気に空けるアギトの傍に近づく……ところであれは何処に収まっているのだろうか? 排泄されたりするのかな?
「やあアギト、今日は楽しんでくれ。君の歓迎会なんだからね」
「おっ、ドクター! ありがとな! あたし何かの為に、こんなことしてくれて」
「気にすることはない。これを機に、家族の仲が深まってくれれば私は満足さ」
むしろこんな機会を与えてくれて感謝したいのは私の方だ。
「それに体の調子もバッチリだし、ドクターの夢ってのが何なのかは知らねーけど、あたしの力なら貸すぜ!」
「はははっ、ありがとう。頼りにしているよ。ただ今回みたいな無理はもうしないでくれ」
私の夢はほとんど叶っているし。
「うっ……悪かったよ。姉御たちにも迷惑を掛けちまった……」
「トーレ、だけじゃない……私も、心配掛けられた……」
「ルールー……うん、ごめん」
「アギトのことはルーテシアが叱ってくれたみたいだし、私からはこれ以上何も言わないよ」
……それに一番被害を被ったのはゼストだからね(寿命的な意味で)、そういう意味でも私から言う事はこれ以上ない。強いて言うならゼストの寿命はどれだけ減っても構わないけど、張り切り過ぎて赤髪ツインテールゼストの誕生、なんてことだけは絶対に避けてほしい。そんなことになったら家族全員が被害を被る。ルーテシアなんてトラウマになってしまうんじゃないだろうか。というか私でもなる、
「でも、今回の件で分かったよ。ドクターはあいつらとは違うって」
笑いながらアギトが言う。彼女にとっては、私たち科学者がトラウマのようだったから、こうして私に笑いかけてくれるということがどれだけの奇跡なのかよく分か──
「ドクターはあいつら以上に変態なんだな!」
「ぶふっ!」
「──貴様、ルーテシアに向かって汚い唾液を飛ばすな」
「旦那!」
「げほっ、げほっ……!?」
アギトの発言に思わず吹き出してしまったが、いつのまにかルーテシアの背後に回っていたゼストが目にも止まらぬ早業でテーブルクロスを食器を動かすことなく抜き取り、私の顔面に投げ掛けたおかげで(せいで?)、ルーテシアとアギトが濡れることはなかった……私の顔はベタベタだが。
「くっ、今の件は不問にしておこう……げほっ」
テーブルクロスを振り払うとまだ咽る私を冷ややかな目で見下すゼストが視界に入る。即視界から外しておいた。
「大丈夫か? ドクター」
「あ、ああ……けど今の発言は撤回してくれ。いや、せめて納得できるだけの説明をくれ……」
「? いやだって……なあ?」
「変態医師……いや貴様は変態で十分だろう」
ぐぬぬ、一歩間違えれば自分こそ変態ツインテールになっていたというのに、自分のことを棚に上げて……!
「ドクターは、変態、なの……?」
「ち、違う! 私がそんな人間に見えるかい!?」
痛い! ルーテシアの純粋な目が痛い! 誤解なのに!
「ま、まあドクターがすげえ奴だってことは良く分かったし、これからよろしくな!」
「……ああ。よろしく」
納得はしていないが、此処は大人の対応だ……古代ベルカの融合騎なら私よりも遥かに年上だけど。
「それから心の整理が着いてからで構わない、もう一度改めて君の身体を検査させてくれ。プロテクトを外した影響があるかもしれないからね」
「ん……あたしはもう大丈夫だ。いつでもやってくれよ」
「……そうか。なら近い内に声を掛けるよ。その時はルーテシア、君も一緒に来てくれるかい?」
「うん」
「後、君は必要ないからね。大人しく漬物になっていたまえ」
「……」
ゼストが「俺も行こう……」などと言い出す前に潰しておく。どのみち一度しっかりと診てみないといけないし。ユニゾンの影響がどれくらい出ているのかで、私たちのこれからに大きく影響してくる。
「それじゃあ私は娘たちの様子を見て来るよ。アギトもトーレ以外の娘たちとも話してみてくれ。皆、自慢の娘だからね」
「ああ。分かってるよ、ドクター。姉御を見てると、よく分かる」
「ふっ……」
当然だとも。私の娘なんだからね!
「セイン~、まだやってるんスか~?」
「あうぅ! つ、つっつくなあ……!」
次に私が向かったのは……『反省中』と書かれたプレートを首から掛け、正座を続けるセインとその膝を突くウェンディの所だ。
「激レア能力なのに良いとこなしっスねえ……」
「うぅ……ノーヴェからは逃げ切れたのに……トーレ姉めぇ……」
「ペリスコープ・アイを付けた人差し指を外に出した途端、指先を掴まれて引きずり出されてたっスもんねえ……あ、ドクター」
苦笑いを浮かべながら近づく私の姿にウェンディが気付き、セインを突くのをやめる。
「反省しているようだね」
「してますしてますぅ! だからドクターからもトーレ姉に言って! ね?」
「うーん……」
唸りながらトーレを探して視線を彷徨わせると、ウーノ、ドゥーエ、クアットロと談笑しているトーレと目があった。
「……」←無言で首を振る
……まだまだお姉さんは許してくれなさそうだ。
「……パーティーが終わる前には解放してくれるだろうから、もう少し、ね」
「そんなああああ!?」
「ま、自業自得っスね。食べ物ならあたしが取ってきてあげるっスよ」
てっけててーと走りだしたウェンディを見送り、私は何とも言えない表情でセインを見つめる。
「ジョークが通じない姉妹で困っちゃうよ……」
通じているからこそ、こんな状況になっているのだが、それを口に出すことはしない。セインも分かっているだろうしね。
「あ、ドクター、いいもの持ってるね。それちょーだい?」
「ん? これかい? でも今ウェンディが取りに──」
会場を回りつつ私が手持ちの皿に取り分けた料理を見て、セインが言う。
「ふっふっふー、教育係のあたしには分かる! ウェンディは戻ってこない。間違いなくテーブルを回ってる内に他のことに気を取られて、あたしのことなんか忘れて談笑に興じるだろうということが……! 何故なら私もそうするから!」
「あー……」
確かにそれは想像に難くない。
「というわけでギブミー! ウー姉の隠し味、愛が入った料理を! それともドクターはウー姉の愛を独り占めにするつもりなの!?」
「くっ……ふっ、愚問だねセイン。愛に限りも隔たりもない!」
「わーい。なら早く早く~」
などと小芝居、いや子芝居? を挟み、口を開けたセイン。こ、これはつまりあーんしていいんだね!?
「あ、あーん」(小声)
震える手でフライ(所謂唐揚げ)を掴み、それをセインの口に近づける。
「あーん」(戦闘機人なので勿論聞こえている)
「おおぅ……」
な、なんだろう。これが親鳥が小鳥に餌を与える気持ちなのだろうか、なんというかその、すごくいい……! 普段とは少し違う、小動物的な可愛さが……!
「じ、じゃあ次はこれなんてどうだい?」
次に手に取ったのはプチトマト(ちなみにこれは私が品種改良して育てた特別品だ)。ヘタを持ってセインの口へと運んでいく──
「ドクター」
「っ!?」
が、しかし突然背後から掛けられた声に飛び上がらんばかりに驚いてしまい、その手は離れた。いや別にやましいことをしているわけではないよ!?
「んぁ? ……なにさディード、あたしには食事を楽しむ権利すらないって言うの!?」
顔に手を当て、よよよと泣き真似を始めたセインを冷めた目で見ながら、ディードは溜め息を吐いた。
「そうは言っていません。ですが、ドクターの手を煩わせる必要はないでしょう」
「つまり自分で食べていいってこと!?」
「そうも言ってない」
顔を上げ、勢いよく立ち上がろうとしたセインの肩を背後からオットーが押さえる。
「あう……じゃあどうしてくれるのさー」
「ドクターはお気になさらず、ゆっくりと羽を伸ばしてください」
「セイン姉様は僕たちが」
オットーとディードに見つめられ、そう言われては私にはもう何もできない。ただ頷いて、二人の頭に手を置く。
「では任せるとしようか。よろしく頼むよ、オットー、ディード」
「はい」「はい」
二人の頭を撫で、次はセインの頭を。
「というわけだ、セイン。よかったね」
だがセインは曖昧な笑みを浮かべていた。
「うー、嬉しいのは嬉しいけど、おねーちゃんとしては複雑……」
「妹たちの厚意なんだ。素直に受け取ってもいいと思うよ」
「ドクターの言う通りです。私たちはセイン姉様を他の姉様方と同じように尊敬していますから」
「……ふ、ふーん? そうなんだ?」
上擦りながらも口にしたセインの言葉に二人は頷く。やはりセインは慕われているようだ。その光景を尻目に、私は踵を返して歩き出した。
……その光景に私を混ぜてくれてもいいんだよ!?
などと考えながらとぼとぼと歩き出した私を見ていたのか、ウーノが小走りで近づいてきた。
「ドクターっ」
「どうしたんだい? ウーノ」
「いえ……その、グラスが空いていましたので」
「ん、ああ」
乾杯と同時に飲み干し、空になっていた私のグラスを見て、ウーノが近くのテーブルに置いてあったボトルを手に取る。
「ありがとう」
何度でも言わせていただこう。出来た娘だと……!
「我らが長女はもう少し妹を大事にするべきだと思うのだけれど、どうかしら」
「……そう言ってやるな。ウーノは我々の誰よりもドクターのお傍に居たのだから」
「だからこそ、その役目をもう少し私に譲ってくれてもいいと思うわ」
(なんだかドゥーエ姉様が怖い……助けてください、ウーノ姉様……)
などというやりとりがされてることには気づかず、私はドリンクが注がれたグラスをウーノに向ける。
「……?」
「いや、なに、先ほどしたばかりだが改めて、だよ」
意図を察し、ウーノもボトルを置いてグラスを持った。そして静かに互いのグラスを打ち鳴らした。
「乾杯」
一口だけ飲んで、口を湿らす。さて、最後に回そうと思っていたが、今は都合よく二人きりで各々がパーティを楽しみ、注意が向いていない今なら好都合だろう。
「そしてもう一つ、改めて礼を言うよ。ウーノ、ありがとう」
今度こそ意図が分からないらしくウーノの瞳が疑問に揺れた。
「プランI-A、この‟ゆりかご"のことだよ」
以前からウーノが立てていたプラン。数年越しの計画。数年越しのプレゼントゥ!
「この件に関して私はほとんど関わらなかったからね、正直驚いたよ」
「っ……!」
「ウーノ?」
本心を告げた途端、ウーノはすごい勢いで私に背を向けてしまった。な、なぜ!? もしかして無意識の内に顔がニヤけてしまっていたのか!?
(な、何故……? ドクターのお役に立つ、それが当然のこと。だからこのプランも普段のドクターのお世話と同じことなのに、確かにいつだってドクターと話すときは上昇傾向にあったけど、どうしてこんなにも心拍数が……!?)
ウーノ自身には分からないことだったが、このプランI-Aはウーノが十年近く掛けて進めていたものであり、ドクターの為、最大限の努力をもって実現させたものだ。──つまるところ、その努力を認められ、改めて礼を言われたことが、ドクターに褒められたことが何より嬉しかったのだった。
事実、遠目でウーノとドクターの様子を気付かれぬように見ていたドゥーエはウーノにブンブンと千切れんばかりに振られる尻尾を幻視した。
「い、いえっ、これもドクターの夢の為、当然のことをしたまでです」
「たとえそうだとしても、言葉にしなくては伝わらないこともある。いや、言葉にして伝えたいこともあるんだよ」
前半は高町なのはの受け売りだがね! ううん、こんな素晴らしい考え方を彼女は十年近く前から持っていたのだというから恐れ入る。
だけれど未だに背を向けているのはやはり私の顔があまりにも情けなかったからなのだろうか……。
「は、はいっ、ありがとう、ございます……」
振り向いてくれたかと思えば今度は物凄い勢いで頭を下げるウーノ。頭を下げてお礼を言うのは私の方なんだが……。けれどその下げられた頭を見て、ふと思う。
そういえばウーノの頭を撫でてあげたことはほとんどなかったな、と。まあそれはドゥーエとトーレ、クアットロも同じなんだが。いや勿論全くないわけじゃないよ? トーレはつい最近だしね。
だがウーノはもう何年前のことだったか、仕事の合間に小休止として眠っていた彼女を撫でたのが最後だった。そこまで考えてしまったらもう止まれない。当然のように私は愛しい愛娘の頭に伸びる。
「!」
頭を下げたままのウーノの体がビクリと震える。……い、嫌なわけではないよね?
そうして固まったウーノを撫でる手はドゥーエが声を掛けてくるまで止まることはなかった──。
◇◆◇◆
そして、それから数日後。
新たな居住地(マイホーム)を得た我らがスカリエッティ家にまた一人、新たな家族が生まれた。
──そしてついに、私の願いが叶うことになる。