さて、突然だが古代ベルカの話をしよう。
とはいっても何も古代ベルカの一から十を語るというわけではない。そもそも如何にアルハザードの技術で生まれた私でもそこまで大した知識はない。
よって今回の主となるのは古代ベルカ、各時代、各地に君臨していた王たち。その中の一人の話だ。
聖王。オリヴィエ聖王女殿下。シュトゥラの姫騎士。他にも複数の呼び名があるが、要するにオリヴィエ・ゼーゲブレヒト、聖王のゆりかごの前住人である彼女の話。
当然だが当の昔に没している人物であり、その存在は歴史書に残るだけ──というわけではない。現代まで続いている、彼女を祀った聖王教会。そう、ドゥーエが任務(身勝手な最高評議会によって与えられた)の為に潜入していた場所である。そもそもその任務が何だったのか、ということを説明しよう。
ドゥーエに与えられていたのは聖王教会に潜入し、そこに保管されている聖王の聖遺物、聖骸布の奪取することである。何の為に、というのは説明するまでもないだろう。まさかこの私に聖骸布の真贋を見極めろ、なんて命令を奴らが下すわけもなく、奴らの目的は聖王の再生──正確には鍵の精製と言った方がいいだろう。
聖王、即ち聖王のゆりかご、その生体キーとなる存在が彼らは欲しかったのだ。
その先の目的としてはゆりかごの絶対的な力を利用した全次元世界の征服、ああ、いや彼らに言わせれば管理、だったか──だろう。
と、話がズレた。
結果としてドゥーエは見事に任務を達成し(当然だ)、聖骸布、正確にはそこに残された聖王の遺伝子が手に入った。本来であれば手に入った遺伝子情報を拡散させ、私以外の誰かが成果を出したところを奪取するつもりだったようだが(つくづくコソ泥が好きらしい)、その予定は変更された。というのも彼らの予想以上に私が、いや私たち家族が優秀だったからに他ならない(!)。彼らの予想ではゆりかごの発掘や全ナンバーズの誕生が後数年は掛かるはずだったらしいが、優秀なウーノの働きと私の家族愛によってそれは早まった。だからわざわざ拡散などさせず、手の空いた私に聖王の再生をしろと命じたのだ。
結局、彼らは私に自由を与えたくはないのだ。私に時間を与えれば自分たちに危害が及ぶとでも思っているのだろう。
実にくだらない。はっきり言って彼らに害を成すことは仕事の片手間にだって出来る。勿論そんなことをすれば管理局を動かして私と娘たちを排除しようとするのは分かり切っているのでしないが。
そんなわけで私に与えられた新たな仕事。それが聖王の再生。ということで最初の古代ベルカの話に繋がるわけ──ではない。
そんなことはどうでも良い、大事なのは聖王の遺伝子(つまり女性の遺伝子)を使って、安全なゆりかごの生体キー(つまり余計な力を持たない子供)の精製をしろ────つまり一番幼いルーテシアの妹的存在が生まれるということなんだよ!!
私の娘たちが育てた(と言っても過言ではないだろう!)ルーテシア! それよりもさらに幼い女の子! あのルーテシアがついにおねーちゃんとなる! これが全てだろう!
私の後ろを、娘たちの後ろを、とてとてとついてきていたルーテシアが今度は引っ張る側に! ああ、なんということだ。あのルーテシアもついにそんな時が来た! 妹(的存在)が出来ることによって生まれる責任感、姉妹愛! 女の子としてだけでなく、姉として成長していくその姿を見ることが出来るなんて! これは私の娘たちの成長とはまた違った感動があるんだよ! 分かるかい!? 分かるだろう! ああ、なんて私は幸せな男だろう、これからルーテシアや娘たちのさらなる成長を間近で見ることが出来るなんて────
ごほんっ、ごほんっ、失礼した。少し取り乱してしまったね。
では何故古代ベルカの話なんて持ち出したかって? それはだね──
「というわけで、今話した聖王オリヴィエの話を聞いて、何か思い浮かばないかい? ────いい名前は!」
空間に投影していたデータを消し、私は改めて目の前に座る娘+居候に尋ねる。新たな家族の名前を!
何を隠そう、知っての通り私の娘たちの名前は私がつけたものではない。名付け親はウーノなのだ(第0回参照)。そして当然ルーテシアの名前も彼女の両親が名付けたものだろう。よって今回、今奥の研究室の試験管の中で揺らめく小さな命こそが正真正銘初めての命名となるのだ。
「成程。戦闘機人でない以上、ナンバーを名乗らせるわけにもいきませんものね。確かにこれは難しい問題ですわ」
ほほに手を当て、困ったようにドゥーエが微笑む。今回の件に一番貢献している彼女の意見を優先してあげたいのだが、彼女をもってしても難しい問題であるようだ。
「……あの、ドクター」
「おお、何かいい案が思い浮かんだのかい?」
その横でおずおずと手を挙げたのはクアットロ。
「わざわざ考えずとも、オリヴィエのクローンなんですからそのままオリヴィエでよろしいのでは……?」
む、むう……確かにクローンであるかどうかは関係なしに息子でジュニアとつけたり、娘に二世とつけることはそれほど珍しくはない……。決して悪い案ではない……ないんだが……。やはり私としては考えて考えて考え抜いた名前をつけてあげたい!
「いやいやそれじゃあオリジナリティーがないっスよ、クア姉」
「クローンにオリジナリティー、面白い冗談ねぇ、ウェンディちゃん」
そう、その通りだよ! とウェンディの言葉に同調しようとしたが、クアットロの冷たい言葉に思わず動きが止まる。
「……クローンだからってオリジナルや他のクローンと完全に同じにはならねーだろ。あたしとタイプゼロも、オットーとディードも」
がしかし今度はノーヴェの援護。それに激しく頷く私。
「……それはそうだけれど、じゃあノーヴェちゃんは何か案があるのかしらぁ?」
「うぐっ……それは、別に……」
うぐっ……娘たちに相談している私には耳が痛い言葉だ……。
思わず黙り込み、各々が考え込み始める……今の内に説明しておくと(別に考えても考えても思い浮かばないからではない。断じて)今集まっているのは私の他にドゥーエ、クアットロ、ウェンディ、ノーヴェ、居候の六人だ。それ以外のルーテシアとアギトを含めた8人はウーノの引率の下、都市部に買い物に行っている(意外なことに文句を言いそうなゼストはアギトが居るならば、とルーテシアの外出を認めた)。本来ならウーノは私のそばでアイデアを出してもらいたいところだが、彼女はゆりかごの件で苦労を掛けたからね、勿論この場で決まったとしても後でウーノ含め全員に確認を取るつもりだが、今は都市でのショッピングを楽しんでもらおう。
ちなみにこの人選はドゥーエによるものだ。曰く「そろそろ姉としての自覚を持てるように」とのこと。確かにまだまだ妹として可愛がられる時期のオットーとディードはともかく、クアットロも? と思ったが、教育係のドゥーエからするとまだまだ姉としての自覚が足りないという判断らしい。中々厳しいね。そして本来なら一番重要な位置にいるルーテシアだが……これに関しては大変心苦しいがまだ見ぬ家族の為だ。うん(第34回参照)。
「ではドクターの名前をもじって、ジュエル、なんて如何ですか? きっと名前のような美しい娘となるでしょうから」
パン、と手を叩いてドゥーエが案を出してくれた。が、しかし……
「うーん、良い案ではあるんだが、あまり私はこの名前が好きではなくてね……」
名前はあくまで記号、という話をいつかしたが、しかしそれでも最高評議会によってつけられたジェイル、などという名前に愛着は持てない。しかもそれに関連した名前をつけるというのはどうも嫌だ。
「あっ……そうですね。失礼しました、忘れてください」
「すまないね……こういう時の為にプレシアに話を聞いておくべきだったな」
などと言っても後の祭り。
「うーん」「うーん」「うーん」
と唸ることしかできない私たち。まさかこんなにも難航するものだとは……いや、一生を決めるものなのだからこれが当然なのだろう。
「……」
……大変、大変不本意だが仕方ない。この際プライドは捨ててあげようじゃないか……!
「先ほどから黙っているが、君もこの場に集っているなら何か言ったらどうだい。と、特別に発言を許可してあげようじゃないか」
震えながらも部屋の隅で目を閉じ、壁に背を預ける居候に声を掛けた。だというのに。
「……」
この居候は一度だけ目を開いてこちらを一瞥すると無言でまた目を閉じた。……この、本当に漬物にしてやろうか……! それともクアットロに頼んでルーテシアが反抗期になった幻影を四六時中見せてやろうか……!
「ドクター、名前に関してはまだ思い浮かびませんが、一つ提案が」
私が怒りに燃えているといつの間にか私のそばに来ていたドゥーエが小さく耳打ちしてきた。
「……ええ、大丈夫なのかい? というかそれで奴がどうこう言うとも思えないんだが……」
「ふふふっ、恐らく大丈夫ですわ。彼も甘い人間ですから」
ドゥーエの耳打ちに半信半疑ではあるが、その言葉を信じて実行に移すことにする。……ここまでして聞く価値なんてあるのか定かではないが、今はもう何でもいい。全てはまだ見ぬ家族の為だ!
「……いいだろう、騎士ゼスト。君がそういう態度を取るならば私にも考えがある──いや、私にはない、と言った方がいいかな」
「……?」
私の言葉にクアットロを初めとした娘たちが首を傾げるが、そのまま言葉を続ける。
「やはりここはルーテシアに決めてもらうとしよう。きっとアギトのように素晴らしい名前をつけてくれるだろうからね」
「……」
そう。ドゥーエはこう言えばゼストも協力してくれると言ったのだ。正直この堅物がこんな台詞で協力的になるとも思えないが……。
「……」
「……」
僅かな沈黙の後、果たしてゼストはその重い口を開いた。
「……聖王は異なる色の瞳と虹色の魔力光を持つと聞く。それに貴様の調べたデータが正しければオリヴィエは金の髪を持っていたのだろう……まるで輝くような、‟鮮やか"な女性だったのだろうな」
そうとだけ言って、ゼストは再び瞳を閉じた。
◇◆◇◆
新暦71年 春
「あー! ほらほら駄目っスよー!」
「ちょ、ちょっとウェンディちゃん! あなたまで裸で走り回らないでちょうだい! また艦内を水浸しにするつもり!?」
「おい待てコラ! またあたしたちまでウーノ姉に叱られるだろうが!」
「だったら捕まえてほしいっスー!」
「おっけー! おねーちゃんに任せとけ!」
「セインはじっとしてろ!」「セインちゃんはじっとしてなさい!」
「ぶー」
ゆりかごに増設した洗浄施設の方から喧騒が聞こえてくる。
「お嬢様、しっかりと体を拭かなくては……」
「体が冷えてしまいますからっ……」
「あっ、おいオットー! ディード! お前たちもしっかりと髪を乾かせ──って姉もだがっ、ああっ、私の眼帯を!? ト、トーレっ、頼む!」
「むっ、だが私のISではお嬢の身にも危険が……」
「いや、ISを使おうとしないで……私が追いかけるからっ」
徐々に声が近づいてくる。どうやら今日はディエチが一番に追いつきそうだが……いや、声の距離的に微妙なところだろう。
「相変わらず元気ですねえ」
「全く……ナンバーズともあろう娘たちが情けないわね……」
楽しげに笑うドゥーエと溜め息を吐きつつも穏やかな表情浮かべるウーノが洗浄終わりのドリンクを用意していた手を止め、声のする方へと向かっていく。ウーノの手にはタオル。ドゥーエの手には予備の着替え。これもここ数日、毎日の光景だ。
「パ────わぷっ」
「はいはいお嬢様、淑女たるもの身嗜みはしっかり、とですよ」
「ルーテシアお嬢様を見習ってください、ほら」
「……だらしないのは、ダメ」
タオルで抱き留められた少女がその隙間から一足先に洗浄を終えたルーテシアを見る。
「はーい……」
少し不満そうな返事だが、大人しくタオルを持ったウーノに身を任せる。
「……はい、お嬢様、じっとしててね」
そこに追いついたディエチが特別にプログラミングした乾燥魔法(正確には魔法ではないが)で髪を乾かし、その髪をゴムでまとめていく。
「今日はあたしみたいにしてみるか?」
「うん! アギトのにする!」
少女の周りを飛びながら、アギトが訪ねた。どうやら今日の髪型はアギト風のツインテールらしい。
「……いつまで此方を見ているつもりだ。俺は貴様と顔を突き合わせる趣味はないぞ」
「私が目を離したら、君が何をするか分からないからね。私の中ではまだ君の疑惑は晴れていないんだ」
ルーテシアやアギトのような見た目が幼い女性にしか興味がない疑惑がね!
「何の疑惑かは知らんが不愉快だ」
「くっくっく、私も君の顔を見なくてはならないのは不愉快だが、君の不愉快は私の愉快だよ」
「ならばここで愉快も不愉快もなくしてしまうべきか」
などと喧嘩腰の会話が続くが、ゼストが槍を手に取ることはない。彼は怨敵ではあるが、ルーテシアや彼女の前で血を見せない、という点だけは共通している。その共通点すら不愉快の元ではあるが。
だがその不愉快もすぐに霧散する。何故なら私の背後に小さな衝撃が走ったからだ。幼いが、しかし力強い生命を感じる子供の体当たり。
私は椅子を回転させることで振り向き、すっかりと身嗜みを整えられた彼女に微笑みかける。
「洗浄終わったよ! ──パパ!」
「ああ。綺麗になったね──ヴィヴィオ」
新しい家族、ヴィヴィオへと。
まだ試験管の外に出て数日だが、それでも健やかに育っているヴィヴィオを見ているだけで自然と笑みが零れる。娘たちとはまた違う、幼い少女。
惜しむらくはまたしても名付け親となれなかったことだが、それでも──
「……ごふっ、ああ、もう、世界一可愛いよ……」
私の家族は世界一。
そしてついに叶った私の欲望。
ああ、本当に、幸せ、だ……。